合推進型の宇宙船に航宙士として搭乗していた。跳躍航行船の操縦ターンを読み取って錯乱することがある。それを防止するために、 士にくらべて一次元下の″三次元の航宙士″と呼ばれる任務だっ星や星雲が背後に飛び去る″実感映像″が映されることがあるが、 た。その頃、情報管理官を隣りのシートに坐らせて飛行したことが今回の飛行にその必要はなかった。ふたりも超空間には慣れている ある。 最初の印象は無気味だった。大脳皮質の誘発電位を検知のだ。 する探針が頭部に埋めこまれているために、頭髪はなく、外部の端 コリンズはスクリーンの微妙な輝きの変化から、飛行状態や機器 末機器と連結できるターミナルが体の何箇所かにあるのだ。 : 、 カ何の調子が読み取れるらしかった。 よりも無気味なのは、表情がまったく読み取れないことたった。体マキタもしばらく画面をにらんだ。が、どのような。 ( ターンもそ こからは識別できなかった。マキタの体内メモリーに、そのような つきが普通の人間であるだけに、かえってとつつきにくい印象を受 ハターンは記憶されていなかった。 けたものだった。 ( 純粋に航行の経験から作られるパターンだな ) ( あの時と同じ困惑をこの男は感じているにちがいない ) マキタはそう判断して目を閉じた。興味は超空間にはな、。八千 マキタは金髪の青年を見てそう思った。″超人″に対する畏怖の ようにも思えるし、高価な積み荷への責任感からのようでもある。 万光年の跳躍が終った時、この調査艇の前に出現するはすの風景に 情報管理官ひとりに要する改造費は、恒星間調査艇五十隻に相当す関心は移っていた。 ると教えられているはすだから。 本当にそれはそこに存在するのだろうか。マキタは体内メモリー 「超空間へ入ると外部の通信網とは一切途絶してしまうので、私もの最上位に記憶しているパターンを頭の中に再現した。忘れようも まるで並の人間た」マキタはコリントの緊張をほぐすように声をか ない奇妙なパターンだ。 けた。「〈オ。フ〉の世話にならないと、何ひとっ考えがまとまらな ( 本当にこんなものが八千万光年彼方に存在するのだろうか : : : ) マキタはまた自問した。 コリントの表情は少し弛んだ。 「これは私の分身みたいなものです , 彼は自動操縦装置をながめな それが発見されたのは、人類が銀河系の辺境に進出しはじめた初 がら答えた。「特に超空間に入ると、徴妙な調子の変化までがわか期の段階でだった。それまで観測されることのなかった、銀河系の ります」 ″核〃の反対側の宇宙ーーっまり太陽系から見て、いて座の方向の 前面のスクリーンは超空間飛行特有の輝きを放っている。無限の遠宇宙。それがやっと観測されはじめた。宇宙原理からすれば、宇 発光信号を重ねたような輝きーーー雑音があらゆる意味を含んだ音に宙はすべて等方であり、その方向に特に偏った星雲の分布が観測さ 聞えるように、スクリーンから無限のパターンが読み取れるようなれるはすはなかった。 錯覚を覚える。慣れない人間は無意識のうちに心的外傷に触れるパ その方向には、比較的近い局所星雲群が観測された。八千万光年 ワープ・シップ
のメモリーとなる。いや、屈曲して対峙する銀河面の相互のニュ 1 「一瞬体を強張らせた感じで驚きました。何が見えたのです」 空間に トリノ通信基地の間の空間は、最大五万六千光年のメモリー : ・」マキタは頭の中を整理しようとしてみた。体内メモリーの 3 2 なる。 情報がある部分、置換されて、しかも自覚がないような、奇妙な気 こうして、すべての情報、銀河内ありとあらゆる情報が通信網分だった。「スクリーンに何も映らなかったか」 に投げ込まれた。銀河の星々の情報から、記憶装置からあふれかけ「ついさっき、一瞬、画面全体が薄い。ヒンクに輝きました。