合推進型の宇宙船に航宙士として搭乗していた。跳躍航行船の操縦ターンを読み取って錯乱することがある。それを防止するために、 士にくらべて一次元下の″三次元の航宙士″と呼ばれる任務だっ星や星雲が背後に飛び去る″実感映像″が映されることがあるが、 た。その頃、情報管理官を隣りのシートに坐らせて飛行したことが今回の飛行にその必要はなかった。ふたりも超空間には慣れている ある。 最初の印象は無気味だった。大脳皮質の誘発電位を検知のだ。 する探針が頭部に埋めこまれているために、頭髪はなく、外部の端 コリンズはスクリーンの微妙な輝きの変化から、飛行状態や機器 末機器と連結できるターミナルが体の何箇所かにあるのだ。 : 、 カ何の調子が読み取れるらしかった。 よりも無気味なのは、表情がまったく読み取れないことたった。体マキタもしばらく画面をにらんだ。が、どのような。 ( ターンもそ こからは識別できなかった。マキタの体内メモリーに、そのような つきが普通の人間であるだけに、かえってとつつきにくい印象を受 ハターンは記憶されていなかった。 けたものだった。 ( 純粋に航行の経験から作られるパターンだな ) ( あの時と同じ困惑をこの男は感じているにちがいない ) マキタはそう判断して目を閉じた。興味は超空間にはな、。八千 マキタは金髪の青年を見てそう思った。″超人″に対する畏怖の ようにも思えるし、高価な積み荷への責任感からのようでもある。 万光年の跳躍が終った時、この調査艇の前に出現するはすの風景に 情報管理官ひとりに要する改造費は、恒星間調査艇五十隻に相当す関心は移っていた。 ると教えられているはすだから。 本当にそれはそこに存在するのだろうか。マキタは体内メモリー 「超空間へ入ると外部の通信網とは一切途絶してしまうので、私もの最上位に記憶しているパターンを頭の中に再現した。忘れようも まるで並の人間た」マキタはコリントの緊張をほぐすように声をか ない奇妙なパターンだ。 けた。「〈オ。フ〉の世話にならないと、何ひとっ考えがまとまらな ( 本当にこんなものが八千万光年彼方に存在するのだろうか : : : ) マキタはまた自問した。 コリントの表情は少し弛んだ。 「これは私の分身みたいなものです , 彼は自動操縦装置をながめな それが発見されたのは、人類が銀河系の辺境に進出しはじめた初 がら答えた。「特に超空間に入ると、徴妙な調子の変化までがわか期の段階でだった。それまで観測されることのなかった、銀河系の ります」 ″核〃の反対側の宇宙ーーっまり太陽系から見て、いて座の方向の 前面のスクリーンは超空間飛行特有の輝きを放っている。無限の遠宇宙。それがやっと観測されはじめた。宇宙原理からすれば、宇 発光信号を重ねたような輝きーーー雑音があらゆる意味を含んだ音に宙はすべて等方であり、その方向に特に偏った星雲の分布が観測さ 聞えるように、スクリーンから無限のパターンが読み取れるようなれるはすはなかった。 錯覚を覚える。慣れない人間は無意識のうちに心的外傷に触れるパ その方向には、比較的近い局所星雲群が観測された。八千万光年 ワープ・シップ
い。が、また、どこまでが自分の意識なのかがわからなくなってい ら、銀河系を出発してから最初の煙草に火をつけた。深々と吸い込 んだ煙を吐き出すと、見事な輪が出来上がった。輪は中央にドーナるのを、思い出したように感じるのたった。かたちにならない不安 だ。それは、銀河系の情報空間から切り離された時に感じる心細さ ッ状の円環を形成しながら、小型の星雲のように拡がっていった。 が、折れ曲がりそうな気配はまるでなかった。 と裏腹のものだった。 コリントが奇妙な表情でその様子をうかがっていた。改造人間が ( 今回の調査行は自分の意志で決定したはずだ。この星雲に関して は不思議に強い関心を覚えた。だから、大規模な調査隊の派遣に先 煙草を吹かすこと自体、奇異に思えるのだろう。 「改造を受ける前からの特技でね。マキタは煙の輪を示していっ立って八千万光年を跳んだ : : : ) た。「舌の巻き方や喉の使い方は忘れないように体内の記憶装置に だが、目的の星雲内に入ろうとしている今、マキタには最初に感 入れてあるんた」 じた好奇心の正体が何だったのか、わからなくなっていた。 