カーリーは、部屋の中を横ぎってこようとしたーーーモングクは、 荒い息づかい。彼らの目には、殺意がみなぎっていた。 ヨーナンは、空いているほうの手で自分の外套をはぎとり、カー吹きはじめた。 ) ーの顔めがけて投げつけた。北部人は目がみえなくなって、めつ たやたらに剣を振りまわした。ヨーナンは服のきれつばしをふりま笛の音が、荒々しく、残忍に鳴り響いた。その音は彼を捉え、ゆ わして、彼の剣にからみつかせた。それから彼は、剣を突き出してさぶり、神経や腱をひき裂くようだ。頭の中で骨は踊り、脳髄の中 襲いかかってきた。カーリーは片膝をついて、相手の突きを兜で受で、夜が叫んだ。彼は、・ハッタリと床に倒れた。筋肉がおそろしく けとめる。ヨーナンの剣はすべった。カーリーは立ち上りざま、ヨゆさぶられ、世界が目の前で、ぐるぐるまわり、かすんでいくよう にみえる。 ーナンの胴に組みつき、ひき倒した。 二人は転げまわりながら、どなりあい、かみつき、目玉を抉ろう 、おやすみ、お 笛はするどい音で鳴り響く。おやすみ、カーリー とした。ヨーナンは彼の剣にしがみつき、カーリーはヨーナンの手やすみ ? 彼が今吹いているのは、世界の挽歌である。キローンを 首を離さなかった。二人は壁にぶち当たり、そこでくんずほぐれつ弔う歌である。体の中で鳴っているすべてのものの終りを告げる歌 戦った。 カーリーは、片脚をヨーナンの胴にまわし、その胸の上に乗っ サティは這って前へ出た。彼女は奏者の後にいるので、この地獄 た。そして両手で敵の右腕をとらえ、片肘の関節をはすして、骨をの音に、それほどひどく痛めつけられていないのだ。カーリーの知 覚が、死へ向ってうすれていくとはいえ、彼女が一歩一歩、どんな ヨーナンは、悲鳴をあげた。カーリ】は手をのばし、ヨーナンのに必死になっているかがわかった。青銅のランプが、すんでのとこ ろで、彼女の手から落ちるのがわかった。モングクは、彼女の存在 ゆるんた手から剣をとりあげ、その胸に突き立てた。 の死ぬのを そこで彼は、激怒に身を震わせて立ち上り、キローンの笛を見を忘れていた。彼は、運命を吹いていたのだ。カーリー じっとみつめ、音楽がどんな効果を現わすかをみていたのだ。 サティは、背後から彼に打撃を与えた。彼は倒れた。笛がその手 モングクの表情のない顔が、笑ったようにみえた。ガナスス人 から落ちた。彼は茫然として、彼女を見上げた。彼女は、なんども は、その武器を両腕に抱えこみ、吹き口を唇に当てていた。彼はう なすいてみせた。「吹き方がわかったぞ。まったく、恐ろしいもなんども、彼を殴りつけた。 のだ。この笛を征した者が、いっかは世界を征する」 それから彼女は、カーリー のところへとんでいって、両腕で頭を カーリーは突っ立っていた。その剣が、手からカなくたれさがっ抱え、あまりのおそろしさにすすり泣いた。だが急がなければなら ている。 ない。「さあ、早く、早く、あなた。逃げなければならないわ。敵 「いいかーモングクが言った。「吹いてみるぞ」 はすぐここへやってくるわーーー広間まできているのが聞こえる、い こ。 228
れわれの征服はずっとやりよくなる。だが、それほど甘くはないそ な、彼はライヴァン帝国内のほかの地域からやって来た者だと思い と思ってはおりますがね。〈薄明の国〉の人は、われわれの居場所 こみ、これを疑う者はいなかった。息子のヨーナンは軍隊に入り、 賢く強く、能力があったものだから、しまいには、高い位につくよをあけるために〈闇の国〉へ送られることを、あまりよろこばない うになった。それは、あなたが与えたものですよ、サティ」 でしような」 「まあ、ひどい ヨーナンーーー」彼女は身を震わせて、カーリー サティは立きだした。静かな無力な泣き方であった。カーリーは に寄りそった。 黙って彼女の髪を撫でていた。 モングクは立ち上って、部下が手渡そうとしている肉の塊に手を 「たから遂にわれわれが攻め人った時には、われわれに刃向わなけ ればならなかったのです。それに捕虜たちが彼の目的をあかしてしのばした。