「安心しろよ、今日は他のところにしまってある」 「着いたぞー 緋水が足を止め、指でその場を指し示す。 ろうそくあか 蝋燭の灯りで照らされるそこは、無数の本棚に埋め尽くされた書庫だった。 ゆか 収まりきらない本は床に散乱し、その量と歴史を物語る。 蔵書の内容はバラエティに富んでいるが、ほとんどが外国語のもので、ここの主の学識 うかが の高さを窺わせた。 Ⅱ ア「これは : 7 「身内の遺産ってとこかな。本好きだったからな、時々ここにこもってた。え 5 っと、こ ラの辺かな ? 靴書庫のとある一角に進み、緋水は本棚を指差す。 まじよ + 「多分この辺りが : : : 魔女関連の本」 もっ の 銀魔女という単語に、えるるは注意深く本の背表紙に目をやる。彼女の語学力を以てして も、半分程度しか理解できないが、確かにそれらしいタイトルが並んでいた。 「吸血鬼が魔女の本を収集ですか : : : どんな目的でフ ほか ほんだなう っ
びしよう 緋水も微笑し、彼女がこれまでしてきたのと同じように、墓作りに入る。 ひとみ そのとき、小猫の瞳が開いた。 らんらん 爛々と光る、黄金の瞳。 どうこう 瞳孔の細まった猫眼が、緋水を射貫く。 「なっ : 「ムヤミニマドゥニフミコム、モノニ : 「お前 確かに、ト猫はそ、つ一言った。 死んでいるのに。 鳴き声さえ、あげられないはずなのに。 それなのにーーしやがれた人の声でーー確かに いか 贈しみと怒りを込めた言葉が、なおも続く。 : アレ。ノロイ : 「ノロイ : まえあしふ 声をあげるだけでなく、猫は前脚を振り上げ、緋水の右の手首を引っ掻くー 「ツツウ : 思わず、緋水は小猫の体を地に落としてしまう。 ・・ノロイ : ・ : アレ」
先生、そういうの好きで、気分の悪い子とか、悩み相談とか受けたら、落ち着かせるため 1 に使うとか聞いたけど。ほら、アロマポットもあるし」 きようゆ 玲奈が、養護教諭の机の上を指差す。確かに、それとおばしき器具は置いてある。 : なかった。片付けられたか : 「いや、あんなものでは : まじよ こんせき すでに、室内にク魔女クの痕跡は見つけられない そもそも、彼女がいつ、どの時間帯に現れたのかも、判然としないのだ。 「そこまで考えて、私をたばかったのか : : : 人間にしては、いい度胸だ」 「あの : : : 何か、あったの ? 本当に : : : 大丈夫 ? その、もしかしたら、私の料理で や 申し訳なさそうに、玲奈がうなだれる。おそらく、午後の授業の間も、ずっと気に病ん でいたのだろう。 「リに : : : 関係ない。大体、食べたのは私ではなく、緋水やお前もそうだ。味は悪くなか ったぞ ? 」 「 : : : そ、つ ? なら 「くだらぬことを気にするな。緋水も、うまそうに食べていたではないか 「、つん : なや
: ってか、下着見られんのイヤなら、洗濯ぐらいお前やれよ ! 大した量でもない めんどう コイツに洗われるよりは : 「 : : : 確かにな。面倒だが、 おきび ぬぐ ルシュラも涙を拭って緋水の案に傾きかけるが、芽依が燠火に再び火をくべた。 「それはそれで困るんじゃない ? よ 5 く考えた方がいいと思うけど ? 「何故だ ? 」 かし あくま 首を傾げるルシュラに、芽依はニッコリと悪魔の笑みで答える。 「今度はあなたが洗うことになるのよ ? ヒー君の下着 D , こかん ア緋水の股間を指差す芽依。 ュその指先が指し示す方向を見たルシュラはーーさっきよりもさらに頬を赤らめ、また緋 ラ水に殴りかかった。 架「き、キ、キキキキキキキ貴様アアアアツツツツ、この私に何をさせる気だ」 字 どんだけムダ + 「いや、させてねーし ! つか、大したことでもねーし " 】煽られんな ! の 銀に純情 2: 「うるさい、黙れ " ゆか ふ 床に組み伏せられて、ボコボコにされる緋水。 しー かたむ あお
緋水が部屋の奥を指差す。 人一人を通すスペースを残して、ほば壁一面を覆う、大きな本棚。 ほば容量ギリギリまで本が詰め込まれているが、どれも背表紙が古ほけて変色しており、 破損している物も多い。 へいか 「これは : : : 閉架ですね。基本的に貸し出し不可、許可を取って持ち出すか、図書室内で えつらん の閲覧のみが許された本 : : 確かに、古かったり稀少な本が多いですが、ここに何 「違う違う、大事なのはこの裏」 ア緋水は本棚の後ろに回り込む。壁と接していないこの本棚の裏には、狭く暗いスペース ュが存在している。 「ここは、入るの初めてか ? 」 靴「ええ : : : でも、ほとんど物置き場ですね」 + えるるの言葉どおり、そこは整理がされていない、雑多な物置き場だった。埃が積もり、 のたんさくそうじ 銀探索も掃除も一苦労な場所だ。 「前に、委員長が何か先生から、ここにある古い資料を授業に使うってことで、お使いに 行かされてさ。一人じや大変だから、俺も手伝ったんだよ。で、そのときこのスペースの おお ほんだな せま ほ一」り・
