うなのよね」彼女は小さな器具を使って、剥離した網膜を眼球の背彼女のいってるものは見えなかったが、まるでそうしたかのよう 面にとじ着けようとしていた。 に唇をす・ほめた。 「つづけて」 「だけど、そんなに長くもつのかい ? 」 彼女はにこりと笑った。「六カ月保証がほしいってわけ ? ごめ 「どうして実験室で合成されないんだい ? 」 んなさいね、わたし金星医師会の会員じゃないもん。でも、もし法 彼女は笑った。「あなたって、本当にアマチュア地質学者ね。 律的に拘東されないんなら、それだけ長もちするっていっても大丈 ったでしよ、合成できるのよ、でもコストがかかりすぎるの。たく夫と思うわ。たぶん」 さんの異な「た元素のプレンドで。たくさんのアルミ = ウム、だと「ヤ・ ( イことをしてる 0 てわか 0 てるんだね ? 」 思うわ。それがルビーを赤くしてるんでしよ、ねえフ 「いい商売よ。わたしたち医師の卵はいつも無許可医師っていう告 「そうだ」 発を警戒しなくちゃならないの。さあここにもたれて、挿人するか 「それがあんなに美しいのはまた別の不純物のせいね。それに、高ら」 温高圧の下でなくちや合成することができないし、ひどく不安定ど オ「わたしが心配してるのは」と、彼女が接続し終えて、そうっと眼 から、正しい混合物が得られる前に爆発してしまう。たから、出か窩に戻したとき、 いった。「この眼で砂漠に四週間出かけても大丈 けて行ってひろってくる方が安あがりってわけ」 夫かということだ」 「そしてそれをひろえる唯一の場所が、ファーレン ( イト砂漠のま「ためね、と、すばやく答えられたので、わたしは失望の激しい重 ん中なんだね」 圧を感した。「たとえばどんな眼を使っても」と、彼女は急いでつ 「そうよ」彼女はとじ着け終わったようだった。まっすぐ体を起こけ加えた。「ひとりで行くとしたらね」 し、仕事のでき・はえを辛辣な目で観察した。眉をひそめ、切開口を「わかった。じゃあ、眠はもたないんだね ? 」 閉じて、再び液を注人する。それを測径器に載せ、レ 1 ーザーの照準「ええ、そうよ。でも大丈夫。あなたはわたしのびつくりするよう を合わせて、ディス。フレイの数値を読みとる。それから、頭を振っな提案を受け入れて、砂漠へのガイドにわたしを連れて行くことに なるんだから」 「うまく動いてるわ」と彼女。「でも、あなた本当にひどいのを買 わたしは鼻を鳴らした。「きみはそんなことを考えてるの ? 悪 ったわねえ。虹彩が狂ってるわ。ダ円形をしてるのよ、離心率、お いけど、これは一人旅の予定なんだ。はじめからそういうつもりで よそコンマ二四の。いまに悪くなるわよ。左側の茶色のしみ、見え計画してるのさ。第一、それこそがわたしの岩石採集の目的なんだ る ? 筋組織中の進行性の壊変よ。毒素がたまってるの。およそ四よ、ひとりになるってことが」わたしはさいふからクレジット・メ ーターを取り出した。「さて、いくら払ったらいいのかな ? 」 カ月で白内障になること、疑いなしね」 8
暁發はアイス・ティーをいれた。 「ありがと、暑いからちょうどよかった」 「さあ、わすれちまったね。なにしろ十七年もまえのことだから : 母親は胸もとに風をいれている。目は、あいかわらすテレビにク : ああいうのは、目の錯覚でよくあるらしいじゃないか。おまえ、 ギづけだ。 なにか、自分のこと特別な人間たとおもいたいのかいフ お告げが フライ。 ( ンにアルミホイルをしわにして二枚しきつめ、そのうえあったとか、生まれるまえに太陽がおなかにとびこんでくる夢をみ に六等分したビザをならべる。 