ねえだろ ? 」 おざなりな謝罪をしつつ、レイクが話題を戻す。ファリアは気を取り直して口を開いた。 「インフェリアでの出来事を、卿らの口から直接聞きたいそうだ。本来ならこんなことはあり えぬのだが、私たちは魔物と戦ったからな。それにアリキーノといったか、あの男のことも きづか その名を出したとき、ファリアが気遣わしげな視線を向けてきたことにカインは気づいた。 アリキーノはインフェリアの将軍だった男だ。インフェリアを襲った魔物との戦いで、彼はカ インをかばって重傷を負い、おそらくはそれがもとで命を落とした。 カインはだいじようぶだという意思をこめて、ファリアに強くうなすく。話を進めた。 はいえっ 「皇子殿下に拝謁するということは、あの礼服を着ていくべきなのか」 さすがに緊張を帯びた声で訊きながら、カインの顔は、頭にべっとりと塗られた香油の奇妙 な感触を思いだして苦いものになる。ファリアはそれを唐ったらしく、顔をほころばせた。 「表向きは私的な雑談ということにしたいらしい。レイクが言ったように急なことでもあるか ら、いつもの服装でかまわん。だが、一国の皇子に謁見するのだ。最低限の身だしなみは整え ておけ。卿らの上に立っクローディアの管理能力が問われるし、私も恥をかく」 そういう次第で、カインは髪を切ろうかと思ったのだが。 ーーー自分で切るよりは、医師のところへ行くべきだよなあ : 帝国では、理髪は医師ーーそれも外科医の仕事だ。子供が「なぜ」と聞けば「髪とはいえ身 体の一部を切る仕事だからさ」と大人はまことしやかに答えるのだが、俗説である。本当の理 えつけん
129 銀煌の騎士勲章 4 最悪の場合、皇女をみすみす死なせてしまい、尋常ならざる国際問題に発展してしまうだろ まつりごと う。政事に関心のないバルトでも、容易に予想できる。もし皇女を助け、魔物をすべて討った としても、従衛をひとり死なせてしまっているという問題が発生する。これもややこしくなる のは間違いない 「 : : : わからない 正直に答える。ファルファレロはその返答にふうん、とうなずいたのみで、満足したのか不 満を抱いたのかは不明だった。
「それ以外に言葉が見つからないよ」 小さく溜息を吐くと、ほん、という感じで頭を軽く叩かれた。 「でも、あなたも確実に強くなっているわ。自信を持って。それに、ともかく無事ですんだか ら一言えることだけれど、学べる点はあったでしよう」 とうなすいた。確かにその通りだった。あ クローディアに微笑みかけられ、カインははい、 の防御を覚えることができれば、自分はもっと強くなれるに違いない かたわ 皇宮の廊下を歩きながら、リオンは傍らのストラスに感想を求めた。 「筋はいいですな」 ストラスは岩から削り出したような顔を歪める。笑っているのだった。 「百発百中とまではいいませんが、動いている魔物だろうと、十本も射れば三本は狙ったとこ ろに当てられるでしよう」 「そうか」 というていどか。リオンはそう考える。素質はあるのだろうが、天才的 本当に、筋がいし たんれん な、というほどではない。鍛錬を積み、経験を重ねれば屈指の存在にはなれるだろうが、随一 と呼ばれるには至らない。そのあたりの曖味な感覚を、リオンは理解した。
スッラ 「お気遣いありがとうございます。ですが、殿下にお許しをいただけますならば、私は従衛を 務めさせていただきたいと思っています」 それに一拍ほど遅れてレイクも頭を下げる。ハイラムはそうか、とうなすいた。 「あれの面倒を見るのは大変だろうが、頼む , そうして、ハイラムとの話は終わった。 「気に入らんな」 ハイラムは首をやや傾けて頬杖をつくと、不機嫌さを隠そうと カインたちが退出したあと、 いらだ もせずに呟いた。後ろ姿だけでも彼の苛立ちが伝わってくるほどだったが、控えているゴート は皇子のこうした態度には慣れている。 「皇女殿下が危険に遭われたことが、ですか」 「それもあるが、あれが自ら危険に飛びこんだことが、だ」 ハイラムはゴートを振り返った。さきほどまで感情が欠けていると思われるほど乾いていた ぶぜん 表情が、いまは目を細め、眉をひそめて廡然とした顔つきになっている。 「あれは、インフェリアそのものを見捨てて逃げだしてしまってもよかった。いや、そうする べきだった。何のための病弱という設定だ。生身の人間が魔物と戦って無事ですむわけがない きづか
