いたせいもあってか、まだ街中を通る乗物はいくらかあったもの 一九四〇年八月 戦争が続いていた。たが、トマス・ジ = イムズ・ロイドにとつの、歩行者の大半は商店やオフィスのまに合わせの避難所へと逃れ 6 て、それは大した問題ではなかった。戦争は不都合なものだ。それていたのだ。 ロイドはそれらを後にして、再び過去の中を歩いて行った。 は自由を制限する。しかし、概していえば、彼の心を占めるさまざ まな気懸りのうちではいちばん取るにたらぬものだ。不運にも彼は彼はがっしりとした背の高い男で、年をとっているわりには若く この荒々しい時代へと舞い込んだわけだが、べつにそうした激動期見える。他人からは二十五歳くらい見られることも何度かあった が、おとなしく無ロな男であるロイドはそうした誤りをあえて直し を望んでいたわけではない。彼はそうした時代からは離れており、 たりせず放っておいた。暗い眼鏡のかげの眼は、また青年らしい希 時代の陰になっていた。 彼はいまテームズ河にかかるリッチモンドの橋の上にいた。手を望の輝きを宿してはいるが、眼尻の小さなしわや、全体的に肌の色 欄干にかけ、河にそって南方をみつめる。陽光が水面で反射してまつやが悪いことなどは、もっと年をくっていることを示していた。 だが、こうしたことも真実への手がかりを与えてくれるというわけ ぶしく、彼は。ホケットの金属ケ 1 スからサングラスをとり出してか ではない。 一年に生まれ、いまでは六十歳 トマス・ロイドは一八八 けた。 夜だけが、あの凍りついた時の絵画からの救いとなる。暗い眼鏡近くになっていたのである。 彼はチョッキのポケットから時計をとりだした。十二時を少しば のガラスは、その救いに近かった。 かりすぎている。彼は向きを変えてアイルワース・ロードにある。ハ いっしゅん、心を煩わされずにこの橋の上に最後に立ってから、 そう時間が経過していないように思われたが、少し計算すればそう・フの方へと歩いたが、その時河のそばの径に男がひとりで立ってい ではないことがわかった。あの日の記憶は鮮明だった。凍りついたるのを見つけた。過去と未来から侵入してくる夾雑物を少しはとり 時の瞬間そのものであり、いささかも減してはいない。従兄弟とこ除いてくれるサングラスをつけていても、ロイドにはそれが凍結者 こで、市街の方からきた四人の若い男たちがパントを扱いながら上と秘かに呼んでいる存在であることがわかった。若い男で、どちら かといえば太っており、はやばやと頭は禿げかけている。彼はロイ 流へと進んでいくのを眺めていたことを思いだす。 トを見つめていたらしい。というのは、ロイドが見おろしたいと ソチモンドそのものはあの時から変りはしたが、この河辺の眺 望は彼の覚えているものとほとんど同じたった。河岸にそってビルき、その若い男はわざとらしく眼をそらしたからである。ロイドは ッチモンド・ヒルの下の河辺の草地はそのままいまでは凍結者たちを全然恐れてはいなかったけれども、いつもあ が建ち並んだが、リ たりをうろついている彼らの存在は心を焦だたせずにはおれないも ・こし、トウ ッカナムへと向う河の曲り目あたりで遊歩道がなくな のだった。 るところもいっしょたっこ。 しばらくの間、市街は静かだった。数分前に空襲警報がなりひび遠く・ ( ーンズの方角で、またべつの空襲サイレンが物憂げに警告
