170 。これはあなたに限らず、志 「そうですね。あなたの言う通り、やってみなければわからない 願者の九割までは同じと考えて差し支えないでしよう。そこで そこまで言ったところで料理が運ばれてきた。ウルバは言葉を止め、料理がテープルに並べ きゅ・つじ られて給仕が去るのを待つ。 いらだ 、、ナこど、つ答、んる その間、カインは苛立ちを感じながらも、友人たちならばさきほどのし力しし だろ、つかと考えていた。 レイクは軽く受け流すかもしれない。あるいは楽勝だねといった感じの軽口をたたくだろう か。ルーフアも腰に手を当てた尊大ともいえる態度で、当然のことだと言ってのけるだろう。 バルトは無言だろうが、それこそが彼の自信の現れに違いなかった。 僕は。考える。彼らほどに余裕があるだろうか。確信を持てるのか。 カインの煮物が残り半分くらいになったときには、もうウルバの皿は二つ空になっていた。 しつかり噛んでいるのだろうかと問い詰めたくなるほど食べるのが早い。 さらに野菜の盛り合わせにとりかかり、大口を開けているわけでもなく、かきこんでいるわ けでもないのに深皿の上の野菜群は見る見るうちに減っていく。 あぜん ふと、ウルバは手を止めて唖然としているカインを見た。チーズの乗った皿をカインの方に 押しだす。
と思ったのだ。勘違いなら笑ってくれていいが、そうでなければ教えてくれぬか」 彼女の言葉にカインは青空を見上げ、こんな天気のいい日だったなあと吹きぬける風を心地 よく感じながら思いだす。あの日のことは、空の色までが鮮明に記憶に残っている。 ぎんかっちゅう 槍を持った銀甲冑の騎士。蒼い鱗の竜。勇戦の跡。 話に聞いていただけのものが、形あるたしかなものとして目の前にあった。 「小さいころに騎士を見たんだ。そのとき、なりたいと思った」 「ーー単純だな」 数瞬の間を置いて聞こえた、揶揄するような声。その中には隠しきれない羨望が混じってい たが、聞いているカインも、言った当人ですら気づかなかった。 「単純かな」 「誉め一言葉だ。卿らしい。ねじくれているよりは、よほどいい せりふ 少し傷ついたような顔をするカインに、ルーフアは励ますような声をかけた。台詞の後半は レイクを横目で見ながらのものだったが。カインは苦笑し、彼女に言ってやった。 「確かに、君ほどひねくれようとは思わないが」 勲「 : : : 案外一言うものだな、卿も」 騎 ルーフアはいやな顔をしたが、 本心からいやという感じではない。水筒を取りだして口をつ の 煌 銀 けると、カインに差し出した。 「いや、自分のがあるからいい
試合の内容を決めると、ルーフアは独りで受付へ行ってしまった。カインとレイクは手伝お うかと言ったのだが、 ) ) 、 ししカら待っていろと言い残して彼女は駆けていく。その後ろ姿を見送っ てカインはつぶやいた。 「いいのかな」 「いいんじゃねえ ? お姫さん、金持ってそうだし」 「さっきも言ってたけど、そのお姫さんというのはなんだい ? 「ありやお嬢さんって感じじゃないからなあ。強引とい、つかわがままとい、つか : : : 」 「すまない カインは素直に謝った。どうにも、レイクは無理矢理巻きこんでしまったという感じがした からだったが、 レイクは苦笑を浮かべて肩をすくめる。 「おまえが謝ることじゃねえさ。それに、あいつらだって競争相手だからな。お姫さんの言っ たことは間違いじゃねえ。あとーーー」 レイクの目が鋭さを増し、その口元に物騒な笑みが浮かんだ。 かんさわ 「おまえの知りあいな、ちょっと癇に障る」 そのとき、離れたところでざわめきが起こった。何事だろうと二人は視線を向ける。 またが ルーフアが、馬に跨って戻ってくるところだった。彼女の後ろを、人数分の馬が尻尾を揺ら しながらついてくる。一頭ならばともかく六頭ともなるとおおいに目立つ。闘技場にいる者の ほとんどが、自分たちのやっていることを中断してこちらに好奇の目を向けていた。
