圏肩を叩く。 「で、だ。問題はこれからどうするかだ」 「オルガーさんに話してもらうっていうのは」 「あの態度を見ただろうが。三人だけになったら変わる可能性もあるが、博打としては分が悪 すぎる」 レイクは揶揄するように、ロを歪めて笑った。カインもとりあえず言ってはみたていどで あって、あらためて考えると、うまくいくとは思えない 「まあ、それも一応考えておくとして。俺の考えはこうだ。やつを尾行して家を突きとめ、証 拠になりそうなものを探しだす 「もし、見つからなかったら ? 」 「弱味になりそうなものを探しだして、脅す ファリアの疑問に、レイクは凄みのある笑みを浮かべて答えた。カインは驚き、それから悩 む表情になる。もっと堂々とした手段はないのか。そんな思いを察したのか、レイクは今度は 説得するように、やや強く肩を叩く。 マレブランケ 「向こうが既に手段を選んじゃいねえんだ。まして、あいつが名乗った十二将ってのが本当な ら、ここは完全な敵地なんだぜ。駒を落として盤遊戯をやるような余裕はねえ」 「 : : : わかった」 カインとしてもあの男を逃すわナこよ、、 しし ( し力ない。ためらったり、代案を考える余裕はなかっ ゆが シャトル ばくち
172 「インフェリアに訊け」 ため息と舌打ちを立て続けにすると、ちょっと待てと言ってレイクは自分たちの部屋に駆け 戻る。 「何をやって 怒鳴りかけたら、すぐに出てきた。手には弩を持ち、矢筒を背負っている。 「それは、カインが買った土産ではなかったか ? 」 「でも本物だぜ。他に武器らしい武器がねえんだもん。あいつなら笑って許してくれる」 「だが、卿は扱い方を知っているのか 「買ったとき、矢を装填するのと撃ち方は聞いた。あとはやりながら覚える」 なんともいいかげんな発言にファリアは呆れたものだったが、城内が狂乱状態になる可能性 は高い。 武器は必要だろう。 三度、轟音。遠い 足音が聞こえて廊下を見ると、医師や薬師、衛士がこちらに走ってくるところだった。 「皆、無事か ? 」 うなすくのを待って、ファリアは力強い笑みを浮かべる。 「よし。謁見の間はわかるな ? 卿らはそこへ向かえ。我々は帝国の使者であり、少なくとも 我々が城内にいる限り、インフェリアは我々の安全を保障する義務がある。それでも駄目な場 合は、とにかくこの城を出よ。後で必ず迎えに行く」 えつけん いしゆみ
意地の悪い目つきで問うたアウレリアに、イングリドは露骨に顔をしかめた。 「ひとを信じやすい方なのだと、思います」 懸命に言い換える。アウレリアがわざと言ったことはわかっているが、それでも欠点のよう に語ってほしくはなかった。 「マルチナさんに売った甥の方ですが、住まいを転々としている上に、この鏡はまた別のとこ ろから買ったと言っていたそうです。これまでに買ったものについてはその商人がどこにいる のかわかりませんが、この鏡なら、それを扱っている人はまだ帝都にいるかもしれない」 あお その方面から甥の所在をつかむなり、幸せなどと煽っている商人に直接突き返して金を取り 返すことはできないか 必死になってそう訴えるイングリドを、アウレリアはやや皮肉げな視線で眺めた。 「あなたは、そのおばあさんのことが好きなのね ? だから、助けてあげたい」 イングリドは、つなすいた。 「ーーーよろしい 鏡をテープルの上に置いて、アウレリアは不敵な笑みを浮かべる。イングリドに説教をする ときや、仕事の際に、この女性は獲物を見つけた狩人のような、凄みのある笑顔だ。 「五枚一組はさすがにやり過ぎだものね。この鏡は私が預かるわ。知りあいをあたって、この 商品を扱っているやつをさがしてみるから」 ありがとうございます、とイングリドは感激の面持ちで深々と頭を下げる。 おもも
