4 この論文は、昨年十一一月号の本誌誌上で募 集いたしました懸賞論文「あなたにとってウ ・読者論文・ エルズとは ? 」のうち、優秀作を掲載したも のです。なお、この懸賞論文は多数の方から 御応募いただきましたが、抽選により十名の ・ ()5 ・ウエルズの旅石原正博 方にソニーの御好意で、イギリス版 「宇宙戦争」のレコードを御送りしました。 ウエルズは異空間の旅人だったのだ、と思う。 くれない。彼の作品は僕達の住む文明のもろさを の異空間に人工地獄を描きつづける。そしてユイ 小説という「もうひとつの世界」の機能を徹底的暴露する。たとえば八十万年後の世界、エロイとスマンスが『彼方』を書いた後にカトリシズムに に活用しようとした彼は常に終末のヴィジョンの モーロックの二種に退化してしまった人類と、 帰依したことと、ウエルズが今世紀に入ってから 目撃者だった。 っとも知れぬ超未来の死の世界を垣間みる『タイ理想主義的な運動家として「行動の人」となった 彼の作品の大半は、未踏の地への冒険譚の骨格ム・マシン』。あるいは月世界や透明人間の出没ことにも僕は奇妙な共通点を見出すのである。 をもって書かれていながら、どこかその内容が同する村で展開される人間社会のカリカチュアは、 人間というものについて絶望しながらも創作の 時代の作家であるヴェルヌのそれと全く違った雰僕達を「未完成の人間」という概念への最も不快ために行ってきたその思考を、宗教や行動の世界 囲気を持っていることに僕達は気付かされる。そなトリップへと引きずり込む。 に入り込むことによって停止させてしまった作家 れはなによりも、ヴェルヌの作品に人間をしのぐ 『妖星』という短篇にあって、人間社会を徹底的達。それはおそらくべシミズムからの反動だった 知性を持った生物が登場しないことで象徴される に破壊しながらも、そうした災害も宇宙的視野でのだろうが、芸術家であろうとしたユイスマンス ように、彼の作品にあって人間は常に宇宙の中心見ればほんのささいなできごとにすぎない、としとは対照的に、あくまで大衆的であろうとしたウ に位置しているのに対して、ウエルズの作品にあたり顔でいうウエルズや、火星人によって蹂躪さエルズにあっては、それは深いジレンマをもたら っては人類は時間と空間の膨大な広がりの中でたれるロンドンの地獄図を克明に描いていく彼の語したに違いない。人類は宇宙にあっては相対的な だおびえてうずくまっているように見えることだ り口の下に僕は世紀末的絶望を前にして金切り声生き物にしかすぎないという終末のヴィジョンを ろう。ヴェルヌの作品にあって未知の世界は常にをあげるウエルズを読みとってしまうのである。 見てしまった彼が、なお人類は正しい道を歩まね ウエルズが小説を書きはじめた十九世紀末とい 未開の国であり、文明人による発見をひたすら待 ばならないと説きつづけるとき、ヴォネガットや っている世界である。それは地底であれ海底であえば、人間への嫌悪と人類への絶望の嵐が吹き荒ディックの視点からウエルズが非常に遠いところ れ、その世界が異常であればあるほど僕達の住むれたデカダンの時代だった。ウエルズの書き続けにいるのを感じてしまう。それは彼の晩年の作品 日常世界を吹きぬけるエキゾティシズムの徴風と た異空間の人工地獄は、そのどれもがの始祖群があまりにも平板な作品世界をしか獲得してい してさわやかに通り過ぎ、その後にはより強固でとして共に上げられるヴェルヌよりもむしろ、ワ ないことでも説明できるだろう。人類の有限性と 美しい文明社会のヴィジョンを残してゆく。僕達イルドやユイスマンスの描く人工世界の方にこそ ハードルは十九世紀に生を受けた彼には高す は異世界での冒険にハラハラしながらもやがて現共有する部分を多く持っているのではないかと思ぎたのだろう。そして彼はおそらく終末のヴィジ 実へと帰還するとき、肩を抱きあって喜ぶ主人公われる。 ョンと現実との間を往復しながら、その運動の中 達と同様に自分の住んでいる世界を以前よりも強 人生に対する絶望的な嫌悪が、ユイスマンスをにこそ安住の地を見出していたのだろう。 してデ・ゼッサントの人工楽園やデュルタルの人 く愛しはじめていることに気付くのである。 ウエルズは旅をしない旅人だったのだ、と思 ウエルズの冒険譚は読者を決して安心させてはエ地獄を描かしめたのと同様に、ウエルズも小説う。
