ち因果律を破減させる面が漂いはじめた。 問を命じてくるからな : : : 」 『オロモルフ号』がさらに危険な領域に入りこんだ場合、いった「具体的には ? 」 し何が起こるのだろうか : べイトマンは言いよどんだ。コイズミはたたみかけるようにし 他の三隻の宇宙船のうち、•< ・二隻は行方不明になっていた。 もっとも、″ペニオナリーの墓場″では、たいていのものが行方不て、説いた。 明になる。因果律の面が無数に交錯しているため、発見することが「何か新しい計画書が審議されているんじゃないのか ? 」 きわめて困難になってしまうからである。 「まあね」 工の戦闘計画書だろう ? 」 他の一隻、すなわち宇宙船 O とは、中心部からやや離れた所に停「フーリ 止していた。その姿は、『オロモルフ号』の無鉄砲な前進を不安げ「知っていたのか ? 」 に見守る母親のようでもあり、また、冷たくつきはなす父親のよう「ハール室長から直接聞いたよ」 でもあった。 「それでは、説明する必要はない」 宇宙船 0 の周辺には、因果律の面は少なく、そのかわり、素粒子「きみの意見は ? 」 の群が渦をまいてとり囲んでいた。 「純粋に数学的にいっての話だがー - ・ーー」・ヘイトマンは困惑した表情 をかくそうとはしなかった。 「ーーー危険な計画たと判断している。 自室にもどったコイズミを待ちかまえていたのは、今度は部下のカではねつけようとする傾向が強すぎて、相手の力を利用する姿勢 ガモフではなく、数学者のポール・トレビア・べイトマンたった。 : よい。反作用が生じたら恐ろしいことになる計画だ」 べイトマンは、例によって、陽気な口調で話した。 「ハール室長は反対ではないのか ? 」 「部長さん方に、何か新しい作戦を提案してまわったそうじゃない 「内心は不賛成だろう。だが、今の所対策はない。とにかく、ひと か」 とおりの説明は終了してしまっており、あとは作戦計画会議にかけ るだけになっている」 「フェイバー部長がハール室長の所にとんで来て、ご注進していた 工の計画が コイズミは黙ってうなずいた。ハール室長は、フーリ よ。ところで部長さん方には理解していただけたかね ? 」 成立したあとのことまで予測したうえで、行動しているにちがいな 「自信はない。しかし何も話さないよりはましだと考えている」 い。ダランベルトにしても、フーリ 工の計画の欠陥を見抜けないよ 「考古数学者らしい言い方だな」 うな人物ではない。ただ、この際は、多少の冒険でもやってみる以 「司令室長室の動きはどうかね ? 」 外、現状を打破する方法はないのだ。 「皆、いそがしそうではある。総司令官のダランベルトが次々に難「きみの作戦の方がすぐれていることは、ハール室長も内心認めて 幻 9
最初のうちはあいまいだったが、次第に、形が明瞭となり、論理司令室長室への往復によく使う、かよいなれた道順である。 が通るようになっていった。それは記号と画像で描かれていたが、 コイズミは無意識のうちに、前に乗った時とまったく同じシート 0 冗長度は十二分にあり、人々に誤解を与えるような構成ではなかつに腰をおろした。そこはロケット最前部に近く、窓からは、戦闘技 ニューヨーク・シティほどもあるーーー部長室を望 術部の壮大な ソフアでくつろいだまま、無線で指示をくりかえしていたコイズむことができた。 、、は、ディスプレイの記号と画像の集合がアレフ 0 の均衡を保った コイズミはしばらくの間、空白となった心に、その光景を受け入 のを見とどけると、立ち上がった。 れていた。早ロのガリレオ・ガポール部長の演説が幻聴となって耳 「よかろう、ガモフ : にひびいた。 装置類のかすかな唸りが消え、広大な実験室が薄暗くなった。デ この時はまた、コイズミは自分の策定した案の欠陥に気づいては よ、つこ 0 イスプレイだけが、淡い乳白色に輝いた。 しュ / 、刀ー ガモフはディスプレイの下部から、コビーを取りだした。マイク ロフィッシュ形のコ。ヒーもまた、不定形である。 コイズミはコビーを受けとり、外へ向かった。。 カモフがあわてて 背後から呼びかけた。 世紀末最高の秀才児で、『オロモルフ号』の船長兼総司令官とし 「どちらへお出かけですかに」 て君臨するダランベルトを補佐する人物は、公正無私な実用主義者 でなければならない。 