120 出すことがある。いっかのルメリウスの皇帝伝などは、その典型だろう。 もっと世界を知らなければ。 僕も負けていられない。 しかし、イングリドに本を紹介してくれるよう頼む気にはなれなかった。いつでもさがすと 言ってくれたが、 そもそも彼女には侍女としての仕事がある。それに、自分の嗜好を彼女に知 られることに対する気恥ずかしさもあった。 英雄物語も好きだと彼女は言ってくれたが、ならば自分も彼女に見合うだけの書物に触れる べきではないか。そう思うのだ。 そ、つなると、頼む相手はレイクとなる。 「実は、僕は本をあまり読んだことがないんだ。難しくない、簡単なものから少しずつ読んで いこ、つと思、つんだが、 そういうものを教えてくれないか」 事情を聞いたレイクは納得したようにうなずき、 「よし、まずは代々の皇帝について知っておこうか。なんといっても、俺たちは皇女に仕える スッラ 従衛だからな。そうした知識は必須に違いない」 せりふ 、いにもないような、それでいてもっともらしい台詞を並べて、彼が用意してきてくれたのは 『変人皇帝列伝』だった。 イングリドが読んだことがある、というようなことを言っていた記憶があるので受け取った が、中身はすさまじいものだった。そういえば、黒髪の侍女はそれについての感想を避けてい た気がする。 じじよ
見えたんです , それでわざわざタオルを用意してくれたのか。 きづか 彼女の気遣いにカインは胸が温かくなったが、その一方で「パルス様」という呼び方に少し 寂しいものも感じた。彼女に言わせれば、バラム邸に帰ってきた以上カインは屋敷の主たるオー ムスの客であり、自分は侍女なのだから、そう呼ぶのが当たり前ということなのだが。 イングリドはもう用事はすんだというかのように、スカートをひるがえして屋敷の玄関へと 歩きだした。カインはも、つ一言二言イングリドと話したいと思ったが、彼女には仕事があるの だからと考え直す。 扉を開けて屋敷の中に入りかけたところで、イングリドは足を止めてこちらを見た。 ちゅうぼう 厨房に来ていただければ、それより早く温かいスープをお 「朝食は半刻後の予定ですが : 出しできます」 カインはも、つ一度ありがと、つと礼を言った。 騎士になるため、カインが生まれ育った村を離れて帝都ラウルクを訪れたのは、およそ一月 前のことだった。 しかし、カインは騎士登用試験の場へ向かわなかった。皇女ファリアⅡアステルとともに、 試験の不正に関わる事件を解決する道を選んだのだ。 じじよ
か -03-24 可 に第ー ー鑿藝庫 川口士の本 星図詠のリーナ 1 ~ 3 桐野くんには彼女がいない ! ? ウチ この家に勇者様もしくは救世主さまは いらっしゃいませんか ? ! 1 ~ 4 ジス 千の魔剣と盾の乙女 1 ~ 1 3 ライタークロイス 銀煌の騎士勲章 1 ライタークロイス 銀煌の騎士勲章 2 9 7 8 4 7 5 8 0 4 5 94 0 旧 BN978-4-7580-4594-0 C0193 \ 619E 定価ー + 税 発行ー迅社 J 7 社鏖 川口士→ , , : アシを 川口士 ( かわぐち・つかさ ) 2 巻と書いてありますが、なんとびつくり 3 巻へと続く上下巻構成 です。当時の僕は何と言うかいろいろと実験的 ( 好意的表現 ) な ことばかりをしています。復刊にあたって 2 巻に目を通していた僕 と担当氏は顔を見合せて、「 ( 苦笑 ) 」でした。 また本作には一ドラゴンマガジン」に掲載した短編の 2 つめも載せ ていますが、短編 1 話とつながっているお話です。いまとなっては 色々と懷かしい拙作ですが、楽しんでいただければと思います。 1 9 2 01 9 5 0 0 61 9 5 騎士を目指す槍使いの少年カインは、すったもんだのすえ、 皇女ファリアの護衛役をおおせつかった。行動力過多のファリアに 引っ掻き回されつばなしの毎日を送るカイン。下宿先の屋敷に仕える メイドのイングリドは、そんなカインのことを心配するとともに、 自由闊達なファリアに冷たい視線を向ける。 ある日、ファリアの付添いで隣国へ向かう使節団に同行するカインたち。 ーイ しかし、ファリアのお忍びの単独行動が思わぬ事態を引き起こし、 カインはファリアとともに山賊退治に向かう羽目になるのだが、 そこには山賊とは比べ物にならない危険な敵が待ち構えていた・・・ 騎士を目指す少年とそれを見守る 少女たちの物語、怒涛の第二弾 ! ◆◆◆◆◆◆◆◆ イラスト アシオ ( あしお ) 猫とファミレスとコンビニをこよなく愛する、最近漫画描いてない 漫画家。ハイラムの声を某声優さんの声で脳内再生する作業が 忙しいらしい。 Presented by Tsukasa Kawaguchi lllustration = AsiO ー・ 一迅社文庫 ー社文第 Presented by Tsukasa Kawaguchi lllustration = AsiO 619
