「化物だ , おちい 騎士も負けてはいない。剣は魔物を斬り裂き、槍で貫く。決して恐慌状態に陥ることなく、 勇敢に、冷静に戦う。聖獣も、鳳は突風を起こし、竜は炎を吐き、亀は水の塊を撃ちだした。 魔物たちを字句通り殲滅して帝国の騎士が去ったあと、アリキーノの上官は戦場跡からある ものを拾ってきて、彼に見せた。 「魔物の脚だ」 アリキーノは息を呑んだ。 それは、とうてい生物の脚などではありえなかった。 ます、金属でできていた。鉄の棒を二本重ねた形状で、関節は小さな滑車をいくつも組み合 わせたようなっくりになっている。脚の先端は鉤爪状ではなく人間の手に近く、ものを握り、 つかめるだけの関節もあった。さわってみると、おもしろいほどによく動く。 リピコッコは腰の短剣を引き抜くと、アリキーノに見せた。鍔に刻まれた銘から上物だとわ かる。鋭利と硬度の両立を追及したもので、鉄を斬っても傷がっかないと評判のものだった。 ロきつけた。乾いた 魔物の脚を近くの木の幹に押し当てる。その上から、短剣を力いつばい卩 勲音がして、短剣の刃は折れ飛ぶ。魔物の脚はというと、引っかいたような白い傷が一筋あるだ 騎けだった。 銀「我が国の技術で」 がくぜん 折れた剣をしまい、刀身を拾いあげながら、リピコッコは愕然としているアリキーノに訊い せんめつ つらぬ
274 た 「この脚と同じものがつくれると思うか ? 「無理でしよう」 アリキーノは即答した。 「では、このような身体を持つあの奇怪な化物を、我が国のカで倒せると思うか ? いったいどれだけ それも無理だ。そもそも、空を飛び、弾を撃ち、炎を吐くような怪物に、 の兵が立ち向かえるというのか。 「しかし、帝国の騎士の武具が我々のものより優れているという話は、聞いたことがないので すが」 「実際、そうは変わらん。むしろ、我々の方が優れているといってもいいだろう」 ならば、なぜ、彼らは魔物と戦えるのだ。なぜ、彼らの武器は魔物を斬り伏せることができ るのだ。 「彼らが聖獣と呼んでいるものだ。彼らの言い分だと、聖獣を駆っている間は聖蛇の加護を受 かっ けることができるらしい。恐怖が消え、勇気が湧き、槍は鋭さを増して折れることなく、甲 ちゅう 冑は風のごとく軽くなるとな。もっとも、実際に見なければ信じられんが」 その通りだった。アリキーノは苦い顔で魔物の脚に視線を落とす。 「帝国の歴史によれば、彼らは過去三百年、このような化物と戦い続けてきた。しかし、この 戦いはいっ終わるかわからん。明日終わるかもしれんし、また三百年は続くのかもしれん。帝 アトル
街道沿いの町に入り、宿をとる。個室を借りて、食事をしながら話は続いた。 「ありがたいことに、というべきだろうな。魔物はどういうわけか東の海からしか現れない。 そのために、帝国が、我々の盾のような存在となっている」 「彼らの神話によれば、東の海の果てに魔物の元凶となっているものがいるそうですが アリキーノはこのときから食事が早かった。すでに彼の皿は空になっている。 「だとしたら、なぜ、彼らは元凶を断たないのでしようか」 「何十年前だったかな、一度だけ試みたそうだ。大規模な船団を用意して、東の海を発った。 勲そして、百日間進んで戻ってきた」 「失敗したのですか」 銀「海の果てというのはもっと遠いというのがわかったそうだ。東の海はどれだけ往けど島の一 っさえ見つからず、挙句、彼らが進む方向の、はるか彼方から魔物の群れが飛んでくる、とな」 国が勝っかもしれんし、化物どもが勝っことだって考えられる どちらかが生き残ったとして。 に、インフェリアは対抗できるのか。 生き残った側 帝国の騎士は、帝国にしか存在しない。そして、当然ながら、帝国はそれを他国に分け与え るよ、つなことはしない
% く爪と牙を持ち、いかなる剣や槍も通じない強靱な身体を持っていた。 魔物は群れを為して人間たちを襲い、むさばり食った。 このまま人間は、滅びのときを待つばかりかと思われた。 ーラントである。 この龍と魔物たちに対抗したのが、帝国の初代皇帝たるアルセスⅡ アルセスは、かってある王国の小貴族だった。国王は圧政を敷いて民を苦しめ、暴虐の限り を尽くしたといわれる。 アルセスはこの王国を滅ばし、近隣諸国を併合して帝国をつくりあげた。このとき、どこか アトル らともなく現れてアルセスに力を貸したのが聖蛇である。 アトル 聖蛇は邪悪な龍を東の海の果てに追いつめる一方で、人間たちに聖獣を与えた。 アーグレヴァドムス 麒麟、朱鳳、蒼竜、黒亀の四柱の聖獣を。 初代皇帝アルセスは自ら聖獣を駆って「騎士」となり、彼の配下の戦士たちも同様に騎士と なった。聖獣の加護を受けて人間たちは魔物と互角以上に戦えるようになり、ついには大陸か くちく ら魔物を駆逐し、邪悪な龍を討ち滅ばした。 だが、龍は死してなお、その身体から魔物を生みだし続け、人間を滅ばさんと大陸へ送り続 アトル けている。そして、聖蛇はせめて邪龍の復活を阻止するために、東の海の果てで屍骸をおさえ 続けているのだという。 これは神話だ。 だが、帝国の民で事実と思わない者は一人もいない。老人だろうと子供だろうと、貴族だろ きょ・つじん しがい ぼうぎやく