( わたしはヨナ・アンダースン、宇宙の不死者 ) り、宇宙のなかにあって、わたしはそれらに侵されない。それらは ここにこうしていれば、自分が宇宙よりも長生きなのかどうかー ただそこにあるだけで、わたしはここにある。だのに、わたしは、 こうして、宇宙よ、とささやいて手をさしのべ、それと一体にとけーというその最後の疑問にも答えを見つけることができる。 あっている思いをさえ持っことができるのだ。わたしは、一体何者 ( 地球よ、わたしが見える ? わたし、ここにいるのよ ) なのだろう。私は、何なのだろう ) 少し、眠ろうーー彼女は思った。いつまでたっても動くことのな い星々にとりかこまれていることに、微かな疲れを感じはじめてい その答えは、おのづから彼女のくちびるにの・ほってくる。 ( わたしはヨナ・アンダースン、この宇宙のなりゆきを見守るためた。 彼女は目をとじて、瞼の裏にひろがる暗闇のなかへとけこんでい に生まれてきた《その人》 ( わたしはただひとりのヨナ・アンダースンなのだ ) わたしを愛し、わたしにくちびるをよせたとき、と彼女は思っ それは、たぶん、何億年に一回起こるかどうか、という確率の出 た。君たちは、自分が抱きしめている腕のなかの宇宙空間が見えた 来ごとたったはすだ。 かしら、男の子たちょ。 わたしの目の向こうにひろがっている幾億の星々が見えたのかし何かが、やわらかく、彼女をとりまいていた。やわらかな、おず 日おずとした、遠慮がちな、好奇心の触手。それが、彼女をさぐり、 ら。わたしのからだの中の、虚無と真空へとつながってゆく空門 その輪郭をたしかめ、そしてそっとよりそってこようとしているの ・ - 」っこ 0 ( わたしはいつもとてもあなたたちが好きだった ) 夢をみているーーーそう、彼女は夢のなかで思っていた。でも、な わたしはいま、何歳なのだろうーーー三千歳 ? 一億歳 ? それと ももっと ? ・ んと奇妙な夢なのだろう。冷たい宇宙空間で見る夢、だからたろう ここにこうして星々に見つめられ星々を見つめ返しているままもか。 う何年ぐらいたってしまったのだろう。「カルナ」号が流星雨にま ( ョナ・アンダ 1 スン、人類最初の恒星間飛行から帰還 ) きこまれ、わたしにぶつかってくる時と空間とは嵐になってわたし ( 生存者はヨナ・アンダースンひとり ) ( 宇宙の縁をこえた超女性 ) を打ち、そしてすべてが突然永遠の中でとぎれた。 人びとのさんざめき、どよめきーーー彼女はうっとりと夢のなかで ( これですべてよくなってゆくのかしら ) いっかここへたどり ほほえんだ。人びとはいつも彼女をほほえましくさせた。それは神 この何もないところへきてしまうことさえ、 つくことがわたしには心のどこかでわかっていたのではなかった神の座にあるものも死すべき運命にあるものたちをいとしむよう に。人びとに悩まされたり、怪しまれたり、拒まれたりしながら か、と彼女は思った。 ふち 4 4
スをたもっために、ゆ「くりと振っている。背後には血痕が点々とい酒があごを伝わ「て、胸から腹へとこぼれた。いくぶんかは咽喉 細くつづいた。どの雫も雪の上にルリ ( コペのようなしぶきを散らをくだり、つかのま彼の意識をよびさました。少年は咳込み、嘔吐 し、じよじょに薄れて広がり、。ヒンク色のしみになったあと、氷のにおそわれた。ようやく立ち直ると、さっき捨ててきた短剣の代り 結品に変わるのだった。血痕と足跡はじぐざぐの線を描いて、雑木を見つけた。壁ぎわにある木の櫃に、毛布とシーツがはいってい 林にまで届いていた。彼の行く手では、風がひゅうひゅうと荒地をる。少年はシーツを一枚ひつばり出し、それを太股の包帯にしよう 駆けめぐっている。雪は彼の顔を鞭打ち、うっすらと胴着にくつつと、こんどはもっと幅広くひき裂きはじめた。革の止血帯はもうい じる気にもなれなかった。白い布にたちまち血が滲みはじめた。点 ゆっくりと、限りない苦痛に虐けられて、動く斑点は林から遠ざ点としたしみが細長くなり、くつつきあって、ぬめぬめ光りはじめ かっていった。樹々はその斑点の背後に高くそびえ立ち、薄れゆく た。シーツの残りを彼は折り畳んで、股ぐらに押しあてた。 日ざしのもたらす錯覚か、後退するにつれてその丈を増してゆくよ 吐き気がまた襲ってきた。げえげえ吐いた拍子に少年は、、 ( ランス うだった。風が少年を凍えさせるにつれ、苦痛はわずかずつ去ってを失い、床にばったり倒れた。