それだ ・・フロープ ていた情報、文明のあらゆる成果が、基地と基地の間を飛び交い けです。その後、超空間探針が効かなくなりました。探査球の回収 星と星の間を移り、星雲の対峙する空間の中をわたり、銀河を覆いは不能です : : : 」 つくす通信網を流れ、走り、めぐった。 「いいんだ」マキタはいった。「銀河系へ帰還しよう。調査は終了 この銀河の屈折した空間にこの銀河のすべての情報が詰めこまだ」 れた時、わたしは生まれた。わたしは、この銀河に生き減びた種族 マキタの内部で、明確に今回の調査行の使命が自覚できた。 の意識もすべてもっている。私は「神」でも「純粋理性」でもな銀河系通信網の中枢〈情報省〉は″骨折星雲″の内部にあるべき 。強いていうならば、この銀河の情報空間に対する零空間の写像ものを予測していたのかもしれない。それで私を触手がわりに派遣 として存在し、情報空間の進化の末に誕生した、ただそれだけの存したのだろう。 在だ。 銀河系内で進みつつあるプロジェクト 銀河系空間メモリート おまえに関しては、すでに二機の調査艇のメモリーから情報を画。銀河系内にあふれかえる、人類の情報すべてを、銀河系内の通 得ていて、特に新しい関心はなかった。ただ、わたしのメッセージ信網そのものをメモリーとしてめぐらせようとしているのだ。 チャ / ネル が理解できたら、還ることだ。おまえの背後には、わたしの情報を ( その結果何が生まれるのか ) マキタは帰路の航路を設定しはじめ 必要とするものがいるはすだ。還ることだ。その結果、おまえはわた艇体のうなりの中で、席に体を埋めた。 ( 答は私の内部にある。 たしと再び出会えることがあるかもしれない。 私は帰着し、そして、情報化して通信網の中に入る最初の人間にな るだろう。今、それは運命づけられたのだ。・ : そして長い長い時 間の後、再び、この星雲で、あの存在とある部分で交感できること それは去った。 になるかもしれないのだ ) マキタの中で、確信めいたものが生まれた。 「 : : : 大丈夫ですか」 跳躍航行船〈マグノリア〉は航路の設定を終え、プログラム通り 遠い声がした。 飛行を開始した。 マキタは眼を開く。コリントの青白い顔が覗きこんでいた。 「私は何をしていた」マキタは席から体を起こした。
い。が、また、どこまでが自分の意識なのかがわからなくなってい ら、銀河系を出発してから最初の煙草に火をつけた。深々と吸い込 んだ煙を吐き出すと、見事な輪が出来上がった。輪は中央にドーナるのを、思い出したように感じるのたった。かたちにならない不安 だ。それは、銀河系の情報空間から切り離された時に感じる心細さ ッ状の円環を形成しながら、小型の星雲のように拡がっていった。 が、折れ曲がりそうな気配はまるでなかった。 と裏腹のものだった。 コリントが奇妙な表情でその様子をうかがっていた。改造人間が ( 今回の調査行は自分の意志で決定したはずだ。この星雲に関して は不思議に強い関心を覚えた。だから、大規模な調査隊の派遣に先 煙草を吹かすこと自体、奇異に思えるのだろう。 「改造を受ける前からの特技でね。マキタは煙の輪を示していっ立って八千万光年を跳んだ : : : ) た。「舌の巻き方や喉の使い方は忘れないように体内の記憶装置に だが、目的の星雲内に入ろうとしている今、マキタには最初に感 入れてあるんた」 じた好奇心の正体が何だったのか、わからなくなっていた。 ふつ、とコリントに笑いが浮かんだ。 ( ・ : : ・好奇心すらも、巧妙に組まれた。フログラムだったのだろうか 「銀河系からここまで離れると、私もただの人間だ。自分の意志で しか行動できなくなるからな」マキタはいった。「三次元空間のア マキタの迷妄とは無関係に、コリントは自信に満ちた表情で操縦 ストロノートに戻ったような気分だ」 装置に向っていた。 