「それから、ヨーナンと数人の信頼できる部下たちが、 まうことをおそれ、ガナスス人で彼の素姓を知っているものは、ほわたしを牢屋から出し、あなたの後をつけて、宮殿の屋上へいった とんどいなかった。なるほど、危険はあった。だが味方の将軍があのです。そのすぐ前に、あなたは屋上に出ていましたね。あなたが なたがたの中にいるということは、都合がいー われわれの成功たの話をしばらくの間きいているうちに、あの北部の悪魔の笛を手 の主な原因の一つは、ヨーナンにあったといえます。 に入れる幸運も擱んだというわけですよ。だから、あなたがたを連 さて今度はわたしの話ですが、ことは大へん単純です。わたしはれてきたのです。ヨーナンは、君を殺そうとしたのたよ、カーリ 。だが、君にはいろいろと使い道がある。例えば、サティに道理 捕虜になった。ガナススの市民として、自分の国の王子を救けるの は、ヨーナンの義務ですーー・わたしが彼の素姓を知っていて、拷問を悟らせるのに有効た、ということを教えてやった。君を脅迫すれ ば、その意に反して、彼女をもっと動かせると思うがね」 の苦しみで思わす白状してしまうかもしれないという危険があった としてもね。彼は人に気付かれずに、わたしの逃亡をやすやすと成「なんて卑劣で不潔な奴た」カーリーは無表情に言った。 功させることができるかもしれないが、 モングクは肩をすくめた。「それほどの悪者じゃないよ。だが戦 ほかの要素が邪魔してい 争は戦争だ。ガナススの人間は、あまりにも長い間ひもじいおもい る。まず、この未開人との同盟です。特に彼らがもっているあの非 常に危険な新しい武器で、彼はそれが使われたのをみている。あのをしたので、ぬくぬくと肥えた〈薄明の国〉の人たちにあまり同情 武器を、われわれに対して使わせるような危険を犯してはならなしなくなってしまっている。 ともかく、われわれは、見とがめられすに、あの町を抜け出し 。それから、もう一つ、ヨーナンはあなたと結婚したいと思って いるのですよ、サティ これはいい思いっきです。あなたを人質にた。ヨーナンも、女王とわたしがいなくなったからには、そのまま をーし力ない。この二人には責任があるからね。 しておけば、ライヴァンはすっと従順になるでしようからね。後であの町に居るわけこよ、 あなたは、あの都市の名目上の統治者として、帰ることができますこういうことになったのは、誰のせいであるかは、一目瞭然たろ よ。実際はガナススの配下に置かれるのですがね。そうすれば、わう。それに、サティの未来の夫を、戦いで失うのはもったいない話 幻 7
「ためだ ! 貴様らは、なんども嘘をついてそうしてきたに違いな にしろガナスス族が、全領土を荒らしてしまったのだから。そこ いんだ、野蛮人めが。貴様たちの言うことの半分は、おどした。い で、わたしの提案だが ライヴァンまでは、一緒におだやかに行 9 ざとなれば、貴様たちなど一掃してやる」 こう。ライヴァンへ着いたら、女王陛下と、その旗のもとで働くこ 「あなたの言葉こそ、半分以上はおどしだと思うね」カーリーがっとについてとりきめをすればいいー彼の厳しい黒い顔が突然、冷酷 ぶやいた。 になた。「ことわるというのなら、ライヴァンはもう失うものは ヨーナンは腹を立てて彼をにらみすえたが、やがてくるりとプラあまりないのだから、たった今、戦闘を開始する」 ムの方へ向きなおった。 プラムは、赤髯をこすりながら、南部人の部隊を観察した。とり 「いいかね。お互いに、あまり戦う力はないのだ。しかもお互いにわけ兵器類には目をとめた。炎を吐く大砲は、車陣を破壊するだろ どんな っしょにライヴァン市う。ヨーナンは、彼をいらたたせた。しかもーーーそうだ 内心では信用していない。答はただ一つ。 に虚勢をはってみたところで、選択の余地はほとんどないのが事実 まで来ることだ」 「え ? あんた、気はたしかかね ? 冗談じゃないよ、町がみえるである。 とこまで行ったら、あんたはさっそく、兵隊どもを呼び寄せて、わ それに、土地で支払いをしようという提案は、とにかくうまい話 れわれに手向ってくるって寸法だろう」 だ。それに、ガナスス族とかいった奴らが、ほんとうにライヴァン 「そんなことはしないと、信しるしかない。