すべての人々がそう思った。しかし、ハリイデールはグングニ 選ばれた者なのじゃ ! さあ、討て ! グングニールの槍もて、巨 ルの槍を手にしたまま何ごともなく立っていた。 髪は雄々しく人を、悪霊を討つのしゃー 逆立ち、筋肉は闘志にあふれた緊張で小山のように盛り上がってい な・せた ? なぜ力がみなぎる ? なぜからたが、血が燃え る。その姿はまるで一匹の猛獣ーーー均整のとれた美しい獣のようる。 ・ : おれが美獣なのか ? おれが選ばれし者なのか ? おれは 誰なんたー 神によって選ばれた男 : 行動が思考を超えていた。 村人達の脳裏をあの古い予言の詩の一節がよぎった。 いつの間にかハリイデールはグングニールの槍を振りかざし、神 「美しき獣 : : : 」 殿をあとにしてフィヨルドの崖の上を走っていた。な。せそうしたの ふっと、まったく意識することなしにセアラの口から言葉がつい かは、自分でもわかってはいなかった。身の内にどこからかっきあ てでた。つぶやきのような、本当にかすかな声たったが、それは意 がってくる闘いへの衝動がそうさせたのた。 外なほど大きく響いた。 巨人の群れが足下にきた。 「美獣たっ ! 」 ハリイデールは何のためらいもなく、目もくらなような崖からダ 誰かがそれに応えるように叫んだ。 イビングした。目を見開き、驚愕のあまり唖然としている巨人の顔 「美獣たっ ! 」 がぐうんと迫ってぎた。 さらにそれに和す声が次々とあがった。たちまち神殿の周囲は巨人達の間にけたたましい悲鳴がまきおこった。血が迸り、空も 然となった。 海も大地も真紅に染まった。巨人の首がいくつか、鈍い水音をたて ハリイデールは当惑していた。 て海に落ちた。そして、しばらく間をおいてからゆっくりとからた も倒れる。 な・せだ ? なぜた ? なぜだ ? おれは・ 。おれは : 。おれは : グングニールの槍を風車のように回して巨人を切りきざみなが 言葉が精神の中で渦を巻いていた。何かを考えることができなくら、ハリイデールは身を翻して軽やかに巨人の船の甲板に立った。 なっている。全身はたぎる血の昻奮で、火のように熱い。何かする恐怖にかられて逃げ出した者もいるのだろう。何十人といた巨人 ことをかれは求められている。 たが、何をすべきかがわからなの数は、半分ほどになっている。 いのだ。 残った巨人はハリイデールの立っ船を素早く包囲した。 グングニール ハリイデールは槍を巨人に向けて投げつけた。 ヴァーグルの声がかれを呼んだ。 の槍は、投げれば必す相手を倒す力を持っている。そのことを知る ノリイデール、選ばれし者よ : 。お前こそ美獣、神々によって巨人達は思わず立ちすくんだ。そこへ槍が躍り込んだ。 ー 70
出てきた。 えるが、怒りをおさえていることはすぐにわかる。「だが、くそ度 胸たけで戦さはできん。一村あげて大死にするがいい ! 」 「トビアンの長はいるか ! 」 そしてバドラスはさっと腕を振り下ろした。 その巨人は、地を揺るがすような大声でヴァーグルを呼んだ。 「皆殺した ! 」 「おれは勇猛にして知を備えた巨人の中の巨人、北海の獅子王へニ ングリート 様の配下、 ハドラスだ ! まずはトビアンの長に話があ水しぶきがフィヨルドの崖にそって、壁のようにそそり立った。 る 巨人達が猛烈な勢いで、一斉に前進を開始したのだ。いったん静ま 神殿の台座に立っヴァーグルは右手を高く差し上げると、巨人に った咆哮も再び口をついてでるようになり、空気をひどく震わせて 答えて言った。 「わしがトビアンの長、ヴァ 1 グルじゃ。 ハドラス、話を聞こ 「アスガルドにおわすあまたの神々よ : 動揺し、おびえたようにかれを見上げる幾百の目の前で、ヴァー たなごころ 「お前がそうか グルは天を仰ぎ、両の手を並べてつきたした。