彼の目の高さの真上に、寝床が避難 いった。少年は頭をもたげ、行く手の信号塔と、その下の丸太小屋所のようにぼんやり大きく見えた。あそこにたどりつけさえした を認めた。信号塔は、やや盛り上がった土地の上に建てられてい ら、このむかっきがおさまるまでじっと寝ていられたら : た。彼の肉体は登りの勾配を感じとり、・せいぜいという呼吸で反応は無我夢中で部屋を横切り、べッド の縁に体を添わせると、そのま した。足どりはいっそう遅くなった。いまや少年は、ふたたびかすま中へ転がりこんだ。黒い波が盛り上がり、海のように深く彼をの 、な嗚咽、意味のない動物的な音をもらしていた。下あごに唾液がみこんだ。 糸を引いて、白く光 0 た。彼が丸太小屋にたどりついたとき、雑木少年は長いあいだそこに横たわ「ていた。やがて、残された意志 林はまだ背後に見えていた。空を背景にした灰色た 0 た。少年は嗚の断片がよみがえった。不承不承に、少年は目やにでふさが 0 た瞼 咽をこらえて厚板のドアによりかかり、 かすかに板の木目を見てとをこじあけた。もう日が暮れかけている。薄闇の中で、遠い窓が輪 った。片手が掛け金をはすす下げ紐をさぐり、それをひつばった。 郭の・ほやけた灰色の長方形に見える。その手前に、信号機の木製ハ ドアが開き、彼は前のめりに中へ倒れこんで膝をついた。 ンドルがふわふわと泳ぎ、つるつるに磨きぬかれた表面がきらりと 外の雪明りに慣れた目には、室内は暗か 0 た。少年は板張りの床日ざしをはねかえしている。少年は自分の愚かさに気づきながら、 の上を四つん這いで進んだ。戸棚があ「た。その中をやみくもにかそれを見つめた。やがて、寝床から這い出ようとした。背中にく 0 きまわし、グラスや茶碗を横にどけ、それらが下に落ちてこなごなついた毛布が、それを妨げた。もう一度起き上がろうとして、少年 になる音をお・ほろげに聞いた。求めるものが見つかると、歯でコル は寒さに身ぶるいした。スト 1 プは消えたままだ。小屋のドアは半 0 クの栓をくわえて瓶から抜きとり、壁にもたれて飲もうとした。強開きで、白い結品が板張りの床の上〈扇形に吹きこんでいる。外で
ちだった、というデータを、唐突にルカは思い出していた。 悲鳴をあげて、彼女はとびのこうとした。だが、その足はそのま ( ここには、棲むひとがいないのかしら ) そま止まり、彼女は、風でふたつにわかれた草むらの向こう、緑色の だとしたら、あんまり悲しい、悲しすぎる、と彼女は思い して、ふと、はじめから彼女をつついていた奇妙ないぶかしさの正池のほとりの、。ほっかりと明るくなった空間を、息をのんで見つめ 体に気づいた。 真裸の生まれて一年かそこらしかたっていないような男の赤ん坊 ( 太陽がなくなっている ) が、そこに座って、まるいかわいらしい目で彼女を見つめていたの いつも、黙りこくって彼女を見おろし、監視していた、中空にか かった巨大な、眼球の太陽が、今度の訪問のときは、はじめから、 「ツトム ! 」 どこにもなかったのだ。 彼女は大声をあげて、走りよろうとした。赤ん坊はこわがりもせ ( な。せだろう ) それが何を意味するのか、彼女は判断に迷い、帰ってリーに訊ねすに彼女を見つめ、ふつくりとふくらんだ小さな両手を彼女のほう へさしだした。 てみようか、と考えた。 そして、赤ん坊は、嬉しくてたまらぬときどんな赤ん坊でもやる そのとき、草叢が動いた。 . イ コ オカ ム ソ ュ ジ プ付 O 入ジ ・・ウエルズの傑作を豪華スタッフにより ドクイシ 土 しま、イキリスてアメリカて ここに立日木レ」。、 2 定 式 0 ・サウンド・スペクタクル / 超話題のスーパー 一ドテ 日 8 入ナ チビャ豪 平》迫力の「音楽小説」の登場てす目を閉れば、 リテジ他セ / 釜 ( 」そこはウエルズの世界。 演楽圓ⅱ 叩英英 2 ☆・・・ 出音 イマジネーションのサウンド・トラベルへ、いざ。 : : ノイマ豸 ・■ ■■ ■■ 7 3
