小人 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1976年12月号
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1. SFマガジン 1976年12月号

引きあげたのは、縦長で、さきのとがった、緑色のふちなし帽子にあたる、水の精なのだ。腕は、水の精にふさわしい威厳をしめす だった。しばし彼はその帽子をみつめた。ロもとがひきしまった。 のに腕組みしていなければならないから、およぐのにはつかえな それから、荒々しく、釣り針から帽子を引きはずし、ポートの底に 、。足は、字を書いたり、ものをつかんたりするのにつかうのだ。 投げすてて踏みにじった。くやしさに両手をこすりあわせた。 ところが、耳は水中での推進機関として完全に適応している。とい うわけで、わたしは、耳をその目的どおりにつかっているのだ。い 「丸一日釣りをして」と泣き事を言った。「汽車賃に二ドルっか 貸しポートに一ドル、 餌に二十五セント、新しい釣り竿も買わやそれより、帽子のことをお願いする。大急ぎで手配しなければな なければならないのに・、ーーそのうえ、献金に五ドルの借金までつくらないことがいくつかあり、無駄話などしていられないのだ」 ってしまった。そのあげくがなんだ。 この野郎、たかが帽子一 おどろくほどにいんぎんな水の精に対する、グリーン・ハーグの不 っ釣りあげるためだったのか」 愉快な態度は、容易に理解できる。優越感を感しることのできる相 水のなかから、ひじように上品な声が、ていねいな口調で呼びか手があらわれ、そいつを侮蔑することによって、抑圧された自我を けてきた。「帽子をかえしていただけませんか」 拡大することができたのだ。その水の精は、身長わずか二フィ グリーン・ ( ーグはしかめ面をあげた。小さな男が、力強く水を分で、たしかにまるで無害そうに見えた。 ・ - テカ耳 け、およいで近づいてくるのを目にした。強大な威厳を見せて小さ「そんなに大事なことって、何をしなければならないんた、・ な両腕が胸の前に組まれ、とがった顔についた巨大な耳で、ひじよ さんよ」意地悪く、彼は問いかえした。 うにすばやく上手に漕いでいる。大ましめな顔で決然と、そいつは 小人がおこりだせばよいと、グリーンバーグは思っていた。小人 水上を移動してくると、右舷のふちのところでその奇抜な耳をあやはおこらなか 0 たが、それは筋萎縮的な種族の者が、人間のことを つって停止し、深刻なおももちでグリーイ ( ーグのほうを見た。 「筋肉つきすぎ」とけなしてもたれも侮蔑とはうけとらないのと同 「あなたは、わたしの帽子を踏みつけている」指摘したが、怒った様、彼にとっては、自分の耳はごく正常なものた 0 たからである。 様子でもなかった。 「本当に急がなければならない」小人は、心配げな様子を見せてき グリーン・ ( ーグにとっては、そんなことはまるで問題ではなかっ た。「だが、帽子をかえしてもらうには質問に答えなければならな た。「耳でおよぐなんて」横柄な口調で歯を見せながら言った。な いとなればーー・じつは、わたしたちは東部の水域に魚を補充すると んという奇妙なことをするんだ ! 」 いう作業をおこなっているのだ。去年は損失がひじように大きかっ 「それ以外に、どうおよげばいいのだろうか」小男は、いんぎんに た。漁業者も、あるていどはわたしたちに協力してくれているが、 反問した。 冫ーしかない。魚の生息数が正常 もちろん彼らにたよりすぎるわけこよ、 「手と足をつかって、ふつうの人間なみにおよぐんだ、もちろん」 にもどるまで、すべての魚には釣りの餌に食いついてはいけないと 「だが、わたしは人間ではない。鉱山をつかさどる地の精と親戚筋いう指令が出ている」