その掌にセアラが ハドラスは残忍な笑いを口の端に浮かべた。獲物を捕えた狼がっ 一本の杖を渡す。ヴァーグルは、それをしつかと握った。 くる表情に似ている。 「われらここに集いて神々の御楯とならんと欲すれど、その力とお オーディンよー く及びませぬ。 ト】ルよ ! われらに力をお 「北海の獅子王の名において、お前に命じる ! 」そこでパドラスは わずかに間を置いた。 トビアンをわれらに明け渡せ。さもな与え下さい。われらに巨人を倒す救いの者をお与え下さい そう叫ぶように言うと、ヴァーグルは手にした杖を宙空高く投げ くば、お前達を皆殺しにして奪い取る」 上げた。ーーー杖は老人の力によるものとは思えないほどの勢いで舞 「その話なら答えはひとつじゃ」 い上がり、みるみる小さくなっていった。 ヴァーグルの言には、何の躊躇もなかった。 そこへ電光が走った。 「わしらは代々、この村を、このオーディンの神殿を守ってきた。 杖が砕け、四散した。 たとえ皆殺しにされようとも、守るのがわれらの役目じゃ。 ビアンは渡さん ! さっさと帰るがよい」 気がつくと、空は一面の黒雲に覆われてしまっていた。神殿に群 とたんに唸るような巨人の咆哮と凄まじい歯ぎしりが湧き起っがった村人達の間から、ほうというどよめきの声があがった。巨人 達も度肝を抜かれたのか、動きを止めて成行を見守っている。 た。一帯の空気がビリビリと振動する。 稲妻はさらに続き、天空を縦横に切り裂いた。 ハドラスの手が宙に向かってまっすぐ挙がった。 「なんだ : : : 何がおきるんだ : : : 」 巨人達の叫び声がびたりと熄んだ。 そんなつぶやきが人々の口から漏れた。しかし、それは天地を揺 ハドラスが言った。冷静な声に聞こ 「よい度胸だ、ヴァーグル ! 」・ 8
と、セアラ。 んでしまった者もいる。 「ひとっとして : : : 」若者はうなだれた。「巨人の船はあまりにも 6 巨人の船はフィヨルドの中に進入してきた。フィヨルドの水深は 深い。これほどの巨船でも幅さえ広くなければ充分、奥部まで入っ頑丈で、一抱え二抱えくらいの岩ではビクともしません。その上、 てくることができる。 黒小人にでも造らせたか、鉄の板を巧みに組み合わせて、我らが放 ハリイデールは台座に立っヴァーグルとセアラを見た。怯える村っ松明をすべて海にはたき落とす楯をも備えています。もはや打っ 人達の喧騒の中にあって、どちらも凝固したように徴動だにしてい手はどこにも : : : 」 ハリイデールはごった返す間を縫って二人のもとに近づいて「お父さま ! 」 セアラは絶望の表情でヴァーグルを見た。 台座の石段を昇って、ヴァーグルの後ろに立つ。その 気配を察したのか、ヴァーグルは振り返った。 「フィヨルドは天然の要害じゃ。だからこそ、神殿はここに築かれ 「どうする気た ? 」 ハリイデールは説いた。「勝てる相手ではない しかし、どうやら巨人は万全の策をたててきたようじゃ な」 「わかっておる : : : ー老人は答えた。「じゃが、アスガルドの神々 「オーディンの守護が : : トールの守護がありますわ : にかけて、ここを明け渡すわけにはいかん」 「美獣、か : : : 」 「降伏を勧めにきたのね ! 」 老人のそれは、つぶやきのような一言だった。だが、その一言を セアラが言った。 周囲の者は誰ひとりとして聞き逃さなかった。 「どういう意味た ? 」 「美獣だ ! 」 「巨人の襲撃は、あんたがここへ来てオーディンの神殿の話を聞い 真っ先に叫んたのは、あの伝令の若者たった。 た直後よ。巨人達はあんたに呼ばれてやってきたんだわ ! 」 「俺達には美しい獣がいるんだ ! 予言にうたわれた美獣が神殿を 「俺は巨人の仲間ではない」 守ってくれるはすだ ! 