「そして新種のカカシの誕生か。なかなか農村的な制裁だな。ま、安心しろ。売る気はねえ 「それじゃあ何をする気なんだ ? 」 「磨いてさ、いかにも高価そうに見せつけて、クジをやるんだよ。銅貨二枚でクジ一回。お一 よきよう 人様一回限りって感じでな。いまの帝都は志願者だらけだし、銅貨二枚なら余興としてやるや つも出てくるだろう。そいつらをかき集める」 おもしろいいたずらを思いついたという感じで話すレイクに、カインは何度もうなずきなが ら先を促す。 「五十人ぐらい引かせたあたりで、おまえが何食わぬ顔で参加して当たりを引く。で、解散さ。 五十人やれば銅貨百枚だ。これだけあれば、試験日までぎりぎりやっていけるだろ」 さぎ 「でも、それは詐欺じゃないか ? 他のひとは絶対当たりを引けないようにするんだろう」 眉をひそめるカインに、レイクはそれがどうしたと言わんばかりの軽い口調で答えた。 「クジを売るんじゃなくて夢を売るんだと思え。銅貨二枚なんてはした金だぞ、 「君は、昨日銅貨三枚を僕から借りただろう」 カインの言葉に、レイクの口元から笑みが消える。黒褐色の髪の若者は静かに聞いた。 勲「つまり、おまえは嫌なのか」 騎 カインは素直にうなずき、謝った。 の 銀「すまない。君が知恵を貸してくれたのは、本当にありがたいと思うが」 「まあいいさ。人間、譲れないことはあるからな」
がテープルに手を伸ばし、金貨を指でおさえてルーフアのほうへ押しやる。 ルーフアはまず押しやられた金貨を見つめ、それから笑顔をつくってイングリドを見た。 「理由を訊こうか」 「いただく理由がありませんのでー 「別に貸しをつくるつもりはないぞ ? カインには手を貸すだけの友情は感じているし、貴様 さわ に何かあればカインが心配して、試験に差し障りが出るかもしれん。それだけだ」 「ーーそれで、金貨を二枚」 イングリドは冷然と突き放す。 じじよ 「私は一介の侍女に過ぎませんが、旦那様にお仕えして、そのお仕事ぶりを横目で見てきまし た。金貨一枚の価値はよくわかっているつもりです」 淡々とイングリドは続けた。金貨に、彼女の無表情が映っている。 「あなたはパルスさんに友情を感じているとおっしゃいました。それは私が口を挟むことでは ありません。ですが私に同情して、ほどこしをなさろうというのはーーー迷惑です」 みす 紫色の瞳に怒気を揺らめかせ、ルーフアの碧い瞳を見据えてきつばりと言い切った。 ルーフアの瞳に反感がちらっく。その表情を見たカインは、背筋が寒くなるのを感じた。彼 女は静かに立ちあがり、金貨に指を添える。イングリドの方へ押し戻そうとしたが、テープル の中央あたりで侍女の細い指がそれをおさえつけた。 対抗するかのようにイングリドも立ち上がる。
カインにとってははじめてだったが、大人たちにとっては以前にもあったことらしい。黙々 と荷物をまとめ、村長の誘導に従って村を出る。 避難といっても向かう先はそう遠くない。二刻ほど歩いたところにある丘の上。 レヴァまたが そこで二日ほど過ごしていたら、先日の騎士が蒼竜に跨って空から現れた。 巨大な翼を羽ばたかせながら、竜はゆっくりと地上に降りる。騎士は負傷し、長槍にも甲冑 勲にも黒がかった緑色の液体がこびりついていた。 魔物を討ち滅ばしたことを騎士は簡潔に語った。村に被害は及ばなかったことを併せて告げ 銀る。蒼い空の彼方に小さくなっていく影を目に焼きつけながら、カインは大人たちに従って村 貯までの道を歩いた。 ) ) ・つもり・ た。蝙蝠のそれに似た巨大な翼は、いまはたたまれていた。白っほい皮膜はなめらかな手触り きょ・つじん ながら強靭さを感じさせる。 頭部や肩、肘、脇腹のあたりを、鋭い突起や筒のついた装甲で覆っていた。だらりと伸びた 尻尾も同様だ。装甲の色は、鱗と同じ蒼銀色。 どうもう 獰猛さを感じさせる外見ながら、この聖獣の目にはなんとも言えない愛敬があり、カインを 興味深そうに見下ろしていた。顔を下げて、カインに頬をすりよせる。 恐布はまったく感じなかった。
152 「けっこうです。それより、伺いたいことがあるのですが イングリドは椅子に座ろうともせず、紫色の瞳に冷気を宿してルーフアを見下ろす。 「私は空腹なのだがな」 「あなたが何かを注文し、食べるのはかまいません」 ため息を一つつくと、カインは彼女の名前を呼んで椅子を押しやった。イングリドは拗ねた ような表情をしたが、ルーフアから視線をそらして勧められた椅子に腰掛ける。 「僕は鶏肉の煮込みを頼む。彼女も同じものでいいから」 ぶどうしゅ 「ふん。ならば私も同じものでいい。あと葡萄酒でいいな ? 」 カインはイングリドを見た。彼女はうつむいたままふるふると首を横に振り、ばそばそと何 かを言った。聞こえなかったのでカインは耳を寄せる。酒はあまり好きではない、というよう なことかど、つにか聞きとれた。 「一つは林檎溶でー 注文を終えると、カインは手短に事情を話した。自分が居候する予定だったところがバラム じじよ の屋敷であったこと。イングリドはそこの侍女であること。屋敷が差し押さえられて彼女は追 いだされてしまい、カインも路頭に迷ったこと。 話を聞き終えて、ルーフアは眉をひそめた。 「ちょっと待て。侍女。貴様はバラムから給金をもらっていなかったのか なんだとカインは思った。ク卿一以外の呼び方も使えたのか。