レティナが放心したようにくりかえした。レティナが泣けるのだ はとりかえるためにその切れはしを・ヘルトにはさんだ。砂船がひっ ったら、いまこのときだけ、涙を流しはせぬだろうか、とかれは思くりかえり、下に投げ出されたとき、折れた支柱が彼の脇腹から、 ミンドラには、よぶんな水分はない レティナはただ、・ほん反対側の背中までななめにつきぬけた。 やりして砂の波を見やっているだけだった。 自分のからだの中にこれほど多量の血があったとは、と、彼はふ 「本当にお前には見えなかったのか ? 」 き出す赤い液体を見やりながらひとごとのように田 5 った。怪我ひと 彼はきいた。レティナはうなすいた。 つなかったレティナが皆を呼びにかけ出そうとするのを、彼はひき 「幻たったのかなーーー」 とめた。 彼は言い 「おい イヤだぜ : : : おれを、《砂に帰》したりしては : : : 」 「さあ、風が出てきた。ドームに入って、晩飯にしようぜ」 ご。ほご。ほと彼の話すたびに血がふき出る。レティナはそれをまる 放っておけばいつまででもそうしていそうなレティナをうながし い目で見つめた。 た。先に立ってドームに入ろうとした彼は、ふと、奇妙な気まぐれ「冗談ぬきた : : 砂になるのなんかまっぴらたからな なやさしさにかられて言った。 ・ : 必す、テラナーの空のーー船が来るまでおれは : : : おれは帰るん 「きようも、お前は、パタなのか ? 合成食にもさすがに飽きてき だからーー」 たな・・・・ーーきようま、。、 / タに付合ってやってもいいそ」 その晩、彼は死んだ。 レティナは黙ってうなすく。暮れかけた砂の海に、風がびようび定時連絡は、レティナがとどこおりなくすませた。次の連絡まで ようと鳴っていた。そのなだらかな起伏のどこにも、もう《走るもは、ヴァルナ時間にして数十日もある。レティナは、スペテ順調、 の》の影などありはしなかった。 というメッセージを、いつものように観測結果にそえて、送り出す だけでよかった。 それから、三日ほどして、彼が砂船でレティナの村へ出かけた帰 ッシマを、どうしよう、とレティナの村の長老たちは相談した り途たったーーーその事故が起こったのは。 が、レティナはそれにかまわす、さっさと葬式の用意にかかった。 ミンドラならば、考えられないような事故だった。砂船はしよっ死体を、さためられた乾燥場において、特別念入りにかわかす。 ちゅうひっくり返る。投げ出されても下はやわらかな砂地た。、 地球人は、いつまでたっても、ミンドラのようにかるく乾いて来 ドラは怪我ひとっせずに起き直る。 なかった。ヴァルナには、腐敗をすすめる細菌がいないのだ。 彼は、ベルトに、観測用のアンテナの支柱を、その折れた半分を地球人が、いつまでたっても帰る準備をしない、 と村のものがこ さしこんでいた。アンテナは、村とドームの中間にある。帰り道っそり言い出しはじめたころ、レティナは、砂船をひとっ用意し で、それがこのあいだの嵐で折れているのを見つけ、なにげなく彼て、そしてひとりで乾かない地球人を砂船に連びこんた。 6 2
全身が汗に濡れはじめた頃、ジンは遠くで爆発音を聞いたような人々のわめき声は、ますます大きくなってきた。やがて、空港の 気がした。しかもそれは空港の方角から聞こえたようだ。続けてま方角の空が、・ほんやりと明るくなった。道を歩く男も女も、それに た二つ。ジンたちは、ウォルムスのメイン・ストリートに平行して気付き、茫然として見つめている。夜明けにはまた早すぎる。何か いる裏道を、抜けようとしていた。ジンは、そこで足を止めた。どが起きている。それはジンの心に不安をかきたてた。また光が走 0 ジンは思った。ヴァスゲンの照明弾だ。あの強烈 た。間違いない。 こか奇妙な雰囲気が、闇を満たしているように思えた。 