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1. SFマガジン 1978年12月号

次に、府南隠士の名で次の二篇。 いま、手元に届いた「話の特集」を見ていたら、毎月 怪奇小説新クレオ。ハトラ 楽しみに読んでいる松岡正剛さんの『月の遊譜学』に、 怪奇小説続新クレオパトラ その羽化仙史や押川春浪の名前がでてきて、とてもうれ 、刀ュ / そして、もうひとつが、乾坤独歩で、次の六篇。これ ぼくが感激した仙史の『月世界探険』中の、セ には、「世界統一冒険譚」のシリーズタイトルがついて ドの美女二十一人が電気羽衣で月世界に飛んでいく場 面に、松岡さんも感激されているようだ。なにしろ、仙 冒険小説青年英雄団 史の本は現在は入手しにくく、ほとんど、これを読んで 冒険小説世界発展倶楽部 いる人がないため、いくら、・ほくが「あの場面はすばら 冒険小説怪中の怪 しい」といでも、反応の返ってくることがなく、ひと 冒険小説キウリアス・アイランド り悶々としていたから、こういう文章にぶつかると、も 冒険小説怪宝窟 うたまらなくうれしくなってしまう。 冒険小説賊巣探検 北海散士 ( 井口元一郎 ) の『夢幻現象政界之破裂』 もでてくる。ただし、松岡さんはこの作品を″まさしく 以上のうち、七篇はすでに羽化仙史作としてタイトルヴェルヌ譚の東洋的焼き直し″と書いておられるが、こ だけは紹介してあったから、新たな発見作品は五篇。加れはちょっとちがう。物語は、主人公がヴェルヌの『月 えて、羽化仙史名で、 世界旅行』を読んでいる場面からはじまるが、内容は純 然たる政治小説で、ヴェルヌの小説の焼き直しとはいえ 怪談小説未知の敵 冒険小説幻島探検 ついでだから、もうひとっ書いてしまうと、松岡さん は、押川春浪を月世界譚を書いた作家の筆頭のようにい の二篇があることがわかった。したがって、第三十七われているが、実際は春浪は月世界ものはほとんど書い 回で紹介した二十九篇。フラス、第四十九回の十四篇。フラていない。 ・ほくの知るかぎり、第二十九回に紹介した ス、今回の五篇で、その作品総数は四十八篇。このぶん『月世界競争探検』というショート・ショ ートが一作あ では、未発見のものを含めると六、七十篇になるのではるきりだ。 なかろうか ? 今後、どんなことがわかってくるのか、 しかし、そんなことは別にして、ともかく、 ;-æ雑発 いよいよ、この人の調べはおもしろくなってきた。情報以外のところに関係者ではない人が、日本の古典 をお待ちしている。 のことを書いてくれているというのがうれしい。この

