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検索対象: SFマガジン 1977年5月号
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1. SFマガジン 1977年5月号

ど、そういうものを手あたりしだいにね」 出てくるとはね」 「そうい 0 た現象の大部分は、なんの不思議もないと説明できるも「かれをおさえていてくださらない、べン。この魔法瓶でぶんなぐ 4 んたってことに気づかなかったのかい ? 」 ってやるから」 「たしかに、ほとんどすべてがね。そのあとに残「た例の多くを説「謝罪するよ。まったくきみのいうとおりだ、ダーリン。・ほくは理 明するとなると、きみはオーソド , クスな理論をまる 0 きりねじ曲論なんてものを、忘れてしまうことにしたよ。こういう爪はしきさ げたり、確率の法則を無視したりすればいし ということになるんれてきた現象をふつうのデータと同じにあっかい、それがに まくをど た。さらに、それでも説明できないまま残ってしまうものについてこへ連れて行ってくれるのか見てみることにする」 べンは尋ねた。 は、ほら話とか迷信とか自己催眠とかのせいにしてしまって、調査 することを拒否し、のんびりと家で寝ていればいし 、ってわけさ」 フィレ ?. 「どんな種類のものをこれまでに掘り出したんたい、 ノヨーンはつぶやいた。 「大したバラエティさ。あるものには確実な証人があるし、またあ 「オッカムの剃刀ね」 るものはたたのにしかすぎん。少数だが、ヴァルデスのように研 究室なみの条件で、注意深く調べられたものもある。きみはもちろ 「十四世紀初めのイギリスに、ウィリアム・オ・フ・オッカム「て神ん、ヨガでやる多くの離れ技について聞いたことがあるたろう。そ 学者がいたの。それで、オッカムの剃刀という名前 、論理学上ののほとんどが西半球では再現されていないから、従ってそれを疑う ある原則に与えられている 0 てわけ。つまり、ある事実を説明する理由はあるわけだ。けれども、インドに伝わる奇怪な事柄について 仮説がふたつある場合には、より単純な仮説に従えということなの。 は、有能かっ冷静な心を持った観察者たちが多くの報告をしている 異常な現象を説明するために、頭のかたい科学者が、諷刺漫画家ル : テレ。 ( シー、正確な予言、千里眼、火の上を歩くことなどを コ 1 ーレ、ドヾ、 ーグの考え出したものみたいに、オーソドックスね」 な理論をまる 0 きりゆがめてしまわなくてはいけないのなら、かれ「どうしてきみは、火の上を歩くのを超心理学にふくめるんだ ? 」 はオ , カムの剃刀という原則を無視している「てわけよ。矛盾した「奥義を伝授された者だけにできる方法で、精神が肉体や他の物質 データを包みこむようには作られていない仮説をねし曲けるより的対象を = ントールできるのではないかということを、ひそかに も、あらゆる事実を説明できる新しい仮説を立てるほうがす 0 と簡期待しているからさ」 単たわ。でも、科学者というものは、自分の妻や家族に対する以上「へえ ? 」 に、自分の理論に執着しているものね」 「きみが自分の手を動かして頭をかかせることができるという事実 フィルは讃歎するようにいっこ。 以上に、この考えかたは驚くべきことかい ? どんな場合について 「驚いたな : : : そういう言葉が、パ ー「ネント・ウ = ー・フの下からも、意志が物質に対して現実にどんな作用を持 0 ているのか、ばく

2. SFマガジン 1977年5月号

は間違いだったっていうことかもしれないわ ね」 べンは笑った。 「これは、村の教会でみんなが体験したこと を告白する集会みたいだね。・ほくも自分の信 仰告白をしたほうがよさそうだ。思うに、医 学者のほとんどは、人間についてのすべて を、そして何が人闇を動かしているのかを知 りたいという希望から、勉強をはじめるよう だ。しかしこれは実に大きな問題なんで、最 終的な解答などなかなか出るものじゃない。 しかも大急ぎでやらなければいけない仕事も ずいぶんあるから、われわれはそういった最 終的な問題については、心配することをやめ : ・ほくは以前と同じように、生命 てしまう : とか思考とかいうものが本当は何なのか知り たいと思っているが、そういう問題を考える 時間を作るには、不眠症の攻撃を受けなくて フィル、きみはそういう事柄に はいけない。 取り組もうと本気で提案しているのか ? 「ある点では、そうた。・ほくはオーソドック スな医学理論の逆をゆくあらゆる種類の現象 についてデータを集めてきた : : : つまり、一 般的には超心理現象と呼ばれるあらゆるガラ クタ : : : テレバシー、透視、いわゆる心霊現 象、遠聴、空中浮揚、ヨガのたぐい、聖痕な 7

