帝国の騎士は勝利を重ね、領土を押し広げていく。ここで、インフェリアの王族が逃げ延び、 王都をより西側に、聖獣の爪や牙が届かないところまで移したらどうなるか。 インフェリアは滅びない。領土を大幅に削られてしまうが、生き延びる。 更に、聖獣の動ける範囲に限界があることを知ったら、インフェリアはどうするか。 つむ 「私がインフェリアの立場であれば」ハイラムは冷静に言葉を紡ぐ。 「国境線を荒らしてまわる。どうせ、敵は攻めてこられないのだからな。貴族の私兵は攻めて くるだろうが、そういう連中ならまだ対処のしようはある。国境を荒らされれば民心は離れる あお し、土地は荒れる。それをいっそう煽る。速さに期待できる戦力が手元にあるのならば、より 奥まで踏みこませて荒らし、相手が来る前に引きあげさせる。一定の領域まで逃げきれれば、 相手はそれ以上追ってはこれない。 うめ 「聖蛇は」リオンはようやく言葉を発した。自分の声が、呻いているように聞こえた。 「なぜ、そのようなことを 「知らん」 ハイラムの返答はそっけない。 はか アトル 「聖蛇のお考えなど、人間に推し量れるようなものでもないのだろう。我々は聖蛇の力を利用 していると思いがちだが、実際は、聖蛇と契約をかわし、そのカの及ぶ限りにおいて使わせて もらっているというだけに過ぎん」 リオンは沈黙した。言葉が出なかったのだ。目的は、あまりにもあっけなく崩れ落ちてし アトル アトル アトル
「ご賢察、恐れ入ります。現在の騎士はおよそ三万ですが、インフェリアや都市国家連合から 優秀な者を新たな騎士として用いれば、きわめて低く見積もっても六万まで拡大することが可 能です。それだけの数になれば現在の危機はしのぐことができましようし、その後、東の海を 再調査して、遠征について再考することも可能となりますー 言い終えて、リオンはロを閉じ、ハイラムの反応を待つ。不思議に田 5 った。ハイラムは、驚 くほど正確に自分の目的を理解している。それなのに 「ただの野心ならばともかく、そういう理由で剣を向けたとするならば、なおのこと玉座をく れてやるわけにはいかんな」 「 : ・・ : なぜでしよ、つか」 不可解としかいえない感情に満ちた瞳で、リオンは目の前の皇子を見据える。しかし、ハイ つむ ラムは直接的な返答はせず、唐突に、詩文の一説であるかのような言葉を紡いだ。 「聖の目は東を見ている。その翼は大陸全土を覆ってはおらぬ。この意味がわかるか ? 」 リオンは首を横に振る。はじめて聞く言葉だった。だが、どこか聞いた者を不安にさせるよ うな響きを、それは伴っていた。ハイラムは言葉を続ける。 聖獣の召喚には制約があることは知っているな ? たとえ 勲「もう一つ、卿に訊きたいのだが。 騎ば、この帝都では聖獣を呼びだすことはかなわぬ」 銀眉をひそめた。帝都で聖獣の召喚ができないなどというのは、騎士にとっては常識以前のこ とだ。皇子は、いったい何が言いたいのだろうか。
嫺「インフェリアでも都市国家連合でもかまわぬが : : : そこで聖獣を召喚し、自在に駆ることが できると思っているのか、卿は ? 」 あお その問いを受けたとき、リオンは強風に煽られたかのようによろめいた。 「 : ・・ : どういう意味です ? いや、できるはずだ。王 見に、インフェリアの王城を魔物が襲った とき、我が国の騎士が聖獣を駆って討ち滅ほしている」 リオンの反論にも、ハイラムは凉しい表情で応じる。 「インフェリアの現在の王都は東寄りだからな。あのあたりまでは呼べる。だが、そこから少 し西に向かえばもう無理だ。何度叫ほうと、 いかなる国の言葉で唱えようと、聖獣は姿を現し はせぬ , 「証拠は ? 」 「ない。だが、 試すのはそう難しいことではなかろう。騎士を潜りこませてみるがいい」 「 : : : そのことが事実だとして」 なぜ、知らされていないのか、と言おうとしてリオンは黙った。直前で理由に思い当たった からで、ハイラムはそれを察したのか口を開く。 「卿の共犯者のように、他国に通じる輩がいるからだ」 たとえば、インフェリアに攻めこんだとする。
