222 リアが、左からレイクがそれぞれ斬りかかった。 男の反応は早い。すばやく手首を返してファリアの剣を打ち返しながら、レイクの小剣を左 みは 手で弾いた。レイクと、そしてカインはその光景に目を瞠る。 鉄製の篭手でもつけているのか ? とまど 暗がりの中とてよくわからないが、そんなふうには見えない。戸惑いを覚えながらも、カイ ンは立て続けに槍を繰りだした。こうなれば手数で牽制し、ファリアとレイクを援護しなけれ ばならない 突き、薙ぎ、払う。長柄を上から打ち下ろし、下からすくい上げる。 だが、男はそれらをすべて左腕で受け止め、あるいは受け流した。それも、右手の剣でファ リアとレイクに反撃しながらだ。レイクはファリアにくらべて小剣の扱いがまだ未熟だが、 左 右にいる相手を、一振りの剣で相手どる技量はすさまじいものがあった。 「いい腕だ、月僧。あの山賊どもよりもよほど楽しめる」 男が、殺意と狂気をはらんだ笑みを浮かべる。まとわりつくそれらを戦意で無理やりねじ伏 せて、カインは攻め方を変えた。 男の首を狙って、一つの動作を繰り返して突いた。そのあたりは、とくに何かに覆われてい る様子がない。すべて左腕で防がれたが、かまわない。 再度、同じ動作。男も同じ反応をした。 そこで、わずかに槍を引く。穂先は小さな弧を描いて、男の左腕を下から上へ跳ねあげた。
て『本陣』のそばにつく。 スルスエ 相手は四人とも中央区域、アヴァルたちの正面に立った。全員が伝令ということだ。 判定係の騎士から『書簡』を渡される。楕円形の木材を皮革で包んだものだ。銀貨を投げて 先攻と後攻を決める。アヴァルの部隊が先攻となった。 開始、の合図とともに書簡を抱えたアヴァルが走りだす。たちまち、二人の若者に囲まれた。 書簡を奪われる。 相手の連携は見事だった。時折交差して球を渡し合いながら進んでいき、たちまち本陣に迫 る。アヴァルは急いで彼らを追ったが、一人に進路を阻まれて思うように進めない。 不意に、どよめきがあがった。肩越しに見ると、ネルが書簡を小脇に抱えてこちらに走って くる。その巨体からは思いもかけないほど速い。さきほどまで書簡を持っていたはずの相手は、 地面に大の字になっていた。 つまり。 ネルが相手を倒して球を奪ったということなのか。 アヴァルの妨害をしていた若者がネルの前に立ちふさがろうとする。長い黒髪を揺らしなが ら、ネルは右に動くと見せかけ、一瞬の隙を突いて左に回りこんでいた。 彼女と視線が合う。ネルは、小さくうなずいた。アヴァルはその意味を理解して、彼女と併 走する。このとき、アヴァルはあることに気づいた。 相手のうち、二人はラウニーとオルドリッチがそれぞれ自陣の中で足止めしている。残りの
アヴァルが生まれ育った村とカインの村とは隣同士であり、仲がよいときもあれば悪いとき けんか もあるという関係である。仲が悪いときは、村の子供同士の喧嘩が頻発したり、近隣の村々に 相手の悪口をあることないこと吹き込んだり、ひどいときには収穫祭にかこつけての乱闘騒ぎ まであった。 アヴァルがカインと会ったのも、そんな時期だ。隣村の子供との喧嘩で連勝に次ぐ連勝をお さめて鼻高々でいたアヴァルの前に現れたのが、カインだった。 負けた。 勲それまでの連勝が嘘だったかのように、あっさりと。 体格はほほ同じで、腕力もそう変わるところはない。それなのに負けた。 銀身体の動かし方が違う、とようやく理解したのは何度目かに負けたときで、そのころ、カイ ンが槍を教わっていることと、その目的を知った。 「いいから、カインの居場所を教えろ」 とても頼むような態度には見えなかった。 「ただ自慢したいから会うってのか ? おまえ、あいつに先祖代々の恨みでもあんの ? そんなものはない、と吐き捨てる。ただ、アヴァルにとって、カインはどうしても無視でき ない相手だった。
「我が軍の損害は ? 」 「軽傷者が数名。死者はおりません」 「人間相手では、いつもこうなのか ? 」 せいかん 質問の意味をつかみかねて、ゴートは精悍な表情をかすかにしかめた。 「人間相手ならば、ほとんどこのように、戦死者を出さずに勝てるのか」 「絶対、とは申せませんが、不可能ではありません」 「 : : : 今年、新しく登用した騎士は四百強だったな」 急に話題が変わったことに、ゴートは数度、目をまたたかせたが、ハイラムはかまわず言葉 を続ける。 「私が覚えているのはここ三、四年のことだが、我が軍は毎年、試験を通して三百から四百の 騎士を新たに登用している。だが、総数は三万と十数騎から変わっていないー 帝国の騎士を三万と定めたのは、騎士皇帝ルメリウスである。もっと数を増やしてはいかが でしようかと言った臣下に、皇帝は「国庫が破綻する」と答えたという。 ということは、毎年、一 「かといって、引退した者の数が大幅に増えたという話も聞かない。 勲定数の騎士が戦いによって失われているということだろう」 騎 さすがに沈痛の面持ちで、ゴートはうなずいた。 の 銀「魔物は、それほど手強いのか ? 」 「我々が近隣諸国と剣を交える場合、聖獣のために我々は圧倒的といっていいほどの優位にあ はたん
