帝国の皇宮にある会議室の一つは、円形をしている。 じゅうたん 厚手の絨毯が敷かれ、椅子はない。中央には脚のない円卓が置かれている。すべて、階級を 意識させないための配慮であり、皆が思い思いに座り、語るための場としての造りだった。 いま、この会議室には皇子ハイラムと帝都に勤める三人の騎士団長、更にハイラムの信頼す しょ・つさい ぶんかん る文官、グリード城砦を守備していた騎士団長フォルネウスの , ハ人が円を組んで座っている。 「では、フォルネウス。説明してもらおう」 感情のない平坦な声で、ハイラムが言った。 なぜ、七百騎もの損害を被ったのか。 「報告によれば襲ってきた魔物の数はおよそ三千。大軍ではあるが、対処できない数字ではな かったとい、つことになる」 しゅこう フォルネウスは首肯する。赤みがかった短い髪をした壮年の騎士だ。左腕を包帯で吊ってお 勲り、襟のあたりにも白い布が見え隠れしている。 「まず、私がどのように戦ったかを述べさせていただきます」 銀 フォルネウスは円卓に数枚の地図と木製の駒を置き、自分の指揮と作戦、魔物の動きについ て説明した。 えり リオンは言葉を返さず、深刻な表情に呆れた視線を込めて眺めるだけに留めたのだった。
「私の不手際は、相手に見たこともない型の魔物が多く見られながら、それに注意を払わず、 従来通りの戦い方で対処しようとした、ということになりましよう」 「その見たこともない : : つまりは新種、変種といったところか。そいつらは何をしたのだ ? グリュサーヌが問いかける。 「そやつらは、これまでの魔物よりも硬い装甲を備え、さらに奇妙な技を持っていたのです。 蜘蛛に似た魔物は糸を吐き、我々の動きを封じようとしてきました。また、蟹のような魔物は 水弾ーー・・人間が甲冑ごと吹き飛ぶほどに強烈な水の塊を吐いてきたのです」 「まるで我々の駆る聖獣だな」 リオンがほそりと言った。フォルネウスは握りしめた拳を震わせてうなすく。 レヴァ ドムス 蒼竜は炎を吐き、朱鳳は風を起こし、黒亀は水を操り、麒麟は地を揺るがす。人智を超えた 力を振るうという点において、今度の魔物たちは聖獣に近いといえた。 「他に田 5 いあたることは ? ハイラムの問いに、フォルネウスは首を横に振った。 「他に理由があるとすれば、最初に説明した私の指揮の失敗によるものでしよう。七百もの勇 敢な騎士たちを失ったことについては、どのような罰でも受ける覚はできております 「半年間の減給。及び、戦死者たちへの見舞金を一割負担せよ こうべた 淡々とハイラムは告げる。フォルネウスは黙って頭を垂れた。全体の二割を超える兵力を かんだい 失ったことを考えれば、寛大な処分といえた。
158 じよ・つさい 「城砦間の連係の強化でしよう。巡回を増やし、城砦二つ分の戦力であたるようにすれば、犠 牲を減らせるのでは」 ゆが 傷が痛むのか顔を歪めながら、フォルネウスが提案する。 「一時しのぎにはなるが、長期間続けられる手段ではないな」 「ーー騎士を増やす手は」 リオンの発言を、ハイラムは無愛想な表情で一蹴する。 「国庫が破綻する。ルメリウス帝より言われていることだ」 「ですが、それは現在の領土を基準にしたものではないのでしようか」 ハイラムは無言でいる。リオンは言葉を続けた。 「より広大な領土を獲得したとき、それにふさわしい数の騎士が必要になる。私はそう考えま す。ルメリウス帝が騎士登用試験を設け、騎士の数を飛躍的に増大させたのも、それが理由か と。次の騎士登用試験は、大きく変更されると聞いてもおります。ちょうどいい機会かと」 「悪くない話だが ハイラムは冷淡な視線をリオンに向けて言った。 「私はルメリウスではないのでな。他の手段を考えることにしたい」 「さしあたり口を開いたのはグリュサーヌだった。 きょ・つ りよ・つよ、つ おもむ 「フォルネウス卿には帝都で療養いただき、私の隊がグリード城砦に赴きましよう。守るため の戦いならば、少々自信があります」 はたん いっしゅう
フォルネウスの処分についてはそれで終わらせ、ハイラムは騎士団長らの顔を見回す。 「卿らは、似たような話を聞いたことはあるか ? 魔物たちに新たな変化が起こりつつある、 とい、つよ、つな」 グリュサーヌが手を挙げた。 「先日、白衣の騎士たちの行軍訓練を実施した千騎長から報告がありました」 白衣の騎士というのは今年、騎士になった者たちのことだ。一年目の騎士は階級に関わらず 白い軍衣を羽織ることが義務づけられているため、白衣と呼ばれる。 「魔物の造形に違和感があった、とのことです。これまでにも変種が出なかったわけではない ので聞き流していましたが。 それによると、傷を負わせても、やつらの体液は瞬時に固まり、 傷口をふさいでしまうとのことでした」 さらにいくつかの意見を聞いたあと、ハイラムは騎士団長たちに尋ねた。 「どうすればよいと思う。卿らの意見を聞かせてくれ」 「新たな戦術を練るしかありますまいー そっけない口調でリオンが言った。 ほふ 勲「たとえばルメリウス帝の時代、三騎一組で魔物に攻めかかり、一度の攻撃で確実に屠るとい う戦い方がありました。当時、まだ少なかった騎士たちで戦い抜くためのものだったと思われ ますが : 「他に考えられる手は ?