男 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年3月号
229件見つかりました。

1. SFマガジン 1979年3月号

ひとりの男が砂漠の中の奇妙な建造物の中に入っていくと、中に 緑色したヘンなやつがいて、男はイヤというほど蹴とばされるのだ が、べつにやり返しもせす、そのまま奥の部屋に入る。 そこにはなにやら機械がぎっしりつまっていて、テレビのスクリ ンには砂漠の上にひッくりかえった例の。フテロダクティルと、あ たりをイライラして歩きまわっているアルザックの姿。男の手によ って機械が直るとプテロダクティルは生きかえり、男は車でいずこ へともなく去っていく。 いいんだなあ、これが。非常に上質の短篇小説の感しなのた。 ・ ARZACH" より⑥ 1977 , HEAVY METAL COMMUN ℃ ATIONS, INC.

2. SFマガジン 1979年3月号

黒いマントのほっそりした人影が入っていったのは、そうした店勝負が荒れていることはすぐわかった。なぜならひとりの男の前 のひとつである。 にだけ、うずたかい銀貨の山が積み上げられ、そして他の男たちの 厚い毛皮をぬいで、ありふれた黒いフードつきのマントで、その口からはひっきりなしに、勝連にのってしまった悪魔へのロ汚い呪 比類のないプラチナ・・フロンドの輝きも、不吉な目の光もおおいか詛がほとばしっていたからだ。見守っている連中は固唾をのんで、 くされているはずだったが、それにもかかわらずその黒い姿は、喧賭けの成りゆきを恐れているようだった。 騒の中でひどくひと目に立っていた。 キッドはマントの内側に手をつつこみ、それがぬきだされたと き、マントと共布でつくった黒の手袋でつつんだすんなりとした手 かれがすりぬけようとするたびに、髭づらから、声がかけられが、びとかさねの銀貨を握っていた。 「賭けるつもりかい。お止しよ」 「何を捜している ? 俺じゃないのか ? 」 見ていた酒場女が叫んだ。 キッドは何も答えず、いっそう深々とフードを傾けて、タ・ハコの 「あいつはノーマンの野郎だ。テルゴスの悪霊とかわりないよ」 煙と盃のふれあう喧騒と、そしてむっとする熱気の中をすりぬけて「賭けるのはお止しよ」 ゆく。だがいくらも人をかきわけてゆかぬうちに、 酔っ払いと、酒場女たちが叫んだ。 どこから来たんだ。ヴァルハラか ? 」 キッドはかまいもせすにその手をさしのべ、ひとかさねの銀貨を 賭台においた。 からかい半分の声がかけられ、太い指がのびてくるのだった。 肌をあらわにしてメタル・ファイバーのドレスをはりつけただけ前にふた財産ではきかぬような銀貨をつみあげている男が顔をあ の女たちは、さすような目でその不吉な姿を見た。そして腕を自分げ、黒と赤のカードを叩くのをやめて、かれを見つめた。微かに黄 の腰にまいている髭づらの男たちの目から、そのひと目で美しいと色つぼい物騒な光を湛えている目が、黒いほっそりした姿を認め わかる姿を隠そうとするかのように、大きな胸をおしつけた。だ が、それでも、 「賭けるのは男のやることだよ」 「おい、何を捜している。俺じゃないのか ? 」 誰かが云って、かれをひきとめようと手をかけた。キッドはその 盃を叩いてのそきこもうとする男たちがあとからあとから声をか手を払いのけもせず、ばかにしたように、若々しい少年の声を張り けるのだった。 上げて叫んだ。 キッドはしかし相手にせずに、酒場をとおりぬけ、ドアをぬけて「赤の三に五十」 奥の賭博のテープルまで来た。そこではよそよりも高額で、よそよ「黒の三に五十」 りも荒つぼい賭けが行なわれているようだった。 直ちに、勝っている男が応じた。彼は肩幅の広い、姿のいい男

