おおぎよう かげひそ これまでの冷静さが影を潜め、男爵は激情のまま大仰に手を振る。 きんき きゅうけつき ク主人 「だからこそ、私は決めたのだよ。これまでの吸血鬼が成しえなかった禁忌を 超えクを果たすと ! そのために、『真祖』を求めていたが : : : 本物か ? 男爵の人差し指がルシ = ラのドレスの胸元に伸びる。鋭く尖 0 たは、そのまま彼女の しゅせん ひふ 豊かな胸の谷間に滑り込み、皮膚に一筋の朱線を引く。 「貴様 : あら しゅうち 羞恥とかすかな痛みに、ルシュラが声を荒らげる。爪で軽く抉られた胸の谷間からはか すかに血がこばれ、床に染みを作る。 その意味するところに気づき、ルシュラはハッと視線を落とす。 それは男爵も同じだった。 かって緋水が語った真祖の識別法ーー・その結果がここに。 もんしよう 床には、優美な一輪の薇を思わせる紋章が形作られていた。血はあくまで自然にこば れただけなのに、その紋様は複雑精緻。技巧を凝らしてもやすやすとは描けない紋章が、 確かに床に刻まれている。 どうやら、ついに見つけたらしい 「本物だ : 拳を握り締め、感動にふける男爵。 こぶしにぎし すべ ゆか ぎこ・つ えぐ えが
ュ血は吸えなかった。 ラ牙が , ーー動かない。確かに皮膚を裂いた。肉に減り込んだ。血管に届いた。 きようれつあつばく 。目を凝らせば、緋水の傷口から血が 架なのに、強烈に圧迫され、次の行動を起こせない 十染み出てない。 の 銀「まさか : : : 貴様卩」 緋水は動かない。 おおこうけいきんきょ・つさにゆうとっきん 動いているのは、ただーーー首筋を覆う広頸筋と胸鎖乳突筋だけ。 ほくそ笑み、男爵は緋水の首筋に、再び牙を突きたてるー 「吸血鬼化しない・ そんなことがあってたまるか ! 今一度血を吸って、貴様を下 かけ 僕にしてやるリ」 おとり そうすれば、勝機は生まれる。盾にするなり、囮にするなり、使い道はいくらでもある。 「真祖」を目前にして逃げるのは惜しいが、チャンスはいずれまた なり
178 こぼ ぶるんと零れる、白いレースの布地に包まれた二つの果実。 「なっ : むだ 「うわ、無駄におっきい。私と互角 ? いや : : : わずかに上か ぶえんりよ 無遠慮に後ろから鷲掴みされ、赤面したルシュラは怒りと共に振り返る。 「き、貴様 : 「限りなくに近い : : いえ、あるいはすでに大台なのかもしれないわ。中々やるじゃ ない」 ほほえ と、好敵手に微笑みかけたのは芽依。 こちらは体操着を脱ぎ捨てた、完全なる下着姿だ。恥じることなく、高一にしてはやた せんじよう らと扇情的で布地の少ない、ピンクのデザインを見せつけている。 「き、貴様、いきなり何をする卩」 「何って : : : 計測の手伝いでもしたげよーかなーと。っていうか、プラちょっときついわ よ。せつかくヒー君に付き合ってもらって買い物したのに、ちゃんとサイズ合ったの買わ なかったわけフ 「だ、だって、よくわからなかったから、とりあえずかわいいのをまとめて買って : 「完全なるダメな買い物じゃない。せめて店員に測ってもらえばいいのに。アンタ、どん わしづか ごかく め
「ずいぶんとぞんざいな口を利くな、貴様」 プライドを刺激されたのか、ルシュラが唇を尖らして近づいてくる。 昼で身体能力が落ちているとはいえ、カずくで来られると分が悪い。 さなか 緋水が対応策を練る最中、ルシュラは不敵に笑う。 「お前を打ち負かすのは簡単だが、それではある意味私の負けだ。貴様を自らの意思で屈 ひざまず 服させ、跪かせてこそ私の気も晴れるというもの」 まがん 。まあ吸血鬼自体がそんなもんだけどさ。っーか、血を吸うとか魔眼使う 時点で、相手の意思関係なくね ? 」 「お前には効かぬではないか ! ある意味やりがいはあるがな。ところでお前 : : : 私が血 あさ を漁らぬかどうか心配していたな ? まださして親しいとも思えぬ朋輩でも、やはりその 身は案じるのか ? だれ 「当たり前だろ。身の回りで誰かが死んだり、人間をやめるのは : : : ゴメンだ。そうなっ たら、いくら俺でも : : : 吸血鬼ハンターやらなきゃな」 へいおん 平穏な高校生活を守るため、さすがに緋水も顔を引き締める。 かたすく ルシュラは鼻で笑い、肩を竦めた。 ほろ 「お前に私を滅ばせるとは思えんがな。だが、それならば話は早い。やはりお前は私を手 くっ
ぼうぜん 予想外の反応に、ルシュラは現状が理解できずに茫然と立ち尽くす : : : が、すぐに自分 つか もうれつ を取り戻し、猛烈な速度で少年に追いっき、その肩を掴む。 だれ 「き、貴様、私を誰だと思っているその無礼な口の利きようは : 「吸血鬼だろ ? 久しぶりに見たな : : : 気をつけた方がいい、今の世の中、そんなあから か さまな格好して、手当たり次第に獲物に手をつけたら、すぐ狩られる」 「人間風情が何を言うそもそも、貴様はすでに我が『ロづけ』を受けた下僕 : : : 」 」こ、ルシュラは少年の異常に気づいた 言い終わる前し あと 彼の手はすでに首から離れており、今し方の咬み痕は隠されていない。 なのに なかった。 少年の首筋に、確かに刻まれた咬み痕ーー「ロづけ」とも「洗礼」とも称される二つの 穴は、完全に消失していた。 「馬鹿な : ・ 眼前の光景が信じられず、ルシュラは茫然と首を振った。 吸血鬼の特性その①ーーー吸血鬼に咬まれた者もまた、吸血鬼になる。 へんぼう ただし、完全に変貌するには数度の吸血を必要とし、なりかけの者には、けして消えな い刻印として牙の痕が残される。 ふぜい しだい ふ っ しよう