」 ハリイデールがそう言ったときだった。一人の若者がヴァーグル あちこちで呼応する声があがった。″そうた″とか″美獣だ″と の協に駆け寄った。肩で大きく息をしており、松明の赤い火の下でか叫ぶ歓喜の声である。その昻奮は次々と伝播していき、神殿の上 見ても蒼ざめているのがわかる。 はまたたくまに熱狂の場となった。再び、巨人の船が出現する前の 「崖上からの攻撃はだめじゃったか ? 活気が戻ってきたような喧噪である。人々は足を踏みならし、手を しかし、これは伝説という 振り上げ、ロぐちに巨人を罵った。 若者が言うよりもはやく、ヴァーグルが説いた。 幻に支えられた影のような活気にすぎないのだ。それがどんなに早 「ためです。ーーまったく効果がありません」 く瓦解するかを老人は痛いほど承知している。 「岩も火も利かなかったの ? 」
だが、ヴァ 1 グルの頃悶は長くは続かなかった。 ヴァーグルは耐えきれず、はしゃぐ村人達から目をそらした。 誰かが発した次の一言で、騒ぎが瞬時にして静まり、昻っていた と、冷ややかにかれを見つめるハリイデールと視線が合った。 村人達の心がまるで氷を押しあてられたかのように冷えきってしま ハリイデールは村人の昻奮を尻目に 「不用意な一言たったな : : : 」 静かに言った。「神殿を護るのは美獣の役目ではない。それは村人ったからである。 そうではなかったのか ? 」 それはこう言った。 達自身の役割だ。 「巨人が上陸するそ ! 」 「予言は、村の長にのみ伝えられてきた。かれらが聞いているの は、そのほんの断片にしかすぎない。きよう、あなたが聞かれたほすべての目が、一斉に巨人の船に向けられた。 ども、かれらは知らないのしゃ : そして水しぶ くろぐろとした巨人の影が次々に宙へ躍った。 「教えてやらねばなるまい、ヴァーグル。美獣が護るのは神々であ このように浮かれていては戦さになきがあがり、しばらく間があって、ひっきりなしに激しい水音が響 って神殿ではないのだと : いてきた。 らんそ」 船から海に飛びこんだ巨人は、影が重なり合っていてよくわから 「わしは迷うている : : : 」 ないが、少くとも五十人はいた。フィヨルド特有の切り立った深い 老人の声はかすれて小さく、ほとんど聞きとれないほどたった。 理由はどうあれ、村人達の戦意はいま、これ以上ないほどに高揚入江にもかかわらす、水面は巨人達の腰のあたりまでしかなかっ していた。しかし、ヴァーグルが真実を告げれば、その戦意はたちた。 巨人は、手にした剣や斧などの得物をこれ見よがしに高く振りか まちにして萎えてしまうことだろう。それが得策かどうかを老人は 判断できないでいたのた。このまま真実を語らねば、村人達はひたざし、おどろおどろしい喚声をあげて、一歩また一歩と村に向かっ もちろん、これは村て進み始めた。 すらに美獣の出現を期待して戦うに違いない。 ハリイデールは周囲の空気が変わったことに気がついた。村人が 人を欺くことを意味しているが、この未曾有の危機を前にして、き 迫りくる巨人達の群れを見て、おびえだしたのだ。無言のまま、恐 れいごとを言っておられるだろうか。 ( リイデールは今のままでは戦さにならんと言った。しかし、ヴ布にかられてジリジリと後退っているのがはっきりとわかる。 と、巨人の前進が止まった。海岸まであとほんの一息という アーグルは今のままでないと戦さにならないと思っていた。 ところである。 が、はたしてそうなのか : なんだ・ : 迷いは迷いを生み、ヴァーグルの心は千々に乱れた。老人はみす ーー自分は決断を下すべ からを面罵し、そのふがいなさを恥じた。 ( リイデ 1 ルがそういぶかしんだときであった。まるで壁のよう に立ち並ぶ巨人達を掻き分けて、一際立派な体驅の巨人が前に進み き長ではないか ! それがいったい何をしているのたー
