かっ 広場に設置されている噴水も同様で、まず造りが美しい。水瓶を肩に担いだ女性の像があり、 その瓶の口から水が流れ落ちて小さな滝をつくっている。台座と、水を溜める縁には細かい装 ほどこ 飾が施されていた。更に、噴水の四方には色を塗った瑠璃の柱が設置され、赤、青、緑、黄の 四つの色が陽光を受けて、鮮やかな彩りを水面に映している。 「天女だ」 女性の像を指して、ファリアは言った。 「地上のあらゆる技術と芸術を守護し、すべての過去と未来に通じているといわれる女神だー カインはすっかり感心してしまった。ファルファレ口が芸術家たちの都と言っていたが、そ れもなるほどと、つなずける。 しょ・つ 「こ、ついう、どうでもいいところに神経を使うから凝り性どもの国、などと言われるのだ」 腰に手を当ててファリアはうそぶいたが、その表情と口調はどう見ても、負け惜しみでしか なかった。ちなみにレイクの反応は 「石でなけりや及第点」 と道行く女性にさりげなく視線を走らせながらのそっけないものだった。 勲そんなところに、鮮やかな赤い髪をした娘が声をかけてくる。 嘘「ねえ、あなたたち、帝国のひとでしよう ? 」 銀「どうしてそれがわかるんだい」 警 9 くカインににこりと笑いかけ、 ペアテ
職人たちは、四半刻の半分ほどの時間で作業をすませて去った。彼らと入れ違いに、ひとり ばくしゃ の女性が幕舎へ入ってくる。 「準備はすんだみたいね」 手鏡を持ってげんなりした顔をしているカインとレイクを見て、その女性は微笑んだ。 年齢は二十代前半。華奢な身体に、カインたちと同じ礼装をまとっている。ただし、彼女の くしす 上着の裾は膝までと長い。肩の下あたりで切りそろえられた波打っ黒髪は丁寧に櫛で梳いて整 えられ、赤い花をあしらった髪飾りが映えていた。 うっすらとだが化粧もしており、小さな唇にひかれた薄紅が上品さを際立たせている。カイ ンとレイクがおもわず目を瞠って見惚れてしまうほどの美しさだった。 彼女の名はクローディアⅡアイン。ファリアの従衛を長く務めている女性騎士であり、カイ ンにとっては第二の槍の教師でもある。 「二人とも、よく似合っているわ」 クローディアはそう言ってカインとレイクを褒める。若者は面映ゆい気分になって顔を赤く したものの、彼女の言葉を全面的に信じるたわけでもなかった。 「クローディアさん。僕たちも髪を整える必要はあるんでしようか ? 」 がゆ 頭部にむず痒さを感じながら、カインは困った顔で尋ねる。カインと、そしてレイクの髪は わずかな乱れもなく見事に整えられていた。香油を擦りこまれたので不思議な匂いもする。 きやしゃ みは おもは
ぶぜん クローディアは憮然としてファリアを叱り、次いでカインたちもたしなめる。三人は素直に 頭を下げた。クローディアはまだ言い足りない様子だったが、時間を無駄にできないことは彼 女が誰よりもわかっている。 「私はファリア様の準備を手伝わなければならないわ。あなたたちも早く準備なさい。お湯を 用意してもらっているから、礼装に着替える前に身体を拭くようにね カインとレイクははいと返事をして、部屋を出る。自分たちの部屋へと飛びこんだ。彼女の 言ったように、テープルのそばに湯を満たした木桶と二枚のタオルが置かれている。それから 薬液を入れたビンや、化粧道具なども。 二人は荒ただしく服を脱いで、すばやくタオルを湯につけて絞り、身体を拭いていった。 一方、女性陣の部屋である。 クローディアは、当然ながらこちらの部屋にも湯を満たした木桶を用意してもらっていた。 しかもこちらは桶が三つある。タオルも用途に合わせて複数枚ある。 ファリアは服も下着も脱いで一糸まとわぬ姿になると、右端に置かれた木桶の前に座った。 腰まで届く金色の髪を片手で束ね、湯気を立ちのほらせている木桶の中に頭を突っこむ。 章 勲 なかなか壮絶な光景だった。クローディアは冷静な顔でその様子を眺めている。 嘘本来は王城にある大浴場を借りて身体を洗い、準備を整えるべきだろう。しかし、ファリア 銀は身体が弱いことを理由にそれを断っていた。 実際、大浴場を借りてしまったら、身体を洗ってくれるのはインフェリアの女官たちだ。そ