嫺「インフェリアでも都市国家連合でもかまわぬが : : : そこで聖獣を召喚し、自在に駆ることが できると思っているのか、卿は ? 」 あお その問いを受けたとき、リオンは強風に煽られたかのようによろめいた。 「 : ・・ : どういう意味です ? いや、できるはずだ。王 見に、インフェリアの王城を魔物が襲った とき、我が国の騎士が聖獣を駆って討ち滅ほしている」 リオンの反論にも、ハイラムは凉しい表情で応じる。 「インフェリアの現在の王都は東寄りだからな。あのあたりまでは呼べる。だが、そこから少 し西に向かえばもう無理だ。何度叫ほうと、 いかなる国の言葉で唱えようと、聖獣は姿を現し はせぬ , 「証拠は ? 」 「ない。だが、 試すのはそう難しいことではなかろう。騎士を潜りこませてみるがいい」 「 : : : そのことが事実だとして」 なぜ、知らされていないのか、と言おうとしてリオンは黙った。直前で理由に思い当たった からで、ハイラムはそれを察したのか口を開く。 「卿の共犯者のように、他国に通じる輩がいるからだ」 たとえば、インフェリアに攻めこんだとする。
「 : : : どう見てもただの小僧ではないか」 遠くから馬上姿のカインをしばらく観察したあと、男は理解できない、というふうに首をひ ねった。 「あの小僧を、アリキーノはかばって死んだと ? 」 男はグラフィアカーネと呼ばれている。インフェリアが誇る十二将のひとりで、年齢は三十 代半ば。黒く長い髪を後ろに撫でつけて、首筋のあたりで結んでいる。前髪が数本、額に垂れ ていた。戦士としての技量はむろん水準以上ながら、そんな気配をまるで感じさせず、観衆の 中に自然と溶けこんでしまうところが彼の巧みさだった。 おおやけ 「公にはされていませんが、そのような噂が流れているのは事実です」 隣に立っている若者が言葉を返す。こちらは二十代半ば。中肉中背で柔和な顔つきをしてお り、服装もこざっぱりとしたもので、どこにでもいるよ、つな男とい、つ印象を見るひとに与える。 グラフィアカーネの部下だ。 、いかに相手が魔物とはいえ、みすみす傷をーーそれも、致命傷になるよう 「そうでなければ な一撃をくらうはずがないと。それに、ファルファレロ殿は上から戦いぶりを見ていたそうで すが、そのように見えた、と言っております。これも、公に言い立てていることではないので すが : : : 」 Ⅳ マレブランケ にゆうわ
「オルガーさん : : : ? 」 ガト きづか カインが気遣う声を出す。実際、皇宮は柱があったり、通路が狭かったりと刺貫を思うまま 相手がストラスでは分が に振るえるところではない。それでもバルトは器用に扱っていたが、 亜いよ、つに田 5 、んた。 「問題ないー ガト インフェリア王城での魔物との戦い以降、バルトは狭い空間でも刺貫を扱えるよう苦心して この戦いはい、 し機会だとすら思っている。 ガト ストラスが襲いかかる。振るわれた戦鎚を、バルトは刺貫で受けとめた。青白い火花が飛散 し、大気が唸り声をあげて吹き払われる。 「はじめて見るぞ。正面から我が鎚を受けて、折れぬ剣があるとは」 感嘆の声に、バルトは応じない。カずくで押し返し、自分も間合いをとるために退がった。 それぞれ凄まじい重量を誇る武器をかまえた二人は、距離をとって睨みあう。 「存外に、すばやい」 章 勲 強敵だ、と認識すると 、バルトは薄く笑った。両腕に更に力が入り、筋肉が、張る。 騎「早く行け 銀「また、あとで」 跚苦渋に満ちた顔のカインと、短く一言葉をかわした。