「銀河系内では自分の意志がないのですか」 「出ますよ、 「自分固有のパターンはある。厖大な情報を処理する特有のくせみ航宙士の声が響いた。 たいなものだ。多分、私の本来もっている大脳の固有性だろう。た が、利用する情報となると、私自身の観測したものかどうかも区別 星雲内に入り込むと、窓外の様相は、あっけないほどありふれた できないことが銀河系内ではあるんだ」 ものになった。 「銀河系通信網の内側にいる限り、情報は自由に読み出せる訳です見る方向によっては、銀河系内と何ら変るところはない。恒星の ね」コリントはむしろうらやましげにいった。情報管理官といえば密度も大きな差はないのたった。異なるのは、帯状にのびた銀河の まさに超情報特権階級といえるからだ。 ″赤道面″の輝きと、その面で区切られた宇宙の光の密度の差だっ 「だが : : : 」 マキタはロごもった。 この青年に実感としてわかるはずがな調査艇〈マグノリア〉は、星雲のひとつの円盤の外周から五千光 いのだ。″超能力。ともいえる演算能力や記憶力と引き替えに、情年ほど内部に入り込んだ星域に、機首を銀河の中心方向に向けて浮 報省を中枢とする銀河系通信網という″情報の檻″にとらわれた存かんでいた。いわば、一千億の恒星からなる円盤状の平原にいると いえた。異様なのは正面の眺めだ。 在であることを。むろん、マキタ自身、拘束を実感することはな
プリッジの中心付近にある球面スクリーンに、人類の進軍の模様冷たい正確さをもって、いった。今までだったら、三百機の・ ( ーサ ーカーが存在するという事実を知っただけで、人間の希望は完全に が映し出された。それそれが百隻以上の船からなる二筋のかえる跳 びライン。それそれの船は緑色の光点として球面に示され、その位潰え去ったことであろう。だが、ここでは、この時は、恐怖そのも のはいかなる人を恐がらせることもできなかった。 置は旗艦のコン。ヒューターの許すかぎり正確に表示されている。 ストーン・・フレイス ッチのヘッドフォーンの中の声は、開戦準備のためのやりとり 岩場の不規則な表面は艦隊のそばを、一連の痙攣的な動きで移 動していく。旗艦は O ープラスのマイクロジャンプで航行しているを始めていた。今のところ、かれとしては耳を傾け、見守っている ので、球面スクリーンには一秒半の間隔で連続的にあらわれる静止以外にすることはなかった。 画像として表示される。六隻の重装備の金星船も、懸命に前進を続六個の重い緑の光点はずっと後方に取り残されていた。カールセ ンはためらうことなく、全艦隊を敵の中心に向かってまっしぐらに けているが、搭載している O ープラス・カ / ン砲の質量で足を引っ 張られるので、それらを示す六個の太目の緑色の記号は、艦隊の他突撃させていった。敵軍の戦力は過小評価されていた。だが・ ( ーサ 1 カーの指揮官も同じ誤りをしていた。な・せなら赤い編隊も止むを の船の後に取り残されている。 チのヘッドフォ 1 ンの中でだれかがいった。「約十分後に到得ず隊形を組み直して、さらに広範囲に散開したからである。 両艦隊の距離はまだ遠すぎて、通常兵器は効果的に使えなかっ 達できると思う・ーー」 声が消えた。すでに球面に一個の赤い光点が現われていた。それた。だが、のろのろ進んでいる O ープラス・カノン砲を搭載した重 からもう一個、それから一ダース、と、暗黒星雲のふくらみの周囲武装船は、もう射程距離に入っていた。そして、間に味方の編隊が に、たくさんの小さな太陽のように昇ってくる。非常に長く感じら いても、いないのと同じように容易に射撃することができた。かれ ーサーカー軍らが一斉射撃を開始した時、ミッチは周囲の宇宙空間が震動するの れる何秒間かの間、・フリッジの上の人々は黙って、 が感じられるように思った。