もし、鳥がミミズを食べるとき、 ミミスカ自分よ島で、島カミミ 「草にあんな色があるなんて、だれが思いつくだろう ? かりに亠め ズだと思うとしたら ? そして、自分の外側を自分の内側と思い、 れが草としてもた。あれは彼が草と呼んでいるもので、 ) はくが草と 8 鳥の内側を自分の外側と思うとしたら ? そして、鳥が自分を食べ呼んでいるものしゃない。これから先、・ほくはいままで見ていたよ たのではなく、自分が鳥を食べたのたと思うとしたら ? 」 うな草に、果たして満足できるだろうか。この空はこれまで知って これは非論理的だった。しかし、 ミミスカリ = 日理的でないとと いるどんな空よりもすてきだし、丘もずっと構造的た。・ほくには見 うしてわかる ? あれでは非論理的になりたくもなるだろう。 えない丘の古い骨格が、彼にははっきり見えるし、水脈のありかま 長ずるにおよび、チャールズ・コグズワースは、彼の目に見えるでちゃんとわかる。 世界が他人の目に見える世界とおなじではないという、たくさんの こっちへ歩いてくる男がいるが、あんな堂々たる男はこれまで見 証跡にでくわした。どの人間もちがった世界に住んでいるという、 たことがない。だが、・ほくはこの男の影法師を知っている。彼の名 もっと小さいが持続的な証跡もあった。 」はドッルといって、それはぼくにとってもグレゴリーにとっても その日はまだ昼下がりだったが、チャールズ・コグズワースは暗おなじだ。これまでぼくはドッルを阿呆だと思っていたが、いまや 闇に坐っていた。グレゴリー・スミルノフは、予告していたとおり っとわかったーーグレゴリーの世界には一人の阿呆もいない。霊感 に満ちた、神に近い巨人の目で、・ほくは外を見ている。ぼくの見て に、田舎へ散歩にでかけて留守だった。この実験のことを知ってい いるこの世界は、いまたかって退屈を知らない世界だ」 るのは、スミルノフだけだ。もし打ち明けたとしても、賛成してく れるのはスミルノフだけだったろう。もっとも、ほかの六人も、別 何時間にも思えるあいだ、チャールズ・コグズワースはグレゴリ の口実をもうけて、彼らの脳波デ】タを集める許可はとってあっ スミルノフの世界で暮らした。彼がそこに見出したものは、生 涯かけてただ一つたけ裏切られなかった大きな期待だった。 つぎに、しばらくは休息をとったあと、彼はゲイタン ・・、ル求の 始まりはすべて静かにやってくる。この実験は大成功たった。他 人の目で見る経験は新鮮ですばらし 幅広い目から世界を眺めた。 い。ただし、その完全な認識は じわじわとやってきた。 「彼が・ほくより偉大な人物かどうかは疑問だが、たしかに幅は広 「彼は・ほくより偉大な人物だ」と、コグズワースはいった。「これ い。彼がぼくより偉大な世界を眺めているかどうかも疑問だ。・ほく までにも、うすうすそんな気はしていた。・ほくほどの情熱には欠けの世界を彼の世界と進んで交換する気はないな。グレゴリー のとな るとしても、彼にはぼくにない大らかさがある。それに、彼はよりら別たが。ここにはぼくの世界のような強烈さはない。しかし、と よい世界に住んでいる」 にかく魅力的たし、ときどきここへ戻ってこれたら楽しいたろう。 たしかに、よりよい世界だった。すっと大きな広がりを持ち、あそうだ、これがたれの目かわかったそ、・ほくは王者の目で外を見て らゆる細部が生き生きしていた。 いるんだ」