サティ女王のことを耳帝国にのさばっているのなら、キローン人たちが、これより南下を にしていたら、女王は決してそんな行為をお許しにならないことが続けていくことについては、あまり望みがないことになる。 わかるたろう。それに、われわれとしても、そうやたらに戦力を使「とにかく、話しあってみてもいし 町まで行って」・フラムはお い果たすことはできない。正直のところ、町はもうすぐ包囲されよ だやかに言った。 うとしているのだ」 ヨーナンの圧力はあったが、未開人たちはワゴンを棄てず、その 「そんなにひどい状態なのか ? 」とブラムがきいた。 ワゴンが今、大急ぎでひつばり出され、長い隊列となって丘また丘 「それどころじゃない」ヨーナンは暗うつな顔をして答えた。 を越えた旅に向って、車輪をきしませはしめた。ほどなく一行は、 ネッサは、その抜け目のない灰色の頭を振ってうなずいた。「サ舗装された帝国の道路へ出た。ガランとした広い道路は、槍の柄の ようにまっすぐに、ライヴァン市へ向って南西にのびている。そこ ティの話は聞いたことがある。尊敬すべきお方たという話じゃ」 から一行の進行速度は早くなった。 「あんたがたは、これまでに傭兵になったことがあるときいてい る」ヨーナンはロばやに言った。「われわれとしては、兵隊がとて まったく荒廃しきった領土だ、とカーリーは思った。広い野原は も欲しいところだ。そこで、今ここで協定を結ぶことができると思焼かれてまっ黒になっており、農場の余燼の中に、死体がいくつか うんだが。勝ちさえすれば、お望みの土地つけてあげられる。な ころがっている。村々には人がなく、家は焼き払われているーーーど
ば、あんたがたが戦っている間に、離れていた敵、あんたがたを打けば、あんたがたを追ってきた軍隊に追いっかれ、結局、みんな破 ちのめした軍隊は追撃の歩を進め、すぐそこまで来ていることだろ減というわけさ . う。早いとこ町へ帰らねばな」 カーリーは息を吸って、一本調子な声でつけ足した。「われわれ しつでも吹ける 「そんなことだろうな」ヨーナンは吐き出すように言った。「貴様の笛の音をきいたでしよう。あれは必要とあれば、、 たち、北部の掠奪団の話はかねてから耳にしていた。貴様たちに、 のです。笛を吹いた時間が短くて、あなたがたにとっては幸いだっ ライヴァンの地を踏ませるつもりは、毛頭もない。 いますぐここた。あなたがたのために、葬いの歌をたっぷり吹くとしたら : : : 」 をたち退くなら、平和のうちに帰そう。だが、そうでなければ : ・フラムは、まったく同感といった顔で、彼をチラリと見やり、う なすいて、こわばった口調でいった。「おわかりだね、ヨーナン将 彼の背後にすばやく視線を移し、部下どもがいっせいに隊伍を整軍。われわれは、われわれの道をゆくまでだ。おだやかに別れの挨 えはじめたのを、・フラムはみてとった。万一、最悪の事態にたちい拶を交わすのが、最上の道と思うがね」 たれば、やつらは、ここを先途とすさまじい戦いをするであろう。 ライヴァンの将軍は、おそろしい顔でにらみつけ、しばらく考え ヨーナンがそれを承知の上であることは、明らかである。 こむように腰をおろした。風が馬のたてがみや尻尾や兜の赤い羽毛 「なるほど、われわれは放浪者だ」首領は落着いて言った「だが、 をなぶってとおった。やがて彼は、にがにがしげに口を開いた。 必要があって、そうせざるを得ないとき以外は、追剥ぎなどはしな 「いったいここでどうしようというのだ ? なんで南へやってきた い。かなりな軍勢の、それも致命的な敵を破ったわれわれをおだやんだ ? 」 かに通してくれたほうが、あんた方にとってはためになるだろう。 「話せば長くなる。それにここでそんな話をするのは適当ではな われわれは、戦う気はないが、どうしても戦わなければならないと い」・フラムが言った。「土地を探しているとでもいおうか。そんな なれば、もっとひどいことになるだろう」 に広い土地を望んではいない。また長い間いっこうというのでもな い。ただキローンへ帰れるようになるまで、静かに暮す土地がほし 「貧弱な武器しか持ってない野蛮人め。