2. SFマガジン 1976年12月号

助けになるというんだ ? 」 「それを考えるのは、お医者の仕事よ。とにかく行きなさい。行っ て損になることは何もないのだから」 ドルいるん 彼はためらった。「電気かみそりを買うのに、十五 、、弱々しい声で言った。 だ」低し 「そうなの ? 」と妻は答えた。「必要なのだったら、つかいなさ しいってらっしゃい、あなた。お店はわたしが見るから」 見すてられたような気持が孤独感も、いまや霧散していた。ため らうことすらなく、医者へと歩いていった。そこで男らしく、症状 を説明した。医者は、職業的な同情をしめして耳をかたむけたが、 それもグリーン・ ( ーグが小人の描写にうつるまでだった。 そこで医者は目をきらめかせて細めた。「あなたに最適の治療法 があります、グリーン・ ( 1 グさん」と、話の腰を折った。「もどっ 0 てくるまで、ここにすわっていてください」

3. SFマガジン 1976年12月号

19 76 年 1 2 月号目次 7 角″。 0 ワ”尾戸月枋き rm 側ィー 0 ルれ群 , for ルん訪 4 ルな dgem ~ 厩尾 g 花″ァ : 7 & 4 れ g T ′ 7 ん町 Burnett 5 “ @) 刀り M ヮ 集・冬の夜のファンタジイ 解説編集部 きねおらまびいどろえばなし 今日泊亜蘭 綺幻燈玻璃繪噺 雪積む宵の薄闇のなか、きららにひらく写し絵の、燦とくだけて、夢と散る影・ ビーター ・ U) ・ヒークル 6 ファレルとリラ ファレルの妻は小柄で可愛い女、夜ごと夜ごとに変化するーーー異色ファンタジイ 横田順彌 機器怪快譚 小人の棲む湖 山尾悠子 ムーンゲイト 銀色の、凶々しい月の光を、その瞳に宿した少年は ^ 銀眼〉と名付けられた : カート・クラーク ナックルズ 万里村ゆき子 烏たちのバラード ( 楽譜付き ) トマス・ ーネット・スワン 2 忍ひょる樹 闇に蠢くマンドレイクーーーーおぞましい樹木に対し、彼は父母の復讐を決意したー

4. SFマガジン 1976年12月号

ことを一時的に停止することも考えたが、その命令が徹底するかど特異な例として、ツラツリ大陸の東部である居住地区の植民者た うか怪しいし、闇で取引するのを防ぐ手段もない。そして、そんなちが、共同出資によって宇宙船を購入しようとしているというのが 3 ことをしなくても、今の事情のもとで、誰もわざわざ手持ちのクレあった。が、一居住地区の財カ程度では、それが成功する見込み ジットをラックスなどに換えはしないのに思い至って、そのままに は、まずないといっても、 小型宇宙船をかりに購人したとして したのであった。と、なれば、あとは先住者の交換媒体である金のも、では、その運航は誰がするのだ ? どこへ行く気なのだ ? と 細片とか宝石にするだけだが、金の細片を大切にしている先住者なればこれも、遠大ですばらしい計画に見えながら、やはり狼狽ゅ が、強制通用力を失えばただの紙に過ぎないラックスを、そう大量 えの発作的行動の一種に過ぎないのである。そのうちに熱がさめる に求めるわけがないし、宝石は宝石で、ラクザーン上でこそ高い価のは明白であった。 値を有するものの、連邦中心部の高水準の科学技術が当り前になっ その他にも : ている惑星では、宝石の合成が日常茶飯事なので、持ち歩いたっ て、それ程引き合うものではない と来れば、うまく立ち廻った算えあげればきりがない。そうしたもろもろのケースは、さらに つもりが、かえって損をすることになりかねないのだ。 別種のものが出て来るであろうし、その数も規模も、どんどんエス カレ】トするに違いないのだ。眠っている間にまたどんなことがお そうした人々の中には、もっとうまい方法を考えついた者もいた こったのかは、あとでから報告を聞けばいいのである。 ようだ。 それは、ラクザーンの海藻との交換である。連邦版図内ではどこ ここに奇妙な現象もあった。 ででも珍重されるラクザーンの海藻なら、他のものに換える場合の 団体としては会議に出ない先住者たちが、個人個人としても、司 ような心配はないであろう。しかしそれは、あきらかに連邦交易事政庁発表に対し、何の動揺も見せていないらしいのである。かれら 業団への挑戦行為と見做されるので : : : しかもマセたちの努力が功はロポット官僚たちのあらゆる報告に照しても、いつもと同じ生活 を奏して、海藻採取業者の組織化が進み業者たちも司政庁のいうよを続けているようなのであった。あたかも、ラクザ】ンの太陽の新 うにしていれば得策らしいと考えだしている現在、実際には出来な星化という = = ースなど存在しないかのように振舞っているのだ。 いことだったのだ。 理由は分らなかった。分らぬままにマセはその事実を重要な事柄 その他のケースとしては、未来に絶望して自殺をする者や、集団として、意識の中にとどめるほかなかったのである。 的に他の居住地区を襲って掠奪をはじめる連中もあった。ロポット そしてさらに : 官僚たちは上級ロポットの命を受けて、フル活動でそうした行動を「先程のご指示から十分経過しました」 制止し、あるいは追い払っている。 の声が流れて来た。「からも、早くおやすみにな