3. SFマガジン 1979年3月号

ようだ。 だが、仲間たちに示す必要もなかった。三人は、悲鳴をあげてひ 「よし、開けろ」 つくりかえるところだった。 低い声が命じた。隠しドアがひらくのに、いささか手間がかカ 、つ凍りついて、すでにまったく息絶えているはずのテルゴスの悪霊 た。金属が、凍りついていたからである。 が、白い霜におおわれたフードの陰から、ゆっくりと目をあげて、 「何ていう寒さだ」 黄色い目でまともにそいつらをにらんだのだー 一歩、牢獄に踏み込もうとした植民地人が喘ぐように云った。か「悪魔だ ! 」 れらはみな、厚い毛皮つきのコートと、毛の裏をつけた・フーツとで最初の男が叫ぶなり、室をまろび出て逃れようとした。だが、そ 身をかためていたのだが、この室の中のおそるべき冷気は、想像をのときにはすでに、まるで動き出した彫像のようなノーマンの手が 絶するものだった。 のびて、その男をひつつかみ、壁に叩きつけていた。 「これでは、あの野郎もう確実に冷凍人間になっていらあな」 頭蓋のつぶれて脳漿のとびちるイヤな音がした。わあっと叫んで 「隊長が、出してやれというのが、遅すぎたのさ」 とびのいた三人が、超高熱ビームを腰にさぐる一瞬に、黒い巨大な 「くそ ! ヴァルハラの頂上だってこんなに寒かないだろうぜ」 疾風のようにノーマンの拳が、一人のみそおちにふかぶかとのめり 入ってきた男たちは、全部で四人いた。かれらは口々に役目の辛こみ、もうひとりをかかえあげるなりつららのようにヘし折った。 さを罵りながら、霜ですべらぬよう注意して牢獄の中に足を踏み入残るひとりはまたたくまに金属壁を染めた同僚の血の海の中でヘ れ、うずくまった戦士のところまでやってきた。 たへたとくずれこみ、ほとんどまだ何事が起こったのかさえのみこ 「やれやれ、これじやカチカチだ。みろ、叩いたら粉々になるぜ」めていないようだった。テルゴスの虎の強大な手につかみあげら れ、その黄色い、恐しい凶暴な目が目の前でのそきこんだとき、は 「これじゃ蘇生室へ入れてもムダなことだろう」 「四人で持ち上るか ? あの貸部屋で持ち上げたときでさえ、べらじめて男は空気のぬけたような呻き声をあげた。 「ロヨルドの少年は連れてきたのか ? 」 棒に重かったそ、こいつは」 ノーマンは、衿をとらえてゆさぶりながらささやくように云っ 「とにかくトロッコを持ってこい カチカチだ、といって戦士の背中を叩いてみた男が、ふいにのけた。 ぞるようにして身をひいた。突然ぶつかられて、他の三人はよろめ「それとも俺たけという命令だったから、あの貸部屋に放り出して いて、口々にその男を罵った。 きたか ? 」 男はロがきけなかった。信じがたいものを見た驚愕に、目玉がとそれはさながら黄色いつむじ風に巻き上げられたようなものだっ びだし、くちびるが色を失ってふるえていた。彼は物を云おうとあた。抗うなど思いもよらなかった。男は減茶苦茶にゆさぶりあげら 5 れ、咽喉をおしつぶされてぜいいと息を洩らしながら答えた。 えぎながらさししめした。

