214 「じゃあ、あの馬上試合は : カインは呆然としてファリアを見る。 「そういう目的も兼ねた、というだけだ。何も一つのことをやるのに、目的まで一つでなけれ ばならないとは限らぬだろう」 「騎士の線はないにしても、他の文官とか誰か手頃なのはいないのか ? 」 「皇宮にいる者を使っては、漏れる可能性があるという点は変わらん。これまでにどれだけの 騎士が関わっているかがっかめていないのだ。だから、卿らを頼っている」 がた カインとレイクは何とも言い難い顔で視線をかわした。 彼女の言い分はわかるが、皇宮に勤める者より自分たちの方が信頼できるとは、不思議な話 だった。 「金で動く用心棒みたいなのとかがいるだろ。そういうのは ? 「正直、信頼できん。伝手もないしな。 そろそろ返答をもらえないか」 「じゃあ最後に一つ。成功すれば騎士にするって話だが、失敗した場合はどうなる ? それで も騎士にしてもらえるのかね ? 」 「無理だ。賊を捕らえた功績をもって騎士とするわけだからな」 明快な返答に、レイクは顔をしかめた。 あら はっきりと不快感を露わにして席を立つ。 発せられた声は、カインが息を呑むほど冷たいものだった。
に立ったのだ。軽やかな身のこなしだった。 「 : : : イングリド ? 」 彼女のとった行動の意味がわからす、カインは呆然と見上ける。 「たいしたことでなくてもかまいませんので、お話しいただけませんか ? 」 「その前に降りてくれ。危険だ , スルム河の底はそれなりに深い。回収業者のような小型の舟もよく通るため、橋はやや高め に造ってある。まして、いまは夜だ。溺れる可能性はあった。 「話していただけたら、降ります」 「どうしてそんなことをするんだ」 いらだ カインは苛立ったが、イングリドは平静な表情のまま答えた。 「奥様は、旦那様から何かを聞きだそうとする際、よく二階の部屋の窓枠の上に立たれていま した。そうすると、十数える前に旦那様はすべてを白状されます」 なんて迷惑なとカインは会ったこともないバラム夫人を心の中で非難した。 カずくで引きずりおろそうとしたら、誤って落ちてしまうかもしれない。しかし、悩みを吐 勲きだすのは恥ずかしい。 くもん 騎 迷い、焦り、苦悶した末にカインは決断した。 の 。自信がないんだ」 銀「つまり : 「騎士になる自信、ですか」
課という名前からして蚤しげな部署が設立された。 金、というよりは銀や鉄、銅などあらゆる金属類を何もないところからっくりだす、という れんきん 目的が、錬金課にはあったが、決して公にはできない目的もあった。 ライタークロイス 騎士勲章の理屈の解明と、利用である。もしこのことを帝国が知ったら、帝国は危険や消耗 を承知でインフェリアを攻め滅ばしにかかるだろう。 「だがまあ」 と呑気な口調でリピコッコは一言うのだった。 「研究するにも実物がないとどうしようもない、と錬金課の連中は一一一一〕う。そのあたりは仕方な いと私も思、つ」 リピコッコがこれまでこなしてきて、今度アリキーノに引き継がれる任務は、騎士勲章を手 に入れることだった。それも、 「できれば、持ち主もまとめて手に入れていただきたい , というのが錬金課の要望である。 くんしよう 「勲章は普段、皇宮の奥深くにまとめてしまわれている。騎士の出撃に際して、戦場へ向かう じようさい 者だけが自分の勲章を渡されるのだ。常に身につけているのは城砦勤務の者だけだな。見つか らずに持ちだすのは至難といっていいし、勲章だけを盗むと、すぐにばれる」 そこで、リピコッコは可能性が低くてもいいので、とにかく見つかりにくいことを優先した 方法を考えた。 ライタークロイス
258 回収業者に扮して河を行けば、おそらく逃げきれる。監視がいたとしても、運んでいるもの のことを考えれば、さっさとすませて送りだしたいだろう。 はんちゅう カインが考えていることは、すべて可能性の範疇に留まる。回収業者の老人に案内を任せた からといって、ウルバ本人が回収業者を装わなければならないということはない。だが、万が 一のときの逃げ道としては、より適しているのではないか。 その説明を聞いて、レイクは感心したように笑った。 「よし、それで行こう。とにかく船着場を片っ端からあたればいいんだな」 「ありがとう。助かる」 帝都の路地に関しては、レイクはカインよりも圧倒的に詳しいはずだ。これなら、と期待が ふくらむ。 ハラム家を出た。明るさに、おもわず空を仰ぎ見る。薄い蒼が見えた。その中には、粉を散 らしたかのような、白くまばらな雲。 昔見た風景に、よく似ていた。 あいつを捕まえる。それで、騎士になるんだ。 なまぬるい風が吹き抜けて、カインは小さく息をつく。隣のレイクにうなずき、石畳を蹴る。 とにかく、スルム河だ。あとは見て確かめればいい。走る。とにかく走るのだ。 通りすがりの市民とすれ違う。悲鳴があがった。 「おまえ、槍、槍 , ロレふん あお