5. SFマガジン 1976年12月号

する。あのままではふつうの素人には、まず半分も理解出来ないで マセは拒否した。いちいち会見している時間はないし、詳細はあ あろう。結論だけが明快なのは別にして、であるが ) 司政官の態度すの会議で分るはずだから、出席して貰いたいというコメントをつ 2 について論評を加えていた。マセの直感通り、司政官側に立ってい けてである。 るものはひとつもなく、といって、従来よくあったような揶揄的な 会見申入れの中には、案の定、連邦直轄事業体や連邦軍などのー ものもなくなっていた。その一部はおそろしく敵対的なタッチであ ーマセよりも早くこのことを知っていたはずの組織の名はなかっ り、あとの大半はっとめて客観的に報じようとしていたようであた。会見を申入れる代りに、そうしたところはみな、緊急事態対策 る。マセの予想ではこの比率は逆ではないかという気がしていた会議には出席するとの旨を連絡して来たのである。 が、そうなのであった。ひねくれた見方 ( でないかも知れない ) を 会議には、先住者たちの団体を除いて、まずほとんどの代表たち すれば、今や緊急指揮権を確立しているという司政官に、真向からが参集しそうな形勢だ 0 た。返事を留保していた団体や組織が、司 対立するのはやめておこう、その方が安全だということを、大半の政庁発表を知るや否や、たちまち態度を決めたのである。 いったん 媒体が考慮したのだともいえる。もっとも、そうした客観的報道を欠席と返事をしたところ迄が、出席したいと訂正して来るありさま している媒体の本心というのが、決しておだやかでないことは、記 であった。その限りでは、マセたちのもくろみは完全に図に当った 者会見のニュースとは別に、電波にしろ印刷物にしろ、司政官の緊のである。 急指揮権とはどういうものかという解説を、マセ自身が聞いても鼻気になるのは、先住者たちであった。 白む程、大げさにやっていることであきらかであった。 なぜ、先住者たちの団体は、そろいもそろって、申合せたよう こ・のニュースに、団体、組織として真先に反応して来たのは科学 に、会議に出ないのであろう。マセはと協議して、翻意を求 センターである。科学センターとしては、司政官がこんな重大情報めることもしたが、・ とこも欠席の意志は変えようとしなかった。 を自分たちに打明けもせず、頭ごしに記者会見で発表したことに、 団体関係はそうしたーーある程度類別可能な反応を示したが、ひ はげしい不満の意を示した。そして司政庁発表に補足して解説をやとりひとりの個人としての人々の騒ぎや混乱は、当然とよ、 ーーししュ / 、刀 から、もっと詳細なデータを貰いたいと要求して来たのであら、予期以上にはげしく、かっ、千差万別であった。 る。 司政庁発表が = 、ースとして伝えられた直後から、司政庁はこれ マセは要求に応じた。科学センターの面子を立てるためというよ迄の数倍の人数のデモ隊にとり巻かれた。デモ隊のかかげるスロー りは、ラクザーンの太陽の新星化が間違いないのだということを、 ガンのおおかたが、司政官の緊急指揮権粉砕とか、われわれの世界 出来るたけ広く大勢の人々に知って欲しかったからである。 の結着はわれわれ自身の手でつけるといった、司政官をよそもの扱 科学センターのその要求に続いて、いくつもの団体が、司政官の いしたものであった。中には多分そんなのもいるのではないかとマ 発表を確認したいからと、会見を申入れて来た。 セが考えたように、新星化を司政官の流した悪質なデマだと決めつ