リオン配下の騎士たちが次々と現れ、瞬く間に乱戦となる。 なんだろう。空気が重い。 腕や脚に、まとわりつく感じがする。インフェリアで魔物と戦ったときに感じたものとは、 て非なるものだ。 相手が、人間だからか。それとも、集団だからか。 あるいは、その双方か。 ひとりの騎士がカインに斬りかかる。だが、彼が間合いを詰めるより早く、カインの槍は騎 士の脇腹を突き通していた。 つらぬにぶ 肉を貫く鈍い衝撃が、穂先から柄を通して手に伝わってくる。引き抜くと、赤黒い液体が噴 きだした。階段を転げ落ち、その騎士はうつぶせに倒れる。痙攣している身体の下から血溜ま りが生じ、あふれ、すさまじい速さで広がっていく。見えた横顔は、カインより二つ、三つ年 上とい、つところだ。 一瞬、カインは呆然とその騎士を見つめた。 自分があっけなく一つの命を奪ったのが、信じられないことかのように。 章 勲 だが、すぐに表情を引き締める。 騎 自分は望んでここにいる。戦うために。大切なものを守るために。 の 銀 ファリアに横から斬りかかろうとしていた騎士の腕を叩いて、剣を打ち落とす。それによっ て動きが鈍った騎士は、ファリアが薙ぎ払った剣によって絶命した。更にクローディアも加わ けいれん
『聖蛇が翼を広けている』という表現にふさわしい夜空が広がっていた。雲が出ており、星々 おほろげ のきらめきがほとんど隠されてしまっている。月は出ているが、それにも朧気ながら端々に雲 が漂っていた。 春も半ばが過ぎた頃の夜である。やや冷たい、 というぐらいの風が生い茂る草に流れるよう な音を奏でさせ、騎士たちの心を引き締める。 甲冑が光らないよう墨で汚し、音を立てそうなものは縛りつけておく。カインも自分の槍の ガト 穂先に細長い葉を巻しオノ , 、こ。ヾレトは刺貫を灰色の布で覆っている。 「カイン」 金色の髪を頭の後ろでまとめ、上から小豆色の頭巾をかぶったファリアが気遣わしげな視線 を向けてくる。 「本当に、よいのか ? 容赦のない殺しあいになるぞ。殺さなければ死ぬ。殺し続けなければ、 殺される」 勲「わかっている、と思う」 騎 カインの返事は、やや硬い。 の 銀「でも、僕はやらないで後悔し続けるよりは、やるべきだと思ったことをやりたいんだ」 インフェリアで見た、魔物に叩き潰された数々の死体を思いだす。おそらく、戦場での死と アトル きづか
崩で脱出を試みた場合、即座に斬り捨てるためであり、執務室は多人数が剣を振るうには狭すぎ たのである。 パールが主犯、ということでよいのか 「卿とヴェ 確認するようにリオンの顔を眺めやるハイラムに、リオンはうなすいた。 「何故、このような暴挙に出た」 たまりかねたのか、ゴートがリオンを睨みつける。対照的に、リオンは淡々と答えた。 「帝国の未来。繁栄と平和のためです」 「詳しく聞こうか」腕を組み、椅子に深く座ってハイラムはリオンを促す。 「抽象的すぎて理解しかねる , リオンが考えた時間は、一つ数えるほどだった。兜を脱いで抱える。 へいどん 「まず、インフェリアと都市国家連合。この二国に侵攻し、併呑します。その後、東の海を再 調査し、可能ならば、今度こそ魔物を根絶する」 ハイラムの両眼が驚きに見開かれた。呼吸まで止まる。だが、それも一瞬半で、その表情は 常の冷徹さを取り戻した。 : 二国を属州化して後方の安全を確保し、同時にインフェリアの造船、航海技術と都市国 家連合の有する鉱脈、冶金技術を得る。また、騎士を量、質ともに強化する。そういうことだ な」 今度はリオンが目を瞠る番だった。 みは うなが