コイズミはふり向いて言った。 「司令室長の ハールは何年も前からその最適格者といわれており、コイズミも ハールの所へ行き、計画について説明してくる」 それを認めていた。とにかく、二十世紀のすべてを経験すみの人物 ガモフはおこった口調になった。 は他に存在していないのだ。 「わたしにも内容を教えてください」 し力し、ハ 1 ルの居室は、そのような経験の豊富さとはすこしも 「ディスプレイに教わりなさい」 コイズミは今度はふり向かずにそう言うと、ドアを開けて実験室結びつかない、簡素なものだった。 大きなデスクと、その上に置かれている連絡用の映像装置、そし の外へ出た。 ・ : たったこれだけ 廊下は自走路の迷路だったが、コイズミはなれた足どりで目的のて、壁の一隅にある、宇宙空間の投影パネル : が、調度品のすべてであるといえた。 場所へ移動した。時速三百キロに達するのに三分とはかからない。 、ハールは上官に対するような 秘書の案内で入室したコイズミに 高速の自走路の終点にロケット発着場があり、ロケットは自走路 のスビードに合わせて加速を開始する。 丁重な態度で、ソフアをすすめた。
た。わが『オロモルフ号』の内部で、その時たいへんな論争がおこ画書が実行に移された後になってはじめて、真の効果を上げうるの ところでコ 、、ールは持っているにちがいない。 だという見通しを ったことよ、 。いうまでもない。宇宙の大変異を相手に『オロモルフ ″ペニオナリーの墓場″に近イズミーーー 」べイトマンは人なつつこい表情でコイズミを見た。 号』が戦うことができるだろうか ? ? たが、ダランベルトは決断した。試「ーーーきみは自分の案を各部長に説いてまわったが、きみ自身の属 づくだけの価値があるのか みないかぎり勝利はあり得ないというのが、あの船長の信念だったしている戦闘技術部の部長には説明してあるかね ? なかったとし たら、いざという時に、ますいことになる : : : 」 のだ。アンドロメダから″べ・ニオナリーの墓場″までの航行中、さ コイズミは苦笑した。 らに新しい事実が判ってきた。それは、集中した質量がコロイド状 に分散し、無数の重い星ができ、そしてその大部分が重力崩壊して ある視点からは、この『オロモルフ号』のすべてをーーー船長ダラ プラックホールへと向かっているということだった。すなわちわれンベルトをも含めてーーー把握しているつもりなのたが、別の観点か われは、プラックホールを根絶させる義務を負うはめにおちいったらは、抜けたらけなのである。 のた。だが、本当にそんなことが可能なのだろうか : 「ありがとう」 コイズミは、このお人よしの好敵手にあいさっすると、すぐに戦 コイズミは、ポードに方程式を書いた。 R - = = ート g え日 T 闘技術部長のガリレオ・ガポールの居室に足を運んた。 ガポール部長は相変らすだった。 そして、べイトマンの明快なお喋りにひとつだけ、つけ加えた。 「重力常数んが変化することによって、地球文明は大きなよりどこ広大な部室を眼下に見おろす高台に陣どって、つぎつぎに命令を ろを失うことになるという不安が、あらゆる努力の原動力となって発し、指示を下している。 いる。わたしは必すしもそうは考えてはいないが、相対論からまた そのかん高い声にはよどみがなく、判断には遅滞がなかった。 ひとつ、絶対的なコンスタントが失われることだけは確かだろう。 コイズミはわすか三十秒の時間を秘書のヤングから許されただけ そして、恒常的なもの、正則的なものの存在が減るにつれて、こ だったが、何とか説明を終えた。 の『オロモルフ号』の存在意義が希薄になることもまた、真実なの ガポール部長はせわしげにうなすき、コイズミが渡したコ。ヒーを あわただしくデスクの上のファイルに放りこむと、すぐにまた声高 それからコイズミは、自分の作戦について説明した。ガモフがと に指令を出しはじめた。 くいそうな顔つきで、プラズマ分析時の様子を話した。 部長が多忙をきわめる理由はよく判っていた。つぎからつぎへと べイトマンはにこやかな顔つきになって、立ち上がった。 おし寄せてくる事象の地平面をかいくぐり、また撃退するのが、こ 「よく判った。そして、司令室長の ( ールが今のような態度に出ての戦闘技術部の仕事であり、そのためには、部長自らが、常に高度 いる理由も納得がいく。きみの立案した作戦は、フーリエの戦闘計の判断力を駆使していなければならないのである。