人間の脳が感じるのは一種の二次的な が次々に姿を現わして進んでくるのを見守っていた。ヘンプヒルの 効果であって、実はただの使い捨てられたエネルギーに過ぎない。 偵察隊は結局発見されてしまったにちがいない。なぜなら・ハーサー カー艦隊は巡航してくるのではなく、攻撃してくるのだから。さっそれぞれの投射物は、それを発射する船からの安全距離まで火薬で きまでは百隻かそれ以上の戦闘網が一つあっただけだが、今ではそ吹き飛ばされ、それから、それ自身が搭載している 0 ープラス・エ の網が二つになり、人間艦隊と同様にカエル跳びをしながら宇宙空ンジンでさらに加速され、現実の内と外をマイクロタイマーでちか ちかと出入りしながら飛んでいくのである。 間に現われたり、消えたりしていた。そして、なおも・ハ 1 サーカー エングロープ の赤点が昇ってきて編隊を組み、小さな人間艦隊を球囲し、叩き速度によって質量の増大した巨大な弾丸は、ちょうど小石が水面 を跳躍していくように、実存の間を跳躍しながら、生命艦隊の間を っふそうとして、展開を続けた。 幻のように通過し、標的に近づいてからはじめて正常空間に完全に 「三百機を算えるな」沈黙を破って、やや女性的な気取った声が、
のだった。「詳しくは、このプランを立案したシュトロハイム君に 。いってみれば、縦二キロメートル、横三キロメー 「この研究所よ、 話してもらいましよう」 トル、高さ三百メートルの地下に埋められたコンクリートの箱で 坂田が顎をしやくったので、ライン ( ルト大佐は後ろを振り返っす。 た。いつの間にかそこに、痩せた背のひょろっと高い赤毛の男が立 そのコンクリートの箱の一部にカ場発生器を設置して作動させる っていた。理論物理のシ = トロ ( イム博士である。シ = トロ ( イムと、地下研究所は直径四千キロメートルの超空間カ場に包まれて、 博士は一歩前にでて、ラインハルト大佐に並んだ。 異次元空間に転位します」 ダス・タオザント・イエ 「わたしが超空間カ場の奇妙な特性から、『千年王 国』計画を思いついたのは、半年ほど前のことです」 ラインハルト大佐は言葉を失っていた。 と、シュトロハイム博士は言った。 「超空間カ場は、異次元空間に生じた気泡のようなものです。 / ス・ダナザント・イエ ーリッヒエ・ライヒ 「千年王国 : 以前、大佐にも動物実験でお見せしましたが、異次元空間に生身の 「憶えていらっしゃいますか、大佐 ? 」坂田が口をはさんだ。「半まま転位することは不可能です。からだがねじれ、ついには裏返し 年前に、本来前線に送るべき戦闘機や戦車、それに貴重な資材をこになって死んでしまいます。 けれども通常空間を超空間カ場という気泡で封じ込めれば、不可 の研究所にまわしていただくようお願いしたことを : : : 」 能も可能になります。われわれは、このままそっくり転位できるの 「憶えています」ラインハルト大佐は肯定した。「新兵器開発とい う大義名分があっても、実際に調達すべきティーゲルやユンカースです」 補足するように坂田が説明した。 の絶対数が不足してましたからね : : : 」 「しかし : : : 」ラインハルト大佐は我に帰って、猛然と反論した。 「あれも、この計画の一端なのです」 「それが何の意味を持つのです ? それは確かに転位とかいうのを 「ほう : : : 」ラインハルト大佐の目が光った。「そうでしたか・ すれば、アカどもの包囲から一時的に逃れることはできるでしょ 「いまテレビ画面に映っている超空間カ場は、実験用ですから直径う。だが、反攻を伴わない退却など、逃走以外のなにものでもない フューラースタート も数キロメートルのオーダーです」また話し手がシュトロ ( イム博はずです : : : 。