6. SFマガジン 1976年12月号

やり考えた。それにしても、これではこの人々はどうなるのた ? 人々の怒号が、いっか、消えていた。みんな何も叫んではいなか彼は眸を澄ませた。 っこ 0 天啓かも知れない。 な。せだ ? なぜやめたのだ。 あの夢で : : : 彼は、功績章をつけた人々に押し立てられていた。 彼は周囲を見渡しーーー人々がいっか、ことごとく口ポット官僚に あれをしてはなぜいけない ? なっているのを知った。ロポットの大集団の中にいて、ロポットた あれを : : : そうなのた。自分の味方となるべき人間を : : : あの栄 ちに押し立てられて : : : なおも進んでいるのである。 典制度を予定よりも早く全ラクザーンに施行して : : : その栄典に浴 その中のただひとりの人間、マセ。 した人々を利用すれば : : ロポットたちだけの護衛では、人々はそ そうではない。 の気になれば、 いくらでもロポットに突っかかって来るであろう。 そしてロポットが人間を傷つけたりしたらロポット自体に障害がお マセ自身もロポットになっていた。そのロポットの姿というのが ・ : 彼が研修所で学んた司政制度初期のなのである。まだ自・ぎるし、襲った人間のほうも激昻するに違いない。それなら、功績 章をつけた人間たちを、ロポットの中にましえればどうなのだ ? 力で移動していた頃の、コンパクトなスタイルのなのだ。 相手の中に人間がいれば、暴徒と呼ばれるものが出ても、その行動 「は一惑星にひとつです」 どこかから、ラクザーンのの声が聞えた。「マセ司政官、を怯ませることが出来るのではないか ? 司政官に戻って下さい。あなたがになれば、私が司政官にな考えてみよう。彼がそう思い、ゆっくりと闇の中に半身を起した とき、の声がした。 らなければなりません」 「おめざめですか ? 」 彼は何かいい返そうとしたが、出来なかった。声が出ないのだっ た。声が出ないまま、ロポットたちにかつがれて、みるみる大きく なって行く太陽へと進んでいた。そういえば太陽自身が、ぐんぐん こちらへ近づいて来るのである。 彼はなおも叫・ほうとして : : : そこで目がさめた。 彼は、照明が消えている私室の静けさの中で、横たわったまま、 しばらく今の夢を反芻していた。 何という夢を見たものだ。 守、 0 〈以下次号〉 2 3

