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検索対象: SFマガジン 1978年12月号
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1. SFマガジン 1978年12月号

広いビンクの字形のロと、針のように長く鋭いを見せた。目が 闇の中には物音があった。なじみ深い物音。規則正しいガリガリ 燃えあがった。耳は平たくくつつき、頭蓋を毛に覆われた丸い玉に ・チーン、ガリガリ・チーン。熊手で炉床の鉄格子を掃除している 2 2 変えた。レイフは山猫にま 0 たく気づかなか 0 た。その体の縞が、朝の物音た。レイフはつぶやきながら寝返りを打ち、じわじわ広が 枝と雪とのく 0 きりした模様の中に完全に溶けあっていたからである暖かみの中でくつろいた気分になった。いまではそこに明りがあ る。レイフが木の真下まできたとたん、山猫は上から身を躍らせ、 り、橙色にまたたいていた。彼は目をつむったまま、瞼の裏が・ほう 火を吐くショールのように彼の肩へとびかかった。苦痛が胸に届い っと赤らんでいるのを見つめた。もうすぐ母が呼びかけるたろう。 たときには、すでに彼は首すじと背中をひきむしられていた。 そしたら起きて学校へ行くか、畑へ出る時間だ。 驚きと衝撃でレイフはよろめいた。わめきながら体をひねった。 音楽的なこころよいチリンという音が、彼の頭を振り向かせた。 その反動で山猫はい「たん離れたが、たちまち身をひるがえして、彼の体は全身にわた 0 てまだ痛か 0 たが、痛みはなぜかそれほど激 下から彼の腹に飛びついてきた。彼は熱い血が噴き出すのを感じ、 しくない。彼は目をしばたたいた。ェイベリー の家の懐しい自分の 世界は恐怖の赤いもやに変わった。あたりの空気は獣の鋭い叫びに部屋がーー、たぶんカーテンがそよ風に揺れ、開いた窓から日ざしが 満たされた。彼は短剣を抜こうとしたが、その手を噛みつかれて、 さしこんでいるところがーーーそこに見えるものと予想していたの 。ほろりと落としてしまった。無我夢中で這いすりまわり、手さぐり だ。それが信号所の小屋だと気づくまでには、しばらくかかった で短剣を見つけると、思いきり突き出し、刃先にたしかな手ごたえやがて、ど 0 と記憶が戻 0 てきた。彼は目をこらした。信号機の ( を感じた。山猫は絶叫を上げ、雪の上でのたうちまわった。 , 。 彼よ痛ンドルと、その下の高架歩路が見え、何本かの連動軸が屋根を抜け みをこらえて、血の流れる膝を山猫の背中に押しつけ、相手を動けて上に伸びているのが見えた。きのう彼が漂白したばかりの。 ( ッキ なくしておいてから、短剣で二度三度と突き刺した。やがて山猫はングの白さ。窓には四角な防水布が吊され、夜を閉め出している。 最後の痙攣といっしょに彼の膝の下をすりぬけ、足をひきすり、血入口の戸にはかんぬきが掛かり、二つのランプはどちらも灯が入っ しぶきを散らしながら逃けていった。おそらく、林の中のどこかでている。ストープはあかあかと燃え、暖かさをまき散らしている。 死んたのたろう。それから、しばらく彼は意識を失っていたあと、 その上では平鍋や深鍋がぐっぐっ煮立っている。そして、鍋の上に おそましくも苦しい歩みをつづけて、やっと信号所へ帰りついた。 かがみこんでいるのは、ひとりの若い娘たった。 そして、いま彼は死にかけている , ーー信号機に手をかけることもで彼が頭をめぐらしたときにむこうがふりむいたので、彼はその娘 きず、とうとう失敗したことをさとりながら : レイフは弱々しの奥深い瞳をのそきこむことになった。黒く縁どられた瞳には、な く息をあえがせると、押しよせてくる闇の中へさらに深くのめりこんとなく動物のそれを思わせるような、すばしこく神経質なところ んでいった。 があった。彼女の長い髪の毛は、顔のまわりに垂れてこないよう、 とがった小さい耳のうしろに結んだパンドかリポンで留めてあっ