外側から内側への移動を意味し、Ⅱ↓とⅣ↓は内側から外側へ 「きみの提案はすでに司令室長室のプログラムに組み込んである。 の移動を意味します。もし、外側にいるわれわれ人類が因果律に抵わたしは、この作戦は総司令官の指令として実行すべきだと考えて 2 っ 4 触しまいとすると、外側宇宙のある地点に吸収専門の存在と放出専いるからだ。フーリエには悪いが、あの戦闘計画書審議は、いわば 門の存在とが対として生減していることになります。外側と内側と前戯だと解釈している。たたしーーー」 ハールはコイズミを見た。 を・ⅢとⅡ・Ⅳのように二つずつ想定することによって、時間の 可逆性と運動の一方向性とを両立させているわけです。申し上げる「皆に一応の話はしておいてほしい。とくに因果律の問題について までもなく、われわれの世界ーーたとえばの領域ーーからみた内 側Ⅱは吸収専門ですから・フラックホールを表わし、内側Ⅳは放出専コイズミは、胸をなでおろした。もはや審議の段階ではなく、自 門ですからホワイトホールを表わしています。かってフラーやホ分の立案した作戦が実行に移されつつあることを知ったからであ イラーがいったように、とを直接つないでわれわれの世界とる。 し、宇宙の虫くい穴にすることは自由です。それは、数学上の問題 にすぎません。あるプラックホ】ルとあるホワイトホールが連結さ コイズミは淡々として喋った。フーリエだけは苦々しい顔つきを れていることは、今や、物理学的な事実なのですから : ・ していたが、他は、単に事前説明を受けているといった表情たっ 「きみは、ホワイトホールの利用を提案しているのかね ? た。間違いなく、ほとんどすべての部門の長が、コイズミ一人を頼 ダランベルトの声が、一海鳴りのように、 コイズミの耳朶をうつ りにしはじめたのである。 た。コイズミはかすれた声で応じた。 情報処理部長のハ ・、ーはもちろん ーラインや事務部長のフェイノ 「そのとおりです」 のこと、天文学部長のケラーや精神学部のイグサ部長もそのように 再び、ダランベルトの声がした。 みえた。 「ホワイトホールはどこにあると思う ? 」 戦闘技術部長のガポールが喜色を表わしていたのはむろんのこと コイズミは、ためらわすに答えた。 である。 「素粒子の中にあると思います」 コイズミは、要領よく、作戦の全貌を伝えた。そして、アーベル 「わかった。よかろう の質問に応じて、とくにフュラーとホイラーの考古数学的論文のサ ダランベルトに対する説明はこれで終わった。そして、そのことマリーを次のように引用した。 はまた、ダランベルトがコイズミの提案を認めたことを意味してい 「 : : : 多重連結宇宙に関するトボロジーを物理学に導入すると、因 果律の問題が発生する。すなわち、多重連結宇宙の二点間には二筋 つきそっていたハール : 、ほほえみながら言った。 のルートが存在するので、ひとつのルートを通って光速ですすむ信
が『オロモルフ号』は、大目的を達成するためには、不可解なもの ガポール部長のかん高い声が頭上にこだました。 ガモフはコイズコにうながされて、 Z 比増大装置のスイッチを 2 は抹消してしまわなければならない。戦いに関する、これは常識で 2 しよう」 押した。エントロ。ヒーの流れは戦闘技術部の中枢に集められ、濃縮 「他にご意見はありませんか ? 」 されたビームとなって、船外へ放出された。 ハ ] ルは会議卓に居並ぶ部長とスタッフたちを見まわした。 その様子は、コイズミとガモフの座席の正面にある立体スクリー 誰も、何も言わなかった。 ンによって、知覚することができた。 「とくになければ、本案は採択されたものといたします」 不快な感情がコイズミを襲った。 ハールは無表情に、会議の終了を告げた。 「頭が痛い ! 」 コイズミは、席を立ちかけたハールの顔色をうかがった。そし ガモフがうめいた。 