今年騎士となった三百十四騎に、熟練した騎士 , ハ百八十六騎。合計一千騎が、帝都ラウルク じよ・つさい 騎を出立した。北東のミーミア街道を進み、城砦を三つまわり、リヴィア街道を通って戻ってく 銀るという計画だ。期間はおよそ二月で、この間に、騎士たちは聖獣を駆ってでの行軍を学び、 网街道が崩れていればそれを補修することを習い、野盗がいれば討伐し、魔物との戦いを遠望し 『グラフィアカーネからファルファレロへ 国境を越えた。彼は一応、人目につかないように行動しているらしい。あるいは岩を砕き、 あるいは大木を切り倒し、あるいは牛や馬を一刀両断してのけるなど、暴走の跡が各所に散見 されるが、すべて夜半のうちに行われている。被害にあった人々は幽鬼と呼んで恐れている。 ともあれ、被害のあったところをたどればいいので楽ではある。彼はどうやら帝国領内に入っ た模様。引き続き、追う。被害にあった村や町、その被害状況もしたためておいた。よろしく こたび しようせい 取り計らっていただきたい。此度については小生、歓待を受けたので食糧の心配はなし。美味。 美味。それでは』 狂戦士 ガイスト
アイシャの言葉に、アヴァルは我に返った。名前を呼ばれたことに背筋を正す。 「ご、ご存知だったのですか」 舌がうまくまわらなかったのは、慣れない敬語を使ったからだけではない。目の前に立って いるためか、さきほど抱いた恐怖心が胸中でさざめいた。 「君がいずれ大隊長、百騎長、千騎長となっていくのならば、部下の名前は覚えておかなきや ね。それで、何が気に入らないのかな。言ってごらん」 アヴァルはロごもった。形容しがたいのが一人いるんですとはさすがに言い辛い。女性が二 人いるとい、つのも一言えない 。目の前にいる千騎長は女性なのだから。そもそも、比率的にも非 常に珍しい女騎士がどうして二人もいるのだ。 視線を落として、つつむくアヴァルに、アイシャは苦笑混じりに言った。 「君は騎士だ。一人前として、戦力になると判断されたんだよ。君と小隊を組む仲間にしても 同じことだ。まだ顔を合わせたばかりなのに、相手のことを知ろうともせず、けちをつけるの は一人前の騎士のやることじゃないね」 正論であり、はいと答えるしかなかった。 勲そうだと無理やり気持ちを切り替える。自分に必死に言い聞かせた。自分と同じように試験 を突破してきたのだから、彼女たちがそれなりの技量の持ち主なのは確かだ。あの女だか男だ 銀かわからない輩にしてもそのはずだ。千騎長も仰ったことだし、と心の中で呟きながら戻る。 三人は、和やかに談笑していた。 おっしゃ
皇宮の裏手に、小さな神殿がある。 ほこら 神殿よりは祠と呼んだほうが適切に思えるような、ささやかな建物だ。。こが、 オ外見からは相 5 勲像もできないほどの厳重な管理がそれにはなされていた。 嘘壁は、通常の建物の二倍の厚みを持っている。窓はなく、両開きの門扉にかけられている鍵 銀 は、七つ。 七は、帝国において好まれる数字だ。由来をたどるならば、帝祖アルセスの時代にまでさか 「これでよいとは思えませぬ」 ふんぜん 憤然として、ハイラムは父帝に言上した。 「我が国の騎士は圧倒的です。魔物に対する備えが必要だとしても、帝都に待機している九千 騎の半数ほども動かせば、都市国家連合への侵攻、征服は成し遂げられると思います . 都市国家連合が動かしうる最大兵力は二十万といわれる。単純な計算ではあるが、百騎で 五千の兵に勝利できるのならば、四千騎も動員すれば壊滅できることになる。 だが、皇帝アスタリウスは首を横に振って言った。 アトル 「聖蛇の目は東を見ている。その翼は、大陸全土を覆っているわけではないー 九年前のことである。 【Ⅱ
他の小隊が、意気軒昂、活気溢れるという空気を醸し出していたのに対し、和気藹々とした 雰囲気に満ちていた。戻りづらかったが、アイシャの言葉を口の中で反芻し、歩みを進める。 まず、三人に頭を下げた。 「すまなかった。ちょっと千騎長に聞きたいことがあったんだ」 それからお互いに自己紹介をする。とくにアヴァルを拒絶するような雰囲気にはならず、ア ヴァルは安心した。 「ところでレラギ工君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 しゃべ 俺はおまえがどうしてそんな喋り方をするのか聞きたいよ。 そうは思ったが、初対面の相手への質問としては、さすがにはばかられた。