たった三分の一の軍勢のく いのた」 せに、脅迫するつもりか ? 」ヨーナンは非難めいた口調で言った。 「フーム」ヨーナンはまた顔をしかめた。「難しい問題だな。掠奪 「まあ、たとえ、あんたがたがわしらに勝ったとしてだ」ネッサが ひややかなよろこびをこめて言った。「ま、そんなことは考えられで名を売っている一隊を、ただ黙って通すことはできない。だが、 ないけれど、かりに勝ったとしても、わしたちの兵隊一人一人は、今のところ、いつまでも続く困難な戦いは歓迎できないのも事実 あんたがた一人分より弱いってことはないんだそ。そうすると、国だ。あんたたちを、どう扱ったものだろう ? 」 中を荒らしまわっている〈闇の国〉のやつらと戦う時にや、大して「ただここを通してくれさえすればいいんだよ」ネッサが笑顔をみ 8 兵隊が残ってないってわけだ。そのうえ、わしたちとの戦いが長びせた。
の申し出をことわる者はいない。 の中へ、深く深く落ちこんでいった。暗闇が来る前に、・ほんやり 「サティ」と彼は言った。「あなたのためなら、キローンの男だっと、ガナススの貴公子の仮面のような顔と、白い髯がみえた。 て、故郷を忘れることでしよう」 彼女はためらいながら、自分自身についても、彼についても不確 6 かな気持ちで、体をなかば彼のほうに向けた。彼は両腕で彼女を抱 え、キスした。 長くつらい行軍の果てに、一行はやっと休止した。カーリーは、 「カーリー、カーリーカーリーーーー・ 」とささやいて、彼女の唇は くくりつけられた馬から、すんでのところで落ちそうになってい る。 またそっと彼の唇に戻った。 その時、彼は足音を聞いて、というより感じて、野蛮人特有の動「すぐ気がつくということを考えに入れておくべきたったな」ガナ 物のような敏捷さでふり向いた。ヨーナンが、二人をみつめて立っ ススの男が言った。彼は柔かな声で、アルアデイ語を流暢にしゃべ ていた。 った。「すまんな。これは、人間に対する扱いじゃない。まるで食 「失礼しました」と将軍は冷ややかに言った。その表情は厳しかっ糧袋を運ぶようだ。さあーーー」彼はグラスに酒を注いで、この野蛮 た。彼は突如として言った。「陛下 ! この野蛮人にひどい目にお人に渡しこ。 ナ「これで、ちゃんと体をのばして乗れるたろう」 あいになって : : : 」 カーリーは渇きを覚えて、ゴクゴクと飲んだ。力がよみがえって サティは、誇らかに黒い頭をあげた。「この方はライヴァン帝国くるのを感じた。そしてあたりをみまわした。 女王の夫です」彼女は権高に言った。「たから礼儀正しくしなさ 一行は、着々と東へ向って進んでいた。今は、荒れ果てた農場の い。さがってよろしい」 近くにキャン。フしている。火がパチパチとはぜ、敵の戦士が二十人 ヨーナンは唸り声を発して、腕をあげた。武装した男どもが、花かそこら、火の上で動物の脚と臀の肉を焼いていた。あとの者は、 をつけた高い生垣の後から出てくるのが、カーリーにみえた。彼の思い思いに自分の武器に寄りかかっている。彼らの琥珀色の目は、 金ハカ シュッと音をたてて、抜かれた。 二人の捕虜から片時も離れることがなかった。 「番兵 ! 」とサティが叫んだ。 サティは厳しい顔をしたヨーナンの傍に立ち、その大きな黒い目 男どもは近づいてくる。カーリ 1 の刃が、一つの楯に向ってサツで。じっとカーリー をみつめていた。彼は、彼女に向って、身震い と走 0 た。両側から一人ずつ、男たちがや 0 てくる。槍の柄が、無しながら笑顔をみせた。彼女はわすかに息をはすませて、彼のほう 防備の彼の頭に、ドシンと落ちた に足を踏み出した。ヨーナンはそれを乱暴にひき戻した。 「カーリー 彼は咆哮する暗黒の申に、よろよろとのめって倒れこんた。敵は 」と彼女はささやいた。「カーリー、 よくなった ? 」 また、彼を棍棒でなぐ 0 た。くるくるとまわりながら、夜の裂け目「敵の期待どおり、よくなりましたよ」彼は皮肉な口調で言 0 た。 幻 4