7. SFマガジン 1976年12月号

酸ガスのタンクがポンプにつながれ、冷蔵庫が冷やしはじめたとき気がくるったんだわ ! 」 には、彼の舌は焼けつき、温和な茶色の目はどんよりと曇りきって グリーン・ ( ーグは額をこぶしではげしくたたいた。「気がくるつ 8 たわけじゃない。来てくれ、エスター。台所に来てくれ」 浜には、海水浴客の姿がふえてきた。グリーン・ハーグはべンチで彼女はためらわずについて来たが、その態度はいっそう彼を無力 身をよじり、うらやんた。およいでも、飲んでも、水がまるでこわ感と孤独感におとしいれるものだった。太った腰に両こぶしをあて がってでもいるように逃げてしまうことなど、彼らにはない。のど がい、足をひらいて、グリーンーグがコップを水で満たそうとす の渇きも知らないし るのを、用心深くみつめた。 そしてそのとき、最初の客が近づいてくるのが目にはいった。商「見えるだろう ? 」悲しげな口調で言った。「コップにはいろうと 売がら経験で、朝の客は飲みものしか注文しないことがわかってい しないんだ。こ・ほれてしまう。わしを避けているんだ . た。くるったように急いでシャッターを閉め、彼はホテルに駆けも狐につままれたようだった。「何がおこったっていうの ? 」 どった。 とぎれとぎれに、グリーノ・ 、ハーグは、小人との会見の模様をはず 、もう 「エスター」とさけんだ。「お前に言わなければならないー かしいようなことまでつつみかくさずものがたった。「それでも 我慢も限界だーー」 う、水に手を触れることができないのだ」と言いおえた。「水を飲 めない。 険悪な表情で、妻君はほうきを野球の・ハットのようにかまえた。 ソーダ水をつくることもできない。とりわけ、のどがかわ いて、死にそうなんだ」 「店にもどるのよ、このどうしようもないばか。きのうやったこと だけでもう十分しゃないの」 エスターは、即座に反応した。彼のからだに両手をまわし、自分 これ以上傷つきようはないのだった。はじめて、彼はひるむことの肩へと頭をひきよせて、子どもをあやすようにやさしく彼の背を なく言った。「エスター、たすけてもらわなけりゃならない . ーマン。かわいそうに」息づかいもやさしかった。 「なんで、ひげを剃ってないの、のらくら者。いったいなんたって 「そんなのろいにかけられるなんて、わたしたちが何をしたってい うんでしよう ? 」 「そのことを言わなければならないんだ。きのう水の精と議論にな 「どうすればいいんだ、エスター」カなく泣き声を出した。 肩をつかんだまま両手を伸ばした。「お医者に行くのよ」きつば 「だれとですって ? 」エスターはうたがわしそうに彼をみつめた。 りと言った。「水を飲ますにどれだけいられるの ? 水がなければ 「水の精だ」ほとばしるように、ことばをつづけた。「とてもいばっ死んでしまう。たしかに、ときどきはきついことを言ったけれど、 た小男で、大きな耳をつかっておよぐし、雨をふらせるのがーーー」わたしあなたを愛しているのよ」 ーマン ! 」叫び声だった。「でまかせを言うのはやめなさい。 「わかっているよ、ママ」ため息をついた。「だが、医者がなんの

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っていただきたいという希望が入っています。よろしければ促眠装万かも知れない。老若男女 : : : 大声で叫びそれが怒濤のようになっ 置を作動させますが : : しかがでしようか」 て、マセを守りながら、前へ前へと進んで行くのである。行く手に ビルがあればビルを押し倒し、山があれば山を登って、どこも進 「分った」 マセは答えた。発表にともなう人々の反応をいくら思い出してむのた。かれらはみんな口々にどなっていた。何をどなっているの かと注意して聞くと、それは、司政官パンザイという言葉なのであ も、今の時点ではある意味で無駄なのである。眠れる時間があれば る。 眠っておくべきであった。「作動させて構わない」 司政官バンザイ。 「承知しました。促眠装置を作動させます」 そうなのだ。自分は司政官なのた。この人々に支持されている司 眠るのだ。 彼は仰向けになった姿勢で、低い、淡い光を帯びた天井をみつめ政官なのだ。 気がつくと、彼を押し立て、今やかつぎあげて進んでいる人々の ていたが、間もなく目を閉じた。 胸には、みな功績章がついていた。司政協力官の、司政協力員の、 あの功績章なのだ。だからこんなに支持してくれるのだ、と、マセ は思った。 マセは夢を見ていた。 正面、目よりやや高いところに、太陽があった。太陽は刻々とふ 人間の夢である以上、それはどうしても現実か、現実でなければ くらんでいる。ふくらみながら、光を増している。ああここはラク 記憶なり願望なりの投影になってしまう。 マセは何万という人々にとりかこまれていた。何万でなく、何十ザーンなのだ。太陽の新星化がはじまっているのだ、と、彼は・ほん 全米を震撼させた大ベストセラー アンドロメダ病原体「一 ' 、 ワ マイクル・クライトン / 浅倉久志訳予価 \ 360 ャ 『アンドロメダ』 O ・ー・ O 配給 / 最新の情報理論を駆使して描く疑似イベントの傑作。 3