たとか : : : 年頃の子供はそうおもいたがるものさ」 「ガスをつかうときは、かならす換気扇まわしとくれよ」 「ちがうったら」 「わかってるわよ」 「おまえは病院でうまれたんだよ。そこの市立病院で。すごい難産 暁子はひもをひいた。台所の椅子に腰かける。 でさ、おかげであたしのからたはこわれちゃったんたよ。そりや、 「ねえ、おかあさん、わたし、ほんとにおかあさんからうまれたの いちおう縫ったけどさ、入院ちゅう、あんまりあるきまわりすぎ て、やぶれちゃったんだよ。なにしろ、おまえの父親は女のとこに 暁子は・ほんやり口にたした。 いりびたってて、一度も病院へこなかったからね。あたしの精神状 「まあ、そんなこときくなんて、へんな子だね。あたりまえじゃな態はよくなかった ビザ、焼けたんじゃないの ? 」 いか」 暁子は皿のうえに。ヒザをのせて居間へはこんできた。母親はナ。フ 母親は背中をむけたままこたえた。 キンのかわりにハンカチを胸もとにかけて、。ヒザをたべた。 「おとうさんはたれなの ? 」 「ねえ、おかあさん、わたしにはなんで、きようたいがいないの 「おまえが生まれてから、一年で離婚したあのひとだよ。、 しまはあ の女といっしょで、子供もふたりいるんたってさ」 「離婚したとき妊娠してたけど、おろしちゃったんたよ , 暁子は椅子に反対向きにすわった。背もたれのうえで腕をくむ。 母親はむかしをおもいおこすときの、やさしい目になった。 「わたし、おとうさんの子じゃないんじゃないの ? 」 「そうたね。もうひとりぐらいいてもよかったけど、あたしは働か 「なにを。 ( 力なこといってるのさ。じゃあ、あたしが浮気したってなきゃならなかったんたよ。さびしいの ? 」 いうの ? 」 母親は、はじめてふりむいた。 「だったら、 いじゃないか。ひとりつ子たから、なんでも買って 「そうじゃないけどさ : : : 」 あげられるんたよー 「残念ながら、あの男の子供たよ」 暁子は「物」なんか、ほしくなかった。たいして関心がなかった 「おかあさん、わたしが生まれるまえ、流れ星とかとかみなのた。中学三年のとき母親は上等のセーターを買ってきた。暁子は 242
の彼方、およそ直径五百万光年の空間に約二千個の星雲が集まってる。超空間飛行が終りに近づいている時に現われる特有の輝きだ。 いるのだった。それは特に驚くべき発見ではなかった。 : 、 カその星やがてスクリーンの中心部に暗黒の輝きが現われ、一瞬のうちに全 雲群の中に発見されたひとつの銀河は、およそ天文学の常識からは天の光が暗黒の中心部に集まり、直ちに飛散して、同時に跳躍航行 信じられぬ形状をしていた。 船は三次元空間の大真空の中に投げ出されることになるのだった。 最初、それはふたつの星雲が重なって見える位置にあるか、衝突 マキタは跳躍航行を何度か経験している。その瞬間には、内臓が する銀河と思われた。典型的な楕円型の銀河の一部が、重なったよ持ち上げられるような浮揚感に襲われる。″三次元空間〃の航宙士 うに接近して観測されたからだ。ほ・ほ同規模の星雲が、それそれの出身のマキタには、どうにもなじめない感覚だった。跳躍の終る瞬 中心部で直角に交差しているように見えたのだった。 間にそなえて、呼吸を整えなければならなかった。 だが、奇妙なことに、直角に交差したそれそれの星雲の半分は、 しかし、マキタは今回に限って別のことを考えていた。スクリー どうしても観測されないのだ。星間物質による障害ではなかった。 ンの輝きの偏移が、さっきまで何度か行なった、銀河生成のシミュ 交差する角度によって、半分が隠される状態でもない。