2. SFマガジン 1978年12月号

というより、私のゆうれいはかわいい男の子という感じで : : : 」 のたとしたら : : : 。私はゾッとしました。冗談じゃないと思いまし 「アハ 、私のゆうれいだって ? 君はそのゆうれいを所有してた。私が急に立ち上がり、ノートや辞書を抱えて帰ったので、二人 いる気になってるんたな、なんと軽蔑すべき、プチブル的思考だろの友達は驚いていたようでした。 う」 「そうよ、それにそういうふうに弁解するところがあやしいわ。や部屋をあけると、やつばりゅうれいは窓際で揺れていました。 つばりゅうれいに惚れているんじゃないの ? 」 「また、いるのね。あんたはもしかして私を好きになったんじゃな 女友達は私を疑惑の眼差しで見ました。 いの。好きにならないでよ、私は好きになりつこないのだからね」 「ちがう、惚れてなんかいるもんですか」 と私はきつばり言いました。ここで、はっきりさせておきたいと 「まあいいわ、とにかく何よりもね、あなたがそのゆうれいと同棲思ったのです。少年はじっと私を見つめていました。憂いにみち している、ということ自体が問題なのよ、結婚前の女性としてそれた、訴えるような眼です。 でいいの、あなた」 「何 ? 何が言いたいのよ」 少年は薄い唇を少しひらくようにしましたが、何も言いません。 「なりゆきにまかせるより他しかたないわ」 私がそう言うと、二人は顔を見あわせて肩をすくめました。その何もしゃべれないのでしようか。 あと二人は、いま流れている黒人歌手の唄について議論しはじめま「何か言ってごらん」 した。そして私はといえば、さっき女友達が言った言葉が奇妙にひ私は少年の胴を揺すりました。重いような重くないような奇妙な つかかるのでした。あの少年のゆうれいに惚れているわけがないと感触です。 自分でも思うのですが、さっきはつい「私のゆうれいはかわいい男「わかった、あんたはしゃべれないんでしよう」 の子という感じで」などと言ってしまったのです。何気なく言った 少年は、哀しみを湛えた眼でじっと私を見つめています。 「ああ、やめてやめて」 言葉に、案外真実がこもっていたりするものです。考えてみれば、 私は言って、洋服を脱ぎちらし、ふとんをかぶってそのまま寝て ゅうれいはちらちらとうるさくてかなわないけれど、じっと寝てい る時など無邪気な顔で、実にかわいらしいのです。私は、はっとししまいました。 ました。好きになりかけているのたろうか、と思ったのです。ゅう れいを好きになったりしたら、それこそ大変です。知らぬまにゆう このままではいけない、と私は思いました。あの哀しそうな眼を れいの世界に連れていかれないとも限りません。いや、これは、も見ていると、私もつい少年を抱きしめてしまいそうな衝動に捉えら しかすると、ゆうれいの策略なのかもしれません。ゅうれいの方がれるのです。危険た、と私は思いました。見えない遮断幕の向う側 8 私を好きになって、私を少年の住む世界に連れて行こうとしているにある、ゆうれいの世界へ、少年は私を連れて行こうとしているの