「どうです ? 今日のはなかなか味わい深い仕上がりですよ 流しこむように食べる男に、味わいを語ってほしくはないとカインは思った。 「それより、話の続きをそろそろ」 空になった皿を横に押しやって、カインは促した。 「そうですね。私があなたに訊きたいのは、彼らに差をつけたくないかということです。あな た同様に、やってみなければわからないと思っている人たち。試験に対して確信を抱けないで いる、大多数の志願者のことですー 「 : : : 差をつける方法が ? 」 「あるんです」 一一一一口葉を継いでの至極あっさりとした返答に、カインはおもわず唾を呑む。たかだか一杯の果 実酒で酔うはずもないのに、顔が妙に熱い。なんとなく喉の渇きを覚えて、果実酒の残りを一 気に飲み干した。 本当だろうかと思う。本当だとしたら、その方法を知りたい。少しでも可能性を高めて試験 に挑みたい。 勲「どうして僕に、そんな話をしてくれるんです ? 」 騎 ようやく声が出た。低くかすれて、自分のものとは思えない。緊張していた。 の 銀「あなたの馬上試合を観戦しまして」 ウルバはにこやかに答えた。パンとチーズはもう彼の胃の中におさまっている。
ありえない」 「断言していい カインは首を振った。 「そういうのは大嫌いなひとなんだ。もし僕がそういうことを頼んだとしたら、手足を折った こえだ 上で重石をつけて、肥溜めに放りこむぐらいのことは平気でやる 「そしてめでたく肥料の一部か。肥溜めというあたりがなかなか農村的な制裁だな」 「君は農村に恨みか偏見でもあるのかい ? 」 「理由など、そのウルバを捕らえて訊けばよかろう」 さえぎ ファリアが呆れた顔で話を遮り、レイクを睨みつけた。 「卿からは、手伝うかどうかの返答もまだもらっていないのだが」 腕を組んだまま、レイクは顎を手で据でる。 「どうして俺たちみたいなのを使う ? おまえさんが本当に皇女殿下だったら、一一一一口うことを聞 いてくれる騎士なんて吐いて捨てて腐らせるほどいるだろ。それこそ中央広場からどれかの門 の入り口までずらって並べられるぐらいにさ」 「騎士を使っては、不正者どもに漏れる可能性がある。私がイシュトーの名で志願者を装った 勲のも騎士たちの目をくらませるのが第一の目的だ。連中が接触してくれば好都合というのも あったから、それなりに目立っこともやってみせたが」 銀 ファリアは苦笑してカインに視線を向ける。 「誘いがあったのは私ではなく、こいつだったというわけだ」 よそお
応じたのはルーフアだ。レイクは興味深そうに彼女の言葉の続きを待っている。バルトは背 かたむ を向けているのでわからないが、耳を傾けているようだった。 「だが、決め手というのならば幸運という要素も外せない。誰と組むかということもそうだろ うし、どの戦車に乗るかはクジで決まる。つまり、開始位置は運次第ということだ。たとえば 右側にいる対戦相手が、左側にいるだろう卿を狙うか、それとも逆側の誰かを狙うか。戦車競 走が終わっても、騎士の課題がある。課題の内容はその騎士の自由だから、自分にとって有利 な騎士にあたる可能性もあれば、その逆の場合もあるー 「でも、それはどうしよ、つもないことじゃないか」 「そうだ。だから、自分にできることをするしかない。卿が言ったように体力をつけ、技量を 伸ばすしかないのだ」 「案外まともなことを語るロも持っていたんだな、おまえさんは」 わざとらしく驚いた顔をするレイクを、ルーフアは忌々しげに睨みつけた。 「私は一つしか口を持っておらぬ。卿こそ、そのロの中には舌を何枚隠しておる 「七枚ある。見てみろ」 章 勲 言って、レイクは舌を突きだした。 「一枚しか見えないな」 銀「残りは馬鹿には見えないのだ」 「ほう。では見えるものだけでも斬り落としてやろう。六枚も残っていれば、今後の人生にも