9. SFマガジン 1976年12月号

、よ、し、電報も「そうだ」畏怖をこめて、マイクはささやいた。「明日、ジョーと は、どうしたらいいんだ。手紙を書くわけこよ、 うてない。 ノックするのにドアもなければ、鳴らすような鐘がある出番を代わってもらって、いっしょに湖に行こう。朝早くさそいに 来るよ」 とうすれば、呼びだして話ができるんだ」 わけじゃない。・ 肩を落とした。「さあ、マイク、葉巻きはどうだい。あんたはずグリーイハーグはこぶしを握りしめ、興奮のあまり胸が締めつけ られて声も出なかった。エスターが手伝いに出てくると、はじめて っと親友だったが、もう打つ手はあるまい」 語ることもなく、二人は立ちつくした。沈黙をやぶって、マイク鉄板をあっかう男の子だけを彼女といっしょに店にのこし、彼は村 にでかけて、セロファン包みの角砂糖をさがした。 が言った。「じつに暑い日だ。毎年の猛暑というやった」 マイクがホテルにやって来たのは、やっと日がの・ほった時刻だっ 「ああ。エスターの話では、このままつづけば商売繁盛だそうだ」 こ・、、グリーン・ハーグはとっくに服を着かえ、いらいらしながらポ マイクは、セロファンの包み紙をいじっていた。グリーン・ハーグ 】チに立って待っていた。マイクは、この友人のことを心から心配 「とにかく、あの小人と話ができたとする。それで、砂 が言った。 していた。駅に向かってよろめきすすむグリーン・ハーグの目は、お 糖の件はどうするんだ。 沈黙が長びき、雰囲気は張りつめたものとなって、気まずくなっそるべき二日酔いの苦痛のために、ほとんど閉じんばかりだった。 た。マイクはまさに当惑していた。彼のぶつきら・ほうな性質からし簡易食堂に寄って、朝食にした。マイクは、オレンジ・ジ、ース ーコン・エッグ、牛乳とクリーム入りのコーヒーを注文し て、気落ちした友人をなぐさめることなど得手ではないのだ。指のと、べ た。その注文を聞くと、グリーン・ハーグはのどにこみあげた固まり あいだで葉巻きをころがして、そのさらさらと鳴る音を聞くことだ をのみこまなければならなかった。 けに気持を集中した。 「こちらは、何にしますか」カウンターの男がたずねた。 「今日みたいな日が、葉巻きには禁物なんだ」言うこともなく、つ 「ビ】ルをくれ」ざらついた声 グリーン・ハーグは顔を赤らめた。 ぶやき声で言った。「だれも責任をもつやつがいなくて、乾ききっ で言った。 てしまう。だが、この葉巻きは別だ」 「おふざけですか」グリーン・ハーグは声もたてられず、首を横に振 「ああ」グリーン・ハーグは、気がなさそうに言った。「セロファン トース った。「食べものはどうです。コーンフレークか、パイか でつつんであるからーーー」 とっ・せん二人は顔を見あわせたが、言いたいことはそれそれの表トか , ーー」 「ビールだけ」そして、無理やり飲んだ。「たすけてくれ」ののし 情にあらわれていた。 り声で言った。「朝食にあと一杯ビールを飲まされたら、死んでし 「なんてすてきなたばこだ ! 」マイクがさけび声をあげた。 「セロファンで砂糖をつつめばいいんだ ! 」グリーン・ハーグも金切まう ! 」 「気分はわかる」ロいつばいにほうばって、マイクが言った。 り声だった。

