と腰をおろすと足を組んだ。 まう。誠か死というわけだ。きみを殺したくはないんだ」 ローズは思う。そう、本当に忙しい一日だった。台所の壁の電気彼女はちちみ上ってしまい、椅子にかけたままただ眼を見開いて 6 時計に眼をやると、ちょうど深夜も二時をまわったところたった。 ハーグ・ソーランがこの家にやって来たのはわすか三十五時間前な ドレイクがいう。「委員会はすべてを知っているんだ。何にもな のに、今は無惨に殺されて客間に倒れているのだ。 らんのだがね。ただ全力を尽して他の世界がこの真実を発見するの ドレイクがせかせる。「さあ、どこで二度もへマをしたのかい つを妨げることしかできないんだ」 てくれないか」 「でも真実をいつまでも押えつけとくことなんかできっこないわー 「ハーグ・ソーランがわたしのことを″魅力的な女主人さま″と呼 ーグ・ソーランが現に見つけたしゃないの。かれは殺してしまえ んだ時に顔色を変えたでしよう。ホステスという言葉には二通りのたけれど、他の異星人がまた同じ発見をするでしようし、いつまで 意味があるのよね、ドレイク。寄生体をやどしている生物を宿主と たってもきりがないわ。皆殺しにするわけにもいかないでしよう」 いうのだわ」 「それもよくわかっているんだ」とドレイクはうなすいた。「仕方 「それでひとっ」とドレイク。「ふたつめはなんだ ? 」 がないんだ」 「ハーグ・ソーランが家に来る前に話したことよ。ずいぶん思い出「なぜなの ?. ローズの声が高くなる。「ハーグ・ソーランが立派 そうとして考えていたの。お・ほえているかしら、ドレイク ? ホー な解決法を示していたじゃない。星間戦争の可能性などこれつ。はか キンス人が地球人と暮すのをどれほど嫌がるかっていう話をしたしもほのめかしはしなかったわ。他の知性体と協力して寄生体を駆 時、わたしはハーグ・ソーランは医者だからそうしなければならな除しようといってたわ。やればできるわ ! 他のみんなと一緒にな いんだっていったわ。そして人間の医者だってわざわざ熱帯地方に って、それこそ全員の努力を結集すればきっと 出かけていくのも、蚊にさされるのが好きだからじゃない、 という「かれを信じられるというのかい。政府や他の種族のために演技し ことぐらいわかるでしようとつけ加えたわ。、あの時あなたがどれほていたかもしれないじゃよ、 ュ / し、刀フ・」 ど緊張したかお・ほえているかしら ? 」 「少しはリスクも覚悟しなけりや」 ドレイクは乾いた笑い声をたてた。「われながらそんなに率直だ ドレイクが答えた。「きみはわかってないんだ」近づくと彼女の ったとは思わなかったね。蚊はマラリアや黄熱病の寄生体の宿主た冷く力も抜けた手をとって、「きみの専門分野のことを話そうとい からな」深いため息をつく。「手をつくしてきみを関わり合いにすうんだから、ちょっとこつけいかもしないけれど、最後までちゃん まいとしたんだよ。ホーキンス人を近づけまいとした。きみをおど と聞いてほしいんだ。ハ ーグ・ソーランはなるほど正しい。人類と すまねまでしてみせた。もうこうなった以上真実を語るほか仕方がその祖先はこの寄生知性体ともういやというほど長い世代一緒に暮 ないだろう。そうするしかないな、でなければきみはしゃべってししてきたんだ。多分ホモサビエンスとなるより前からだろうといわ ホステス
