たの考える騎士らしさってやつも聞いてみたいし」 欠点という単語には法んだアヴァルだが、 そのあとの一言葉には眉をひそめた。 「騎士らしさ ? 「あんたなりに考えてる騎士像があったから、あんなこと言ったんじゃないの ? あれは、ま あまあだったかなと思ってるんだけど」 聞き返すラウニーに、アヴァルは返答に詰まって「ああ : : : 」と言葉を濁す。理想の騎士像 など考えたこともない。だが、 そんなことは言えなかった。幸いにもラウニーはそれ以上追及 せず、明るい笑顔で言った。 「ま、そんな真面目な話じゃなくてもさ。隊長の趣味とかそういうの聞いてみたいし」 「そ、っそう。お堅い話もししし 、 ) ナど、おたがいの友情をよりいっそう深めましようってことで ォルドリッチはそう言ってネルに同意を求め、黒髪の女騎士は懸命にうなずいた。 「おまえとの友情だけはいらんー ォルドリッチに吐き捨てて、アヴァルは不機嫌そうに早足で歩きだす。本当に不機嫌なので はなく、照れくさいのをごまかしているのだった。その内心を見抜いているのかォルドリッチ が笑顔で隣に並び、ネルとラウニーが続く。 レラギ工君、とアヴァルの名が呼ばれたのはそのときだ。声のした方を見ると、アイシャが 立っている。彼女はアヴァルに歩み寄ると、ほんと軽く肩を叩いた。 「ーー ) 」苦労様。これからもがんばれ」
256 それしか言葉が出てこなし ヘッドに横たわり、イングリドは蚊の鳴くような声で謝った。 「いいんだよ。いまはゆっくり休みなさい」 彼女に笑いかけて、その額に濡れたタオルをかけたのはオームスだ。アウレリアはべッドの そばに椅子を置いて座り、数枚の書類に目を通している。イングリドが必死に集めた被害者た ちの署名と、アウレリアが集めたものを合わせたものだ。 「イングリド。あなたはよくやったわ。謝る必要もなければ落ちこむことなんてないのよ」 いたわるような声をかけてから、隣にいる夫を横目で見る。 「せめてイングリドの半分くらいは動いてみたら、って言おうと思ったけれど、しつかり看病 をしてるから特別に言わないであげるわ 「も、つ一言っているじゃないか。 「聞かなかったことにすれば、私に心から愛されているという幻想をこれからも抱き続けるこ とができるのよ」 「事実だけで充分だよ。幻想まではいらんさ」 平素とまったく変わらない口調でオームスは妻を見た。 「ーーーとにかく一呼吸の間をおいて、アウレリアはイングリドに言った。 「これだけあれば充分だわ。アンドラスを叩き潰すことができる」 まるかがみ アンドラスは『幸せになる鏡の会』の代表である。この円鏡を作って売り出した男だった。 うんぬん 「訴えるのか ? 幸せ云々というものは個人差があるから、法で裁けるかは難しいと思うが」
「わかったよ。でも、君がそういうものに興味を持っているとは知らなかったな」 「ていどの差はあれど、着飾ることに無関心な女はいないぞ。なにより、贈物というのは嬉し いものだ」 そういうものかとばんやり思ったが、 そういえば故郷でも似たようなことを言われたのを思 い出した。農閑期にいくつかの村が共同して市を出すことがあるのだが、故郷の村長の娘にい ろいろと一言われて、狐の毛皮を買わされたのだ。 「いい ? 女の子は何も言わなくても、内心では買ってもらったり、贈ってもらったりするこ とを期待してるのよ。いっか帝都に行くっていうんだったら覚えておきなさい」 アーシェラというその娘は、麻の袋に入れた毛皮を両手で抱え、しかつめらしい顔でカイン にそう言ったのだった。 さんご 珊瑚や真珠はインフェリアではよく採れるため、他の宝石類よりも安いのだが、それでもカ インにとってはけっこ、つな出費である。 だが、買った指輪をさっそく左手の指にはめて、嬉しそうにしているファリアを見ると、あ まり気にならなくなってくる。こ、つい、つ土産もあっていいかと思えた。 さいくもの さっきから会話に参加してこないレイクは、恋人であるヴェスパシアに買っていく細工物を ぎんみ 真剣に吟味していたのだった。