て、この経験豊富な司令室長が、やはりすべてを見通していること ロポットは精神的圧迫に鈍感だが、それでも、生身の人間に酷似 を直観した。 した神経機能は、強い刺激に対してはっきりとした反応を示すので たカとにかくフーリ 工の計画書は最高会議を通過した。人心はある。そしてこれま、、、 ーし力に強い刺激が船全体を包んでいるかを物 離れているが、スケジュールと費用は約束されてしまった。各部は語っていた。 エントロビー爆弾を発射する際の、止むを得ない反作用なのであ 計画にしたがって行動する責務を、自動的に負わされることになる のだ。 「・フラックホール・ガン発射準備 " こ ガポール部長が、コイズミの肩をたたいて、につと笑った。 「スタッフといえども、遊んでいてもらうわけにはいかん。いよい 再びガポール部長の声がひびいた。その声はすでにしわがれてい よ戦闘開始だ ! 」 ガモフは、座標偏差値を手早くはじき出し、部の中枢に送りこん だ。これが、この実験室の唯一の役割なのである。 つかのま、静寂の実験室を支配した。だが、それはしきに、ガモ コイズミは、自室にもどると、すぐにガモフに命じて、実験室をフの悲鳴によってやぶられた。 フー丿工の戦闘計画書にしたがって構成しなおした。 「ポス、大変だ " こ ガモフはぶつぶつ呟ぎながらも、命令のままに動きまわった。 彼の手は、スクリーンの右方をさしていた。 戦闘態勢はすぐにととのった。 「宇宙が壊れかけているリ」 「エントロ。ヒー爆弾発射 " こ 「落ちつきなさい」コイズミはこの愛すべき部下をたしなめた。
毒にも薬にもならないように見えるが、意外にしたたか者で、か 「何の用かね ? 」 つ、嫉妬ぶかい部長である。だが、コイズミは組織人としての有能 うさんくさそうな眼で見つめるラハ ーラインに対して、コイズミさをトゲの有る言葉の裏に見てとるたけで、満足した。そして、か は自分の作戦を説明した。しかし、反応は予期していたとおりのもってハーレ : 、 ノカコイズミがこの部のスタッフになるのを強く反対し のだった。 たことがあるのを思いだした。 「わたしは最初から、宇宙船 o からの信号を各部がよってたかって くーよ、どちらかというと話しやす 処理することに反対たった。あのような場合、ます、責任ある窓口事務部長のマイケル・フェイノ。 を決めるべきなのた。そうしないと、結果はどうしても総花的にない人物だった。コイズミの説明に、大げさにうなすきながら、聞き る。つまり、お役所的な無理な方針が出されるだけだ。わたしは共入っていた。 同無責任的なやりかたに強く反対したのだが、誰にもきいてもらえ説明が終わると、笑みを浮かべて、コイズミの肩をたたいた。 なかった。われわれの部としてはやるだけの事はやったが、部分的「すばらしい作戦だ。わたしは技術的な内容について口にする資格 に意見が採用されただけでは、責任をもつわけこま、 冫。しかない。考えまよ 冫オいが、きみの直観力に対しては、いつも敬意を表している。宇 てもみたまえ。宇宙人を会議卓の横に坐らせておいて、司令室長室宙船 o からの信号を各部で解読した際、あまりにもまちまちな意見 のスタッフたちが内輪もめすることの・ハカバカしさを ! 」 が出されたので、それを整理するのにずい分苦労した。各部ともに 「情報処理部ではどのような見解を提出されたのですか ? 」 しいぶんは多いだろうが、裏方であるわが部の仕事のつらさを理解 ハーラインは冷たくコイズミを見おろした。 してくれる所は少なかった。それを判ってくれたのは、きみぐらい 「われわれの部は、当然のことながら、初期のデータ抽出についてではないかーーと考えている。今度の作戦が提出され、議題にの・ほ った時には、混乱が生じないよう、全力をつくすことを約東しょ は一任させてくれるよう要望した。勝手なことをいったわけではな う」 情報処理部がそのような役割を果たさなければならないこと は、『オロモルフ号』建造の時点から決められていたのだ。この正 コイズミは静かに質問した。 当な主張が認められなかった以上、あとの処理は機械的なものにな 「賛成して下さいますか、会議の席上で ? 」 らざるをえない。はっきりいって、あれは、若い連中の演習問題と イ・ハーはあいかわらず愛想笑いを浮かべたまま、答えた。 なってしまった。連中はおもしろがって、いろいろな意見を出して「その案に、 ″コイズミ作戦″という名称をつけようではないか。 いたがね : : : 」 そして、書式をもう少しととのえて、総司令官に事前説明をしてお 「わかりました」 こう。きみの部の部長さんもはりきるんじゃないかな ? ま、とに コイズミは一礼して、エ・ハーラインのもとを去った。 かく、がんばってくれたまえ。コイズミくんのような部付きのスタ 幻 4