えるるの視線は、緋水の首筋に注がれていた。 細く、白く、並みの女性よりも美しい首筋。 そこに透ける血管を流れる液体こそが、今のえるるに最も必要なもの。 しずく いのち 水分と塩分、そして何より生命そのものを宿した真紅い雫。 しようじよう 「症状が重くなかったからいいようなものの : ・ : もし、私が疲労で我を忘れて咬みつ いてきたら、どうするつもりだったんです ? 」 「確かにな : : : 血を吸って我に返った後、お前がどうなるのやら。落ち込む姿が目に浮か ぶようだ」 こうりよ Ⅱ ハ力ですか、あなた介抱する前に、それぐらいの危険性は考慮なさい。あなた ア あっか なら、ダンピールの扱い方も熟知しているでしよう ? ュ キ 「咬みつくぐらいならいいよ男 、リに。ただし喉の肉を持ってくとか、命に危険のあるレベ とルの量の血を吸うのは勘弁してくれー 字緋水はのほほんと告げた。 まちが の 彼の体質が背景にあるための発言なのは間違いないが、根本的にえるるをーーダンピー 銀 おそ ルと恐れていない。 「本当にバカですね、あなた。どうなっても知りませんよ ? 誤った博愛主義で、二つの かんべん あか
ってことはありえるかもな」 「嘘は言わなくても、全部を語ってない、 緋水はたじろがず答える。 あざむ えるるが平気で人を欺ける人間だとは思っていないが、吸血鬼を相手に全てを曝け出す よ、つな人間とも思っていない。 「相変わらず、小賢しい人ですね。そんなことを訊くために、わざわざ私の後をついてき たんですか ? 」 「もう一つ : : : お前、今日体育の授業に出てたよな ? それが何か ? 」 「はあ : Ⅱ 緋水の意図が読めない。 ア 確かに、えるるは午後の体育の授業に出席した。 ュ ラ内容はごく普通の屋外での授業。 ランニング主体で、多少運動量が多かったかもしれないが、それだけだ。 架 字「私が体育の授業に出るのが、そんなにおかしいですか ? 確かに、私の本分は学業では かんし 銀なくあなた方の監視ですが、それだけに、きちんと普通の学生を演じなければなりません。 体育の授業ぐらい、普通に出席して当然でしよう ? いそうろう 「 : : : うちの居候は、今日は見学だった」 こざか さら
しわざ 「ルシュラの仕業を : : : 疑ってるのか ? 」 かくせい 「彼女が覚醒するより、前の出来事です。彼女の発言全てを信じたわけではありませんが、 うそっ 嘘を吐き通せるような性格でもないですから、おそらく彼女は無関係でしよう。が、それ ちょうりよう やっかい はそれで厄介です。何せ、捜魔課でも把握できていない吸血鬼が跳梁しているわけですか ら 「確かに、な : : しつかし、俺はミラルカに引き取られてからずっとこの街に住んで ころ かいだん しん るが、そんな話、初めて聞いたぞ。。 カキの頃から、屋談めいた噂も聞いたことないし、心 霊スポット的なものもないはずだ。それが何で : 腕組みをして考え込む緋水に、えるるは自論を述べた。 「確かに : : : 我々が目をつけたのも、ごくごく最近の話です。ですが、それだけにこうは 考えられませんか ? あなたの育ての親ーー , すなわち、ミラルカなる吸血鬼の存在が、何 よくしりよく らかの抑止力になっていたとは ? ふつう 「考えてもみてください、『真祖』級の吸血鬼が棲む街など、まず普通の吸血鬼は寄りつ かない。主従関係でもない限り、避けて通るでしよう。他の魔物にしても同様・ーーアンデ うた ッドの最上級、夜の王と謳われる存在が棲む街など、近寄りたくもない。彼女が意図した うでぐ さ はあく す ・つわさ
「その部屋は、元からこうだ ! おかげで、私も満足しているがな」 うでぐ うなず 部屋に対する不満はないらしく、ルシュラは腕組みをして頷く。 あお しぶ 一方、芽依は渋い顔で天を仰ぐ。 「何だ、どうかしたのか ? 「それってつまり : : : ヒー君、この部屋をそのままにしてたってことよね ? 吸血鬼が死 んだ後も - ぼうぜん 指摘され、ルシュラは茫然と立ち竦む。 Ⅱ ア確かに : : : そ、つだ。 ほ一」り・ きれい ュ 思えば、使い始めた当初から、家具には埃もなく、部屋も綺麗だった。 キ きっと、緋水がずっとーーー手入れをしていた。 靴「マズイわね : 字 + 「何が、だ : の 銀「光源氏って知ってるフ しり 「授業で習ったな。アレか、義理の母親の尻を追い回しつつも、幾人もの女に手を出し、 さらには幼女を自分好みに育てようとユーカイした、最低な男の話か」 してき そだてのおや
こぶしあご 言った瞬間、ルシュラの拳が顎にヒットした。 Ⅱ わめ ア ~ 凶を揺らしながら、緋水が喚く。 ュ「何すんだよ 2: 「うるさい、黙れ ! 」 なみだめ 架ちょっと涙目のルシュラ。 うなず 字 + これには芽依も同意するように頷き、これまで静観していたえるるもそれに続く。 の 銀「今のは、ヒー君が悪いわよね」 「デリカシーなさすぎですよ、あなた」 がんば 「何その反応俺だってハズイけど頑張ってんだぞ卩これは身内の下着、身内の下着、 「 : : : さすがに畳むのはアレだから、まとめてコイツの部屋に運ぶだけだよ。ずっとそう だったろ ? 」 なだ 宥めるように緋水に言われ、ルシュラも今までのことを思い返す。 「 : : : 確かに、下着だけはひとまとめにされているだけだったな。自分で畳んでいた : つか 「だろ ? 俺なりに気を遣ってんだよ。洗濯のときはちゃんとネットにも入れてるし : しゅんかん ミラルカ ミラルカ