章 勲 嘘走り終えると、またクジを引かされた。それで対戦相手となる部隊を決めるのだ。 銀アヴァルたちの相手はいずれも男性で、アヴァルとそう変わらない年齢に見えた。 ハリン スルスエ アヴァル、ネル、ラウニーが伝令として中央区域の真ん中に立ち、オルドリッチは弓壁とし て敵陣を突破し、本陣に書簡を届けた話を基に考えた、というものだ。 そうかい、とぞんざいに答えを返す。ォルドリッチはすぐに話題を変えた。 ン スルスエ 「ところで、レラギ工君は伝令と弓壁のどっちをやる気なの ? ハリン スルスエ 「俺とおまえが伝令で、後ろの二人が弓壁でいいんじゃないか」 「う 1 ん。でも、ばく弓壁のほうが得意なのよね。肩には自信があるし スルスエ スルスエ 「あ、あたし伝令がいい。ネルも伝令でいいよねー 話を聞いていたのか、ラウニーが元気な声で宣言し、友人に確認する。対照的にか細い声で ネルは、つなずいた。 「そうなの。じゃあレラギ工君には弓壁をやってほしいな」 ォルドリッチの言葉に、アヴァルはあからさまにいやな顔をした。弓壁よりは、縦横無尽に スルスエ 動きまわれる伝令のほうが目立っし、活躍の場も多い。体力の消耗は激しいし、負傷すること も多いか、些細なことだとアヴァルは田 5 う。 スルスエ 「俺も伝令をやる」 ハリン ハリン ン
ドムス 章 勲 黒亀の騎士のひとりとして列に立っているアヴァルは、緊張していた。これまで遠くの出来 騎事だった魔物との戦いが、いよいよ我が事となってきたのだ。 銀「ただし、最初の半年は、君たちは戦わなくてしし彳 、 : 一丁軍、簡単な補修作業、魔物との戦いを 新後方で観戦、恥ずかしくないていどの礼儀作法。この四つをやってもらう。何か質問は ? し方だが、 雲の上とまではいかなくてもそれに近い、はるか高みにいる存在であることは間違 いなかった。 「これから騎士としての生活がはじまるのだけど、あらためて説明しておこう。騎士の主とな る任務は戦うことだ。相手はいろいろいる。多くは魔物だけど、場合によっては野盗や罪人を 相手どることになる。あと、街道と上水道の整備も我々が行う」 魔物に対抗できるのは実際、騎士しかおらず、街道の整備は迅速な対応を旨とする帝国に ドムス とって欠かせない作業だった。騎士にとっても、とくに黒亀は地上を疾走するので無視でき るものではない。上水道は言わずもがなである。水がなければ生きていけない。 帝都ラウルクで起こった事件は基本的に衛士が解決するが、大規模なものや政治的なものに なると騎士が担当せざるを得ないし、辺境に時折現れる野盗はその地方を治める領主が討つべ きなのだが、 それだけの力がない場合はやはり騎士に出番がまわってくる。 壁の落書きは、おおげさではあるが、間違いではないのだ。
巨大な長方形に仕切られた場の両端に、それぞれの『本陣』である桶が設置される。四対四 にわかれて『書簡』と呼ばれる一つの球を使い、相手の妨害をかわして自軍の桶に球を入れて 一定時間内に球を多く入れた側の勝ちとなるのだ。 場は、自陣と敵陣、その二つに挟まれた中央区域にわかれる。 ハリン ハリン スルスエ スルスエ 競技者は『伝令』か『弓壁』のどちらかを選ぶ。『弓壁』はいなくてもいいが『伝令』は最 低一人はいなければならない。 スルスエ 伝令は自陣、敵陣、中央区域のすべてを動きまわることができるが、球を投げてはならない。 ハリン ただし、自陣にいる場合、弓壁に投げるのだけはよしとされる。弓壁は球を投げてよく、桶を 直接狙ってもかまわないが、自陣の外に出てはならない。球を持っている相手に対しての殴打、 蹴撃は禁じられているが、体当たりや投げ飛ばしなどはかまわないとされている。もっとも、 きょ・つ 市民が娯楽として興じるときは肉体同士の接触は禁止とすることもある。 「ねえねえ、レラギ工君、知ってる ? 」 隣を走りながら、人懐っこくアヴァルに話しかけてきたのはオルドリッチだった。アヴァル はひとりで走るつもりでいたのだが、彼から「仲間なんだからいっしょに走りましようよ」と しなをつくられて、げんなりしながらも承知したのだった。二人のすぐ後ろには、ラウニーと ネルが並んで走っているはずだった。 スルスエ 「『伝令』ってさ、ルメリウス帝が考えられたんですって。すごいと思わない ? スルスエ そんなような話はアヴァルも聞いたことがあった。ルメリウスが伝令だったころ、城砦を出 0 ひとなっ ン じようさい