槍は右に左に上に下にと自在に走る。巨人達は反撃のひとつもで尋常な現象ではなかった。何か魔の力がもたらした、まがまがしい 引き潮に違いなかった。 きないまま、タ・ハタと斬り裂かれ、息絶えていった。 槍カハリイデールの手に戻ってきた。巨人はもう数人を数えるの新たな戦いの予兆がそこにあった。 みである。 ハリイデールは宙に跳んだ。 海が割れた。 槍をふるい、一人また一人と巨人を屠っていく。 剥き出しになった海底に着底して傾いた船の上で、 デールの全身は真っ赤になっている。 は槍を手に身構えた。何が現れるかはまったく想像できなかった。 「たっ、助けてくれエ・ ただ、何かが出現するという確信たけがあった。 最後の一人になった。崖にへばりついて必死に許しを乞うてい 突然、天まで届こうかという水しぶきが爆発的にあがった。 ハリイデールは船を伝ってジリッ、ジリッとその巨人に近づい そして、巨大な遙か上空へと続く柱がそびえ立った。 た。グングニールの槍がその右手で光る。 いや、柱ではない。 巨人は半狂乱になっていた。崖を登ろうと手をしきりに動かして それは信じられないほど巨大な蛇の鎌首だった。ぬめぬめと妖し いるが、指はむなしく崖を削るのみである。 く光る黄金色のうろこ、燠火のように赤く燃える双眸ーー。地上を ひと巻きして、まだ自分の尾をくわえることのできる海の怪物、 ッドガルド蛇である。 巨人は叫び声をあげ、崖にそって逃げようとした。と、同時に槍 「お前が美獣かー が一閃する。 首と胴がすつばりと離れ、首は崖にめりこんだ。からたの方は勢ふいに頭上から声が降ってきた。割れ鐘のような、ガンガンと頭 に響く蛮声であった。 いよく水しぶきをあげて海中に沈んでいく。 / トラスより 声の主は、ミッドガルド蛇の頭の上に立っていた。・ : ハリイデールは息をつぎ、村に目をやった。 不思議に村は静かだった。恐ろしい敵の攻撃を退けたという喜びもさらに一回り大きな巨人である。 も昻奮もないようだった。 おそらく黒小人が造ったものだろう。黄金の鎧を身につけ、角か ふっと、村人達がどこか遠くを見ていることにハリイデールは気ぶとをかぶり、腰に剣を佩いて、三ッ又の鉾を手にしている。 リイデールの背後である。ハリイデ•— 顔はといえば、その半分は真っ黒な髭に覆われ、表情を読むこと がついた。陸に面して立っハ すらできない。しかし、らんらんと輝く両眼は残忍な色をはっきり ルは振り返って後ろを見た。 とたたえている。 海が、凄ましい勢いで引き始めていた。 背の真紅のマントが風にあおられて、激しくはためいた。 水面がみるみる下がり、海底が沖へ向かって露わになっていく。 る。 返り血でハリイ
詠誦はそこで終わった。何か途中で打ち切ったような感じたまとった者が現れることを忌み嫌う。しかし、わしはトビアンの 長。ーーー強者には少しでも長く村に留まってもらいたい」 「無駄なことよ : : : 」セアラがつぶやくように言った。「こんな男 老人は言った。 を置いたところで、巨人どもがますます凶暴になるだけだわ」 「これが出たしのほんの数行じゃ。しかし、これで充分じやろう。 「やれやれ ! 」 し力がかな ? 」 ハリイデールは両足を投げ出した。 「あんたが俺に何を言いたいのかは、さつばりわからない。 「ようやく一夜の宿を得られたと思ったら、その代償が北海の獅子 が、この村が神聖な地であることの由来だけは、よくわかった」 そうだ、美しい獣た。 王の相手とはね : : : 。何といったかな。 ハリイデールは素っ気なく答えた。 「この予言は、長い間、他に知られることはなかったーヴァーグル竜たか熊だか知らんが、その美しい獣というのに早く来てもらった の表情が、心なしか暗くなった。