けいに愛しているのは、よくわかる。この世界に、・ほくはせいぜい やぐにやの骨と血の気のない肉体が、いびつな色とおそましい形の 臨床的な興味しか持てそうもない。だれかが手綱を抑えなくてはな衣服をまとっている世界だけしか見たことのない人間が、どうして 8 らないが、さいわい、ー まくはその運命をまぬかれた。われわれが住懐疑家以外のものになれるだろう ? んでいるこの毛深い猛獣を飼いならすのは、オイラーの悲しい連命「彼の世界のライオンよりも、ほかの世界のモグラのほうが気高い だ。、ほくはもっと幸福な運命をとる」 そ」コグズワースよ、つこ。 冫しナ「これだけたくさん批評の種があれ 彼は将軍の目で外を眺めていたのだ。 ば、だれが批評家にならずにいられよう ? この不快な世界が、神 カール・クレ・ ( ーの世界を覗こうという試みは、あやうく大失敗の手で創られたか、それともやぶにらみのダチョウの卵から生まれ に終わるところだった。チンパンジーを研究しようとした行動主義たかというジレンマに直面すれば、だれが懐疑家にならすにいられ 心理学者について、こんな話が残っている。心理学者は、好奇心のよう ? ・ほくは阿呆の目で阿呆の世界を眺めたのだ」 強いその動物を個室に入れ、ドアに鍵をかけた。それから鍵穴に近もう一度休息をとりながら、コグズワースはひとりごちた。「・ほ づいて、中の様子をうかがおうとした。だが、鍵穴のむこうに見えくはこの世界を、巨人と、王者と、盲いた隠者と、将軍と、出歯亀 たのは、中から彼を覗きかえそうとしているチン。 ( ンジーの茶色のと、阿呆の目で見た。あとは天使の目でそれを見るだけだ」 目玉だったという。 ヴァレリー・ モックは天使かもしれず、天使でないかもしれな それに近いことが、ここでも起きた。カール・クレ・ハーはこの実 。彼女は美しい女性だが、天使というものは、時代の古い、より - ちらかといえば 験のことを知らないのだが、それにもかかわらず、見ることはまた典拠のある宗教画では、毛羽立った翼の生えた、ど 見られることでもあった。ある状況の気まぐれによって、クレ・ハ 厳しい顔つきの男性に描かれている。 も同時にコグズワースを観察しているのだ。そして、コグズワース ヴァレリーはたえずなにかを面白がっているような表情の女性 がクレ・、 ーの目で見ることができたときでさえ、彼が見ているのは で、すべての魅力と喜びの化身だったーーーすくなくとも、チャール 彼自身なのだった。 ズ・コグズワースにとってはだ。彼はヴァレリーがすばらしい機知 「・ほくは出歯亀の目で眺めている」と、コグズワースはいった。 の持ち主だと信じていた。だが、もしとことんまで問い詰められた 「ところで、このにくとはいったい何者だ ? 」 としたら、彼女のロにした警句をただの一つも思い出せなかったろ もし、最初に人ったグレゴリー・スミルノフの世界がいちばん壮う。彼はヴァレリーを申し分のない親切な女性と見ていたし、事実 大たったとすれば、最後から二つ目に入ったエドモンド・ギラーム彼女はどちらかといえば気のいいたちだった。しかし、スミル / フ ズの世界は、あらゆる意味でいちばん卑小といえた。それは輸胆管の言葉をかりると、彼女は通常、異常と考えられる女性ではなかっ の内側から覗いた世界だった。エドモンドが楽しい人間ではないよ うに、それも楽しい世界ではなかった。しかし、一生かけて、ぐに ごく最近になってコグズワースは、彼がヴァレリーに感じている
そのあと、彼はシオドア・グラモントの目で外を眺め、哀れみが だが、いくら実体がないとはいえ、この世界へもまた戻ってきたい 湧くのを感じた。 な。さしずめ、これは盲いた隠者の目で外を見ていた感じだ」 「もし、・ほくがグレゴリーに比べて盲目だとしたら、この男は・ほく 楽しく胸おどるこの実験は、また、くたびれるものでもあった。 に比べても盲目だ。すくなくとも、・ほくは丘が生きているのを知っ コグズワースは十五分の休息をとってから、・・オイラーの世 ている。彼はそれを不完全な多面体としか思ってない。彼は砂漠の界に入った。入ったとたん、彼は賛嘆に満たされた。 真中にいて、しかもそこに住む魔物たちに話しかけることすらでき「なみの人間には、この世界を覗くのはむりだろう。