4. SFマガジン 1979年3月号

は涸谷で水場は遠い。 水汲みに行ったのなら、ファーナスは当分の 間は帰ってこないだろう。 「ファーナスの居場所を言え ! 」 ハリイデールは気を緩め、うとうととまどろんだ。 男は一歩、威圧的に前に踏み出した。 石を踏むかすかな音が、地を伝わってきた。近い。そう思っ ハリイデールの両眼が光った。無言のまま、全身から殺気が燃え たとたんに、目が覚めていた。 立っ炎のように噴出する。筋肉がパン。ファップして、ふくれあがっ 「ファーナスか : た。美獣の怒りが、ふつふっとたぎり始めたのだ。 横になったまま、声をかけた。返事はない。ふっと、気配がひと「ま、まてーこ りではないことに気がついた。 剣を抜いていない一人が、対峙する二人の間に割ってはいった。 跳ね起きた。右手には、構えてこそいないが、すでにグング = ー背の高い男は、ホッとしたように身を引いた。生ま身の人間が、美 ルの槍を握っている。 獣の気力に拮抗できるわけがない。この戦士は、もう少しで緊張と 四人の男が、洞穴の入口のところに佇んでいた。いずれも鎖かた恐怖のあまり悲鳴をあけるところだったのである。 びらに甲胄の、戦士のいでたちである。いかつい顔の、なかなか屈「われらは余人と争うために来たのではない」間に立った男は言っ 強そうな連中といえよう。うち二人は腰の凧剣を抜き放っている。 た。「ただファーナスの行方を知りたいだけなのだ」 「何しにきた ? 」 ハリイデールは、静かに問うた。 相変わらず口をきかなかったが、ハリイ デールの殺気は、わずか 「われらはグルスノルンの領主に仕える傭兵部隊の者だ」 にやわらいだ。 四人の中で、もっとも背の高い戦士が答えた。この男は剣を抜い 「ファーナスは、われらが隊長の囲い者だ。いわゆる男妾というや ている。 つだ。隊長はファーナスをいたく気に入っておられたのだが、あや 「そんな者に用はない」 つめ、拾われた恩を忘れて、砦を逃げだしおった。 ハリイデールは、素っ気なく言った。 それでわれらが追ってきたのだ。 「そちらになくとも、われらにはある」男は胸を張った。「ファー といっても、殺すわけではない。隊長は、こうなってもまだファ ナスをどこにやった ? 」 ーナスがかわいいと言っておられる。だから殺さずに連れ戻すの が、われらの使命だ。頼む。行方を教えてもらえないだろうか」 「と・ほけてもだめだ ! 黒小人から、ファーナスとおぼしき男が、 お前とともにここへ来たことを聞きだしてある。 一転して、いま少しで哀願にもなろうというロ調だったが、これ それにお前もたった今、″ファーナスか当と口にだした」 もハリイデールは黙殺した。何もファーナスに義理だてしているの ー 42

5. SFマガジン 1979年3月号

5 9 物も水もない」 中年の男は、ガード・レールに片足を掛けるま、当病院にかつぎ込まれたんです。ええ、あな たはその一人です。もう一人の方は、意識不明の 中年の男は、笑い出した。 と、あっと言う間に飛び降りていった。それは、 まま、先程、亡くなられました。残念です。あな 「それは、大丈夫だよ。元、我々がいた三次元と深淵の中にみるみる吸い込まれていく。信介は、 たは、あの事故のただ一人の生き残りと言う訳で 今いる一次元とでは、時間の性質が違う。腹もすまた一人になった。 信介も覚悟を決めた。 す。極めて、幸運でしたよ」 かなければ、年もとらない」 「そうなんですか」 「あと一万歩歩いて、らちが開かなかったら、飛信介は、はっとして医者に尋ねた。 とんな人でし 「先程、亡くなった方と言うのは、・ 「考えようによっちゃ、こっちにいる方がよほび降りる」 たか」 ど、幸福だぞ。働かなくていいし、おまけに永遠そう決め、信介はゆっくりと歩き出した。 千歩。二千歩。三千歩。道は相変らず果てしな「中年の男性でしたよ。何でも、物理の教授だっ の命だ。その代わり : : : 」 く続き、何の変化も起こらなかった。信介は、頭たとか」 「その代わり ? 」 信介は、声が出なかった。医者が信介の腕をめ 「やる事も何もないがね」 を下げて、道の先を見ないようにした。六千歩。 信介は身震いした。 七千歩。信介は着実に歩き続け、ついに一万歩とくり、注射をした。生きていると言う実感だった のだろうが、今の注射はいやに痛く感じられた。 「冗談じゃない。死んだ方がましですよ」 なった。信介は頭を上げた。 「おっ」 中年の男はうなずいた。 信介は目を見開いた。変化があった。白い道 「全く、その通りだ」 二人の男は、それきり黙り込んだ。 が、ある地点から若草色に変っていた。信介は走 道は無限の如く長く、眼下の深淵は重々しい。 りに走って、若草色の道に突入していった。 青みがかった空間。茶色っぽい雲。黙ったまま歩若草色の道に入ってほどなく、道のまん中には いている二人の男。全てが、静寂そのものだっしごが見えて来た。信介は、それにしがみつき、 喜びいさんで登っていった。一段登るごとに信介 突然、中年の男が立ち止まった。顔に決心の色の意識は遠のいていくようだった。 が見える。中年の男は、ガー ド・レールに手を掛 けた。 「意識が戻ったようです」 「ここから、飛び降りてみようと思う」 「よかった、もう大丈夫だ」 「えつ」 目を開いた信介を見て、数人の医者が口々にそ 「出口はないかも知れん。失敗すれば、命を落とう言っている。医者の一人が、信介に話しかけて すだろう。だが、こんな状態でいるよりはい、。 君は、どうする」 「もう、安心ですよ。あなたは助かりました。ひ 信介は、迷っている様子だったが、やがて首をどい事故だったですからねえ。覚えてますか、三 横に振った。 日前のロープ・ウェイ転落事故。乗っていた客十 「そうか。じゃあ、これで」 六名の内、十四名は即死、二名は意識不明のま こ 0

