43 銀煌の騎士勲章 1 騎士登用試験ニ次試験概要 戦車競争 ・ニ人一組て行う。志願者は速やかに協力者ど戦車に搭乗し、開始の合図を待っこど ・ルメリウス門を出発地点どする。帝都ラウルク北部を横断し「防壁」に到達するこど ・「防壁」に達する前に、戦車を破壊された者は失格どする 防壁 ・扉の先には騎士が待っておリ、志願者に課題を与える ・合格者にはルメリウス鉄貨が贈られる。志願者はこれを所有していなければならない ・その後「スルム河」に到達するこど なお「防壁」を抜けてからは志願者各位、単独ての行動どなる スルム河 せんじん ・スルム河を渡河して「戦神の丘」北に到達するこど ・渡河の方法は志願者の任意どする ・「防壁」は五百の扉を持っ臨時の壁てある。任意の扉をくぐるこど
そうだ。スルム河。スルム河だ。あの河で見た、黒い小舟の、回収業者の老人だ。 カインでなければ、気づくことはできなかった。レイクやファリアが記憶力でカインに劣る わけではない。帝都で生まれ育った彼らは、こ。こ オオ単純に、回収業者を見慣れていたたけなのだ。 珍しいからこそ印象に残り、記麿にも留まる。カインとて、もう少し帝都での生活を送ってい たら、日々の風景の中に溶けこませていたかもしれない。 曲がり角にさしかかるたびにぶつかりそうになり、激突をかろうじて避けつつ位置を確かめ ながらカインは走る。 そうだと理解していく。帝都を囲む七つの門。その門の両脇にそびえる塔。十四の塔と、点 在する詰所による監視網。加えて、今日は騎士登用試験だから三つの門には市民たちが集まっ ていて、出入りに使える状態ではない。その状況でも安全に逃げ出しうる道はどこがあるか。 ルーメン ハラム家の地下にたどり着く。光灯石を放り捨てて階段をのほり、廊下に出た。 目眩がした。さきほどまで光の射さないところに居続けて、急に外に出たのだ。視界が揺れ て、足元がふらっく。と、後ろから誰かが自分の身体を支えた。 「おまえ、たまにすごいよな。よくまあ真っ暗闇の中を壁にぶつからずに走れたもんだ」 章 勲 レイクだった。追いかけてきたらしいが、カインとは違ってあまり汗をかいていない 「 : : : スルム河なんだ」 銀呼吸を整えながら、喘ぐようにカインは言った。廊下をゆっくり歩きながら、瞬きを繰り返 して目を慣らし、隣を歩くレイクに説明する。
「ま、いいだろ。通してもらうぜ 焦りを押し隠して余裕の笑みを浮かべるレイクに騎士は苦笑を返し、二人にそれぞれ鉄貨を がいせんもん 渡す。これを持って凱旋門をくぐることで、ようやく認められるのだ。 スルム河を泳いで渡り、レイクは対岸にたどり着く。彼よりはるかに早く泳げるバルトは、 レイクを置いてさっさと行ってしまったのだ。 「そりや鉄貨もらったらもうあとは競争者同士だけどよ : 実際、スルム河では足の引っ張り合いが多発していた。たとえば『防壁』の扉をカ任せに外 して、担いできた者がいた。それに乗って武器を櫂代わりにすることで、泳いでいる大体数の 者たちに先んじようとしたのだ。しかし、半ばまできたところで囲まれて、扉を引っくり返さ れた挙句、溺れてしまい、監視していた騎士たちに「続行不能」扱いを受けて回収されている。 レイクは時折潜水することで、競争者たちの目を盗むことに成功していた。変に目立ったり、 余裕を見せつけたりしない限り、襲われることはない。彼らだって、妨害するよりは自身が急 がなくてはならないからだ。 濡れた服を絞り、湿った感触に情けない顔をしながらも、なるべく丘に沿、つようにして走り だす。しかし、たいして走らないうちにレイクは速度を緩めた。視界の端に、奇妙な影が映っ たのだ。