それそれのレーションを連想させたのだった。 銀河を貫いて反対側の空間に張り出しているはずの部分が消減した ( なぜ、あんなものが存在し得るのか : ・ : ・ ) かのように見えないのだった。 仮説はいくつもあった。・ : カ決定的な解はまだ得られていない。 衝突するふたつの星雲からそれそれの半分が消減したというより「出ますよ」 も、凸レンズ状の銀河が真ん中で直角に折り曲けられたように見え コリントが叫んだ。 るのだった。 身構えする間もなく、猛烈な浮場感が襲ってぎた。言葉にならぬ それは、オリオン座の暗黒星雲が″馬の首星雲″で知られるよう衝撃が通り過ぎ、跳躍航行船〈マグノリア〉は、銀河系から八千万 に、カタログ番号よりも″骨折星雲″という呼び名で知られること光年離れた空間に投げ出された。 こよっこ。 きわめて精度の高い航行といえた。 予定通り、それは正面の空間に存在していた。展望スクリーンほ 2 ・ほいつばいに、薄く青白いパターンが浮かび上がっている。それは 二千億の太陽が放っ光というよりも、真空中に広げられた巨大な蝶 の羽根を想わせた。 「間もなく通常空間に出ます」 耳もとでコリントの声がした。 「距離はどれくらいある」 マキタは目を開く。スクリーンの輝きは明らかに変化していた。 マキタは訊ねた。スクリ】ンに見とれていた航宙士は、あわてて 等方の輝きが外縁部に偏移しはじめ、中心部に収斂しはじめてい計器に目をやった。
ったらまた熔けて、谷へ流れ落ちる」 のとおりだ、水平な土地でなら。いっか七十五度のスロー。フでため 「つまり、わたしをここに連れて来たのが真冬だからってわけ ? 」してみたらいい。運良く、こんなこともあろうかと、エイ、 、 / ーが登 彼女はにらみつけた。 山道具を用意して来ていた。彼女はあちこちにハーケンを埋め、ロ ープと滑車でわたしたちが離れ離れにならないようにした。わたし 「あなたは冬の旅券を買ったひとりなの。そのうえ、今は夜で、ま タがロング だ真夜中にもなっていない。たった一週間で山がこんなに高くなるは彼女の リ 1 ドに従い、彼女の〈追従機〉のすぐ後ろに位置を定め なんて、考えてもみなかったわ、 た。そいつが彼女の踏み出した地点に正確に自分の足をのせて、後 「迂回できないの ? 」 から登っていくようすは薄気味悪いものだった。後ろでは、わたし タがは / グ 彼女は斜面をていねいに調べた。 の〈追従機〉が同じことをしていた。それからマリ・フーがした。冫 「永久道が五千キロほど東にあるわ。でもそれにはもう一週間かか とんど走りつづけで、わたしたちのようすを見ようと駆け戻り、ま る。そうしたい ? 」 た頂上へ行って向こうに何があるのか鳴いて知らせる。 「代案は ? 」 それが登山家にとって意味のあることたったとは思わない。個人 「自転車をここに止めて歩いて行くの。砂漠はちょうどこの山の向的には、山腹をすべり降りて、それであいこにしたかったんだが。 こうよ。運が良けりや、きよう中にも最初の宝石が見つかるかも知わたしはやっていたかも知れない。ェイ、 、ノーがひたすら登り続けな れない」 かったなら。頂上に到達し、砂漠を見渡した時ほど疲れ果てたこと はなかったと思う。 わたしは、正しい決定を下すには自分が金星についてあまりに知 ェイハーが前方を指さした。 らなさすぎるのに気づいていた。トラ・フルから逃れるのにエンく 「いま宝石のひとつが爆発するところよ」彼女がいった。 を連れて来たのは幸運たったと認めざるを得なかった。 「どこ ? 」かろうじて興味をふり起こして、そういった。何も見え 「きみがいも 、と思う通りにしよう」 よ、つこ 0 「いいわ。