おう かっちゅう 魔物が巨大な口を開けて、騎士を甲冑ごと貪り食っている光景を思いだし、アリキーノは嘔 吐感を覚えた。 れんきん 「錬金課は設立してまだ日が浅い。あいつらがこの勲章の構造を解明し、我々にも使えるよう な手段を講じてくれるようになれば、勲章だけを奪ってもかまわんのだがな。そうでないうち は、彼らの刃が向けられる可能性は抑えたい」 確かに、とアリキーノは、つなずいた。 我々が指揮を執るほどのものですか ? ようするに、詐欺でしょ 「やることはわかりましたが、、 「扱っているものがものだからな。十数倍の重さの金塊にも優る」 あお リピコッコは乱暴に杯を呷りながら続けた。 「正直言ってろくでもない仕事だ。砂城を小匙でそぎ落とすかのようなもので、しかも、煽り、 ・つ、ら 騙し、憎まれ、恨まれ、嫌われる」 「かまいませんよ」アリキーノは微笑する。 マレブランケ 「私も十二将ですから」 すまんな、とリピコッコはつぶやくように言った。杯に新たに注ぎながら、ばやく。 「まったく、皮肉なものだ。魔物の存在が、西方諸国を帝国の脅威から守っている。魔物と戦 う一方で人間とも戦って勝つなど、よほどの英雄でなければできんからな。そして、帝国の存 在が、西方諸国を魔物の脅威から守っている。我々は帝国からなんとかして勲章を手に入れな むさぼ くんしよう まさ さぎ あお
272 ウルバと名乗っていた若者は、帝国の生まれではない。 マレブランケ 南西にある王国インフェリアの出身である。十二将の一人で、アリキーノという。 アリキーノが彼の上官であるリピコッコとともに帝国の土を踏んだのは七年前のことだった。 二人とも偽名を吏、 イし、ただの旅人ということになっている。 「おぬしは魔物を見たことがあるか ? 」 ゝナこ、アリキーノはいいえ、と答えた。 年配の将軍の問い力しし 「ならば、行こう。見なければわからぬ」 じよ・つさい 帝国の東端。北から南にかけて配置された七つの城砦。その一つにはりつく。 数日後に、戦いを観る機会は訪れた。 凄まじかった。 まがまが まず、魔物の造形が禍々しい。魔物、と名づけた者は実に的確だったと彼は思う。 アリキーノの目に焼きついた一匹は、大きさが水牛ほどもある、かぶと虫によく似たものだっ た。背中の羽は鳥を思わせるつくりで、色は純白。そして、帝国の聖獣にどことなく似た、身 体のあちこちに施されている鉄の武装。 黒い穴の奥から、炎や礫のようなものを放っ筒状の装甲。 かっちゅうか 騎士にのしかかり、鋼鉄の甲冑ごと噛み砕いて、中身を貪る顎。 緑色の、点滅する眼。 吐き気を覚え、寒気がした。背筋が、恐怖から湧きでた汗で濡れた。 ほどこ つぶて むさぼ
アトル 聖蛇に祈りを捧げて神殿を出たカインは、息を呑んだ。 階段をのほっているときには気づかなかったのだが、この丘からは帝都ラウルクの町並みを 一望することができたのだ。 灰色がかった石造りの建物が並び、タ陽を浴びて白と黒の対比をつくりだしていた。その上 かわら を赤や青、黒といった色とりどりの瓦屋根が葺いている。道往く人々の数はさすがに少なくなっ ているが、みんなどことなく綺麗で上品そうに見えた。 視線を巡らせれば、帝都の中央を横切って流れるスルム河が視界に入る。うん、さすが帝都 かんめい 勲だ、とカインは思った。折しも時刻を知らせる鐘が鳴り、それにすらも感銘を覚える。このあ 騎たり、かなり浮かれて判断がおかしくなってしまっていた。 銀「そんなに珍しいか ? 冷静な言葉をかけられ、それまで帝都の景色に見入っていたカインは我に返った。レイクが うと平民だろうと、ましてや男女の区別なく。 現実に、東の海の彼方から魔物は群れを為して襲ってくるからだ。 レ ) よ・つさい 帝国東部には七つの城砦があり、それぞれ騎士たちが駐留している。彼らが、魔物の群れを 迎え撃つ。場合によっては、帝都にいる騎士が街道を疾駆して援護に向かう。 帝国誕生から三百年余。それはいまだに続いている。 ふ しつく
