寺島 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年4月号
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1. SFマガジン 1979年4月号

・前回までのあらすじ・ 泣いていた。 火星開拓者の子、真継龍一郎は八歳の時に両親をなくし、寺島組 真空の暗い海を飾る星々こそ、いつもの表情を少しも変えてはい 組長寺島善次郎のもとに引きとられた。 なかったが、いま小惑星ケレスは、冷たい闇の中で泣いていた。 成長した彼は、寺島善次郎の秘蔵っ子として跡目をつぐ人物と目 されていたが、ある事件がその運命を大きく狂わせた。寺島組のシ 葬儀に列席した親分衆の宇宙船の、最後の一隻が視界から消える マである小惑星二四ー七三で開かれた花会のおり、寺島組の持 まで、ひとことも口をひらかず、ただ観測窓の外を見つめていた寺 っ鉱山採掘権を狙う藤原剛造が騒ぎを起こし、この時の殺人事件の 島美津は、黒い宇宙服の袂でそっと目頭を押え、レーダースクリ 1 罪の身代りをかって出た龍一郎はタイタンの流刑星で十年を過し た。だが、出所した彼はそこで善次郎の死を知らされ、下手人の藤 ンを操っている真継龍一郎にゆっくりと近づいた。 原剛造を追った。そして剛造は、行きがかり上彼の命で善次郎を殺 「ごくろうだったね、龍。お前がいてくれてほんとうに助かった した客分の己之介に殺されるのだった。 ( 第一話「龍一郎帰る」本 誌・七八年十月臨時増刊号、第二話「龍一郎参上」本誌・七九年一 よ。お前がいなかったら、とてもこんな立派なお葬式をたせたかど 月号 ) ありがとうよ」 「なにいわれます、姐さん。あっしはただ、姐さんのさしずどおりとがあるんたよ」 に動いただけのこと」 美津の表情が、突然きびしくなった。 龍一郎は、スクリーンを消し、美津のほうに身体を向けなおした。 「とんでもないよ。あんまりことが急だったんで、あたしや、おろ龍一郎も、真剣な表情にもどる。 おろするばかりさね。あの人が生きてたら、また、ばかやろうって 「ほかでもない。寺島組の三代目のことさ。一日も早く跡目を決め 怒られるとこだよ。それにしても、みなさんよく集まってくたさっ なきゃならないだろ」 た。あの人も、きっとよろこんでくれたにちがいないよ」 「跡目って、それは姐さんが : : : 」 美津が、淋しそうに笑った。 「ばかいうんじゃないよ。あたしや、女だよ。この世界は女のでる 「みんな、おやっさんの人徳ですよ。それに姐さんの」 暮じゃない。そりや、まあ、女の渡世人だっていないわけしゃない 「おやおや、お前もお世辞がうまくなったねえ」 けど、一家をきりもりするのは女にやむりだ。あたしにや、とても 「いや、お世辞じゃないですよ。この小惑星帯はもちろん、あのタできない。そこでね、龍。お前に三代目を継いでもらいたいんだ。 っそこれを機会に一 イタンの監獄の中ですら、寺島組は親分も立派だが、それ以上に姐あの人の死にかたが死にかたたっただけに、い さんができた人たと : : : 」 家を解散しちまおうかとも考えたけど、三百人の若い者のこと思う 「わかった、わかった。じゃ、そういうことにしておこう。それ以とそうもいカオし 、よ、。じゃ、だれに寺島組まかせるかっていえば、こ 上聞いてたひにや、身体中が、こそばゆくなっちまうからね。それれはもう、お前以外にありやしないだろ」 はそれとして龍。あたしや、お前にどうしても聞いてもらいたいこ 「と、とんでもねえ。組にはあっしより貫目の重たい兄貴たちが :