ものもある。色彩や装飾はさまざまで、カインとレイクは言葉もなく店内を見回していた。 カインは水着のひとつを手に取ってみた。たしかに手触りが違う。未知の感覚だった。ファ リアがやってみたように引っ張ってみると、驚くほど伸びる。 「いかがでしよう。記念として、恋人に買っていかれては 女主人が話しかけてきて、カインは慌てて水着を元の位置に戻した。一方、レイクはいつに なく真剣な顔で水着をひとつひとっ観察している。おもむろに女主人を振り返った。 「これさ、何ていうか、身体の線が露骨に出るよな ? 」 「そうですね。身体の美しさを見せるものでもあるので , ものは言いようだとカインは思ったが、レイクはいっそう真剣な顔で水着を見つめた。 「ヴェスパシアにはどれが似合う ? さすがにこいつはまずい。だが、しかし : 紐のような水着を手に取りかけて、レイクは思い直すとそれを元の位置に戻した。友人のこ とは放っておくことにして、カインは店内を見回す。ファリアの姿がないことに気づいた。い ま、この店には自分たちしかいない 「すいません。僕の連れは ? 女主人に尋ねると、彼女は店内の隅にかかっているカーテンを指で示した。 「いくつか気に入っていただけたようで、あちらで試着していただいています」 「試着 : : : ? 」 「気に入った服でも、いざ着てみたら似合わなかったり、きっかったりするでしよう。水着を
212 も、下顎をファリアに砕かれていてうまくいかない カインにしても、冗談ではない状況だった。回廊を抜ける際にまともに瓦礫の雨を浴び、そ れだけでも気を失いそうだったのに、必死に握りしめている槍。魔物の身体に引っかかってい いのちづな るこれだけが、 いまでは命綱となっている有様だ 不意に、自分の名を呼ばれた気がして、首だけを動かす。 クローディアさん ? そうか、と思った。クローディアはさきほどから上空で魔物と戦っていたのだ。更にいくっ かろ かの単語が辛うじて耳に届く。 受け止めるから落ちろ、とい、つことなんだろうか それ以外にないだろう、と思う。手と腕も、そろそろ限界に達しようとしている。 不意に、何かを引っ掻くような音がした。なんだろうと不思議に田 5 っていると、頬に小さな がく 破片が落ちた。どこからだろうと考え、泡を吹き出している魔物を見る。理解すると同時に愕 せん 然とした。 槍が、抜けかけている。その上、魔物の身体が奇妙な光を帯びていた。首だけを動かして せつな 下を見ると、四翼の魔物はカインのほば真下にいた。刹那、若者は発想を切り替える。おも いきってカインは足を振りあげると、魔物の顎にかけて、カ任せに槍を引き抜いた。 支えがなくなったカインの身体を、下から上への暴風が包む。空が、蟹の魔物が、すさまじ い速度で遠ざかり、小さくなっていくのを横目に、カインは身体をひねった。このとき、蟹の がれき
255 銀煌の騎士勲章 3 一度だけ、意識して笑顔になってみたことがあったが、 アウレリアは哀れみに満ちた視線で 「重度の歯痛に苦しんでいるようにしか見えないわーと言った。 申し訳ありませんと頭を下げ、直すよ、つ努めますと言葉を重ねるイングリドに、アウレリア はいいわよと軽く応じた。 「あなたの笑顔が私たちにだけ向けられているっていうのも悪くないわ。問題は態度ね。もう 少し堂々となさい。そうすれば、愛想のなさも凄みに化けるから」 敬愛する奥様にそう言われ、ついつい甘えて対外的にはほとんど無表情で通してきた結果、 愛想笑いはできないままである。 そんな彼女に、聞きこみは合わない役割だった。当人にもその自覚はあったが、イングリド は熱意だけで引き受けた。 見知らぬ他人が愛想のない表情と淡々とした口調で声をかけてくるのだ。訝しがられてほと んど相手にされず、中にはイングリドの態度を傍若無人ととって、話を聞こうとするだけで怒 りだす者まで現れる始末だった。話を聞いてくれたのは、十人に一人いたかどうか。 それでもイングリドはがんばったが、 元々不慣れな仕事である。 三日目で体調を崩し、五日目でカ尽きた。 「すいません : : : 」