次から次に参考論文や関連図書を追って、棚から机へと往復す ーグ・ソーランが昨晩いっていたのもこのことだったのだろう か ? ″抑制死″の発生率は地球にもっとも近いかれらの世界でも 4 知らぬ間に二時間も医大ですごしてしまった。すべてがすんで、 っとも高く、地球にもっとも遠い星で最低という。ホーキンス人が これだけがわかったーーーホーキンス人のハーグ・ソーランという医ほのめかしたことにつけ加えて、彼女自身が医大で読んだ事実が重 者がいて、かれが″抑制死″の専門家であること。そしてローズのくのしかかってくるーーー発生率が極端にはね上ったのは星間交流が 大学とつながりのあるホーヤンスの研究組織に所属していること。 さかんになって地球人と接触するようになってからなのだ : もちろん、これだけではかれが実在の人物の役を演しているかもし徐々に気はすすまないながらひとつの結論を引き出さざるをえな れない可能性を否定はできないけれど、な・せそんなにまでする必要かった。ホーキンス星の住人はこう考えたにちがいない 地球は があるのかしら ? 偶然″抑制死″を引き起す因子を見つけ、それを故意に銀河系の異 星人間にばらまいたのではないか、その目的は多分、銀河征服 ! ここまできて彼女はすっかり動顧してしまった。そんなはすはな ポケットから折りたたんだメモを取り出すと、「誠実」と三つ並 ありえない。人類がそんなことをするわけがない。・ とう考えた んだ疑問符のとこに彼女は大きく「」と書いた。大学にまた 戻ってきた時には午後四時になっていたが、もう一度机に向った。 交換を呼んで、これからどんな電話にも出ないからというと、ドア 科学発達に関して見るならば、ホーキンス星の人々も地球人も同 じような状況にあった。″抑制死″自体も何千年も昔から発生して に鍵をかけた。 おり、医学もこの点については完全な失敗に終っていた。冷静に判 『ハーグ・ソーラン』の欄に今度は二つの疑問符を書き並べる。 「な・せハーグ・ソーランはひとりで地球に来たか ? 」ちょっと間を断してみて、地球の生化学をもってしても異星人の生態に影響を及 ・ほすほどのことができるわけもなかった。事実、彼女の知る限りで あけて、「失踪人係に興味を持ったのはなぜか ? 」 ″抑制死″についてはホーキンス人のいったとおりで、これは問題は、地球の生物学者や医者でホーキンス人の病理学を云々できるほ ない。医科大学で読んだところによればホーキンス星ではこの解明どのものはいもしなかった。 それにもかかわらず、ハーグ・ソーランはなにかを疑って地球に に最大限の努力を払っているようだった。かれらは地球人がガンを やってきて、わたしたちの疑惑のまなざしを受けているのた。さま 恐れるよりもっと怖がっているらしい。そしてもしその解決手段が 地球にあると思っているなら、ホーキンス人は全面編成の大調査団ざまな想いをこめて、「なぜハーグ・ソーランはひとりで地球に来 を送り込んでくるにちがいなかった。やはりそうとも全面的に受けたか ? 」という疑問の下に答えを書いた。「ホーキンス星では″抑 とられておらず疑いもあって、たった一人の医者を調査によこした制死″の原因は地球にありと考えている」 のだろうか ? しかし、この失踪人係の件 . はなにを意味しているのだろう ? 科 る。
まき散らしているなら、そして疑いをかけられていると知っている机の上にうつぶしてしまう。暗くなっていくオフィスですっかり なら、当然異星人からの報復にそなえているにちがいない。そう、 疲れ切ってしまっていた。ほんのわずかのあの徴妙な時間、ちょう 4 もしかしたらこれ自体が史上初の星間戦争の緒戦なのかもしれなど目覚めと睡眠の境いの不思議なトワイライトゾーンで、意識が解 。充分納得のいく、そして恐ろしい説明たった。 放されさまざまにゆがめられた想いが頭の中をかけめぐっている。 あとに残されているのは二つめの疑問で、これだけはわからなしかしいつでも底にひびいているのは、くり返しくり返しこのひと ホステス 。ゆっくりと書いてみる。「なぜドレイクはソーランのこの台詞つの台詞だった。 「この上なく魅力的な女主人さま」ある時はハー に反応したか ? ″この上なく魅力的な女主人さまに感謝します″」グ・ソーランのむりやり作った、生気のない声で、また時にはドレ イクの力強い声で。ドレイクがいうと、本当に愛のこもった言葉の あの場面を思い浮かべようとしてみた。