「わからないことが多すぎる。わたしがこの事件で興味をもってい ッフから、そういう積極的な意見が出てくるのは、『オロモルフ るのは、、宇宙人の心理の地球人との同一性についてだ。大部分の学 号』にとって、いや、人類全体にとって、じつに頼もしいこととい 者は、宇宙船 0 からの受信信号から誕生した宇宙人を、原情報の具 わなければならん : : : 」 コイズミは苦笑し、コ。ヒーを何部も秘書のデスクに残して、退散象化としか見なしていない。しかし、わたしに言わせれば、宇宙人 した。この徹底した責任回避主義は、決して、事務部門の本質的なの心理は、元の情報とは無関係に、独立して動いている新しい実体 なのだ。そのことを無視して、今回の難問題を解こうとする連中が 体質からくるものではない。やはり、部長の個性そのものである。 、、 1 ールの - 多いという事実に、わたしは不満をもっている。だから コイズミは、各部の事務担当者と、事務部の実行部隊との間に、 お声がかりで各部が情報分析をはじめた時、わたしは、部下に命じ 激しい確執が絶えないことを想起した。 とね。 た。データ処理装置にできる仕事をするのはよしなさい ーライン、事務部長のフェイ・ハ そして、情報処理部長のエ・ハ もに、自分の属する戦闘技術部の部長ガポールと仲が悪いことを思わたしの気持ちが、きみに理解できるだろうか : 「よくわかります」コイズミはうなずいた。「部長のおっしやると い出した。もっとも、どちらに責任があるかは、コイズミとしては おり、今回の事件に関して、見逃がされていたもっとも重要な問題 知ったことではない。 は、宇宙人の心理分析です。その面では、わたくしの作戦も欠点だ コイズミが次に訪れたのは、精神学部長のキヨシ・イグサだつらけと言っていいかもしれません。まさに、ご指摘のとおりです」 「わかってくれればいい」 この男は、アンドロイドをロポットと区別し、生身の人間の精神イグサ部長は、気むずかしい表情を、ほんのわずか、やわらげ とアンドロイドのそれとを合体させたことで有名である。大学の老た。 コイズミは、自分の案のコビーを置くこともせず、深々と会釈し 教授といった雰囲気をもっている。 て、室を辞した。 彼は、うさんくさそうな表情でコイズミを眺めていた。コイズミ やりきれない思いである。 は、なるべく理解しやすいよう、言葉を選んで説明したが、判って 部門の違いによって、なぜこうも″言語がちがうのであろう もらえたのかどうか、心もとなかった。 か ? まったく同一のことをとうの昔に述べているのに、少しも気 聞きおわったイグサ部長は、首をかしげたまま、沈黙していた。 づいてくれないのである。 コイズミは説いた。 「いかがでしようか ? 成功する可能性があるとお考えでしよう意味論がいくら発達しても、こういった現象は無くなるどころ か、増える一方である。コイズミの脳裏には、またしても、司令室 長ハ 1 ルの苦渋に満ちた表情がうかんでいた。 イグサ部長は、しわがれた声で、ゆっくりと言った。 こ 0 幻 5