2. SFマガジン 1978年12月号

うしながら二人とも眼は交さす、径のじゃりばかりをみ一一めてい トの上、数インチのとこ 灰のかけらは地面へと落ちつつ、カーベッ る。サラはパラソルを指でぐるぐると回したため、飾りふさが揺れ 6 ろに止まっていた。 てもつれた。もう二人は河辺の草地に来ていた。ほとんど彼らたけ 「何か用かい、あんた ? 」それはクロスワードの男たった。 ロイドは見苦しいほどあわててサングラスをかけ直した。この数といってもよい。もっとも、約二百ャード後方にはウ = アリングと シャーロット・ かついてきてはいるが 秒間、彼はこの男をみつめているように見えたに違いない 「申しわけない」こうした困惑が起った場合いつも頼っている弁解「・ほくたちは、お互いをあまりよく知ってはいないね、サラ ? 」 「どんな点から判断してそうおっしやるの ? 」彼女は答える前に少 が口をついて出た。「ちょっと会ったことがあるんしゃないかと思 し間をおいた。 「つまり : : たとえば、・ほくたちがこれまでちょっとでも親しく近 男は近眼のようにじろじろとロイドを眺めわたした。「これまで づけたのはこれが初めてたろう ? 」 あんたには会ったことはないな」 「それも企んで」サラは言った。 ロイドは気もそそろなふりをしてうなすき、ドアの方へと進んで いった。そこでまた、三人の凍りついた犠牲者たちをチラリと見「どういう意味だい ? 」 た。ビア・グラスを持ち、冷ややかにみつめている若い男、接吻す「あなたがウ = アリングさんと目くばせしているのを見たわ」 るためにかがみ込み、上半身がほとんど水平になっている男、若い トマスは顔が少しばかり赤らむのを感じたが、午後の陽ざしの輝 男を眺めながら、自分が注意を払われているのを楽しんでいる微笑きと暖かみのなかではこの赤面も気づかれないのではないかと期待 む女。静止しているタバコの煙。 した。河ではエイトが旋回し、またもや彼らを通り越していった。 ロイドはドアをあけ、日の光の中へと進み出た。 少しばかりして、サラが言った。 「トマス、あなたの質問を避け る気はないわ。いま、お互いをよく知っているかどうか考えてい るの」 一九〇三年六月 「母さんはぼくをきみの姉さんと結婚させたがっている」トマスは 「それで、きみはどう考える ? 」 言った。 「あまりよく知りあってはいないでしようね」 「知ってるわ。でも、シャーロットはそうしてほしくないみたい」 「また、きみと会えればなあ。今度は変な企みなどなしで」 「・ほくもなんだ。この事で、きみはどう思っているか尋ねてもいい 「シャーロットとわたしがママに話してみるわ。あなたのことは二 かい ? 」 人でもう何度も話しあったの、トマス。ママとはまだだけれど。姉 「わたしも同じ考えよ、トマス」 さんの気もちを傷つける心配はないのよ。あの人はあなたが好きた 彼らは互いに約三フィート離れて、ゆっくりと歩いていった。そけれど、まだ結婚する気にはなっていないから」

3. SFマガジン 1978年12月号

れていた。 感の稀薄なものであり、光の中を影のように動きながら理解不能な 装置でもって瞬間々々を盗みとって行く。凍りつき、切り離され、 一九四〇年八月 非実体化したそれらの絵画は、永遠の沈黙の中で未来の世代に見ら れることたけを待っているのた。 上空では飛行機の音がしていた。 そしてすべてを取り囲んでいるのは、戦争にとり憑かれたこの 彼の時代ではまだ未知のものではあったが、トマス・ロイドはも うこの飛行機という代物には慣れてしまっていた。戦前には民間機騒しい現在であった。 トマス・ロイドは過去にも現在にも属さず、自らを両方の産物、 があったことは知っていたが、まだ見たことはなく、眼にしたもの は軍用機だけたった。そしてその時代の人々と同じく、上空に黒い未来の犠牲者と考えていた。 姿を見ることや、敵の爆撃機の妙な ' フンブンいう音や響きを聞くこ やがて、市街地の上空からエンジンの唸りと爆発音が聞えてき とはもうおなじみだった。毎日イギリスの南東部では空中戦が行な た。ロイドの意識に現在が侵入してくる。イギリス空軍の戦闘機が われていたのだ。時には、爆撃機が戦闘機をかわすこともあるし、南方へと傾きながら飛びさり、ドイツの爆撃機が炎を上げながら墜 そうでないときもある。 ちていった。数秒後には二人の男が機から脱出し、パラシュート ; 彼は空をちらっと見た。パ・フにいる間に、さい・せん見た飛行機雲開いた。 は消えてしまっていた。ずっと北方にもっと新しく白いパターンが かわりに現われている。 一九三五年一月 ロイドは河の ミドルセックス側を歩いていった。まっすぐ向う岸夢から目醒めるときのように、トマスは召還と認識の一瞬を味わ ったが、すぐにそれは消えた。 を眺めてみると、市街が彼の時代からどれだけ発展してきたかがよ くわかった。河のサリー側では、かって家々を隠していた木々がほ彼の前には手をさし出しているサラがいた。強められた色彩がギ とんどなくなってしまっており、その替りに商店やオフィスが並んラギラ輝いて眼にとび込んでくる。彼は凍りついた夏の日の静けさ でいる。こちら側にしても、河から少し離れて建ち並んでいた家々を眺めているのだ。 と、見るまにそれは溶け去った。彼はサラの名を叫んでみたが、 がずっと河岸近くにまで迫ってきていた。見渡す限り、彼の時代か らそのままで残っているのは木造のポート小屋だけであり、それも動作も返事も返ってはこない。じっと佇んだまま、彼女の周囲の明 ひどくべンキの塗装がハゲてしまっていた。 るみは急に暗さを増していった。 彼は、過去・現在・未来の焦点にいた。ポート小屋と河だけが、 トマスは前方にとびついた。が、空しく地面に倒れたとき、四肢 彼と同じくはっきりと限定されているのだ。未来の未知の時点からに圧倒的な無力感が襲ってきた。 現われる凍結者たちは、普通の人間にとってまるで夢のように存在夜だった。テームズ河のそばの草地には、雪が厚くつもってい

