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検索対象: SFマガジン 1978年12月号
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1. SFマガジン 1978年12月号

した。そこから導き出した結論がーー」 「令子さんがもどってくる : : : か ? 」 「そうだ。ーー近年、人間の生活空間は、おそろしい勢いで拡大した。殆ど地上の全域と言っ てもいし 。昔に比べて、幽霊やざしきわらしが出なくなったのは、そのせいだ。 上の広さには限りがある。特に、この狭い日本では、すぐに限度一杯になるたろう。最近の人 口増加率の高さからすれば、必然的に、霊の増え具合にも加速度がつく。 わかったろう ~ 今の霊界は、まさしく″過飽和状態″さ : : : 」 空となっていた私のジョッキに、瀬尾は卓の下から取出した新しい瓶を傾け、泡立っ液体を 注ぎ入れた。先ほどとは違って、妙に慎重な手つきだったが、それをおかしいと感じる先に、 私は液体を喉に流し込んでいた。それほどまでに、私の喉は渇ききっていたのである。 「今朝、俺は、これは本物だと確信する一人の霊媒師と会見した。その人の話でも、今やあの 世には、霊が満ちあふれているということだ。あと数人分の霊がその中に加わったら、その時 幾ら飲んでも、私の喉は執拗に渇きを訴え続けていた。それどころか、何杯めかのジョッキ を空にした時、渇きは突然に焼けるような激痛と化したのだ。 悲鳴すら、すでに出せなくなっていた。私はジョッキを放り出し、両手で喉をかきむしつ た。何の効果もなかった。 助けを求める私の視線の先に、暗く淀んだ瀬尾の双眸があった。 「 : : : 彼は、その数を六人と踏んでいた。それたけ増えれば、つりあいが破れ、余剰分の霊は 元の人間に還元される。新たに加わえられた者を核として、この付近一帯に、何千人かの〃ざ しきわらし″が集団発生するんだ。 その中には、当然、令子も含まれているだろう」 もがきまわる私の姿が眼に入らないかのように、瀬尾は淡々と話を続けた。 「おまえが来た時、俺は電話をかけていたよな。あれは警察に今日一日の死亡者数を問合わせ ていたんた。その答えは五人。つまり、あと一人だ。ーー・・俺は、自分がその一人になるつもり で、薬を用意した。そこへおまえが来たんだ : : 。許してくれよな、牧村。俺は、・ とうしても

