122 ていいわよ」 ォルドリッチが気軽にアヴァルの肩を叩いた。アヴァルは反論を考えたが何も思いっかず、 かといって誰かを推す気も起こらず、あっさりと決定してしまったのだった。 「じゃあアヴァル隊ってことで。千騎長に報告しておいてちょうだい , それならレラギ工隊だろうが なんてやる気のない連中だとアヴァルは呆れ返ったが、面と向かっては言い難い。二人は女 性で話しかけづらいし、もう一人にいたっては、一一一口葉をかわすのには慣れたものの、いまだに 理解しがたい存在である。何より、三人ともいやな人間でも悪い人間でもない。 きそ 他の小隊の騎士に話を聞いてみたのだが、彼らは剣技を競って決めたり、 徹底的に討論し あったりしたらしい。ろくに時間もかけず、話し合いらしい話し合いもせずに決めたのは、 アヴァルの知る限りでは自分の部隊だけのようだった。 「うらやましいよなあ、おまえのところは。女がいてさ」 騎士たちが日々の生活を送る宿舎『騎士館』で、部屋の近い騎士にそんなことを言われたこ とが何度かあったが、 アヴァルとしては全員男性のほうがよほど楽だった。集合するのにも余 計な手間がかかるし、おかしな誤解までされる。 「おまえはどっちとっきあってるんだ ? 」 俺の好きなひとはこんなものじゃない。 「おまえのところって安全そうだよな。ほら、千騎長も女だろ ? 女がいる部隊を優遇しそう
152 アヴァルが呆然と立ち尽くしていると、アイシャはネルたちに軽く手を振って去っていった。 「誉められてよかったじゃない、隊長」 おう、とアヴァルは生返事をする。電撃的に、頭の中にできあがったものがあった。 「決めたぞ」 「決めたって、何が ? 「俺は、ああいう騎士になる」 「それは、千騎長に惚れたってこと ? 」 顔をしかめるオルドリッチに、アヴァルはあからさまに軽蔑した視線を向けた。 「おまえはそ、ついう考え方しかできないのか ? そ、ついうのじゃない。うまく言い表すことが できないが : : : そうだな、理想の騎士像というか、いや違う。うん、心の師匠というやつだ」 アヴァルは、明確な目標を手に入れたのだ。 「どう考えても、カインなどより千騎長の方が上だ。騎士として見ても、人間として見ても。 あのひとに真に認められたとき、俺はやつよりはるか高みにいるに違いない。うは、うははは 道のりは、遠い
たの考える騎士らしさってやつも聞いてみたいし」 欠点という単語には法んだアヴァルだが、 そのあとの一言葉には眉をひそめた。 「騎士らしさ ? 「あんたなりに考えてる騎士像があったから、あんなこと言ったんじゃないの ? あれは、ま あまあだったかなと思ってるんだけど」 聞き返すラウニーに、アヴァルは返答に詰まって「ああ : : : 」と言葉を濁す。理想の騎士像 など考えたこともない。だが、 そんなことは言えなかった。幸いにもラウニーはそれ以上追及 せず、明るい笑顔で言った。 「ま、そんな真面目な話じゃなくてもさ。隊長の趣味とかそういうの聞いてみたいし」 「そ、っそう。お堅い話もししし 、 ) ナど、おたがいの友情をよりいっそう深めましようってことで ォルドリッチはそう言ってネルに同意を求め、黒髪の女騎士は懸命にうなずいた。 「おまえとの友情だけはいらんー ォルドリッチに吐き捨てて、アヴァルは不機嫌そうに早足で歩きだす。本当に不機嫌なので はなく、照れくさいのをごまかしているのだった。その内心を見抜いているのかォルドリッチ が笑顔で隣に並び、ネルとラウニーが続く。 レラギ工君、とアヴァルの名が呼ばれたのはそのときだ。声のした方を見ると、アイシャが 立っている。彼女はアヴァルに歩み寄ると、ほんと軽く肩を叩いた。 「ーー ) 」苦労様。これからもがんばれ」
