第、第第・■■■異 を第蓄朝 ■ま第第■■■ いなごかんばっ たはた 田畑に蝗・旱魃の なく五穀 みの よく実りて てんかあんらく 天下安楽なる これを泰平の 時節という そんな時代が ねんまえ 五百年前に あったのかのう : らよう 1 ん・てつ 趙三公よ それなら 今の秦の政を どう思う しせつ ノ 1 イ ! び 厳しいご禁令じゃ 秦の政の話など とんでもない かた 秦の政について 語れぬなら わしが教えよう きんれい
まず . 法じゃ 「法は守らねば ならぬ」と い、つことを こくみんおし 国民に教える ことが第一じゃ そなたは あと わしの後を継いで しんおうらよう 秦王朝を守らねば ならぬそのような あま かんが 甘い考えで政治を おこなえば やからぞう % よう 不逞の輩を増長 させるだけじゃ こくみんほう 国民が法を 守るようになれば しんお、つらよう まつだい 秦王朝は末代まで さか 栄えるのじゃ 7 ′
ひとり もうてん 蒙恬さま一人が 責任をとるならば こう 今までの功に めん 免じ一族は たす 助けよ、つと : 丞相李欺さまが だいだいしん 蒙家は代々秦に 仕える名家 おんじよう なにとぞ温情を もってと申され まして : 子 - 、つカ ひとり わし一人が責任を とれは一族は ゆる 許すと申すのか たしかに豕宀豕は 秦朝に功績を かさ 重ねて三代になる それがしが今 まんひき 精鋭三十万を率いて しんしほん 秦に謀叛を おも おこそうと思えば いつでもできる それをしないのは せんてい 先帝のご恩を わす 忘れてはならないと おも 田 2 、つからでご・さる こうせき 0 0 0 0 0 0 0 それがしには 先祖を辱しめ義に背く 気は「 ) ざらぬが 陛下に疑われたのは ふとく 身の不徳 : ひとり それがし一人が せきにん 責任をとれば 家を辱しめることもなく ぞくあんたい 一族も安泰とあらば よろこ 喜んで死にましよう せんぞ そむ ー 216 ー
うむ ただ一つ 気になる 一 ) と・刀 ござります あや 陛下は怪しい うんき み 雲気を見たり ふしぎ 不思議な夢を 見たと気に なされます なんじゃ 4 しかし 氿らが見まするに うんき あや 怪しい雲気など で 出ておりませぬ しんへいし 秦の兵士は この国一の精鋭 この秦軍に歯向かえる ぐんたい ほどの軍隊は この国には おりませぬ すると それらはすべて 朕の気の迷いと 申すのか それがしが 思いまするに ながあだ 陛下は長い問の じんこうせいかっ 巡行生活で お疲れに なっているので こざいます ー 165 ー
′費、を和ー 1 しんおうらよう 秦王朝ができてから れきし あさ まだ歴史が浅い かくら ちんはろ 各地には朕に成ば くにざんとう された国の残党が たすう まだ多数生き残り すき てんか 隙あらば天下を くつかえそうと 狙っている 0 0 10 うや 心 0 の .0 三 それら不逞の 輩を駆逐し しんおうちょう ふめつ 秦王朝を不減の ものとするには ちんなが 朕が長生きを せねばならぬ て ノ 6 だれ らようせいふし 長生不死の薬を 知らぬか し 0 ー 40 ー
そして秦モ・政 ついに下統一の 野望を果たした (
横山光輝 若き獅子たち と聟 ー秦の始皇帝
ちょう 紀元前 韓魏 ( ~ ~ 趙を斉 ) 燕楚秦の〉 ・七つの国が天下一「
ノ予 / やはり何か 罪をきせ 死罪にいたした あんせん ほうが安全かと おも 思いまするが とは申せ だいだいこう 蒙家は代々功を しんめいけ 重ねた秦の名家 これをさしたる理由も 、んしん ころ なく殺せば群臣が ふしんかん 不信感を抱いて しんよく 心服しなくなるぞ いまここで しんこくない 秦国内に お ないらん 内乱が起これば 各地の不逞の やから 輩が一斉に た あ おそ 立ち上がる恐れも 「 ) ざるぞ では もうてんしようぐん 蒙恬将軍だけ 死んでもらっては いかかでございま . しよ、つ どうやって それも こざいまする なア もうてんしよっぐん 蒙恬将軍 はんらん 反乱のたくらみ ありとして処罪 するのでございます ひとり ただ一人おとなしく せきにん 責任をとれば 今までの功に免じ きようだい ぞく 兄弟一族には つみおよ 罪は及ばぬとする のでこざります ー 213 ー
胡夊なれば かんたん 簡単にあやつれる はんとう となると本当の しはいしゃ 秦の支配者は このわしと いうことになる らよう・ - う 趙高は ひそかに 始皇帝の 遺詔を 書きかえた ー 192 一