3. SFマガジン 1978年12月号

なく、サージナーはその中に依然としてケルヴィンの足が入ってい かし、これについていくら話し合っても無意味だ。次に通り抜ける るのを知っていた。 べき人間が誰であるか、全く疑問の余地はない」午下がりの太陽 「ハ力な若僧め」ジャニが嫌悪を込めていう。「とうとう自分をか が、ジャングルの切れ目ない緑を反射して、彼の顔を普段より青白 たづけちまった」 く見せていた。 サージナーは彼の腕をつかんだ。「そんなことはどうでもいい、 「つまりあんただ、と いいたいんたろ。もちろんーサージナーは自 環を見ろ ! 」 分の手を見る。環の低い端まで粗末な坂道を作る作業で、ところど 夜の暗闇が収縮していた。 ころに切り傷があった。 極寒の幻惑の中で、サージナーは環を見つめた。それはまるで眼「もちろんというつもりはないが ここでパラドルの全状況に関 の虹彩が光に反応する時のように、着実に収縮してゆく。ついに直する完全な報告書を持っているのがたまたまわたし一人だったとい 径約二メートルにまで縮んだ。内部の動きが確実に終わった後も、 うことなのだ。それにわたしは特別な訓練を受けている。探査司令 彼は環の端を見続けていた。未来への門が完全に消えてしまうこと部が最も必要としているのは、この事件に関するわたしのレポート はあるまい、と自らをなためながら。 「こいつはまずい」ジャニが囁いた。「こいつは恐ろしくますい 「そこの所に異議があるんだな」とサージナー 「あんたはどうし そ、デヴィ て俺が鮮明な記憶を持ってないと思うんだい ? 」 サージナーが頷く。「あの穴を開けておくためのカ場が、何かが 「じゃあきみはどうしてわたしがそれを持っていないと思うのかね 通過する度に部分的に消費されるのかも知れんな。そこでた、もし ? 」ジャニの右手が下がった。うわべの不注意を装いながら、携帯 収縮が移動した質量に比例するとしたら : : : ケルヴィンが通り抜け武器の上へと。「とにかくーーー催眠テクニックを使ったりして る前に直径はいくらたった ? 」 何を覚えているかが問題ではないのた。何を観察したかが問題なの 「約三メートル」 「そして今、約二メートルか ということは面積が : : : 半分こよ 冫オ「それじゃあ」とマッカーレインが割り込んだ。「あんたはこのジ ったんた」 ャングルに関して何を観察したんです ? 」 三人の男は互いに見つめ合った。簡単な暗算た。彼らは致命的な「どういう意味かね ? 軍曹」ジャ = はいらいらしながらいった。 敵とな「たのである。ゆっくりと、本能的に、互いの間隔が開いて「単なる質問ですがね。われわれのいるこのジャングルに、何かと っこ 0 . し / ても異常なことがある。あんたみたいな腕ききの観察者なら、とっ くに気付いてるはずでしような。 さあ、それは何ですかね ? 」 「これは非常に残念なことだ」とジャニ少佐が冷静にいった。「しマッカーレインは間を置いた。「さあ」

