そして、手を振る希璃華。 引っ込みがっかなくなった蘭月は、ト声で訊く。 「 : : : 止めないの ? 」 「いや、言いだしつべそっちだし はかど 「競争意識があれば、捗りそうだし 「そもそも、呼んでいないし」 ア容赦のない三人。 ュ とっとと行けよ、そ、つ視線で土ロげている。 キ 行き場をなくした蘭月が、所在なさげに立ち尽くしていると、えるるが助け舟を出した。 みな かん 架「まあ待ちなさい、皆さん。遺憾ながら、彼女には私達にはないスキルがあります。ここ たよ おおがみ 字 + はむしろ、それを頼るべきでしよう。どうでしよう大神さん、一つ、それを役立ててもら 銀えませんか ? 」 ていちょう いつになく、丁重な口調のえるる。 蘭月も気をよくしたのか、胸を反らして頷く。 ぶね
きようじんきやくりよく 人狼族の強靭な脚力だけに、当たれば吸血鬼とてダメージは免れない だが、今のファーガスは、吸血鬼ですらないバケモノだ。 どんつうちくせき 相手を蹴り上げるたびに、蘭月の足に重い鈍痛が蓄積されていく。 追い込まれているのは彼女ーー一度振り回される腕が当たれば、その部位の肉は根こそ ぎ奪い取られる。 対照的に、ファーガスは余裕そのものーー蹴られた部位も、むず痒そうに撫でるだけだ。 ほ・つかい そして、崩壊の時は来た。 きようい てったい 接触と撤退、驚異的なスピードで間合いを保っていた蘭月の足が止まる。 ひろう しゅうれい ア秀麗な顔は、疲労と苦痛で歪んでいた。 こしやく ていたい ュ 小癪な敵の停滞に、ファーガスがにんまりと笑った。 キ 防勝利を確信した、肉食獣の笑み。 ま・つ ) ・つ と 哮をあげ、剛腕を蘭月の頭上へ振り下ろす ! 架 せつな 字 十那、蘭月の姿が消えた。 の 銀ファーガスの爪が切り裂いたのはーー虚空に残された、彼女のジャケットだけ。 ためいき がくぜん 愕然とする彼の背後で、溜息交じりの声がした。 : これしかないようね 「やつばり : ワーウルフ まぬか
150 きばやわはだふ だが、牙が柔肌に触れる寸前で、一陣の疾風が獣の脇腹を薙いだ。 「離れなさいリ」 きようれつ そのまま腹の肉を抉り取るような、背後からの強烈な中段回し蹴り。 ボコオ、と分厚いタイヤを蹴り上げたような音と共に、ファーガスの体は希璃華から引 き離された。 「 : : : 大神、さん ? 」 きようふ 恐布の中で、希璃華は救い主に気づいた。 かた しっそう 全力疾走で救出に来たらしく、蘭月は肩で息をしている。 もうげき 逃げろ、と彼女は言いたかったのだろうが、一一一一口う前にファーガスの猛撃がきた。 「ギイイイ : 舌打ちし、蘭月はファーガスとの肉弾戦に応じた。 ごうわん 戦術もなく、ただその剛腕で肉を裂かんとするファーガスに対し、蘭月は適切な距離を あしわざたいこう 保ちつつ、華麗な足技で対抗する。 床を蹴り、しなやかなステップを刻みつつ、ファーガスの頭、腹、足に蹴りを打ち込ん でいく。 ゆか かれい えぐ いちじんしつぶう わきばらな
163 銀の十字架とドラキュリア V 「かわい 5 んだから、このこの D ー 「何気に、紅城君のことも考えてるのよね 5 、・。案外最大のライバルかも」 、、まっぺたをこね回さないでー 「だからやめなさし ( 和気藹々と去っていく三人。 あき それを、呆れ顔で蘭月が見つめていた。 ちょうかく ・聞こえてるんですけど。人狼族の聴覚、知らないのかしら ? それともーーわざと かしら ? 」 ′、しょ・つ つぶや 帰ってくるはすもない問いを呟きながら、蘭月は苦笑した。 ワーウルフ
しみじみ語りながら、緋水達は蘭月の跡を追い続ける。 しっそう たど 彼女の疾走は続き、やがて人気のない区画に辿り着く。 かげ 人通りは少なく、ビルの谷間で、陰も多い 先入観がそう感じさせるのかもしれないが、吸血鬼向きの場所と、一一一一口えなくもない。 彷徨の果て、蘭月の足は、ある廃墟の前で止まっていた。 おもかげ いしよう あまり面影は感じられないが、建物の意匠で、何となく想像はつく。 おそらくはーー教会跡。 : この周辺に、匂いが散乱しているわ。少なくとも、ごく最近、この近辺に長い時間 アいたのは確か。さすがに、教会はないだろうから、その辺のネットカフェでも : ュ 「いや、まずここから行くよ。そもそも、日本に吸血鬼が嫌がるレベルの教会なんて、そ ラ、つはないし」 靴「あの娘の性格からして、べタに逆を突いて、逆にべタってことはありそうね」 わたし + 「ダンピールでも、特に建物からは何も感じません。ほば無害ですね の 銀「じゃあ、行きましよ、つ」 ハツの悪そうな蘭月を無視し、建物の奥へ進む。 すべてつきょ 中は教会らしい品が全て撤去されており、何の聖性も感じさせない。