ふつ、とコリントに笑いが浮かんだ。 ( ・ : : ・好奇心すらも、巧妙に組まれた。フログラムだったのだろうか 「銀河系からここまで離れると、私もただの人間だ。自分の意志で しか行動できなくなるからな」マキタはいった。「三次元空間のア マキタの迷妄とは無関係に、コリントは自信に満ちた表情で操縦 ストロノートに戻ったような気分だ」 装置に向っていた。 「銀河系内では自分の意志がないのですか」 「出ますよ、 「自分固有のパターンはある。厖大な情報を処理する特有のくせみ航宙士の声が響いた。 たいなものだ。多分、私の本来もっている大脳の固有性だろう。た が、利用する情報となると、私自身の観測したものかどうかも区別 星雲内に入り込むと、窓外の様相は、あっけないほどありふれた できないことが銀河系内ではあるんだ」 ものになった。 「銀河系通信網の内側にいる限り、情報は自由に読み出せる訳です見る方向によっては、銀河系内と何ら変るところはない。恒星の ね」コリントはむしろうらやましげにいった。情報管理官といえば密度も大きな差はないのたった。異なるのは、帯状にのびた銀河の まさに超情報特権階級といえるからだ。 ″赤道面″の輝きと、その面で区切られた宇宙の光の密度の差だっ 「だが : : : 」 マキタはロごもった。 この青年に実感としてわかるはずがな調査艇〈マグノリア〉は、星雲のひとつの円盤の外周から五千光 いのだ。″超能力。ともいえる演算能力や記憶力と引き替えに、情年ほど内部に入り込んだ星域に、機首を銀河の中心方向に向けて浮 報省を中枢とする銀河系通信網という″情報の檻″にとらわれた存かんでいた。いわば、一千億の恒星からなる円盤状の平原にいると いえた。異様なのは正面の眺めだ。 在であることを。むろん、マキタ自身、拘束を実感することはな
分の演算能力と〈オプ〉の機能をフルに働かせて解析した。 でも解明できぬ現象と思えたからだ。 銀河の屈折部分に接近した星の光は、いずれも急激に赤方に偏移″最終的な調査方法ーーー・超空間探針をその空域に差し込んでみる ことだった。 し、ほ・ほ十光年の距離を移動する間に、視界から完全に消えてい 五千年前の星座と重ねてみれば明らかだった。今、赤方偏それは、調査艇本体の安全を守るために、本艇からのばした超空 移の壁の向うに消えようとしている型の赤色巨星の十二光年先に間航路を通して、モ = ター・アイを持っ探査球を送り込んで、一万 は、型スペクトルの連星があったはずだ。・ : カそれはすでに闇の光年彼方の未知空間を観察する方法だ。 中に没している。そして、百光年先にあったはすの食変光星が、折「トムを送るしかないな」 れ曲がった銀河の垂直面側に出現しているのだった。 マキタはつぶやいた。トムとは探査球の愛称だ。 マキタは最初、観測機器の精度を疑った。外部の星の配列から、 トム″に由来していることはいうまでもない。 スクリーンの中で、二つに折れた円盤が無表情に輝いていた。 観測不能の空域を計算すると、直径五百光年、長さ八万光年の円筒 空間が求められる。たが、その空間に差しかかった恒星は、五百光 年の空間を百年以内で通り抜けていることになるのた。 スクリーンの中で、二つに折れた円盤が奇妙に輝きはじめる。超 プ・チャンネル 「星が次々に跳躍しているとしか思えませんね」コリントは画面に空間航路を設定するために、艇体周辺の空間が揺らぎ、それにつれ 重ねられた星雲のシミュレーション像を見ながら感想をのべた。 て、映像に歪みが生じ、色彩が変動した。 「その通りなんたが : : : 」マキタはスクリーンの一角を睨んたまま「一万光年までのびました」 黙りこんだ。 コリントの声は緊張しはじめる。 「銀河の中心核によく見られる巨大ブラックホールが特異な状態で探針の先は、折れ目の中央、つまり銀河の中核に差し込まれよう ワー・フ・チャンネル 折れ目の部分にあって、超空間航路の機能を果しているということとしているのだ。 でしようか」 「一万二千光年」 「私も最初そう考えた。