コイズミは、ガポール部長のせわしげに動く背中に、孤独の影をルフ号』と同一です。ただ、ちょっと気がかりなのは、宇宙船 o の 見てとった。 動きだといえます。宇宙船 O だけは、最初からその行動が少し異な 2 2 その時、ガモフからの無線連絡が入った。ハール室長が戦闘計画っており、かっ、われわれの船に対して、宇宙人を現出せしめるよ 会議を招集したのである。コイズミは部長室を走り出ると、手近のうな信号を送りこんできた。わたしはこの問題を解決するため、宇 ロケットにとび乗った。 宙人に質問することを提案したが、皆さんは憶病風に吹かれて反対 した。とくに、妙な理屈をつけたのは、コイズミくんです。そのた めに、宇宙船 O が何書であるかについての、正確な知識が失われて しまった」 会議は非常なス。ヒードで進行しはじめた。 フーリエは、わざとらしい語調でこう言うと、コイズミを横眠で いま、会議卓の中央では、フーリ うかがった。 工が大声をはりあげている。 「 : : : われわれはいかにして闘うべきか、それを決定するために コイズミは苦笑して反論した。 は、ます、闘う相手を認識しなければなりません。われわれの相手「わたしの反対を押しきってフーリエ博士が宇宙人と問答を開始し は二つに分けることができます。すなわち ようとした。そのために、宇宙人は消えてしまったのではありませ ①ブラックホール群 んか ? 」 ②宇宙船・・ 0 「ちがう ! 」フーリ 工の声は怒気をはらんでいた。「順序だてて、 です。これらについてわれわれは、すでに、かなり多くの情報を集公式の対話を始めるべきだった。それを、コイズミくんをはじめと めました。″ペニオナリーの墓場〃の構造は、ほとんどすべてといするノンポリ派が妨害した。だから、わたしは喋らざるをえなかっ っていいほど、コンビ、ータのメモリ・ ( ンクに収められています。た。それに、宇宙人が消減したという事実自体、ひとつの情報だっ 三隻の宇宙船については、その軌跡を詳細に調査した結果、いずれたのではなかったかね ! 」 ここて も、わが『オロモルフ号』と同じ目的でこの宙域に接近してきてい 。、、ールがねむそうな声をだした。 るのだということが推定されています。そうですね、アーベルく「今は、フーリ 工の戦闘計画書の説明時間だ。要領よく、先をつづ ん」 けてくれたまえ」 フーリエは高圧的な態度で、情報総合学者のアーベルに念をおし「わかりました」フーリエはメモを見直した。「元にもどることに た。アー・ヘルは、止むを得ない といった顔つきで、かすかに首しましよう。闘うべき相手①と②に関する認識が得られたとする をたてに振った。フーリエは得意そうに言葉をつづけた。 と、残るのは戦術の決定たけということになります。わたくしは、 「わたし個人の解析でも、宇宙船・の目的は明らかに『オロモ慎重に考慮した結果、つぎの方法を提案することにいたしました。
をねることができる。いや、対策のたてようがなかったとしても、 = イズミが最後につかまえたのは、天文学部長の・ケラーだ 0 それはそれで良い。われわれの文明も天球の一部であり、自然現象 の枝葉に過ぎないからた。わたしの考えでは、不吉な影が人類を覆 天文学部の他にも、予言工学部があり、窮理学部があり、超心理 いはじめたのは、無限という概念を天才たちがもてあそびはじめて 学部があり、そして構成理論部があった。また、医務室も無視しえ からのことだといえる。たしかに、数学の上においては、有限の頭 ない存在た 0 た。しかし、時間のゆとりもないし、その効果もあま脳で無限の概念を扱うことができる。だが、物理学や天文学の分野 り期待できない。 ではそうよ 。いかない。無限を理解するには、無限の能力が必要なの そこで = イズミとしては、天文学部長を理解者に加えることによだ。わたしはいつも、この四次元のプラネタリウムを眺めながら、 って、最大の能率を上げようと考えたのである。 そのことを考えている」 ケラーに面会を申し込むことは、相変らすむすかしかった。いっ コイズミは差し出したコ。ヒーをしまい、質問した。 ものとおり、秘書課長がいんぎんな態度で謝絶してきた。 「プラックホールの実在は、無限を意味しますか、それとも有限を しかし、コイズミは強引に乗りこんだ。 意味するのでしようか ? 」 ケラーは公平で理知的な人物であり、かっ戦闘技術部長のガポー 「重要な設問た」ケラーはふりむいた。「ーーーその問題について ルとも仲が良いから、多小の強引さは、かえ 0 て有効であると判断は、また、天文学者の間でも意見が分かれたままでいる。もし、過 したのである。 半数のプラックホールが他の宇宙への道であるとすれば、希望は少 ケラーは広大なドームの中央に起立して、星座を凝視していた。 ない。