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・ : 。姐さんが、継げないといわれるんでしたら、兄貴たちのたれか「謹慎は解くつもりでいる。でも、謹慎を解いてすぐ、三代目とい しし , 刀 . 知 . 冫をしかないじゃないか。事情を知ってるものよ、 うわけこよ、 が継ぐのが筋ってもんです」 らない親分衆は、よっぽど寺島組には人材がないと思うよ」 龍一郎は、首を横にふった。 「いや、この話しは代貸の北村や橘にも相談して決めたんだよ。ふ「思いたい人間には、思わせておけばいいんですよ」 たりとも、あたしがいいだすより先に、お前をすいせんしてくれ「龍らしくもないことを : : : 。渡世の道が、それで通用するもんじ た。それに、遺言こそなかったものの、あの人はお前に三代目を譲ゃないことを、一番よく知ってるのはお前だよ」 美津は、じっと龍一郎の顔を見つめていった。 ることを、もうとっくのむかしに決めていたんだよ」 「でも、姐さん。それをいうなら、あっしはタイタン帰りです。幼 「 : : : おやっさんの口からいってくださったものなら、真継龍一 ーいかさま賽をふった兄貴より、よっぽど汚れた身 郎、器量不足ながら黙ってその大役お引き受けいたします。けど姐なじみのためこ、 / いまのあっしはおことばに従うこと体だ。とても、寺島組の三代目継ぐ器量しゃありません」 さん、姐さんには失礼です 龍一郎は、力説する。 はできません」 「お前が、そういうことは、わかっていたよ。だけど龍、北村や橘「じゃ、龍。お前は、寺島組の三代目は継ぎたくないっていうのか も、一家まとめていけるのはお前以外にないといってるんだから」 「とんでもありません。あっしのような未熟者にそういってくたさ 「でも姐さん。あっしの兄貴はふたりだけじゃない」 龍一郎は、寺島組のもっとも古い身内のひとりで、代貸の北村徹る姐さんや、兄貴たちのおことばは、ありがたすぎて、返事のしょ うもないほどです。ただ、あっしには荷が重すぎます」 蔵や橘文吾より五厘上りの総領子分、福永彦次の顔を思い浮かべな がらいった。 一瞬、標位星七一七のコン。ヒュータ・ルームの中に沈黙が訪れ 「福永のことかい もちろん、あたしもあれのことは考えたよ。だ た。美津が目を閉じる。その顔に龍一郎は、そっと会釈した。 アステロイド けど、お前も知ってのとおり、あれはいま、小惑星帯所払い、謹慎「 : : : わかったよ、龍。寺島善次郎はいい子分をもったねえ。身内 中の身の上たからねえ」 ほめたんじゃ、さまにならないけど、北村も橘もお前も、上にばか がつくほどいい男たちだよ。今日の話しは一応、なかったことにす 美津が顔をくもらせる。 る。そのかわり、なるべく早い時期に、主だった叔父貴衆と相談し 「しかし、福永の兄貴の処分は、ちょっときびしすぎたんしゃない かと、他の親分衆もいってるくらいです。あっしがいうのも、さしたいと思うが、それなら文句はないね」 でがましいようですが、この際、兄貴の謹慎を解いて跡目を継いで美津は、小さくうなすきながらいった。 「へい。それでしたら : : : 」 もらってはどうでしよう」 龍一郎が答える。腹を痛めたわが子のように、今日まで赤の他人 龍一郎がいう。 9

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構想に対する反対 : : : 。なにか、手をうたなければならない、一策「しかし、兄貴。残念たが確たる証拠がない」 は考えこんた。 龍一郎がいう。 とはいえ、美津や他の叔父貴衆の手前も、そう軽々しくことに踏「そのとおりです、福永さん。滝本は顔見たとい 0 てるが、は 0 き み切るわけこよ、 冫冫しかない。妙案はないものか ? りはしていない。殺られた三人の子分はかわいそうだが、わたしの 「もし、どこの組にも属さねえ、流れ者の暴漢一味が、偶然、通り気持ちはわか 0 てくれるはすだ。もし、福永さんがいわれるよう かか 0 た福永を殺「たとしても、親分はなんら困ることはねえでしに、野村組がとんでもねえ野望いだいてるようなら、なおさらこら えなきゃなりません。