3. SFマガジン 1977年5月号

はやがて、自分が法律の背後にある本質のほ うにより大きな関心を持っていることに気づ き、哲学科に変わったの。でも、哲学は解答 じゃなかったわ。哲学って、本当にからつぼ なものなのね。 あなたがた、お祭で売っている綿菓子を食 べたことがあるでしょフ そうなの。哲学っ てああいうものなのね : : : あれはまるで何か 大したものみたいだし、見たところはずいぶ んかわいらしいし、あまい味がするわ。で も、噛みつこうとすると、歯ごたえというも のがまるつきりなくて、飲みこもうとしても 何もなし。哲学というのは、言葉を追いかけ るだけ。子犬が尻尾を追いかけるみたいに、 意味のないものよ。 あたし、哲学で博士号を取るところたった んだけど、やめてしまって自然科学のほうに 変わり、心理学のコースを取りはじめたの。 自分がちゃんとした娘で、辛抱強くしていれ ば、すべてが明らかにされるだろうと思った・ の。すると、フィルは心理学の行きつく先は、 . 、、・・ どこになるのかを教えてくれたわ。あたし、 医学か生物学でも勉強しなければいけないの」第 かしらなんて考えはしめていたの。そうした らあなたが、その舞台裏もこんなものと教え てくれた「てわけ。女に読み書きを教えるの、、を 脚 6

4. SFマガジン 1977年5月号

「そうしたさ。畜生、・ほくは考えられる限り、あらゆる条件で三週ひとりとして知らないんた。生命とは何か、思考とは何か、また、 間も試してみたんだ」 自由な意志とは現実なのか幻想なのか、あるいは、そういう最後の 「そうなると、われわれは必然的につぎのような結論を得たことに質問には意味があるのかどうか、なんてことはね。 ーンは指を折った。 : この個体は、肉 なる。第一に : かれらのうちで最も優秀な連中は、自分たちの無知さ加減を認め 体的な感覚器官の媒介なしに見ることができたということ。そしてている。そして、最もくだらん連中は、独断的な理論をとなえてい ・ : たとえば、機械論 第二に、ひかえめにいっても、このふつうでない能力は、かれの右るが、そういうのは明らかに不合理なものた : 大脳半球のある部分となんらかの形で関係していたということた的行動主義者のあるものは、パヴロフがベルの音ですたれを流すよ な」 うに犬を条件つけることができたという、ただそれたけの理由で、 ・ハデレフスキーがどうやって音楽を演奏するかということがわかる 「ブラボー ! 」 などと考えているんた ! 」 そう叫んだのはジョーンだっこ。 ライブオーク フィルはうなすいた。 大きな南部樫の木蔭に寝そべり、黙って耳を澄ましていたジョー ンが声をかけた。 「ありがとう、べン。・ほくももちろん同し結論に達していたんた 「べン、あなたは脳外科医ね、そうでしょ ? 」 が、それでもたれかほかの人に同し意見をいってもらえると非常に フィルは保証した。 心強いからな」 「その中で最も優れたひとりさ」 「ほう、そういうことか。きみの意見はどうなんだ ? 」 「はっきりわかっているわけじゃない。 こんなふうにいわしてもら「あなたは、脳をたくさん見てきたわね。それもあなたは、それら おうカぐ まくは人がどこかの教会に属するのと同し理由から、心理が生きている状態で見ているはすね。ほとんどの心理学者よりもは 学を勉強しはじめた : : というのは、そういう人間は、自分自身とるかに多く。あなたは思考というものを、なんだと考えているの ? 自分のまわりの世界を理解する必要があるということを強烈に感しあたしたちを動かしているものはなんたと思っているの ? 」 ーンは彼女に徴笑してみせた。 ているからだ。まだ若い学生だったころ、ぼくは近代心理学がその 、・ヨ 1 ーン。・ほくは知っているふり 解答を示してくれるものと考えた。しかしすぐに、どれほど優れた「痛いところをつつつくんたねシ などしない。それはぼくの商売じゃない。・ほくはたた修理屋でね」 心理学者でも、こういう問題における本当の核心については、まっ 彼女は体をおこした。 たく何ひとっ知らないのだということがわかった。 いや、・ほくはこれまでにおこなわれてきた心理学の研究をけなし「煙草をちょうだい、フィル : : : あたしはフィルとまったく同じと ているわけじゃないよ。それらの研究は非常に必要なことだった ころにたどりついたの。といっても、違う道筋をたどってなのよ。 し、それなりに役立ってきたんだからな : : : しかし、かれらのたれあたしの父は、あたしに法律を学ばせたがっていたわ。でもあたし ー 45