6. SFマガジン 1979年3月号

・いいⅱロいいい日日いいⅡいⅡいい ! いⅱ日 : ロいいいいⅡ凵日いいい凵ロいⅡ日 : 日いⅡロいⅡロいヨⅡ日日日日日日Ⅱいいい日いいいⅱいいⅡいいい口いいいい : い口ⅱロいいいいいい口いロロいいい日い日日い日 気が付くと、信介は白い道の上を歩いていた。 こえて来た前方の道に目を凝らした。次の瞬間、 「判りません。気が付いたらこの道を歩いてまし 9 「あれつ ? 」 信介は飛び上がった。 信介は、回りを見渡した。何もなかった。そこ「人だ。人がいる」 「やつばり」 には、青みがかった空間と時折り流れて来る茶色遠くてはっきりとは見えないが、確かに人であ中年の男は、考え込むように首をひねった。 つばい雲があるだけだった。しかも、信介の歩いるらしかった。手を振っているように見える。 「何はともあれ、歩きましよう。そうすれば、何 ている白い道は宙に浮いているようで、下を覗く 信介は駆け出した。相手の人間もこちらに向かか解決の糸口が見つかると思います」 と、果てがないと思われそうな深淵が、漫然と広っている。次第に相手の顏が、よく見えて来た。 「うむ」 がっていた。 中年の男たった。やがて二人は、道の上で合流し 信介と中年の男は、肩を並べて歩き始めた。 白い道は、幅二メートル位で、両側に腰の高さた。 程のガード・レールが付いている。道は眼前にえ「わしのほかに人がいたとは」 二人は、言葉も交さず、たた黙々と歩いてい んえんと続いていた。 中年の男は、大変喜んでいる。信介もこれにた。ゆるやかな風が、不意に信介の顏に触れた。 「何故、こんな所に」 は、全く同感だった。まさか自分のほかに人がい変に生温かい。 どうしているのか、信介は考えたが、判らなかるとは思いも寄らない事だった。 「気持ちの悪い風ですね」 った。全く不思議である。 「君は、いっこの妙な世界に来てしまったんだ 信介は、中年の男に話しかけた。だが、中年の 「夢かな」 ね」 男はそれには答えず、すこし間を置いてから、喋 それにしては、余りにもリアルであった。信介 と、中年の男が信介に聞いた。 り出した。 はとにかく、歩き続ける事にした。他にやる事も 「わしは大学で、物理の講義をしておってねえ。 物理と言う学問の性質上、異次元の事について それから、どの位歩いたろうか。ずいぶん歩い も、多少の知識は持っている。多分、ここは一次 たと信介は思った。だが、道は一向に終る気配を 元・ーー線の世界だよ」 見せない。信介は何となく恐くなって来た。 信介は、少なからず驚いた。 「一体、どこまで続くのだろう」 「何ですって。線の世界」 信介は立ち止まり、後ろを振り返った。 「うむ。この道が、つまりは線だよ」 ( 引き返すか ) 「それで、脱出の方法はあるんですか」 とも考えたが、それは思いとどまった。直感的 中年の男は、苦笑した。 に危険とみたからである。 「そんなに研究は進んでおらんよ。でも、何か方 「一休みしてから、また歩くか」 法はあるはずだ。現に我々が、今こうして、一次 信介は、ガード・レールにもたれるように、道 元の世界に入っているんだからな。入り口があれ に腰を下した。 ば、出口もあるはずた」 その時、かすかに人の声がしたように、信介は 信介は、事の深刻さを改めて思い知った。 思った。はっとして立ち上がると、信介は声の聞 「早く、出口を見つけなければ。ここには、食べ ・入選作 0 白く長い道 池田信幸