しかし、夢と空想は拡がる。またもし、大部分の・フラックホ その知的な風貌に、愁いの色が拡がってみえた。 ールがこの宇宙の他の時空への近道であるとすれば、有限なわれわ 「イズミは静かにケラ」に近づき、作戦を記した「ピーを手渡それにも、宇宙を理解する方法があることになる。多元宇宙について うとした。しかし、ケラーは受けとらなかった。 考えることを放棄しさえすれば だが」 ケラーは一一一口った。 コイズミは丁重に頭を下げ、しのび足でドームを出た。出口で振 「概要は秘書からすでに聞いている」 りかえったが、ケラーはまったく同じ姿勢のまま、天球を凝視しつ 「いかがお思いでしようか ? 」 づけていた。 「見たまえ」 ケラーはドーム全面に映しだされた天球の一隅を指さした。 強烈なショックが船全体を襲ったのは、その時たった。コイズミ 「あそこに、 ″ペニオナリーの墓場〃が見える。われわれが知らな はあやうく頭部を床にたたきつけられるところだった。両脚をふん ければならないのは、その存在の意味た。意味さえわかれば、対策ば 0 て、や「と立ちあがると、ドームの中央に大きな亀裂が生じて こ。
いるにちがいない。ただ、タイミングが悪かった。このような組織コイズミに視線をそそいだ 9 では、タイミングと説得力が方針を決めてしまう」 「たしかに、基本にたちかえって考え直すことは重要だ。純数学的 2 2 「そして、人類の運命をもた」 に復習してみよう。考古数学的に異論があったら言ってくれたま え」 「それはどうかな ? 」べイトマンの口調は陽気なものにもどった。 「計画書のひとつやふたつで運命が左右されるほど、この『オロモ コイズミはほほえんだ。好敵手ではあるが、親しみのもてる男で ルフ号』はけちくさい存在ではない。大勢としては、結果が人類にある。 とって有利になるように動くよう、構成されている有機体だ。きみ べイトマンは話しだした。 の作戦も、チャンスが来れば、必す生かされるだろう。ところで、 「世紀末になって、天球に異常現象が発生した。地球からみれば、 その作戦なんだが、フ = イバー部長の秘書からコ。ヒーを見せてもらさしあたってはさほどの実害はなかったが、やがては破滅的な脅威 っただけで、詳細は理解していない。教えてくれないか ? 」 になるであろうことは確実な異常現象だった。すなわち、天球の直 コイズミは、べイトマンをじっと見つめた。 径が急速に減少しはじめたのだ。それまで一〇〇億光年はあった宇 「説明するためには、われわれの目的を整理しなおしておくことが宙の半径が、わずか半年で半減した。そして今では、一億光年にま 重要だ。『オロモルフ号は』いったい、何のために、どうして、こでなってしま 0 ている。地球の天文学者たちは、狂気のごとく、そ んな世界の涯にまで疾駆してきたのか : : : 」 の原因を求めた。そして、発見されたのが″ペニオナリーの墓場″ その時コイズミの話をさえぎるかのように、不気味な亀裂音が、 だ。アインシ、タインの理論から導かれるように、宇宙の直径は物 室内にひびいた。ガモフの悲鳴が広い実験室の隅から聞こえてき質と時間によって決定される。そしてその大きさは、当分の間は、 た。『オロモルフ号』が周辺の重力場に整合するため、せいいつば増大する時間的方向性をもっていた。つまり、われわれの宇宙は膨 いの変形をつづけている証拠である。 張しつつあった。ところが、それが逆に収縮をはじめてしまった。 理論的には相対論の方程式を満足しているから非数学的ではなかっ たが、窮理学的には、飛躍がありすぎた。方向が逆転するだけの理 由がなければならない。その理由が、″ペニオナリーの墓場″たっ べイトマンは聞き耳を立てていたが、すぐに冷静にもどった。こた」 の程度のショックに驚いていては、司令室長室のスタッフはっとま べイトマンは、一息つき、さらにつづけた。 らない。 「″ペニオナリーの墓場″に質量が集中したことが原因して、宇宙 「 >< 線や重力波を浴びているらしいな」 の膨張が収縮に転じたことを知った地球の天文学者たちは、これを 彼は人ごとのように言うと、デスクに両肘をついて、あらためてアンドロメダ大星雲に遊んでいた宇宙船『オロモルフ号』に連絡し