2. SFマガジン 1978年12月号

ールをスリップさせて止めた。そこには三人の男と、彼らの奇妙な ので、それは砂の中に乗り入れた木の帆柱といったようすだった。 サージナーは尊敬と恐怖の入り混しった複雜な感情に捉われた。荷物以外の何も見えなかった。すぐに彼らが乗り込んだ。サージナ 9 もしも理論が当たっているのなら、彼の見ているものは、人類が今ーはに着いたまま身をよじって、床の上に意識不明で倒れている まで盲滅法に銀河を飛び回って遭遇した中で最も恐るべき文明の一異星人を見つめる。暗視装置を着けていてさえも、すらりと垂れた つに違いなかった。時の河の流れを ~ 宇宙船が空間のイオンの潮をローブのすきまからのそく、青ざめた玉子形の顔をはっきり見わけ られた。 航海するごとく、自由に行き来する種族。 これは女だ、と彼は思った。それからどうしてそう思ったのかい 彼の本能のすべてが、このような存在には尊敬をもって近寄らね ばならぬと告けていた。しかしジャニは明らかに別の考えを持ってぶかった。 いる。彼は煙のように指の間をすり抜けてゆく存在に対しても力を「動かせ」ジャニが直ちにいった。「最高速度だー サージナーはエアクッションを働かせ、モジュールのもと来た道 行使する用意があった。もっともいざそれに直面してみると、そん な行為は想像し難かったがーーそのうえ、ジャニは知性ある男なのを前進させた。うねり、引きずるようなパワーの大波の中で、車は 北へ向かった。巨大な砂煙を立てながら速度を増した。 だ。サージナーは少佐がパラドル人は妊娠した女性だといったのを ジャニはため息をつき、自分の席でくつろいだ。「上出来だ。船 思い出し、眉をひそめた。 突然、一つの人影が動いた。灰色の経かたびらが渦巻く。三人のが見えるまでスビードを落とすなよ」 サージナーは異星人の匂いに気付いた。モジュールのキャビン 男が走り寄った。 男の一人がさっと手を動かし、フードをかぶった異星の人影はゆは、コンコード葡萄を思わす刺激性の麝香臭で満ちていた。 つくりと駆け出した。だがほんの数歩も行かぬ間に、それは倒れ「いくら速く走ってもムダだと思いませんか ? 」彼は説いた。 「それはどういう意味かね、デヴィッド ? 」ジャニの声は興奮と満 た。サージナーの目は暗視装置に適合しようといまだ努力を続けて いる。その恐ろしい瞬間、彼はパラドル人が殺されてしまったのた足でしわがれていた。 と思った。遅れてガス。ヒストルのシュッという音が聞こえてきた。 「もし。ハラドル人が本当に時間を飛べるのなら、彼らを驚かせてや 三人の兵士は、生気のない異星人をかついで、モジュールへと運ろうとか、裏をかいてやろうなんて考えても効果ありませんぜ。彼 ぶ。 らはほんの数時間さかの・ほって、出発する前にあんたを止めればい サージナーは車を彼らのそばへ泳がせた。その鼻を北に向けよ いんたから」 うと回転させる。 「彼らはそうしなかったんしゃないのかね ? 」 ・ : 」サージナ 一瞬、砂漠が点減する光で満ちた。経かたびらを着た何人もの人「ええーーでもそれはパラドックスを避けるために : 影が襲いかかって来るような。が、幻はすぐに消えた。彼はモジュ 1 がいいかけた時、床の上の異星人が低いうめき声をあげた。同時

3. SFマガジン 1978年12月号

ていたと言ってよく、まさに着古されているという感したったのる。監視員は舗道をびつこをひきながら三人へと近づいていき、届 いたかと思うと別に彼らに気づいた風もなく、たちまちその中を通 「空襲があると思いますか ? 」ロイドは言った。 り抜けてしまった。 「何とも言えませんね。ドイツ野郎はいまのところ港を爆撃してま ロイドはサングラスをはすした。三人の画像はあいまいとなり、 すが、もういつだって市街を焼きはじめかねませんから」 輪郭がに まやけていった。 二人は南東の空を見上げた。紺青の空高く白い飛行機雲がいくっ か渦巻いていたが、誰もが恐れているドイツ爆撃機の気配は他にな 一九〇三年六月 かった。 ウェアリングの将来の見込みはトマスのそれと比較してみた場合 「大丈夫です」ロイドは告げた。「ちょっと歩いてくるたけです。 そう目立つほどのものではなかったが、それでも世間一般の基準か もし空襲がはじまったら街並みからは離れてますよ」 らみればかなりのものであった。従って、キャリントン夫人 ( ロイ 「それならいいでしよう。もし誰かに外で会「たら、警報下にあるド家の財産の分配については、内輪の者を除いては誰よりも詳し ことを知らせてやって下さい」 い ) は、ウェアリングをも丁重に迎えた。 「そうします」 二人の青年は冷たいレモン・ティーを出されてから、花壇の縁ど 監視員は彼にうなすいてみせ、市街へとゆっくりと歩いていっ りについて二、三の意見を求められた。トマスはそれまでにこうし た。ロイドはサングラスをしばらく持ち上げて彼を見つめていた。 たキャリントン夫人流のちょっとしたお喋りに慣れていたので、簡 彼らの立「ていた地点から数ャード離れたところに凍結者の絵画単な返事で要領よく切り上げたが、ウ = アリングの方は相手を喜ば が一つあ「た。二人の男と一人の女。最初この絵画に気づいたとせようと立ちい「た返答をしてしま 0 た。その結果、娘たちが現わ き、ト「スは注意深くこの人々を調べてみた。そして、彼らの服装れたさいも、彼はまだ植え替えや植え付けについて物知り顔にしゃ から、この三人が凍結されたのは一九世紀中頃のいっかだろうと判べ「ている始末た 0 た。姉妹はフランス窓から現われ、芝生を横切 断した。絵画はこれまで見つけたうちでもいちばん古い。それはと って彼らに近づいてきた。 りもなおさす特別な関心を抱かせた。彼はそれまでに、絵画が腐食 一緒に並ぶと二人が姉妹なのは明瞭たった。とはいうものの、 する瞬間は前も「て判断できないということを知 0 ていた。幾つか「スのくい入るような眼差しには一方の美が他をたやすく圧倒して の絵画は何年ももっし、また別のものは一、二日しか持たない。少輝いているように思えた。シャーロットの表情の方がよりまじめ なくともこれが九十年間存在してきたという事実は、腐食というもで、そのふるまいもよりそっがない。サラの方が外見はつつまし のが実に気まぐれなことを指し示していた。 気が弱いように見えたものの ( トマスはそれがほんの見せかけ 5 三人の凍りついた人々は、監視員のすぐ前を歩行中に止まってい にすぎないことを知っていた ) 、 この青年たちを見て彼女が浮べた