きっと気が狂 ずにいる。彼はこの世界を抽象し、それを数にあてはめたが、この ってしまう。雀の羽毛のすべてと、そこにたかるすべてのダニの数 世界が生き物だということすら知らない。おそろしく複雑な自分のまで定めた創造主、これはまるでその創造主の目から見た世界だ。 世界を作り上げはしたものの、その脇腹の色を見ることもできなすべてのディテールが相互に結びついたヴィジョン。これにはどぎ い。この男があれだけ大きな業績を上げられたのは、出発点でこれもを抜かれる。この世界は、見るだけでも楽じゃない。これにはま だけ大きなものを否定したからだ。いまようやくわかったが、最高 どうして彼はこれに耐えられるのか ? しかし、彼がご の理論も、歯のないやつが身代りにかじった一つの事実でしかない。 たごたしたディテールのすべてを、それがごたごたしているほどよ
まったく情熱というものから切り離された、平安がすべてを包みこ に、彼女にとっては、草そのものも蛇のかたまりのようだし、世界 む、夢見心地の世界だ。不快なもののほとんどない、ー ・まんやりしたそのものが肉体なんだ。あらゆる茂みが彼女に流し目を使うサチ、 灰色の世界だ。おれはこれまで、日ざしのぬくもりや、ひやっこい ロスに見え、素通りができなくなる。岩はクモに似た怪物で、彼女 土の感触が、あんなにすばらしいものだとは知らなか 0 た。も 0 とはそれが大好きた。彼女はどの雲の中にも悶える肉体の群れを見 も、われわれはすぐあの世界に退屈するたろう。しかし、プタは退て、その中〈加わりたいと焦がれる。街灯の柱を抱きしめるだけ 屈しない」 で、彼女の心臓はいまにも飛び出しそうに高鳴るんだ。 「おもしろいね、グレゴリー。しかし、ぼくのショックの要点には 彼女は遠くから、あるいかがわしいやり方で、雨の匂いを嗅ぎ、 触れていない。ヴァレリーは美しい いや、すくなくとも、以前それに包まれたいと願う。彼女はあらゆる = ンジンを火の怪物と崇 の・ほくには美しか 0 た。彼女は優しく落ちついて見えた。いつも彼め、たれも聞いたことのないような物音を聞きとる。土の中で 女はある謎を秘め、それをとても面白がっているようすたった。い ズがどんな音を出すか。きみは知っているか ? 物凄いものた。彼 「たん理解ができれば、それはきっとこの世のなによりもすばらし女はその音に身もだえし、 ミミズといっしょに土を食う。カードレ いものにちがいない、とぼくは想像していた」 ールに手をのせるだけのことが、彼女がやるとワイセッ行為になっ 「ところが、その謎というのは、彼女がおそろしく官能的な世界にてしまう。あらゆる色と音と形と匂いと感触に、どこか卑猥さが混 住み、完全に意識してそれを楽しんでいることだった。それだろうじっているんだ」 が、ショックのもとはフ・」 「しかしな、チャールズ、彼女は平均よりもほんのすこし魅力的な 「きみはシ ' , クの深さを知らないんた。身の毛がよだ「たよ。あ女性、物思いにふけりがちで、この世界〈の愛と親しみという、わ の世界の色彩は信じられないほど下品で、形ときたら不快そのもれわれの大半が失 0 たものを、また失わすにいる女性でしかないん の。中でも匂いがいちばんひどい。樹木が彼女にはどんなふうに匂たよ。彼女は現実と、現実のおもな徴候であるグ。テスクさに対し うか、知っているか ? 」 て、鋭い認識を持っている。きみ自身は、あんまりそれを深く持っ 「なんの木だ ? 」 ておらん。だから、いきなり強力なそれにでくわすと、ショックを 「なんの木でも、 しい。あれはたしか、ふつうのニレたった」 受けるんだ」 「スペリ = レは、季節によ 0 て芳香を放つ。ほかの = レは、おれに「すると、あれが正常だというのか ? 」 はなんの匂いもしないよ」 「正常なんてものはない。個人差があるたけだ。ほかのわれわれの 「いや。そうしゃない。彼女の世界では、どんな木もプンプン匂う世界に入 0 たときには、きみはそれほどのシ ' 〉クを受けなか 0 んだ。あれはふつうのニレたったが、彼女の好きな、すごくなまぐ た。それは、われわれの世界の角が、大部分すりきれていたから さい麝香臭がしていた。頭がくらくらするほど強烈た 0 た。それさ。ところが、純粋無垢な世界に入ると、予想もしていなか 0 た違