ホーキンス人はごく無雜ようだけれど、そんないい方も言葉もまた実際にはきいたことはな 作に当り前に礼儀正しく言っただけなのに、ドレイクは耳にして身かった。 , 彼女はこういってくれたらと本心そう願っていた。 体をこわばらせたのだ。何度も何度も録音のこの部分は聞いてみ びつくりして飛び起きて、目がさめた。すっかり暗くなったオフ た。ごく普通のカクテル。ハーティのおひらきの時にこんな台詞はみイスにあわて、デスクライトをつける。しばたたいて、眉をちょっ んながごく気軽にロにするものた。録音からはドレイクの表情が伝としかめる。うつらうつらしているうちになにかもうひとっ思いっ わってこない、たた彼女の記憶に残されているだけなのだ。ドレイ いたような気がした。ドレイクがうろたえた台詞がたしかもうひと クの眼が急に動き恐怖と憎しみを示したのだが、。 トレイクは実際何つ。なんだったかしら ? ひたいにしわをよせて考える。昨日のこ かにおびえるような男ではない。 この台詞のどこにそんな男をおびとじゃない。録音した会話の中じゃないから、きっと以前のことな えさせるとこがあるのだろう。「この上なく魅力的な女主人さまにんだわ。どうして思い出せず、ただイライラするばかり。 感謝いたします」なにがあんなに気にさわったのだろう ? 嫉妬か時計に眼をやって、はっと息をのんだ。もうすぐ八時だ。もう二 しら ? ばかげてるわ。ソーランが皮肉をいったと思ったのかし人とも家で待ってるにちがいないわ。 ら ? ないとはいいきれないけれど、ありそうもない。 ソーランは しかし彼女は家に戻りたくなかった。顔を合わせたくない。ゆっ ごく本気たったのは確かだった。 くりとメモを手にとり午後いつ。よ、 をしかかって書きこんだメモをみ アトミックフラッシュアッシュトレイ とうとうあきらめて二つめの疑問点のあとに大きな疑問符をつけて、こまかくちぎると、机の上の原子炎燃焼灰皿に放り込む。 た。二つも残ってしまった。ひとつは『ハーグ・ソーラン』、もう 小っちゃな炎が上ると、あとにはなにも残らない。 ひとつは『ドレイク』に。失踪人に対するソーランの異常な興味あれこれと思い悩むことがすべてこんなふうに跡形もなく消え去 と、平凡なきまり文句に対するドレイクの異常な反応にはなにか関ってしまってくれたならば : 連があるのたろうか ? どうしても彼女には思いつけなかった。 結局、どうにもならないのた。彼女は家に戻らなければならなか ホステス
た。そうなのだ、この質問がしたくて仕方なかったのだ。こんなやちにも、この地球にやってきて理解を実証するまで公表することが り方をしてまでとは思わなかったけれど、ドレイクの仕事にあってできませんでした」 は親切や人間性など必要性の前にはかすんでしまうものなのたろ「どんな理論なんだ ? 」とドレイクが詰問した。熱つぼさがまた眼 に戻ってきている。 何度も何度もそういいきかせて、ローズはソーラン博士にこんな 「わたしの研究を進めていくうちに、今までの″抑制死″に対する ことをしているドレイクがいやでたまらなくなりそうになるのを、 アプローチの方向がまったく誤っていたということがわかってきま 一所懸命我慢していた。 した。肉体的な面からせまってみても謎を解くことはできないので す。″抑制死″というのは文字どおり心の病いなのです。 ホーキンス人が答える。「すべてお話ししようと思ったら、わた ローズがさえぎった。「そうでしようか、ソーラン博士、たしか しに残された一時間ではとてもたりません。脅迫されてしゃべらなに精神身体症なのですか」 ければならないなどという辱めにあおうとは思いませんでした。わうすい灰色の半透明の膜がホーキンス人の眼にかかってきてい たしの惑星でしたら、こんなことはとてもできないのですよ。ここる。すでにもう見えなくなってきたのだろう。「いし えちがいま だけ、この胸が悪くなる惑星たけなのです、わたしがシアン化物をす、ミセス・スモレット、精神身体症ではありません。