離れ - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1978年12月号
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1. SFマガジン 1978年12月号

かれらはかたちばかりの衣服をぬぎすてて、砂の中をそんぶんにこていた。 丸い頭、大きな耳、しかしおおよそのところはヒューマノイドの ろがりまわる。 ッシマも、しろ、とすすめられたが、かれは突慳貪に断った。そ体形をしているミンドラを、はっきりと、異る星の、異る種族にし んなことをしようものなら、全身の、砂海の砂にふれた肌から、砂るしづけているのはその脚だった。頭をおおっているのと、同じ白 の星ののろわしさがしみこんで、心までもミンドラになってしま茶けたうすぎたない毛皮におおわれ、そして砂の上を走るにふさわ しいやわらかな両蹄類のひづめをつけた曲った脚。 う、とそんな恐怖にかられたのた。 腰布をひきはがせば、ちょん・ほりとした尻尾が見えるだろう。 「おれは、帰るんた」 かれは、ドームの最新式の光線電源のキチンの上に、大きな土の ( けだものめ ) 壺をのせて、餅をこねまわしているレティナの背中にむかって、突苔の餅など食って、砂浴などをして、からだの内側から少しずつ 然叫ぶことがあった。レティナは黙って、砂漠でとれる地苔類からこの赤茶けた星にむしばまれていったりしてたまるものか、と彼は つくる、ミンドラの常食を調理しつづける。それは赤つぼいべージ思い、やにわな激怒の衝動にかられて、レティナのかかえている壺 = をしていて、辛抱強く手でもみ、こねまわすとそれ自体の含んでを蹴りとばして、ドームの真白なリノリームの床を、パタまみれ いる水分で餅状になるのだ。 冫ュ / 「おい、きこえているのか」 そのときも、レティナは、丸い目をまばたきながら、たた彼を見 重苦しく、かためた砂のように胸に積ってくる憤ろしさにかられつめていたのだ。 て、彼は叫んだ。 彼は、大股に立ってパスへ行き、容器いつばいに合成水を入れて 「そんな、辛気くさい食い物、つくるのをよして、こっちを向け。きて、洗え、と言って床にぶちまけた。そのときになってはしめて おれは、食わないそ。作ったって、無駄た」 レティナは悲鳴をあげた。いけない、 ッシマ、と彼女は言った。水 レティナは答えず、壺をかかえてゆっくりとふりむく。こねて いしぶきが脚にはねかかると、彼女はやけどでもしたかのように絶叫 た指さきに赤い汚れがこびりついている。赤茶けた肌。白っ。ほい してとびはねた。それを見ながら、はじめてかれは笑って笑って笑 ばさばさした頭皮、そしてうるんだような、イヌを思わせる茶色の 少し胸の晴れた気分になれた。だが、レティナが、怨みがまし 目。その肌も、かかえている壺と同しかわいた色をしている。砂の い目つきをすることも、不平を言うこともなく、ただ鈍重につきま 色だ。砂に染めあげられた女。 日々の用を足して、ドームの中をうろついていることに自分 がどんなに傷つけられていたのか、笑いながら気づくと、もう笑う 愚鈍なその丸い目を見ていると、言いようのない腹立たしさがこ みあげてくる。わけても、レティナの下半身に、彼は目をやらぬよ気にはなれなかった。 うにしようとっとめるのたが、しかし気がつくと彼の目はそれを見「お前は、本当に、この星そのものだな」