「この大将軍は、東方へ進軍する のに、われわれの助けをひどく望 0 んでいました」カーリーが突然言 「だまれ、野蛮人め ! 」氷のよう にひややかな口調で、ヨ 1 ナンが 一一一一口った。 サティの頬がサッと紅潮した。 「あなたこそ、おだまりなさい、 ヨーナン。この方たちは勇敢で正 直な人たちです。それにお客さま です。わたしたちにとても必要な 味方なのです。さっそく協定を結 びましよう」 将軍は傲慢に肩をすくめた。カ ーリーは当惑した。ここには怒り があった。それはかたく装った面 誕、の下で、。ヒシ。ヒシと音をたててい 上いはる。だがこの怒りは、はじめて の、馴染みのないもののようだ。 なぜだろう ? 一同は、協定について、ああで もないこうでもないと、しばらく の間、検討を重ねた。話しあいの ほとんどは、ネッサがキロ 1 ンを 代表して行なった。彼とプラム
一は、自分の部族の者たちが、女王 一 - 以外のいかなるライヴァンの貴族 に対しても、忠誠を誓ったり、敬 ったりすることには、同意しかね る。飢饉がおさまったという便り をきいたら、いつでも故郷へ帰る 権利があると主張した。サティは よろこんでこれを認めようとした のだが、ヨーナンは大てい拒否し てしまう。たがしまいには彼もし 一ぶしぶ同意し、女王は書記に、羊 皮紙に条約を書かせた。 「これはキローンでわれわれがや るやり方とは違います」とプラム が言った。「牛が生贅にされ、誓 いの言葉がルーガンのリングの上 で交わされ、神の笛を吹きならす のです」 サティは笑顔をみせた。「けっ こうよ、赤髯のお方」と言って彼 女はうなすいた。「お望みなら、そ のような誓いをいたしましよう」 それから突然、辛辣な口調で言っ た。「それをすれば、どう違うと いうのです ? 今なにをやるにし 0 ても、それでどんな違いがでてく
とだ。「未熟な乗手が馬に乗っている時、馬が突然止ったら、どう「やってごらんなさい」彼女はささやいた。「やってみるのよ ! 」 なるか ? 頭から、まっさかさまにふっとんでしまうんじゃありま「でも、笛が鳴らないことは、誰にも言わないでくたさい、サテ せんか、ね ? そうとしたら、その世界が止ったということで、想 。あなたにも、しゃべってはいけなかったのかもしれない」 像以上に大きな地震がおきたのではないか。世界全部を、まっ平ら「どうして ? わたくしはあなたの味方よ。あなたの国の人たちの にしてしまうような地震が ! 」 味方よ。キローンの部族全部を、ここへお呼びしたっていいわ」 「ヨーナンは違います」苦々しいおもいで彼は言った。 「頭がいいのね。その賢人は、そう言ってましたわ。とにかく、ほ 「ヨーナンねーー冷酷な男たわ、そうね。でも : ・・ : 」 んのわずかな人間と動物が生き残っただけで、彼らの造ったもの は、伝説以外はみんな消えてしまいました。長い月日のたつうち「彼はわたしたちを嫌ってます。なぜかわかりませんが、嫌ってま に、人間も動物も変りました。とくに、環境を自分たちに合うようす」 に改造できる人間よりも、動物のほうが変わりました。生活は白日「あの人は変っているのよ」彼女もそれを認めた。「あの男は、ラ 地帯から、〈薄明の国〉へと拡がっていきました。植物が育ったのイヴァンの生まれではないの。グリアの出なのよ。グリアは、もう で、わたしどもがここで使っているようなわすかなあかりを、使うずっと昔に、征服した都市でね。でも、もちろん、グリアの人たち ことができたのです。最後には、〈闇の国〉にさえ、蒼白い植物がは、ずっとこの国の市民になっているのよ。あの人は、わたくしと 生えるようになりました。動物がそれに続き、それから人間が動物結婚したいのです。ご存知 ? 」と彼女は笑顔で言った。「笑わずに を追っていって、現在では、このような状態になったというわけではいられないわね。だってあの人はコチコチなんですもの。 鉄の鎧とでも結婚したほうがましだわ、 彼女は大きな、そして真剣な目を彼に向けた。「この笛は、古代「え、結婚ーー」カーリーは黙りこんでしまった。丘のかなたへ向 の秘法をいくらか知っている人間が、創世紀時代に造ったんではなけた彼のまなざしには、夢があった。 いかしら ? 神さまじゃなくて、人間が、たとえばあなたみたい 「なにを考えているの ? 