7. SFマガジン 1979年3月号

帯は、黒小人の地だと信じきっていたのである。ベルクの丘でいく くも、どうと転倒した。耳の下ーー急所が無防備にさらけだされる。 さがあった以上、人間もここへやってくることがある。 ーーそれを ハリイデールのかかとが、そこに叩きこまれた。 ハリイデールはすっかり失念していた。 牡鹿は眼球が飛びだし、ロから血へドを吐いて瞬時に絶命した。 しかし、その逡巡は、長くは続かなかった。現に目の前で、人ひ まばたきするほどで終わった闘いだった。 とりが命を落とさんとしているのである。人間と関わりたくないと背後ですすり泣く声があがった。 ( イ・ リテールは、ゆっくりと振 か、けだものがどうのこうのとか、言っている場合ではなかった。 り返った。腰が抜けたらしくべタンと坐りこんで、巨木にからだを どうせ、俺は大鹿を求めてきたのだ。たまたまその獲物が人もたせかけている男の姿が目にはいった。白い貫頭衣を着たきやし 間を襲っていたたけではないか。 ゃな若い男である。長い金髪の、まるで女かと見まごう白晳の美青 そう納得して、心のわずかに残っていたこたわりの部分を、捩じ年であった。しかし、今は男はうつけたように茫然となり、たた涙 伏せた。 を流しているだけだ。衣服は泥と血にまみれ、手足も擦り傷と打ち ハリイデールは、グングニールの槍を投げた。 身で真っ黒になっている。 ちょうど男を巨木の幹に追いつめた牡鹿が、男の腹にとどめを刺「どこへなりと行け」 そうと身構えたところたった。槍は牡鹿と男の間を二本の角をかすそう声をかけて、 ( リイデールは牡鹿の死体に向き直った。解体 めて走り、木を一本、真っ二つに裂いて ( リイデールのもとに戻っして、髑髏谷に持ち帰らねばならない。極寒の地であるからすぐに 腐ることはないが、血の匂いを狼に臭ぎつけられる可能性がある。 牡鹿は驚愕して前肢を高く跳ね上げ、反射的に数歩後退した。 ハリイデールは身をかがめ、牡鹿の首を捩じ切りにかかった。 ハリイデールが駆け寄り、割りこんだ。グングニールの と、背後にねっとりとした人の気配を感じた。からみつくよ 槍を地面に突き立てる。この凄まじい力を秘めた槍で仕留めたのでうな視線を伴っている。あわてて上体をよじり、 ハリイデールは後 は、牡鹿は灰になってしまう。それでは、あとで食べることができろを見た。 ここは、何としても素手で倒さねばならなかった。 あの美青年が、すぐそこに立っていた。コ・ハルトの瞳の大きな目 ハリイデールは腰をおとし、両手を前に突き出した。 が、じっとハリイデールのからだに向けられている。 同時に牡鹿が突進してきた。 角が一気に迫ってくる。視野の「何か、俺に用があるのか ? 」 すべてが、牡鹿になった。 不快感にとらわれ、ムッとしたようにハリイデールは言った。 角が触れなんとする寸前、 ハリイデールはわすかに弧を描いて、 「お礼がしたいの : : : 」粘っこい口調と鼻にかかった声で、美青年 右に移動した。角が、かれに対して斜めになる。そのまま角を両手は答えた。「助けてくださったのが、こんなに逞しい素敵な方たっ で招んた。そして、一息に引き倒す気ランスを失って、牡鹿はもろたなんて、わたし、しあわせです」 0