ものが、当惑というよりは愛であることを確信していた。そして、 た。いまの彼は、前にはなかった一種の自嘲と、にこやかな諦観を 尋常の手段で、彼女を理解することが絶望的である以上ーーーもっと身につけていた。まるでそれは、他人の世界を眺めたことで、自分 も、ほかのみんなはけっこうやすやすと彼女を理解していたが のために新しく、もっと・苦味の多い世界を発見したかのようだっ いまから彼は理解のために、尋常でない手段を使おうとしたのだっ 以前の彼の友人の中で、相変わらず親密につきあうのは、グレゴ 「・ほくは天使の目でこの世界を見るんだ」 そういいながら、彼 丿ー・スミルノフだけになった。 よヴァレリー・ モックの目で世界を眺めた。 「おおかたの察しはつくよ、チャールズ」と、グレゴリーはいっ 眺めるうちにある変化が彼の上に訪れたが、それは央い変化では 「こういうことになりはせんかと、おれは心配してたんだ。事 なかった。彼は彼女の目を通して、かなりのあいだ たぶん、グ実、彼女を実験対象の一人に含めることにも、反対したろうが。理 レゴリ ーの目を通して見たときほど長くはなかったろうがーーそれ由は簡単、きみはあまりにも女について知らなさすぎる」 ザメンノフのゼミにも でもかなり長くのあいだ、そこから目をそらすことができずに、世「参考文献はぜんぶ読んだよ、グレゴリー 界を眺めていた。 六週間かよった。女性に関するポツ。フの全著作にも、ほとんど目を 彼はそっと戦慄し、わなわなと震え、身をすくめて自分自身の中通した。ぼくはきみとおなじぐらいの年数をこの世界で暮らし、 へあとずさりした。 つも大きく目をあけて物事を見てきた。女性について、およそ理解 彼は機械から離れ、両手で顔を覆った。 可能なことは一通りわきまえているつもりだ」 「ぼくはブタの目で世界を見てしまった」 「ちがうな。女はきみの専門じゃない。きみにショックを与えるも のの予想はついていたよ。女が男よりずっと官能的だということ を、きみは知らなかったんた。しかし、どんなことにショックを受 けたか、きみの口から説明を聞いたほうがいいかもしれん」 「ぼくはヴァレリーを天使と思っていた。それが・フタだとわかった チャールズ・コグズワースは六週間サナトリウム入りをしたが、 表向きの口実は別に作られた。彼は第二の大発明を世界にもたらしショック、それだけのことさ」 たが、その完成のため、心身ともに疲れ果てたーー才気煥発の性格「きみがプタを女よりもよく理解しているかどうかは疑わしいな。 とんかんず の持ち主によくあるように、発見から完成までの躁状態のあと、反おれもつい二日前に、世界の豚瞰図を見たばかりさ。それも、きみ の大脳走査機を使ってだ。きみが入院しているあいだに、あれを使 動的に強い鬱期がめぐってきたのだ、と。 しかし、ともとコグズワースは健全な気質である上、治療も万ってかなりの仕事ができた。プタの目で見た世界には、最も潔癖な 9 全だった。とはいえ、回復しても、彼はもとの自分に戻れなかつ人間にさえショックを与えるようなものはない。あれは、ほとんど