」しばらくして、彼女がたすねた。 人間が造ったものなら、人間に解るはずよー な、ね、カーリー。 「ああ、故郷のことです。もう一度、キローンを見ることができる かどうか、と考えていたのですよ」 「どうやって ? 、彼はめ彼女はすっと傍へ寄ってきて、彼によりかかった。長い黒い捲毛 胸のうちに希望が湧き、またしぼんだ。 んどくさそうにきいた。そして、彼女の目に涙が光っているのに気が一房、彼の手を撫でた。彼女のいい匂いが、かすかに鼻孔を刺し がついた。「いや、ほんとにそうかもしれない。できるだけやってみた。 「そんなにいいところなの ? 」彼女はそっときいた。 ましよう。でも、いったいどこから手をつけていいのかもわからな 「いや、自然の厳しい、孤独で灰白の国です。嵐のように風が吹き いんですよ」 幻 2
とにかく、一カ月ほど前に、大きな戦いがあった。ヨーナンがラあの戦いでみせたあんたがたの魔術は、大したものだ。あの悪魔の ーナム・ヒルのセ・フン イヴァンの大軍を率いて、討伐に出かけ、 音楽が始まったときは、心臓が止るかと思ったよ。だけど、あんた 9 ・リバーズで、ガナススの主力部隊にぶつかった。おれもいたんだ は地獄からあの笛を吹くことができるのかね、蛮人さん ? できる がね。戦いは、そうだな、四日四晩も続いたろうか、誰も命を助けのかね ? 」 ようとしなかったし、また命乞いをする者もいなかった。人数はわ れわれのほうが、少し多かったが、最後には、敵が勝ってしまっ 4 た。奴らは、われわれをまるで追われた牛のように、殺しやがっ た。ヨーナンは運よく、半分の兵力をひきあげることができたが、 ライヴァンは、美しい町であった。段々のある庭園、白い壁の上 あとの者はセ・フン・リバーズに骨を埋めたのだ。あのときから、わに聳える高く輝く塔。この町は、また敵に踏み荒されていない平原 が国は、ガタガタになっちまった。 の中にあった。たが、町の周辺には、壁の下や領地のあちこちに、 奇蹟がおきるまで、なんとかライヴァンをもちこたえようという ここまで逃けてきた人たちの、みす・ほらしい掘立て小屋やテントな 願いから、われわれは持てるものすべてをもってライヴァンへひきどが、ごちやごちゃと立ち並んでいた。町の中には、地平線のかな あげようとしているんだよ。どうだい、北部のかた、売りに出して たから、敵がやってくるまで、この人たちの居場所はないのだ る奇蹟はないかね ? 」戦士は苦笑いした。 難民たちゃ、ポロポロになり、恐怖にかられた農夫たちは、戦いに 「ここの軍隊はどうなんた ? 」とカーリーがきいた。 破れた軍隊が、町の門を通り抜けていくのを、おし黙ってみつめて 「それでもまた出兵しているよ。この隊は、ライヴァン市から二、 キローン人たちは、壁の下にキャンプを張った。やがて彼らのた 三日ほどの距離にあるトウスカの救助に出かけたものだ。斥候の話 によると、ガナススはトウスカの町を、ほんの少数の兵力で包囲攻く火が、深い銀青色の空をあかあかと焦がした。戦士たちは、ライ 撃しているということだ。たが敵の軍隊に途中で遮られてしまっヴァン人に備えて歩哨に立った。彼らは、この災禍に見舞われた仲 間たちをも、信用しなかった。豊かな南部の地から来た彼らには、 た。味方は血路を開いて、敵を追い払ったが、多分、やつらはおれ たちの跡をつけているんだろう。おれたちはあんたがたが侵入軍と広い ( イウ = イと鉄の軍隊があるからだ。あの厳しい風の吹きまく る孤独の地、キローンの人間ではないからだ。 戦っているのをきいて、こいつはチャンスとやってきたわけた : ああ全能のデイウスよ、敵をめった切りにし、その逃げていく姿を時をまたす、未開人の族長たちに、宮殿へ来るようにとの言葉が みるのは、なんと愉快なことか ! 」 伝えられた。そこで、。フラムにネッサとカーリーは、磨きたてたく 戦士は肩をすくめた。「だが、それがどれほど実際にご利益があさりかたびらを着け、その上に掠奪した中で最も上等な長衣と外套 を着た。肩に剣を吊し、馬にまたがって、二組のライヴァン人の護 ったってんた ? 味方にどんなチャンスをもたらしたってんだ ?