162 「友好国の将軍を傷つけるわけにま、、 ( し力ないからな」 せいいつばいの負け階しみは、鼻で笑われてしまった。 「いつでも来るがいい」 あからさまな挑発に頭が熱くなるのを自覚しながら、カインは廩重に間合いを詰める。 お互いの槍の長さは同じ。背はアリキーノの方が高いが、体格はそれほど変わらない。技量 のみの勝負になると考えてよいだろう。 アリキーノは動かない。その態度は悠然として《口元には笑みすら浮かべている。 カインはさらに一歩進み、息を吸いこむ。 ここが限界だ。 れつばく 踏みこんだ。ー 裂帛の気合いとともに、カインは槍を突きだす。初撃は避けられた。だが、こ れは次につなげるための浅い突きだ。涼気を吸う。引いた槍を旋回させる。 耳障りな金属音と、柄を通して伝わってくる衝撃。肩を狙った一撃は弾かれ、アリキーノが 前に出た。肩が動いたのが視界に入り、カインは反射的に首をひねる。 耳元を穂先がかすめた。丸くても、当たればその威力は尋常ではない。 自分から、相手の槍に自分の槍をぶつける。うまくいけば、柄を絡めて叩き落とすこともで きるはずだったが、 逆に絡め取られそうになり、すんでのところで槍を引いた 立て続けに繰り出される突きを避け、あるいは弾きながら、相手が槍を引くのに合わせてこ ちらも槍を突く。
「行ってしまったか。まあ頃合だったかな」 やや残念そうにつぶやいたアリキーノだったが、すぐにいつもの明るい笑みを浮かべると正 面のバルトに向き直る。 「君は、あの二人と知りあいだったようだが」 勲「騎士登用試験で、直前まで行動をともにしていた」 騎 なるほど、とアリキーノは理解したが、意外なことに、バルトはもう少し付け加えた。 の 銀「銀髪の方は、あのとき俺に勝った」 へえ、とこれには驚いた声をアリキーノはあげた。わざわざそんな話をしたことと、彼がバ 「ーー食べていくかね ? 」 アリキーノにからかうような笑みを向けられ、カインは慌てて立ち上がる。 いらない・ とっさにそんな一一一一口葉しか出てこない。 「俺も遠慮しとく。敵にさしだされた飯なんて食えるかってえの」 レイクも席を立ったが、こちらはまだ落ち着いていた。ただし、額に滲んでいる汗は、料理 の放っ熱気によるものだけではないだろう。 そうして、カインとレイクは静かに部屋を出ていった。
の流入者が少なくないので、このほうが都合がいい面もあるのだ。 「よし、土産物ひとつでどうだ ? 碧い瞳を輝かせて、ファリアはおもしろいことを思いついたとい、つよ、つな顔で言った。 「どういう意味だい ? 「私が気に入ったものを、私への土産として買ってくれ。そうすれば手伝おう」 「君はここにいるのに、君に土産を買うのか」 「なに、値の張るものを要求するつもりはない。手伝いの礼というところだ」 ファリアは笑顔で銀髪の若者を見上げる。不思議とその笑顔に誘いこまれて、カインも笑っ けんそう てしまった。金色の髪の皇女の提案がおかしかったのと、活気と喧騒に満ちた王都の通りが若 こうよう 者の気分を高揚させたのだろう。 「わかった。たしかにお礼はするべきだな。ただ、安くても変なものは勘弁してくれよ」 「私を何だと思っている。まあ、 いい。決まりだな」 ファリアはこほれるような笑みを浮かべて言葉を続けた。 「それでは港へ向かいがてら、いろいろ見てまわるとしよう。そして、卿の欲しい土産を見つ 勲けたら買っていく。 それでいいな」 カインがうなずいたとき、それまで通りを眺めていたレイクが、若者の肩を軽く叩いた。屋 の 銀一三ロ 牙こ思ってカインが友人の顔を見ると、レイクは意味ありげな笑みを浮かべている。予想通り 振りまわされてら、と言いたげだった。
りんご そんなことを考えるカインの横で、ファリアは林檎の水飴漬けを買って食べていた。 アトル 「うん、やはりこの国の林檎は酸つばいな。こんな小話があるのを知っているか ? 聖蛇はど うしてインフェリアではなく、帝国を選んだのか カインは首を横に振った。とりあえず、自分も水飴漬けを買ってみる。カインが一口かじる のを待って、ファリアはしてやったりという笑みを浮かべ、言った。 「帝国の林檎のほうが甘かったから、というのだ」 口をおさえながら、カインはやや意地悪な笑みを浮かべているファリアを横目で見た。