都市国家連合軍に劣らず、ゴートも戦場の地形をよく把握していたのだ。早朝にはよく霧が 発生すること、湖周辺の地面はやわらかいことを。山腹から動かなかった都市国家連合軍は、 霧には気づいても、地面の硬さにまでは気がまわらなかったのだ。 布陣したところに油を撒いたあと、自分たちは湖上に移って待機する。 相手は重装歩兵だから、霧の中でも音で接近がわかる。そこへ奇襲をかけて敵の動きを止め たあと、指揮官を狙う。もしも敵が警戒して山腹から動かないようであれば、湖上を渡って相 手の背後へとまわった騎士たちの攻撃に合流して挟撃する。 ようい そうするために、近隣の村々に偽りの情報を流し、容易な相手だと思わせることも忘れてい なかった。ハイラムの存在も、彼らを積極的に動かす要因であっただろう。 しかし、そ、つしたことを聞かされても、ハイラムはさほど感心しなかった。 戦術がまともなものだというのは理解できる。だが、それがおまけとしか思えないほどに、 騎士と聖獣の強さが尋常ではない。 「ゴート。卿の策略、指揮は見事だと思うが、そうしたことを一切行わず、ただ正面から突撃 したらどうなっていた ? 我々は無残にも返り討ちにあっていたか ? 章 勲 ノイラムのし ( 1 、こ、ゴートは頭を振った。 騎「それでもなお、我々は勝ち得たと思われますが、これほどの戦果は望めなかったでしよう。 銀なによりそれでは騎士の身が危うくて、私としては突撃の命令など出しかねます。聖獣の加護 砺は絶大なものですが、それのみをあてにして騎士の身を配慮しない指揮官に、命令を下す資格
274 それじゃあ、大量の銀貨があるとしたら、あの館の中ということか。 レイクは考える。そうなると押し込み強盗か、あるいは相手が逃げだすのを待って捕まえる か。押し込み強盗は、自分たちが追われる身となってしまうので、できればやりたくない。 「あと、関係があるのかどうかわからんが『被害者の会』とかいうのがうろついてる。入会し たやっから署名を集めてたよ」 へえとレイクは感心したような声をあげた。 都合がいいと考える。問題が起きたと捉えれば、アンドラスは早いうちに帝都から逃げだす だろう。動きを追っていれば、捕まえられるかもしれない。 ふと河岸にいた少年を思いだす。今日も対岸に向かって手鏡をかざしていた。 あれは、逃げ道と考えていいだろうな。 館を囲まれたとき、裏口から河を渡って逃げる。少年は、いわば灯台の役割をさせられてい るのだ。 更に考える。鏡は、このあたりの区域にはものすごい勢いで普及している。十日前で二千。 それもある一定の区域だけで。 少年に仕事を頼んだ時期を考えると、おそらくは、アンドラスもそろそろ限界だと感じてい るのだろう。
120 出すことがある。いっかのルメリウスの皇帝伝などは、その典型だろう。 もっと世界を知らなければ。 僕も負けていられない。 しかし、イングリドに本を紹介してくれるよう頼む気にはなれなかった。いつでもさがすと 言ってくれたが、 そもそも彼女には侍女としての仕事がある。それに、自分の嗜好を彼女に知 られることに対する気恥ずかしさもあった。 英雄物語も好きだと彼女は言ってくれたが、ならば自分も彼女に見合うだけの書物に触れる べきではないか。そう思うのだ。 そ、つなると、頼む相手はレイクとなる。 「実は、僕は本をあまり読んだことがないんだ。難しくない、簡単なものから少しずつ読んで いこ、つと思、つんだが、 そういうものを教えてくれないか」 事情を聞いたレイクは納得したようにうなずき、 「よし、まずは代々の皇帝について知っておこうか。なんといっても、俺たちは皇女に仕える スッラ 従衛だからな。そうした知識は必須に違いない」 せりふ 、いにもないような、それでいてもっともらしい台詞を並べて、彼が用意してきてくれたのは 『変人皇帝列伝』だった。 イングリドが読んだことがある、というようなことを言っていた記憶があるので受け取った が、中身はすさまじいものだった。そういえば、黒髪の侍女はそれについての感想を避けてい た気がする。 じじよ