逃走は、総統と国家に対する重大な裏切り行為とみ 士にかわった。「しかし、この研究所で得られる最大電力量二十万なされます ! 」 「わたしは逃げるためにこの計画をたてたのではありません ! 」シ キロワットをカ場形成時にすべてつぎこめば、直径四千キロメート ルの超空間カ場を発生させることができます」 ュトロハイム博士は毅然として言った。「第三帝国の勝利のた 「四千キロ ! 」 めに立案したのです ! 」 ラインハルト大佐は目を瞠った。 みは ーリッヒエ・ラ ポルシェビキ グス・にウリッテ・ライヒ 9
分の演算能力と〈オプ〉の機能をフルに働かせて解析した。 でも解明できぬ現象と思えたからだ。 銀河の屈折部分に接近した星の光は、いずれも急激に赤方に偏移″最終的な調査方法ーーー・超空間探針をその空域に差し込んでみる ことだった。 し、ほ・ほ十光年の距離を移動する間に、視界から完全に消えてい 五千年前の星座と重ねてみれば明らかだった。今、赤方偏それは、調査艇本体の安全を守るために、本艇からのばした超空 移の壁の向うに消えようとしている型の赤色巨星の十二光年先に間航路を通して、モ = ター・アイを持っ探査球を送り込んで、一万 は、型スペクトルの連星があったはずだ。・ : カそれはすでに闇の光年彼方の未知空間を観察する方法だ。 中に没している。そして、百光年先にあったはすの食変光星が、折「トムを送るしかないな」 れ曲がった銀河の垂直面側に出現しているのだった。 マキタはつぶやいた。トムとは探査球の愛称だ。 マキタは最初、観測機器の精度を疑った。外部の星の配列から、 トム″に由来していることはいうまでもない。 スクリーンの中で、二つに折れた円盤が無表情に輝いていた。 観測不能の空域を計算すると、直径五百光年、長さ八万光年の円筒 空間が求められる。たが、その空間に差しかかった恒星は、五百光 年の空間を百年以内で通り抜けていることになるのた。 スクリーンの中で、二つに折れた円盤が奇妙に輝きはじめる。超 プ・チャンネル 「星が次々に跳躍しているとしか思えませんね」コリントは画面に空間航路を設定するために、艇体周辺の空間が揺らぎ、それにつれ 重ねられた星雲のシミュレーション像を見ながら感想をのべた。 て、映像に歪みが生じ、色彩が変動した。 「その通りなんたが : : : 」マキタはスクリーンの一角を睨んたまま「一万光年までのびました」 黙りこんだ。 コリントの声は緊張しはじめる。 「銀河の中心核によく見られる巨大ブラックホールが特異な状態で探針の先は、折れ目の中央、つまり銀河の中核に差し込まれよう ワー・フ・チャンネル 折れ目の部分にあって、超空間航路の機能を果しているということとしているのだ。 でしようか」 「一万二千光年」 「私も最初そう考えた。いや、銀河系から観測されていたデータで艇体が、周辺の励起された″場″の、音にならぬ振動でうなりは 立てられた仮説の中にも、それはあったんだがーマキタは画面の一じめる気配がする。 点を指差した。「この星の伴星から強力な線の放射が測定されて「一万三千光年 : : : あと二千光年です」 いる。典型的なブラックホ】ルだが : : こいつもあの折れ目を通過スクリーンの中で、輝点が次第に像を結びつつある。目的の空域 しているんだ」 に航路の焦点が合致しつつあるのだ。 コリントも黙りこんた。 「あと一千光年」 コリントの声はややうわずっている。 その空間には、特異点を制御し跳躍航法を獲得した人類の物理学 チャンネル ″ビー。ヒング・ 229
