「おっかれさま、隊長」 ォルドリッチの言葉に「ああーとアヴァルは億劫そうにうなずく。 「ところで、これからみんなで飲みに行かない ? 無事に帰ることができてよかったね、あと 名誉挽回おめでとうってことでー 「名誉挽回かどうかは千騎長が決めることだろう」 そう言いながらも、アヴァルの表情は満更でもないものだった。アイシャが言ったように、 犠牲者は出なかったのだ。彼女の奮闘があったからこそだが、自分も多少は貢献したと思うと 誇らしくなる。アヴァルはあらためて三人の仲間を見回した。 しいか、おまえら飲めるのか ? 「飲みに行くのは、 「ほくは酒樽って呼ばれてたことがあるわよ」 胸を張って答えるオルドリッチの隣で、ネルは長い黒髪を揺らし、長身を震わせながら握り 拳をつくって言った。 「 : : : がんばって飲むー まあ、気をつけろ」 「いや、がんばるな。無理をするな。 勲それから、アヴァルはやや気まずさを含んだ顔でラウニーを見る。短い栗色の髪と赤い瞳を 騎持っこの同僚とは、まだどこかぎくしやくしていた。ラウニーはひとっため息をつくと、ぎこ 銀ちない雰囲気を払うように右手を振る。目をすがめてアヴァルを見た。 「あたしも行くわよ。ま、欠点のない人間なんていないしね。直せばいいんだし。あと、あん
がっている。 でも、まだ負けてない。 帝都ラウルクで戦ったときはまったく歯が立たなかったのこ、 きている。 こいつには : この男には勝ちたいー 「ところで、君にひとっ聞きたいことがある。ああ、続けながらでかまわない」 槍を回しながら、アリキーノの視線は間合いは正確に測っている。 「君は、騎士につて何をしようと考えている」 呼吸を整えながら、カインは顔をしかめた。 「何が、言いたい : 「君が騎士を目指す理由は、トさい頃に見て、憧れたからーーーそう聞いたのだが、それで合っ ているかな」 ォルガーさんに聞いたんだろうかと思いながら、カインはうなすく。相手の意図はわからな いが、呼吸を整え、頭の痛みがやわらぐための時間稼ぎにはなる。 「憧れだけで続くものだと、思っているのかー 「 : : : 産れて騎士になることの、何がよくないというんだ」 「なること、についてはいいんだが」 皮肉つばい笑みを浮かべて、アリキーノは言葉を続けた。 。いまはこ、つして戦、つことかで
彼の一言う先輩、というのは緑の軍衣を羽織っていたアイシャの部下たちのことだ。 「それは、どうい、つことだ ? 「数が減ってるのよねー。たぶん、いろいろな方向に偵察に出したんじゃないかと思うんだけ 「偵察 ? 」 アヴァルはさきほどから、疑問しか口に出すことができていない 「お昼の休憩のときにね、先輩方からちょっと話を聞いてみたんだけど、城砦を突破した魔物 がどう広がっているのかははっきりしてないみたいなのよね その情報よりも、騎士たちに話を聞いた、ということにアヴァルは驚いた。アヴァル自身は いかに殿という任務を成功させるかばかりを考えており、そんなことになどまったく思い至ら なかった。 「だからさ、急に襲われるってことはないと思うから、むしろ安心していいんじゃないかし 何者なんだ、こいつは、とアヴァルは引きつった顔でオルドリッチを見た。 章 勲 どうしてそこまで見ている。情報を集められる。頭も回るんだ。 「おまえが隊長やれよ 呆れ果てて、言った。俺より適任だよ、絶対に。 「せめて最後までやってみたら ? ど」 ら」 はお しょ・つさい