本当に心の 奪われてしまうのは」 病いなのです。精神感染とでもいえますか。患者たちはみな心がふ 「あなたの時間を無駄にされてはいませんか、ソーラン博士」 たつあったのです。調べてみますと、うちひとつは明らかに固有の 「最後にはすべてお話するつもりだったのです、ミスタ・スモレッ 心であるのですが、いまひとつの心の存在を示す証拠があって、そ 。あなたの助けが必要でした。そのためにこちらにお邪魔したのれはーーー異星人なのです。″抑制死″病の患者についてわたしの です」 惑星以外の生物についても調査してみますと、やはり同じ結果が出 「まだ質問に答えてもらってませんね」 ました。早い話が、この録河系の知性体は五種類ではなく六種類な 「これから申しますよ。何年もの間、わたしは通常の研究のほかのです。そして六番目は寄生体たったのです」 に、″抑制死〃で死んだ患者たちの細胞を個人的に調べてきまし ローズがいった。「そんなとっぴなーーーあり得ないわ ! 間違わ た。秘密冫ー こよ気をくばり、アシスタントもなしにしなければならなれたんじゃありません、ソーラン博士、 かったのは、患者たちの身体を調べる方法が世間の人に知られたら「間違ってはおりません。地球に来るまでは、もしかしたら誤りか きっと眉をひそめられてしまうようなものだったからです。あなたもしれないと思っていました。しかし大学でしばらく研究し、失踪 がたの社会でいえば、ちょうど生体解剖に対して反感を持たれるよ人係で調査をしたりして、いまでは正しいという確信を持っていま うなものです。この理由から、わたしは研究の成果を同僚の医者たす。寄生知性体という概念はさほど考ええないものではないでしょ グレイ 26
もしかしたらかなりの大物なのかしら ? 成長をつづけていた。図書館たけでも三階の全面積を占めている。 ひょいと肩をすくめる。そんなことは二十世紀のスパイ小説やテそれでも、もしすべての本や論文や雑誌などがオリジナルのまま 4 レビドラマに出てくる " 水爆の秘密をめぐる大陰謀。なんて古めかで、マイクロフィルムではなく印刷物の形で、保管されていたなら しいはなしでしかありやしないわ。 この巨大な建物すべてを使用しても足りないのは確実なのだ。そう メモ用紙を引き寄せると、さ「と鉛筆で、まん中にたてに線をひした状況なので印刷物のままで保管する年限を十年間ではなく五年 いた。片方に『 ( ーグ・ソーラン』、もう一方に『ドレイク』と書間にしようという論議がなされていることもローズは小耳にはさん く。『ハーグ・ソーラン』の下に「誠実」とつけ足して、しばらくでいた。 考えていたが疑問符を三つも書き加えた。そうよ、とどのつまり ローズは医大のメンパ になっていたので自由に図書館に入れ は、かれがたたのお医者さんか、それとも宇宙エージ = ントとしかる。地球外医学書の分室に急いで、先客がいないので彼女はほっと 呼びようのないそんな異星人なのかっていうことなんだわ。大学だした。 って、職業についてはかれのいったことをそのまま受け取ってなに 司書に助けてもらってリストでも作ってしまう方がずっと楽かも も照合したりはしていない。それでドレイクはあんなに邪慳に″抑しれなかったが、あえてそうはしないことにしたのだ。できるだけ 制死″のことをきいたりしたのかしら ? 事前にそのことを頭につ痕跡はかすかでわずかな方が、ドレイクに発見される可能性が小さ めこんでおいてホ 1 キンス人がミスしないかと試したのかしら ? くなるというものではないか。 しばらくぐすぐすしていたが、やがて、びよんと立ち上ると、メ それに、あっけなく教えられてしまうより、棚から棚へと背表紙 モをたたんでジャケットのポケットに入れるやオフィスを飛び出しのタイトルを指先でなそりながら捜すのも悪くない。を まとんどの本 た。出合った仲間にひと言もいわす大学を出てしまう。