4. SFマガジン 1978年12月号

ドルにもう一つの文明が存在しているというかのようだったーーー異「それが先取点ってわけかね ? 」 邦人のア。フローチでは理解不能な障壁の彼方に引き下がり、あくま「そいつは気がっかなかったな」サージナーはモジ 1 ルのスクリ でよそよそしくふるまおうとしているようなそれが。 1 ンに展開している砂の広がりを陰気に見つめた。白い砂漠が血の サージナーは〈幽霊〉を全然見たことがなかったから、うわさをような赤色に染まり、最後の光も空から消えた。すぐに典型的なパ それほど信用していたわけではない。しかし、アドミラル・カーベ ラドルの夜景が見られるだろう。黒々と広がる砂漠、澄み切った ンターの快速艇が砂漠を超音速で絶叫をあげつつ横断し、結局手ぶ空。その空にはあまりにも多くの星がきらめき、人は正常な感覚を らで帰って来るのを見たことはあった。それに巡洋艦の中央コンビ失って、生命は天に、死は地にありと錯覚するのだった。彼はサラ スキャナ ュータが二十四時間休みなく働いて、観測衛星のネットワークからファンドに戻り、遙かな星々の間を旅したいという激しい切望を感 送られて来るおびただしい量のデータを相関させ、分析しているのじた。 も知っていた。そのうえジャニが示した座標は、最初の調査で発見 ケルヴィン中尉が前にかがんで、そっとジャニに聞いた。「われ された太古の基盤岩の露出部の一つと一致していたのである。 われはいつ、その何かに会える予定なんですか ? 」 「いったいどのくらい進んたのかね ? 」とジャニがいった。太陽が 「もうそろそろだ コンビュータの判断が正しいとすれば」ジャ 西の地平線の低い丘陵にかかっていた。 ニはちょっとサージナーの方を見つめた。明らかに情報を聞かせて マツ・フ・ス「一ー・フ サージナーは地図表示器をちらりと見た。それはあたりが暗くな いいものかどうか迷っているのだ。それから肩をすくめて、「この るにつれて輝き始めていた。「やっと三十キロ足らすというところ地点でおよそ三十万年前に基盤岩に手が加えられたという測地学上 の証拠がある。ちょうどパラドル人が都市建設段階にあったろうと ス午ャナ 「上出来た。時間調整は完璧にいっている」ジャニの腕が携帯武器考えられるころだ。観測衛星が過去十日間に七回、ここに都市の姿 の台じりに落ちた。 を見ている。だがコン。ヒュータの見た幻のパターンが単なる偶然の 「幽霊を撃つんで ? 」と、サージナーは何げなくいった。 産物でないという保証はない。その場合には、われわれが発見する ジャニは自分の手をちらりと見おろし、それからサージナーの方のは砂漠たけだろう」 を眺めやった。 「この場所のどこがそんなに変たっていうんだろう ? 」と、ケルヴ 「すまん。作戦を口外してはならんと命令されているんだ。実際、 インがいった。その疑間がサージナーの心を横切り、こたました。 もしわれわれが自前の地上車を持っていたら、きみを同行させはし「もしパラドル人が時間を自由に行き来できるとしたらーーわれわ なかったろう」 れはそれが可能たと考えているんたがーー準物質化した建物という 耳 ~ 、 A 」こ 0 ・ 「ところが俺はここに来ている。一部始終を見とどけるつもりでのは原住民が現在を訪れる際の副産物なのかも知れない。門 ろによると、ちょうど人が暖房された建物から外へ出る時にーー・自 ね。

5. SFマガジン 1978年12月号

いる人々はほんのわすかだと思えたからである。河岸を歩いていく ほ・ほ立方体に近い形状だ。前面にはふつうのカメラならファインダ 1 とレンズがある位置に、長方形で白いーー見たところ不透明もしさい、一人でないのは嫌なことだった。 ガラスの一片があって、ここから凍結ビームが発ビールの残りを飲み干すと、彼は立ち上りドアの方へと歩いてい くは半透明の 射されるのだった。 ロイドはまたサングラスをかけていたが、その女性を眺めたのは その時はじめて、ドアのそばに新しい絵画があるのに気がつい ほんの少しの間たけたった。冖 彼女は彼の方を見ていなかったようすた。彼はべつに絵画をさがし求めているというわけではない。むし で、数秒後には壁際へと後退し、それを抜けて視界からは消えてしろその存在は彼の心をかき乱すのである。にもかかわらす、新しい まった。 ものはつねに興味をひいた。 給仕女が自分の方を見つめているのに気づいた。視線があうと女 二人の男と一人の女がテー・フルについているようたった。彼らの し言りかけてきた。 画像がはっきりとしないのでロイドはサングラスをとった。と、そ 「やつら今度は来ると思う ? 」 の突然の輝きは驚くべきもので、クロスワードを見つめながら、ま たテー・フルの向う端にいる男の影を薄くしてしまうほどだった。 「いろいろ予想して悩まないようにしているんだ」ロイドは会話に ひきずり込まれないよう願いながら言った。早く飲み終えて自分の凍りついた男のうち一人は他の二人より若く、すこし離れたとこ 目ざすところへ行きたい一心で、ビ 1 ルをつづけてあおる。 ろに坐っている。紙巻きをふかし、その吸いさしはテー・フルの端に 「このサイレンのせいで商売はあがったりよ」給仕女は続けた。置かれ、あと数ミリで火が木の表面を焦がしそうになっていた。年 「一つ終ったらまたつぎ。一日中よ。夕方のときだってあるわ。そ かさの男と女は一緒で、女の手は男に握られていた。男よ」りこ、 れもいつもにせ警報だものー んで、彼女の手首に接吻していた。唇は腕に触れ、眼は閉じられて 「うん」ロイドは言った。 いる。女は見たところもう四〇台もかなり上の方たが、またスラリ として魅力がありこうした仕草を楽しんでいるようたった。微笑 彼女はなおも少しのあいた不平を鳴らしていたが、やがて誰かが 他のカウンターから呼んたので、そちらへ給仕しに行った。ロイド んではいるが、決してその男を見てはいない。その眼はテー・フルを はひどく救われた気持だった。彼はこの人々と話したくなかったの横切って若い男の方に注がれている。男の方はビア・グラスを口も である。あまりにも長い間、孤独をかこっており、現代風の会話のとにまで運びながら、興味深げにこの接吻を眺めていた。テーゾル 要領を学んでいないのだ。よく誤解されることがあったが、それは の男の前には、手もつけていないビールの杯、女の前にはポートワ インが置いてあった。彼らはポテトチッ。フを食べていたのだろう、 話し方が彼の時代の少し堅苦しいやり方で行なわれるせいだった。 くしやくしやに丸めたその紙袋と青い塩づつみが灰皿に捨ててあっ 7 彼は遅くなったことを侮みはしめていた。いまなら、草地へ行く た。若い男のタ・ハコの煙は火色に渦巻きながら空中で止っており、 には良い頃合いだったのに。というのは、空襲警報下ならあたりに