4. SFマガジン 1978年12月号

そして気がつくと彼女は白い清潔な、螢光灯に照らされた安全なせん。ここには、いつも空のどこかにある、あなたのいる星へむか 世界でねかされていたのだ。 っていくむなしいあこがれのほかには何にもない。白い人たち、白 3 、べッド、ぼくのへやのべッド あの猛獣は、ツトムの他人への攻撃欲が具象化したものだ、とル の頭の上に、あなたの送ってくれた 力は考えた。それは長いたてがみがあり、巨大な緑色の牙をむきだ新緑の森の写真をはりつけました。あれは信州でしよう。前にふた して、襲いかかってきた。 りで行ったときのことを考えます。そういっているあいだに、救急 ットムの精神形成の過程を知らなくてはならない 、とそのとき彼船が患者を運んでくる。流星雨にぶつかり、大破した宇宙船が曳航 女は思ったのだった。これはウイルスのしわざなのだから、そんなされてくる。手足をもぎとられた人、見知らぬウイルスにおかされ ことをしてもムダなことた、という戸村にさからって、彼女はテー た人、そして長い孤独な宇宙航行で、『宇宙病』にかかったべテラ タをあつめた。 ン・ロケットマン。・ほくはあわてて白衣をきてとびだすのです。白 「ツトムは、孤独な若者だった、ということよ」 い廊下を走って、白いライトに照らされて白い手術室へ : : : 」 「もう、 三日後に彼女は意気揚々として報告した。 しいよ」 「あまりレクリエーション・エリアに出てくることもなく、いつも戸村は不機嫌になっていた。荒々しく、読みつづけようとする彼 】トメントで手紙を書いていたのですって。でも、そんなに女をさえぎった。 手紙を出していたようでもない、と郵便部がいうから、さてはと思 「それで ? 」 って、コンパートメントを調べてみたの。そしたら、ほら ? 案の 「この手紙を彼は出さなかったでしよう。ーー病院衛星の勤務は、 定あったわ。こんなに : ットムのフィアンセには、遠すぎたの。彼女は別の男、地球で知り 彼女は戸村に、手紙の東をさし示した。 あった別の男と結婚してしまった。それでもットムはひとりで彼女 「ひとっふたっ、読んでみたのよ。みんな、恋人に、会いたい、帰にーー現実の彼女でなく、彼を裏切りなどしなかった恋人にむけて ここはさびしい、という手紙」 毎晩手紙を書いたのよ」 彼女はひとつをひろげて読みあげた。 「逃避主義たよ ! 」 「あなたは、強いから、そういうけれど、トムラ」 「どうしていますか。いま、二十四標準時、ま夜中です。いま第三 勤務が明けたところです。地球ではふるような星空の下で、みんな トの世界をみたのでしよう、と彼女はきいた。 安らかに眠っているのでしよう。ここには夜中がない。ここには夜「どうだった ? 何か、思いあたるふしはない ? 」 も、朝も、日付さえもほんとうはありはしないのです。窓の外はい 「あるわけがないよー つもまっくらなエーテルの海、そして廊下に出ればいつでもそこに 戸村博士は怒ったようにいった。 は白、白、白一色の金属の世界た。ここには、あこがれしかありま「実に荒涼とした何もない精神たった。はじめから、こんなことで