この 強い酸味をよくわかっていて、自分が食べるまで待ったのだ、彼女は。 しょ・つ 「まあ、でもそんなのを水飴漬けにして食えるようにするあたりが、凝り性だよなあ」 同じく水飴漬けを食べながらレイクが言った。彼はこの酸味が平気らしい そうして買いものをすませ、露店の並ぶ通りを三人は歩く。カインの手にはいくつもの麻の 袋がぶら下がっていた。重くはないがかさばるので、人通りの多いところでは少し辛い。 「もう土産ものはすべて買ったか ? 」 隣を歩くファリアに聞かれて、カインはうなすいた。ファリアとレイクも土産ものを入れた 勲麻の袋を持っているが、カインほど多くない。自分は買いすぎただろうかと、銀髪の若者は少 騎し、い配になった。 ちょっと来い 銀「そうか。では、約束を果たしてもらうとするかな。 ファリアは笑いながらある店を指で示す。
がっている。 でも、まだ負けてない。 帝都ラウルクで戦ったときはまったく歯が立たなかったのこ、 きている。 こいつには : この男には勝ちたいー 「ところで、君にひとっ聞きたいことがある。ああ、続けながらでかまわない」 槍を回しながら、アリキーノの視線は間合いは正確に測っている。 「君は、騎士につて何をしようと考えている」 呼吸を整えながら、カインは顔をしかめた。 「何が、言いたい : 「君が騎士を目指す理由は、トさい頃に見て、憧れたからーーーそう聞いたのだが、それで合っ ているかな」 ォルガーさんに聞いたんだろうかと思いながら、カインはうなすく。相手の意図はわからな いが、呼吸を整え、頭の痛みがやわらぐための時間稼ぎにはなる。 「憧れだけで続くものだと、思っているのかー 「 : : : 産れて騎士になることの、何がよくないというんだ」 「なること、についてはいいんだが」 皮肉つばい笑みを浮かべて、アリキーノは言葉を続けた。 。いまはこ、つして戦、つことかで
215 銀煌の騎士勲章 3 だが、その顔に浮かんでいるのはいつもの央活な笑みだった。強さを感じさせる、クローディ アの好きな、ファリアの笑顔だった。 がいとう クロ 1 ディアは自分の外套を外すと、すばやく丁寧にファリアの肩にかける。ありがとう、 とクロ 1 ディアに言ってから、ファリアは横目でカインたちを見上げる。 「こういった配慮が、まだ卿らには足らんな」 「もう少し布きれが減ってりや配慮したさ」 なあ、とレイクはカインに同意を促され、カインはまじまじとファリアを見る。それから顔 を赤くして、慌てて顔をそらした。言われてから、ようやく意識したらしい 「すまない。今度から気をつける : : : 」 クローディアだけでなく、ファリアとレイクもこれには苦笑した。 その夜。アリキ 1 ノは傷口から高熱を発して、死んだ。 うなが かいかっ
次第に頭がはっきりしてきて、ようやく思いだした。アリキーノとの手合わせを中断し、中 庭を出ようとしたところに、空から水の塊が降ってきたのだ。大きさはそれほどでもなかった のだが、 驚くべきはその威力だった。地面に落ちた瞬間、かなり離れた位置にいたはすのカイ ンとアリキーノに凄まじい衝撃が襲いかかったのだ。 「僕は、気を失っていたのか 「落ち着いたかな ? 」 見ると、アリキーノがヘらへらとした笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。声を荒 げて何か言い返そうとしたが、カインはいや、と自分に言い聞かせる。いまは、そんなことを している場合じゃない。 「僕はどのていど気を失っていたんだ ? 「わからない。私も意識を失い、さきほど目覚めたばかりなのでね。幸い、一刻や二刻も寝て いたわけではないようだが」 上空を指す。おそらくクローディアだろうと思われる騎士の影と、魔物らしき何かが激しい 戦いを繰り広げていた。 勲「ほんのカ試しに横槍が入るとは思わなかったな。しかも命に関わる横槍だ」 騎 ため息混じりのアリキーノの独白に、カインは顔をしかめる。 の 銀「カ試しって、なんのことだ」 「そのままだよ」