「おっかれさま、隊長」 ォルドリッチの言葉に「ああーとアヴァルは億劫そうにうなずく。 「ところで、これからみんなで飲みに行かない ? 無事に帰ることができてよかったね、あと 名誉挽回おめでとうってことでー 「名誉挽回かどうかは千騎長が決めることだろう」 そう言いながらも、アヴァルの表情は満更でもないものだった。アイシャが言ったように、 犠牲者は出なかったのだ。彼女の奮闘があったからこそだが、自分も多少は貢献したと思うと 誇らしくなる。アヴァルはあらためて三人の仲間を見回した。 しいか、おまえら飲めるのか ? 「飲みに行くのは、 「ほくは酒樽って呼ばれてたことがあるわよ」 胸を張って答えるオルドリッチの隣で、ネルは長い黒髪を揺らし、長身を震わせながら握り 拳をつくって言った。 「 : : : がんばって飲むー まあ、気をつけろ」 「いや、がんばるな。無理をするな。 勲それから、アヴァルはやや気まずさを含んだ顔でラウニーを見る。短い栗色の髪と赤い瞳を 騎持っこの同僚とは、まだどこかぎくしやくしていた。ラウニーはひとっため息をつくと、ぎこ 銀ちない雰囲気を払うように右手を振る。目をすがめてアヴァルを見た。 「あたしも行くわよ。ま、欠点のない人間なんていないしね。直せばいいんだし。あと、あん
た量だ。 今日も、昼を過ぎた頃になって行軍を中断し、休憩に入った。 休憩といっても、そのための陣地構築はしつかり行う。緑の軍衣を羽織った熟練した騎士た こう ちの指導の下、壕を掘り、柵を立てるのだ。その内側で、簡単なかまどをこしらえて食事がっ くられる。 アヴァルはネルとラウニーに食事を担当させ、自分とオルドリッチが陣地構築に携わってい た。これまでの行軍では、ず、つつとそうしている。 「隊長ー兜を脱いで、黒髪をまっすぐ伸ばしたネルが言った。 「私たちも陣地構築を覚えるべきだと思う」 ネルは自分より頭一つ分高いので、正面に立たれると妙な圧迫感をアヴァルは覚える。 「じゃあ、そうしよう」 と言われるままに変更し、アヴァルは火を熾して、三脚のついた大鍋に鳩の肉やらジャガイ モやらを放りこんだ煮込みをつくった。煮込みの表面に浮いている細かい緑色の粒は、オルド リッチの用意した香草を細かく刻んだもので、風味を増すのだという。妙なことを知っている 勲やつだな、とアヴァルは田 5 った。 俺、どうして騎士になったんだっけかな。 の 銀焦げつかないよう鍋をかき混ぜながら、アヴァルはばんやりとそんなことを考えている。こ んなはずじゃなかった、という思考が頭の半ばを占めている。
彼の一言う先輩、というのは緑の軍衣を羽織っていたアイシャの部下たちのことだ。 「それは、どうい、つことだ ? 「数が減ってるのよねー。たぶん、いろいろな方向に偵察に出したんじゃないかと思うんだけ 「偵察 ? 」 アヴァルはさきほどから、疑問しか口に出すことができていない 「お昼の休憩のときにね、先輩方からちょっと話を聞いてみたんだけど、城砦を突破した魔物 がどう広がっているのかははっきりしてないみたいなのよね その情報よりも、騎士たちに話を聞いた、ということにアヴァルは驚いた。アヴァル自身は いかに殿という任務を成功させるかばかりを考えており、そんなことになどまったく思い至ら なかった。 「だからさ、急に襲われるってことはないと思うから、むしろ安心していいんじゃないかし 何者なんだ、こいつは、とアヴァルは引きつった顔でオルドリッチを見た。 章 勲 どうしてそこまで見ている。情報を集められる。頭も回るんだ。 「おまえが隊長やれよ 呆れ果てて、言った。俺より適任だよ、絶対に。 「せめて最後までやってみたら ? ど」 ら」 はお しょ・つさい
勲「どうして俺の部隊が殿を : : : 」 騎アヴァルは深刻な表情で悩んでいる。 もはや進軍ではなく、撤退になったのだということはわかる。殿は重要な位置づけであるこ 銀 Ⅲとも知っている。そのような任務を、なぜ命令違反の突撃を敢行した自分に与えたのか。 椅子から立ち上がり、アイシャはアヴァルの肩を軽く叩いた。 「さてどうしようかな。ああ言ったから、謝りに来る子がいるとは思っていなかったんだ。実 際、いまの時点で君しか来ていない。君だけは、罪状がはっきりしてしまったんだね」 アヴァルはむ、と唸った。仕方ない。自分はそれだけのことをしてしまったのだ。とりあえ ず、仲間の安全は保障されたのだから、よしとする。 アヴァルを見下ろして、アイシャはあれこれ考えていたようだったが、不意に手を打っと、 穏やかな笑顔で言ったのだった。 めいよばんかい 「さしあたり、名誉挽回の機会を与えてあげよう」 、いいますと」 「実はね、明日から引き返す予定なんだー につこり笑って、続けた。 しんがり 「君の部隊には、殿を命じることにしよう。私も殿につくから、気にしなくていいよ