5. SFマガジン 1977年5月号

「たくさんあるわよ。自分でついで」 示していた。あの検査法に求められる精度限界内ではね。かれの知 医者は自分のカツ。フとハクスレイのに注いだ。フィルは答えた・ 能指数も同じ、これも検査法の限界内でね。連想テストも同しで、 4 「まず間違いないね。すっかり消えうせてしまった・あの手術が原何も示さなかった : : 神経心理学でおこなわれているあらゆる基準 因でヒステリー性のショックが出ているのかもしれないと考えてい に照らしてみて、かれはふたつの点を除けば同一の個体だというこ たんだが、しかし催眠状態にして試験してみても、結果はやはりネとになる。つまり、かれは大脳皮質をひときれなくしているという ガテイプなんだ : : 完全にねシ 。・ヨーン、きみはなかなかの料理人こと、そしていまでは、曲がり角のむこうを見られなくなっている だよ。・ほくを養子にしてくれるかい ? 」 ということた。ああ、そう、それからかれは、あの能力を失ったの 「あなたは二十一歳を越えているわ」 で面くらっているね」 「かれが無能力者だという証明書なら、すぐに書いてあげますよ . しばらくためらってから、彼女はいっこ。 ンよ、つこ。 「それじゃあ、まったく疑間の余地はないってわけね、そうでし 「独身女性には、養子をもらう趣味などないのよ」 「ぼくと結婚するのはどうです ? そうすれば万事うまくいきます ハクスレイはコ ' ーンを見た。 よ : : ぼくたちふたりで、かれを養子にできるし、あなたはわれわ「どう思う、べン ? 」 れみんなの料理を作ってくれる : : : 」 「そう、・ほくにはわからない。きみは・ほくに認めさせたいってわけ 「そうね。そうしたくないとはいわないし、そうしましようともい だろう ? ぼくがかれの頭から切り取った灰色の物質ひときれが、 わないでおくわ。でも、それはあたしが今日受けたうちで最高の中正常な感覚器官には不可能な、そしてオーソドックスな医学理論で しこみたったっていっておくわね。あなたがた、何を話していた は説明できない方法で見る能力を、かれに与えていたのたというこ とをね。違うかい ? 」 「かれにその申しこみを書面にしといてもらうんだな、ジョ 1 ン。 「 ' ほくはきみに、何かを認めさせようとなどはしていないよ。・ほく ・ほくらは、ヴァルデスのことを話していたんだ」 は何かを見つけ出したいと思っているだけなんだ」 「あら ! あなた、最終テストを昨日やるはすたったんでしょフ 「そうか、きみがそういうなら、・ほくもいおう。きみの最初のテー 結果はどうたったの ? タがすべて、きちんと整えられた条件のもとで、注意深く得られた 「かれの特殊な透視能力に関する限りは、絶対的なネガティブたっ ものだと仮定して : : : 」 たよ。なくなってしまったんた」 「そのとおりだ」 「そう : : 対照テストはどうだったの ? 」 「 : : : さらに、きみがいっそう注意深く検査したにもかかわらす、 「 ( ム・ワズワース気質テストは、事故の前とかっちり同し気質をネガティブな二度目のデータを得たとすれ。は : : : 」 よ