8. SFマガジン 1979年3月号

薪を積める限りソリに積み、デズリは帰途についた。このソリは デズリの前には、毛皮ですつぼりと身をくるんだ、ひとりの太っ デズリがつくったもので、押すことも引くことも必要なく、ただ荷た男が立っていた。宝石のいかにもたよりなげな光でも、その姿は 物を積めば主人のあとをひとりでについてくる魔法のソリだった。 はっきりと見てとれる。 しかもソリの先端には白く発光する宝石がはめこまれていて、闇の それは、たしかに人間だった。ーー人間だったが、。 テズリがこれ 中でもこれがまわりを照らしだすのだ。 までに見たことも聞いたこともないたぐいの人間だった。 ソリが谷のはすれにさしかかったときだった。積み方が悪かった その男は、真っ黒な色の肌をしていたのである。 のか、それとも縛ってあったツルが痛んでいたのか、薪がひと山く 黒小人と呼ばれるだけに、デズリの皮膚もある程度は黒い。しか ツンド ずれ、雪の上に散らばった。 し、その黒さはむしろ、褐色というほどのものでしかない。 デズリはソリを停め、ひとしきり悪態をつくと、薪を拾い始めラに住まう人々の肌は、一様に白い。やや浅黒いだけであっても、 かれらは黒小人と言いならわされてきたのだった。 何本かの薪が落ちたところに、浅いため使われていない洞穴があその男の黒さは、黒小人のそれとは根本的に異っていた。 ギンスンが・がツ・フ った。宝石の淡い光をたよってそこに近づいたデズリは、その奥にの肌は、燃える石よりも、いや、底知れぬ裂け目の果てに広がる闇 何ものかが存在することを持ち前の鋭い感覚で嗅ぎとった。仲間のよりもまだ、黒かったのである。 黒小人ではない。もちろん動物などでもなかった。 デズリは思いきって声をかけてみた。 「わたしは、ナ・ハ・ダ・ルーガ」 そして、返答があったのである。 男は、そう名乗った。でつぶりと肥え太った男で、背もさほど高 しかし、二度目の誰何に答えはなかった。答えはなかったが、か くはない。その上、からだにぐるぐると厚い毛皮を巻きつけている わりに無言のままこちらに歩を進めてくる気配があった。 から、まるで巨大な球体という印象である。頭髪はきれいに一本も デズリの顔色が変わった。ロもとがこわばり、眉根に深いたてじなく、顎に鬚がまばらに短くはえている。造作が比較的のつべりと わが寄った。手が自然に動いて、相手を指差した。 しているので表情に乏しく、むろん顔色はちらとも窺えない。年 齢、感情をその風貌からでは、まったく推し量りようのない男であ 「お・ : : ・御身は : : : 」 黒小人特有の喉の奥でゴロゴロと鳴る音に似た声が、ひどくかすった。 れて本当にゴロゴロという音になった。デズリは何度も喘ぐように「遙か : : : 」ナ・ハ・ダ・ルーガは、言葉を継いだ。「気の遠くなる して声を絞りだそうとしたが、結局それは徒労に終わった。声はどほど遙か南の地から、わたしは来た」 こかの筋がびきつってしまったか、どうしてもでようとしなかっ ナ・ハ・ダ・ルーガとデズリは、洞穴の中にいた。薪を積んで火を引 おこし、ともに腰をおろして向かい合ったのである。盛大にあがる

9. SFマガジン 1979年3月号

るのを眺めて楽しもうという肚であったに違いなかった。 おし黙っていたハリイデールのロが開いた。 「やつばりな : : : 」 ハリイデールを睨んだ。 ゲルズリはいかにも憮然とした表情で、 ゲルズリはニャリと笑った。 今朝、まるで風を思わせる自然さで、この男は髑髏谷に姿を現し リイデールは言った。「腹を護る鎧を兼ね たのだった。ゲルズリは穴の外にでて、細工物に使う材料の吟味を「欲しいのは、服だ」ハ た服が欲しい」 していた。なんの気配もなかった。気がつくと、背後にハリイデー 「ほお : : : 」ゲルズリはわざとらしく目を丸くした。「けたものに ルが立っていたのである。 背が高く、猛禽の眼と黄金の髪と豊かに盛りあがる鋼の筋肉を持鎧とはなア : つ、若い男だった。 なぜかゲルズリは、男を一瞥して、獰猛な「銀仮面との闘いで痛感したのだ。おのが力を過信していては、生 肉食獣を連想した。しなやかで強靱そのものの肢体と、男の全身にき延びることはできん。たかがカエルごときを相手に負うたこの傷 ねっとりとまつわりついている死の匂いーーというか、ある種の血が、それを雄弁に物語っている」 ハリイデールは毛皮の端からのそく、まだ新しい傷跡を指で示し 腥さがそうさせたのだろう。実際には、男のからだ、そのからたを 肩から腰にかけて覆う毛皮、それに右手に握る長槍にも血の一滴すた。 らついてはいなかったのだが : 「ほっほっ、神々の放った殺し屋も、とどのつまりは生ま身の人間 だというわけか」 「美獣かーーー」 ハリイデールを睨めつけていた双眸から静かに挑戦的な「造ってくれるのだろうな : : : 」 黒小人の ゲルズリの言を無視して、ハリイデールは低いが、鋭い声で言っ 光が失せ、その白鬚の中にあるロから、ふっとっふやきが漏れた。 「驚いたものよ : : : 」と「ゲルズリは言葉をつないだ。「予言に歌た。同時に、ゲルズリの顔から笑いが消えた。 われているたけの存在たと思うていたら、眼前にいつの間にやら立「いやだと言ったら、どうするかね ? 」 「それを説きたいかーー」 っておるわ」 ハリイデールは、右手の槍の穂先をすうっと上げて、ゲルズリの 。ししが、所鼻先に突きつけた。 「神々のために悪霊、巨人を討っ美しい獣とは聞こえよ、 「俺は強欲な黒小人のあしらい方をちゃんと心得ているんだ・せ」 詮は殺戮と破壊のために日々をさすらう疎まれ者の存在だ」 「う : : : あ : : : う : : : 」ゲルズリはうろたえた。「わ、わかった し力し、礼だけはしてくれるんだろうな」 「俺のところへは、身の上話と愚痴をこ・ほしにきたのではあるまよ : あったら、言いな」 し何か用があって、きたんだろう ? ( リイデールは黙って足もとに転がしておいた皮袋を取りあげ それを地べたにうずくまっているゲルズリに向かい、放り 「造ってもらいたいものがある」 ロ 4