左いつばいに回って駐車しましよう」 「残念でした。ちょっと下の方なの。こんな高いところじや形成さ 自転車を長いタングステン合金のロープで係留した。その理由れないの。気にしないで、そのうちもっと見えるから」 そしてわたしたちは下へ向かった。これはそんなに難しくなかっ は、教えてもらったんたが、わたしたちのいない間にさらに凝結が あった場合、埋もれてしまうのを防ぐためた。それはロープの端でた。エン・ハ 1 が滑らかな場所にかがんでとび降りる模範を示した。 ヒーターをフル回転させて浮いていた。わたしたちは山登りを始めマリ・フーが幸福そうなきいきい声をあげ、彼女のすぐ後から、つる つるした岩の面をとんだり転んだりしながら降りていった。わたし 五十メートルっていうのは、たいした距離に聞こえない。実際そは、エイハーが岩に突き当たり、空中にとびあがって頭から落ちて 0
とを聞かせるためにここまで呼んだのかい ? まったく失望した だから」 よ。きみを選んだのは、冗談をいうためじゃなし 、、ほんとうにそう「じゃあどうしてそんなにわたしに関心をもつんだ ? どうしてそ 8 っ 1 じゃないんだ。わたしたちにはビジネスができるはすだ。わたしはんなにわたしと行くことに熱心なんだ、わたしはたた自転車を借り たがってるだけなのに ? わたしにそれほど魅力があるとしたら、 「そうね、もしこの提案が不満足なら、こっちはどうかしら。料金今までに自分で気付いてるはずだ」 タダ、酸素と食糧と水の実費のみ」彼女は足で水をたたきながら待「そんなの、わかんないわ、と、片方の眉を上げながらいった。 ち受けた。 「あなたには何か、完全に魂を奪われちゃうようなものがあるの。 もちろん、それには恐ろしい条件が付いているはずだ。まこと宇もう、たまんないほどね」彼女は失神するふりをしてみせた。 宙的スケールの直観的な論理の飛躍と、アインシ = タインもまっさ「それが何なのか、教えてくれる ? 」 おという推測により、わたしはそのべてんを見ぬいた。わたしがそ彼女は首をふった。「今のところ、わたしの小さな秘密ってこと の跳躍をおこなったことを知り、しかもその着地点が気にくわない にしといてよ」 のを知って、彼女はちらりと歯を見せた。そこでもう一度、これで 彼女が引きつけられているのはわたしの首の形じゃないのか、と 最後というわけでもなかろうが、わたしは彼女をしめ殺すべきか、 わたしは思いかけたーーーそこに歯をうずめ、血を飲みほせるよう それともにつこり徴笑んでやるべきかの決断にせまられた。わたし に。そんな・ハ力な、と結論を下す。うまくいけば、これから先、彼 は微笑んた。どうしてなのか知るもんか、でも彼女はたとえ相手を女がも 0 と話してくれる日もあるたろう。というのも、日は、これ ギタギタにした時でさえ、その相手に好かれるようなコツを知って から先続けて、何日も何日もあるように思えたからた。 いるんだ。 「いつ出発の用意ができる ? 」 「きみ、ひと目・ほれって信じる ? 」とわたしは説いた。彼女がガー 「あなたの眼を修理した後、すぐ荷造りしたわ。出かけましよう」 ドをはすすことを期待して。チャンスのかけらもなかった。 「感傷的な希望的観測ってところね、せいぜい」と彼女。「まだま 金星は無気味だ。何度も何度も考えたけれど、それがわたしにで だ修業が足りんよ、ミスタ きる最上の表現た。 「キク」 それが無気味なのは、ある程度まで、その見え方のせいだ。右眠 「すてき。火星の名前 ? 」 可視光線と呼ばれるものを見る方ーーでわかるのは、手にもっ 「だと思うけどね。まじめに考えてみたことはないんだ。わたしは たトーチによって照らされる小さな円の中だけ。時おり、熔けた金 金持ちじゃないんだよ、エン・ハ 属の輝く点が遠くにあるが、あまりにもかすかで、ほとんど見えな 「たぶんね。もしそうならわたしの手を借りようなんてしないはす いといっていい。赤外アイの方は、この薄暗がりを通して、ト