6. SFマガジン 1977年5月号

ロバ、下言 A ・パインライン かれは内庭をもつ一度見まわし、車にいるほかのふたりに加わっ 「あなたのお住まいは気に入りましたよ、ミス・フリーマン。グリ フィス公園のほうがもっと快適たなんてことはあり得ないのに、ど うして・ほくらはわざわざビーチウッド・ドライ・フから離れなくちゃ いけないんです ? 」 「その答は簡単ですわ。もし、家の中にじっとしていたら、。ヒクニ ックにはなりませんもの : : : それではただの朝御飯でしよ。それか らあたしの名前はジョ】ンよ」 「その、ただの朝御飯をいっかここで食べさせてくださいとお願い してはいけませんか : フィルは聞こえよがしにささやいた。 「そんな防呆にはかまわないでおけよ、ジョ 1 ン。そいつの下心は 見えすいているからな」 ジョーンは、ついさきほどまでたつぶりした量の食事だったもの の残りを片づけていた。彼女は充分にかじりついたあとの骨を三 本、火の中に投げこんだが、それにはもはやぶあついサーロイン・ ステーキはついておらす、要らなくなった包装紙とロール・ ひとっ加えられていた。彼女は魘法瓶をふった。それはかすかにご にご。ほと鳴った。彼女は呼びかけた。 「だれかグレープフルーツ・ジュースをもっと欲しくない ? 」 「コーヒーはまたありますか ? 」と、コ バーンは尋ね、それからハ クスレイに話しかけた。「かれの特殊な能力が、完全になくなって しまったというのかい ? 」 ジョーンは答えた。 ヒューゴー・ネビュラ両賞最多受賞に輝く 銀河市民 野田昌宏訳¥ 4 。 0 メトセラの子ら 矢野徹訳¥ 3 7 0 〔ヒューゴー賞受賞〕 月は無慈悲な 夜の女王 矢野徹訳¥ 6 2 。 人形つかい 福島正実訳¥ 380 最新刊 〔ヒューゴー賞受賞〕 宇宙の戦士 矢野徹訳¥ 4 8 0 ハヤカワ文庫 ー 43

7. SFマガジン 1977年5月号

いいのか、どうしてもおぼえられないんだから。しかし、ちょっとた自分の姿を眺めた。悪くないわ、ミス・アメリカとまではいかな 待つよ : : : きみが左側の言語中枢を手術したものとばかり思いこん いけれど、赤ちゃんがあたしを見てこわがるようなこともないはす 4 でいたんで混乱していたが : : : 神経生理学的な面では、どんな影響よ、と彼女は考えた。 が出ると思う ? 」 ドアをノックする音とブザーが同時に鳴り、く 「影響はないね : : : これまでの経験を基準にすることができるなら「ジョーン、ちゃんとした格好をしてるかい ? 」 さ。・ほくが切除したものは、別にかれが困るようなことになるもの 「まあまあね。入ってちょうだい、 テラ・インコグニート じゃあないんだ。ぼくは未知の大陸を手術していたんだよ : : : 無人 ハクスレイはスラックスとポロシャツを着ており、その後ろから 島をね、きみ。・ほくが手術したあの部分の脳に何かの機能があるともうひとりの男が入ってきた。かれはそちらをふりかえっていった。 したところで、どれほど優秀な生理学者もまだそれを証明できない 「ジョーン、これはべン・コ 。、ーン、ドクター・べン・コ・ でいるんだ」 、、ス・フリーマンた」 「お招きいただいて、有難うございます、ミス・フリーマ 「どういたしまして、先生。フィルがあなたのことを年中おして 第二章三匹の盲目のねずみ いるので、あたし、お会いしたくてたまりませんでしたのよ」 この型どおりの挨拶は、昔からあらゆる種族のあいだでおこなわ ジョーン・フリーマンは盲めつぼうに片手をのばして目覚時計をれているしきたりのようにゞなめらかにかわされた。 とめた。その目は、寝ているつもりならまだ寝ていられるのだとい 「かれをベンと呼ぶんだよ、ジョーン。そのほうがかれの目我にい う安心の想いで閉じられていた。彼女の心は考えた。日曜日。日曜いから」 に早起きする必要はないはすよ。それならどうして目覚時計をかけ ジョーンとフィルが車に荷物をつんでいるあいだに、コく ひとま ておいたりしたの ? 彼女はとっぜん思い出し、体をまわしてべッその若い女性のスタジオ・ ( ウスを見まわした。一間だけの大きな部 ドから出ると、朝の空気で冷たくなっている床に暖かい足をつけ屋は、節だらけの松材で璧を張られ、素朴な自然石の大きな暖炉が た。彼女はパジャマを落とし、シャワー室に飛びこんで叫び声をああり、その左右にそう整然とはしていない本棚がついており、彼女 げ、シャワーをお湯に変え、それからまた冷たくした。 の性格を現わしているようだった。かれは両開きのドアを通って小 冷蔵庫から最後の食べ物をバスケットにつめ、魔法瓶をいつ。よ、 ししさな内庭に入った。敷かれている煉瓦は苔むしており、 にしたころ、外の丘で自動車の警笛がひびき、入ってくる道の砂利ウ用の炉と小さな池があり、水面は朝の陽光に輝いていた。そのと をきしませるタイヤの音が聞こえてきた。彼女は急いで短い。フーツき、かれを呼ぶ声がひびいた。 をはき、乗馬靴のルー。フをその下でばちんととめてから、鏡に映っ 「ドック ! 走れ ! 時間がむだだそ ! 」 / リトンの声がした。