いや、銀河系から観測されていたデータで艇体が、周辺の励起された″場″の、音にならぬ振動でうなりは 立てられた仮説の中にも、それはあったんだがーマキタは画面の一じめる気配がする。 点を指差した。「この星の伴星から強力な線の放射が測定されて「一万三千光年 : : : あと二千光年です」 いる。典型的なブラックホ】ルだが : : こいつもあの折れ目を通過スクリーンの中で、輝点が次第に像を結びつつある。目的の空域 しているんだ」 に航路の焦点が合致しつつあるのだ。 コリントも黙りこんた。 「あと一千光年」 コリントの声はややうわずっている。 その空間には、特異点を制御し跳躍航法を獲得した人類の物理学 チャンネル ″ビー。ヒング・ 229
た。これで、調査艇〈マグノリア〉の一連の観測機器と搭載された 「中心部まで約二十万光年です」コリントは操作卓に指を走らせな コン。ヒュータ・システムとマキタの内蔵する装置と大脳が、ひとっ 2 がら答え、改めて画面のほの暗い光を見てつぶやいた。 し、静かなもんですねえ」 の観測システムとして機能しはじめるのだ。 二十万光年の距離から観測される″骨折星雲″のデータが、マキ 「スクリーンを増感してみてくれないか」 「可視域だけでいいですね」コリントは再び操作卓に手をのばす。タの意識の中に流れ込みはしめた。 二千億の太陽がいっせいに輝度を増した。スクリーン全体が輝き 骨折星雲の成因は、従来のどんな理論を適用しても説明できなか わたり、操縦室全体が照明を当てられたように明るくなった。 蝶の羽根のようなおとなしい印象はもうない。中心部は青く輝った。 き、今にも大爆発の予感をはらんだかのような核をもつ、偏平な楕最初に立てられた仮説は「銀河衝突説」だった。ふたつの楕円型 円状の銀河が映し出された。光り輝く直径八万光年の円盤は、中央銀河が直角に衝突し、衝突した部分から消減しつつあるのではない かというのだ。だが、白鳥座 << やケンタウルス座の多重電波源にみ で見事に直角に折れ曲がっていた。 られるような強力な電波エネルギーの放出は一切観測されなかっ 「すごいですね」コリントがため息をついた。 確かに増幅された輝度による実感効果は大きかった。冷静な解析た。銀河一個分の星が消減したとは考えられなかった。 だが、それを一個の独立した銀河と見た場合、やはりその生成過 装置を内蔵したマキタですら、一瞬、圧倒された。〈マグノリア〉 の出現した空域が、屈曲した銀河が直角に開かれた正面であったか程を説明するのは困難だった。 らだ。半径四万光年の半円状の舌が二枚、この調査艇を呑み込もう古典的ともいえるハップルの分類によっても、不規則銀河にそん な形状はなかったし、不規則銀河と定義するには無理があった。直 と拡げられたような印象だったのだ。 角に曲がった部分を平坦に広げたとしても、異様に偏平な円盤状に 「気味が悪ければもとの輝度に戻してもいい。観測には支障はない なるのだ。楕円型銀河と呼ぶにはあまりに偏平だった。 から」 コン。ヒュータによるシミュレーションは当然くり返し行なわれ マキタはコリントの内心を推測してそういっこ。 た。二千億個の質点の運行を計算するのは不可能だったが、億単位 「いや、この方がイメージとしてとらえやすいようです」航宙士は までは検討された。 : 、・ 力とのような初期条件でも折れ曲がった渦は 答えた。 「よし」マキタは左手首からターミナル端子を引き出しながらいっ作れなかった。 マキタ自身、調査艇のなかで幾つかのモデルを検討してみた。正 た。「次の跳躍に移るまで、観測データの解析用に〈オプ〉の力を 面のスクリーンをディスプレイ装置として、十万個の輝点から成る 借りることにしよう」 マキタは手首のターミナル端子を自動操縦装置の操作卓に接続し銀河を作り、さまざまな仮定を置いて銀河の形状の変化を調べてみ