翌日の夜。その日も中途半端になってしまった練習を終えて、カインは宿に戻った。寝よう 勲と思って階段を上がりかけたが、そこをイングリドに呼び止められた。 「すいません。もし手が空いているようでしたら、時間をいただきたいのですが」 銀 いいよ、と、つなずく。気晴らしになるとも思った。 イングリドは、、 月脇になにやら包みを抱えている。 それを終えると、寝るにはまだ早い時間帯だったので、あてもなく通りをぶらついて、宿に 、。ば、つつとしているとろくなことを考えない。挙 戻った。戻っても、何かをする気力などなし 句に、知らず知らず溜まっていた帝都での生活による疲労が開放されて神経に流しこまれる。 十七年間の生活は、土の間をのたくるみみずを横目に畑を耕し、時折手を休めてゆっくり揺 れる雲を眺める、といった感じのものだった。 だが、帝都での生活は想像していた以上に違う。人もものも圧倒的でめまぐるしく、ばんや りしていると見えない洪水に押し流されて、埋められてしまいそうな錯覚すら抱く。精神的に 安定していればよい刺激となるが、そうでないときは容赦のない圧力にしかならない。 とどめとばかりに僕は田舎者だものなあと劣等感が首をもたげて思考が停止しかける。 もう一押しで、カインは試験前から脱落したかもしれなかった。
「朝早くに、君が宿の裏手で槍の鍛練をしているのを見たことがある。誰に教わった ? 」 何か気になることでもあったのだろうかと不思議に思いつつ、隠すことでもなかったのでカ インは正直に答える。 「ダントリオンという人です。故郷のルッカ村にいるんですが、僕たちは師匠とか先生と呼ん でいました」 その名を聞いたバルトが、細い目をわずかに見開いた。酒精混じりのため息を吐く。 「やはりそ、つか : : : 」 「先生を知ってるんですか ? 」 あら 驚きも露わにカインが尋ねると 、バルトは無愛想な顔にどこか感慨深げな感情をにじませて 、つなずいた 「俺に大剣を教えてくれた師が、そのダントリオンの弟子だった。それに、傭兵たちの間では リアーク リーディルは有名だ」 『白鬼』 ハリアーク 「なんですか、その白鬼って」 かっちゅう 「常に、甲冑の上に白い軍衣を羽織っていたらしい。どれほどの敵を斬り伏せても、軍衣が赤 く染まることはなかったそうだ」 じようぜっ これまでとはうってかわってバルトは饒舌だ。カインとしてはあのダントリオン先生がとい う感じである。だが、言われてみると納得できるところがあった。ダントリオンの家に、どう してあれだけの武器があったのかも説明がつく。 はお たんれん
「いらっしゃい。あんたが女の子以外を連れてるなんて珍しいね」 「俺の交友関係はこの店よりは広いんでね」 軽口に軽ロで応じてから、レイクはカインを見る。 「好き嫌いとかあるか ? 」 ないと答えると、レイクは「ティナ。いつもの二つ」と少女に言った。 ちゅうぼう ティナと呼ばれた少女が厨房に行くのを見送って、黒褐色の髪の若者はカインに向き直る。 「おまえさ、生まれどこ ? 」 ぶしつけだなと思ったカインだが、正直にカナンのルッカ村だと答える。 「君はどこなんだい ? 」 「帝都だよ。ああ、そんな顔すんなよ。帝都といっても金持ちの家ばかりがあるわけじゃない からな。俺が生まれ育ったのはそうたいしたところじゃないぜ」 言われて、カインは顔に手をあてた。僕はそんなに羨むような顔をしただろうか。気をつけ よ、つ 「まあ、おまえさんを見てれば、どっか遠くから来たってのはまるわかりだけどな。何もかも が珍しいって感じで、新しいねぐらに放りこまれたネズミみたいにきよろきよろしてる。この 店に入ったときもそうだったろ ? 」 にやにやとレイクが笑う。カインとしてはさすがに腹が立った。 「僕が田舎者だというのは認めるがね。ネズミはないだろう」