眠りの中で、夢書房のおやじに出会った。 おやじは、もう一度、映写機のスイッチを人れた。 おやじは、亡者のような三角巾を頭につけて、よれよれの浴衣を こんどは、二週間前に母が入院した夜の光景たった。発作がおさ 着ていた。 まってすやすや眠っている母の枕元で、田舎から駆けつけてきた叔 「すっかりお見限りで : いくらお待ちしていても一向にお見え父が、・ほくに話しかけている。最初はロが。 ( ク。 ( ク動いているたけ にならないので、しびれを切らして、こちらから参上しました」 だったが、やがてその言葉の一部がトーキーのようになって・ほくの 「困るよ。 いまは夢どころしゃないんだ。とても就眠儀式などやっ耳に再生された。「ーーおまえは子どもの頃は日本一の神童で、神 てる余裕はないんた。また今度にしてくれ」 仏の生まれ変りじゃと評判じゃったのに、そのわりに大人になって 「いや、そうはまいりません。ぜひ今でなければならないことがあ ッとせんのう からはあんまりパ るんですよ」 そのとき、眠っているはすの母が大きく目を開けて、何か呟いた 夢書房のおやしは、ひどく真剣な表情たった。彼は、いっかのよのが、スクリーンに映った。 「ごらんな うに左の義眼をはすし、その奥から映写機を取出した。 おやじは、フィルムを逆回転させ、母の口元をクローズアツ。フし しほら」 おやじが映写機のスイッチを人れると、病人の頭に垂らした氷袋母はどうやら「あの子のしあわせのために、私がそうしたんじ がスクリーンになって、そこにチラチラと映像がうっしたされた。 や」と呟いているようだった。 それは、母が息をひきとる場面だった。枕元で姉が泣いており、 「そう。お母さんは確かにそう言ってるんたよ。君は気がっかなか 窓辺に飾られた紫陽花を・ほくが見ている。時刻は午前十時四分で、 ったようだけどね」 窓の下を山手線が通りすぎていく : 夢書房のおやじの口調は、例によってだんたんそんざいになって 「ね。だから今のうちに、本当のことを聞いておかなくては きた。・ほくはしだいに、おやじの意図が呑みこめてきた。 おやじは、ぼくに顔を近づけた。 「わかったそ。要するにアレたな」 「本当のことって ? 」 「そうさ。アレたよ 「例の真相ですよ。お母さんが亡くなられたら、もう誰に確かめる「でも、アレはとっくにカタがついてるじゃないか」 「いや、ついちゃいない。君は『魔法つかいの夏』といういい加減 こともできません。あなたの力は永久に封しこめられたままになっ な小説 を書いて、それでアレを処理したつもりでいるらしいが、と てしまうでしよう。そうなれば、この私たって存在する意味がなく んでもない胡麻化した」 なってしまいます」 「そんな」 「いきなりそんなことをいわれたって、一体何のことか : : : 」 「ああ、じれったいなあ。それでは」 「あの小説で君は、自分の〈予言者時代〉の記憶を卑小化し、すべ