4. SFマガジン 1978年12月号

だとしたら、それは、私の肉体的な死を意味するからです。あの少ところでその時、地図にあるとおりの道を母と歩いて行くと、途 年のゆうれいのおかげで死ぬはめになるなんて、冗談じゃない、と中に桜並木があり、その下の・ヘンチで男女が白昼堂々と接吻してい 8 私は思いました。 るのでした。母は性的なことに関してはロにするのもいやだったか ら、当然眉をしかめてそっぽをむいて通り過ぎようとしましたが、 いろいろ考えた末、結局私は叔父に相談しに行くことにしましなんとそれが叔父だったのです。 た。以前、大学に入学したばかりの頃、母と挨拶に行った、叔父の 「やあ、義姉さん」 ことを思い出したのです。この叔父は父のいちばん下の弟で、ひと と叔父は言って、これはおじようさんも、と私の方を見、アハ りで東京に住んで、ある大学の講師をしていました。親戚じゅうが ハと照れ笑いをしたのです。 寄りつかないのは、この叔父がひとりだけ離れて東京に住んでいる「裕二さん、その方はどなたですか , ( 私の親戚はみな四国に住んでいるのです ) という理由にもよりま母は私をかばうように私の前に立ってそう尋ねました。 すが、少しばかり変わっているからでもありました。叔父は三十六 「奥さんですよ、僕の」 で、大酒飲みなのです。 「よろしく」 桜が満開の頃、母は私をひとり東京の大学に出すにあたり、何か と女の人は言いました。小柄なその人は、濃いマニュキアをした 困ったことがあったら相談にのってくれるよう、この叔父に幀みに手を揃えて愛想よく頭を下げました。母は驚いて、 行ったのでした。母にしてみれば、そんな叔父にでも頼んでおきた「あなた結婚したのですか、いっ ? 」 いと思うほど心細かったのでしよう。 と尋ねました。 叔父の家は郊外で、畑のまん中にありました。ターミナル駅から「あ、そうそう、親戚連中に知らせるのを忘れてた、大変、大変」 およそ一時間ほど電車に乗り、母は父に書いてもらった地図を片手と叔父はそんなに大変そうではなく頭を掻いて、 に、必死の思いで叔父の家を捜したのです。母にしてみれば、こん 「この人は僕の義姉、そしてこちらはみち子さん」 な都会で、それも娘と二人で行ったこともない家を訪ねるなど、よ と私と母をその人に紹介しました。その時風が吹いて、桜がはら ほどの決心でなければできないことでした。もともと母は出不精はらとこぼれ落ちてきました。女の人はにつこり笑って叔父のうし で、買物はたいてい電話か、お手伝いさんに行ってもらうか、店のろに隠れるように立っています。母はその女の人の笑顔につられる ように、 人が何か持ってくるのをそのまま買うかで、自ら進んで店に行くこ 「よろしく : : : 」 ともほとんどありません。そんな母ですから、私はこの母の決心に 大変感激しました。それほど母は私を心配してくれているのでし と一応は言いました。そして、すぐに気をとり直して、 「このたびはご結婚おめでとうございます。こちらは娘のみち子