5. SFマガジン 1978年12月号

た。彼女が着ているのは奇妙なうす青色のさらさら音のするドレス つばい並べたような山猫の爪のことを、彼女に話したかった。しか で、肌の色は褐色たった。どんぐりのような褐色だが、ここ何週間し、この相手は彼の心の中をすでに見透しているような気がした。 も太陽が見えなかったのを考えれば、どこでそんなふうに日焼けしつぎに戻ってきたとき、彼女は湯気の立っ平鍋をかかえており、そ たかは神のみそ知る、だ。彼女に見つめられてレイフはたじろい れを・ヘッドわきの椅子の上にのせた。それから彼女は歌ともハミン 彼の体の奥深いどこかで、なにかがもだえ、悲鳴を上げようとグともっかぬものをやめて、彼に話しかけた。だが、その言葉はな した。琥珀色の肌をして、奇妙な夏のドレスを着た女が、こんな荒んの意味もなさなかった。岩の上に降りかかる水のように、言葉が ールド・ワン・ス 野にいるべきでないことを、彼はさとった。彼女が古族たちのひと音を立て、しぶきを上げるだけである。古族たちの言葉だと思っ ヒースすだま なかば信じられた存在、荒野の精霊、もし母教会の話が真実て、彼はまたもや怖くなった。しかし、それは彼の耳の錯覚だった なら、人間の魂をさらう者のひとりであることを、彼は知ってい にちがいない。やがて音節の連なりはひとりでにギルドの使う近代 た。彼の唇は「妖精」という言葉を形づくろうとしたが、むりだっ英語に変わってきた。それは爽やかで勢いよく、意味でない意味に た。血まみれの唇は、ほとんど動かなかったのだ。 満ちみち、彼の疲れきった心では把握できないほど奥深いものをほ 彼の視力はまた衰えはじめた。軽やかに、体を揺らしながら、歩のめかしていた。その声は、彼を森の中で待ちうけ、とっぜん樹上 みよってくる彼女は、頭の・ほうっとした彼には、ちらちらまたたく から彼に襲いかかった〈運命〉のことを話した。「ノルンたちは運 炎のように思えた。一吹きで消えるかもしれない異様な炎。しか命の糸を紡ぐ、人の運命も山猫のそれも」と、声は歌った。「大き し、彼女の手の感触には、どこにも幻めいたところはなかった。彼な世界の樹、イグドラジルの下で姉妹の女神は働く。一人は糸を紡 女の手はしつかりしていて力強かった。その手は彼のロについた血ぎ、一人は長さを定め、一人はその端を切る : : : 」そしてそのあい を拭きとり、ほてった顔をさすってくれた。こころよい冷たさは彼だも、彼女の手は休みなく彼をいたわり、慰めつづけた。 女が去ってもまだ残っており、濡れた布切れを額にのせてくれたの この娘は気が狂っているか、なにかに憑かれているのだと、レイ だと気がついた。彼はもう一度呼びかけようとした。彼女はふりかフはさと 0 た。彼女が話しているのは大昔の事柄、母教会によ 0 て えってニッコリほほえんだ、いや、ほほえんだように、彼には思え 追放され、永久に闇と寒さの中へ押しやられた事柄たった。非常な た。そして、彼は彼女が歌をうたっているのに気づいた。それには 努力で彼は片手を持ち上げ、彼女の目の前で十字を切ってみた。し 歌詞がなかった。音が、金色の音が、彼女の咽喉でひとりでに作ら かし、彼女はその手首をつかむと、くすくす笑いながら彼の手を下 れていく。ちょうど紡ぎ車が眠たげな幼児の耳にプーンと囁きかけに押しゃ 0 て、ずたずたにな「た掌を優しく洗い清め、指の恨もと る歌のように。歌詞はつねにその色彩の表面から湧きあがるようで から血を拭きとりはじめた。つぎに、彼が腰に締めているべルトを いて、決して現われてこない。彼はしゃべりたくてたまらなくな 0 ゆるめると、ズボンをゆっくりと押しひろげていった。革を切りと た。山猫のこと、それに対する彼の恐怖、そしてガラスの破片をい り、こびりついたところを湯で濡らして、股ぐらや太股の深い傷口 226