「ううん、いまはとてもしあわせなの。もしあなたの力が必要になめた。だが、頭の狂いぐあいはこの娘のほうがよっぽど進行してい ったときは : : : きてくれるわね。それから警察がくるかもしれない る。精神鑑定の結果、分裂症というこたえがでた。それで ( 未成年 5 2 けど、あなたはこういうのよ『あんまり突然なので、びつくりしちのことでもあるし ) 強制入院させられたのだ。はしめ、母親が面会 やって、とめることができなかった。うちへかえったら、こわくてこ いった。一回だけでこりて、店でつかっている佐知子に一カ月の 警察へいく力もなかった。再三自首をすすめたんですけど』って。 小遣い一万円と交通費をもたせて、娘のところへいってくれ、とた い ? 自分はまったく関係ないってことを主張するのよ」 のんだのだ。 「でも : : : 」 佐知子は以前から、精神病院というところに興味があった。夫が 「いわれたとおりにして。おねがい。そうじゃないと、あの行為の入院したこともあるし、彼女にと「てはそこは忌むべき場所ではな 純粋性がうしなわれるから」 いのた。 「 : : : わかったわ」 看護婦にわけをはなすと「閉鎖病棟へいって、お小遣いはそこの いつもの平静な声だが、いくぶんしめ「ぼさがあ「た。暁子のよ看護人さんにあすけてください。ええ、これで売店でなにか買「た うにながくつきあっていないとわからない微妙なものだ。 り、電話も看護人室からかけられますから、その電話代にしたりす 電話をきると、暁子は包帯をとった。血はかたまってこびりつ いるんですよ」といわれた。 ている。だがこのくらい切りきざんでおけば、はっきりとしるしが この病院は市街地をかなりはなれた丘のうえにある。へいはな のこるだろう。暁子は満足して胸に手をあてた。 。病院の前の道や林のところを、軽症患者が何人かつれたってあ るいていた。佐知子が十七歳のとき伯母が発狂したが、いれられた 精神病院は、はじめてではない。佐知子は自分がすきな白い可憐病院はひどいものだ「た。どこにも鉄格子がはま「ていた。面会に な花にカスミソウをまぜたちいさな花たばをもって、玄関をはいっ いくと、患者と面会人を一室にとしこめ、看護婦が外からカギをか た。この花の名前は知らない。十字型の花弁で、結婚式のときに花けるのた。 嫁がもつのではないか、と想像できる。 閉鎖病棟にいって、小遣いをあすける。 暁子は月曜日に、学校で逮捕されたのた。 ーテンの証言が有力「あのひとは殺人犯でしかも自殺のおそれがあるということで、は な決め手となった。奈々は殺人現場をみたことはみとめた。彼女はじめの十五日はひとり部屋でした。でも、いまは六人部屋にうつつ 感情のない声で、暁子にいわれたとおりの証言をした。なまじ仏心てます。お待ちくたさい。よんできますから」 をたさないほう力いいだろう、とおもったからだ。奈々があまりに クーラーがきいている。佐知子はタバコをだして、火をつけた。 平静なので刑事は「頭がどうかしてるんしゃないか」とささやいた ガラスドアの外は夏草がおいしげつた庭ともいえない広い庭で、と くらいた。暁子を校長室へよびたすと、彼女はすなおに犯行をみと ころどころにコスモスが群生している。
ち始めた。 「いいじゃないの、ほんのちょっとの距離なんだし」 「さて、仕事か」 「いや、規則だからね。・ ( ッジのない人間は、・ ( スに乗せるわけに 「最近の客筋はどうです : : : 骨のある相手が少しはいますかな」 ゃいかん」 「いや、ご同様で」 ニットタイの男が警備員と押し問答を始めた時、タイ。ヒンが光を テレビの真下に置かれた銀色の大型ワゴンに盆を連んでいく数人反射して鈍く光った。 クロームの台の、土星の・ハッジが見え の男に、彼は声をかけた。 「地ドのギャラリー へは、どう行ったらいいんでしようか」 「僕はいいんですよ。歩いてもたかが知れてるし、急ぐわけでもな 「ギャラリー ? いですからね」 和定食の盆の男が振り向いた。