かってやりたい気分になるのだ。敵意や悪意などではなく、いたずら心から。 マレブランケ 「さきほども名のったが、私は十二将のアリキーノだ。これがどういう意味か、わかるかな」 A 」・つわ・、 二人の若者は顔を上げて、当惑顔で自分を見つめた。そうだろうとアリキーノは思う。帝国 をはじめ、他国の人間ならばそういう反応をするはずだ。 マレブランケ 「君たちは他国の人間か。教えてやるが、我が国において十二将は大貴族に匹敵する。よほど のことでもない限り、平民から声をかけることなど許されない。ましてや、人違いで怒鳴りつ けるなど、もってのほかだ」 そのあたりは、アリキーノとしては帝国のほうがうらやましいとも思っている。アリキーノ が知る限りでは、帝国で、平民や市民が皇族や貴族に話しかけたり、粗相をしてしまったりで 咎められたことはない。平民出身のルメリウスはもちろん、ザルガスやリラといった貴族出身 の皇帝も、平民の訴えを直接聞いたことが何度かあるという記録が残っている。 とうごく 同じことをインフェリアでやれば、軽くて罰金や鞭打ち、下手をすれば投獄されてしまう。 かれつ 処置のていどは法で定められているが、身分の高さを意識するあまり、苛烈な処分をとる貴族 は少なくない マレブランケ 勲「インフェリアの人間ならば、十二将の名を知らぬ者など言葉足らずの幼児や生まれたばかり の赤子ぐらいだ。聞けば、まず目を合わせない。姿勢を正し、膝を折る。君たちはどこの生ま 銀れなんだ ? 」 まあ、このへんにしておこう。
『錬金課』と書かれた札の下がった部屋に入るなり、ファルファレロは肩を落として盛大なた め息をこばした。かぶっていた布を取り、くすんだ赤色の髪をかきまわす。彼にとっては慣れ た薬品の臭いが鼻をついた。 「ああ、疲れた」 「ただ案内しただけだろう」 くろちゃ 室内で書物を開いていた長身の男が、椅子に座って黒茶を飲みながら小さく笑った。灰色の 髪に、柳のような薄い緑色の瞳をしている。その笑みはやや皮肉めいていた。 マレブランケ マレブランケ ライタークロイス 十二将の一人アリキーノだ。十二将の中では騎士勲章や魔物といった事柄に関わっており、 ファルファレロとは公私にわたる友人である。 『錬金課』は、最終的には黄金をはじめとした諸金属を何もないところからっくりだす、こと 「お疲れだろう。今宵はささやかながら祝宴を用意させていただくが、それまではゆるりと休 まれよ。条約の調印もそのときでよかろう。貴女の故国には及ばぬが、不自由な思いをさせぬ こと、我が名に誓おう」 しゅしよう おそれいります、とファリアは殊勝な態度で再度、小さく頭を下げる。 えつけん ひとまずの謁見は、これで終わった。 Ⅳ れんきんか
燗はずだったものを、代わりに負ってくれた彼女にいっか報いるためにも。 「さきほどウガルから手紙が届いた。回収の結果だけは即刻送れと言っておいたのだが、祝宴 前になってようやく届いた。あいかわらず対応が遅い」 口調は怒りながらも、その表情には仕方ないとでも言いたげな、子を見守る母親のような感 情が表れている。 「ともかく、わかったことがある。あの狂人の遺骸だが、インフェリアのグラフィアカーネと せんさく やらが引き取ったそうだ。私の落ち度だな。詮索を避けるために、ただ回収としか命じていな かったのが失敗した。いかなる邪魔が入ろうと、と強く命じておくべきだった」 「返せと言ったら、返してもらえるのかな」 「無理だろうな。わざわざ国境を越えてまで追ってくるあたり、グラフィアカーネは男の秘密 を知っているか、あるいは秘密に関わっていると考えてい、。 こちらが引渡しを要求しても、 とうに埋葬したと返されるのがせいぜいだ」 「そのグラフィアカーネっていうひとは、何者なんだ ? マレブランケ 「十二将らしい。ばんやりとだが、話が見えてきたな」 手紙を卓上に放り投げ、ファリアは三人の顔を見回す。 マレブランケ 「十二将の内、最低でも二人の人間が、騎士勲章や聖獣、魔物といった事柄に絡んできている わけだ。最終的な目的は、帝国がなくとも魔物を駆逐できる手段の獲得、といったところだろ ライタークロイス むく