5. SFマガジン 1978年12月号

「行け、軍曹」ジャニが皮肉つぼくいう。「捕虜を尋間して、二、 し、でこぼこの、真白な歯をむき出した。突然サージナーは、この 男が切り紙細工の兵隊ではなく、生身の人間であることに気付い三百万年未来へ帰る方法を訊き出すんだ」 サ 1 ジナーは彼の方に向き直った。「われわれはパラドル人の言 た。三人の兵士はジャングルの暑苦しい静寂の中で互いに向き合っ ていた。この輝くような劇的場面を前にして、何か奇妙な、場違い語を全然知らないんじゃなかったのか ? 」 な感じがサージナーの注意を紛らわしていた。どこかに不調和があ「一言も知るもんか。実際彼らが言葉を使っているのかどうかすら たぶん彼らの発する、こういう間断なしに変化す る。何か妙に不適切なものが、この太古の全風景の中にある。それわからんのだ るシュッというような音がそうだと思うんだが : : : 」彼は話を中断 とも欠けているのか : ( ラドル人がシ = ウッと音を立てた。苦痛に満ちた動作でま 0 すする。異星の女が少しふらふらしながら立ち上がったのだ。彼女の ぐすわり直した。マッカーレインがそこへ行って、無作法に彼女の青白い肌が油でぬめっている。 頭から灰色の頭巾を剥ぎ取った。異星人の顔が容赦のない明るい光「あれを見ろ、彼女が振り返っている」と、ケルヴィン中尉が大声 で、モジュールがやって来た方向の、砕かれ根こそぎにされた植物 の中にむき出しになる。サージナーは妙なセンス・オプ・ワンダー を感じた。モジ、ールの暗がりの中でぼんやりと見た時には、そんの道を指さした。彼はその道に沿って子供つぼい熱心さで大またに なに美人でもないという印象だったが、とにかく人間の標準的な美けた。「少佐 ! この後ろに何かあります。トンネルか、そんな 意識とある程度通じ合うものがあった。だがこの激しい太陽の下でような物が」 は、そんな見せかけの類似は完全に消え去っている。不格好に盛り「まさか」サージナーは本能的にそういったものの、木の幹に歩み 上がった鼻。人間のものよりすいぶん小さな眼。彼女の黒い髪はと寄って、太陽から目をさえぎってみた。道の一番奥に黒い円形の領 ても粗末で、一本一本がエナメル線のようにきらめいていた。こう域があった。それは洞窟の人口のように見えた。だがそのあたりに いったすべての事から判断するとーーーサージナーは考えるーーこれ丘の肇面は見えなかった。 が女であるということに疑いの余地はない。最初一目見ただけでそ「調べて来ます」ケルヴィンの背の高い痩身が一行の間からはじけ れと知れるような、宇宙的に通用する女性というものの本質が存在出した。 するのたろうか ? たとえ相手が異星人であっても ? サージナー 「中尉 ! , ジャニが毅然としていった。マッカーレインとの要領を は自分自身をちょっとの間異星人と考えていたことに気付いて、不得ない小ぜり合いの後で、再び命令する権威を取り戻したかのよう 快になった。 につくろっていた。「皆といっしょに行くんだ」彼はまっすぐパラ ひどく哀れつぼい音がパラドル人の乾いた唇から漏れた。彼女は ドル人の方を見、それから道の方を指さした。彼女はすぐに理解を 頭を左右に巡らし、その干しプドウ色の瞳は四人の男と背後のジャ 示し、地球の女がするのと全く同じようにロー・フのスカートをつま 5 ングルを見つめていた。 み上げて歩き始めた。彼女の後にマッカーレインがライフルを持っ