紺地に細い白の縦縞の入ったスー 「たってあんたね、こんな頭の固いやつの言うことなんか聞くこと ツに臙脂と焦茶のネクタイを締めていて、どう見ても白いカ・ ( ー付はないよ。第一ー、ー」 きの肘掛け椅子に座っているタイ。フだった。 「いえ、やつばり遠慮しておきます」 「それならここの出口の脇にあるエレベーターで一階下へ降りて、 なおも言いつのろうとする男に軽く目礼すると、彼は食べかけの 正面の廊下を右へ折れたらすぐ出入口が見えるけど」 盆をワゴンに置いて食堂を出たーー・紺のスーツのボタン穴に、 べージのワイシャツに黒いニットのネクタイを巻いた若い男が タイを結んたカラーシャツの襟に、アロ ( シャツの胸にクロームの 口をはさんた。 「なんなら一緒に送迎・ ( スに乗っていけ。はいい、帰土星を光らせた男たちに背をむけて。オーム十三・〇以上の数値を るところでしよう ? 家はどのあたりですか」 持っ男たちの集団 : 彼は頌春館の番地を答えた。 意外なほどあっけなくギャラリーに出ると、そこには相変わらず 「それならすぐ近くをスが通りますよ」 柔らかい照明がみなぎっていた。ェッチングの連作の列、〈土地の カレーの最後のひとすくいを口に連びかけていた男が、脇のテー 精霊〉作品三、作品二、作品一。そしてその先に、スチールのよく 。フルから言った。「今日の私の客は、その隣りの三丁目に住んでい光るデスクの上で両手の指をからみあわせて、最初に見た時と同し ますからね」 姿勢の受付少年が横顏を見せて座っていた。 「ならばちょうど、 君、乗っていったらどうですか」 「 Z さんは」 「駄目たよ、あんた」 近づいていきながら声をかけると、受付少年は軽く振り向いて笑 ワゴンの前で背伸びをしてテレビのスイッチを切ろうとしていた顔を見せた。 警備員が、急に振り向いて言った。「ハッジがないね、あんたここ 「十五分ほど前、帰っていったようです」 の人間じゃないな」 その言い方で、二次試験の結果が分った。
いくのを見ていた。彼女の〈服〉はすでに硬化していた。彼女はかていたら、そう証明できる。いいかい、わたしたちの先日からの会 話はみんなモノローグだったんだ。きみは二人で火星へ行けたらど がんだ姿勢のまま、はねまわりながら落ちていった。 わたしも同じようにして後を追った。あんなふうにはねまわりたんなに楽しいかってわたしにいった。わたしはただ何かぶつぶつつ いとはあまり思わなかったが、それ以上に、ゆっくりと骨のおれるぶやいただけだ。その理由は、わたしに真実を告げるだけの勇気が 、というか、その勇気が今までなかったためだ。きみの話して 下降をしようとも思わなかった。それほどひどいことじゃない。 くれたのがどれほど向こうみすな計画なのかって」 〈服〉が衝撃モードに入って硬化した後なら、ほとんど感覚はな 皮膚から少しばかり離れて拡がり、金属より硬くなり、脳が頭わたしはとうとう、彼女の心に首尾よく棘を突き刺したんだと思 骨にぶち当って内部的な損傷を起こすほどの最悪の強打以外なら、 ナいすれにしても、彼女はしばらく何もいわなかった。自軍が 何でも和らげてくれる。わたしたちがそれほどの速度を出すなんて散開しきって、戦闘が終わる前に戦利品の数を数えてしまったこと に気づいていた。 ことは決してないんだ。 イ ( ーは、底に着き、〈服〉の硬化が解けてから、わたしを助「何が向こうみすなの ? 」と、とうとういった。 けてくれた。彼女はこのとび降りを楽しんだようだった。わたしは「もう何から何まで」 「だめ、ねえ、 そうじゃない。どこかでぶち当った時、背中を少し痛めたようだっ た。