2. SFマガジン 1978年12月号

たしとべムのわけあっているような悠久の感覚、無限の宇宙空間とようだった。 びとつにとけあってゆくようなこの幸福な永遠をついにかいま見る「お行きなさい。あなたといて、楽しかったけれど、でもしよせん 5 ことさえもない、はかない生き物たち。 あなたはわたしの種族には理解されないものだしーーそれに、あの ・ : あのうるさくさわぎたてる人たちがあなたを見つけたりしない ( そうであればこそーーわたしはかれらのもとに帰らなくてはなら うちに。わたしはーーわたしなら大丈夫、きっとまた何億年もたっ かれらのはかなさ、有限さ、卑小さーーー彼女が人びとをいとしたあとに、あなたを見つけに戻ってくるわ。ほんとうよ、わたしの く、限りなくいとしく思っていたのはそれゆえにこそだった。宇宙べム」 がまばたきするほどの時間に生まれ、そして死んでゆくのだと思う ペムは、立ち去ろうとはしなかった。その稀薄な、異様なすがた と、すべての男たち、男の子たちとすごす気紛れな恋の晩が、彼女は、彼女をさがし求めて、ぶるぶるとふるえながらゆるやかにこち には、こいほどいとしいものに思えた。 らへ触手をさしのべてくるようだった。 「ね、ペムーーーあなたとはまた、いっかきっと会えるわ、どこか「べム、さよなら」 もういちど、彼女は言い、そして、まだ使いものになるのかどう べムの時間もまた、ひとびとのそれにくらべれば宇宙それ自体とか怪しみながら、宇宙服につけられている救助信号の発信器のボタ ンをおした。結局、時間はべムのなかでだけたゆたい、止まってい 同じほどに桁外れであることを彼女は知っていた。彼女は何年か、 たのだろうか、と彼女は考えた。彼女を , ーー不死の宙航士、ヨナ・ 何十年か、それとも何億円かのあいだ馴染んで、まるで自分自身の からだの一部のようにさえ思われる、ペムの体内から、ゆっくりとアンダースンをさがしにきたその船は、彼女が〈カルナ〉号と一緒 に消息をたってからまだそれほど時のたってはいないあかしであっ ぬけだすために、念波を動かしはじめた。 おずおずとした、いかにも不安げにひきとめようとする思いが彼たからた。 女をとりかこみ・ーーしかしすぐに、か・ほそく離れていった。いい子 ( べム、わたしあんたが好きだったわ ) ね、ペム、彼女は思った。べムはいつもやさしくて、そしておすお彼女はさいごに、ありったけの思いをそこにこめて、メッセージ ずとしていて、懐かしい。そうーー・ペムの《感情》はこれほど異質を送った。船は、救難信号に気づき、ゆっくりと向きをかえはじめ なのにもかかわらす、何かしらひどく甘い、やるせない思いを誘うていた。地球、と彼女は考えた。青く美しい、わたしの星。また、 おまえのもとに帰るのか。わたしを生み、わたしのような生命をつ のだ。なぜだろう、と彼女は思った。 くりだし、そしてどうしてもわたしを手放してはくれないおまえ。 「さよなら、べ 星がーーそして、冷たい宇宙が彼女の周囲にあった。べムは彼女 ( もしかしたらわたしには、あそこですべきことがまだ何か残って いるのかもしれない : がはなれていったあとの空洞を、何となく悲しげにまさぐっている

3. SFマガジン 1978年12月号

たところでは、「ライアへの讃歌 , でネビ、ラをもらとも考えていない。 うまで、かれはつねに手持ちの作品の売りこみに困難「たしかに、そこにはある程度のえこひいきがあり、 ごく一部には、あからさまな選挙運動がある , とポー を覚えたという。それからあとは、不思議なことに、 ル・アンダースンはいう。「ある程度、個人の人気も 書いたものはほとんどなんでも売れたそうだ。 断わっておかなくてはならないが、これはどんな賞賞を左右している。こういったことは、たしかに問題 でも同じことた。・ ( リイ・ Z ・マルツ、、 ( ーグは、数年だ。ノー・ヘル賞以下あらゆる賞が、似たような非難に まえジョン・・キャンベル賞をとったときのこと甘んじなくてはなるまい」 さらにもうひとっ問題がある。それはいっそう暗い を、まったく同じ言葉で回想している。 ほかにも、 ( リスンやオールディス、。フリーストの影を、ネビ = ラ賞に投げかけている。の規約 批判の一部分を認め、ある程度共感を表明している作では、すべての正会員と準会員が、この賞に投票する 家はあるが、がいしてこれほどの辛辣さはない。それ権利をもっている。しかし、三年まえ、この組織の会 に、かれらはネビュラが堕落しているとも、不正直だ員たちは、ネビュラ賞に関するかぎり準会員の権利は 認めないと票決した。準会員には、賞に投票するたけ の職業的な能力がないという理由からである。この決 議のあからさまな違法性は、当時は指摘されなかった が、その理由を前副会長・・・ハスビーは、こう述 べている。「たれも、規約書をもっているものがなか った。当時は、そんなものは存在しなかったから」 違法性があばき出され、準会員にはまた投票権が与 えられた。しかし、三年間、投票資格のあるものが投 票を妨害されていたという事実は、消えはしない。そ の三年間の受賞作は、まったくべつなものになってい たかもしれないのだ。 このような事態にもかかわらず、が批判者 ン スの要求をいれて、ネビ = ラ賞をやめるとは考えられな ネビュラ賞はすでに体制化し、まえにも言ったよ うに、潜在的受賞者にとっては、かなりな額の金融的 9 ィ一 利得を意味している。さらにまたネビュラ賞には、 の資金の最大部分をまかなう責任があゑ毎 ルールブック 心の / をのツ冫のえ / ・、う / ′ : ら : 第 'Z ( ろんツ・ク : ク孱の写 / - ルみ〃乃グ / / ′ / /