まった。 思考はすさまじい勢いで回転している。 即刻、インフェリアと都市国家連合に騎士を潜入させ、聖獣を召喚できる範囲を特定する。 へいどん 征服、併呑はできずとも、可能な範囲まで騎士団を押し進めて都市や町を焼き払って二国を威 圧し、領土の代わりに賠償金を出させる。 山賊のようなやり方だが、その金銭でもって騎士の増員をはかることが可能ならば、やるべ きだった。 「殿下。他に、騎士と聖獣に関して、我々に明かしていないことはありませぬか」 「あるとも」平然と、ハイラムは答えた。 ライタークロイス 「だが、こちらからいちいち教えてやる気にはなれぬ。代案を持ってこい。それが騎士勲章や 聖獣に関する制約に触れているかどうか、見てやる」 堂々たる態度からは、嘘を言っているよ、つには思えない。リオンは悩んだ。ハイラムの一言葉 を無視して当初の目的を進めるならば、いまここで殺すべきだ。だが、他にも無視し得ない情 報があるとすれば。 勲「フルカス」 名前を呼ばれ、リオンは我に返った。ハイラムが、静謐な湖を思わせる碧い瞳を自分に向け 銀ている。 「待てなかったのか」 せいひっ
そうして、人質を抱えながらの撤退を開始したのだが、撤退の意図を読み取ったフォルネウ アーグレヴァ スは逃さなかった。既に再編成は終了している。三百を超える朱鳳と蒼竜の集団が、真紅と紺 碧の翼をそれぞれ広げて、空に舞いあがった。羽ばたきは大気を吹き散らし、巻き上げて暴風 を生み出す。はるか上空に朱と蒼の乱舞を見た都市国家連合兵は、混乱した。対照的に悠然と 滑空をしながら、聖獣の騎士たちは彼らの前方に回りこむ。数だけでいえば三百対一万なのだ が、毒で仲間を傷つけられた者たちと、毒を用いた者たちとでは士気が圧倒的に違う。加えて、 都市国家連合は撤退中だったのであり、戦意はないに等しい 七ォズ ( 一ォズはおよそ七メートル ) ほどの距離を開けて、帝国の騎士と都市国家連合軍は 睨みあう。帝国の指揮官フォルネウスが、聖獣を駆ったまま前に出た。 「村人たちを返してもらおう」 よそお 厳かに言った。兵に囲まれた中から、指揮官は強気を装って言い返す。 「返してほしければ、道を開けろ」 「 , ーーーよろしいーフォルネウスは、いっそ清々しさを感じるほどに明央だった。 「村人にはいずれ、天上で詫びよう」 章 勲 剣を抜き放ち、掲げる。 「突撃用意 ! 」 の かんせい 銀その後ろで、聖獣たちが競うように咆哮を轟かせ、騎士たちも負けじとばかりに喊声をあげ 駟る。都市国家連合の兵たちは一人残らず総毛立った。 ほ・つこうとどろ
丘への避難で寒風にさらされたことが病を悪化させ、町が破壊されたことが精神的に追い討 ちをかけたのだろう。他の死者は老人や赤子など体力のない者が多かった。 隣家の人々に協力してもらって母親を埋葬したあと、リオンは騎士を目指し、武芸と勉学に 励むようになる。騎士になれたのは、二十歳の頃だった。 年が明けた。 カインはいま馬上の人となって多数の騎士たちに囲まれている。着ているものはインフェリ アを訪れることになった際、ファリアからもらった礼服だ。 見上げれば澄みきった青空が広がり、新たな年を迎えるのにふさわしい天気だと思える。 がいせんしき 新年に行われる凱旋式は、前年度における騎士たちの戦いを讃え、また、亡くなった騎士た アトル ちへ哀悼の意を表する目的で行われる。彼らの魂が、聖蛇のもとへたどりつけるよう祈るのだ。 特に去年の場合は多数の戦死者を出してかっ、城砦を突破され、その一部がインフェリアに まで現れるというこれまでに類を見ないほどのものだった。ハイラムは市民を元気づけるべく、 元々の予算に加え、更に私費を投じて凱旋式を盛大なものとした。 おおまかな流れは、騎士登用試験後に行われるものと、変わらない。戦神の丘の上、きらび やかな軍衣に身を包んだ騎士たちが各々の聖獣を召喚し、ゆっくりと帝都の凱旋門まで進んで
83 たや感呼 歓官 見暖 ん す、 れ張 た ル響 る伝 の彼 ム 身人 参近 を後 らそ し凱 河あ の知 御宀 イ列 をれた旋 サろ に は て直 祝 ろ間 い表 に神 て術 い いが 、た 使大 。熟脇皇 た士 わ通 っ馬 は聖 を皇 ら整聖獣 る 白両 、ア い脇 小は た考 凱送 舟薄 いれ 、旋 が紅 列色 か前 を 為花 は働 の輿亡二ぐ し こ厚 階る 由旋乗か て ら通待列 いけ 祝な る 機を 参と 0 楽カ てあ 団絢 脇し ) の爛 き従。ま こた い大だた り にイ っ子 ん誇 者も い皇 た子そ万 る女 船 ち供れ都 す人 が遠 を市 がだ 々大 い華実と 銀煌の騎士勲章 4 た フ 冬 の も る の だ ろ の の を つ た 桜 き 。かすば緊 る ほ ど の を 目 の 当 り に て 田 が ま ででか 小かれ な っ し、 る も な 服 装 に を 包 ん で お り 通 り ら 離 オし . と ろ さ 嗄 : を 開 い て も て い と っ は た し フ リ 力、 ら そ っ る聞カ さ た と も っ た の も っ て 実 な を つ か イ呆 ・つ て い た カ イ ン 圧 倒 さ て し、 、百 し、 な そ ロ デ ア ら お 墨 付 き を ら し、 晴 れ て 馬 上 姿 で っ衛ラか と し かて過 も 問 : 題 な さ そ ね ら 半 て年馬 く しがす ぎ と や を る 技 る未両 た と。 