本当にマズイ。 「二つの種族の架け橋になりましょ D 」 あらが もう、抗いの声も出せなかった。 近づく唇、迫る指先。 さようなら、俺の大切な何か なみだ 特に涙は出なかったが、 何故か純白のキャンバスに雑多なペンキがぶちまけられる光景 が浮かんだ。 「何をしているのだ、お前達リ」 とつじよひびわた 突如響き渡る大声に、ビクッと芽依が身を起こし、緋水から離れた。 だれ 「誰よ : うでぐ 芽依が声のした方を見ると、ルシュラが腕組みをして立っていた。 「ここは、学び舎なのであろう卩そこで、こんな : 貴様、誰に断って私の下 僕に手を出している」 芽依を指差し、今にも掴みかからんばかりのルシュラ。 対照的に、芽依は髪を軽く掻きあげ、余裕たつぶりに受け流す。 つか よゅ・つ しも
なのに、なのにーー・少年の首筋は、なめらかで白い肌のまま。 「どうして : 私は、確かに咬んで、血も吸ったはず : 「ああ、効かないんだ、俺」 「何故卩いかなるまやかしだ 「ただの体質だよ、体。 いくら血を吸われようが、俺は吸血鬼にはならない さらっととんでもない事実を告げ、少年はまた歩き出した。 なっとく 当然、ルシュラはその後を追った。納得などできるはずがない。 吸血鬼の特性その①補足ーーー血を吸われれよ、 ーいかなる人間でも吸血鬼化は免れない。 ゆいいっちりよう まろ 唯一の治療法は、完全に吸血鬼化する前に血を吸った吸血鬼をほすこと。 ただ、それだけなのに。 「貴様、一体何者だ卩」 い、けに、少年は振り向いて気だるげに答えた。 くじようひすい 「紅城緋水」 なぜ まぬか
クラスの最後の良心と言える存在も、空しく散った。 何かもう午後の授業出たくない。 うわさ 女同士の噂の速度は、それすなわち光速に匹敵する。 さっきさよならした、平穏な高校生活。 みよう そしてこんにちは、妙なレッテル貼られた高校生活。 しんけん そば のんき 真剣に転校まで考え始めた緋水の傍で、ルシュラは呑気にいちご牛乳を啜る。 「ホントに甘いなこれ ! 血の次ぐらいに甘いんじゃないか ? 」 いっそ殺してくれ」 つぶや かげ 血を吐くような呟きが屋上に切々と流れる中、二人を見つめる影があった。 ア 玲奈達とはまた別の女生徒が、塔屋のドアの陰で、二人を、特に緋水に熱つほい視線を ュ ラ向けている い男、見 5 つけ D 」 架 字 十 の 「 : : : 貴様、今日の体たらくは何だっ、だらしないにもほどがある ! 」 「たかだか体力測定ごときで全力出してどうするよ ? 」 0 ひってき
を見分ける眼力には長けている」 「お互い、正体に感づいてたわけか。言ってくれればいいのに」 ぐち しりめ 愚痴る緋水を尻目に、吸血鬼と人造人間の対立は深まる。 ふぜい 「すいぶん言ってくれるじゃない : : : 吸血鬼風情が」 「何い あざけ ルシュラの言葉に、芽依もまた嘲りを返す。 クリーチャー 吸血鬼対フランケンシュタインの被造物ーーモンスターの二大巨頭と呼んでも差し支え ない存在が、今ここに対峙する。 「アタシが紛い物なら、吸血鬼なんて、ただの人の形をした蚊じゃない。い え、それ以下 つぶ ね。蚊は潰せるし、血を吸われても痒い程度だけど、アンタ達は人間の尊厳を奪い去るん ほろ だから。滅びればいいのに」 「貴様・ : うめ 敵意 いや、殺意を押し殺した呻き。 その瞳は真紅の光を放ち、たおやかな手を飾る優美なも長さを増し、尖 0 ていく。 すでに日は落ちかけ、ルシュラのバイオリズムは活性化する一方だ。 本気で暴れ出せば、何が起こるかわからない。 かゆ きよとう つか
大並みとはいかないが、人間よりも鋭敏な嗅覚が、刺激的な臭いを嗅ぎ取る。 きんき それは、吸血鬼にとって禁忌の香り。 「き、貴様、まさか : すき ルシュラが怯んだ隙に、緋水は右手に持ったバスタオルで彼女の顔全体を覆う。 しよ、つ まものひざ その瞬間、夜の王と称される魔物の膝は崩れ落ち、その場に斃れた。 「こーゅーベタな手は使いたくなかったが : : : 悪く思わないでくれよ ? 」 多少の同情を込めてルシュラを見下ろす緋水の左手には、プラスチックのポトルが握ら れていた。 ラベルには、こう書いてある。 ア ュ ラ「特製すりおろしニンニク」 AJ 架 字吸血鬼の弱点その①ーーニンニクが苦手。 銀べッタベタな事実だが、効果は玄関に転がるルシュラが証明している。ポトル丸々一本 を、バスタオルにぶちまけた甲斐があった。 念のために数分間放置してから、緋水はタオルを彼女から剥ぎ取る。 ひる かお えいびん たお にお か おお にぎ