6. SFマガジン 1978年12月号

なってしまったのた。どんなミスを繰り返したかは、ご てまだ若いけど、もっと若い人たち ) は、ロをそろえ そんじの通り。もう少し時間があれば、解決のつくミス て、「この分野は、横田さんにはとうてい追いつけない ばかりで恥かしい。 から」といった。 どうも、ぐちつ。ほくなってきていけない。結論をいっ このことばを聞く時ほど、辛かったことはない。決し てかっこいいことをいおうとしているのでもなんでもなてしまおう。そんなわけで、『日本こてん古典』 、辛かった。・ほくが、あまり騒ぎすぎたために、本格は、今回でひとます区切りをつけさせていただき、しば つつみとってしまらく休載する。まだまだ紹介したい古典は山ほどあ 的な研究者になるべき人の芽を、いく 。これ以上連 るのたが、どうにも時間の都合がっかない ったことか , その分野が発展していくためには、競いあいが必要な載したのでは、ますます内容がないものになってしまう ことはいうまでもない いろいろな角度からのものの見し、ミスもでてくることになりそうだから、いったん休 方がほどよくコントロールされて、はじめてひとつの見止する。 解ができるのた。それを望んでいたにもかかわらす、逆しかし、まったくやめてしまうつもりはない。なんた かんたといいながらも、ここまで続けてきた以上、 効果を生む結果になってしまったのは、遺憾というほか かげんな終りかたはしたくないし、どうしても、本格的 第一人者などと呼ばれるようになったため、『こてんな若い研究者の出現を見るまではやめる気になれない。 五年前、一介のファンだった・ほくが、今日、まが 古典』やその他の雑文は、多くの人々に孫引きされるま りなりにも界で名前を知られるようになったのは、 でにいたった。これに困った。長い連載のあいだには、 極力それはしないつもりではいたが、どうしても、あてひとえに『こてん古典』の読者のご支援のたまもの以外 すつ。ほうでものをいってしまったり、強引なこしつけをになにもない。 このまま、うやむやに終ったのでは、その読者諸兄姉 してしまうこともいく度かあった。それが、そのまま、 孫引きされているーーーそれももともとはぼくの発言であに、なにひとっ恩返しできないことになってしまう。ま だ、穴の開いている未紹介の部分を埋め、次の研究者を ることが明記されずに孫引きされているような時は、ほ : 、・ほくの読者諸兄姉にできる唯一の恩返し 発掘するのカ んとうに恥かしい思いをした。 小さな分野ではあるが、・ほくの書くことはそのまま歴た。 今後、おそらく不定期にはなってしまうと思うが、必 史になってしまうのは、あまりにもおそろしい。 でき得るかぎり正確をきさなくてはいけないのは、あす『日本こてん古典』は続ける。六十回という切り たり前のことだが、連載五十回を越えるころから、これのいい数字で、この休載宣言をしなかったのも、必す、 が苦しくなった。小説の注文が多くなったことや、その後を続ける意志があることを表明するためた。 最終回ではないから、いままで連載を続けるにあたっ 他諸々の条件が重なって、調べることをする時間がなく ー 55 ー