いま、ここで福永さんや寺島組がへたな動き 考えこむ一策に、代貸の秋山がいった。 したら、向こうの思うつ・ほです」 「そりや、そうだが、そんな流れ者がいるのか ? 」 梅原が、きつばりといった。 一策がたすねる。 「ありがとう、二代目。この寺島のことをそこまで考えてもらっ 「おりますぜ。威勢のいいのが百八十人ほどね」 「じゃ、組の者を ? 」 美津が、その目にうっすらと熱いものをにじませて梅原に頭を下 「いや、盃返せば、赤の他人でさあ」 げる。 「なるほど。橘からの連絡では、三日後に福永はひとりでこっちに 「兄貴、梅原さんもこういってくたさるんです。ここは、なんとか やってくる。その途中、どこかで事故が起こるかも知れねえな」 こらえてくたさい」 一策は、秋山と顔を見合わせて笑った。 龍一郎は、拝むようにいう。 筋書きどおりことが運べば、事故が起こったかも知れなかった。 「龍、おめえは野村の叔父貴が、どさくさまぎれに橘を三代目に襲 だが、出発のその日、福永は美津の頼みで、いまはす 0 かり和解し名させた時も、俺にこらえろとい 0 たな。また、今度も同じことを たパラスの藤原組に使いにでなけれ。はならなかった。そして、予定 いうのか ! 渡世の筋ないがしろにしようって相手でも、こらえな を変史した梅原正二が、流れ者の暴漢が待ち構える宙域を翔んでい けりやいけねえっていうのか」 くことになったのたった。 福永は右手で、外から帰ってきたばかりで、まだ着替えのすんで いない宇宙服の膝を力いつばい擱んでいう。 「龍、そこまでわかていながら、なぜ止めるんだ。倉持の親分さ「こらえてもらいたいんです、兄貴。相手が野村の叔父貴たからこ んの大事な子分衆が三人も殺られていなさるんたぜ」 そ、がまんしておくんなさい。名親分とうたわれた善次郎親分が亡 寺島組の会議室の中央で、福永は顔を、鬼のようにま 0 赤にしてくな 0 て、一年もたたないうちに、いわば身内でもめごと起こした ら、寺島組は世間のもの笑いです」 4

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「そ、そりや、そうだが。だから、龍に : 。それとも、なにか名 えを三代目に決めていたんだ・せ。それは福永もよく知っている。心 案があるとでも ? 」 配することはねえから、黙って姐さんのいうことをきけ」 「へい。でしたら、福永の兄貴が、うんといってくれましたら、お義三は、ぶつぶついいながら、宇宙服の裾を折りこみ、あぐらを 受けさしていただきたいと思います」 かきなおした。野村一策は、義三の質問には答えすに一同を見回 龍一郎よ、 : んばる。 す。 「おいおい、冗談じゃないそ。福永は、いま冥王星にいるんだ。い 「話しは、さっきからここで聞かしてもらった。みんなが、龍を跡 まから、連絡したんじゃ、どう早く見積ったって、もどってくるの目に推す気持ちはよくわかる。俺も龍の三代目襲名にこれつばっち に四カ月はかかる。それまで、寺島組をどうする気だ」 も異存はねえ。だが、龍のいうことも、一理ある。いや、一理どこ 左吉郎が、強い口調でいった。 ろかもっともだ。みんなは龍の頭が堅すぎるように思うかも知れね 「そうとも、兄弟が死んでから五カ月も跡目が決まらないんじゃ、 えが、貫目の軽い者が重い者を飛びこして跡目継ぐとなりや、筋を 寺島組の金看板に傷がつくだけしゃねえ。兄弟分の俺たちまでが笑きちんと通したいのはあたりめえのことだ。三代目が決まらないの い者になっちまうよ」 冫恥たが、筋を通さないで襲名させたら、これまた寺島組の恥た。 達治が、眉をしかめる。 そうしゃねえかい、高垣の ? 」 「問題はねえ。龍、なんにもいわすに受けろ。おめえなら、立派に 「 : : : う、うん。まあ、そうたな」 やっていける」 「とはいえ、やはり福永の帰りを四カ月も待つわけにや いかねえ し、龍はどうしても受けられねえという。そこで、どうた。