システム・ターミナルが襲われたことが、もうわか 0 てしま 0 たに光輝き、赤の混「た不気味な色を、見まちがうわけはない。 ジンたちは、夜間演習には、必すその照明弾を使ったものだ。そ のカ ? ジンは耳をすます。どうやら人々のわめき声らしいものも 聞こえる。それは祭りのざわめきとは、異なっていた。まるで悲鳴してその光を発する時間の短さを呪ったものだ。その一瞬の間に、 全体の状況を把握しなければならない。導士たちは、その照明弾の 突然、闇を光が切り裂いた。それはすぐに消えたが、ジンの目を発光時間の短いことの有利さを力説していた。だが、目つぶしには くらませるには十分だった。ジンはよろめき、建物の壁に手をつ有効だろうが、事実、偏光グラスをはすしているとひどい目に会 う、照明弾としては、役に立たないのではないかとさえ、ジンたち く。その横を誰かが駆け抜けていった。レヴンが呻き声をあげた。 は考えたものた。それを開発したのはヴァスゲンの人間であり、そ どこかが壁にぶつかったらしい れを使いこなしているのもヴァスゲンの人間たけたと聞かされて 「どうしたんだ ? どこだ、ここは ? 」 目をし・はたたかせながら、ジも、なるほどと思えただけだった。もっとも、それたからこそ、な まだ完全には正気に戻っていない。 おさら導士たちが、それを使用することに固執したのかもしれない ンが答える。 「もうすぐ空港に着く」 ジンは、ほとんど走るようにして歩いた。誰が、何のためにヴァ そのときだった。もう一度、閃光があたりを照らし出した。それ スゲンの照明弾を使っているのか、それを知らねばならない。 は空港の方角から昇ってきた。 空はますます明るく、赤くなってくる。燃えているのだ。きな臭 「何だ、今の光は ? 」 い匂いが、強く感じられる。人々のわめき声が、建物の間でこだま 今度は、かなりしつかりした声だった。 「おれにもわからない。だが、おれたちのやったことが、見つかっしていく。そのあたりまでくると、空にたちの・ほる炎と煙がはっき りと見えた。ジンたちを追い越して、多くの人々が、その方に向か たというわけでもなさそうだ」 って走っていく。彼らの背後には、長い影がついていく。 しかし、ジンには、今の閃光と似たものをどこかで見たことがあ るように思えた。いや、たしかに知っている。まさか、ロの中で呟街そのものが、暗いオレンジ色に染まってしまったようだ。爆発 3 き、ジンは、歩きはじめた。急ぎ足になっている。 音と悲鳴がそのオレンジ色を一層、暗いものに変える。
ていたと言ってよく、まさに着古されているという感したったのる。監視員は舗道をびつこをひきながら三人へと近づいていき、届 いたかと思うと別に彼らに気づいた風もなく、たちまちその中を通 「空襲があると思いますか ? 」ロイドは言った。 り抜けてしまった。 「何とも言えませんね。ドイツ野郎はいまのところ港を爆撃してま ロイドはサングラスをはすした。三人の画像はあいまいとなり、 すが、もういつだって市街を焼きはじめかねませんから」 輪郭がに まやけていった。 二人は南東の空を見上げた。紺青の空高く白い飛行機雲がいくっ か渦巻いていたが、誰もが恐れているドイツ爆撃機の気配は他にな 一九〇三年六月 かった。 ウェアリングの将来の見込みはトマスのそれと比較してみた場合 「大丈夫です」ロイドは告げた。「ちょっと歩いてくるたけです。 そう目立つほどのものではなかったが、それでも世間一般の基準か もし空襲がはじまったら街並みからは離れてますよ」 らみればかなりのものであった。従って、キャリントン夫人 ( ロイ 「それならいいでしよう。もし誰かに外で会「たら、警報下にあるド家の財産の分配については、内輪の者を除いては誰よりも詳し ことを知らせてやって下さい」 い ) は、ウェアリングをも丁重に迎えた。 