だが、常に一定の速度を保って進むのが、これほど難しいとは思わなかった。早く進めば前 ゆる の騎士に、緩めすぎれば後ろの騎士にぶつかりそうになる。 ドムス 「急ぐときは、黒亀を走らせることになる。そのときはもっとひどいものだよ ドムス そう言いながら、悠然とアイシャは自分の黒亀を進めていく。 「隊長、しつかり」 後ろから親しげに声をかけてきたのはオルドリッチⅡオセ。アヴァルの同僚だ。男ながら、 口調は女性そのものという若い騎士である。 彼の後ろには、漆黒の髪を東ねて鉄兜に押しこんでいるネルⅡキメイスと、鉄兜から栗色の 髪が覗くラウニー Ⅱフェレスがいた。二人ともアヴァルの部隊に属する女性騎士だ。 騎士を四騎そろえた部隊を小隊と呼び、行動する際の最小単位として扱うのだが、アヴァル は、自分を含めたこの四人の小隊で隊長を務めている。 なぜアヴァルが小隊長になったのかといえば、他に立候補者がいなかった上に推薦されてし まったからだった。 「あたし、隊長って柄じゃないから。他のひとに任せるわ こわね 章 勲 さばさばした声音でラウニー 日フェレスが一言い、 「 : : : あなたが隊長を務めればいいと思う」 銀控えめな態度とばそばそとした口調でネルⅡキメイスがアヴァルを推し、 「ばく、隊長よりは副長のほうが好きなのよね。響きが。まあ、ばっちり補佐するから安心し たも
その日の行軍が終了する頃には、偵察に出ていた騎士たちも戻ってきた。これで安全はほば 完璧に保障された。 そして数日後、アヴァルたちは無事に帝都に戻ってきた。 「諸君、いろいろあったけど、ともかく犠牲者もなく無事に帰ってきたことを喜ばう。今日は ゆっくり休むと ) ) 。 しし明日また号令をかける。それでは解散」 しんがり そうして騎士たちが散ると、アヴァルは小さくため息をついた。殿という任務が、ようやく 終わったと感じたのだ。 前方から歓声があがった。何事かと振り返ると、空の彼方から凄まじい速度でこちらへ飛ん でくる集団がある。帝都のある方角から飛んできているのだ、疑問を抱くまでもなかった。 「援軍だ ! 援軍が来たぞ ! 」 誰かが叫んだ。その叫びが虚空に消える頃にはアヴァルの目にもはっきりと映っている。 レヴァァーグ 蒼竜と朱鳳で編成された百騎ほどの騎士たちだ。 ロシュフォーン 「全軍突撃ー 彼らはアヴァルたちのはるか頭上を通過して、魔物の群れに飛びこんでいく。そのまま突破 して分断し、後方にまわって攻撃をはじめた。 戦闘とも呼べない一方的な破壊が終了するまで、たいした時間は要さなかった。
を羽織った新米の騎士たちもそのことには気づいていた。 「レラギ工君、皆を落ち着かせておいてくれるかな。冷静になったら全速前進させて。とにか く魔物から距離をとるように ドムス 二人の部下に合図して、アイシャは黒亀の向きを変える。血相を変えて、アヴァルはアイシャ に呼びかけた。 「ちょ、ちょっと待ってください。たった三人で行かれるんですか」 「君たちの役目は戦うことじゃないって言ったはずだよ」 いつもと変わらず、アイシャは穏やかに笑う。 「それを変える気はないから、少しの間頼むね . 勘弁してくれ、と思った。これではほとんど見殺しにするようなものだし、千騎長たちがや られたら、次に狙われるのは自分たちだ。ここは全騎を反転させて、迎え撃つべきじゃないか。 うろたえるアヴァルの視界で、魔物の姿はどんどん大きくなってくる。このとき、アヴァル ははじめて魔物に恐怖を感じた。こちらはまだ攻撃の準備が整っていないのに、当然ながら相 手は待ってくれない。 勲「どうして緑衣がいないんだ」 騎 背後で、不満そうな声があがった。アヴァルは驚いて振り返る。隊列の中央あたりに配置さ の れている騎士たちだった。彼らからも当然、追ってくる魔物の姿は認められている。逃げよう とする者や反撃に出ようとする者、それらの動きに巻き込まれて動けなくなる者が続出し、隊