は両手をあげて、そこへとりついた。 「おいで ! 」彼は声をはげました。「いっ背後から敵がやってくる豪華な調度品のある一続きの部屋が、暗くひっそりと目の前にあ かもしれないんだ」 った。彼は獲物を探す動物のように、左右を見まわしながら、第一 「どうするの ? 」と彼女はつぶやいた。「なにをしようというのの部屋を通り抜け、次の部屋へ入っていった。 ョ 1 ナンとモングクだ。 男が二人、立って話していた 、ハッとして体を凍りつかせた。血にまみれ、 「笛をとり返すんた ! 」彼は唸った。・フロイナの悪魔の血が、また 二人は彼をみると 騒ぎだす。「あの笛を手に入れて、奴らを減・ほすんだ。ほかに手は煙でまっ黒になり、その目は狂暴なつめたい青い光を放って、まこ ない」 とに恐ろしい姿である。彼はニャリと笑った。煤だらけの顔に、白 二人は扉を通って、狭い階段を降り、宮殿の四階へ達した。 い歯がキラリと光った。彼は剣を抜きはなって、つかっかと前へ出 こここへた。 サティは、がらんとした広間を見まわした。「ここ、 「そうか、来たのか」モングクが静かに言った。 来たことがあるわ」彼女は冷静に言った。その声は耳に快い。「え 「そうだ。ャローンの笛は、どこにある ? 」 1 とーーーそうだわ。たしかこっちたと思うわーーー」二人はほら穴の ョ 1 ナンは、ベルトの剣を抜いて、突き出した。「わたしがこい ような長い廊下をかけて言った。彼女はさらに言葉を続けた。「こ こでは、すいぶんていねいに扱ってくれるわ。わたしは捕虜たけど、つをかたづけましよう、殿下。あなたのために、八ッ裂きにしてお ほんとうに敬意をもってね。でも、ああ、カーリー、またあなたにめにかけます」 カーリーは前へ進み出て、剣を合わせた。二人はサッと弧を描い 会えるなんて、太陽の光みたいだわ ! 」 彼は立ち止って、短いキスをした。これから先、こんなことがでて、とんだ。脚をこわばらせ、油断なく身構えて、きっかけをうか きるチャンスはあるだろうか、ますあり得ないだろうな。だが、彼がった。ここには、死があった。サティは、この二人のうちの片方 だけが、この部屋を出ることになるということを、確実にってい 女は、困難な道を行くのには、さそいい道連れになることだろう。 二人は大きな控え室へ入っていった。カーリーは、たった一つ残た。 と後退する。この ヨーナンが突っこんできた。カーリーは、。、ツ されている武器の剣を抜いたが、そこには人がいる気配はなかっ た。王の衛兵たちはみんな、彼を探しに外へ出ているのだろう。彼将校のほうが、北部の長い刀身に馴れているカーリーより、短剣の さばきは上手であった。カーリーは、敵のきっ先をかわすと、サッ は狼のように歯をむいて、次の扉へとっき進んだ。 「カーリー 入ると剣をさげた。ヨーナンはそれをかわす。それからは、剣の打ち合 」サティが彼に身をすり寄せた。「カーリー、 7 いに、ぶつかりあい、突きと、剣の音、剣のひらめきの中に、二人 2 の ? 死ぬかもしれなくてよ ? 」 は縦横無尽に動きまわった。剣の空を切る音、戦っている男たちの 「いつでもそうさ」そっけなく言って、彼は扉を勢いよく開けた。