ら、レンズ型星雲の特異なものと考える方が妥当かもしれなかつろ、通信基地の数が多過ぎることの方が不思議なんだ ) ステーション 銀河系内に建造されつつある通信網の基地にくらべて、桁違い 2 マキタは惑星の地表探査の打ち切りを命じた。 の高密度でばらまかれているのだった。 探査球は収穫のないまま戦道上に引き上げられ、艇体に格納され ( 何をどこへ送信しようとしていたのか ) 再び内側への飛行が開始される。 調査艇〈マグノリア〉は銀河の中心部から一万五千光年の空間ま どこまで進んでも、同じ構築物との遭遇の連続だった。 で入り込んでいた。 「もしかしたら、星の数よりも人工島の数の方が多かったというこ 二つの半円状銀河で作られた扇形空間の内側の中心に近い空域と とになりかねませんね」コリントがいった。「何しろ、惑星のない いえる。もはや、銀河の形状は、二枚の半円という外形ではとらえ 星の軌道にまで残っているんですからね」 ることができない。二千億の恒星が分布する空間の内側にいること 「そして、ある時期、いっせいに姿を消した」マキタは応じた。 になるからだ。星の疎らな空間は視界の後方半分を占めるにすぎな ステーショ / 「そうとしか思えない。最外部からここまで、残された基地の形 状にほとんど差がない。一時期、銀河全体に種族が拡がっていたこ 調査はいよいよ「最終的な方法」によるしかない段階にある。 とは間違いない」 星雲の折れ目を調査するところまできたのだ。 「あの基地は何の機能を果していたんでしよう」航宙士が説ねた。 折れ目ーー・正確には銀河の回転が度変化する空間だ。外部から 「通信基地だ。これは確信をもっていえる」マキタは断言した。観測する限り、それは、直径五百光年の円筒状の空間が八万光年に 「推進装置のない点や、分布状態からわかる。ーー銀河系の通信網わたって横たわっている恰好で、その空間内で星の運行は方向を変 の密度にくらべると桁ちがいに高密度だが、これは情報量の多さ、 えた。遠方から観察すると、まさに銀河を折れ目に当る線のように 文明の高さの指数ともいえるだろう」 見えるが、銀河の断面を一時的に吸い込む巨大な空間なのだ。 マキタが廃墟となって漂っている数億、数十億ーーもっと多いだ折れ目の形状は直接観測された訳ではない。 どうしても観測でき ろう、千億のオーダーになるかもしれない宇宙基地を通信装置とない空間が折れ目に相当するのだ。 判断したのは、銀河系に設備されつつある通信網のあるプロジェク 〈マグノリア〉は銀河の外縁から、五千光年の跳躍を五回くり返し トに、通信の原理こそ違え、同質のものを感じ取ったからだった。 て現在の位置まで達した。そのたびに観測された折れ目のデータ 「こんなに多くの通信基地がありながら、なぜ、肝心の建造主の気よ、 をいいかえれば、五千年ごとに記録された二万五千年間の運行デ ータでもあるのだ。 配がないのでしようね」コリントは素朴な感想をのべた。 ( それがわからないんだ : : : ) マキタは内心でうなずいた。 ( むし折れ目付近の特異なスペクトルを持っ星の運行を、マキタは、自 ステーション
の彼方、およそ直径五百万光年の空間に約二千個の星雲が集まってる。超空間飛行が終りに近づいている時に現われる特有の輝きだ。 いるのだった。それは特に驚くべき発見ではなかった。 : 、 カその星やがてスクリーンの中心部に暗黒の輝きが現われ、一瞬のうちに全 雲群の中に発見されたひとつの銀河は、およそ天文学の常識からは天の光が暗黒の中心部に集まり、直ちに飛散して、同時に跳躍航行 信じられぬ形状をしていた。 船は三次元空間の大真空の中に投げ出されることになるのだった。 最初、それはふたつの星雲が重なって見える位置にあるか、衝突 マキタは跳躍航行を何度か経験している。その瞬間には、内臓が する銀河と思われた。典型的な楕円型の銀河の一部が、重なったよ持ち上げられるような浮揚感に襲われる。″三次元空間〃の航宙士 うに接近して観測されたからだ。ほ・ほ同規模の星雲が、それそれの出身のマキタには、どうにもなじめない感覚だった。