4. SFマガジン 1978年12月号

服を切り開く。つぎに、太股の下側で刃先を半周させると、ズボン 少年はふらふらと立ち上がった。風を気にもとめず、まわりから の革が大きく切り取られた。 押し寄せては退いていく闇を見つめていた。血が脈打つのとおなじ 2 少年はもうひどく弱っていた。全身からカが退いていくのが感しリズムで、頭がずきんずきんと痛んた。新しい生温かさが腹や太股 られ、失神の前兆が目の前で黒い羽ばたきのようにちらついた。少の上を伝いおりていくのが感しられ、恐ろしい吐き気がこみあげて きた。少年は向きを変え、頭を垂れ、潜水夫のようなのろい動きで 年は切り取った革をひきよせ、片方の端をしつかり口にくわえて、 細く幾すじにも切り裂きはしめた。のろくさい、不器用な作業ぶり歩きたした。六歩進んだところで立ちどまり、またふらふらしなが だった。二度も自分の足に切りつけたが、もう余分な痛みは感じなら、ぎごちなく体を振り向かせた。双眼鏡のケースが雪の上に落ち かった。ようやくそれがすむと、彼はその細い革紐を自分の足に巻たままだ。少年はこわばった動きでそれを取りにもどった。いまや きつけはじめた。きつく結んで、太股の長い傷口をふさごうという一歩一歩が、独立した脳の努力、むりやり肉体を服従させる意志の のた。風はたえまなく咆えたけっている。それ以外の物音は、彼の結集を必要としている。しやがんでケースを拾い上げるような危険 せわしない息づかいだけである。汗の粒のびっしり吹き出た少年のはおかせないことを、少年はもうろうとした頭で気づいていた。も 顔は、空とおなじぐらいに白い。 しそんなことをしようものなら、前のめりに倒れて、もう二度と動 ようやくのことで、少年はできるたけの手当をしおわった。背中けなくなるかもしれない。ケースの革ひもが作り上げた輪の中に、 は灼熱の痛みで、樹皮には赤い縞ができていたが、背中の裂傷には少年は片足を人れた。できることはこれしかない。足を動かすにつ 手が届かなかった。最後の結び目を締めおわって、少年はまた革紐れて革ひもは。ヒンと張り、足の甲へとすり上がってきた。ケースを の下からにじみ出てくる血に身ぶるいした。短剣を手から捨てる荒つ。ほくひきずりながら、少年は林を離れ、丘を下っていった。 少年はもう目を上げることができなかった。見えるのは、直径六 と、立ち上がろうとした。 トかそこらの円に囲まれた雪たけで、視力が損われているた しばらくウンウン唸ってみたが、彼の両足はまだ体重を支えよう としなかった。痛さをこらえて少年は手を上にのばし、ざらざらしめ、その円は黒く縁どられている。雪は彼の歩みにつれて動き、彼 た樹皮をまさぐった。頭上二フィ ートのところに、折れた枝の根元のほうへ飛び上がっては、背後へ落ちこんでいく。それを横切っ が残っている。血でぬるぬるした掌が、つるりと滑ってはすれ、まて、かすかな窪みが一列に並んでいるのは、彼自身が前につけた足 た枝のありかをさぐった。枝を握りしめると、掌の傷口が閉しては跡た。少年はひたすらそれをたどった。脳の奥底に埋もれたなにか 開き、びりびりと痛んた。信号機の操作で鍛えぬかれた少年の腕との火花が、彼を動かしているらしい。それ以外の意識は、いまやシ 肩の筋肉は、強靱で隆々としていた。つかのま、彼は後頭部を木の ョックに麻痺して、すべて飛び去っていた。革ケースをするつ、ず 幹に押しつけ、弓なりに反らせた体を震わせながら、枝につかまつるっとひきすりながら、少年はのろい歩みを進めた。左手は股ぐら た。それから片足を雪の中に踏んばり、ぐいと体を持ち上げた。 のあたりをしつかり押さえている。右手は、あぶなっかしいラン

