スッラ 現在、帝都には三人の騎士団長がいる。皇子ハイラムの従衛でもあるゴートⅡヴァレフォル。 残る二人は、リオンⅡフルカスとグリュサーヌⅡガープだ。 この二人は、同じ年に騎士になった。騎士登用試験では二人で組んでいたともいうが、リオ ンは否定し、グリュサーヌは笑顔で答えない。 あだな リオンは病人と間違われるほど痩せた男だが、グリュサ 1 ヌは「肥身」と渾名がつけられる ほど太っている。常に深刻な顔をしているリオンに対し、グリュサーヌは笑顔しか持たぬ男と いわれている。 切るのが面倒だという理由で黒髪を腰まで届くほど伸ばしているリオンに対し、グリュサー とくとう ヌは見事な禿頭である。恋人のひとりもっくらないリオンに対し、グリュサーヌは妻の他に、 愛人を三人も抱えていた。 ある日、グリュサーヌが不思議そうな顔でリオンに尋ねたことがある。 めと 「なぜ、おまえは妻を娶らんのだ」 それに対して、リオンは質問で返した。 「なぜ、おまえは妻を含めて女を四人も抱えている」 勲「それはもちろんひとりでは足らんからだ」 騎「たいしたものだな。俺にはひとりでも多すぎる 銀「なるほど。おまえらしい」 グリュサーヌはこの答えに納得したらしい。このように多くの点で対照的な二人だが、不思 や ひしん
158 じよ・つさい 「城砦間の連係の強化でしよう。巡回を増やし、城砦二つ分の戦力であたるようにすれば、犠 牲を減らせるのでは」 ゆが 傷が痛むのか顔を歪めながら、フォルネウスが提案する。 「一時しのぎにはなるが、長期間続けられる手段ではないな」 「ーー騎士を増やす手は」 リオンの発言を、ハイラムは無愛想な表情で一蹴する。 「国庫が破綻する。ルメリウス帝より言われていることだ」 「ですが、それは現在の領土を基準にしたものではないのでしようか」 ハイラムは無言でいる。リオンは言葉を続けた。 「より広大な領土を獲得したとき、それにふさわしい数の騎士が必要になる。私はそう考えま す。ルメリウス帝が騎士登用試験を設け、騎士の数を飛躍的に増大させたのも、それが理由か と。次の騎士登用試験は、大きく変更されると聞いてもおります。ちょうどいい機会かと」 「悪くない話だが ハイラムは冷淡な視線をリオンに向けて言った。 「私はルメリウスではないのでな。他の手段を考えることにしたい」 「さしあたり口を開いたのはグリュサーヌだった。 きょ・つ りよ・つよ、つ おもむ 「フォルネウス卿には帝都で療養いただき、私の隊がグリード城砦に赴きましよう。守るため の戦いならば、少々自信があります」 はたん いっしゅう
議と気は合うらしく、長いっきあいが続いている。戦場でも息のあった行動をとることで有名 だった。 先日、皇子ハイラムが帝都の騎士団長と千騎長に召集をかけた。そして、二人は久々に顔を 合わせることとなったのである。 「おまえ、また太ったんじゃないか ? 」 深刻な顔で、リオンはグリュサーヌのつきでた腹を見た。やわらかい腹肉をもみほぐしなが ら、グリュサーヌは笑顔で首を振る。 「なに、幸せ太りというやっさ。おまえこそ、もう少し肉をつけてもよかろうに」 「無理だな。肉のほうが俺を拒んでいる。それに、おまえのように、毎年、新しい甲冑を買わ ずにすむ」 「毎年どのような装飾にするか考えるのは、楽しいぞ。俺の数少ない娯楽だ」 帝国から支給される甲冑は、本来の身体よりもやや大きめのものが支給される。自分の身体 にびったり合うものが欲しければ、自分で注文しろというわけだった。 しくらなんでも太りすぎだ。もう少し肉を削いでみてはどうだ。一度、痩せたことが 「だが、 ) あっただろう」 「そんなこともあったな。だが、痩せてみてわかったことがある」 「なんだ」 「痩せた俺は、俺ではないということだ」
三匹の魔物が、帝国の空を飛んでいた。 きよく 内二匹は、熊に優るとも劣らない巨躯を有している。 くも 一匹は蜘蛛に似ていた。もう一匹は蟹に似ており、最後の一匹は人間に似ていた。蜘蛛と蟹 の魔物は背に三枚の翼を生やしていたが、人間型のそれは四枚の翼を羽ばたかせている。 蜘蛛の魔物が、牙を摺り合わせて金切り声のようなものを発する。人間型の魔物は一瞥して、 独り一一一一口のよ、つに一一一口った。 『北は駄目だ。蛇めの結界が施されている。このまま西へ進む』 勲その説明に納得したのか、それとも別の理由からか蜘蛛はおとなしくなる。 そむ アルター 騎『背きし蛇。蛇に従いし愚かな四瑞。時の経過とともに、増えている。ことに、大地の奥は危 銀険。主の害となる前に喰らっておかねば』 リオンが何か言いたげな視線を向けたが、グリュサーヌは無視した。 「いっ発てる ? 」 「二十日、 いただければ」 「頼む . 今回の会議はそれで終わった。 ほどこ いちべっ