湧き上がった感 情を押しこめて、アヴァルはなんだとオルドリッチに言葉を返す。 まわりから漏れ聞こえてくる騎士たちの会話は、得意な武器は何かとか、どういった特技を 持っているのか、といったものだった。この男の質問も、そういう類のものだろう。そうであっ てほしい。 「一目れって信じるかしら ? 千騎長、やつばりクジは駄目です。 あお おもわず額をおさえて天を仰いだアヴァルに、あわててオルドリッチは付け足した。 「あ、誤解させちゃったみたいね。ごめんなさい。違うのよ。ばくじゃなくて、あくまで一般 論として」 ひとめぼ かも たぐい
「我が軍の損害は ? 」 「軽傷者が数名。死者はおりません」 「人間相手では、いつもこうなのか ? 」 せいかん 質問の意味をつかみかねて、ゴートは精悍な表情をかすかにしかめた。 「人間相手ならば、ほとんどこのように、戦死者を出さずに勝てるのか」 「絶対、とは申せませんが、不可能ではありません」 「 : : : 今年、新しく登用した騎士は四百強だったな」 急に話題が変わったことに、ゴートは数度、目をまたたかせたが、ハイラムはかまわず言葉 を続ける。 「私が覚えているのはここ三、四年のことだが、我が軍は毎年、試験を通して三百から四百の 騎士を新たに登用している。だが、総数は三万と十数騎から変わっていないー 帝国の騎士を三万と定めたのは、騎士皇帝ルメリウスである。もっと数を増やしてはいかが でしようかと言った臣下に、皇帝は「国庫が破綻する」と答えたという。 ということは、毎年、一 「かといって、引退した者の数が大幅に増えたという話も聞かない。 勲定数の騎士が戦いによって失われているということだろう」 騎 さすがに沈痛の面持ちで、ゴートはうなずいた。 の 銀「魔物は、それほど手強いのか ? 」 「我々が近隣諸国と剣を交える場合、聖獣のために我々は圧倒的といっていいほどの優位にあ はたん
章 勲 一方、帝国の騎士団である。 騎 形式上の総指揮官ハイラムは真夜中のうちに、五騎の騎士に守られて湖上に移っていた。相 の たぐい 銀手に吾られないようにするため、火の類は一切使っていない。湖面に反射する月と星の光だけ か頼りだった。 「指揮官が奇襲に参加しなければならない理由はあるまいー 念のためだとトグラトは言い、カタリスも了承した。ただ正面から突撃するよりは、兵の犠 牲も少なくなるだろ、つと思ったのだ。 夜襲については、考えていない。 くさりかたびら 重装歩兵は、夜襲に適していない。鎖帷子が音をたてるし、盾は重くかさばって、闇の中で 迅速に動くのは不可能だった。そして、偵察行動でもない限り、それらを捨てて武器だけを持っ て動くというのは、彼らの誇りが許さない 敵の夜襲に対しては、地勢状の有利さと、壕と柵で万全を期している。 トグラトとカタリスはさらに作戦を詰めていったが、最終的には何らかの罠があろうと、こ ちらは数のカで押しきれるという結論で終えた。 皇子ハイラムを捕らえることがかなえば、今後の交渉も有利に運べるだろう。早朝の攻撃を 決定し、彼らはその晩は眠りについた。
があるとは思えませぬ。突撃とは、可能な限り、敵に防御も、回避も、迎撃も、反撃さえも許 さぬものであるべきですー 強い口調で言い切ったあと、なにより、とゴートはややくだけた口調に変えた。 「止むを得ない場合を除いては、手つ取り早く指揮官を討ち取って撤退させるほうが、手間を かけて壊滅させるよりはよほどよいと、私は考えております。生き残った者たちは、帝国の騎 士の恐ろしさを他の者に伝えてくれるでしようから」 おのれ ハイラムはうなずき、己の駆る麒麟の首筋を撫でた。 「では、たとえば上空から炎を吐き続けるとか、そ、ついったことはできないのか。そうすれば 危険なく敵を倒せよう」 「不可能ではありませぬが、竜が空にいるためには常に飛び続けていなければならず、そして、 高みにいるほど竜の吐く炎は当たりにくくなり、威力も弱まります。また、広がりすぎた火は、 この山や我らをも燃やしかねません」 しゅこう ふむ、とハイラムは首肯し、納得する様子を見せたが、再度疑問をぶつけた。 「百騎でこれほどの戦果を出せるのであれば、一千も用意すれば、より大きな戦果を得られた のではないか」 「戦果とは、討ち取った敵の数、勝利を得るまでに要した時間だけでは計れませぬー 一千の帝国騎士が五千の兵に勝ったという話よりも、百の帝国騎士が勝ったという話の方が 強く印象に残るし、相手の警戒心も高まる。それは、今後の外交にも関わってくる。