いにぶつかることになるんだな」 霊の目から眺めたり、正体不明の生き物の目から眺めたりした。 いたるところにみなぎった下劣さをほとんど埋め合わせるような高 「それたけが原因だとは思えないね」 チャールズ・コグズワースはヴァレリー・ モックからの手紙に返貴さを、あちこちに見出しもした。 事を出そうともせす、彼女に会おうともしなかった。しかし、彼女しかし、なによりも彼が好んだのは、友人のグレゴリー・スミル の手紙は愉快で優しく、そして彼を案じる気持もちょっぴりこめらノフの目で世界を眺めることたった。巨人の目で眺めると、あらゆ れていた。 るものが壮麗に見えたからである。 ・モックを見る 「いったい、・ そしてある日、彼はスミルノフの目でヴァレリー ほくは彼女にどう匂うんだろう ? 」と、コグズワース ことになった。実験の最中に、たまたまこの二人が出会ったのだ。 は自問した。「ニレの木のように匂うのか。それとも土の中の ズの匂いか ? ぼくは彼女にどんな色に見えるんだろう ? ・ほくの彼女に対する以前の気持の幾分かが戻ってきただけでなく、以前の 声はワイセッだろうか ? 彼女は。ほくの声が聞けなくて淋しいとい尊敬をさえ超えるなにものかが生まれた。そこにいる彼女は、その う。それを埋め合わせるのは可能だ。この・ほくも、彼女にとっては世界のあらゆるものがそうであるように、すばらしかった。そし 蛇のかたまりか、クモの群れに見えるのだろうか ? 」 て、彼女を含めたそのすばらしい世界と、彼女自身の目で見たあの おそましい世界のあいだには、なにか共通の地盤があるはずだった。 というのも、まだ彼はあのとき見たものからすっかり回復してい なかったのだ。 「ぼくはどこかでまちがっている」コグズワースはひとりごちた。 「それは、・ほくの理解が足りないためだ。よし、これから彼女に会 しかし、とにかく彼は仕事に戻り、例の驚くべき装置を使って、 、こ一打こう」 謎の端っこをチビチビかじりはじめた。ほかの女たちの世界を覗き℃冫 / だが、逆に、彼女のほうが彼に会いにきた。 さえもした。やはりスミルノフのいったとおりだった。どれも男た ちの世界より官能的だが、どれもヴァレリー の世界ほど衝撃的な違ある日、彼女が血相変えて、彼のところへとびこんできたのた。 よよ、つこ。 「あなたは棒切れだわ。血のかよってない棒切れだわ。棒切れでで , 。ほかの男たちの目も試した。そして、動物の目もーーーシマリきたプタだわ。あなたは死人と暮らしているのよ、チャールズ。あ なたはあらゆるものを死なせてしまう。最低よ」 スをむさぼり食うキツネの温和な喜び、乳に飢えた子羊の血なまぐ 「・ほくがブタたって、ヴァレリー ? かもしれない。しかし、棒切 さい怒り、馬の露骨な横柄さ、ラ ' ハの知的な寛容、牝牛の食欲、 スのけち臭さ、キャットフィッシュの不機嫌な情熱。予想どおりとれでできた。フタなんて、見たことがないね」 いえるものは、一つもなかった。 「しゃ。ご自分をよくごらんなさい。それがあなたの正体よ」 しこめ 彼は美女が醜女に対して感じる嫉妬と憎悪を、幼児の汚れない邪「いったいなんのことなんだ」 悪を、思春期の悪魔憑きをまなんだ。偶然にではあるが、世界を騒「あなたのこと。あなたは棒切れでできたプタよ、チャールズ。グ ダーガイスト
〈宇宙英雄ローダン・シリーズ⑨〉 闇に潜む敵緑の時代 マール & ダールトン / 松谷健二訳三〇〇 予三八〇 河野典生 緑色の苔におおわれ 「凪レししてしく・イ その緑の世界を 歩するヒッビーたちの 姿を通して自山な魂を 綱いあげた表題作はか 大人のファンタジイ群 フランク・ ト / 矢野徹訳四〇〇 風雲急をつげる砂・の惑星アラキスーー・・黄金の 道を求めて砂漠へと旅立ったレトを待ち受け 魔法つかいの夏 ていた驚くべき事実とは卩第三部堂々完結 多感な青舂期の中学生に起る ニ五〇 不思議な出来を描いた表題 石川喬司 作はかの、珠の幻想作品集 庫世界の中心で 愛を叫んだけもの 昇天する箱船の伝説 文 ーラン・エリスン / 浅倉・伊藤訳 \ 四六〇 ヨーロ 三〇〇 ハを舞台にして現代 〈ヒューゴー賞 / ネビュラ賞受賞〉スピード の伝説をつくリあげる表題作 ワ 矢野徹 感あふれる文体で、様々なシチュエーション ほかの傑作ファンタジイ集ー・ の中に独自の世界を築きあげた傑作短篇集ー カ Q- ・」・ファーマ ーポート ( 仮 ) 夢の棲む街 ャ一夢のリ LLJ ・日・バロウズ 刊ターサンと女戦士 〈夢食い虫〉のパクが住む街 ジャック・フィニイ 盗まれた街 を日 いた表題作など、硬質の 一生と死の支配者・シルヴァーバ イメージが紡ぎ出す架空世界山尾友 5 「十