おう かっちゅう 魔物が巨大な口を開けて、騎士を甲冑ごと貪り食っている光景を思いだし、アリキーノは嘔 吐感を覚えた。 れんきん 「錬金課は設立してまだ日が浅い。あいつらがこの勲章の構造を解明し、我々にも使えるよう な手段を講じてくれるようになれば、勲章だけを奪ってもかまわんのだがな。そうでないうち は、彼らの刃が向けられる可能性は抑えたい」 確かに、とアリキーノは、つなずいた。 我々が指揮を執るほどのものですか ? ようするに、詐欺でしょ 「やることはわかりましたが、、 「扱っているものがものだからな。十数倍の重さの金塊にも優る」 あお リピコッコは乱暴に杯を呷りながら続けた。 「正直言ってろくでもない仕事だ。砂城を小匙でそぎ落とすかのようなもので、しかも、煽り、 ・つ、ら 騙し、憎まれ、恨まれ、嫌われる」 「かまいませんよ」アリキーノは微笑する。 マレブランケ 「私も十二将ですから」 すまんな、とリピコッコはつぶやくように言った。杯に新たに注ぎながら、ばやく。 「まったく、皮肉なものだ。魔物の存在が、西方諸国を帝国の脅威から守っている。魔物と戦 う一方で人間とも戦って勝つなど、よほどの英雄でなければできんからな。そして、帝国の存 在が、西方諸国を魔物の脅威から守っている。我々は帝国からなんとかして勲章を手に入れな むさぼ くんしよう まさ さぎ あお
も間違いだ。ましてや異常な才能にな」 ゴートは沈黙することで返答を避けた。かまわすハイラムは続ける。 「とりあえず、あれは放っておけ。そのうち立ち直る。自分でつけた火を消すこともできない のだからな。それぐらいしか取り柄を求めようがなかろう。それに、他に考えなければならん こともあるーーー薄ら寒い地下通路まで使って、騎士にしてやろうとする、か。手段としては中 途半端すぎるな。選んだ者がすべて脱落する可能性もあるだろう」 「ですが、それ以外に不正を行う方法はないのでは ? 「ではそれを行うとして、理由はなんだ ? 」 そう尋ねながらハイラムは、ファリアがまとめて提出した報告書に目を通している。 「金をせびるわけでもなし、となれば : : : 密偵まがいの行為でもさせようというあたりか。実 際、登用試験の名簿の情報などは漏れていたわけだからな。ああ、そういえばアーミイだった か、あの横領犯はどうした ? 結局、案内役は回収業者だったのだろう」 「アーミイにはかなりの額の借金がありました。それで、横領によってまとまった額の金を得 ライタークロイス 1 た上で、騎士勲章を手土産に国外への逃亡をはかったようです。今年もあの道が使われると考 勲えて、不正を誘った者に接触するつもりだったと言っておりますー 「国外への逃亡か。なるほどな」 しゅこ・つ 煌 ハイラムは首肯した。 銀 「不正によって騎士にさせ、後にそれを材料にして強請る。そういう行動をとるということは、
志願者とおばしき男が、茂みを踏みわけ、荒れた斜面を少しずつのばりながら、雑木林の中 に入っていく。 なにやってんだ、あいつ。 丘をのばるのは規定の順路から外れる。丘の上では騎士が監視している可能性もある。それ をわかっていてやっているのだろうか。 それとも。 レイクの脳裏をいくつかの単語がかすめた。先日、ファリアやカインと話した不正。 いちべっ おそらく、それがなければレイクは男を追わなかっただろう。馬鹿を見る目で一瞥し、その まま走り去ったに違いない。 一度振り返って、誰かが自分に注目していないかどうかを確認し、茂みに身を隠すようにし て男を追った。男はすぐ立ち止まったので、レイクも身体をなるべく縮めるようにして様子を うかが 窺う。少し角度を変えると、自分が追っていた男以外にも複数の人影がいるのを発見した。革 鎧や模擬戦用の武器という装備を考えても、監視中の騎士などではない。 間違いねえな、と思う。残念だったな。あんたらが凱旋門にたどり着くと信じているそこは、 勲破滅という門へつながる道だ。せいぜい短い夢でも見るんだな。 騎同情の余地などあるはずがなく、むしろおもいきり嘲ってレイクは元の道に戻ろうとした。 銀人影の群れが動く。横目で彼らを見ていたレイクは、信じられないものを見た。 おっさん ?