「ところが、近頃、海の巨人どもらどうだい ? 」 「神々の言い伝えをちやかさないで ! 」 がこの予言のことを聞きつけたらしく、何かとうるさいのじゃ」 またセアラが噛みついた。 「ほう : : : 」 「本来ならあんたの穢らわしい耳になんか入らない言葉よ ! 」 「海の巨人の王はヘニングリ 1 トじゃよ」 ハリイデールは無言のまま、セアラを睨みつけた。セアラはその 「北海の獅子王か ( リイデ 1 ルは、思わず腰を浮かせた。へニングリートは猛々し気魄に一瞬たじろいだ。 「セアラ 、、い加減にしておきなさい」それを見て、ヴァーグルが い巨人族の中でも、勇猛なことでっとに名高い。北海の獅子王と聞 間に割って入った。「今夜はもう遅い。ますはひと眠りして、あと いてまた戦いを挑めるのは、神々といえどもオーディンとトールく の話はまたあしたにしようじゃないか」 らいのものであろう。 「村の者は怯えている : : : 」ヴァーグルは言った。「巨人族ーーーそ「わかったわ、お父さま : : : 」 ハリイデールの視線を逃れ、ホッとしたようにセアラは答えた。 れも北海の獅子王を相手に神殿を守り通すのは容易ではない」 ヴァーグルはハリイデールにかまどの前にわらを積んで寝るよう 「不可能じゃないのか ? 」 ハリイデールがそうするのを待ってから壁につるしてあっ ハリイデールは気休めを言わなかった。 た灯心の火を吹き消し、セアラとともに奥の部屋に入った。 「おそらくな : : : 」 巨人の襲撃は、その夜のことたった。 「俺の力を借りたくて追い返さなかったのか ? 」 「それもある : : : 」ヴァーグルはあいまいな言い方をした。「セア ラはオーディンに仕える巫女た。こんな時たからこそ、血の臭いを寝入ってから、一時間と経ってはいなかった。 4
~ 間秒間の脱獄 アシノフ、ヒンケル、ターナー / 宇野輝雄訳 予一ニ〇〇 イ裁きなき審判 現在も第一線で活躍中の作家グレ 一九七一年八月十一日、メキシコの刑務所にヘ アム・グリーンの最新作、未訳作れ 丿コプターが着陸し、二人の男が脱獄した。そ 品、選集未収録作品を加え、装い ン Ⅲ 1 和複雑な背後の実情を追って驚異の逃を新たに贈る全巻の個人全集ー・は ジャーナリズムの傑作ー 走を再現するニュー アメリカ新聞界の巨人 カピュリツアー ・ < ・スウオンバーグ / 木下秀夫訳四〇〇〇 南北戦争後の混乱の中から巨大な新聞王国を 築きあげ、強力なキャンペーンで世論を動か し、アメリカを動かした男の一生をえがくー 第二次世界大戦の陰の主役 1 内なる私獺尾裕訳 2 スタンプール特急北村太郎訳 イントレビッド こは戦日笏た丸谷才一訳 ウィリアム・スティーヴンスン 寺村誠一・赤羽龍夫訳 = 三〇〇 4 英国が私をつくった野崎孝訳 第二次世界大戦史上はとんど知られていない 【 0 拳銃売ります加島祥造訳 大諜報網 " 英安全保障調整局。とその統率者 《イントレピッド》の全貌を初めて明かす ! 6 、フライトン・ロック丸谷才一訳 毎月一点配本 ( 四六判上製本 ) = クグ ンム ・全巻
「あなたは不吉よ ! 不吉すぎるわ ! からだに血をしたたらせ、 目に野獣の光を宿らせて : でてって ! アスガルドの神々の名「信仰ではないのだ、 ハリイデール。これはわれわれの役割なの にかけて、すぐにでておいき ! 」 だ。神々の命により定められたわれわれのな : 「セアラ、落着くんじゃ」 そこでヴァーグルはわずかに間を置き、ややあって言を続けた。 ヴァーグルは、セアラの肩に手を置いた。 「あの神殿には、オーディンの宝、グングニールの槍が納められて 「お父さま、この男は巨人の仲間よ ! きっと様子を探りにきたの いると伝えられる。 