6. SFマガジン 1978年12月号

を横切りつつ滑り降りてきて、いまやほんの五十フィ さに迫っていた。ロイドには、ドイツ人の飛行士がパラシュ ひもを引きながら、なんとか河岸へと方向を定めようとしているの 一九四〇年八月 最後の接地の瞬間まで爆撃機はほとんど音を立てすに落ちてきがよくわか 0 た。空気が白い幕から洩れ、彼は急速に降下した。 水際の若い凍結者は装置を水平に構え、器具にとりつけられてい エンジンは両方とも停止していたが、炎を吹いているのは片側 だけである。炎と煙は機体からもあふれ出し、空に真っ黒な尾をひる反射鏡の助けをかりて狙いをつけた。一瞬ののち、水中に墜落す るのを逃れようとするドイツ人の努力は、彼の思いもよらないよう 、た。機は河の曲り目のところで地面に激突し、大爆発が起った。 ト上空。着水の衝撃に膝 ラシュート の下でな方法でもって報われた。水面の十フィ その間、機体からとびだしたドイツ兵たちは、。 ( をまげて身構え、片腕をふりまわしながら、凍結された降下中のド 揺れながらリッチモンド・ヒルを横ぎって降ドしてきた。 ロイドは両手で目庇しをして、彼らが着地するたろう地点を見ィッ兵。 凍結者は装置をおろした。ロイドは空中に懸っているこの不運な た。一人はとびだすのが遅れてその分機体に長く運ばれ、こちらに 飛行士を見つめていた。 大分近い。ゆっくりと河に向って落ちてくる。 、。、ラシュートカ目 民間防空当局が明らかに待機していたと見え 一九三五年一月 に入るかなり前から警察のサイレンと出火警鐘の音が聞こえてい 夏の日盛りから冬の夜への変化は、トマス・ロイドが意識を回復 ロイドは、ちょっと離れたところで動くものがあったのでふり返したときに発見した変化の中でもいちばん軽いものであった。彼に った。彼についてきた凍結者が二人、別の二人と合流したのだ。そとって数秒でしかなかった間に、安定と平和と繁栄の世界から動的 のうちの一人は彼が。 ( ブで見た女たった。いちばん年下と思われるで荒々しい時勢に支配される世界へと運ばれていたのだから。ま た、その短い時の間に、彼は確かであった未来の生活の保証を失 凍結者がすでに装置をかまえ、河に向って照準を定めていたが、 、貧困者となりはてていた。そしてとりわけ傷ついたことは、サ 他の三人はその男に何事か告げていた。 ( 彼らの唇の動きや顔の表 ラに対するあふれんばかりの愛の想いがもはや達成されることもな 情は読みとれたが、いつものように言葉を聞くところまではいかな くなったことである。 かった ) 。若い男は連中の一人が制止する手を振りきって河岸を水 夜たけがそうした絵画からの救いであり、サラはじっと凍りつい 際まで歩いていった。 チモンド・。 ークの隅近くに降りてきた時間のなかにとどまっていた。 ドイツ兵の片方は、リッ 明け方少しまえに彼は意識をとり戻し、何が起ったかを理解する て、ヒルの頂上付近に建っている家の向うに落ちたらしく視界から チモンドの市街へとゆっくり歩いていった。まも 消えた。もう一人は突然のあおり風にもう少しの間漂ってから、河こともなく、リッ