「評判は良いのと悪いのが男女関係なしに半々ってとこだな。人気あるのは槍は巧いわ、部下 マレブランケ から人望はあるわ、船団の指揮官だわ、独身だわとそんなとこ。人気ないのは十二将の立場を 濫用して平民を片っ端から登用しているのが気にくわんとか、血統や伝統をないがしろにして いるのがおもしろくないとか、平民上がりの時点でもう駄目とか : : : 」 最後の説明に、カインは納得できないという表情で首をひねる。 「平民だのなんだのって、僕には言ってきたぞ、あいっー 「からかわれたんじゃねえか ? 」 ロダール王子との態度の差を考えると、ありそうな話だった。 マレブランケ 「アリキーノとやらはひとまず置け。もう一つ、十二将に関する話がある」 真剣さを帯びたファリアの声に、カインは頭を振ってなんとか気を取り直す。彼女を見た。 ファリアは円卓に乗っていた手紙のようなものを手に取り、ひらひらと揺らす。全員が注目す るのを待って、ロを開いた 「国境前の山中での件だ。念のために訊くが、誰かに話したか ? 」 カインとレイクは首を横に振る。クローディアの方を見ると、彼女は真面目な顔でうなずい 勲た。既にファリアから聞いているらしい さかな 「酒の肴にもならんぜ、あんなの 銀「同感だな。それに、あまり思いだしたい出来事でもないよ」 だけど、とカインはロには出さずに田 5 う。忘れるよ、つなことだけは、しない。僕が負、つべき らんよう
囲「卿らも謁見をすませただろう。それが理由もなく欠席とあっては、蚤しんでくださいという ようなものだ。私はウルバもアリキーノも見ていないし、両者が同一人物であるという確たる マレブランケ 証拠もない。やつの家にあるかどうかも疑わしいときている。しかも相手が十二将となれば、 認めるわけにはいかぬ」 マレブランケ 「そもそも、その十二将というのは何なんだ ? カインの疑問に、難しい顔になってファリアは答えた。 こうりゆ・つ 「由来はインフェリアの興隆までさかのばる。国王に手を貸した十二の氏族の代表者たちが、 しよくせき 重要な地位や職責を与えられたのがはじまりだ。以降、インフェリアの政事、軍事、文化、さ にな まざまな方面の主要な地位を担っている。たとえば軍事的には、一万以上の騎兵を指揮する権 限を持っている。帝国における騎士団長に相当するな」 そのたとえは、カインにとっては非常にわかりやすかった。騎士団長は三万余の帝国騎士か ら、たった十人しか選ばれないものだ。 「たしかに、その男には疑わしき点がいくつもある」 「そもそも、そんな偉いのに、こんな時間にこんなとこであんな料理食ってる時点で祝宴に出 る気ないよな、あいつ」 「自意識過剰かもしれないけど、僕たちが王都に入った時点で、僕たちの存在に気づいたんじゃ ないかな。それで祝宴には出ないことにしたとか」 おおやけ 、つ唯こ見られるかわ 「まあ、不正の手伝いとかしてる時点で公の場には顔を出せないよな。し言し えつけん
一方、カインたちはそれどころではなかった。 騎士登用事件における不正に与したバルトが、その黒幕と瓜二つの男とともにいる。見逃せ る事態ではない。 バルトさん」 カインは切迫した表情で、旧知の男を睨みつける。 「教えてください。この男は、何者なんですか」 マレブランケ 「十二将のアリキーノだー 炎々と、ヾルトは答えた。 いらだ 「そうじゃねえよ、おっさん」レイクが苛立たしげにバルトを睨みつける。 「俺たちが知りたいのは、騎 : : : 例の件に、こいつが絡んでいるかどうかだ」 「 : : : 俺が言えることは」 細すぎる目をわすかに開き、漆黒の瞳をかすかに覗かせてバルトは言葉を続けた。 「この男は、大量の兵を動かせる。この部屋にいる人間をすべて殺して、行方不明扱いにする こともできる : : : とい、つことだ」 「引き下がれっていうんですか 圧力に屈しろというのか。カインは怒りとしさで唇を噛んだ。 「堕ちるところまで堕ちたな、あんた」 レイクも、琥珀色の瞳に冷たい感情を宿してバルトを見る。バルトはカインたちのほうを見