6. SFマガジン 1978年12月号

" 、ナプげン・カカの唄う。 城の尖塔は砲弾によ「てことごとく吹き飛はされ、列柱で支え られた大理石の大屋根は、なだれのようにくすれ落ちた。 道路の石だたみは裂け、花壇は赤の空濠と化した。 ほのおはいたる所カら発し、〔みるみる、この東方第一の城邑を呑 みこんだ。 鉄の轍によ「て、青銅の扉がなんなく打ぢ破られ、押し開かれて ゆくのを、 . そのときまでまだ生き残っていた数少ない人々は、悪夢 を見るような思いで見つめていた。 異形の兵たちは王城の内外にあふれた。 メ本参は↓めっとい、つ日Ⅲ : ・示オ たくさんの人たちが、アラカンやドーナの山々のむこうへ逃れて いった。イラワジやサルウインとよはれる大河は、おびただしい数 の丸木舟やイカダを呑みこんだ。それでも、人々は河を越え、谷を わたり、東へ逃げた。 北 ~ 向「た人々は《ヒ「ル》の】雪山を越え、、プラマプトテの溪谷 を泳ぎ渡ってトバンへと逃れた。かれらはその地に、拉薩の町を造 遠いむかしのことだ。ひとつの太陽のまわりを七つの星がめぐり めぐっている世界の、そのひとつのの上の物語だ。 ねえ。町の人よ。あんたの祖父さんの、祖父さんの、そのまた祖 父さんの、もっともっと前の祖父さんは、どこからこの町にやって 来たのさ ? 聞いたことかあるかゴ