7. SFマガジン 1978年12月号

『日本こてん古典』がはじまって、およそ五年にな なにしろ、作品分析とか書誌学的な研究といったもの るが、・フームといわれようが宇宙プ 1 ムといわれよに極端に弱く、また、その方面にはさほど興味をもって うが、こと日本古典のこととなると、ほとんどが・ほ いないのだ。 くの一方通行的紹介になってしまっていた。思わぬとこ ほくが、この連載を開始した時、・ほくは少なくとも・ほ ろで、思わぬ文章に出会うことができ、気分がいい く以上に、日本古典について情報をもち研究を進め ている人を三人知っていた。 とはいうものの、くりかえしになるが、こういう 文章だから、虫のいい話しではあるが、・ほくが「日本古典 に出会うのは、ほんとうにまれなこと。 は、すごいそ ! 」と騒ぎたてることにより、この分 そこで、なぜ、まれなのか考えてみた。結論はかんた野にもう少し陽の光があたって、本格的な研究をしてい んたった。この『こてん古典』をはじめ、その他の日本る人たちが、表たった活動をしてくれることを望んでい 古典に関する雑文を、・ほくがあまりあちらこちらに 書きすぎてしまったのがいけない。い つのまにやら、古 ところが、連載が数回続くと、そうはいかなくなっ 典ならョコジュンだという固定観念が編集者・出版た。予想した以上にたくさんの読者が、おもしろいとい 社側にできあがってしまったらしく、時を経るごとに、 ってくれたのは感激だったが、もう少し書誌的にとか、 古典に関係する文章を一手に引き受けるという現象研究の要素を強くとかいう意見も多かった。 ができあがってしまったのだ。反省している。 そこで、「やってみようか」と思ったのがまちがいだ ぼくは、連載の第一回目に、 このコラムの進めかた った。分析能力も評論能力もないくせに、中途半端に研 を、 究めいたものをやりはじめた。中途半端でも、それ以前 にこの分野の研究的なことをした人がほとんどいなかっ : 手あたり次第に気の向くまま、あまりかた苦し たから、読者からは喜ばれた。いつのまにカ 、、・ま ~ 、まキロ く考えないで作品紹介だけをやってみたいと思って典研究の第一人者ということになってしまった。 いる。とてもじゃな、 ・ほくには山人とか研売九 ・ : ほんとうは、これはちがう。古典紹介の第一 なんていうしろものは書けないと自覚したからた。 人者であるとは自負しているが、研究者などとはおこが ましいもいいところた。冷汗を流しながら続けているう と書いている。そのつもりで、はじめたのた。『ちに本格的な研究をしていた人たちが、ひとり、ふたり マガジン』創刊以前の、いわゆる古典という分野にと手を引いてしまった。 ある作品で、・ほくの波長に合うものを見つけては、語彙・ほくのいいかげんな文章がもてはやされるのが、腹た 不足の典型で、ただひたすら、「すごい、すごい」を連たしかったのだろう。加えて、期待していた後輩も、ほ 発するのが目的たった。 とんど育たなかった。有望そうな若い人たち C ほくだっ 24 :

8. SFマガジン 1978年12月号

微笑は、トマスにその瞬間から人生が永遠の夏に輝くような予感をやその雛を見せたりして遅れ、トマスとサラはゆっくりと歩きなが 与えるのに充分なものだった。 らもかなり前に進んだ。 二十分ばかり、四人の若い男女と一人の母親は庭をそぞろ歩い いまでは、彼らは市街からかなり離れており、河の両岸に草地が た。トマスは始めのうち例の計画を試してみたくてうずうすしてい大きく広がっていた。 たが、しばらくすると何とか自分を抑えることに成功した。キャリ ントン夫人もシャーロットもウェアリングの会話を楽しんでいるで 一九四〇年八月 ーなしか。これは予想もしていなかったポーナスだ。つまるとこ 。 ( プは道路から少し引っ込んだところにあり、その前には敷石が ろ、まだ午後いつばいの時間が前途に横たわっている。この数分だ並んでいた。戦争の前までここには金属製の円卓が五つばかり並ん って実にうまく使われているじゃないかー でいて、外で飲なことができるようになっていたのだが、この前の そうするうちに、ようやく彼らは社交上の儀礼から解放され、か冬の間にスクラップ用に取り除かれてしまったのである。このこと ねてから考えていた散策へと出発した。 と、ガラスの破片がとび散るのを防ぐため内務省の認めたやり方 娘たちは二人とも日傘を用意していた。白がシャーロットで、。ヒで、窓々に十文字型のテープが貼られていることを除けば、商売が ンクはサラ。河沿いの遊歩道までの草地を通っていくあいだ娘たち平常でないことを示すしるしは外にはどこにもない。 のドレスは丈の高い草に触れ心地よい軽い音をたてた。しかしシャ 中に入ると、ロイドはビールを一バイント注文し、テー・フルの一 ーロットは少しばかりスカートを持ち上げ、草で綿がひどく汚れつにそれを置いた。 るとこ・ほした。 飲物をってから、 ーの他の客を見まわしてみる。 河に近づくにつれ、他の人々の声が聞こえてきた。子供たちの叫彼と給仕女を除けば四人の人々がいた。男が二人、半分からにな び、市街からきた父娘の笑い声、コックスの指揮のもと一致して水った黒ビールのグラスを前において、むつつりとすわりこんで 面を叩く , イトの音。やがて河沿いの径に出たので二人の青年は娘る。別な男が一人、ドアのそばのテー・フルにすわっている。彼は新 たちが踏みこし段をこえるのを助けた。二十ャードほど離れたとこ 聞をテー。フルの上にのせて、クロスワードをじっとみつめていた。 ろでは雜種の犬が水からとび出して、さも気持よさそうに体を震わ 壁の一つにもたれて立っている四人目は、凍結者だった。こいっ よ せている。 ロイドは気づいたのたがーー女だった。彼女は他の男の凍結 径は彼らが並んで歩くほどには広くなく、そこでトマスとサラが者たちのようにさえない灰色のオー ーオールを着て、凍結装置の 前に立った。彼は一度ウェアリングの視線をとらえることに成功し一つを持っている。これはあえて言うならばモダンなポータ・フル・ たが、従兄弟の方はかすかなうなすきを返してきた。 カメラのような形をしており、首から下ったひものようなものにぶ 数分後、ウ = アリングはシャーロットにあしの草むらを泳ぐ白鳥ら下っていた。もっとも、大きさはカメラよりはすっと大きくて、 6