5. SFマガジン 1978年12月号

立レヒ三ウ らは、本気で取り組んだということだかなしか、と私はかねがね考えていた」 ものた。もう少し気を配ってくれれば、 、わ、こ 0 このアル。ハムのライナー・ノートで小要するにそれだけのことなのだ。せつか けれども、レコード の出来栄えという松左京はそう書いている。ぼくもまた、 くの新たな可能性の芽は、つまらないこ ことになると、必ずしも絶讃というわけその意見にはほぼ全面的に賛成する。現とで摘み取られないように。 ( 『小松左 そらゆ ではない。実をいうと、このアをハムの実に、最近の小松左京の活動は、〈文京宇宙に逝く』 / ー 1042 / 原作にあたる小松左京のスクリ。フトを事章〉を離れて範囲を拡大しているし、 Y2500 / ビクター音楽産業 ) 前に見せてもらったとき、・ほくは少々、 松左京のこのライナーの意味すること 不安に思ったのた。五つも六つも、 は、よくわかる。けれども、アを ( ムを光瀬龍Ⅱ著 や、もしかするとそれ以上のとナレ造るという作業に加わった全員が、それ ーション、音楽が複合することになるそを完全に理解していたかどうか、もちろ 「無の障壁」 のスクリ。フトどおりの音ができたならん、それを要求すること自体が、今の日 ば、それだけで、ちょっとしたものにな本では難しいことかもしれないが。 川又千秋 るわけたが、 はたして実際の作業で、ど たとえば、このアル・ハムで使用されて こまで原作のイメージに近付けるか、そいる音楽。当り前のドラマなら、まあ問 こには問題があるように思ったのだ。 題はないだろうが、この作品の内容やテ新作をたたたた待ちこがれ、一冊読み もしも・ほくが担当者ならば、悲鳴をあーマからすると、あまりにも軽すぎるだ終る間もなくもう次の一冊を欲しがって る : : : 読者をそんな気持ちに駆りたて げたくなる。・ほくの経験から言えば、すろう。それにまるでお子様向きの宇宙船い べての素材が揃った段階から作業をはじのコンビューターの声の処理。基本的にる作家がいる一方、数冊 ( あるいは数 めて、それたけの素材をステレオで録音は、全体にそれなりのものとなっている篇 ) の作品の中へ読者を完全にのめりこ するとなると、一分あたり七、八時間はし、スタッフの苦労もわかるのだが、そませ、新作への期待すらも一時忘れさせ 最低欲しい。それでも満足すべきものにうした配慮不足の部分がちょっと耳につてそこへ閉じこめてしまう、そんな作家 なるかどうかは疑問だ。ビクターのスタきすぎる。そして・ほくは、それを無くすが、またいるのた。 これはひとえに、読者側の思いこみの のは、不可能ではないと思うのた。金と ッフについては、まったく知らないが、 彼らにしても大変なものを引き受けさせ時間のかかることかもしれないが、要は問題であろうけれども、とにかく僕にと られたものだと思ったものだ。 音によるをどこまでつきつめたか、 ってある一時期の光瀬龍はそうした存在 。こっこ。 ということになるだろう。文句が多くな 「現在、が触っている世界には、 〈文章〉や〈映像〉をもってしてはどうってしまったが、このアルバムそのもの『墓碑銘二〇〇七年』『たそがれに還 しても表現しきれない部分があるようにに対しては、ぼくは好意的に評価したい る』そして『落陽一三一七年』と続いた 思う。そこを埋めるものが、〈音〉ではと思う。先駆者はケチをつけられがちな光瀬龍のデビ = ー、その世界の開示は、

