メナートス - みる会図書館


検索対象: 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2
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1. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

は傷こそ負わなかったものの、強烈な剣勢によろめいて後退を強いられた。 ファリアへ歩み寄りながら、メナートスは何気ない動作で左手を己の後頭部へ持っていく。 次の瞬間、金属音を響かせて細身の短剣が跳ね飛んだ。レイクが放った短剣を、メナートスは 音だけで捉えて左手で防いだのだ。 あぜん 完全に不意を打ったつもりだったレイクは、唖然としてその場に立ち尽くす。 今度こそメナートスはファリアを斬り伏せようとしたが、またしてもカインが割って入る。 今度は、槍を振るう余裕はなかった。メナートスの剣の先端がカインの右肩に突き刺さる。 「ーーーカインー くもんうめ ファリアが悲痛な叫びをあげた。カインは苦悶の呻きを漏らす。メナートスが剣を抜くと、 のこぎり 刃は空中に細い血の尾を引いた。狂気の戦士は鋸じみた剣を振りあげる。 「まとめて叩き斬ってみるか」 そのつぶやきと、ファリアが行動を起こすのが同時だった。右手に長剣を握りしめ、左手で カインの服の裾をつかみ、金色の髪の皇女は暗がりの中へ身体を投げだす。 くぐもったような水音が響いた。メナートスは、剣を振りあげた体勢で動きを止める。そし て、レイクを振り返った。 「おぬしからにしよう」 レイクは目を見開いて息を呑む。カインたちのことも気になるが、それどころではなくなっ た。自分が、この狂戦士から逃れなければならない。 おのれ

2. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

Ⅷ噴き出す。 だが、それも一瞬で、傷口から湧き出した黒い粘り気のある物質が、たちどころに傷をふさ いだ。それは瞬く間に硬化し、身体を覆っている装甲とよく似たものになる。 さすがにファリアも戦慄を覚えた。 「貴様、本当に人間の部分とやらは残っているのか ? 直後、メナートスの剣がファリアを襲う。かろうじて弾き返したものの、ファリアの長剣は 耳障りな音を立てて折れ飛んだ。強度の違う剣の斬撃に、耐え切れなくなっていたのだ。 「ますは一人か。 とっさにカインは槍を大きく振りながら、横に跳んだ。右肩の傷が痛みを訴える。 メナートスの左腕が、カインの右肩をかすめた。焼けるような激痛を覚えながらも、カイン の腕は持ち主の意志に従って動いた。槍の穂先が、メナ 1 トスの手から剣を弾き飛ばす。 そのまま、カインはかばうようにファリアの身体を抱きかかえ、地面に倒れた。 剣は、メナートスの足元から少し離れたところに落ちる。無理な体勢からの一撃は、肩の傷 もあって充分な力が入らなかった。 男が剣を拾おうとかがみかける。そのとき、メナートスの背後から縄が投じられた。輪の形 をつくってあったそれは、見事に異形の戦士の頭部を通過して胸元におさまる。 「ーーーあばよ 一割ほどの緊張をはらんだ冷酷な声が響いた。男の首にかかっていた細縄が急速に引っ張ら

3. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

れ、締まってゆく。 声の主はレイクだった。彼は助けを呼びにいったのではなく、大きく迂回し、木から木へ飛 び移って、メナートスの背後ある木の上まで回りこんだのだ。そして、投げ縄の要領で狂戦士 に縄をかけ、自分が座っていた太い木の枝を支点として、反対側に飛び降りた。 メナートスの口から獣じみた咆哮があがる。 しかし、レイクの足は地上につかなかった。それより上のところで止まり、さながらみの虫 のように細身の身体が揺れる。 メナートスは、縄をつかんでカの限り引き寄せようとしていた。膝を曲げ、両足に力を込め あらが て、己を引き上げる重さに抗ったのだ。尋常ならざる筋力が、それを可能にさせた。 さらに縄を引き寄せようとした男の手が、止まる。 カインが槍をかまえて立ち上がっていた。 れつばく 裂帛の気合いとともに繰りだされた突きは、防ごうとした左腕ごと胸元を穿つ。男は小さく 息を吐いた。姿勢が崩れ、カが抜ける。それは一瞬よりも短い間だったが、男の身体は一気に 虚空に引き上げられた。縄が食いこみ、苦の表情に変わる。 勲硬質の、不快な音がして首が折れ曲がった。地上に降りたレイクがそれを確認して縄を離す 嘘と、力を失った異形の戦士の身体は地面に叩きつけられる。衝撃が、木を揺らした。 煌 銀 カインたちは息を詰めて、倒れたメナートスを見つめる。声には出さず、ゆっくり二十まで あんど 数えて、立ちあがってこないことを確認すると、安堵の息をついた。 おのれ ほ・つ一ッっ うが

4. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

がら空きになった脇を狙って、鋭く突きこむ。 脇は、師匠から教わった急所のひとつだ。どのような甲冑でも、肩や腕を動かすためには脇 の部分を薄くせざるを得ない。せいぜい鎖かたびらで守るぐらいだ。ここを突けば、強力な一 撃となるはずだった。 ・つめ 男の口から苦痛の呻き声が漏れた。だが、脇をえぐるはすだった槍は、すぐに硬い感触に突 き当たる。骨かと思ったが、それにしては浅すぎた。 硬すぎる。骨とい、つよりは。 まるで鋼鉄を突いたような。 このメナートスを傷つけるか」 男が笑声を漏らす。虚勢などではなく心の底から楽しそうなその様子に、カインだけでなく ファリアとレイクも恐怖を覚えた。三人の動きが鈍る。 メナートスと名のった男は、カインたちのその反応を見逃さなかった。視線をすばやく走ら せて狙いを変える。 地面を蹴ったかと思うと、次の瞬間にはファリアとの間合いを詰めていた。振り上げた剣の きら 勲刃が、月明かりを反射して煌めく。 騎 一撃目をファリアはかろうじて打ち返したものの、それによって体勢を崩した。地面に膝を の 銀ついた皇女に、メナートスは容赦なく二撃目を叩きつけようとする。 そこへカインが猛然と飛びこんだ。金属同士の衝突が奏でる澄んだ音が虚空に響く。カイン

5. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

「ありがとう、レイク」 カインは沈んだ表情で、こちらに歩いてきた黒褐色の髪の友人に礼を述べる。勝利を、素直 に喜ぶ気にはなれなかった。そんな若者の肩を、レイクは笑って叩く。 「礼を一言うのは俺の方さ。引っ張られたときは心底焦ったからな。それと、あまり気にすんな よ。こいつは間違いなく俺たちを殺す気だったんだ」 励ましてくれるレイクに、カなくうなずいたときだった。 カインの視界の端で、メナートスの身体が動いた。 まさかと思ったときには起きあがり、カインに向かって猛然と襲いかかる。 カインはレイクを突き飛ばし、残っていた力を振り絞って槍を突きだした。しかし、その一 おかんつらぬ 撃はメナートスにたやすくかわされる。若者の全身を恐怖と悪寒が貫いた。自分にはもう異形 の戦士の攻撃をかわすだけの体力は残っていない。 動いたのは、ファリアだった。金色の髪をなびかせて、狂戦士とカインの間に割って入った 彼女の右手には、短剣が握られている。 メナートスの額から左目の間を、短剣が貫いた。 かたむ 男の動きが止まった。奇妙に傾いた顔は、信じられないという表情をつくる。ファリアは顔 色一つ変えずに右腕を振りあげた。 短剣は頭部を切り裂き、メナ 1 トスは仰向けに倒れて今度こそ動かなくなる。 ぶぜん 二人が呆然として立ち尽くしていると、ファリアが振り返った。憮然とした顔の彼女に睨み あおむ

6. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

かったはずだ。アリキーノが帝国にいる間に、よい方向への進展でもあったのだろうか。 「そういえば話してなかったつけ。ついこの間だよ。先代がばけちゃってさ これ、とリピコッコがたしなめたが、ファルファレロはどこ吹く風とばかりに続ける。 れんきん 「錬金課の課長が務まる人材が他にいなかったのさ。務まりそうなリピコッコさんは現役の『リ ピコッコ』だからね」 「そこで君が、天女の星に照らされたというわけか」 ペアテ 天女はインフェリアで信仰されている女神だ。星となって人々を見守っているといわれるこ ペアテ の女神は運命、導き、救いを司っている。天女の星に照らされるとは、運命に選ばれたという ような意味を持っていた。 「それにしても、ばけたとはどういうことだ ? メナートスは六十にも届いていなかったはず だろ、つ」 メナートス。それが先代の『ファルファレロ』の本名だ。リピコッコの問いに、ファルファ レロは観察するような視線を彼に向けた。 ライタークロイス 「まあ : : : ここにいる二人は、騎士勲章や魔物のことについても多くのことを知っているから、 いいかな。一応、錬金課のごたごたもあるので、口外はしないと約束してほしいんですけど。 ああ、あと、あまりご飯のおいしい話題じゃないですよ ? アリキーノとリピコッコは、つなずいた。 ファルファレロはしばらくジャガイモをフォークでつついていたが、頭の中でまとめ終えた ペアテ

7. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

崖から川に落ちたカインとファリアは、奇跡的に無事だった。 突然水の中に放りこまれて、驚きと焦りから必死にもがいている間にだいぶ流されてしまっ 勲たが、溺れるのだけはまぬがれた。水面に顔を出して息を吸いこみ、川の水の冷たさに意識を 士かくせい 覚醒させる。槍を手放していない自分に安心したが、おかしくもあった。 それにしても、さすが先生の槍だ。 大岩を両断するほどの剣。そんな代物と何度もぶつかりながら、穂先が砕けることも、長柄 自分の、すぐ近くの地面が。ファリアも、急な傾斜になっていると言っていたはずだ。 右目が潰れたせいか、メナートスはさきほどまでより動きが鈍くなっている。レイクはさら に異形の戦士から距離をとり、懸命に崖の下に視線を向ける。 ようやく、月明かりを反射して水が流れているのが確認できた。 高さは、それほどでもないように思える。落ち方さえ間違えなければ、多少の打撲ていどで すみそうだ。なにより、この危険な蚤物から少しでも遠ざかりたい。 メナートスが憎悪のこもった唸り声をあげた。右目に刺さった短剣を、貫いた眼球ごとえぐ りとって放り捨てる。迷っている暇はなかった。 レイクは跳んだ。 けいしゃ

8. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

なま 「彼のことは大嫌いなんですがね。西方の訛りだか知らないけど、あの口調や話し方が気にく わない。この国ではなく、都市国家連合育ちっていう点も」 「しかし、彼はこうした任務には適任だ」 リピコッコが腕組みをして深い息を吐く。アリキーノも同意を示した。 ライタークロイス マレブランケ 「それに、騎士勲章に関わることは十二将でも四人しか知らないからな。まず私。リピコッコ さん。ファルファレロ。そしてグラフィアカーネだ」 じゅうめん 二人の言葉に、ファルファレロは渋面をつくって肩をすくめた。 「わかってるさ。リピコッコさんは他の務めで王都を動けないし、私もやらなければならない れんきん ことがあった。錬金課を束ねて課員を落ち着かせなければならなかったし、どれだけの残骸が 持ちだされたのかを調べないといけなかったー せりふ その台詞を聞いて、アリキーノは納得したという顔になる。 「だから、おまえが『ファルファレロ』になったのか」 錬金課を束ねるのにも、残骸について調べるのにも、能力だけでなくそれなりの権限、地位 が必要になる。加、んて、ファルファレ口がメナートスと仲が悪かったとい、つことも、この際は 有利に働いたのだろう。リピコッコが目を鋭く光らせた。 「ところで、メナートスがどこに逃げたのかはわかっているのか ? ファルファレロは、よく知っている道を尋ねられたかのような顔で答えた。 「彼の別荘が、東の国境付近にあります。そこでしようね

9. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

て、鉄の棒を埋めこむことで強くなろうとしたーー結局は失敗したけど」 きよう 「メナートス卿は、それと同じことをやろうとしたというのか ? 「たぶんね。わすかに残されていた書類とか、課員の話とかをまとめると、その結論にたどり つく。ことさら筋肉を刺激する位置に残骸を刺しこんだり、腕まわりを覆ったり」 「ーーーなるほど。ばけられた、か ゅううつ アリキーノは憂鬱そうな息を吐いた。 かけら 「剣や槍の欠片が体内に残ってしまった兵を見たことがある。放置しておくと肉が炎症を起こ してな。ほとんどの場合は切り落とすしかなくなる。メナートスが医師としての見識を有した ままなら、そのような愚は犯さないだろうに」 「私が言ったほけ、とは周りへの配慮が一切なくなったことについてだけどね。なにしろ後継 も定めす、抱えられるだけの魔物の残骸を持って、王都を出ていっちゃったんだから ライタークロイス その言葉に、さすがにアリキーノとリピコッコは顔色を変えた。あれは騎士勲章なみに表沙 汰にできない代物なのだ。 ガト 「おかげで刺貫の実験用の残骸もなくなった」 ぐち 章 勲 愚痴つほい呟きを無視して、リピコッコの問いは、短く率直だった。 嘘「誰が、彼を追っている ? 銀「グラフィアカーネが」 マレブランケ 十二将のひとりの名を、ファルファレロは挙げた。

10. 銀煌の騎士勲章(ライタークロイス) 2

「さきほどだ。目が不自由になったのでな、鼻と耳に頼ったら時間がかかってしまった」 せりふ 理解できない台詞を、当たり前のように言う。恐怖感を押さえつけながら、カインは大声を 張りあげた。 「いったい何者なんだ、おまえは」 一」・つしよ、つ 狂戦士は哄笑し、高らかに名のりをあげる。虚ろな眼窩と金属じみた眼球で、カインたちを 見据えながら。 「我が名はメナートス。人の身で魔物を倒す者よ。帝国の聖獣なぞによらずして、な」 「わかるように言ってくれよ、おっさん」 レイクは小馬鹿にするような声を放った。しかし、半ば以上が虚勢であるのが引きつった笑 みからうかがえる。まともに相手にするには、このメナートスと名乗った男は、狂気と殺気が 多すぎた。 「死にゆく者が、何を知りたいというのだ。言っておくが、死なすにすむ道はないぞ」 ファリアが長剣をかまえなおす。 「貴様が襲ったのだろう山小屋。あそこにいたのは何者だ。山賊か ? 」 勲「いかにも。国境付近を荒らしていると聞いてな。斬って問題のない輩。試し斬りには格好の 騎的と思ったが、 数だけだった。おぬしらのほうがいくらか手応えがある」 銀「もう一つ」 ぜっせん 舌戦で時間を稼ぎながら、ファリアは男の隙をさがしていた。だが、思った以上に隙がない。 うつ がんか