し抜かれるだろう。 しっそのこと割り切って振りまわされたほ、つかいし 「そ、つだろ ? だったら、 はひとりで充分だと思うんだ」 「だったら君が振りまわされてもいいんじゃないか」 意地悪く言ってやると、レイクは意外そうな顔になり、次いで困ったような顔をしてカイン 、ん , 刀け - フ Q 。 「大通りを見てわかっただろ。美人が多いんだよ、赤毛のさ。紅い髪の女は情熱的だって話を 聞いたことがあるが、俺はここにいる間だけ真理の探求者になってもいい」 カインは驚きの眼差しを黒褐色の髪の友人に向けた。はじめて訪れた地で緊張している自分 とは違い、レイクははしゃいでいる。それにしても女性限定とはいえ、よく見ているものだ。 「帝都にも紅い髪の女性はたくさんいるじゃないかー 「異国なんだぜ ? インフェリアの女には、インフェリア人にしかないよさがあるはずだ」 その張り切りように、さすがに呆れてカインはたしなめる口調になる。 「君は、婚約者がいるじゃないか」 勲「ヴェスパシアは長い黒髪なんだ。赤毛と黒髪の違いを俺は知っておく必要がある。いや、知っ ておかねばならない」 みさお 銀「婚約者に操を立てようとは思わないのか , 「心の操は立ててるぜ。だから、そのへんの女の子を引っかけるようなことせすに、そういう 。でもって犠牲
旦那さんと何やら話していた女性を浮気相手と決めつけた女皇帝リラが、その女性のあとをつ けていって事件に巻きこまれ、推理を働かせて見事に解決するという内容なんだけど : 結局、王都ヴェルギルの城壁にたどり着くまで、カインとレイクはファルファレロの相手を 務めることになった。 王都までの短い距離を二人はとてつもなく長く感じ、彼が職務のために去っていったあと、 どのような会話をかわしたのか、カインもレイクもほとんど思い出すことができなかった。 王都ヴェルギルを囲む城壁の前で、帝国からの使者団は二手にわかれることとなった。 カインとレイク、ファリアとクローディア、それから十人の衛士は王城へ向かい、インフェ えつけん リア国王に謁見する。 技術交流のために訪れた五十人の職人は、王都の中にある帝国人居住区と呼ばれる街区へ向 かう。インフェリアが用意した宿舎に、彼らは腰を落ち着ける。 ばくえい 城壁の手前に設けられた幕営で、カインたちはそのための準備にとりかかっていた。 「これ : : : 本当に着るのかよ ? 」 ばくしゃ 幕舎の中で、レイクは麻袋から取りだした衣装を見て小さく唸った。彼がいま手にしている のは、ファリアがカインとレイクのために用意してくれた礼装だ。カインもしつかり確認して いなかったのだが、 こうして目にすると緊張が一段と強まってくる。
だが、常に一定の速度を保って進むのが、これほど難しいとは思わなかった。早く進めば前 ゆる の騎士に、緩めすぎれば後ろの騎士にぶつかりそうになる。 ドムス 「急ぐときは、黒亀を走らせることになる。そのときはもっとひどいものだよ ドムス そう言いながら、悠然とアイシャは自分の黒亀を進めていく。 「隊長、しつかり」 後ろから親しげに声をかけてきたのはオルドリッチⅡオセ。アヴァルの同僚だ。男ながら、 口調は女性そのものという若い騎士である。 彼の後ろには、漆黒の髪を東ねて鉄兜に押しこんでいるネルⅡキメイスと、鉄兜から栗色の 髪が覗くラウニー Ⅱフェレスがいた。二人ともアヴァルの部隊に属する女性騎士だ。 騎士を四騎そろえた部隊を小隊と呼び、行動する際の最小単位として扱うのだが、アヴァル は、自分を含めたこの四人の小隊で隊長を務めている。 なぜアヴァルが小隊長になったのかといえば、他に立候補者がいなかった上に推薦されてし まったからだった。 「あたし、隊長って柄じゃないから。他のひとに任せるわ こわね 章 勲 さばさばした声音でラウニー 日フェレスが一言い、 「 : : : あなたが隊長を務めればいいと思う」 銀控えめな態度とばそばそとした口調でネルⅡキメイスがアヴァルを推し、 「ばく、隊長よりは副長のほうが好きなのよね。響きが。まあ、ばっちり補佐するから安心し たも