6. SFマガジン 1978年12月号

いたせいもあってか、まだ街中を通る乗物はいくらかあったもの 一九四〇年八月 戦争が続いていた。たが、トマス・ジ = イムズ・ロイドにとつの、歩行者の大半は商店やオフィスのまに合わせの避難所へと逃れ 6 て、それは大した問題ではなかった。戦争は不都合なものだ。それていたのだ。 ロイドはそれらを後にして、再び過去の中を歩いて行った。 は自由を制限する。しかし、概していえば、彼の心を占めるさまざ まな気懸りのうちではいちばん取るにたらぬものだ。不運にも彼は彼はがっしりとした背の高い男で、年をとっているわりには若く この荒々しい時代へと舞い込んだわけだが、べつにそうした激動期見える。他人からは二十五歳くらい見られることも何度かあった が、おとなしく無ロな男であるロイドはそうした誤りをあえて直し を望んでいたわけではない。彼はそうした時代からは離れており、 たりせず放っておいた。暗い眼鏡のかげの眼は、また青年らしい希 時代の陰になっていた。 彼はいまテームズ河にかかるリッチモンドの橋の上にいた。手を望の輝きを宿してはいるが、眼尻の小さなしわや、全体的に肌の色 欄干にかけ、河にそって南方をみつめる。陽光が水面で反射してまつやが悪いことなどは、もっと年をくっていることを示していた。 だが、こうしたことも真実への手がかりを与えてくれるというわけ ぶしく、彼は。ホケットの金属ケ 1 スからサングラスをとり出してか ではない。 一年に生まれ、いまでは六十歳 トマス・ロイドは一八八 けた。 夜だけが、あの凍りついた時の絵画からの救いとなる。暗い眼鏡近くになっていたのである。 彼はチョッキのポケットから時計をとりだした。十二時を少しば のガラスは、その救いに近かった。 かりすぎている。彼は向きを変えてアイルワース・ロードにある。ハ いっしゅん、心を煩わされずにこの橋の上に最後に立ってから、 そう時間が経過していないように思われたが、少し計算すればそう・フの方へと歩いたが、その時河のそばの径に男がひとりで立ってい ではないことがわかった。あの日の記憶は鮮明だった。凍りついたるのを見つけた。過去と未来から侵入してくる夾雑物を少しはとり 時の瞬間そのものであり、いささかも減してはいない。従兄弟とこ除いてくれるサングラスをつけていても、ロイドにはそれが凍結者 こで、市街の方からきた四人の若い男たちがパントを扱いながら上と秘かに呼んでいる存在であることがわかった。若い男で、どちら かといえば太っており、はやばやと頭は禿げかけている。彼はロイ 流へと進んでいくのを眺めていたことを思いだす。 トを見つめていたらしい。というのは、ロイドが見おろしたいと ソチモンドそのものはあの時から変りはしたが、この河辺の眺 望は彼の覚えているものとほとんど同じたった。河岸にそってビルき、その若い男はわざとらしく眼をそらしたからである。ロイドは ッチモンド・ヒルの下の河辺の草地はそのままいまでは凍結者たちを全然恐れてはいなかったけれども、いつもあ が建ち並んだが、リ たりをうろついている彼らの存在は心を焦だたせずにはおれないも ・こし、トウ ッカナムへと向う河の曲り目あたりで遊歩道がなくな のだった。 るところもいっしょたっこ。 しばらくの間、市街は静かだった。数分前に空襲警報がなりひび遠く・ ( ーンズの方角で、またべつの空襲サイレンが物憂げに警告