8. SFマガジン 1977年5月号

ていた。外傷は、頭蓋骨にくつきりとえぐられた穴のように見えてップを取り、手術着の下に入れた煙草を探ぐっていた。まったく人 いる。その穴からすこしずつ出血しており、傷口の一部は、紫色に 間らしい様子にもどったかれは、、 / クスレイににつこり笑いかけて かたまった血、白い組織、天色の組織、黄色の組織と奇妙な嘔吐を尋ねた。 「さてと、 もよおさせるような塊りでふさがれていた。 いかがなものでしたかな ? 」 外科医のほっそりした指は、淡いオレンジ色の薄いゴムにおおわ「すばらしいもんだった。あんな手術をこれほど近くで見ることが できたのは、初めてさ。ガラス越しじゃああれほどはっきりとは見 れて人間のものとも思われないまま、それ自体別の生命と独自の知 性を与えられているもののように、傷口の中でゆっくりと巧妙に動えないからね。かれは元気になるのかい ? 」 ーンの表情が変わった。 いた。生きている細胞かと思われるほど、死んでからいくらもたた 「かれはきみの友人、そうだったね ? それをすっかり忘れていた ない破壊された組織が取り除かれたーーー砕かれた骨の破片、裂けた 脳膜、そして脳髄自体の灰色膜状組織た。 よ、ごめんごめん。かれは元気になるとも。ぼくが請けあうさ。か ハクスレイはその小さなドラマに魅惑され、時間がたってゆくこれは若いし強い、それに手術も申し分なくうまくいった。ニ日ほど とや、まわりがどうなっているかということを忘れてしまった。か したら、きみはここに来て、自分で確かめられるよ」 れは、助手に対して発せられる簡潔な命令をお・ほえていた。「鉗「きみは、一一一口語中枢の部分をずいぶん切除してしまった・そうだ 失語症とか、そういっこ 子 ! 」「牽引子 ! 」「スホンジ ! 」小さな鋸がたてるこもった音ろ ? かれは治ってからも話せるかい ? 言語障碍をおこさないかな」 が、生きているかたい骨を切断するにつれて、歯をうずかせる音に 変わった。へら状の道具が、傷つけられた大脳表面のひだをまっすコ一一口語中枢たって ? ・ほくは、そんなところに近づきもしなかった ぐにするために用いられる。信じ難く、現実でないことのようたぜ」 が、メスが心の戸口を削り、 理性の薄い壁を削り落としてゆくの を、かれは見つめた。 「右手に石ころを握ってごらん、フィル。そうすれば、この次から 看護婦は三度、外科医の顔にたまった汗をぬぐった。 はどちらが右かわかるから。きみは百八十度まわったむこう側にい たんだよ。ぼくは右側の大脳半球で仕事をしていたんで、左半球し ワックスがその機能をはたした。ヴィタリウム合金が骨の代りに ゃないぜー お、かれ、包帯が感染を遮断した。ハクスレイはこれまで何度となく 手術を見ていたが、外科医が向きを変えて更衣室へと歩きながら手 ハクスレイはとまどった表情になって両手を前につき出し、片方 袋を引きはがしはじめたとき、あのほとんど耐えられないほどの安ずつ見較べていたが、やがて晴れやかな顔つきになって笑い出した。 堵と勝利の感覚をまたしても感じた。 「きみのいうとおりだ。そう、こいつは一生の不覚ってところた ハクスレイ。かコバ よ。ぼくはプリッジでも、どちら側からカードをくばりはじめたら ーンに追いついたとき、外科医はマスクとキャ