「お父さまー 「セアラ ! 」 「お前は黙っていなさい」 ヴァーグルの重ねての叱責に、セアラは渋々ながらロを閉じた。 色をなして詰め寄るセアラを、ヴァーグルは一言で制した。 が、憎悪にあふれた、たぎるような眼差しは、じっとハリイデール 「代々、この村の長にのみ語りつがれてきた古い予言をお聞かせも に向けたままである。 うそう」 「神聖な地 : : : 巨人の仲間 : いったいそれは何た ? なぜそ そしてヴァーグルは、予言の詩の一節を朗々と歌ってみせた。 れが俺に関わってくるんた ? ハリイデールは困惑して説いた。どうして自分が疎まれるのか、 「天は咆え、地は唸る その理由がさつばり解せなかった。 神々のたそがれはすでに近い 「随分白々しいことを言うわね : : : 」 聖なるトビアンの地にも セアラがまたロを出した。そっ。ほを向き、馬鹿にするような口調 大いなる禍が迫りくる である。ヴァ 1 ・グルはそんな娘をちらと一瞥し、そしておもむろに そのとき遠き地より 言った。 美しき獣が姿を現すだろう 「トビアンの村は、神々のためにある」 美しき獣は 「神々の : グングニールの槍もて巨人悪霊を討ち 地は再び光の満つるところとなる 「村の中央に神殿があることに気づいておられるかな ? 」 ハリイデールはうなすいた。 命あれ 「あれは、オーディンの神殿じゃ。 この村に住まうわれらはす ラグナロックののち べて、あの神殿を守るためだけに存在しておる : 神々は復活したまう : : : 」 「それはあなたがたの信仰だ。俺は何もそれに異をとなえる気はな よ い」 る 3
は、表に湧き起った悲鳴、怒号に夢を破られ、目を覚した。石敷き村人達は、胡散臭そうにかれを見るだけで、どこにも取りつくシマ の床を通して、何十人もの人間が駆け回る足音も響いてくる。 がない。無理もなかった。かれらにとって、この金髪で大柄な男 ハリイデールは跳ね起き、立ち上がった。 は、見知らぬ怪しげな他所者にすぎないのだ。トラ・フルを引き起す 「ついに来たようじゃな : ・ : こ ハリイデールはヴァーグルから村人達に事情を説明してもら 背後で声がした。振り返ると、火皿を手にしたヴァ 1 グルとセアいたかった。 ラが奥の部屋から出てきたところたった。 ヴァーグルとセアラは、神殿の中央の四本の石柱に囲まれた、数 「巨人か ? 」 段高くなった台座の上にいた。二人ともまるで彫像のように身じろ 反射的にハリイデールは問い返した。 ぎもせず、しっと海のほうを見つめて立っている。ーー表情は強張 「とぼけないでよ ! 」セアラが血相を変えて叫んだ。「あんたが呼 り、まばたきひとっする気配すらない。 んだんでしょ ! 」 ふと気がつくと、周囲の人間すべてが先ほどまでのざわめきはど 「俺は知らん ! 」 こへやら、一様におし黙ってヴァーグルと同じ方角に視線を向けて 「セアラ、神殿じゃ。神殿を守らねば いた。そして規則正しい波の音に混じって遠くから響いてくる何者 ヴァーグルはもう外にいた。セアラはハリ ハリイデールは立ち止まり、村人達の見つめる先ー イデールを押しのけるかの喚声・ : ようにして戸口に向かった。 ーフィヨルドが外海に向かって口を開いているその彼方に目をやっ 「俺も行く : : : 」 二人に続いて、 ハリイデールも家を出た。 初めのうちは海上にかかっている淡い霧のために、何も見えなか たいまっ った。上下する波頭が、地平すれすれに留まっている赤い太陽の鈍 神殿の周囲は、夥しい数の松明によって取り巻かれており、そこ だけがまるで昼のように明るかった。人数を多く見せるつもりでもい光を浴びて輝いているのが、見てとれるだけであった。 と、だしぬけにそいつは現れた。 