「そうします」 二人の青年は冷たいレモン・ティーを出されてから、花壇の縁ど 監視員は彼にうなすいてみせ、市街へとゆっくりと歩いていっ りについて二、三の意見を求められた。トマスはそれまでにこうし た。ロイドはサングラスをしばらく持ち上げて彼を見つめていた。 たキャリントン夫人流のちょっとしたお喋りに慣れていたので、簡 彼らの立「ていた地点から数ャード離れたところに凍結者の絵画単な返事で要領よく切り上げたが、ウ = アリングの方は相手を喜ば が一つあ「た。二人の男と一人の女。最初この絵画に気づいたとせようと立ちい「た返答をしてしま 0 た。その結果、娘たちが現わ き、ト「スは注意深くこの人々を調べてみた。そして、彼らの服装れたさいも、彼はまだ植え替えや植え付けについて物知り顔にしゃ から、この三人が凍結されたのは一九世紀中頃のいっかだろうと判べ「ている始末た 0 た。姉妹はフランス窓から現われ、芝生を横切 断した。絵画はこれまで見つけたうちでもいちばん古い。それはと って彼らに近づいてきた。 りもなおさす特別な関心を抱かせた。彼はそれまでに、絵画が腐食 一緒に並ぶと二人が姉妹なのは明瞭たった。とはいうものの、 する瞬間は前も「て判断できないということを知 0 ていた。幾つか「スのくい入るような眼差しには一方の美が他をたやすく圧倒して の絵画は何年ももっし、また別のものは一、二日しか持たない。少輝いているように思えた。シャーロットの表情の方がよりまじめ なくともこれが九十年間存在してきたという事実は、腐食というもで、そのふるまいもよりそっがない。サラの方が外見はつつまし のが実に気まぐれなことを指し示していた。 気が弱いように見えたものの ( トマスはそれがほんの見せかけ 5 三人の凍りついた人々は、監視員のすぐ前を歩行中に止まってい にすぎないことを知っていた ) 、 この青年たちを見て彼女が浮べた
って標準戦闘装備をさまになるよういじくっている、浅黒い、黒い ケルヴィンという名前だがーー軍曹と全然話そうともしない。軍曹 ロ髭の将校に目をやった。彼の後に、ビンク色の顔でそれを弁護すのジャニへの受け応えも平板でそっけなかった。サージナーはマッ るように青い眼の中尉と、ライフルを手にした、がっしりした体格カーレインについて耳にした汚いゴシップの数々を思い出そうとし の軍曹がいた。 たが、頭の中にあるのはもつばら現在の探険に関することばかりだ 「皆が乗り込むまで、動かすわけにはいきません」サージナーはやった。 んわりと指摘した。ある意味でそれは、運転手扱いされることに対〈霊幽〉の最初の報告が、キャ。フテン・イソッ。フー、・、、サラファンド する彼の嫌悪感を表わしていた。彼は中尉と軍曹が後ろの補助席にの中央コンビュータをモジュールの搭乗員たちはそう呼んでいるー ーの所へ送られて来た時、コン。ヒュータ・デッキで作製中のパラド 着き、少佐が前の空席に座るまで、じっと待っていた。軍曹は、サ ルの測量図がチェックされ、幽霊が目撃されたのと同じ場所で三十 ジナーの記憶によるとマッカーレインという名前だったが、ライ フルを下に置こうとせず、膝の上で揺らせていた。 万年前に基盤岩に手が加えられていたという証拠が見つかったので 「これがわれわれの行先た , と、ジャニが、サージナーに一枚の紙ある。この段階でーー地図作製サービスには無人惑星以外扱うこと 切れを手渡した。そこに格子座標が書かれている。「ここからの直が許されていなかったからーーーイソッ。フは測量モジュールを回収 セクダー C 線距離は、およそ : : : 」 し、タキョン通信を宙域司令部に送っていた。その結果、宙域を遊 「五五〇キロ」と、サージナーがすばやく暗算して口をはさんた。弋中だった巡洋艦アドミラル・カーベンターが二日後に到着し、管 ジャニはその黒い眉毛を上げて、サージナーをまじましと見つめ理を引き受けたのである。 た。