し、 く つ の か ら で か っ た の ア騎呼に凱 で に迎か ん を 、げを り たぞ建門す の て紙り 、吹の 加き続雪両てす を た り も る リ ア 、の 輿 る よ な駆女 、てそ 理凱に の は 士 ち う大る だで子投列 つがた 。れ物 の っ く の敬旋 た嵐礼門丘 し ら あ 、官花た騎は 、束め士騎 て を く か立皇 て 。が神 に 、達 と で ち え獣を 、を見 還 る 臨 2 だ の だ ・つ た く か ら 門 の に や よ つ と 人 々 が し ) し為な な衛ラカ っ だてイ た り な ン と レ ク は
「こちらも同じだ。悪くはない。年齢を考えれば、むしろ技量は高いと言っていい , たか、とリオンは昏い声で語を継いだ。 「あれでは、生身で魔物と対峙しても勝てぬ。少年が皇女殿下をお守りして逃げまどっていた かんせん のならばわかるが、敢然と立ち向かい、それで生き延びたとするならば、少年は尋常ではなく 運かよかったか、あるいは、」 別の要素があったとしか思えぬ。たとえば : : : 魔物を傷つけられ るような武器を持っていた、とか 「そのようなものが、存在するのでしようか」 「断言はできぬ。が、魔物を傷つけられるということは、聖獣も傷つけられるということだ。 それを駆る我々もな。そういうものが大量につくられてからでは、遅い。今度の件については 皇子殿下も隠しておられることがあるようだが」 「皇子殿下といえば 思いだしたように、ストラスが尋ねた。 「閣下の提出された案は、どうなりましたか 「却下された。騎士の数については、登用試験を変更することで対処するそうだ」 勲「変更とは、また前代未聞ですな。反対する者も多いでしよう」 「強行する気らしい。年齢の幅を広げ、登用数も七百人まではねあげると」 銀「しかし、現状は七百でも足りませぬ」 「十年近く続けることで、最終的な数を調整するおつもりだそうだ。だが」
238 「ご自分の兵を従えて、迎撃に出られました , 「カずくでいい 。連れ戻せ」 ヾールが死んだとしても、代 舌打ちをしたそうな表情で、リオンは短く言い放つ。もしヴェ わりとして貴族をまとめられそうな者は何人か候補がいる。だが、新しい体制の幹部が早々に パールのことをど、つしょ 死んだのでは人々に与える印象が悪すぎる。それに、フルカスはヴェ 助 うもない男だとは思っていたが、贈しみや恨みは抱いていなかった。消極的ではあったが、 ける理由はあったのだ。 手早く甲冑を身につけながら、卓上に置かれた手紙を見る。城砦に派遣した使者のひとりが 持ち帰ったものだ。リオンとは長いっきあいである騎士団長グリュサーヌⅡガープからの返事 だった。 手紙には『騎士の本分』とだけあったのだが、それだけで、リオンは彼の意思と心情とを理 解していた。 戦は、も、つはじまっている。 一階に出た。 聖獣を召喚することがなければ、騎士の戦いは諸国の兵士の戦いとなんら変わりはない。剣 いしゆみ で斬り、槍で突き、弩を射る。戦鎚を振るい、盾で防ぎ、あるいは殴りつける。
「物好きだな」 皇子の評価は、愛想のない表情をやや崩しての、どこか呆れたような口調でのものだった。 「聖獣の助けもなく、生身で魔物と正面から戦うような事態に遭いながら、まだ続けると言う とは思わなかった。それでなくとも、あれの相手は面倒だろうに」 「ファリア様は寛大な方です。さきほど仰られたように勇敢で、かっ優しい面も持っておられ ます。そういったところに気づいたのでは 「長所がないとは言っていない。ただ、あれはそれ以上に短所が多い」 「どちらを重視するか、でしような。仕える相手の長所を尊び、短所を指摘しながら仕えられ スッラ るのであれば、よい従衛といえましよう」 「卿はあの二人を気に入ったわけか」 「殿下もお嫌いにはなられなかったようでー ハイラムは答えない。相手が誰であれ、この皇子は心の動きについて指摘されるのをひどく 嫌う。見え透いているような場合でも、だ。しかも、ゴートはそれをわかっていて、楽しんで やっている節があるから尚更だった。 「他にするべき話が山ほどある。まずはこれだ ハイラムは一枚の紙を取りだした。カインたちの話をもとに、ゴートが描いた人型の魔物の 絵である。ゴートも表情を引き締めた。 「インフェリアを襲った魔物は三匹。その内二匹は卿やフォルネウスの報告にあったものと一 おっしゃ とうと