7. SFマガジン 1978年12月号

なかった。そして、レイフのほうも、そのことは黙っていた。 ろがった。どのギルドも門戸は狭い。レイフを仕立屋の道に入らせ 隠れた時間で、レイフは腕木の三十あまりの基本的位置と、いちるにも、彼の父親は多額の金を払わなければならないのた。それが ばんよく使われる連続符号をおぼえた。そのあとは、シルべリー・ 信号手ときては : : これまでビグランド家の者が信号手になったた ヒルの近くに寝そべり、信号を見ながらその番号を復唱すればよかめしはなく、またこれからもないだろう。いや、しかし : : : 家族の った。ただ、その信号がなにを意味しているかは、またなにもわか地位はそれで上がる ! 緑衣を着る息子が出たということで、村の らなかった。一度、グレイ軍曹が、マールバラ・ダウンズから送らみんながわれわれを見直すたろう。ばかばかしい れてきた通信で、彼に観測係をやらせてくれたことがあった。すば みんなの議論が出つくすまで、レイフは唇をみ、頬を紅潮させ らしい半時間だった。レイフは体をこわばらせて立ち、汗びっしょて、静かに待った。こうなるたろうことを彼は知っていたし、自分 りの手に双眼鏡を握りしめて、できるたけ大きなはっきりした声がどんな態度をとるべきかをも心得ていたのた。彼の冷静さが、家 で、背後にいる信号手たちのために符号を読み上げた。小屋のもう族を落ちつかなくさせた。家族は話しやめ、見せかけの真剣さで、 一方の端では、軍曹がこっそり彼の報告を確認していたが、レイフ どうやってその野心を達成するつもりかと間うた。第二の爆弾宣言 は一つの間違いもおかさなかった。 の時期たった。「ギルドの一般入学試験に申込むのさ」彼はもうそ 十歳になるまでに、レイフはこの階級の子供が受けられる正規教らで覚えているセリフを口にした。「シルべリー信号所のグレイ軍 育を、せんぶ卒業した。なんの職業につくかという大問題が、そこで曹が相談に乗ってくれるよ」 起きた。家族が会議のために一室に集まったーー父、母、それに年新しい沈黙の中で、当惑した父親の咳払いが聞こえた。ビグラン 上の息子三人である。レイフはなんの感銘も受けなかった。家族がド氏は年とった羊のように、眼鏡の奥で目をしょぼっかせ、うすい 彼のためにどんな運命を選んたかを、もう何週も前から知っていた ロひげを噛んた。 「はて」と、彼はいった。「はて、どうしたもの のである。彼は、村に四人いる仕立屋のひとりのところへ、弟子入かな : いやはや : : : 」しかし、すでにレイフは、父親の瞳に目も りすることになっていた。布地の俵でできた壁のうしろへ隠者のよくらむ特権の見通しに対する希望の光が宿ったのを、見てとってい うにあぐらをかき、蝋燭の明りをたよりに縫針を動かして生涯を送た。息子が緑衣を着たあかっきには : 家族の気が変わらないうちに、レイフは正式の手紙を書き、自分 ってきた、小柄な猫背の老人たった。レイフは、その一件で自分に 相談がかかるという期待を、ほとんどしていなかった。しかし、形でそれをシルべリー信号所へ届けた。丁重な文面で、グレイ軍曹 式どおり、彼も会議の席に呼ばれ、なにをしたいかとたすねられに、お手数ながらビグランド家へご来駕の上、息子のロンディニア た。いまこそ爆弾宣言のときだ。「もう、なりたいものは決めてあム信号学校志望の件につきご意見を賜わりたいと、依頼した手紙た るよ」レイフはきつばりといった。「信号手」 一瞬、驚愕の沈黙がおりた。それから笑い声が上がり、それがひ軍曹は約東を守ってくれた。彼は男やもめで、子供がいなかっ 幻 4