9. SFマガジン 1977年5月号

円がかれのたたひとっ露出された部分、頭の右側に照射された。コ 「どうして : : : きみを探がさなくてはいけなかったんだい ? 」 1 ンはすばやく室内を見わたし、ハクスレイはかれの視線を追っ 4 コバ】ンはむつつりと答えた。 たーーー薄緑色の壁、ガウンとマスクとフード姿に性を感しさせない 「ポケット電話を別の背広に残してきたんだ。意識的にね : : : つか ダーティ・ナース ふたりの手術看護婦、部屋の隅で何か忙がしそうな補助看護婦、麻 のまの平安と静けさが欲しかったんだ。ついてなかったよ」 】ンに告げている言器類。 ふたりは北へむかい、アーケードを抜けて西に進み、動く歩道は酔医、患者の心臓と肺の状態をコく あまりにも遅すぎるので無視し、学生会館と自然科学の学部とをつ看護婦のひとりが外科医に読めるようにチャ】トをかかげた。コ ーンがひと声口にすると、麻酔医は患者の顔をおおっている布を なぐ通路を進んた。しかしかれらがポテンガー医科大学のむこう側 にある三番街の地下走路までくると、そこは浸水でとまっているしばらくのあいだ取った。痩せた茶色の顏、鷲のような鼻、閉しら とわか 0 たので、やむなく西〈まわり道し、フ = アファックス街のれくぼんでいる両眼。 ( クスレイは驚きの声をおさえた。コく はハクスレイにむかって眉をあげてみせた。 ーンはこの春、南カリフォルニアに滝の コンべャーに乗った。コ、、、 「どうかしたのかい ? 」 ような大雨を降らせた件について、商工会議所かどこか知らない 「これはホワン・ヴァルデスだそ ! 」 が、そんなことをやった技術計画委員会にもっともな悪口を浴びせ 「だれだい ? 」 つづけた。 「きみに話した例の男 : : : 奇妙な目を持った法学部の学生たよー かれらは外科医室でやっと湿った衣服から逃がれ、手術更衣室へ 「へえ : : : そうか。そいつの変わった目も、こんどほかりは曲がり 入った。石護婦がハクスレイを手伝って白いズボンと木綿のオー 角のむこうを見損ったってわけだな。生きているだけでも運がいい ・シーズをはかせ、ふたりは隣りの部屋へ手を洗いに行った。 ーンは ( クスレイがすぐそばで手術を見学できるように、かれさ : : : むこう側に立ったほうが、よく見えるよ、フィル ーンは非人間的な能率さへと変化し、ハクスレイの存在を無 にも手を消毒することをすすめたのだ。小さな砂時計を前にして三 分間、かれらは緑色の石鹸でごしごし洗い、ドアを抜けて、熟練した視し、優れた知力のすべてを目の前の傷ついた肉体〈と集中した。 静かな看護婦たちにガウンを着せられ、手袋をはめられた。 ( クスレ頭の骨は、明らかにやや鈍い角を持 0 たかたい物体に激しくぶつか ったためにつぶれていた。というか穴があいていた。右耳の上に傷 イはかれの襟元に手をかけるのに爪先立ちをするほかない石護婦に 手伝ってもらいながら、いささか滑稽な気持にかられた。ふたりは毛口があき、それは見たところでは直径二インチかもうすこしのもの : 」っこ 0 日月、 ュ / / ロレし てみるまでは、頭蓋骨とその下の灰色の物質にどの程 糸巻きの手伝いでもしているような格好で、ゴム手袋をはめた両手 をつき出しながらガラスのドアを通って第一二手術室に案内された。度の損傷が加えられているのか、正確に告げることは不可能たった。 脳髄それ自体にもある程度の損傷があることは間違いなかった。 患者はもう手術台に横たえられ、頭を高くし、動かないように頭 を固定されていた。たれかがスイッチを入れ、無慈悲な青白い光の傷口の表面は清められ、そのまわりの髪は剃られて薬液を塗布され