7. SFマガジン 1978年12月号

てしなかった。サン・オイルと夏の海辺、山小屋とスキー場、どんで、蒼白くほほえんでいるようにさえ見えて、しばらくのあいだ、 なに世のなかがすすんで、作りかえられてきても決してなくならな彼女はかれをあいてにとりとめもない無駄話をしかけていた。 それにも惓きて、彼女はホキをそこからきたところーー・・・無の中に 、むだでむなしい遊びの古めかしさが、わたしはとても好きだっ かえしてやったが、そうやってまったくのひとりきりになってみる た、そこにはいつもいい男の子たちがいっしょにいてくれたから。 もっともーー・と彼女は思う。わたしはいつだって、あのヨナ・アと、宇宙と彼女とが同じものになるためのさいごの扉さえもひらか ンダーソン、誰でもが恐れるだろうおそるべき人生を背負いこんだれてしまい、彼女はもう自分のからだがもとのままのヒ = ーマノイ ドのかたちをしているのか、それとも裾模様に星々を散りばめた宇 女であることにさえ、決して惓まなかった。何かしら、見る価値の ある新しいもの、もういちどあじわいたい古いものは常にあった宙空間そのものの一部にとけこんで、ひろがっていってしまってい し、そしてわたしはいつも、まるで生まれたばかりの仔猫のようるのかさえさだかではないような、そんな平和なここちよさの中に つつみこまれているのだった。 に、見るものすべてにおどろいてばかりいた。 ( わたしは、幸せなのだ ) ( わたしは、いつだって、目を丸くしていた。わたしの身の上にお 宇宙よーー彼女は、はてしなく手をさしのべて、その手のさきが こるすべてのことが、あまりにも途方がなくて、わたしはそれらの おこることは前もって宇宙の秘密の時間割に書きこまれたことなのそのまま闇とのさかいめをなくしてこの無限そのものを抱きしめて いる、という、寄妙な悠久の感覚にひたりながらそっとささやいて だ、と思ったり、みんなわかっていた、と思ったりしながら、わた みた。わたしを生み出し、わたしをこのような存在にさだめた、宇 しの上におこってくるすべてのことに驚異の目を見ひらいていたー 宙よ。 ーわたしはそうしながら、いつだって、とても幸せだった ) もちろん何ものも答えはしなかった。ここでは星はまばたくこと いまでさえーー彼女は思う。月日も、時間も、上下左右の感覚さ えもすべては用をなさなくなって、目は星々と闇のいろにぬりこめさえもしないのだし、時間はーーー時間はとっくの昔、彼女がこの星 のあいだを漂いはじめるよりずっと以前から、彼女をおきざりにし られ、耳は星々の音のない音にふさがれ、そして思いはこのせまい わたしのからだの中にとどまるしかないいまでさえも、わたしはとていた。時間も空間も彼女を急流のさなかの岩のように、時になま めかしく、時には激しく、ただふれては通りぬけて流れ去ってゆく ても幸せなのだ。 だけだった。それらは彼女を、彼女がそれを超えているがゆえにそ さっきまで いつのさっきだろう、一分前、十時間前、それと も数千年前 ? 手をのばせば届くところに、「カルナ」号の残骸につと拒んでいた。 ( それでもわたしはこうして星々を美しいと見ることができる。す はりつくようにして通信士のホキのちぎれたからだが漂っていた。 下半身は、瞬間にふきとんで、あとかたもなくなったかれの顔でに死んでしまったいい男の子たちとのやさしい思い出をとりだし は、しかし彼女がおだやかになるように手をさしのべてやったのて数えることもできる。わたしは、何者なのだろう。時のなかにあ オ・ヘレーー

8. SFマガジン 1978年12月号

れは″人類の歴史に新たなる時代〃をひらくだろうと述べた。い それから数日ってものは、おれはおそろしくみじめだった。よっや、ひょっとすると、″新たなる誤り〃と言ったのかもしれない。 ぽど彼女に宛てて遺書を書こうかとも思ったが、あいにくその書きいずれにしろ、は、何万光年もかなたにある他の文明と接触す かたを知らなかった。 る道を、われわれにひらいてくれるはすたった。われわれの敵がそ 愛するネリー、 うするより前に、それらの異種文明と手を握っておくことは、われ あんたがこんな手紙のことなんか気にもかけない ほど冷たい女たってことはわかってるんだが、やつばりあんたは気われが生きのびるためには不可避のことたったのである。 にもかけないだろうな。あんたは洟もひっかけないにちがいない。 「だったら、その敵とやらとしかに手を握ったほうが早道じゃない なんとも思わないにちがいない。無関心そのものにちがいない。お ? 」と、ナンシーがしよっぱい顔でおれに言った。だいたい、場所 柄へのわきまえってことを知らない女なんだ、彼女は。 れがどうなろうと、あんたは・せんぜん関心なんかないんだ。 あんたがそうやって新しい恋人の合成の腕のなかに横たわってい るあいだに、おれがなにをしようとしてるか知ったら、多少は関心式典会場から出てきたときに、おれは不愉快な衝撃を味わうこと を持ってくれるかもしれないな。 になった。ネリーが例のアンドロイドの電気技師と肩を組んで歩い というのているのを見たんだが、なんとやっこさん、びつこをひいてるん だけどおれは本気でそうしようとしてたわけじゃない。 ここにもまた演すべき役柄が も、その後ナンシ 1 と意気投合したからなんた。そして彼女は、おだ。アンドロイドがびつこをひくー れの″偉大なる恋人〃の役割を楽しんでくれた。彼女は彼女で、 あるってわけた。バイロンふうーーっまり悲壮で感傷的で憂愁の詩 うかうかしているとやつらは、おれたちの ″わたしはわたしたちがどっちもこういうことをするにはちと分別人的なアンドロイドー がありすぎるってことを知ってるわ″の役柄を演じるのが非常にう女を横どりしたように、《人間の条件》まで横どりしちまうたろ まかった。しばらくたっと、おれは配置変えになって、右舷のコンう。そうなったらもう未来は暗黒、われわれの運命のくずかごは、 デンティスターで彼女といっしょに働けるようになった。彼女はよ自殺者の遺書で溢れかえることになる。 くおれに珍しい料理のつくりかたを教えてくれた。ときおり、酒保 おれは心底からそっとした。ナンシーがおれを見つめたーーまる へいって仲間たちの顔を見ると、ひどくほっとしたものだ。 でおれの肩ごしに、だれかが親指を耳の穴に、小指を鼻の穴につつ こんで、おかしな顔をしてみせてるのが見えるというように。ど : とうとう、が完成するというおおいなる日がやってきた。大もちろん、おれがふりかえってみたときには、そこにはたれもいな 統領がやってきて、演説をぶち、その高さ二マイルの光った鋼鉄のかった。 針を検分した。われわれへの演説で、大統領は、この船には南米大「おい、早く帰って、まだ時間があるうちに、″偉大なる恋人〃ご 陸全体の値段よりももっと多額の金がかかっているのたと言い、こ っこをしよう・せ」と、おれは言った。