「きみは : : : ディヴ・サージナーだね ? 」 陸戦隊の司令官、ニーツェル大佐によってイソッ。フに発せられた 「そうです」 最初の命令は、。、 ノラドルに関するすべての情報を極秘扱いとし、民 「やあ、それじゃあディヴ」ジャニの顔にわざとらしい徴笑が広が 間人に渡らぬようにせよというものだった。これは本来サラファン った。この怒りつぼい民間人に俺がユーモアを解する人間だってこ トの乗員をこの事件から完全に締め出すはすのものたったが、二つ とを教えてやらねばならんな。そして格子座標を指さした。「ここの船の間には人間的な接触があったから、サージナーもそのうわさ まで船時間で八〇〇時までに行けるかい ? 」 を耳にしていたのだった。話によると、アドミラル・カーベンター サ 1 ジナーにとっては、事務的な口調でいてくれた方がよっぽどの打ち上げた観測衛星は、何十もの建物、不思議な車や動物、重々 ゲランド・エフェクト マシだった。彼はモジ = ールを回転させ、地面効果のスイッチをしく着飾った人影などといったものが部分的に実体化するところ 入れて、コースをおおよそ真南にセットした。二時間の旅の間、会を、パラドルの表面すべてに渡って記録しているという事た。ま 話はほとんど交されなかったが、ジャニのマッカーレインに対するた、建物や人影の中には完全に実体化したものもあったが、快速艇 口調にはむき出しの敵意が感じられた。一方、中尉はというと がそこに到着する前に消えてしまったという。それはあたかもパラ 8
の陽ざしに眼は輝き、パラソルを持ちあげ、腕をさしの・ヘて。彼女陽が霞みゆくのを感じた。煙がサラの足元で渦まき、炎が彼女の踝 は安全な領域にいた。煙が彼女の中を吹きぬけていくが、その足元のまわりのこれまで時間凍結され湿っていた草をなめた。スカート に踏みしだく草は青く、しっとりと冷たい。もう五年以上も毎日行の裾の生地が焦げはじめた。 ってきたように、トマスは彼女と向きあい、絵画に腐食の兆しはな そして、彼の方にさしのべられていた彼女の手が垂れた。 いかと期待した、以前にもよくやっていたように、彼は時間凍結の 。ハラソルが地面に落ちる。 地帯へと足を踏み入れた。足は一九〇三年の草を踏んでいるように サラの頭は一瞬前にのめったが、すぐに彼女は意識をとり戻し・ : 見えるのたが、実際には炎が足もとで渦まいており、彼は急いで後 : ・そして、彼の方へと歩みよった。三十七年前に始まった動作が、 退しなければならなかった。 いま完結したのだ。 凍結者たちが数人、トマスの方へとやってきた。彼らは納得のゆ「トマス ? 」その声は明瞭で変っていない。 くまで残骸の検査をすませた結果、時間凍結をして保存するまでの彼は急いで駟け寄った。 どうしたの ? 」 ・ . しー . し 価値はないとどうやら判断したようだった。トマスは連中を無視し「トマス ! 煙が : ・ほくのサラ」 「サラー ようとしたが、その無気味な沈黙はたやすく忘れられるようなもの ではなかった。 彼女が腕の中にとびこんできたとき、スカートに火がついたこと がわかった。しかし、彼は腕を彼女の肩にまわし、やさしく心の奥 煙がまわりを流れ、燃える草の匂いはきつく頭がくらくらする。 彼は再びサラを見つめた。時がその瞬間、彼女の周囲で凍結したよ底からかき抱いた。彼に寄りそったときのあの頬を染めた暖もりが うに、彼女に対する彼の愛の周囲でも凍結したままなのだ。時は減彼女から伝わってきた。サラの髪はポンネットの下でほっれ、彼の 顔にかかってくる。彼の腰に回した彼女の腕の強さは、決して彼の じていない。すべてを保存している。 虫さに劣らないものたった。 凍結者たちが彼をみつめていた。トマスの方八人の・ほんやりとリ した姿が十フィ ートも離れていないところに立って、自分を注視し彼は自分たちの向うに、・ほんやりとした天色の動きがあるのを知 った。