どこへ行くが英語で、わすかにドイツ語やロシア語のがまざっている。なんだ のか、いっ戻るのか、受付にまでいわない始末。 か矛盾しているようだが、地球外言語のものは一冊もない。そうし 1 ートメント ひとたび外に出るや、第三層に降りて空の移動コンパ た原書はどこか別の部屋にあって、公認翻訳家しか手にすることは が来るのを待つ。経っていく二分間がやけに長い。シートに腰をおできないようになっている。 ろしてすぐ上のマイクこ 冫いったのも、ただ「ニューヨーク医科大 眼で追い指でなそり、ふと立ち停る。捜していたのが見つかっ さなコンパ ートメントのドアがすっと閉まると風切る音がどん 棚から五、六冊の本をぬき出すとそばの小机にひろげた。手探り どん高くなっていった。 で灯をつけるのももどかしく一冊めを開ける。タイトルは抑制の研 ーグ・ソーラン 究。パラバラとめくって、著者のところを見る。 ニューヨーク医科大学はこの二世紀の間に平面的にも立体的にもの名があった。
ロ 1 ズはドレイクがどこでこんな部分神経継断機能のことを知「おれの客たといったおぼえはないね、ソーラン博士、とドレイ ったのかとまた不思議に思った。彼女自身まるで知らなかったのク。「わが家に入りこむについちゃうまい口実をつけてきたじゃな 5 いか。理由があったんだ、ある目的のためにおれを上手に使おうと ホーキンス人がまたきいてきた。「なにをしようというのですか考えてたんだろう。態度を変えても良心の呵責など感じないね」 「撃たれたらいかがですか。時間を無駄にせすにすむでしよう」 そして今度はドレイクも答えた。「質問に答えてほしい」 「ほう、何ひとっ答えまいと決心したのか ? どうもなにかありそ 「ガンを手にしながら ? これほどの無礼な言行にいつまでも合わうじゃないか。ある答えをするより命を捨てようというみたいだ ね、 せていくつもりはありませんが」 いのち 「合わしてもらう必要などない。それより自分の生命の心配をした 「わたしは少なくとも礼儀というものの本原は非常に大切なものだ ~ 力。かいし , と考えているのです。あなたがた、地球人などにはおわかりになら 「なるほどかような状況下では、どうでもいいなどとはいえないよないかもしれない」 うですね。地球上でも、ミスタ・スモレット、客に対してある程度「そうかもしれない。しかしおれは、地球人だが、ひとつだけわか の敬意は示されるものと思っておりましたのに、実に残念なことでってることがある」 ドレイクはサッと飛び出し、ローズが叫ぼうと思うより早く、ホ 1 キンス人が手足に神経を継ぐより早く、動 ッと飛び退いた時にはもう、その手 にはハーグ・ソーランのシアン化物シリンダ ーの柔らかなホースが握られていた。ホーキ ンス人の幅広い口の端のホースが取りつけら れていたところの皮膚が切れて、じんわりと 無色の液体がにしみ出てきて、そして酸化し ていくにつれ茶色のゼリー状の小滴にゆっく りと固まっていった。 ドレイクはさらにホースをぐいと引っぱっ てシリンダーを手元に寄せる。シリンダー上 部のニ 1 ドル・・ハル・フにつながるノブを回す
ローズがいった。「それで失踪人係の方はいかがでした、ソーラ ン博士 ? 収穫があったとおっしゃいましたね ? 「そう申しました。そのとおりです」 着いてみればなんのことはなく、かれらは待ってなどはしなかっ ローズは背を向けたまま振り向かないでいる。ソファークッショ た。地下高速チューブからあたふたと地上に飛び出して来ると、ち ンをたたいてふくらませながら、またきいてみる。「どんなでした ようどへリタクシーから降りてくるかれらに行き合ったのた。ヘー タクシーの運ちゃんは、眼をきよろっかせてしばらく降ろした客のの ? 」 後ろ姿を見ていたが、やがて上昇して飛び去った。なぜとはなしに 「もっとも興味をひかれた点は、行方不明になるものの大部分が男 お互いにわかりあって三人は家に入ってしまうまでロをきかなかっ性であるということでした。