て二つ半ほど。受け取ったアリキーノは、黒と灰色の混じりあったそれを訝しげに観察してい たが、一つの答えに思いあたって友人を見た。 「 : : : 槍の穂先か ? 」 「正解。 にたにたとファルファレロは笑った。 「魔物の残骸が少しだけ見つかってね。メナートスの記録には少し興味があったから、自分で もっくってみたんだ」 そう言われてあらためて観察してみると、黒い部分が先端になっている。そうなるように鋼 鉄の部分を加工したということか。 「メナートス案を下地に、僕なりの工夫をいろいろ加えてあるからもう少し強いはずだ。使っ たら、ぜひ感想を聞かせてくれたまえ。もう名前と由来は考えてある。底のない深淵すら穿っ 魔槍ーー」 「たいそうな由来は、実際に使ってから聞かせてもらうとしよう」 さえぎ あしらうように笑って友人の言葉を遮ると、アリキーノは手を振って『錬金課』を出ようと した。『錬金課』の扉が外から叩かれたのは、そのときだ。 ゆが ファルファレロはいやな予感に顔を歪めつつ「どうぞ」とぞんざいに答える。 扉が開いて、ひとりの男が姿を見せた。年の頃は三十代半ばといったところか、黒く長い総 髪を首筋で東ねて後ろに流し、腰には反りのある剣を帯びている。 いふか れんきんか
川事件を解決する道を選んだ。 そしていま、カインは皇女ファリアの従衛を務めている。 騎士にはなれなかったが、故郷の村を出たときには想像もしなかった日々を、カインは過ご している。そして、それらを大切なものだと若者は思っていた。 こうしてインフェリア王国を訪れたこともそうだ。いま、カインの視界には王都ヴェルギル が映っている。城壁のある都市は帝国でもいくつか見たことがあったが、ヴェルギルの城壁は そのどれよりも長大だった。 遠くに来たものだなあ。 頂部が平たい山のようにも見える城壁と、その外にあふれている家々を見ながら、カインは 感慨にふけった。 「どうだい。はじめて見る異国の都は」 そのとき、カインに馬を寄せながら、ひとりの男がにこやかに話しかけてきた。 「王都という呼び方は威厳があり、短くてすっきりしているが、ものものしいから私はあまり 好きじゃあないんだ。そう、できれば芸術家たちの集いしうるわしの都と呼んでほしい」 「はあ : とまど カインは男に戸惑った声を返す。 話しかけてきたのはファルファレロという名の、インフェリアの将軍だ。年齢はわからない が、おそらく三十には達していないだろう。
後ろから、苦しそうな声が響いた。ファルファレ口が胸元をおさえて身体を起こしていた。 すす ほこりふんじん 常の派手な服装は埃と粉塵にまみれ、顔も煤だらけで見る影もない。 「ど、つして、ここに ? 」 「魔物が飛んでくるのが、見えてさあ。勲章と魔物は絡めて考えるしねえ : たんだけど : : : 体術ぐらいは、真面目にやっとくべきだったなあ」 うめ 時折、咳き込みながら語り、身体をおさえて苦痛の呻きをあげる。 「 : : : 使えない、 というのはどういう意味だ」 「正式な持ち主じゃあないと、呼べないのさ。もちろん、私もねえ」 「方法はないのか」 ファルファレ口が立ち上がるのに手を貸しながら 、ヾルトは火灰々と問、った。 「なければ、やつを倒すのは難しい 城門ですら粉砕するはすのこの武器で、傷つけることができていないのだ。 「傷は、負わせていると思うよ。棍棒で甲冑は砕けないけどさあ、中身は潰してるってこと、 あるだろお ? 」 にたにたとファルファレロは笑ったが、 身体が痛むのか、口元は引きつっている。 「やつは、跳ねまわっている」 「じゃあ、ロとか間接みたいな継ぎ目を狙ってみなよ , あの速さで跳びまわる相手に、身体のごく一部を狙えというのか。 : まさかとは田 5 っ
ロダールの部下という兵士に会って話を聞き、カインとバルトは思ったより早く、ファリア たちを見つけることができた。 しかし、回廊いつばいにその存在を誇示する蟹の魔物もいっしょだったが。 こ・つたく とっき 魔物の背、その甲羅は無数の鋭い突起と光沢のある装甲に覆われている。その脇、わずかな 隙間の向こうに、ファリアとレイクの姿が見えた。ファリアは蟹の目の前に立っている。まだ、 かなりの距離がある。 間にムロ、つか 間に合ったとして、魔物の巨体と回廊の幅から、脇をすり抜けることは不可能だ。それでは、 槍で背後から突いて、魔物の気を引くことができるのか。 勲できなければ、ファリアは 「跳べるか」 銀隣から、唐突な、短すぎる言葉。だが、それは脳内に溢れつつあった焦りを瞬時にかき消す。 なぜかはわからないが、即座に意味を理解できた。理解できたときには決意している。 も矢を装填しようとした手を止めて、信じられないものを見る顔つきをしていた。 二本の鋏を振りあげて、蟹が迫る。ファリアは唇を噛んで睨みつけたが、それが精一杯の行 動であるように、本人にも田 5 えた。