最後に皇女ファリアの輿が続くのだが、皇女は毎年、病気がちであることを理由に輿の中か ら出ず、周囲には薄絹の幕を垂らしているので、その様子をうかがい知ることはできない。 そして、おそらくそれは幸運なことだった。 輿の中には綿を充分に詰めこんだ座椅子があり、それにふんぞり返った皇女は、手元に盛ら れた焼き菓子をつかんでは行儀悪く頬張っていた。菓子の細かな屑が、青を基調としたドレス の上にばらばらとこほれ落ちる。 そばに控えているクローディアは、嘆かわしいと言わんばかりの顔で彼女を見ていた。自発 きんしん 的に謹廩を申し出たと思えば、その三日目でこの惨状である。 「もう少し上品に食べられませんか」 「無理だな。輿が揺れている」 とんだ言いがかりだった。 「時々、壁に穴を開けたくなる衝動に駆られますー 「実践してみるがいい。そうなったら私は菓子を喉に詰まらせて、本当の病人になってやる」 「つくづく、病気がちという設定は問題がありますー 章 設定ではないぞ。事実だった」 騎不意に口調を変えて、指についた菓子の屑を舐めながら、ファリアはクローディアを振り けんのん 銀返った。その口元には剣呑な笑みが浮かんでいる。 「ファリアⅱアステルは病弱だった : : : 違った。いまなお病弱である、が正しいな」
クローディアは激怒した。 生乾きで皺だらけ、泥だらけの服をまとい、長剣は鞘しか帯びていないファリアに相対する なり、頬をひつばたいたのだ。 「皇女殿下 , 冷え冷えとした声で、クローディアは自分の主である少女に訴えた。 「殿下のお振る舞いは、それが殿下の取り柄であるがゆえに認めざるを得ないと、そう考えて おりましたが、 それも時と場合によりけりです。ここは帝都ではなく、まして殿下は気ままな 旅の最中にあるわけでもないのです。帝国の使者、第一皇女としての立場、任務を放棄して山 遊びとはどういうことですか」 「待て。決して、遊んでいたわけではないー 「それがどのようなものであれ、真夜中の山という危険な場所に入りこんだ時点で、あなたは 勲投げ捨てたのです。皇子殿下の信頼も、帝国代表としての責任も」 の 銀「もちろん、私にも責任はあります。殿下の動きに気づかなかったのですから。それと」 クローディアは、叱られた子供のごとく背筋を伸ばし、うなだれて立ち尽くしている二人に エピロ 1 グ しわ あいたい
2 視線を向けた。クローディアの放っ怒気に圧倒されて、何も一言えないのである。 しよくせき 「クローディア。その二人は、私を連れ戻したのだ。しつかり職責をまっとうしたわけで、な んら落ち度はないー とっさに、ファリアは嘘を並べ立てた。驚いた顔を向けてきたカインを、黙れという意志を こめて睨みつける。しかし、それは伝わらなかったようだった。 「確かに最初はそのつもりだったけど、連れ戻しはしませんでした」 クローディアの顔をまっすぐ見据えて、カインははっきりと言った。クローディアはカイン をまじまじと見つめ、小さくため息をつく。 「つまり、皇女殿下は嘘をついた、とあなたは一言うのね 「え、いや、その : : : 」カインはうろたえた。確かにその通りだ。 「そうと一一 = ロえなくもないふうにとれたような気がしたと思えなくもないですが」 しどろもどろで、もはや何を言っているのか自分でもわかっていない クローディアはカインから視線を外し、レイクに「あなたも ? ーと問いかける。レイクは肩 をすくめることで肯定の意を示した。 クローディアは無言でうなずき、カインとレイクの頬も引っぱたいた。それからファリアに 向き直り、彼女の前に立つ。 「それでは、皇女殿下。私を処分してください」 「 : : : 何を言、つのだ、突然」