夫がいなくなったと届け出てくる妻は 頻繁なのですが、その逆のケースはほとんどないも同然なのです」 ローズはごくお愛想といったふうで、「ご退屈じゃありませんで ローズが答える。「あら、それは別に変でもなんでもありません した、ソーラン博士」 わ、ソーラン博士。まだ地球の経済機構がよくおわかりになってら 「いや実に楽しい一日でした。しかもなかなかに収穫もあったと思 っしやらないからでしよう。この惑星では、一家族をひとつの経済 っております」 ュニットとして維持しているのは通例男性なのです。男性がその労 「何かめし上りました ? 」ローズ自身何も口にしていないのだ、と働によって流通貨幣を得てくるのです。妻の役割はたいてい家事や ても食欲などありはしなかった。 育児ということになっているんですわ」 「はい ただきました」 「なんとまた、ユニークなことですね」 ドレイクが口をはさむ。「昼めしもタめしも持ってきてもらった ドレイクが口をはさんだ。「そんなとこですかね。しかしわたし んだ、部屋にね。サンドイッチさ」疲れた声だ。 の妻もそうかと思っていただいては困りますよ、彼女は少数派の一 ローズはいった。「おかえりなさい、ドレイク」いま初めて声を例で自分で立派にやっていける女なのですから」 かけたのた。 ちらっとローズの眼が走る。かれ皮肉をいってるのかしら ? ドレイクはろくに見もせずに答える。「うん」 ホーキンス人がいった。「トマトというのは素晴しい野菜ですホーキンス人がいった。 「いまのお話は、ミセス・スモレット、 ね。あの味にくらべられるものなど、わたしの惑星には思い当らな こういうことですか、つまり男性配偶者に経済的に依存している女 いほどです。きっと二ダースぐらい一度に食べてしまうでしよう性が蒸発する可能性は低いのではないかという ? 」 し、トマトの派生物だったらひとビンは軽いと思いますね」 「すいぶん、おやさしい表現ですけれど」とローズ、「そういうこ 4 「ケチャップだよ」とそっけなくドレイクがつけたした。 とですわ」
して何千年という間に、現在のような人類の奇妙な神話となってい るのかもしれない。人間は初めエデンの園にいたのだ。そして『野眼に手をやった。若者が蒸発してしまうのはきまって結婚一年目 6 だという。寄生知性体の繁殖プロセスがどんなものであれ、当然な のいかなる生物よりも陰険な蛇』もいた。蛇は人間にとりついて、 そして手足がなくなった。もう肉体的なものが必要なくなったのがら他の寄生体との密接な繋がりが必要とされるたろうーー密接で だ。そして蛇にとりつかれ邪しまな心になった人間は永遠のエデン連続的な繋がりが成されるにはかれらの宿主も同じような深い関係 になければならない。そう、ちょうど新婚ホャホヤの夫婦のような の園を追われてしまった。そして死ななければならなくなった。 それでも、どれほど気をそらそうとしても想いはいつのまにかド レイクに戻ってしまっていた。突きはなしてもすぐ戻ってくる。ど少しずつ彼女の想いが離れていくのが感じられる。いろんな人が んなことを考えようとしても、つまらぬ時間つぶしをしようとしてやってきてそしてこういうだろう。「 ( ーグ・ソーランはどこへ行 「いや、いや、もういや」きました ? 」そして彼女はこう答えるだろう。「主人と一緒ですわ も、常に想いはそこにあった。泣いた。 またこうきかれるだけだ。「ご主人はどちらです ? 」かれも行って それでも想いはそこに来る。常に戻ってくるのだった。 しまうだろうから。もう彼女は必要でないのだ。決して戻ってきは ドレイクは嘘をついたのた。まことしやかな話だった。たいてい ドレイクは生物学しない。捜しても見つけられないだろう、きっと宇宙に飛び出して の場合だったらあれでうまくいったのだろう、が しまっているだろうから。そうだ、失踪人係に届け出なければ、ド 者ではなかった。