ガイド・アーム 画面が輝きわたった。 躍航行の終了を告げる、一瞬の輝きの 誘導腕の先端で発射の体勢に入った探査球の始動する響きが伝わ ってくる。 スクリーンからは一切の光が消えた。 「つながります」 完璧な闇だった。 スクリーン上の輝点は完全な点となって、折れ曲がった銀河の中 一切の光も光の気配もなかった。可視域から X 線、線の領域ま 心に像を結んだ。 で、観測機器は一切反応しない。赤外線から通信電波の全域にわた 「モニタ 1 を探査球の眼に切り替えろ」マキタは命じた。 って、感知される光も熱も電波も、まったくない。要するに、エネ コリントの手が操作卓にのびる。 ルギーの一切が感じられないのだった。 画面が変った。 「探査球に異常はないのか」 ワープ・チャンネル 超空間航路特有の無色の輝きに満ちた円筒状の航路が一直線に前 マキタが訊ねるまでもなく、航宙士の視線は計器盤の上を走査し 方へのびている。先端は見えない。。 : カそれは今、銀河の中心部にていた。 達しているのだ。 「 : : : 感度は最大に上げているのですが」コリントは首をひねっ 「発射」マキタは命じた。 チャ / ネル 軽い衝撃と同時に、画面はまばゆい輝きに満ちた。跳躍航行をシ 跳躍場の発生装置は航路が保持されていることを示している。画 、ユレーターで味わうような眺めだ。 面に映し出されている闇が、一万五千光年のばされた針の先端に見 マキタは息をつめてスクリーンを見つめた。あの空域をこの眼でえる世界に間違いないのだ。 見ることができる。物理法則の理解を超えたあの空間の内部が、 だが、そこが、一切のエネルギーが失われた世界とは : 今、スクリーンに映し出されようとしている。 「私が直接覗いてみよう」マキタは左手首のターミナルを引き出し 艇体をつつむうなりがひときわ高まった。 た。「探査球の触角をすべて私の回路に切り替えてくれ」 「出るそ」 コリントは操作卓に手をかけ、マキタの顔を見た。 マキタは唾液を呑み込んだ。緊張が体の反応として出るのは、改 ( いいんですか ) と眼で問いかけた。 造を施されて以来、めったにないことたった。 ( かまわん、大丈夫た ) マキタはうなすいた。 後、 コンソーール 2 引
た。それはまさに現代的な″フ = ッセンデンの宇宙″だった。腕が「信じられない運動ですね」 のび切って消減し、あるいはプラックホールと化し、さまざまな終半円状の円盤が直角に接する位置だった。円運動で接点に達した 星は、そこで直角に方向を変え、直角の平面でそのまま回転を続行 末を迎えたが、″骨折したモデルはなかった。 していることになる。折り曲げられた直径八万光年の円盤が何の支 マキタの体内メモリーに記憶されている星雲のデータは、銀河系障もなくスムースな回転を続けているように思えるのだ。 だが、このような運動は、予想されていたことでもあった。 辺境の観測基地で得られたものであり、八千万光年の超空間航行を 終えた今、観測機器から送られはじめたデータは、八千万年後の姿 ( : : : 一部にまだ残っていた、遠近ふたつの銀河が重なって見える に相当する訳だ。ふたつのデータを照合することにより、骨折星雲とする説がこれで否定されただけのことだ ) マキタはつぶやいた。 の八千万年間の推移が明らかになるはずだった。 マキタはメモリー内のデータを読み出し、視角を修正しながらス クリーンに投影した。暗い紫色の表示で。 ( ターンを作り、それを観 測中の像に重ね合わせた。 八千万光年の跳躍よりも、今回の超空間航行の方が緊張をともな このふたつの像のすれを調べれば、八千万年にわたる星の運行の 軌跡が推定できるはすだった。 マキタは、記憶側の銀河のパターンをさまざまなかたちで修正し十五万光年を跳・ほうとしているのだ。設定にミスがなければ、二 ながら重ねていった。外形を見る限り、像はほとんど完全に一致し枚の半円で挾まれた扇状空間の最外部に入る予定だった。 航路の設定を誤ったとしても、出現した星域で事故に遭遇するこ ているのだが : ・ とは、まずないといってよかった。銀河の円盤状の部分に無作為に 「わかるかね」 航路を設定したとしても、恒星に衝突する可能性は、大海に浮かべ マキタはスクリーンを凝視しているコリントに声をかけた。 むしろ、 た一個のフットボールに衝突する確率に等しいのだ。 「円運動しているとしか思えませんね」航宙士はつぶやいた。 無人探査艇が消息を絶った空間であることの方が気がかりだった。 八千万年の間に何度回ったのかは知りませんが」 超空間テレメトリー が不可能な距離たったとはいえ、帰還のプロ その直観は正しいように思えた。剛体としての運動ではないが、 幾つかの特異なスペクトルを持っ星の位置を調べれば、川度に満たグラムは組み込まれている。銀河系周辺の空間まで戻れば、張りめ ぐらされた通信網のどこかに引っかかるはずたった。情報は何ひと ぬ角度だが、回転移動によって一致させることができた。 っ得ることができなかった。 「確かに円運動だが : : : 」 マキタは再び無数の輝点で埋められたスクリーンをながめなが マキタのつぶやきに、コリントは素朴な嘆声をつけ加えた。