7. SFマガジン 1978年12月号

られる神になそらえたりした。何者がその巨石を並べたのか、だれ色に思えた。彼の父親の目は、ずっと前から、小石のように厚い眼 も知らない。むかし、まだ強力であった頃の妖精だというものもあ鏡の奥へ逃げこんだままだ。この目はちがう。すごく遠くを見つ れば、その名を囁くことさえ罪悪である古い神々だというものもあめ、ほかの人間なら見逃しそうなものをはっきり見きわめることに った。また、悪魔のしわざだという説もあった。 慣れた目た。その目の持ち主は緑色すくめの服装で、肩には信号手 この異教の遣跡が破壊されるのを、母教会が見てみぬふりをしてギルドの軍曹の階級を表わす色褪せた紐飾りをつけていた。腰にさ いることは、村人たちも承知の上たった。ドノヴァン神父は破壊にげているツアイスの双眼鏡は、信号手の象徴ともいえる。ケースの 反対だったが、一人のカではどうにもならない。村人たちは執念深蓋は半分しか留めてなく、その下に大きなレンズと、使い古された くそれをやった。標識石の土台を鋤で掘りおこし、巨石を水と火で真鍮の鏡胴が光っているのが、子供の目にも見えた。 ギルドの男はほほえんでいた。やがて、男はゆっくりした口調で 砕き割って、その破片を石の壁の修理に使った。何世紀もつづいた しゃべりたした。それは〈時〉について知っており、〈時〉が永遠 この破壊行為で、環列はところどころに隙間ができたが、まだたく さんの石がそこにあった。環列はいまも残り、風の強い丘の頂きにである以上あくせく急ぐ必要はないとさとった人間の声だった。こ 築かれた塚、大昔の死者が遺骨とともに眠る家も、そのまま残っての男なら、あの大昔の巨石についても、彼の父親が知らないなにか いた。子供は土饅頭の上によじ登り、毛皮と宝石に身を飾った王たを知っているかもしれない。 ちの夢を見る。しかし、それにも飽きると、彼の心はつねに信号機「ほほう、どうやら小さい間者をつかまえたらしいそ。おい、名は とその神秘な生命のほうにひきもどされるのだった。眠たげな目をなんという ? 」 して、頬杖をついて寝そべっている彼の頭上では、シルべリー九七子供は唇をなめ、追いつめられた表情で声をしぼり出した。「レ、 三号の信号塔が、丘の頂きでカタカタと音を立てていた。 レイフ・ビグランドです : : : 」 とつ。せん肩に手を置かれて、子供はぎくりとわれに返って、身を「ここではなにをしておった ? 」 こわばらせて彼ろをふりかえり、逃げようとした。だが、どこにも レイフはもう一度唇をなめ、塔を見やって、情けなそうに口をと 逃げ場はなかった。捕まったのた。子供はーー・額に髪の毛を長く垂がらせ、かたわらの草を見つめたあと、信号手を見返して、すぐに らした丸ぼちゃの男の子たったがーー・・唾をのみこみ、目を上にやっ 目をそらした。「あの : : : おらは : : : 」 レイフは言いやめた。説明できなかったのだ。丘の上では塔がキ 相手の男は背が高かった。子供の目にはおそろしくのつ。ほに見えイキイ夕、、ハタと音を立てていた。軍曹はその場にしやがみ、まだ た。その顔は日に焼け風にうたれて渋紙色で、目尻には網目のよう薄笑いを消さず、きらきらした目で子供を見つめながら、気長に待 な小じわが寄っていた。目は深く落ちくぼみ、真青な瞳が肌色と驚っていた。さっきまで肩から下げていた小さいカ、、ハンは、草の上に 0 くほど対照的だった。子供には、それが空のてつべんとそっくりな置いてあった。レイフはこの相手が、午後の食料を仕入れに村へ行