S F スキャナー 昨年の秋、ソ連の図書館から小さな小包が書一 留便で送られてきた。待ちに待ったと言うより は、ほとんど諦めかけていたマイクロフィルム がとどいたのだ。今から半世紀近く前、ソ連で ごく少部数しか出版されなかった貴重な文献 の複写だ。文学作品ではないが、研究書と しては恐らく世界的にも極めて珍しい出版物で ある。少し大げさな言いかたをすれば、古今東 西の活字になったすべての文献の中から、 的アイデアを抽出して集大成した一種の百 科事典だ。大げさとことわったのはあとで詳し く触れるようにこの企画は、手に入った三巻で 終っているためで、当初の予定どおり完成して いたら ( 全十巻もしくは十一巻になるはずだっ たのだ ) 、文字通り世界最大の百科事典に なっていたのだ。ここでもまたソ連の政治がユ ニークな文学的研究の成果に暗い影を落した跡 が見られる。最後の巻が出た一九三〇年以降、 ソ連ではは言うに及ばず文学全般、さらに「 は社会全体から、スラ・フ人特有のおおらかな空 想力と楽天性を奪ってしまう暗い時代に入るか らだ。恐らくこの企画は、ほとんど完成してい たのではないだろうか、そう考えるとあまりに も残念である。 この大百科事典は、まるで学術書みたい コミュ - 一ヶーション に『惑星間通信』という。編者はニコライ ・アレクセーヴィチ・ルイ = ン。も残して いるが、そっちのほうはあまりばっとしない。 ( もっとも、日本人が登場する最初のを書第 . いたのはかれかもしれない。一九二四年に発表 した『空洋で』には、日本人技師ヤマトが主人 ラジオ 公として活躍し、電気と磁気を応用した無線宇 半世紀前に作られたソ連の S F 百科事典 S C A N N E R 見 宙船を設計建造する ) 編者と書いたが、実は著 一者と書くべきかもしれない。かれは企画、調査 4 研究、執筆、はては、どうやら出版まで自分で やったようだ。最初の巻の序文で、一人では完 籌【璧を期せるような仕事ではない、惑星間通信百 科事典といった類のものの一種の試みにすぎな いと言っている。 二第 第 一昨年の夏、なにかのおりに野田昌宏さんか ら、ルイニンという男がソ連で二十年末ごろ TJ 自、百科みたいなものを出しているが、それの原 書が手に入らんものだろうかと訊かれた。原書 . 一は無理としてもマイクロならなんとかなりそう だ、しかし、なんといってもいちばんむつかし い時代だ、ものによってはマイクロでもだめだ ろうなと思いながらさらによく話を聞いてみる 、と、なんと、がその内容に注目し、英 語に翻訳して、タイプ印刷で出版したという。 そこで、とにかくその英訳版のタイトルペー ジを送ってもらうことにした。ルイニン : 十年代 : : : たいしたやつじゃない、しかしどこ か頭の隅でひっかかっている。目録を調べたら 簡単に見つかった。 Z ・・ルイニン『惑星間 通信』、第一巻『空想と伝説と最初の幻想小説』 レニングラード、 個人出版 ( ! ) 、一九二八年 刊、一〇九頁。第二巻『宇宙船 ( 小説家が空想 ュニケーション ) 』出版地同じ、 した宇宙間コミ ・・ソイキン社、一九二八年刊、一六〇頁、 ファンタジイ 第三巻『小説家の空想と科学者の計画に見る ・■光線エネルギー』出版地同じ、個人出版、一九 三〇年刊、一五三ページ。 こりゃあどうしたこった ! ソイキン社と、 えば個人経営の出版社じゃないか、するとまる