ここ 義三も、いらいらしながらいう。 は、ひとっ俺の意見を入れちゃもらえめえか」 「そうしておくれよ、龍」 「というと ? 」 美津が、徴妙な場の雰囲気の変化を見てとっていった。 左吉郎がたすねる。 「なんといわれても、わたくしは : : : 」 「別に、それをかさに着るわけじゃねえが、ここにいる善次郎の兄 龍一郎が、頭をさげた。 「龍 ! てめえ、俺たちがこれだけいっても聞けねえってえのか " 】」弟の中で、善次郎より兄貴分は、六分四分の盃を交した俺たけた。 ぜひ、まかしてもらいてえ」 ついに、しびれを切らした義三が、大声で怒鳴り、たちあがった。 「ま、待ちねえ、高垣の。俺たちの顔のことは後の話した。いま「野村の、あんたが、そこまでいうなら、俺はまかせるが、どうし ようと ? ・」 は、ともかく、寺島の三代目を決めることが先だ」 それまで、ただのひとことも口をはさます、ことの成りゆきを見達治がきく。 守っていた、・ へスタの野村一策が、義三に待ったをかけた。 「龍はまだ歳も若い。どうしても、三代目でなくちゃならねえこと 2 つみ

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ターが狂ったように踊る。小さな隕石が、船体すれすれのところをんです。ともかく、話しがしたい。宇宙船をとめてください」 梅原の声は、きわめて冷静だった。だが、福永からの返事はな 通過した。 「だいじようぶですかリ」 「 : : : 兄貴。龍一郎です。考え直しておくんなさい」 龍一郎が、降り龍の異変を認めて大声をあげる。 「あぶないところだったが、なんとか」 たまりかねた龍一郎が、マイクにすがりつくようにしていう。や はり、福永は返事をしない。 梅原が計器を点検して答える。 、い終らないうちに、視界が開けた。レーダーにも、もはや隕石「兄貴。もとはといえば、みんなこのあっしが、わがままいって起 おとしまえ こしたこと。決着はあっしがつけます。兄貴は手を引いてくださ 群の影はない。 「よかった。どうやら難関は突破したようです」 ほっとしたようすでいう。 龍一郎が、 龍一郎は、必死で福永の宇宙船に追いすがりながらいう。 ーしし , 刀」 「これで、福永さんの宇宙船に追いついてくれれ、よ、 「断わる。せ、龍。さっきまでなら、まだ手を引くこともできたかも 知れねえ。が、田島が橘を襲ったいまとなっちゃ、もうだめだ。橘 梅原が、電磁シールドを消しながらいった。 おとしまえ 「 : : : それが、どうやら、追いついたようです。レーダーが甲八 に璃かかした決着は、俺がつける。だが、その前にかわいい子分 六、乙一三四、丙八五の座標に宇宙船らしい物体を捕捉している」を、あんな行動に走らせた野村親分の仕打ちががまんできねえ。 「なるほど、こちらのレーダーも捕捉した。急ぎましよう 龍、おまえもがまんしてるし、梅原の親分さんも命落しかけながら 二隻の宇宙船は、限界までスビードをあげる。やがて、レーダー寺島組のために目つぶってくたさる気持ちは、うれしい。でも、俺 にはがまんできねえ。仁侠道には仁侠道の定められた掟がある。が 上の物体は、ふたりの肉眼に見える距離まで接近する。 その宇宙船は、福永彦次の乗りものにまちがいなかった。宇宙船まんするのも掟だろうが、目覚めさせるのも掟だ」 は、船体をすつ。ほりと電磁シールドで包んでいた。銀色の外鈑からやっと、龍一郎の呼びかけに答えた福永は、自分自身にいいきか せるように低い声でいった。 抜けでてきたように、怒り天女の像がくつきりと闇の中に映える。 「そこを、がまんしてほしいんです」 「あの天女の像は、まぎれもなく福永の兄貴です」 「では、わたしから、声をかけましよう」 ついに、福永の宇宙船に並んだ龍一郎がいう。 「しつこいぜ、龍。俺はいやだといってるんだ。どうしても、俺を 梅原は、寺島組専用周波のスイッチを入れた。 「福永さん、わたしは倉持組の梅原です。宇宙船をとめてくださとめたければ、俺を斬れ。たたし、俺を黙って斬られはしない。俺 。福永さんのお気持ちはわかるが、お美津さんはじめ寺島組のみがおめえを斬ることになるかも知れねえ」 んなは、福永さんのことを心配しています。龍一郎さんもきている「 : : : 兄貴」 い」 3 4