8. SFマガジン 1978年12月号

か思えない。 ところが、あなたは最初から、ジークフリートのシス 「とにかく」 テムに反逆する目的で、ターミナルに入り込んでいるのよ。そのヒ シーアは、無言のジンにはかまわすに、話を続けていく。 ロという人よりも、あなたにふさわしいわ。そのために死ぬという「あなたの見たとおりのことを信しるとすれば、ジークフリート人 のなら」 に致命的な弱点があるという話は、本当のことになる」 シーアは、ジンの返事を期待していないのは明らかだった。口に ジンは、うなすこうとした。たが、それも何か腹立たしかった。 出して言うことで、自分の考えをまとめようとしている。 そこで言った。 「しかも、ヒロは、見せしめのために殺されたような気がする」 「そいつは、おれが地球人たからじゃないのか ? 真のジークフリ ート人ではないからじゃないのか ? 」 「何たって ! 」 ジンは、その言葉に食いついた。 シーアは、ジンを見つめた。ジンも目をそらすことはできなかっ 人たちに、自分たち 「わたしには、そう思えるわ。ジークフリート の弱さを教えるために、システムがヒロを見せしめの道具に使った 「そうね。そうかもしれない」 あっさりと言った。ジンは、自分が気負っていたことを思い知らというように」 それは真実に途方もなく近かった。だが、ジンもシーアもそのこ されたようで、顔が熱くなるのを感じた。シーアは、そんなジンの とを知る筈がない。そしてジンは、そのことの真偽を必ず、つきと 様子にまったく気付かないように、続けた。 「あなたの友人は、自傷していたのじゃなくって ? どこかで傷をめてみなければならないと考えていた。 「まあ、 いわ。ここで当てすつ。ほうを繰り返しても仕方がない。 負っていて、それが原因で死んだのじゃないの ? 」 とにかく、シーザーに戻ってからのことよ」 ジンは、もう一度、そのときのヒロの様子を思い出そうとしてい シーアが、そう言いながら、べッドの上のレヴンの額に手を当て た。だが、傷を負っていたとは思えなかった。 た。その仕草は、驚くほどに女らしかった。ジンは乾いた唇を舌で 「いや、ただ、心臓が止まりかけていると言ったたけだ」 「それは、調べてみれば、わかることかもしれないわね。こんなに湿しながら思った。そうだ、何もかも、シーザーに着いてからの話 早く飛びたたなければ、もっとはっきりとした手がかりを得ることた。そしてここまで来れば、それはさほど遠くはない。 ができたかもしれないのに」 暗に、リ・フタイラーを非難しているように思えた。スペ 1 ス・シ ツ。フのかすかな震動が、身体に伝わってくる。ジンは、自分が思い のほか落ち着いていることに驚いていた。離陸のときですら、もう 何度も知っていることを復習しているかのようにさえ思えたのた。 山 5

9. SFマガジン 1978年12月号

うしながら二人とも眼は交さす、径のじゃりばかりをみ一一めてい トの上、数インチのとこ 灰のかけらは地面へと落ちつつ、カーベッ る。サラはパラソルを指でぐるぐると回したため、飾りふさが揺れ 6 ろに止まっていた。 てもつれた。もう二人は河辺の草地に来ていた。ほとんど彼らたけ 「何か用かい、あんた ? 」それはクロスワードの男たった。 ロイドは見苦しいほどあわててサングラスをかけ直した。この数といってもよい。もっとも、約二百ャード後方にはウ = アリングと シャーロット・ かついてきてはいるが 秒間、彼はこの男をみつめているように見えたに違いない 「申しわけない」こうした困惑が起った場合いつも頼っている弁解「・ほくたちは、お互いをあまりよく知ってはいないね、サラ ? 」 「どんな点から判断してそうおっしやるの ? 」彼女は答える前に少 が口をついて出た。「ちょっと会ったことがあるんしゃないかと思 し間をおいた。 「つまり : : たとえば、・ほくたちがこれまでちょっとでも親しく近 男は近眼のようにじろじろとロイドを眺めわたした。「これまで づけたのはこれが初めてたろう ? 」 あんたには会ったことはないな」 「それも企んで」サラは言った。 ロイドは気もそそろなふりをしてうなすき、ドアの方へと進んで いった。そこでまた、三人の凍りついた犠牲者たちをチラリと見「どういう意味だい ? 」 た。ビア・グラスを持ち、冷ややかにみつめている若い男、接吻す「あなたがウ = アリングさんと目くばせしているのを見たわ」 るためにかがみ込み、上半身がほとんど水平になっている男、若い トマスは顔が少しばかり赤らむのを感じたが、午後の陽ざしの輝 男を眺めながら、自分が注意を払われているのを楽しんでいる微笑きと暖かみのなかではこの赤面も気づかれないのではないかと期待 む女。静止しているタバコの煙。 した。河ではエイトが旋回し、またもや彼らを通り越していった。 ロイドはドアをあけ、日の光の中へと進み出た。 少しばかりして、サラが言った。 「トマス、あなたの質問を避け る気はないわ。いま、お互いをよく知っているかどうか考えてい るの」 一九〇三年六月 「母さんはぼくをきみの姉さんと結婚させたがっている」トマスは 「それで、きみはどう考える ? 」 言った。 「あまりよく知りあってはいないでしようね」 「知ってるわ。でも、シャーロットはそうしてほしくないみたい」 「また、きみと会えればなあ。今度は変な企みなどなしで」 「・ほくもなんだ。この事で、きみはどう思っているか尋ねてもいい 「シャーロットとわたしがママに話してみるわ。あなたのことは二 かい ? 」 人でもう何度も話しあったの、トマス。ママとはまだだけれど。姉 「わたしも同じ考えよ、トマス」 さんの気もちを傷つける心配はないのよ。あの人はあなたが好きた 彼らは互いに約三フィート離れて、ゆっくりと歩いていった。そけれど、まだ結婚する気にはなっていないから」