8. SFマガジン 1978年12月号

彼女はもう一回、もっとさかの・ほってこころみた。そして、いくんなことでも起こるところじゃないの ! 」 ぶん、びつくりした大声をあげた。 返事はない。あなたには、ことばがないのかしら、彼女は思っ ( あなた、というのが、わからないのね、あなたは ! ) た。見たものを言いあらわす概念がない生物が、どうして意識を保 さっきから、たしかに意識の中核へとどいているはずのメッセー っていられるのかーー理解を絶した生き物なのだ、という気があら ジが、いっこうに届いたようでもなく、といってはね返ってくるで ためてしてくる。 もないことに、やっと彼女は気づいたのだ。 ( 何千年も生きてきて、宇宙のまんなかで、こんな生き物にあうな ( これは、意識があるのに、 《自己》《他人》という概念をもってんてね ) いないらしい ) こんなことが、もうこれ以上はないと思った変転の相のはての、 どこからが《自分》であり、どこからが《他の存在》である、と冷たい宇宙のただなかで待ちうけていたとは、と彼女は思った。 いう境界が、それの意識には、ほとんど感しられないのだった。 しかしまた同時に、これもまたいっかこうなるということを、ず 「まあ・ーーームリもないわね」 っとまえ、ほとんど生を享けるより前からさえ、自分は知っていた 彼女は少し落胆しながら、声に出して言った。 のだ、という気も、彼女をとらえているのだった。 「だって、あなたはこんなに大きいんだから。それに、これがあな ( まあいったい、どうして、これは何もない空間を、機関もなしに たのものを見るやりかただとすれば、あなたは何かを見るために移動したり、意識をもったりできるのかしら ) は、それを全部自分のなかにとりこんでしまわなければならないこ彼女は考えた。それの放射してくるほのかないぶかしさの波動 とになるんですものね」 と、彼女の思いとが、ぶつかりあい、そっとまさぐりあった。彼女 それから、おかしくなって、彼女はくすくす笑った。 は首をふった。ジェリー状のそれをすかして見えている、無数の星 「まあ、わたし、あなたのなかから、あなたに話しかけているの星のように、宇宙には、彼女でさえ知りえないーーー彼女の生きてき よ。サナダ虫に話しかけられた人間は、さそかしびつくりするでした途方もない年月でさえもはかりえないことばかりがあまりに多か うねーー・まあ、べム、なんておかしな経験なんでしよう ! 」 ったのだ。 それはぶるぶるとほのかなふるえを伝えて来た。それが怒ってい るのか、とまどっているのか、それも彼女にはわからなかった。 「ねえ、べム」 「あなたが何かを考えるのをみてみたいものたわね、べム」 だが、彼女は、自分の新しい奇怪な道連れにも、それほど長いこ 彼女は言った。 とはとまどってはいなかった。 「それともあなたと同種族のもう一人と、あなたが恋を語るところ というよりも、彼女にとっては、それでさえも、同胞の人間たち かなにかをね。まあ、それにしても、宇宙はなんておかしな どと同じ程度にしか異質ではありえなかった、ということなのかもし

9. SFマガジン 1978年12月号

「おい、牧村。ーーー、・おまえ、ざしきわらしって知ってるか ? 」 唐突に瀬尾が言った。 「ざしきぼっことも呼ぶ。主として東北地方に伝わる子供の姿をした妖怪で、宮沢賢治の童話 が有名だ。 たとえば、部屋の中で十人の子供が一緒に遊んでいたとすると、いつのまにか 十一人に増えている。ところが、誰が新しく加わったものか、まるでわからないんた。皆、初 その増え めからいた顔ばかりなんだが、それでも数えてみると、確かに一人増えている。 た一人を、ざしきわらしと言うのさ」 私は、どう答えていいのかわからす、仕方なしに、手に持ったジョッキをノロノロと自分の 口に運んだ。 作家の瀬尾は、私の同窓生で、十年来の親友なのだが、つい一週間前に愛妻の令子さん を病気で失くしている。それを聞いた私は、何とか元気づけてやろうと、こうして酒瓶持参で 深夜に押しかけてきたのだが、当障りのない世間話から始まって、思い出話に移行した時、突 然に出てきたのが、″ざしきわらし″とかいう、わけのわからないしろものたった。 全体、亡くなった奥さんと、東北の妖怪とやらが、どんな関係にあるというのか、私にはまる で見当がっかなかったのだ。 まさか ? 私は、急に不安にかられ、頭の中で病院の電話番号を探し始めた。 「俺の気が変になったと思ってるな ? 」 瀬尾のロもとに、苦い笑いが浮かんだ。 、や、そんな、まさか : : : 」 内心を見透され、うろたえた私は、あわてて舌をもつれさせた。 そんな私を真正面から見据えていた瀬尾は、急にそのいかつい御面相を崩すと、白い歯を見 せ、大きな掌で私の肩をドンと突いた。次いで、私のジョッキに音をたててビールを注ぐ 「駄目な奴たな。相も変らず、おまえはウソが空っ下手た。もう少しうまくならんと、女の相 手はっとまらねえそ。だから、いつまでたってもチョンガーなんだ」 ー 07