9. SFマガジン 1978年12月号

で、このたび大学に入学いたしました。つきましてはこれから何か それ以来、私は一度も叔父の家には行っていません。これといっ とお世話になるかもしれませんが、どうそよろしくお願いします」て用事もなかったし、私の部屋からは少し遠すぎることも叔父を訪 と丁寧に挨拶しました。 ねなかった理由のひとつです。しかし、私がゆうれいのことで叔父 冫い、こちらこそ、どうそよろしくお願いいたします」 に相談に行くことになろうとは、母も想像だにしなかったことでし と奥さんは母に劣らず丁寧に頭を下げました。母はこれでいくぶ よう。私だってもちろん二年前、叔父の家に来た時は考えてもみま ん安心したのか、私の方を見て笑っています。私も挨拶すると、 せんでした。しかし、他に私の話をきいてくれそうな人は思いっか 「アハハハ、まあ、まあ、かたくるしい挨拶は抜きにして ないし、あの叔父ならいつぶう変わっているから、案外、相談に と叔父は言って、家に入りましよう、と私達を案内しました。 ってくれるかもしれない 、と私は思ったのでした。 奥さんは叔父にしなたれかかるように、頼りなげに歩くので、母 は眉をしかめました。叔父の家は平屋ですが、奥さんがいるせい 不名誉な追試験をすませたある日、私はいちばん上等のワン。ヒー か、きれいに片づけてあります。奥さんは座布団を私と母にすすめスに着替えて叔父の家に行くことにしました。前もって叔父に電話 てくれ、お茶と羊羹を出してくれました。叔父は独逸文学が専門をかけると直接叔父が出て、突然の私の電話に驚くふうもなく訪問 で、書棚にはたくさんの本があります。 の日時を指定してくれたのです。少年のゆうれいは私の、せつばっ 、 : ・ツドの上で飛び跳ねています。私は 叔父はひとりウイスキーを飲むのでした。飲みだすと、叔父はもまった気持ちも知らなしてへ う私達のことなど忘れてしまい、ひとりでしゃべり、ひとりで笑うそんな少年を残して家を出ました。 のです。そのしゃべっている内容もよく聞きとれないけれど、奥さ 私鉄電車はターミナル駅を発車すると、ごみごみした商店とかア んにはわかるのか、し 、つしょになって笑ったり、相槌を打ったりし トの脇を、ひどく揺れながら走りました。踏み切りに来ると、 ています。最後には奥さんに抱きついたりするので、母は咳払いし警報器がうるさく鳴り、遮断機の向うに不満そうな顔をした人々が たり、赤くなったりして、結局私達は早々に引きあげたのでした。 ずらりと並んでいました。ふと空を見ると、空はまっ黄色でした。 母は私を叔父のところに連れて来たことを後悔しているようでし大陸から運ばれた黄砂のせいでしよう。 一時間あまりで駅に着くと、私は見覚えのある道をたどりまし 「あの女は変な女ねえ。ちゃんと籍になど入ってないに決まってま た。暖かい午後で、久しぶりにふつくらした土の匂いを嗅いで私の すよ、ああいうタイプは。裕二さんも全くしようがない人た、やっ気持ちはなごむのですが、あの少年のことを思うと、心の底から陽 ばり行かない方がよかった、といってもいざという時は身内だし : ・気になることはできません。少年は相変わらす部屋じゅうを飛んた 5 り跳ねたりしているのですが、それに疲れると、スースーとペッ と母は帰りの電車の中でぶつぶつ呟いていました。 の上で眠ってしまいます。ぼっと頬を染めて、白い歯をわすかにの 0 、