10. SFマガジン 1978年12月号

たしとべムのわけあっているような悠久の感覚、無限の宇宙空間とようだった。 びとつにとけあってゆくようなこの幸福な永遠をついにかいま見る「お行きなさい。あなたといて、楽しかったけれど、でもしよせん 5 ことさえもない、はかない生き物たち。 あなたはわたしの種族には理解されないものだしーーそれに、あの ・ : あのうるさくさわぎたてる人たちがあなたを見つけたりしない ( そうであればこそーーわたしはかれらのもとに帰らなくてはなら うちに。わたしはーーわたしなら大丈夫、きっとまた何億年もたっ かれらのはかなさ、有限さ、卑小さーーー彼女が人びとをいとしたあとに、あなたを見つけに戻ってくるわ。ほんとうよ、わたしの く、限りなくいとしく思っていたのはそれゆえにこそだった。宇宙べム」 がまばたきするほどの時間に生まれ、そして死んでゆくのだと思う ペムは、立ち去ろうとはしなかった。その稀薄な、異様なすがた と、すべての男たち、男の子たちとすごす気紛れな恋の晩が、彼女は、彼女をさがし求めて、ぶるぶるとふるえながらゆるやかにこち には、こいほどいとしいものに思えた。 らへ触手をさしのべてくるようだった。 「ね、ペムーーーあなたとはまた、いっかきっと会えるわ、どこか「べム、さよなら」 もういちど、彼女は言い、そして、まだ使いものになるのかどう べムの時間もまた、ひとびとのそれにくらべれば宇宙それ自体とか怪しみながら、宇宙服につけられている救助信号の発信器のボタ ンをおした。結局、時間はべムのなかでだけたゆたい、止まってい 同じほどに桁外れであることを彼女は知っていた。彼女は何年か、 たのだろうか、と彼女は考えた。彼女を , ーー不死の宙航士、ヨナ・ 何十年か、それとも何億円かのあいだ馴染んで、まるで自分自身の からだの一部のようにさえ思われる、ペムの体内から、ゆっくりとアンダースンをさがしにきたその船は、彼女が〈カルナ〉号と一緒 に消息をたってからまだそれほど時のたってはいないあかしであっ ぬけだすために、念波を動かしはじめた。 おずおずとした、いかにも不安げにひきとめようとする思いが彼たからた。 女をとりかこみ・ーーしかしすぐに、か・ほそく離れていった。いい子 ( べム、わたしあんたが好きだったわ ) ね、ペム、彼女は思った。べムはいつもやさしくて、そしておすお彼女はさいごに、ありったけの思いをそこにこめて、メッセージ ずとしていて、懐かしい。そうーー・ペムの《感情》はこれほど異質を送った。船は、救難信号に気づき、ゆっくりと向きをかえはじめ なのにもかかわらす、何かしらひどく甘い、やるせない思いを誘うていた。地球、と彼女は考えた。青く美しい、わたしの星。また、 おまえのもとに帰るのか。わたしを生み、わたしのような生命をつ のだ。なぜだろう、と彼女は思った。 くりだし、そしてどうしてもわたしを手放してはくれないおまえ。 「さよなら、べ 星がーーそして、冷たい宇宙が彼女の周囲にあった。べムは彼女 ( もしかしたらわたしには、あそこですべきことがまだ何か残って いるのかもしれない : がはなれていったあとの空洞を、何となく悲しげにまさぐっている