ぎよしやだい がたん、と不意に御者台が揺れてカイン Ⅱパルスは目を覚ました。 ひざ 秋の穏やかな空気と陽射しの中で、いつのまにかうたた寝をしてしまっていたようだ。落と しそうになった槍をあわてて引きよせ、抱えこむ。 荷車を引く老いたロバは、何ごともないかのように一定の調子で歩みを進めているが、いっ のまにか街道を数歩ばかり外れていた。そのせいで車輪が石か何かを踏んだらしい。カインは 手綱を引いて、少しずつロバを街道に戻す。 後ろから風が吹いて、藁の乾いた匂いが鼻をついた。故郷の村では馴染みの匂いだ。それに 混じっていびきが聞こえる。荷台の老人は眠っているようだ。老人の下に積まれている藁の束 が、衝撃をやわらげたのだろう。荷車にもとくに異常はないようで、カインはほっとした。 年に数度ある魔物との戦いを除けば、帝国は平和そのものだ。その魔物にしても、東の海の みずぎわ おいはぎたぐい 彼方から現れるのみで、たいていは水際で撃退できている。国内の盗賊、追剥の類が絶えたわ けではないが、 田舎者が上京するのにもさほどの苦労を要しない ぶこっ がいせんもん やがて巨大な門が見えてきた。両脇に細長い塔を配した、無骨な黒い造りの帝国の凱旋門。 帝都ラウルクを囲むようにそびえる七つの門の一つだ。 たづな 帝都 わら
いただき レイクがひとの悪い笑みを浮かべて門の頂を指す。門の頂にはルメリウスの若い頃の像が立 ち、四人を見下ろしていた。カインはそれを見上げてなんとも複雑な表情になる。あの唄を聞 まなざ く前ならば、も、つ少し尊敬の眼差しで見ることができただろ、つ。 アーグレヴァドムス アトル 帝都を囲む七つの門の頂には聖蛇と麒麟、朱鳳、蒼竜、黒亀の四聖獣、それから初代皇帝ア ルセスと騎士皇帝ルメリウスの像がある。ルメリウスの功績が偉大だから、というのもないわ けではないが、 自身を含めた七つの像をつくらせたのが、他ならぬルメリウスだったからだ。 「自尊心や自己顕示欲もかなり強かったらしいぜ ? この試験の順路だってルメリウスに関係 しているっていうし」 「そうなのかい ? 」 街道を外れて、帝都の町並みを横目にカインはのんびりと馬車を進める。雑草に覆われた地 面は硬く、荒れていた。小さく揺れる荷台の下で、車輪が断続的に乾いた悲鳴をあげる。 「そのころ、帝国は皇帝の弟と息子とにわかれて内乱の真っただ中でな。ルメリウスは騎士で すらなく、皇弟軍の偵察兵だったそうだ」 荷台によりかかりながらルーフアが話す。カインは、つなすいた オ所属していた部隊は皇 勲「魔物を発見したルメリウスは、それを味方に伝えようとした。ごが、 子の軍に壊滅させられていた。ルメリウスは本隊に合流するために馬を駆り、皇子の軍が守る 銀城砦を説き伏せて通り抜け、濁流渦巻く河を渡り、最後は荒野を己の足で駆け抜けて本隊に 到着した : : という話だ。ルメリウスの報告によって、帝国は魔物を撃退することができた」 じよ・つさい おのれ
カインはレイクに案内してもらって、聖蛇の神殿を訪れていた。小高い丘の上に立てられた 黒大理石造りの神殿は、タ陽を浴びてなだらかな斜面に濃い影を落としている。 丘のふもとから神殿まで延びている階段は、祈りに訪れた人々で埋まっていた。白い麻の衣 を着た老人や、色鮮やかな服に身を包んだ若い娘などもいるが、圧倒的に旅姿の者が多い。そ れを見たレイクは皮肉つほく笑った。 「考えることはみんな同じ、ってか」 神殿は、巨大な七本の柱に支えられた建物だ。柱の一本一本が、大人が数人がかりでやっと 囲めるほど太い。一方で、装飾はほとんどほどこされていなかった。 ようやく順番が来て、カインとレイクは神殿の門をくぐる。長い廊下を歩いて中央の広間を 抜け、祭壇のある部屋へと入った。 レヴァドムスアーグ その部屋には五つの像が置かれていた。聖獣たる蒼竜、黒亀、朱鳳、そして麒麟。その四獣 アトル が四隅に配され、正面の祭壇には翼を持った蛇の象が静かにたたずんでいる。聖蛇だ。 二人は右手を胸にあてて、頭を垂れる。短く祈りの言葉をつぶやいた。 聖蛇は、帝国の守護神だ。 勲帝国の神話にはこうある。 古の時代、大陸に邪悪な龍が現れ、人間たちを滅ばそうとした。龍の咆哮は空を裂き、その 銀羽ばたきは竜巻を生み、尻尾の一薙ぎは山を吹き飛ばすほどだったという。 さらに、龍は魔物を無限に生みだすことができた。魔物は空を舞う翼を持ち、鉄をも引き裂 アトル アトル ほ - っ一っ