跳躍の終る瞬 中心部で直角に交差しているように見えたのだった。 間にそなえて、呼吸を整えなければならなかった。 だが、奇妙なことに、直角に交差したそれそれの星雲の半分は、 しかし、マキタは今回に限って別のことを考えていた。スクリー どうしても観測されないのだ。星間物質による障害ではなかった。 ンの輝きの偏移が、さっきまで何度か行なった、銀河生成のシミュ 交差する角度によって、半分が隠される状態でもない。それそれのレーションを連想させたのだった。 銀河を貫いて反対側の空間に張り出しているはずの部分が消減した ( なぜ、あんなものが存在し得るのか : ・ : ・ ) かのように見えないのだった。 仮説はいくつもあった。・ : カ決定的な解はまだ得られていない。 衝突するふたつの星雲からそれそれの半分が消減したというより「出ますよ」 も、凸レンズ状の銀河が真ん中で直角に折り曲けられたように見え コリントが叫んだ。 るのだった。 身構えする間もなく、猛烈な浮場感が襲ってぎた。言葉にならぬ それは、オリオン座の暗黒星雲が″馬の首星雲″で知られるよう衝撃が通り過ぎ、跳躍航行船〈マグノリア〉は、銀河系から八千万 に、カタログ番号よりも″骨折星雲″という呼び名で知られること光年離れた空間に投げ出された。 こよっこ。 きわめて精度の高い航行といえた。 予定通り、それは正面の空間に存在していた。展望スクリーンほ 2 ・ほいつばいに、薄く青白いパターンが浮かび上がっている。それは 二千億の太陽が放っ光というよりも、真空中に広げられた巨大な蝶 の羽根を想わせた。 「間もなく通常空間に出ます」 耳もとでコリントの声がした。 「距離はどれくらいある」 マキタは目を開く。スクリーンの輝きは明らかに変化していた。 マキタは訊ねた。スクリ】ンに見とれていた航宙士は、あわてて 等方の輝きが外縁部に偏移しはじめ、中心部に収斂しはじめてい計器に目をやった。
気づかなかっただけだ。それは確かな存在として、その空間にい 回路が切り替えられた。 探査球の眼、触手、アンテナ群、感応素子、すべての感覚機器のたのだ。その空間にレーザーを放射しようとした、その瞬間に、マ キタにその存在を悟らせたのだった。 信号が、マキタの意識の中に流れこんできた。 ″場〃そのものであるようだった。 それは、空間 その存在をマキタに告げたものの、それはマキタの存在にはまっ たく無関心であった。その巨大さにマキタは畏怖した。マキタを包 んだ無限とも思える闇ですら、大海のうねりの一滴の飛沫にすぎな 一切の光がない世界だった。 ワー・フ・チャ / ネル 。それだけはわかった。 ・フラックホールの内部という訳ではない。超空間航路はシュヴァ チャンネル あなたは誰なんですか。 ルッシルト半径内へつなぐことはできない。航路自体がブラックホ マキタは問いかけてみた。 ールに吸収されてしまうかたちになるからだ。 あなたは何者なのですか。なぜ、ここにいるのですか。 の空間は、三次元的特性を有していることになるのか : それは答えなかった。マキタの問いかけに、何の興味も示さない 通過して行くはずの星々は、それらが放っエネルギーは、重力によ のだった。それはマキタの脳細胞の全信号をすでに読み取ってい るゆらぎは : 。それらはどこへ消え、どこから生成するのか。 マキタは手探りで何かを捜すような気持ちで、無の中へ、探査球て、そこに興味のあるものが何もなかったかのように離れたのだ。 から電波を送ってみた。ーー・何の反応もない。ただ、吸い込まれてそれだけはマキタにもわかった。 答えてくれ。あなたは何なのだ。 いくだけだ。物質もない。 マキタは絶叫するような気持で訴えた。 何もない。物質もエネルギーもない空間。 答えてくれ。一言でいい。 