の彼方、およそ直径五百万光年の空間に約二千個の星雲が集まってる。超空間飛行が終りに近づいている時に現われる特有の輝きだ。 いるのだった。それは特に驚くべき発見ではなかった。 : 、 カその星やがてスクリーンの中心部に暗黒の輝きが現われ、一瞬のうちに全 雲群の中に発見されたひとつの銀河は、およそ天文学の常識からは天の光が暗黒の中心部に集まり、直ちに飛散して、同時に跳躍航行 信じられぬ形状をしていた。 船は三次元空間の大真空の中に投げ出されることになるのだった。 最初、それはふたつの星雲が重なって見える位置にあるか、衝突 マキタは跳躍航行を何度か経験している。その瞬間には、内臓が する銀河と思われた。典型的な楕円型の銀河の一部が、重なったよ持ち上げられるような浮揚感に襲われる。″三次元空間〃の航宙士 うに接近して観測されたからだ。ほ・ほ同規模の星雲が、それそれの出身のマキタには、どうにもなじめない感覚だった。跳躍の終る瞬 中心部で直角に交差しているように見えたのだった。 間にそなえて、呼吸を整えなければならなかった。 だが、奇妙なことに、直角に交差したそれそれの星雲の半分は、 しかし、マキタは今回に限って別のことを考えていた。スクリー どうしても観測されないのだ。星間物質による障害ではなかった。 ンの輝きの偏移が、さっきまで何度か行なった、銀河生成のシミュ 交差する角度によって、半分が隠される状態でもない。それそれのレーションを連想させたのだった。 銀河を貫いて反対側の空間に張り出しているはずの部分が消減した ( なぜ、あんなものが存在し得るのか : ・ : ・ ) かのように見えないのだった。 仮説はいくつもあった。・ : カ決定的な解はまだ得られていない。 衝突するふたつの星雲からそれそれの半分が消減したというより「出ますよ」 も、凸レンズ状の銀河が真ん中で直角に折り曲けられたように見え コリントが叫んだ。 るのだった。 身構えする間もなく、猛烈な浮場感が襲ってぎた。言葉にならぬ それは、オリオン座の暗黒星雲が″馬の首星雲″で知られるよう衝撃が通り過ぎ、跳躍航行船〈マグノリア〉は、銀河系から八千万 に、カタログ番号よりも″骨折星雲″という呼び名で知られること光年離れた空間に投げ出された。 こよっこ。 きわめて精度の高い航行といえた。 予定通り、それは正面の空間に存在していた。展望スクリーンほ 2 ・ほいつばいに、薄く青白いパターンが浮かび上がっている。それは 二千億の太陽が放っ光というよりも、真空中に広げられた巨大な蝶 の羽根を想わせた。 「間もなく通常空間に出ます」 耳もとでコリントの声がした。 「距離はどれくらいある」 マキタは目を開く。スクリーンの輝きは明らかに変化していた。 マキタは訊ねた。スクリ】ンに見とれていた航宙士は、あわてて 等方の輝きが外縁部に偏移しはじめ、中心部に収斂しはじめてい計器に目をやった。
ら、レンズ型星雲の特異なものと考える方が妥当かもしれなかつろ、通信基地の数が多過ぎることの方が不思議なんだ ) ステーション 銀河系内に建造されつつある通信網の基地にくらべて、桁違い 2 マキタは惑星の地表探査の打ち切りを命じた。 の高密度でばらまかれているのだった。 探査球は収穫のないまま戦道上に引き上げられ、艇体に格納され ( 何をどこへ送信しようとしていたのか ) 再び内側への飛行が開始される。 調査艇〈マグノリア〉は銀河の中心部から一万五千光年の空間ま どこまで進んでも、同じ構築物との遭遇の連続だった。 で入り込んでいた。 