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また、月の表面にあまり近づきすぎる者がいないように。 人の頭上に突如強烈な光が流れ、一瞬、青みどろを流したようにあ 口々に言いかわしながら、女たちは、頭上にのしかかるような光たりが真蒼になった。振りあおいた人々の真上に、覆いかぶさるよ の球面に沿って、水中を動く人間の動作で動きまわっていた。 うにして、圧倒的な重量感を持って月がのしかかっていた。蒼い光 その時ふと、ひとりがはるかな谷底の様子に気を止めた。水底にを発するその表面には、あらゆる徴細な亀裂、わずかな凹凸の明 ゆれ動く砂塵に似た光の湖面を、ひと筋の光芒がよぎったようだっ暗、環状にひろがる紋様などの地形が、くまぐままで明瞭に姿を現 た。続いて、ひとつの影が群を離れてふらふらと湖の上へ漂いおりわしていた。 ていくのが見え、一瞬その後を追おうとしかけたが、同時に群の中 一瞬後、突如月は怒濤のような水流を放射した。 にざわめきが起きてそちらに気をとられた。 直撃を喰って、人々の身体は西へ吹き飛んだ。空一面に渦巻く激 何かの異変が起きているようだった。巫女たちの白塗りの顔があ流に押し流されながら、人々は一瞬その水源の姿を見た。ねじれた ちこちで忙しくひらめき、白い腕で四方を指さしては口々に叫びあ水流の中心で荒れ狂う蒼い正円の月は、またたく間に遠い水中に消 っている。急にその指さす方角が一点に集中して、声が悲鳴に変わえ去っていく。木の葉のように舞い乱れ回転する彼らの身体は、す っこ 0 でに蒼白んだ山波の上空にあった。 湖の北側にそびえ立っ連峰の頂が、異常に近々と眼前にせまって : その時、一群のはるか高みに、ひとつの白い光が浮かんた。 いた。やがて異変に気づいて正気づいた人々の叫び声の中を、軌道光はしだいに明度を増し、やがて蒼ざめた人の顔になった。眼球が を踏みはずした月は、蒼白い燦光を発する峰のひとつにゆっくりと突出し、ロから肉棒のような舌をはみ出させたその顔は、じきに藻 接近していき、にぶい衝撃音とともに接触した。 のように乱れ散る白い髪に隠れて見えなくなったが、その髪はしだ 頂の岩壁に亀裂が走った。裂けめは見るみる広がり、こ・ほたれた いに一本の太い綱のようにより合わせられ、丈長く後ろへなびいた。 岩塊が、湖側へゆらゆらと崩れ落ちはじめる。と同時に、わずかに 人々はその時、濡れ光る銀色の蛇身が、一条の光芒のように西方 震撼した月は、球体の内部から異様な地鳴りを発した。 めがけて泳ぎ去るのを見た。蛇身の頭部には、銀の光を反射させた 靄がー ふたつの眼が浮遊して、流星のように二本の光の尾を曳いていた。 長老の声が叫んだ。 空を行く銀の眼の蛇は見るみる高度をあげ、高みへと遠ざかり 人々の見る前で、蒼白い球面にべールのようにまつわりついてい ながら速度を増していった。やがてはるか西の空をはしる一条の濁 た薄靄がかき乱され、渦を巻いてたなびき、そして散りちりに薄れ流に近づいていき、最後に小さく明減して、そしてかき消えた。 はじめていた。 後にはただ、灰汁を流したような空一面の水の中で、西へ押し流さ 声をあげて、人々はいっせいに地上へ戻ろうとしたが、靄の消えれつづける無数の銀の眼が無意味にまたたいているばかりだった。 ていく速度のほうが速かった。直立したまま斜めに下降していく人