グリーンの最初の本格的長篇。 しい苦難の果て、黄金の道を見いだしたレト ザ・クライム を待っていたものは : : : 。第三部堂々完結。 今月のブック・ガイド 著者日山野浩一 / 230 頁 / 1200 円 / 冬囚われの世界 ( 十二月二十五日 ~ 一月二十五日 ) 樹社 / 日本ニュー ・ウェープの旗手山野浩一 著者日ハリイ・ハリスン / 訳者日島岡潤平 / の第四短篇集、全六篇収録。 288 頁 / 340 円 / 文庫 / サンリオ / 谷に 雨月物語癇癖談 スラップスティック 閉じ込められたアステカ人部落は想像を絶す 校注浅野三平 / 270 頁 / 1400 円 / 新 著者日カート・ヴォネガット / 訳者浅倉久 る虚構の上に成立していた 潮社 / 近世孤高の鬼才、上田秋成の幻想的作 志 / 一一五七頁 / 一一一 0 〇円 / 早川書房 / 重力ノーラの箱舟 品群と、 。ハロディ形式の社会時評。 が強くなってしまった地球を舞台に、鬼才が 著者日御厨さと美 / 4 8 0 円 / 奇想天外社 / 宇宙時 贈るチック傑作諷刺。最新長篇。 〈奇想天外コミックス〉迫り来る核戦争の危 著者日荒巻義雄 / 218 頁 / 9 8 0 円 / 徳間 世界大賞傑作選 ・ヒロイン、 / ーラ癶立場ー 書店 / 深い思弁と豊かな空想力が産む広大多 編者日アイザック・アシモフ / 監修日伊藤典ムルガーのはるかな旅 彩な創造の世界。俊英の原点を鮮やかに示す 夫・浅倉久志 / 2 6 6 頁 / 3 2 0 円 / 文庫 / 著者日ウォルター・デ・ラ・メア / 訳者日脇 冒険 4 篇を収録する初期作品集。 講談社 / ・アンダースンとゴードン・・ 明子 / 2 9 6 頁 / 予 3 4 0 円 / 文庫 / 早川書 ウは宇宙船のウ ディクソンの短篇を 2 篇収録。 房 / 行方不明の父を探しに旅立った三匹のサ 原作ⅱレイ・プラッドベリ / 漫画日萩尾望都世界の中心で愛を叫んだけもの ル王子の不思議な冒険を描いた古典的名作。 / 2 3 0 頁 / 3 0 0 円 / 文庫 / 集英社 / 表題 著者日ハーラン・エリスン / 訳者浅倉・伊闇に潜む敵 作他、「びつくり箱」など 8 篇を漫画化。 藤 / 3 0 4 頁 / 4 6 0 円 / 文庫 / 早川書房 / 著者 " マール & ダールトン / 訳者日松谷健一一 オグの第ニ惑星 ヒューゴー賞受賞の表題作ほか、エリスンの / 2 61 頁 / 3 00 円 / 文庫 / 早川書房 / 宇 著者日。ヘーテル・レンジェル / 訳者日松谷健 多彩な才能をいかんなく発揮した短篇集。 宙英雄ローダン・シリーズ⑩。冬眠者を載せ 一一 / 216 頁 / 900 円 / 早川書房 / 間近に脱線 ! たいむましん奇譚 た宇宙船を探してグッキーらの大活躍ー 迫る異星人の侵略を目前にして、惑星エーラ 著者日横田順彌 / 208 頁 / 790 円 / 講談夢のセント銀貨 の人々が企てた途方もない計画とは卩 社 / 表題作ほか「日本ちん・ほ * 」「 著者ⅱジャック・フィニイ / 訳者Ⅱ山田順子 解放された世界 << 」など最新のハチャハチャ全 9 篇。 / 2 2 2 頁 / 予 2 6 0 円 / 文庫 / 早川書房 / 著者日・・ウエルズ / 訳者日水嶋正路 / 旅に出るときほほえみを 二つの世界を往き来する魔法の銀貨を手に入 296 頁 / 340 円 / 文庫 / サンリオ / 核戦 著者日ナターリヤ・ソコローワ / 訳者日草鹿 れた青年のユーモラスな冒険。 争の惨禍を経て理想の世界国家が成立するま 外吉 / 198 頁 / 280 円 / 文庫 / サンリオ妖女サイベルの呼び声 でを描く史上不朽の予言小説。 / 地底潜行する怪獣とその発明者に独裁 著者ー ーパトリシア・マキリップ / 訳者日佐藤 輝く世界 制の嵐が ! 現代ソ連の話題作。 高子 / 312 頁 / 予 3 6 0 円 / 文庫 / 早川書 著者Ⅱ・グリーン / 訳者日沼野充義 / 30 デューン砂丘の子供たち圄 房 / 世界幻想文学賞受賞。魔法の獣たちを飼 3 0 頁 / 1400 円 / 月刊ペン社 / 「ロシア文 著者日フランク・ハー ート / 訳者日矢野徹 う女魔法使いが経験する、人間の愛と憎悪。 学における最も独創的な作家」と絶賛される / 3 6 8 頁 / 4 6 0 円 / 文庫 / 早川書房 / 激