ガンは、ドレイクがいったようなものではなく、 レイク・スモレットとハーグ・ソーランの捜査願いを、 むしろ正常な成長の能力を失った場合の一症例というべきなのだ。 思いっきり泣きたかったが、できなかった。涙ひとっこ・ほれす、 現に成長途中の子供たちもガンになるし、時には胎児の組織にまで 発病する。地球外生物と似ていて、生きている限り成長の止ることつらさが増した。 そして、くすくすと笑い始めてしまうと、とまらなくなった。お のなく、死ぬのは病気か事故のときだけという魚類にも発病してい ろんな疑問に答えを求めていたのが、いちどに る。心もなく寄生されるはすのない植物にまでみられる。ガンは正かしいじゃない。い 常な成長の存否には関係がないのだ。それは多細胞組織を持っ生物みんなわかってしまったのだ。気にしていた問題に何の関係もない ような疑問まで答えがわかってしまった。 には避けがたい病いなのだった。 ドレイクがなぜ彼女と結婚したのか、とうとうわかってしまった 嘘をつく必要などなかったのだ。ただああいうことで、センチメ ンタルで弱気になってしまった自分を正当化して、彼女を殺さずにのた。 すまそうとしたのたろう。大学に行って皆にいうこともできる。寄 生体をやつつけることも可能たろう。除いたからといってガンにな ることなど決してない。しかし、いったい誰が信じてくれるだろう
ガンといっているんだよ。もうわかってくれただろう。寄生体を除 れている。その長い時間の流れの中で、人類はただ単に適応しただ けでなく、ある面では依存するようにまでなってしまったんだ。もく手だてはない。共に暮していくんだ、永遠にね。″抑制死″を押 えようと思ったら、異星人は地球上の脊椎動物をすべて抹殺しなけ うすでに寄生というものではない。共同して生きていくようになっ となればこのことは ているんだ。きみたち生物学者はなんていってたつけ」 ればならないだろう。ほかに解決法はない、 どうあっても隠しておかなければいけないんだ。わかってくれた 手を振り払う。「なんのことをいってるのかしら。共生 ? 」 「そう、それだ。わたしたちにも病気があるんだ、お・ほえてるたね ? 」 ろ。逆作用による病気なんだよ、つまり非抑制成長というわけだ。 舌がひりついたようになって話しづらい ″抑制死″と較べて話したことがあったつけ。そうなんた、ガンの 「わかったわ、ドレイク」気づいてみるとかれは額に汗をかき両ほ 原因はなんだろう ? 生物学者、生理学者、生化学者その他もろも ほに伝っているほどだった。「あれをアパートから出してしまわな ろがどれほど研究してきたか想像もできないほどた。それなのにどければいけないわね . れほどの成果が上ったか ? なぜか ? どうだい、その理由が今の 「夜もふけているし、ビルから出すぐらいなんとかなるさ。それか らだがーー、振り向いていった。「いっ戻れるかわからないよ」 きみならわかるんじゃないか ? 」 しいえ、わからないわ。なにをおっしやっ ゆっくりと答える。「、 「わかったわ、ドレイク」と彼女はまいった。 てるの ? ーグ・ソーランは重かった。ドレイクは引きすっていくしかな 「いうだけなら簡単なんた。寄生体を除くことができたなら、永遠かった。ローズは顔をそむけた。吐き気がしたのだ。すっと眼を閉 に成長がつづけられ、望むなら生きつづけることができる。大きくじていて、ドアのしまる音を耳にした。自分にいいきかすようにそ なりすぎたりあんまり永く生きすぎたと思って嫌になるまで生きら っと口にする。「わかったわ、ドレイク」 れる、というんだろ。しかしね、何百万年もの間人類はそんな抑制 もなしに成長をつづけられるという機会を得たことがないんだ。そ 午前三時。ドレイクと荷物が出てドアがそうっと閉められて、カ んな成長が可能だろうか ? 身体の有機化学反応がついていけるたチッというのを聞いてから一時間ほどたっていた。