あるのたろうか。しかし、白夜にそれをやっても何の効果も得られ ないはすである。そくそくと神殿に集結する村人達は戦いを知らぬ それは三隻の巨大な木造船だった。船体は細く長く、ヘさきは大 烏合の衆た、とハリイデールは思った。 きく伸びて、そこに見事な裸婦像が彫られている。船腹からは十数 神殿の石段を昇った。 本の長い櫂が突き出していて一定のリズムで力強く波を掻き分け、 百人あまりの村人がそここ 冫いた。手に手にもりのような得物を持船足は目を瞠るほど速い。そして甲板の上には何十人という海の巨 っている。神殿はさほど広くなかったので、人々は肩が触れ合わん人が槍や刀を手にして立っていた。 ばかりにひしめいていた。 神殿に集まった人々の間から、畏れと絶望がないまぜになった悲 ハリイデールはヴァーグルとセアラの姿を捜した。まわりにいる鳴にも似た声が湧きあがった。中には呆けたようにその場に坐り込
およそ楽しみも活気もないこの街にあって、人々は他人の不幸ば はた目には酔客の喧嘩と映ったかも知れないが、それが幸いし かりを糧に自らをなぐさめるのた。 それを知ってか知らすか、この街ではよく白昼の浮浪者狩りが、 護送車は道端で争う二人を気にとめずに、空港へと走り去ってゆ 公然と、半ば見世物のように実行される。 見るからに罪の無さそうな老人や不具者が、浮浪罪の名の下に警「な、なにをする ! ポーン、離せ ! 」 棒や電気銃に追われる様は、見るからに不快な光景であるにもかか「馬鹿野郎 ! お前こそ何をする気だー ここで暴れて一戦かまし わらす、この街の住民は飽くことなくそれに拍手を送り、ロ笛を鳴 ても、何になる ! よく考えるんだ、ライオン」 らす。 「た、だが、あれは確かに : 「実際、いやな街だ。せ。また、誰かが狩られてるんだろう」 「言うな、ライオン。ますいそ、人の注意を引いている。うまくこ 扉の前に立ちはだかっている人影を邪慳に押しのけ、一歩前へ出の喧嘩を収めて、引き上げないと、本当に不審がられるそ」と、 たポーンの背中が氷りついたように見えた。 声の早口をライオンの耳に吹きこむと、一発ジャ・フを放っポーン。 「どうした、ポーン。まさか、俺達が目標しゃあ : : : 」 「くそったれ、わかったよ」とパンチを返すライオン。 ポーンよりも背丈のないライオンに、街路で展開する捕物の様子 そして二人は、そそくさとその場を離れた。 はまだ見えていない しばらく歩いて、不意に横道の暗がりに入りこむポーン。ライオ 早手回しにハンドキヤノンに手をかけようとするライオンを、振ンがそこで爆発する。 「何てことた ! あれは確かにカースルの生き残りだ ! わたしの り返ったポーンが馬鹿力で押えこむ。 故郷の住人た ! あの髪の毛を見たたろう」と、かみつくようにラ 「なんだ、なんだと言うんだ」 イオン。 ポーンは無一言のまま、ライオンの肩をつかんで街路に押し出す。 「あっ、カースルの : : : 」そこまで叫びかけて声を呑みこむライオ「待てよ、ちょっと待てよ、ライオン、落ち着け ! 」 「落ち着け、だと ? 馬鹿はどっちだ ! わたしたち二人なら、あ 武装した十数人の特殊警察員にとり囲まれ、今しも護送車に押しんなチンビラ警察ぐらいワケなかったはすだ」ライオンは本当につ 込まれようとしている女の姿がチラリと見えた。そして、その女のかみかからんばかりの剣幕である。 頭髪は、ライオンと同じ、燃えるようなオレンジ色に輝いていたの 「やれやれ、何度ひっかかれば気が済むんだ」 「何だとに」 無理矢理トーガの下のハンドキヤノンを引き抜こうとするライオ 「ライオン、オレンジ色の髪の毛ぐらいでそう興奮するなよ。それ ンを、必死のカづくで抑えこもうとするポーン。 が奴等のつけ目かもしれないじゃないか」 2 20