彼女にはそれを告げす、一歩一歩に痛みを感じながら、何もい 「どうしてわたしが娘をほしがってるって思ったんだい ? 」 わすに後を追った。 彼女はほっとしたようだった。「ああ、そのことなら心配しない 「火星のどこに住んでたの ? 」と彼女が明るく説いた。 で。トラ・フルは起こしたくないの。着陸しだい、縁組解消の書類を ファイルしていいわ。争う気はないから。本当のところ、あなたの 「うん ? ああ、コプラテスだ。〈大峡谷〉の北斜面さ」 「ええ、知ってるわ。もっと教えて。わたしたち、どこに住むのか養子にしてもらう前に、どんなことについても争わないっていう拘 しら ? 地上にアパート を持ってるの、それとも地下にしがみつい束力のある同意書にサインしてもいいのよ。これは完全にビジネス てんの ? 早く見たくって待ちきれないわ」 上の取決めなんだからね、キクさん。わたしの〈母〉になるってこ 彼女がわたしの神経にさわりはじめた。たぶん、背中の下の方のとで悩む必要なんてないわ。わたしにやそんなのいらないんだも ん。わたしーー」 痛みにすぎなかったんだろうが。 「どうしてそれが単なるビジネス上の取決めにすぎないって思うん 「どうしてわたしといっしょに行くって思うんだい ? 」 だい、わかしにとって ? 」わたしは爆発した。「たぶん、わたしは 「でも当然連れて帰ってくれるでしよ。あなたがいってんだもん、 古くさいんだろう。たぶん、わたしの考えはおかしいんだろう。で ほんのーーー」 「わたしはそんなことは何もいっていない。もしレコーダーを持つも、わたしは都合がいいからって養子縁組しようなんて思わない。 キャニオン
そう思ったとおりの反応を、彼女は示した。 がら小さな声で言った。 「あの、もし間違 0 てたら御免なさい。あなた、ひょ 0 として水泳「あの、もしよろしか 0 たら、私に水泳の「ーチをしていただけま せん ? 」 チャンビオンの : : : 」 「コーチをねえ」 「ええ、そうですよ」 チャンビオンはつぶやき、じらすように視線を外して黙り込ん うなずいて、チャンビオンはった。 「ほう、俺好みの女だな」 「あの、あの、勿論、お暇なときで結構なんですけれど」 「あの、私、あの」 「暇といえば今夜が暇たな」 彼女は、身をよじらんばかりにして言った。 「私、あなたの大ファンなんです。先日の大会で金メダル五つもお他人事のようにつぶやき、視線を戻してまともに彼女の顔を見 とりになったときなんか、私、もう、本当に」 「今夜はどうです」 「つまらん映画だったなあー かなりもてていることを意識し、チャン。ヒオンは話を自分の目的「ええ、ええ、それは私の方はいつでも」 「ふむ」 にむけて強引に変更した。 チャン。ヒオンはさりげなく彼女の手を握り、ついでかなり強引に 「安つぼい人生論みたいなこと言って、こっちが恥かしくなってし その身体をひきよせ、耳もとできざっぽくささやいた。 まう。とても見ちゃいられないよ , 「で、明日の朝、一緒に食事をしましよう」 「ああ、それで : : : 」 彼女は感動したように彼を見あげた。 一瞬ギクッと身をかたくし、耳まで真赤になった彼女が、かすれ 「やつばり、男の人って、強い力を持ってることが第一の条件です る声でこたえた。 ものねえ」 「ええ : 「う、いや、別にそうと決ったわけでもないが」 言葉とは逆に、彼は首をぐるぐるとまわし、肩をあげさげし、拳「じゃ、今夜プール・サイドで」 そのまま彼は出て行ってしまった。 を強く握りしめてウッとりきんだりしてみせた。 ああ、私、あのたくましい腕で : 「へつへつ、こんな馬鹿女軽い軽い」