出ようかと思いかけたところで、幸い、円卓が一つ空いた。座ると、さっそく黒い衣に身を かつぶく 包んだ大柄で恰幅のよい男が注文をとりにくる。 「あの、麺という料理はありますか ? 」 カインの質問に、ありますともと威勢のいい反応が返ってくる。すぐに出せるとのことだっ たので、カインはそれを人数分注文した。 「なんだ、その麺というのは ? 」 ファリアが怪訝な顔をして尋ねる。 クラスフォラスさんに言わせると、つまい料理らしい 「僕もよく知らないんだが、。 「あの老人の舌は信用できるのかな」 ファリアは疑わしげな顔をしたが、興味があるのか席を立つようなことはしなかった。 と・つわく ほどなく、麺なる料理が運ばれてきた。カインたちは当惑した表情でそれを見つめる。 円形の平皿に乗っているのは、白とも黄色ともっかぬ細い紐を大量に炒めたものだ。小さな きのこ 海老や茸、海草などがその紐にからまり、赤みを帯びた汁が上からかかっている。皿からは、 食欲を刺激する香ばしい匂いをまとった湯気がたちのばっていた。 章 勲 汁にひたされていた、ってグラスフォラスさんは言ってなかったつけ。 騎 どうも話に聞いたものと、目にしているものが結びつかない。フォークで食べるらしいが、 の 銀どう見ても突き刺せるものではない。何か注文を間違えたのだろうか。 「それは、どうやって食べるのだ ? えび ゼエル ゼエル ゼエル
つか一一一一〕えるときが必す来るから、そのときは聞いてほしいと思、つ。勝手なことばかり言ってる 「承知いたしました」 イングリドは静かに言って、頭を下げた。顔を上げて、微笑む。 「そのときを、楽しみに待っております」 階下でオームスとアウレリアの声が聞こえた。帰ってきたのだ。 「パルスさんは食事になさいますか ? それとも、お休みになられますか ? 」 「君の料理は久しぶりだな」 カインは立ち上がった。疲れは吹き飛んだというほどではないが、かなり癒された。 「いろいろなものを見てきたんだ。よかったら、聞いてほしいな」 「はい」 イングリドはやや弾んだ声で答える。 二人は一階への階段を静かに降りていった。
別本物だった。 あぜんがくぜん わん 唖然と咢然で言葉も出ないでいるところに、漆黒に塗られた碗が、ごとり、と重々しい音を たてて二人の前に置かれる。中には黒い液体が半ばほどまであった。 「キメラ汁でございます」 「はあ : : : 」 「血に、塩漬けにした臓物の汁、更に幾種類かの薬草と香草を用いて味と香りを整えたものに ございます。肉のたれとするもよし、湯を注いで飲まれるもよし、ご自由にお楽しみください」 「血って、本当ですか ? 」 さすがにぎよっとしてオルガリオを見るが、笑顔でごまかされた。 「たった四人でこの怪物に挑むというのは、私が知る限り前代未聞ですが、見ればいずれも育 ち盛りばかり。なんとかなるでしよ、つ」 いつの間にか数に組みこまれてしまっている。 「さきほどの歌は、なんだね ? きょ・つ 「ファルファレロ卿が考えてくださいました。私個人も気に入っております さすがに呆れ気味のアリキーノに、オルガリオは笑顔で太い首を振る。 「それでは、ごゆるりと」 ぶどうしゅ きゅ、つじ 更に葡萄酒の瓶と銀杯、とりわけるための銀食器を置くと、オルガリオと給仕たちは大仰に 一礼をして去っていった。 おおぎよう
た。この鈍い輝きは、どんなことでもできそうな錯覚をファルファレ口に起こさせていたのだっ ひげ 帝都郊外で、カインはグラスフォラス老人に会った。あいかわらず刷毛のような髭を揺らし かこ ながら、背負った籠に薬草やら茸やらを積んでいる。カインたちを見ると、手を振って元気に 歩いてきた。 「おう、帰ったか」 はい、と老人のそばまで来て馬から降りたカインを、グラスフォラスは頭から足元まで観察 しわ して、皺をほころばせた。 「五体満足のようじゃな。いや、呼び止めてすまんかった。疲れておるじやろうて、話とかは 明日、明後日にじっくり聞くとしよ、つ。とまれ、よく事に帰ってきた」 かばん ありがとうございます、とカインは礼を言った。それから、鞄から日記帳を取りだす。 「それじゃ、これだけはいまの内に渡しておきます。こっちは」 と、馬の鞍にくくりつけた麻袋を指す。中には弩が入っている。レイクに買わせたのだ。 「かさばるから、今度持っていきます」 ひげ うむ、と老人は髭を揺らしてうなずいた。受け取った日記帳をその場で開いて大雑把に確認 にぶ Ⅳ きのこ いしゆみ