10. SFマガジン 1979年3月号

だが、それほど気に病むようでもなく、皮の、裏に毛皮のついた で、座っている限りではそう大柄というほどでもなかったが、しか なり し革の服に革の帯と手袋という、あたりまえの植民者の服装をして丈夫な外套を肩にひっかけ、いつものことだと云いたげに歩き出し 2 いるのに、どことなく異質な、あえて云うならば非人間的とさえ見た。 えるようなものを漂わせていた。 盛り場の灯りの下で見ると彼は賭博場の中よりもいっそうどこか 「赤方はないか。赤方はないか」 が違っていた。べつだん、ここでは何星人も珍しくない。 札撒きが声をかけた。室内はしんとした。 / イドのほうがむしろ少ないくらいだ。それなのに、彼の歩いてゆ ストレンジャー 札撤きが長いへラで、ゆっくりと、キッドと男のカードをすくっ くようすには、何かしら決定的に違うものーー・他所者の目に見えぬ 刻印めいたものがはっきりと感じられたのだ。 「赤の三」 彼は見かけよりも背が高かった。おそらく、見かけよりもほっそ 札撒きが単調な声で告げた。肩幅の広い男は顔の筋ひとっ動かさりとしているようだ。肩幅は広いが腰はあざやかに細くひきしまっ ないで敗け分を押しやった。古いなめし革のような顔の中で、目はていて、黒い髪と黒い髭とがその容姿にくつきりとしたアクセント 二筋のかわいた傷口のように細かった。キッドを見すえて彼は云っをつけてした。 , 、 - 彼の歩き方はひどくなめらかで美しく、ほとんど動 いてさえいないように見えたが、それはあまりになめらかなのでか 「黒の五に百」 えってうろんな猛獣めいた感じをさえ与えた。彼はたぶん、黒い髪 札撒きがキッドを見た。少年はゆっくりと手をあげて銀貨をかきをしているから太陽系第三惑星の住人であるとも、黄色つぼく光る あつめ、それをしまいこむと身をひるがえして賭博室を出ていっ 目をしているから砂惑星の人間であるとも、その筋肉の発達の具合 いからいって戦士隊員上がりであるとも自称できただろうが、しか ほう、という低い嘆息が、見ていた男や女たちの口から洩れた。 し彼のそのなめらかすぎるほどの身ごなしと、目の中の凶悪な深淵 男はゆっくりと肩を上下させ、黒い髭をなでた。 だけは、どこのどんなヒュ 1 マノイドの種族も持っているはずのな 学 / し、刀」 「黒方はないか。黒方はよ、 いものだった。 単調な札撤きの声が煙の中でつづいた。 彼はとび出してきてひきとめようとする酒場女や、千鳥足で歩い てくる酔いどれを無表情にかわしながら、だんだん店の少なくなる その男が出て来たのはそれからそれほど長いことたってはおらぬ北のほうへ道をとっていたが、ふいに足をとめた。店と店のあいだ の暗がりにとけこむように立っている黒いマントの人影と、その上 うちだった。彼は表に出ると、空になったポケットをちょっと叩い て見、そしてごくわずかに苦笑めいたものを、髭の下のくちびるにで闇につつまれて、あざやかに白くうかび上がっている小さな顔 を、彼の細めた目がとらえたのた。 漂わせた。 サンディッド ゲントリオン