その瞬間、騒ぎは静まり、煙は渦巻くのを止めた。スカート ているのに気づいた。そのとき、草地のずっと向うから消防士の一 人が彼に何か叫んだ。彼がここにじっと独りで立っているように見の裾についた炎もいまや消え、彼らを包む夏の陽は絵の中で明るく えたらしい。 / 冫 ・これこも絵画は見えす、たれも凍結者たちを知らない輝いていた。過去と未来が一つとなり、現在が色褪せてゆく。生命 のだ。消防士は腕をふりながら、彼に退去するよう告げるため近づは動きを止めた : : : そして永遠の生命へと。 いてきた。彼がここまでくるには、一分かそこらかかるだろう。そ れだけあればトマスには充分だった。 凍結者が一人進み出た。煙の中心こ ぐいたトマスは囚えられた夏の 7
S F スキナー この話はそれからザンジアとゾウイのショッ をビームにして、ザンジアのラジオのス。ヒーカ じゃないんだ。何。・ほくは何かって ? 」 キングな関係がプラックホールのロによって暴 ーを直接振動させているんだそうだ。 「いいわ。あんた何 ? 」 プラックホールは宇宙と同じくらい古く、も露され、決定的な破局を迎える。物語の収東す 「時空の特異現象。・ほくは重力と因果律の掃溜。 ちろん知性だってもっているのだ。ふつう人間るクライマックスはなかなか見事だった。ザン ・フラックホールです」 ザンジアの母ゾウイはプラックホール・ハンなんかに関心をもたないが、時には退屈しのぎジアの宇宙船とゾウイの宇宙船がランデヴーす ター。その娘で妹で彼女自身である。 ( つまりに声をかけることもある。そうしておびき寄せるシーンなど、ディテールのイメージが美し クローン・シスターだ ) ザンジアが、プラックて、食べてしまうのだ。 く、絵画的なセンス・オプ・ワンダーを感じ ふつう、プラックホールは一度できたら最る。 ホールから話しかけられたのだ。 だけど、何といっても、ロをきくプラックホ 太陽系の果 ールというのがいいなあ。ザンジアとプラック ての広大な空 ホールの間に一種の友情が生じちゃったりし 間には、宇宙 て、いっしょにゾウイをやつつけちゃう。ゾウ 創生の時に生 じたマイクロ イは長い宇宙生活のなぐさみに、。ヘットがわり ・プラックホ にザンジアを創ったのだ。例のクローンは本人 0 と同時に存在してはならないという法律のため ールが漂って に、冥王星に着く前に彼女は消される連命だっ いる。特殊な た。プラックホールはそれを彼女に教える。も 探知器によっ A ちろん、プラックホールにはプラックホール自 てそれを見つ 身の目的がちゃんとあって : け、一攫千金 「じゃあ、あなたは : を狙おうとい 「きみを食べようとしているのさ」 う人たちをプ ラックホール 「こんなに親しくお話してるのに ? 」 「物質は物質だよ」 ハンターレ」 で、もご宀女心。プラックホールはこ、つ , もい、つの いう。見つか る確率が極めて小さいため、企業や団体べース後、決して消減することはないといわれていだ。「きみたちのエネルギー・ステーションに では採算に合わないのだ。なにしろ一つ見つける。その質量は増加することはあっても減少す行きたいな。あそこだといくらでも食わしてく ることはない。でもプラックホールにいわせるれる」 るのに何十年もかかるのだから。プラックホー さあ、ザンジアは一体どうなったのでしよう ル・ハンターは何年も何十年も太陽系の果てでと、それは違うんだそうだ。マイクロ・プラッ クホールは量子論的な存在だから、不確定性原か ? あなたはプラックホールのユーモアのセ じっと待ち続けるのだ。 ンスを信じますか ? ザンジアはゾウイにプラックホール発見を知理によって、常にわずかずつ質量を失ってい く。だから、プラックホールはいつもおなかを らせる。でもこれは現実なのか ? プラックホ 1 ルがいうには、自分自身の重力すかせているんだ。 ー 2 7