アリキーノの驚きは尋常ではなかった。友人の店で、その上食事前で気が緩んでいたという 理由があったにしても、つい、感情を顔に出してしまった。失敗だった。 ど、つしてここにいる、か せりふ 内心で苦笑する。そっくり返してやりたい台詞だ。皇女の従衛たる身が、何故このときこの かたわ 場にいるのか。王城で疲れを癒しているだろう皇女の傍らにあって、眼を光らせているべきだ ろ、つ ともかく、ここはとばけるべきだ。素知らぬふりを決めこむ以外にない 「誰かって」銀髪の若者は気色ばんで言った。 「僕の名はカイン日パルス。二月前に、帝都でおまえにくだらない話を持ちかけられた人間の ひとりだ」 勲「二月前。その頃、私はこの王都にいたのだがな」 ひる 騎澄ました返事にカインはわずかに法む。アリキーノは畳みかけるように言葉を重ねた。 マレブランケ 銀「私はアリキーノ。インフェリアの十二将だ。嘘だと思うなら・・ーー・そうだな、この店の主にで も尋ねてみるがいい」 Ⅱ夜陰 スッラ ゆる
盟 ファリアの従衛であり、レイクの友人である自分が、立たないわけにはいかない そのとき、アリキーノの名を呼ぶ声がした。見ると、数人の兵士がこちらへ駆けてくる。カ インとバルトに不審の目を向ける兵士たちに、アリキーノは手短に説明した。 「陛下はどうされた ? 」 きよう えつけん 「謁見の間に。マラコーダ卿とチリアット卿がそばにおります」 マレブランケ アリキーノはうなずいた。マラコーダもチリアットも十二将だ。国王自身、かなりの剣の使 い手でもある。安心してよいだろう。 「将軍、私どもで医師の部屋まで運びます」 「頼む。 兵たちに短く答えると、アリキーノは自分の槍をカインに放った。 「武器がなくては困るだろう」 みす カインはその槍を強く握りしめて、アリキ 1 ノを見据える。 「ありがとう ) 」ざいます。あとで、必ず返します 「そうしてもらわなくては困る」 アリキーノに背を向けて、カインとバルトは走りだした。 アリキーノと彼の部下たちが去ったあと。
マレブランケ だが、ファルファレ口にとって気に入らないこともあった。帝国に潜りこむ十二将はグラ フィアカーネとなったのだ。 みようあん 「いやあ『分室』とは妙案ですな。これで連絡も取りやすくなるというもの。ファルファレロ 殿の才能はまったく縦横無尽でござるな。今後もよろしくお願いする」 ええ、と素っ気なくファルファレロは応じた。 「あなたの帝国に潜っていただく役だけど。皇宮に近いが目立たず人気もない区画の書店の主、 というものだ。こちらからの連絡は仕入れる書物に混ぜ、そちらからの連絡は売れない書物を こちらに売り払うという形で混ぜる。両親のどちらかが資産家で、浪費をしなければ食うには 困らない : : とい、つところだ」 淡々とした口調で、事務的に内容だけを伝える。 「承知仕った」 「名前はそちらで決めてほしいのだが」 「ではーーーセルバランⅡカタリスという名でいかがでしよう」 つづ 「綴りは ? 」 アルブン 勲グラフィアカーネはそばにあった紙片に黒炭筆で書いてみせた。 騎「この綴りでセルバランⅡカタリス ? 」 みけんしわ 銀 ファルファレロは広い額を擔でながら眉間に皺を寄せる。 「ヌクトやメローネあたりか」 そ ひとけ
章 勲 の 銀「 : ・・ : 死んだ ? 」 カインは、その言葉が信じられなかった。はい、 「いや、こいつあいいや。俺の理想よりちょっとばかり重いが、三本まで矢を装填できるって のが気に入った。まとめて撃っことも、一本ずつ撃っこともできるからな。ばらすなよ、こっ そり持ち帰るんだからな」 「それはいいんだが、 僕がグラスフォラスさんに買った弩を知らないか ? 「おう、それはだな : そむ レイクはそのまま顔を背けた。 「すまん、ここを出る前に買っとく そんなやりとりを見守っているクローディアも、負傷している。 じんだい インフェリアの被害は甚大なものだった。王城は半壊し、有力な将軍の一人だったアリキ 1 ぶんかん ノが死亡、兵士の犠牲は五百を超え、文官や女官にも死傷者が出ている。 ライタークロイス 更に、表沙汰にできないことだが、 少しすっ奪っていた騎士勲章が八割方失われてしまった。 マレブランケ これは、アリキーノの死と併せて十二将のリピコッコに精神的な打撃を与えたのである。 「魔物どもは王城のみを襲ったようで、城下には一切の被害が出ておりません」 あんど 国王が安堵したのは、せいぜいその報告ぐらいという有様だった。 と無表情で騎士が答える。