この戦いは、都市国家連合にも記録が残っている。主将を歴戦のトグラト、副将に若く勇敢 なカタリスを据えた五千の兵は、山腹に陣営を築いた すその 帝国の騎士が山の裾野に姿を現したのはその四日後だ。空を茜色に染めて、陽が山の奥へ暮 れかかろうとしているころだった。 「予想より早かった」 つづ 勲そうカタリスは記録に綴っている。カタリスは、帝国の騎士団がこのアジューカスに姿を見 せるとすれば、七日後だと予想していたのだ。軍を整えるのに二日、帝都からここまで五日と 銀いう計算である。騎兵の行軍速度をもとに考えたものだった。 だが、帝国の騎士団の動きはそれより三日も早い 兵にも指揮官にも王室にも、かってのことを覚えている者はいない レヴァ 報告を受けて帝都ラウルクから出撃した騎士は、百騎。すべて蒼竜を駆る騎士であり、ハイ ラムは総指揮官ということになっていたが、実際の指揮官は百騎長ゴートⅡヴァレフォルだっ た。短めの黒髪と同じ色の瞳を持ち、表情の鋭くひきしまった青年だ。 ハイラムが総指揮官となったのは、、 父帝の命令によるものだった。このころの皇帝アスタリ そうけん ウスはまだ病に倒れておらず、壮健だったのだ。 「おぬしも、そろそろ戦を見ておいてよいころだ」
ぶこっ 別無骨さだけで組み上げたようなこの黒い建造物は、白く壮麗な皇宮とよく対照された。 帝都に待機する九千の騎士が生活し、さらに料理人や職人、医師など約一千人が住みこんで いるこの施設は、第十五代リラの治世中に女騎士用の別棟を設けている。女騎士の数が圧倒的 に少なかったことも手伝って、それまでは男女共用だったのだ。 それに伴って騎士館自体も大幅に改修された。一千人を収容できる棟が十棟まで建てられ、 それまで大部屋を八人が共同で使う形になっていたのが、一つの部屋を二人が共同で使うよう になったのだった。 騎士館の壁には、長い落書きがある。 「魔物が来れば弓を携えて出撃し、街道や上水道が荒れればつるはしを担いで出撃し、事件が 起これば剣を帯びて駆けまわり、野盗がはびこれば槍をかまえて出撃する。命削って金を溜め、 されど使う暇はなし」 ドムス その中庭に、黒亀の騎士となった若者たちが整列していた。数は九十八人。 彼らの前に立っているのは女騎士と、彼女に従う数人の騎士だ。 びりよ - っ 二十代の後半、蜂蜜色の短い金髪に、鼻梁がまっすぐで細い整った顔立ちをした女騎士は、 穏やかな笑みを浮かべて言った。 がいせんしき 「昨日の凱旋式ではご苦労様。私はアイシャⅡサレオス。千騎長を務めている。これから君た ちの面倒を見ることになる。よろしく 騎士たちの間からざわめきが起こった。千騎長といえば、騎士団長に次ぐ地位だ。温厚な話
がいせんもん せんじん 戦神の丘から凱旋門の間には、新たな騎士とその聖獣を見ようと押しかけた人々が長く、厚 し行列をつくっていた。とくに、聖獣はここでなければ見ることができない。帝都ラウルクの 中では聖獣は存在できず、召喚もできないからだった。 騎士たちは聖獣を『送還』する。 がいと - っ 先頭は黒い甲冑と外套に身を包んだ二十騎の騎士。その後ろを、新しく用意した甲冑と白い 外套に身を包んだ三百余名の新米騎士が列を組んで続く。先導役である騎士たちが黒一色の装 いなだけに、彼らの姿はいっそう引き立つのだ。 彼らの後ろに大神官の輿、皇子ハイラムの輿、皇女ファリアの輿、と続く。いずれの輿も、 十騎ほどの騎士に守られている。騎士たちは中央広場まで進み、それから皇宮に向かう。中庭 に整列し、皇帝アスタリウスに謁見するのである。 整然と門をくぐる騎士たちは、市民たちの喝采の言葉と拍手を浴びて進む。通りの両脇に並 んでいる者たち、凱旋門や屋根の上にのばって見下ろしている者や、窓から身を乗りだしてい る者もいる。 騎士たちの姿も壮観だが、輿の方も注目の度合いは劣るものではない。 かも 塗装も装飾も控えめにして清貧さを醸しだしているのは老いたる大神官を乗せた輿だ。次い で、左右の壁面に聖蛇と麒麟を描いた輿に乗り、市民たちに手を振っているのが皇子ハイラム しゅうれい である。愛想のかけらもない表情だが、秀麗な顔だちと落ち着いた服装が、かえって凛々しい 印象を与えていた。 アトル かっさい