マキタは大声で叫んでみたかった。探査球の持っ最も強力なエネ ルギー放射ーーレーザーをあたりかまわず照射してみようと思った マキタは探査球の持っ全エネルギーを解放してそいつの注意を惹 のだ。 こうかと思った。レーザーを放射しようとした時だけ、それは何か の反応を示したからた。 ( どうせ何の反応もあるまい。だが、この空間にそれだけのエネル ギーが残されたということにはなる : : : ) 何かがふっとマキタを撫でて通りすぎた。巨獣の体毛一本の先端 マキタはスイッチを操作しようとした。 がかすかに触れた程度のものだった。・ : カその一瞬たけで、それは その瞬間、まったく不意に、マキタは周囲にいるものの存在を悟マキタの全知識をはるかに超える量の情報を投げかけていったのた っこ 0 それは明らかに最初からそこにいた。 マキタはすべてを知った。 ということは、こ
れない。そしてそのどちらが本当かは、もう僕達にはわからなくな 「惓怠感かな、原因は」 っているんだろうよ」 「何の原因がです」 「どういうことです」 「永久に戻れないんじゃないか、時間が一方向に進んでないんじゃ 男の問いに、ドクターはこたえた。 ないかと思うことのさ」 「出発後どれくらいたった頃からかはわからないが、船内にいる僕 ドクターはゆっくりと上半身を起こした。 「出発して何年間も同じメン・ ( ーで飛びつづけているんだ。考えて達にとって、時計は単なる数字盤になってしまった。つまり、乗客 みれば、全員に惓怠感がひろがっているのは当然のことだな。乗組達はそれに無関心になり、乗組員も時刻を単なる職務交替の合図と してだけ受けとめるようになってしまった」 員にも乗客にも」 ドクターは片手でゆっくりと波形を示した。 異星から地球へと戻る宇宙客船。それがいま、のろのろと、うん 「つまり、僕ら自身の感覚としては、時間はすでに溶ろけてゆった ざりするほどの時間をかけて、宇宙空間を進んでいるのだった。 りと流れだしてしまっているというわけだな」 「いくら巨人とはいえ、やはりこれは密閉空間なんだからな」 あいかわらず天井から聞こえてくる人の声や雑音にチラッと上を「 : 男は、医者を見る眼ではなく、むしろ妄想患者を見る眼でドクタ 見、彼は言った。 「だからそこに閉じこめられた人間が、乗組員も乗客も、まったくーを見つめた。だが、それにはかまわず、彼は説明をつづけていく。 「そしてその溶ろけた時間が、徐々にではあるが他のそれそれのな 正常のままでいつづけられるとは考えられない」 かから溶ろけて流れ出してきた時間とまじりあいとけあい、この船 「でも、気晴しの設備がそのために」 内全体に行きわたり、ゆっくりと対流して乗客乗員全員をひとつに 言いかけた男を制し、ドクターは首をふった。 「勿論、考えられるだけの設備は整えられている。しかし、当の人包みこんでしまった。そう、それが倦怠感た。ものうい、けだる 、その雰囲気だ」 間がおかしくなってしまえば、それはもはやリクリエーション設備 「考え過ぎですよ、先生 , としての役目を果さなくなってしまうんじゃないのかね」 彼はニャリと笑った。 「いや、そうに違いない」 「どうやら僕達は、全員がそれそれの意識の中で、時間というもの ドクターはぎろりと眼をひからせた。 のきまりを忘れてしまっているのかもしれないそ」 「その証拠に、乗客も乗員も、それそれ自分がついさっき、あるい 「きまりを忘れた ? 」 はたったいま何かをしたのか、あるいはしたと思っているだけで、 「そうだ、そうに違いな、。 この宇宙客船はちゃんと進んでいるの実はそれはあてがわれた娯楽やそれを伝える媒体によって擬似体験 かもしれない。しかし一方、ひょっとして進んではいないのかもししたことに過ぎないのか、それすら判断できなくなってしまってい 0