カインはできるかぎり平静を装って答えた。それに対するファリアの返答はなかったが、間 を置いて何かを裂くような音がカインの耳に聞こえた。 「まだ服を着るなよ」 ファリアの声がして、足音が近づいてくる。彼女はカインの前へ回りこんだ。すでに服を着 あんど ていることに若者は大きな安堵と小さな落胆を同時に覚え、そんな自分に顔をしかめる。 ファリアはカインの右肩に手を伸ばす。彼女の手には、薄紫色をした布きれがあった。 「一応、血は止まっているのか」 金色の髪の皇女はほっと胸を撫で下ろすと、薄紫色の布きれてカインの肩を縛る。彼女がそ の作業を終えたあとで、カインは布きれがファリアのスカ 1 トの切れ端だと気づいた。自分の ために、剣を使って切り裂いたのだろう。 「もういいぞ」 若者はうなずいて、絞っただけの服を着こむ。 ファリアはカインの胸をほんと叩く。 「さっきは、本当にごめん」 ろうばい さすがに自分が情けなくなり、心底から悔いて謝った。自分がファリアの裸身で狼狽してい る間に、彼女はカインの手当をするために自身のスカートを裂いていたのだ。 「・ーーさきほどの話の続きをしようか」 明るさと快活さを取り戻した口調での、それがファリアの返事だった。 「私は小さいころ、このあたりで生活していたのだ。何もなければ、おそらく帝都になど行く かいかっ よそお
そうだ。 この皇女は。 じじよ この侍女は。 こいつは、敵だ。 「カインを呼んでくれ」 「お休みになっておられます」 「私をあがらせるか、あいつを起こすかしてくれ。すぐにすむ 「あなたのすぐ、はあてになりません」 「 : : : それが、客人に対する態度か」 「休まれている客人の安息を優先させていただいております」 けんあく かたき 先祖代々の仇に対するかのような、険悪な視線が交差する。壮絶な睨みあいから、しかし、 下がったのはファリアの方だった。 「まあいい。カインが起きたらこれを渡してくれ。私からの贈り物を忘れていった」 気難しげな顔になって、イングリドに麻袋を押しつける。 「次があるかどうかは知らぬが、そのときまでに客室に通して茶を出すていどの応対は身につ けておけ」 ぜりふ ゆったりとしたスカートをひるがえし、捨て台詞を残してファリアは去っていった。 : 贈り物」
が折れることもなく、よくもってくれた。 ます力インが岸にあがり、それからファリアを引っ張りあげる。彼女もまた、長剣を握りし めていた。よろめいて倒れかけた金色の髪の皇女を、カインは受け止めて支える。 カインも疲れきっており、二人はもつれ合うように倒れた。 「おたがい、情けないな : ファリアがかすれた声を絞りだす。カインは言葉こそ返さなかったが、自分の上に乗ってい る彼女を支えながら懸命に身体を起こした。ファリアはちょうどカインの膝の上に座りこむ形 となる。 その状態で、二人は一言も発さず、周囲の気配をさぐった。聞こえるのは水音と、おたがい の息遣いばかりだ。三十近くを数えるほどの時間、二人はそうしていたが、やがてため息をつ いて肩の力を抜いた。幸いにも、あの狂戦士は近くにいないようだった。 それから二人は顔を見合わせて、どちらかともなく疲れた笑みを浮かべる。それから同時に くしやみをした。その拍子に右肩が激痛を訴え、カインは唸り声を漏らす。 「 : : : カイン ? 」 ファリアが目を丸くし、若者の肩のあたりに目を凝らした。息を呑む。 「傷は深いのか ? 」 「たいしたことないよ」 カインは笑って、右腕を持ちあげてみせた。たしかに痛みはある。傷口のあたりに熱も感じ
る。だが、 深刻なものではないことが経験でわかった。 たんれん 「これくらいの傷なら、畑仕事や先生との鍛練で何度も負ったことがある」 くら そ、つ言ったが、ファリアは碧い瞳を申し訳なさと後海とで昏く濁らせる。 「私をかばったせいだな : : ? 卿があのとき飛びこんでくれたから 陰になっていても、彼女の表情が沈んでいるのがわかった。カインは彼女を慰める言葉をい くつか考えて、それを全部捨てる。左手で、ファリアの腕を軽く叩いた。怪訝な顔をしてカイ ンを見上げる皇女に笑いかける。 「君だって、僕を助けてくれただろう。ありがとう」 ファリアがカインをつかんで川に飛びこまなかったら、間違いなく若者はメナートスに斬り 伏せられていただろう。 カインを見つめて、ファリアは何度か目をまたたかせる。一度うつむいたかと思うと、すぐ に顔を上げた。そのときには尊大さをにじませた笑みが戻っている。 「それじゃあ、おたがいさま、だな」 カインはうなずいた。そして、二人はまた同時にくしやみをした。 勲冷静になってみると、濡れた服が身体に張りついて、不快さよりも冷たさが勝る。ファリア が立ちあがるのを待って、カインも立ちあがった。髪や服の裾から水滴がこばれ落ちる。 銀見上げると、断崖が黒い影となってそびえていた。 四 とりあえずは、よしとしよう。この高さから落ちて無事ですんだんだ。