9. SFマガジン 1978年12月号

ぞかせている少年は実に無邪気でした。それに彼は美少年であるこ本で、私にはそれが独逸語とわかるたけで、読むことはできませ とを、私は認めないわけこま、 冫。しかなくなりました。アル ' ハイトの家ん。 そのうち叔父が帰ってきました。 庭教師を終えて疲れて部屋に帰りつき、少年の笑顔に出会うと私は なぜかほっとしているのです。ああいけない、おちこみそうた、と「やあ、これは久しぶりですね。みち子さん、ご両親は元気です 私は思うのです。少年に引きすられ、少年の住む世界へどこまでもか」 おちていきそうな気がするのでした。 と大声で言うのですが、眼鏡の奥の眼は潤んでいて顔は赤く、大 ちらほらと花をつけた桜並木の向うは、野菜畑とれんげ畑が続いきな驅がわずかに揺れていました。奥さんがすぐに出てきて、叔父 ています。。ヒクニックにでも来たのだったら、どんなに充実した楽の様子を見るとまたひっこんで、コツ。フに水を入れて持ってきまし こ。 しい時間が過ごせたことでしようか。そんなことをあれこれ考えな がら歩くと、いつのまにか叔父の家に着きました。 . し」し 「お客さまには果物をむいてあげなさい。・ほくにはアレだよ、 シンとした玄関で声をかけると、女の人が出てきました。母と以ね」 前に来た時も奥さんがいましたが、その人とは違って背の高い痩せ と叔父は水を一息に飲み終えると、肩で息をしながら言いまし た人でした。私は、はっとしました。まぎれもなく彼女はゆうれいた。 だったのです。私はあの少年と住んでいるので直感でわかるので「よく来ましたね。親戚連中にはもう見放されていると思ってまし す。私はくらくらとなり、今はゆうれいが流行っているのかしら、 たが、みち子がこうして訪ねてくれるとは、ありがたいなあ、 と思いました。しかし、すぐに冷静さを取り戻して、 「姪のみち子ですが、叔父さんはいますか」 叔父は笑ってワイシャツの前ボタンをはずし、ふーっと酒くさい と言いました。 息を吐きます。 「ただいまは留守ですが、どうそ、おあがり下さい」と言って私を「失礼、すぐ近くの友人の家にちょっと行っていましてね、春だと いうので酒盛りになったわけですよ : : : 」 書斎に案内してくれました。前は畳の部屋であったのが、絨毯が敷 かれ、ソフアが置いてあり、洋間に変わっています。さっきの女の「叔父さん、さっきの方は奥さんなのね」 こりや、すよ、 人はどこかに電話をかけているようでしたが、やがてお茶を持って「アッハッ、、 し ( オし、前のヤッとちがうんでびつくりし きてくれ、「主人はもう少しすれば帰りますから」と言うので、私 たでしよう、おーい」 はこの人が叔父の新しい奥さんであることを知りました。 と言うと、女の人は、りんごとウイスキーを盆にのせて部屋に入 何となくおちつかなくて、奥さんが出て行ってしまうと、私は書 ってきました。叔父は私に新しい奥さんを紹介し、私はその人が、 棚にぎっしり並んだ本を眺めていました。そのほとんどは独逸語の陽子という名前であることを知ったのです。奥さんがまた向うへ行 田 6