第三章真紅の暴走 「お仲間まで、尋問を許可した覚えはないんだけど ? きりか えるる、そしてその背後にいる芽依と希璃華を見て、大神蘭月は不機嫌そうに鼻を鳴ら した。 かすみせき 霞が関ーー・警視庁本庁舎。 しんおう その深奥に位置する地下の捜魔課本部で、えるると蘭月は向かい合っていた。 こ - つりゆ・つ めずら ア土曜日の午後、イマイチ気の合わない同僚が、珍しく自分に頭を下げて、勾留中の容疑 じんもん ュ者への、尋問の交替を申し出てきた。 キ しょぐ・つ すでにえるるは必要な尋問を行い、容疑者の処遇は蘭月達に任されている。 と そこをまげてとの申し出に興味を覚え、一応許可は出したもののーーー余計な部外者まで 架 字 十ついてくるのは予想外だ。 すどう 銀「巣道さんはまだしも、そこの女子高生は関係ないでしよう ? 社会科見学なら、他を当 1 たってちょうだい 「羽乃さんとは、この後他の用事で話があります。彼の尋問は、私だけで行います」 おおがみらんげつふきげん
152 振り向くことも許さず、蘭月はファーガスの両脇に手を滑り込ませ、羽交い締めにした。 元より肉弾戦は不利、速さで多少勝っても、いずれはジリ貧で押し負ける。 だから、確実に仕留めるには、これしかない かりや 「狩夜さん、早く しった 叱咤に近い声に、希璃華がえるるの存在に気づいた。 かたうで せいじゅう 蘭月より遅れてかけつけたえるるは、弱々しく片腕を上げ、聖銃アルゲントウムを構え ていた。 狙うは心臓、ただ一点。 だんがん きゅうけつき 元より吸血鬼に対し、銀の弾丸が必殺の効力を放つには、そこを狙うしかない。 しろうとめ しやげきあや だが、希璃華の素人目にも、その射撃が危ういことは容易にわかった。 ひじ あおむらさきいろは えるるの両腕の肘から先は、青紫色に腫れあがり、生々しい打撲の痕に彩られていた。 だつごく 希璃華は知らぬことだが、ファーガスの脱獄の際に痛めつけられた両腕は、骨折こそ免 れたものの、物を持ち上げること自体がほば不可能な状況だ。 まして、今は標的のすぐ傍に蘭月がいる。 こうど かんつうこうりよ ファーガスの硬度を増した筋肉を考えれば、弾丸の貫通は考慮しなくても ) おく まさ だぼくあと はが しいかもしれ
112 「ならいいけれど、変なことは考えないようにね ? 」 「意味がわかりませんね。私が彼の尋問をすることに、何の問題が ? 」 「 : : : そうね。ところで、紅城君はお元気 ? 」 単なる世間話ではなく、カマかけだ。 ひすいもと すでに、ルシュラが去ったこと、そして緋水の許に新たな吸血鬼が現れた かん 還した情報は得ている。 それを踏まえたうえで、えるるかどう反応するか見たかった。 だが、彼女は無表情を崩さない。 「さあ、最近は血を吸われていないようですから、元気かもしれませんね。何なら、デー さそ トにでも誘ったらいかかです ? 」 「な、何言ってんのよ卩」 否定はしたが、 蘭月の顔は紅い。 くちびるゆが えるるは唇を歪め、さらに続ける。 「そういえば、焼肉が食べたいとか言っていました。あなたなら、おいしいお店をご存じ では ? 」 ろこっそうこう 得意分野に踏み込まれ、蘭月は露骨に相好を崩した。 くしよう あか や ーヨき
「いいわよ、別に。そう下手に出られちゃあ、ね。でも、何するのよ ? スキルって、何 だっけ ? 」 えるるは、無言で手持ちのバッグから、ビニールに包まれた衣類を取り出す。 中にあるのは、どう見てもーーー緋水の学校の制服だ。しかも女子用。 「何、これ : 「見ての通り、制服です」 「いや、それはわかるけども。こんなもの、どうするの ? そもそも、誰のよ 「ルシュラさんの、いわゆる遺留品です。私服は持ち出したようですが、これや体操服は、 そのままでした。もう必要ないと判断したようですね , たんたん 淡々とした口調のえるる。 おもわく 蘭月にも、そして緋水達にもーー段々と、えるるの思惑が読めてきた。 「で : : : これ、ど、つするの ? にお 「匂いを覚えて、ルシュラさんの行方を嗅ぎ分けてください」 「何、人を警察大扱いしてんのよ " 】」 たた そのまま制服を地面に叩きつける蘭月。 色んな意味で、尊厳を否定された格好だ。
202 うわめづか 両手をもじもじさせ、上目遣いで近づいてくる蘭月。 かわい はっきり言って、キャラに合わないので可愛くない。 緋水は露骨に距離を取り、三人もそれに続く。 「ちょっと、何で離れるわけ卩」 むだ 「いや、何か無駄に目立ちそうだし。声大きいし」 「学生グループの中で、独りだけ浮いてるしね 「・ : ・ : とし、つカ・ 1 卩 . 。 中司こ入れてほしいんですか ? 」 すなお 「素直に言えばいいのに」 つぶや 最後に、希璃華が同情を交えて呟く。 年下にコケにされ、蘭月は顔を真っ赤にして、吠える。 いいわよリそんなに一一一一口うんだったら、独りで捜して、確保してやるから " 】覚え てらっしゃい " 】」 「いいよ別に。お互い、ベストを尽くそう」 「邪魔だけはしないでね、・」 「お元気で」 無表情で送り出す、緋水と芽依。 じゃま さカ