フォルネウスの処分についてはそれで終わらせ、ハイラムは騎士団長らの顔を見回す。 「卿らは、似たような話を聞いたことはあるか ? 魔物たちに新たな変化が起こりつつある、 とい、つよ、つな」 グリュサーヌが手を挙げた。 「先日、白衣の騎士たちの行軍訓練を実施した千騎長から報告がありました」 白衣の騎士というのは今年、騎士になった者たちのことだ。一年目の騎士は階級に関わらず 白い軍衣を羽織ることが義務づけられているため、白衣と呼ばれる。 「魔物の造形に違和感があった、とのことです。これまでにも変種が出なかったわけではない ので聞き流していましたが。 それによると、傷を負わせても、やつらの体液は瞬時に固まり、 傷口をふさいでしまうとのことでした」 さらにいくつかの意見を聞いたあと、ハイラムは騎士団長たちに尋ねた。 「どうすればよいと思う。卿らの意見を聞かせてくれ」 「新たな戦術を練るしかありますまいー そっけない口調でリオンが言った。 ほふ 勲「たとえばルメリウス帝の時代、三騎一組で魔物に攻めかかり、一度の攻撃で確実に屠るとい う戦い方がありました。当時、まだ少なかった騎士たちで戦い抜くためのものだったと思われ ますが : 「他に考えられる手は ?
帝国の皇宮にある会議室の一つは、円形をしている。 じゅうたん 厚手の絨毯が敷かれ、椅子はない。中央には脚のない円卓が置かれている。すべて、階級を 意識させないための配慮であり、皆が思い思いに座り、語るための場としての造りだった。 いま、この会議室には皇子ハイラムと帝都に勤める三人の騎士団長、更にハイラムの信頼す しょ・つさい ぶんかん る文官、グリード城砦を守備していた騎士団長フォルネウスの , ハ人が円を組んで座っている。 「では、フォルネウス。説明してもらおう」 感情のない平坦な声で、ハイラムが言った。 なぜ、七百騎もの損害を被ったのか。 「報告によれば襲ってきた魔物の数はおよそ三千。大軍ではあるが、対処できない数字ではな かったとい、つことになる」 しゅこう フォルネウスは首肯する。赤みがかった短い髪をした壮年の騎士だ。左腕を包帯で吊ってお 勲り、襟のあたりにも白い布が見え隠れしている。 「まず、私がどのように戦ったかを述べさせていただきます」 銀 フォルネウスは円卓に数枚の地図と木製の駒を置き、自分の指揮と作戦、魔物の動きについ て説明した。 えり リオンは言葉を返さず、深刻な表情に呆れた視線を込めて眺めるだけに留めたのだった。
「私の不手際は、相手に見たこともない型の魔物が多く見られながら、それに注意を払わず、 従来通りの戦い方で対処しようとした、ということになりましよう」 「その見たこともない : : つまりは新種、変種といったところか。そいつらは何をしたのだ ? グリュサーヌが問いかける。 「そやつらは、これまでの魔物よりも硬い装甲を備え、さらに奇妙な技を持っていたのです。 蜘蛛に似た魔物は糸を吐き、我々の動きを封じようとしてきました。また、蟹のような魔物は 水弾ーー・・人間が甲冑ごと吹き飛ぶほどに強烈な水の塊を吐いてきたのです」 「まるで我々の駆る聖獣だな」 リオンがほそりと言った。フォルネウスは握りしめた拳を震わせてうなすく。 レヴァ ドムス 蒼竜は炎を吐き、朱鳳は風を起こし、黒亀は水を操り、麒麟は地を揺るがす。人智を超えた 力を振るうという点において、今度の魔物たちは聖獣に近いといえた。 「他に田 5 いあたることは ? ハイラムの問いに、フォルネウスは首を横に振った。 「他に理由があるとすれば、最初に説明した私の指揮の失敗によるものでしよう。七百もの勇 敢な騎士たちを失ったことについては、どのような罰でも受ける覚はできております 「半年間の減給。及び、戦死者たちへの見舞金を一割負担せよ こうべた 淡々とハイラムは告げる。フォルネウスは黙って頭を垂れた。全体の二割を超える兵力を かんだい 失ったことを考えれば、寛大な処分といえた。