10. SFマガジン 1978年12月号

「反乱だ ! 」 そうた、とジンは答えた。考えてみれば、それは矛盾した返事な 人々の叫び声の中から、そんな言葉が聞き取れた。 のだが、男はそれに気付かなかった。 「反乱 ? 」 「反乱だ。空港の監視者たちが、反乱を起こしたらしい。そのすぐ 不意に耳元で、声がした。レヴンがしゃべったのた。ジンは自分先で、まだ戦闘がーーー」 が彼をかついでいたのを忘れていたことに気付いた。歩みをゆるめ そのとき、前方の群衆の中で、何かが爆発し、何人もの人間の身 る。 体が宙に舞った。爆風が叩きつけてくる。ジンは、レヴンを抱えた まま、路上に転がった。ジンの身体の下になったレヴンが、くぐも 「たしかに、そんな風に聴こえた。何が起きているんた ? 」 レヴンの問いに、 った悲鳴をあげる。ジンの背にも、誰かの身体が落ちてくる。ジン ジンはやはりわからないと答えるよりなかっ はその身体をはねのけて、身を起こした。 やがて、彼らの前に、人の壁が出現した。先へ進もうという人間 先程まで、群衆がひしめきあっていたあたりには、立っている者 と、向うから逃げてきた人間たちが、道一杯にぶつかり合い、押しはいなかった。かわりに苦痛の声をもらす者たちが、転がってい 合っているのた。その向こうでは、街が燃えていた。熱い。レーザる。空港の監視者 ? ヒロはどうした ? ジンの心はすぐさま、友 ・ガンの空気を引き裂く音が聴こえてくる。ジンが一歩、進もう人のことを思い出していた。ヒロが反乱に加担しているとは、 としたとき、前方の群衆の奥から、悲鳴があがった。それも一人や底、考えられなかった。だが、彼が今夜も歩哨に立っと言っていた 二人の声ではない。何十人という声だ。次の瞬間、群衆の壁は崩ことが、心に浮かんだ。無事であってくれれば良いが。ジンは思 れ、一斉にジンの方に戻ってきた。前にいた人間たちが、撃たれた のた。 そこから、空港までは、もうすぐの筈であった。たが、この先で ジンは、レヴンを肩から降ろすと、壁側に身を寄せて、戻ってく戦闘が行なわれているとすれば、そう簡単には通り抜けることはで る人々をやりすごそうとした。ます、負傷者が何人かにかつがれてきないだろう。考えようによっては、この反乱騒ぎは、ジンたちに 通り過ぎていった。どうやら、武器を持っている人間は、前方で応とって好都合であるかもしれない。少なくとも、空港の警戒体勢 戦しているらしい。人々の動きは、思いのほか秩序だっている。 は、混乱しているにちがいないからだ。問題は、先へ進めるか、ど ジンは、戻ってきた男の一人をつかまえて尋ねた。 「何が起きているんた ? 」 ジンは、レヴンを抱えあげた。まるで力を失っている。頭が、背 男は血走った眼をジンに向けたが、ぐったりとしてジンに抱えら中の方に折れる。その唇に薄く血がにじんでいる。ジンは、あわて れているレヴンを見ると、表情を柔げた。 てレヴンの口元に顔を寄せる。ひどく弱々しい息づかいだ。今の転 「やられたのか ? 」 伊のショッ。、 クて意識を失ってしまったらしい。まずい。急がねば 9