10. SFマガジン 1977年5月号

「きみがそれほど賢明だというんなら、金持じゃないのはどういう力学の用語で説明できないものが意識の中にあるかもしれないなん わけなんだ ? ・ほくは、念入りにコントロールした条件のもとで試てことをちょっとでもいおうもんなら、公衆電話のポックスにセン ーナードが入っているようなぎになっちまうさ」 してみたんだが、それでもかれにはできた : : : 曲がり角のむこうが 給仕のカウンターのうしろで、電話の信号ラン。フが赤くともった。 見えるんだ」 かれは、ニュースを流していたラジオを切って、呼出しに答えた。 「へーえ : : : そう力し 、、。・ほくの祖父、ストーンべンダーがよくいっ てたよ、神さまはこれまでゲームで使われてきた以上の切札を袖ロ 「もしもし : : : はい、マダム、いらっしゃいます。お呼びいたしま に隠していらっしやる、ってね。かれとスタッド・ポーカーをしたしよう : ーン先生、お電話でございます」 ら、脅威だろうな」 「こちらへ切り替えてくれないか」 「実際の話が、そいつは法学部に入学するための資金を、。フロのギ ーンはテープルの電話パネルをまわして自分のほうにむけ ャンブラーとして稼いだんだよ」 た。すると、パネルが明るくなって、若い女性の顔が浮かびあがっ 「そいつがどうやってそれをやるのかは、見当をつけたのかい ? 」てきた。かれは受話器を取りあげた。 ハクスレイの顔に困惑の表情が浮び、テーブルを軽くたたいた。 「なんたい ? なんだって ? どれぐらい前におこったことなん 「いいや、それが厰にさわるところさ : : : もし・ほくにすこしでも研だ ? だれが診断したんだ ? もう一度読みあげてくれ : : : チャー 究資金があれば、この種の能力を意味のとおることにできるだけの トを頼む」かれはパネルに現われた映像を調べてつけ加えた。「わ データを集められるんだがな。デューク大学でラインのやった研究かナー っこ。まくもすぐそちらへ行く。患者を手術できるようにしてお を見てくれよ」 いてくれ」 「じゃあ、どうして大声をあげて叫ばないんだ ? 理事連中の前へ かれは電話のスイッチを切り、 ハクスレイを見た。 行って、やつらの耳にくらいっき、そういってやればいいのに。き「行かなきゃいけないことになったよ、フィル : ・ : 急患だ」 みがどうやってウエスタン大学を有名にするつもりなのか、かれら「どういう患者なんだい ? 」 にいってやることたね」 「きみも関心があるだろう。冠状鋸を使う手術だ。たぶん脳切除を ハクスレイはさらに不機嫌な表情になっこ。 すこしやることになる。自動車事故た。時間があれば、来てみるん 「見込みはないさ。ぼくは学部長にかけあってみたが、学長のとこ だな」 ろへこの話を持ってゆくことをさえ、許そうとはしないんた。あの かれはそう いいながらレインコートを着た。そして体の向きを変 老いぼれ爺さんが、ぼくらの学部をこれまでより以上に締めつけるえると、ゆっくり大股で西の扉から出ていった。 ( クスレイは自分 9 結果になるとこわがっているんだな。わかるたろう、・ほくらは公式のレインコートをつかむと、急いでかれに追いっき、肩をならべな には、行動主義心理学者であるということになっている。生理学とがら尋ねた・