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「なんだ、なぜ答えねえ ? 」 良の方法だと考えなすったんだ」 福永は、龍一郎の顔を見つめる。 龍一郎が説明する。 「姐さんも代貸も橘の兄貴も、三代目は龍の兄貴以外にないといっ 「ちょっと待ってくれ。そいつは俺にや、納得できねえ。もし、ほ たんですが、兄貴はどうしても受けられねえといいなさって」 んとに寺島組のため思うなら、俺がもどるまでは待ってくれるのが 田島が、龍一郎にかわって答えた。 筋じゃねえか。たしかに俺は、不始末しでかして小惑星帯所払いに 「どういうわけだ ? 」 なった。 が、破門されてたわけじゃねえ、謹慎だ。それが解けりや 「的からいって、福永の兄貴をふくめた三人の兄貴の中から跡目をあ、俺は北村や橘より、わずかばっかしだが、貫目の重い男た。ち 選ぶべきだし、もし、自分が受けるにしても、福永の兄貴がうんとがうかに」 いってくれてからたと : : : 」 福永は、強い語調でいう。 「龍、てめえってやつは」 「そのとおりです」 福永は、泣き笑いのような顔をした。 「それじゃ、わすか四、五カ月のこと、待ってくれてもいいはず 「で、結局はどういうことになったんだい ? 」 だ。そのあいだぐれえ、叔父貴衆が姐さんを後見して、組を守って 「へい。叔父貴衆に集まっていたたいて会議開きやした。ここでくれても世間はとやかくいし。 、よしまい。百歩譲って、どうしても世 も、龍の兄貴に跡目をということで、話しがまとまりかけたんです間の手前、三代目を襲名させなくちゃならなかったとしても、それ が、最後には一旦、橘の兄貴が襲名をして、五、六年たったら、四なら、代貸の北村が跡目を継がなきやおかしいじゃねえか龍は 代目を龍の兄貴にということに決まりました」 筋たてて辞退してるんだ。なぜ、橘が北村を飛び越えて、跡目継ぐ 「それはほんとかに」 んた。それじゃ、龍が筋たてた意味がなにもねえ」 「ほんとです。襲名披露は、一カ月ほど前に済んでるはずです」 福永は、大きなこぶしで、テープルをどんとたたいた。 田島がいう。 「こりや、あんまり、おめえや俺の立場をないがしろにしたひでえ 「じゃ、おめえたちは、披露目式にもでねえで、この俺を迎えにきやりかたじゃねえかリ俺はケレスに帰ったら、すぐに野村の叔父 てくれたのか。そいつはすまねえことをしたな。しかし、龍、おめ貴に談判するぜ」 えが辞退したからといって、なんでまた橘が ? 」 「ま、待ってくれ、兄貴 ! 兄貴が怒るのはもっともたが、ここは 「野村の叔父貴が、有無をいわさす、決めたとか」 叔父貴衆や姐さんが集まって決めたこと、押えてやってくたさい」 田島が、くやしそうな顔をする。 龍一郎が、福永をなためる。 「いや、それはちがう。野村の叔父貴は、あっしのわがままを聞い 「いやだ。龍、おやっさんは、あれほどおめえの三代目を望んでい て、寺島組が世間のもの笑いにならねえようにするには、これが最たんた。それを知っている野村の叔父貴が、こんな理不尽な決定す 8 っ 4