繝 アンドラスの屋敷は職人街と住宅街の境目あたりにあった。平和な帝都の中でも、このあた りは危険な地域の側にわけられる。すぐ近くをスルム河が流れているのだが、河を挟んで対岸 おんしよう にあるのが貧民街と呼ばれる区画だからだ。貧民街は偏見と侮蔑から犯罪者の温床などとされ るが、嘘ではない。アンドラスの屋敷は、そのスルム河を背にする形でそびえている。帝都の 富裕層にはよくある白い大理石造りの建物は、月明かりに照らされ、夜の闇を背景にばんやり と浮かび上がっていた。館を囲む塀は高く、引っかかりもないうえに最上部は横に大きく張り 出してのばれない工夫がされている。 ファリアは自分に従っている騎士たちを、帝都を巡回する衛士に変装させ、まず、屋敷を一 周させて様子を見た。彼らの半分は短い柄の鉄槌を握りしめ、残り半分は先端に光灯石を取り ルーメン 付けた棒をかまえている。光灯石は、太陽の光を浴びた分だけ暗闇の中で発光するという性質 ファリアが陣頭指揮を執る必然性はないのだが、クローディアはそれについては触れなかっ しっせき た。ハイラムが知れば間違いなく止めるだろうし、報告を怠った自分は叱責を受けるだろう。 だが、その未来を予期していても、彼女は率先して動いているファリアが好きだった。だから こそ、仕えている。 「騎士はいっ用意できる ? 「明日の夜までには ぶべっ ルーメン
256 時間を少し前に、舞台を地下道に戻す。 「なあカイン ファリアたちを見送ったあと、訝しげな顔で、レイクはカインに尋ねた。 「おまえが会ったウルバってのは、この爺さんなのか ? 」 視線の先には小柄な老人。カインは首を振った。 「別のやつを案内役にしたってことか」腕を組んで、レイクはほゃいた。 「まあ考えてみりやそうか。道さえ教えちまえば自分が案内する必要なんてないしな」 、。どこかで見たはずだ。 カインはじっと老人を見下ろしていた。間違いなし 「それにしても、これで本当に騎士にしてくれんのかね。っていうか、俺、試験放りだして来 たんだよな。戦車に防壁にスルム河とくぐりぬけてきたのに、おっさんを見ちまったのが運の つきってい、つか : ・・ : 」 ルーメン せりふ 一気に疲労がきたのか、ばやいていたレイクの台詞がそこで止まる。カインが槍と光灯石を つかんで、猛然と走りだしたからだった。 「おい、どこ行くんだよ ! 」 驚き叫んだレイクに答えず、カインは暗闇の通路を駆けた。 「同じ素材だからな」 いぶか
いたずら Ⅷカインはかすかに狼狽したが、それが彼女の狙いだとったのは、悪戯がうまくいった子供 そのままの笑顔をルーフアが浮かべたからだった。 スルム河は、帝都を分断するように北西から南まで流れている。 日幅は広く、底もそれなりに深い。木製の橋の上を、馬車はかたかたと揺れながら進んでい る。いまはレイクが御者をやっているのだが、彼は操り方が巧みで、後ろを向いてカインたち と話していても、二頭の馬はまっすぐ進んでいた。 「この橋は、試験時には取り外されるようになっている」 だから木でできているとルーフアはカインに説明した。 「すると、泳ぐしかないのか ? 「だいたいはな。ただ、去年はおもしろいやつがいたな。農家の息子だったらしいが、戦車競 走が終わった途端、戦車を解体して馬に乗った」 「それは、ありなのかい ? 」 「試験規定には外れておらん。もっとも、そいつは馬での渡河のしかたは知らなかったようで 他にも、丸太や小舟を隠しておいたやつもいたな」 な。結局泳ぐ羽目になったが。 「なんだ、俺たちも用意すればよかったな」 「自分たちが先に着けるという自信があれば、やってみるがいい , ろ - っい とか
レイクの指摘に、カインは視線の先を見て納得した。槍の覆いを外したまま走っていたのだ。 かっぽ 剣を抜き放って闊歩しているに等しい まず・いと思った。このままではウルバを捕ま、えるより生兀に、・目八刀が捕まってしま、つ。かといっ いらだ て、手放せるものではない。どうする、とうろたえ、苛立ちから足踏みをする。 「パルスさん ? 」 かご 聞き慣れた声がした。見ると、仕事の途中なのだろう、大きな籠を抱え、首をほんの少しだ けかしげてイングリドが立っている。いつもの黒い長袖と足元までのスカートに、白いエプロ ン姿で。 「騎士登用試験は : : : ? 」 彼女の疑問はもっともだったが、カインはそれどころではなかった。大股でイングリドに歩 み寄り、おもいきり頭を下げた。 「頼む。それを貸してくれないか」 少しの間のあと、槍の穂先をエプロンで包んで疾走するカインと、他人の振りはできなかっ 1 たので、せめて一歩遅れて駆けるレイクの姿があった。それはそれで目立つものではあったの 勲だが。 の 煌 銀 スルム河には、区画に合わせて船着場が点在している。二人は近いところから下流に向けて