「もしかしたら、星の数よりも人工島の数の方が多かったというこ 二つの半円状銀河で作られた扇形空間の内側の中心に近い空域と とになりかねませんね」コリントがいった。「何しろ、惑星のない いえる。もはや、銀河の形状は、二枚の半円という外形ではとらえ 星の軌道にまで残っているんですからね」 ることができない。二千億の恒星が分布する空間の内側にいること 「そして、ある時期、いっせいに姿を消した」マキタは応じた。 になるからだ。星の疎らな空間は視界の後方半分を占めるにすぎな ステーショ / 「そうとしか思えない。最外部からここまで、残された基地の形 状にほとんど差がない。一時期、銀河全体に種族が拡がっていたこ 調査はいよいよ「最終的な方法」によるしかない段階にある。 とは間違いない」 星雲の折れ目を調査するところまできたのだ。 「あの基地は何の機能を果していたんでしよう」航宙士が説ねた。 折れ目ーー・正確には銀河の回転が度変化する空間だ。外部から 「通信基地だ。これは確信をもっていえる」マキタは断言した。観測する限り、それは、直径五百光年の円筒状の空間が八万光年に 「推進装置のない点や、分布状態からわかる。ーー銀河系の通信網わたって横たわっている恰好で、その空間内で星の運行は方向を変 の密度にくらべると桁ちがいに高密度だが、これは情報量の多さ、 えた。遠方から観察すると、まさに銀河を折れ目に当る線のように 文明の高さの指数ともいえるだろう」 見えるが、銀河の断面を一時的に吸い込む巨大な空間なのだ。 マキタが廃墟となって漂っている数億、数十億ーーもっと多いだ折れ目の形状は直接観測された訳ではない。 どうしても観測でき ろう、千億のオーダーになるかもしれない宇宙基地を通信装置とない空間が折れ目に相当するのだ。 判断したのは、銀河系に設備されつつある通信網のあるプロジェク 〈マグノリア〉は銀河の外縁から、五千光年の跳躍を五回くり返し トに、通信の原理こそ違え、同質のものを感じ取ったからだった。 て現在の位置まで達した。そのたびに観測された折れ目のデータ 「こんなに多くの通信基地がありながら、なぜ、肝心の建造主の気よ、 をいいかえれば、五千年ごとに記録された二万五千年間の運行デ ータでもあるのだ。 配がないのでしようね」コリントは素朴な感想をのべた。 ( それがわからないんだ : : : ) マキタは内心でうなずいた。 ( むし折れ目付近の特異なスペクトルを持っ星の運行を、マキタは、自 ステーション
て、別の局所星雲群まで、まさに宇宙の階層のひとつを飛び越える 距離た。むろん定期航路は開設されていない星域た。目的の星雲群 には、無人調査艇が二機飛ばされたことがあるだけだ。そのいずれ スクリーンの中で銀河がひとっ消減した。典型的な棒渦巻き型星もが消息を絶っている。一切の情報は送られてこなかった。 雲からのびた触手のような二本の腕が、中心部の回転にまき込まれ事故かもしれないし、帰着時の航路の設定に誤差を生じただけか ー・システムで制御できぬ距離に飛 るように縮み、まばゆい光輝を放って、一瞬のうちに消減した。二もしれない。超空間テレメータ 。はされているのた。回収の見込みは最初からなかったようなもの 千億個の太陽に相当する質量が中心部に集まって、巨大なプラック ホールとなったのた。銀河の消減したあと、スクリーンには何も映だ。 ( たが、今回はちがう ) マキタは操縦装置に向っているコリントを っていない。ほの暗い空間があるたけで、星ひとっ残っていなかっ ちらりと見た。 ( 最も熟練した航宙士が操縦しているし、積み荷が 積み荷だからな ) 「失敗だな」 イロットオプ マキタは操縦席に体を埋めたまま、映像の消えた画面をみつめて金髪の青白い青年は、自動操縦装置〈〉の計器を鳶色の眼で にらんでいる。痩せた長身の体は操縦席の中でほとんど動かない。 つぶやいた。「そう簡単に正解が得られるはずはないからな」 緊張している様子がマキタにはよくわかった。八千万光年という跳 「〈オ。フ〉の容量では無理でしよう」 隣の席で、航宙士コリントが中し訳なさそうな口調でいった。 躍距離に対してよりも、隣りの席に積み込んだ荷物に緊張している に力いなかった。 「超空間を飛行中は使用できる容量が制限されるものですから」 「わかっている」マキタはいった。