10. SFマガジン 1978年12月号

しかし、今日は現在が荒々しく侵人していた。破裂した爆撃機はしそうになった。 その機体の部分を草地に散らしていた。残骸からたち昇る黒煙は油結局彼は待っことに決めた。サラは凍りついた時間の繭の中で安 7 臭い雲を河面の上に拡げ、そのわきではくすぶっている草が白い煙全であり、彼女とともに居たいあまり窒息するようなことは得策で をつぎつぎと漂わせている。地面の大部分はすでに炎によって焦が はない。数分のうちには、火は燃えっきてしまうだろう。 され黒すんでしまっていた。 彼は燃えている地域の際にまで後退した。ハンカチを河ですす サラは煙の中でどこかに見失われてしまい彼には見ることができぎ、すわって待つ。 よ、つこ 0 凍結者たちは残骸を非常に興味があるといった態度で調べてお トマスは立ちどまり、ポケットからハンカチをとりたした。水際 一見したところ炎と煙の中を、大爆発の中心点にまでわけ入っ にしやがみこんでそれをひたし、し・ほってから鼻と口に持っていって調査しているようたった。 トマスの右手の方すっと離れたところで鐘の音がひびき、しばら 後方をチラリと見ると、いまでは凍結者が八人になっているのが くすると草地の遠くの端を通っている狭い道に消防車の停まるのが わかった。彼らはロイドに何の注意も払わず、彼が煙を防ぐ手だて見えた。消防士が数人降り立ち、草地を見渡して残骸に目をとめ をしている間も、それには無頓着にどんどん進んでくる。そして燃た。これを見て、トマスの心は沈んだ。というのは、つぎに何が起 えている草のあいだを通りぬけ、残骸の中心部へと向っていった。 こるかわかっていたからである。彼はときどき撃墜されたドイツの 凍結者のひとりはすでに装置にある種の調整をほどこしていた。 飛行機の写真を新聞で見たことがある。それらは、破片が検査のた ここ数分ほどそよ風がわき起って、地面に低くたれこめていた煙めにとりさられてしまうまでは、いつも軍の監視下におかれてい を炎からどんどん奪っていった。これによって、トマスはサラの姿た。もしこうなるのなら、数日間サラに近づくことはできなくなる が煙の上方に現われたのを知った。彼は , 女の方へと急いだ。燃えだろう。 ている飛行機の近いことで気が気ではなかったからだ。たとえ、炎しかし、いまならまだ彼の方にも彼女と一緒にいるチャンスがあ や爆発や煙などが彼女には危害を及ぼすことができないと知ってさるようだった。消防士たちが何をしゃべっているのかは遠すぎて聞 きとれなかったが、どうも火を消すための動きはないように見え 彼の足はくすぶる草の上を激しく踏みながら進んでいった。何度た。まだ機体から煙は出ていたが、炎はおさまり、煙の大部分も草 から出ているのだ。付近に家並みはなく、風も河の方へと吹いてい も、変化しやすい風向きのせいで煙が頭の周囲で渦巻いたりした。 眼に涙がたまり、湿った ( ンカチは草の煙に対して部分的なフィルるので、火が燃え拡がる心配はほとんどない。 ターにはなったものの、飛行機からの油しみた臭いが彼の方に突風彼は再度立ち上り、サラの方へとすばやく歩いていった。 のように吹いてくると、その苦い蒸気にさすがに息がつまってもど たちまち、彼は彼女のそばに達した。彼女が前に立っている。夏