に立ったのだ。軽やかな身のこなしだった。 「 : : : イングリド ? 」 彼女のとった行動の意味がわからす、カインは呆然と見上ける。 「たいしたことでなくてもかまいませんので、お話しいただけませんか ? 」 「その前に降りてくれ。危険だ , スルム河の底はそれなりに深い。回収業者のような小型の舟もよく通るため、橋はやや高め に造ってある。まして、いまは夜だ。溺れる可能性はあった。 「話していただけたら、降ります」 「どうしてそんなことをするんだ」 いらだ カインは苛立ったが、イングリドは平静な表情のまま答えた。 「奥様は、旦那様から何かを聞きだそうとする際、よく二階の部屋の窓枠の上に立たれていま した。そうすると、十数える前に旦那様はすべてを白状されます」 なんて迷惑なとカインは会ったこともないバラム夫人を心の中で非難した。 カずくで引きずりおろそうとしたら、誤って落ちてしまうかもしれない。しかし、悩みを吐 勲きだすのは恥ずかしい。 くもん 騎 迷い、焦り、苦悶した末にカインは決断した。 の 。自信がないんだ」 銀「つまり : 「騎士になる自信、ですか」
258 回収業者に扮して河を行けば、おそらく逃げきれる。監視がいたとしても、運んでいるもの のことを考えれば、さっさとすませて送りだしたいだろう。 はんちゅう カインが考えていることは、すべて可能性の範疇に留まる。回収業者の老人に案内を任せた からといって、ウルバ本人が回収業者を装わなければならないということはない。だが、万が 一のときの逃げ道としては、より適しているのではないか。 その説明を聞いて、レイクは感心したように笑った。 「よし、それで行こう。とにかく船着場を片っ端からあたればいいんだな」 「ありがとう。助かる」 帝都の路地に関しては、レイクはカインよりも圧倒的に詳しいはずだ。これなら、と期待が ふくらむ。 ハラム家を出た。明るさに、おもわず空を仰ぎ見る。薄い蒼が見えた。その中には、粉を散 らしたかのような、白くまばらな雲。 昔見た風景に、よく似ていた。 あいつを捕まえる。それで、騎士になるんだ。 なまぬるい風が吹き抜けて、カインは小さく息をつく。隣のレイクにうなずき、石畳を蹴る。 とにかく、スルム河だ。あとは見て確かめればいい。走る。とにかく走るのだ。 通りすがりの市民とすれ違う。悲鳴があがった。 「おまえ、槍、槍 , ロレふん あお
「それはなんだい ? 」 ムスス 「手紙です。集配局に持っていくんです」 その返事に、カインは帝都に来た翌日、彼女に手紙を頼んだことを思いだした。あれから 二十日近くが過ぎている。もう手紙は村に届いているだろう。なんて書いたつけ。 ムヌス ばんやりとして思い出せないまま、集配局に着いた。手紙を預け、帰路につく。そこで首を かしげた。自分がついてくる意味はあったのだろうか。まあ、とくにやることがなかったから ロ〃しし ' 刀 スルム河を渡るための橋にさしかかる。試験場にあったような木製のものではなく、重厚で らんかん 頑丈な石橋だ。欄干には、等間隔に光灯石が埋めこまれており、ばんやりと光を放っていた。 「パルスさんは」 橋の中ほどまで来たときに、イングリドが口を開いた 「何かお悩みがありそうですが」 問いかけは率直だった。 「いや、その : : : たいしたことじゃないよ」 カインは言いよどみ、結局返事を濁した。 「そうですか」 淡々とした反応に、会話が終わったと思ったカインは、直後のイングリドの行動に目を見開 いた。彼女は欄干に右足をかけると、左足で石畳を蹴り、長いスカートの裾をひるがえして上 ルーメン