「いっしょに来てほしいんだよねえ。『分室』に」 率直に告げる。 「国境周辺っていうのは、昔から揉め事が多いからさあ」 それはバルトにも理解できる。傭兵時代に多く経験したことだった。 「俺が帝国で何をしたのか、聞いていないのか , ひげ 「不正事件のやつでしょ ? 知ってる。できれば髪も髭も剃ってほしいところだけど、まあい いや。当座の名前はエリゴル。ォルガーの大昔の読みだ。どうだね ? かまわない、と答える。 「もう一つ条件がある 感情を読ませないかのように目を細めてバルトは言った。 ガト 「刺貫。あれを強化してくれ。魔物の装甲でも貫けるように」 「確約はできないが、やってみよう」 カ立ロ屋を辞したあと、ファルファレロは皮肉つほい笑みを浮かべて衣に手を入れ、あ るものを取りだした。円形の金属板であり、表面には奇妙な模様が刻まれている。騎士勲章を 勲見たことがある者ならば、それだと思っただろう。だが、リ 亥まれている意匠はどの聖獣にもあ 騎てはまらないものだった。 銀「聖獣でなければ、なんだろうねえ。暫定的に魔獣とでも呼んでおこうか」 手に入れてからは一日に何度か見なければ気がすまないほど、彼はこの勲章に魅了されてい
うる は瞳をかすかに潤ませてときめいていた。 他の騎士たちも、黙っていた。言葉の内容よりも、単純に気圧されたためだったのだが、そ れは、彼らに冷静さを取り戻させることに成功していた。 「俺たちの後ろは、千騎長が守ってくれる ! 俺たちは整然と進むことだけを考えろ ! それ が千騎長のためにもなるし、俺たちを助けることにもなる」 考えて言っているのではなく、とにかく言葉が勝手に出てくる、という感じでアヴァルは語 りかける。実際、ことがすんでみると、自分が何を言ったのかほとんど覚えていなかった。 一方、アイシャたちは果敢に、魔物の群れの中に斬りこんでいく。 剣を一閃させた。正面にいた魔物が斜めに両断される。その残光が消えるより早く、右にい ドムス た魔物の頭部が吹き飛んだ。左から襲いかかっていた二匹の魔物は、黒亀の水塊と爪の餌食と なり、粉砕されている。 一際大きな魔物が正面から迫った。身体を引いてやり過ごし、強烈な斬撃と水塊、礫、爪を ドムス ほば同時に叩きつける。黒亀との呼吸が完全に合っているのが前提で、更に、よほど優れた剣 の腕を持っていなければ成し得ない芸当だった。二人の部下も、アイシャに死角が生まれない 勲よう、自分たちに隙をつくらないよう、堅実に剣を振るっている。青と緑の軍衣がひるがえる 都度、魔物は葬り去られた。 つぶや 銀それを遠くから見たアヴァルは、妻い、と呟いたつもりだったが、 実際には声になっていな かった。普段の穏やかな態度からは、まったく想像できない。 つぶて
自分の槍を広い、カインの槍を拾ってこちらに放りながら、アリキーノは続けた。 「メナートスを倒したという君が、どのていど強くなっていたのか、知りたかったんだ」 カインは言葉を失って、アリキーノを見つめた。いま、この男はとても重要なことについて、 口を滑らせなかったか。あのメナートスを知っているような口ぶりに加え、自分と以前戦った ことがあるかのよ、つな言い方。 やはり、この男は。 だが、追及することはかなわなかった。 今度は、空から魔物が降ってきたのだ。やわらかくなった地面に半ばまで埋まり、カインた せんりつ うごめ ちが戦慄して見守る中で、脚を蠢かせて身を起こす。研磨の足りない翡翠のような眼球を点滅 させて、カインたちを見据えた。 これが、魔物 : ただ蜘蛛を巨大化したというだけではない。背には翼の残骸があり、身体の各所は奇怪な装 のこぎりじよう 甲に覆われている。前脚の先端も、虫である蜘蛛のそれは言ってみれば鋸状であるのに対し、 ものをつかめるように掌と三本の爪で構成されている。口元の牙を擦り合わせて不快な雑音を 発している。どれをとっても、醜悪という文字を形にしたかのような怪物だった。 まぢか カインは、魔物を間近で見るのははじめてだった。汗が、こめかみから顎を伝う。恐怖と緊 張が、動悸を加速させている。槍の穂先が震えているのは、肩の震えが、腕を通して伝わって どうき ひすい