「ちょっと思いついた要因があ ( 昔のおれがそうだったからな ) ったので試してみただけだ。ごく大雑把な概算をやってみただけな マキタは銀河系全域に張りめぐらされた通信網の中枢〈情報省〉 んだ」 から派遣された情報管理官だ。情報管理官は、一個の独立した人格 「通常空間に戻れば、もう少し容量に余裕が出ますが」 であると同時に、体内に驚異的な演算能力を内蔵する情報処理装置 「いいんだ」マキタは左手首から操縦席の操作卓に接続していたタでもある。銀河系をあまねく覆いつくした情報ネットワークの中枢 ミナル端子を外した。 から分岐した、高性能の端末処理装置ともいえる。 いわば情報 スクリーンは、ディスプレイ装置から船外展望用画面に切り替え処理能力を飛躍的に高めた一種の″サイボーグ″なのだが、情報の られ、超空間特有の輝きがひろがった。 解析をあくまでも個人特有の。ハターンで行なうところに、独立した 跳躍航行船〈マグノリア〉は八千万光年の距離を跳躍する超空間人格が残されている意味があるのたった。 チャンネルを飛行中だった。太陽系の所属する銀河系を抜け出し マキタは″改造″を施される以前は、太陽系内を飛行する、核融 幻 9
のメモリーとなる。いや、屈曲して対峙する銀河面の相互のニュ 1 「一瞬体を強張らせた感じで驚きました。何が見えたのです」 空間に トリノ通信基地の間の空間は、最大五万六千光年のメモリー : ・」マキタは頭の中を整理しようとしてみた。体内メモリーの 3 2 なる。 情報がある部分、置換されて、しかも自覚がないような、奇妙な気 こうして、すべての情報、銀河内ありとあらゆる情報が通信網分だった。「スクリーンに何も映らなかったか」 に投げ込まれた。銀河の星々の情報から、記憶装置からあふれかけ「ついさっき、一瞬、画面全体が薄い。ヒンクに輝きました。それだ ・・フロープ ていた情報、文明のあらゆる成果が、基地と基地の間を飛び交い けです。その後、超空間探針が効かなくなりました。探査球の回収 星と星の間を移り、星雲の対峙する空間の中をわたり、銀河を覆いは不能です : : : 」 つくす通信網を流れ、走り、めぐった。 「いいんだ」マキタはいった。「銀河系へ帰還しよう。調査は終了 この銀河の屈折した空間にこの銀河のすべての情報が詰めこまだ」 れた時、わたしは生まれた。わたしは、この銀河に生き減びた種族 マキタの内部で、明確に今回の調査行の使命が自覚できた。 の意識もすべてもっている。私は「神」でも「純粋理性」でもな銀河系通信網の中枢〈情報省〉は″骨折星雲″の内部にあるべき 。強いていうならば、この銀河の情報空間に対する零空間の写像ものを予測していたのかもしれない。それで私を触手がわりに派遣 として存在し、情報空間の進化の末に誕生した、ただそれだけの存したのだろう。 在だ。 銀河系内で進みつつあるプロジェクト 銀河系空間メモリート おまえに関しては、すでに二機の調査艇のメモリーから情報を画。銀河系内にあふれかえる、人類の情報すべてを、銀河系内の通 得ていて、特に新しい関心はなかった。ただ、わたしのメッセージ信網そのものをメモリーとしてめぐらせようとしているのだ。 チャ / ネル が理解できたら、還ることだ。おまえの背後には、わたしの情報を ( その結果何が生まれるのか ) マキタは帰路の航路を設定しはじめ 必要とするものがいるはすだ。還ることだ。その結果、おまえはわた艇体のうなりの中で、席に体を埋めた。 ( 答は私の内部にある。 たしと再び出会えることがあるかもしれない。 私は帰着し、そして、情報化して通信網の中に入る最初の人間にな るだろう。今、それは運命づけられたのだ。・ : そして長い長い時 間の後、再び、この星雲で、あの存在とある部分で交感できること それは去った。 になるかもしれないのだ ) マキタの中で、確信めいたものが生まれた。 「 : : : 大丈夫ですか」 跳躍航行船〈マグノリア〉は航路の設定を終え、プログラム通り 遠い声がした。 飛行を開始した。 マキタは眼を開く。コリントの青白い顔が覗きこんでいた。 「私は何をしていた」マキタは席から体を起こした。