どこに行ったの ろうか ? 適当なコ・ えーと、あれは」 か、どうしようとしてるのかなにもわからなかった 「酵素でしよ」とローズがそっとつぶやく。 こごえたように坐っている。眠りたくもなく、動く気にもなれな い。ただもう心の中では、たったひとつのことに思いを寄せ、知り 「そうだ、その酵素が問題なんた。つまり人類には不可能なんだ。 もしなんらかの理由で、 ーグ・ソーランのいったように、人間のたくないばかりに気をそらせるようなことをしていた。 身体から寄生知性体が離れてしまったり、人間の心との繋がりがそ寄生する心 ! 偶然の一致なのだろうか、それともやはり種族と こなわれたりすると、身体は異常な成長をはじめてしまう。それをしての記憶なのだろうか ? ある真実がわすかな語り伝えや記憶と
っとかれは夜自分の部屋で静かに反芻するのだわ、ローズはと思い いただいていますか、先生 ? 」 「ええすっかり。奥様に過分のご配慮を突然ドレイクが同じことに気づいて気分を悪くしてテープルを立っ ホーキンス人が答えた。 たりしたらどうしようと心配となった。しかし、ドレイクは何ひと いただいております」 っ気にかけるふうもない。 「何かお飲みになりますか ? 」 「ソーラン博士、あなたの脇のシリンダにはシア かれはいっこ。 ホーキンス人はそれには答えず、ローズに向って何かいいたげな 顔つきをしてみせたが、ローズにもその意味がわからなかった。ちン化物が入っているのでしよう ? ローズは眼をみはった。正直にいって、。せんぜん気づかなかった よっと気をつかって彼女はいった。 「地球にはエチルアルコールが入っている飲物をとる習慣があるののだ。円筒形の金属製で、飲料水のカンを思わせるもので、皮膚に びたりとついていて、着衣に半分隠れている。そうなのだ、ドレイ です。わたしたちには素敵な刺激物なのです」 「ああ、そうですか。残念ながら、わたしはお断り申し上げなけれクの眠は刑事の眼なのだ。 ホーキンス人はまるで気にもしていないようすで、「そのとおり ばなりますまい。エチルアルコ 1 ルはわたしの代謝機能にかなりか いいながら、ひづめのついた指先で細い柔軟なホースをつ です」と んばしからぬ影響を与えると思われますから」 ドまみ上げると、自分の黄色つぼい肌に合わせた色合で身体にそって 「これはまいった、人間だって同じことですよ、ソーラン博士」 レイクが切り返す。「でも、わたしが飲む分にはかまわんでしよう伸びていて、先端がロの端に入っているのを見せてくれた。ローズ は着衣の中を見せられて、すこしどぎまぎしてしまった。 ドレイクがまたいった。「中には純粋のシアン化物が入っている 「もちろんです」 ドレイクはローズのわきを通ってサイドボードのところへ行ったのですか ? 」 ホーキンス人はユーモラスに眼をパチクリさせた。「地球人に対 が、ひとことだけ言い放った。ぎりぎりし・ほったささやき声で、ひ とこと " 神さま ! 。といったたけだが、感嘆符が十七個もついていする危険性についてならまったくご心配には及びません。シアン化 物のガスがあなたがたにとって非常に危険なものであることは充分 そうな言い方だった。 承知しておりますし、わたしの必要とする量はほんのわずかなので ホーキンス人が食卓に向「て立 0 ている。そのナイフ類をあっかす。シリンダーの中は五パ 1 セントの青酸ガスで、残りは酸素で うさまは器用さの見本ともいえるようなちょ 0 とした見物たった。す。わたしがこのチ = 1 ・フを吸わなければ出てきませんし、それも ローズは食べている姿をできるだけ見ないようにしていた。くちびたまにやるだけでいいのです」 「なるほど。このガスはあなたが生きていくには絶対に必要なので るのない口がびつくりするほど大きくあいてのみこみ、かむときに は大きなあごがこれまた面くらうことに右から左へと動くのだ。きすね ? 」 メタポリズム はんすう