129 銀煌の騎士勲章 3 「そういえばさ、みんなはなんで騎士になったの ? よかったら教えてくれない ? ガルガンラウムの話題は終わったらしい。複雑な表情でオルドリッチを見た。こいつが隊長 になればよかったんじゃないだろ、つか 「 : : : お父様が騎士だったからーとネル。 「ネルが騎士になるっていうから」とラウニー そんな理由でいいのか、おまえら。 二十五年間務めるんだぞ ? さすがにアヴァルは呆然として彼女たちを見た。女性の騎士は、他にもいくつか規則があっ たはずだ。アヴァルは関係ないと思ったから聞き流していたので知らないが 「おもしろいじゃなし 、。ばく ? お金目当てってとこ。隊長は ? 唐突に話を振られてアヴァルはぎくりとした。 内心で呆れただけに、対抗心で、などというのは恥すかしい 「 : : : たいした理由じゃない」 そう言ってごまかした。本当にたいした理由じゃない。 戦闘を目撃したのは、丘の上に着いたときだった。 冖Ⅱ
カインたちが王城に戻ってきたのは、祝宴のはじまる半刻と少し前だった。 王城までは駆けてこられたが、 城内では人目があるためにそうはいかない。額に噴きだす汗 を拭って、三人は急ぎ足にならないよう気をつけながら廊下を歩く。 ファリアとクローディアの部屋に戻ってきたときには半刻を切っており、すでに準備をすま せていた黒髪の女性騎士は眉をひそめてカインたちを迎えた。 「間に合っていないとは言いませんが、もう少し余裕を持てるよう門限を厳しく設けるべきで した。 あなたたちも、時間に気をつけなければ駄目でしよう」 レイクの言葉に、カインは首を横に振る。 「君は、あるのか ? 」 「まあな」レイクは軽く笑、つと、ファリアに向き直る。 「家探しをするのは俺だけでいいぜ。カイン、おまえはお姫さんについてろ」 「すまない」 カインが落ち込んだような表情になったので、レイクは軽く笑った。 「気にするなよ。向き不向きの問題だからな」 「よしーファリアが勢いよく立ち上がった。 「では、城へ帰るぞ」
炳アは客室の窓からその光景を見ている。 「ーー魔物ですね」 クロ 1 ディアが冷静に言葉を紡いだ。彼女の黒い瞳には静かな戦意が灯り、その表情も魔物 と戦う騎士のそれになっている。しかし、ファリアは彼女ほど落ち着いていられなかった。 「どうして魔物がここにいる : : : ? 」 「それはわかりかねますが、やるべきことははっきりしています。ファリア様は一刻も早く避 難なさってください」 その言葉に、金色の髪の皇女はクローディアを見上げる。 「卿はどうする」 「魔物を討つのが騎士の職務です」 彼女の不安を拭うように、黒髪の女性騎士は優しく微笑んだ。クローディアには騎士勲章が ある。魔物と互角以上に戦うための力が。 まさか、こんなところで魔物と戦うことになるとは思わなかったけれど。 こら ファリアは何かを言いたそうな表情をしたが、歯を食いしばって堪えた。彼女もクローディ ア同様、戦士としての顔つきになる。 「無理はするな。絶対だー 「ファリア様こそ」 クローディアは服の中に手を入れると、円形の勲章を取りだした。指を添える。 ライタークロイス
128 事って重要なのよ。で、どうせならおいしいの食べたいけど、そんなにお金ないからさ」 和やかな雰囲気で食事は進む。話題はいつのまにかそれぞれの趣味に移っていた。 「ネルはね、昔から本ばかり読んでるのよね。最近はどんなの読んでるんだっけ 「 : : : その、一途なひと同士の恋愛というか : : : 」 せりふ ネルの台詞は長くなるほど、だんだん小さくなっていく。 「あ、ばくもそういう話好きよ。最近読んでステキだったのは『ガルガンラウム』かな」 「 : : : なんだ、それ」 アヴァルはさつばり話についていけない。 「ガルガンラウムっていうのは主人公の名前でね、ひょんなことから出会った薄幸の少女と運 命の一大恋愛に陥って、最後は想いのカで願いをかなえるのよ」 「おまえ、説明能力ないだろう」 まったくおもしろそうに聞こえない。ひょんなこと、ってなんだ。 そのガルガンラウムとやらについて語りはじめてしまったので、アヴァルはロを挟むのをや めた。 さつばっ 何か違う、と思う。変に殺伐としているよりはいいはずなのだ。実際、離れたところでは配 分の量で揉め事が起きている。 だが、自分か思い描いていた騎士像とは違う。そもそも、女性騎士というものにアヴァルは 馴染めていない。 なご