10. SFマガジン 1978年12月号

人間とはなんとご苦労さまなことかーーー自殺しようというせとぎ おれがおとなになってはじめて勤務したのは、宇宙船工廠だっ た。ここが、どこよりも、おれの才能と専門的技術とを、社会の利わに追いつめられながら、これほど作文にくふうを凝らすとは。こ 益のために役だてるのに向いていると思ったからだ。おれはれも教育の成果というやつだ。おれのかよった学校なんかじゃ、商 組立班の副班長として働いた。組立班の班長は女で、名はネ業通信文の書きかたしか教えなかったものだが。前回貴社より積出 リーといった。どうも、女が男やアンドロイドやロポットにまじっしの火星産銑鉄または鉄地金につき、うんぬん。考えてみれば、・人 て、この造船所に雇われるようになってから、男たちの行儀は目に生ってのはかくも悲劇的な事業なんだから、正しい自殺用遣書の書 見えてよくなったようだ。言葉に気をつけるようにたったし、立ちきかた、なんてのを教わったって悪くはないわけだ。 居ふるまいも粗野でなくなった。外見にも気を配るようになった。 これはおれには不思議に思われた。なぜって、・女たちは明らかに、 この進歩の時代ーーーすべてが進歩的で、科学技術的で、斬新であ 男どもの悪態だの、挙措動作たの、身なりなどには、ぜんぜんかまるというこの時代にあっては、われわれ自身の手に残されている っちゃいないようにふるまっていたからである。 ところがこ 《自我》といったら、各自の《人間の条件》しかない。 れがまた、一日三度の蛋白質たっぷりの食事にもかかわらす、ひど 工場周辺のくずかごから、おれは自殺者の書置をどっさり収集しい状態に置かれているときている。蛋白質は、″魂の暗い夜〃を救 た。大半は、その名宛人の手もとにはづいに届かなからたもの、た うのには役たたないのだ。ところで、アンドロイドはわれわれそっ んなる書置の草稿である。 くりだが ( いまじゃこの宇宙工廠でも、新製品のニグロ・アンドロ いとしいひとへ。きみがこれを受け取るときには、・ほぐは二度とイドが働いている ) 、しかし魂は持たない。それで、かれらの多く きみを悩ますことのない状態になっているだろう。 は、《人間の条件》のひとつである、長時間にわたってじわしわ襲 ってくる歯痛なんてものを持たないのを、、びどく苦にしている。な きみがこれを受け取るときには、・ほくは二度とーーできなくなっ ているだろう。 かには、職を離れ、黒眼鏡をかけて街頭に立ち、哀れつぼい訴えを きみがこれを受け取るときには、・ほくはもはや存在しないだろしるした板を首にぶらさげて、施しを乞うものまでいる 9 いわぐ、 「科学技術文明の孤児」「工場を出るのが早すぎた未熟児」「この 最愛なるびとへ。二度とふたたび・ほくらは、おたがい同士、胸の不幸な金属の身体におなさけを . とりわけ胸に ) ぐざっときたの【は、 つぶれる思いをさせることはなくなるだろう。 クイーンズ地区で見かけたやつだ。「退化は死につながる、つま きみはぼくにとって命よりもたいせつなものだった。愛するひとり、かれらはかれらなりに精神的外傷を持ってるってわけだ。《人 よ ・ほぐはまったくまちがっていた。 間の条件》を持たないことそれ自体が、精神的な痛手となっている のにちがいない。