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もないだろう。だから、ここはひとまず橘が三代目を襲名し、五年「なに、でえじようぶだ。おめえなら三代目は務まる。北村や龍も でも六年でもしてから、改めて龍が四代目を今度は気持ちよく継い手貸してくれるたろうし、どうしてもいけなきや、俺がカになる じゃあどうたろう」 よ。安心しな。しかし、なんだな。これでお里さんもよろこぶぜ」 こやりと笑った。 一策は、ロを開きかけた橘をさえぎっていい、冫 一策は、もの柔かい口調でいった。 「めっそうもない ! 野村の叔父貴、あっしはとても。三代目は龍「本日は、叔父貴衆には遠路はるばるごそくろういただきありがと うございました。おかげさまで、寺島組三代目跡目相続の件もぶじ おさまりました。つきましては、粗末ながら、隣室に会食の用意が 橘が、びつくりしていった。 なにかといえばおめえたちは龍っていうが、もございます。どうか、ごゆるりとおくつろぎくださるよう、おねが 「ばかやろうー い申しあげます」 し、龍がまだタイタンにいたら、この場をどうおさめたんた。いい から、おめえが三代目を襲名しろ。それが、この際、一番の解決方美津が、叔父貴衆に向かって、ていねいにあいさっした。が、こ 法なんた。お美津さん、みなの衆、それで異存はあるまいな」 の美津のあいさつが終るか終らないうちに、一策は脇の宇宙帽を小 それまでの口調とはがらり変わった、有無をいわせぬ威丈高な野脇にかかえ、そそくさとたちあがるといった。 、一策のダミ声が、部屋の中に響き渡った。 「お美津さん。好意はありがたいんたが、俺は今日は、これからち 美津も三人の叔父貴たちも子分衆も、この一策の決定にはおおい っとばかり所用があるんで、すまねえがこれで失礼させてもらう。 に不満だった。 : 、 カ一策自身のことばどおり、ここにいる九人の中襲名披露は、なるべく早い時期にすませたほうがいいと思うよ」 で、寺島組の二代目を「善次郎」と呼び捨てにできたのは一策ただ そういい残して、すたすたと出口に向かう一策に、城があわてて ひとりなのた。その一策の決定に不満をいうのは、野村組百八十人自動ふすまの開閉装置を足で踏んだ。 を敵にまわすに等しい 「どうも、ありがとうございました」 しかも、どうしても三代目襲名を承諾しない龍一郎を納得させる 一策のうしろ姿に、美津は両手をついておじぎした。 ことも、これといった代案を見つけることもできないとあっては、 「野村の親分はお帰りか。それじゃ、俺も今日は申しわけねえが、 この決定に従わざるを得なかった。 これで帰らせてもらうことにするかな」 「だれも反対はねえようだな。そうかい、この野村の顔をたててく今度は左吉郎が、席をたった。 れてありがとうよ」 「しゃあ、俺も帰るよ」 一策が、満足そうにいナ 義三がいう。 「叔父貴・ : : ・」 「お美津さん、ま、元気だしてがんばんなさいよ」 橘が、一歩前にでようとした。 達治も、なぐさめとも皮肉ともとれることばを残してたちあが 2

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の自分を育ててくれた美津の頼みを断わるのは、龍一郎には辛かっ龍一郎が、若い者を叱った。 た。こころよく引き受けて、美津をよろこばせてやりたいことも事「龍、なにを怒ってるんだい。あたしにも、お前のいってること 2 は、まるつきり通じないよ」 実だった。 が、どうしても龍一郎にはそれができなかった。できな 美津が、こみあげてくる笑いを押えていう。 いからこそ、彼は真継龍一郎であった。 「龍の兄貴は、こういう話しに弱いんですか ? 」 コンビュ 1 タ・ルームをでると、美津と龍一郎は、格納庫に向か若い者が、意外だといった口調でいう。 「むかしから、女性の話しになると逃げだすんだよ。よほど、女性 い、すでに待機している、寺島組の代紋も鮮やかな中型のスペ】ス シャトルのシートに腰を沈めた。秒単位で遠ざかっていく、標位星に痛めつけられた経験でもあるのかも知れないね」 をちらりとふり返った美津が、そのまま隣席の龍一郎の横顔に目を「いや、そんなんじゃないですよ、姐さん。あっしは、その、ただ とめていった。 龍一郎は、額に汗を浮きあがらせ、必死になって弁解した。 「龍、さっきの話しとは別に、もうひとっ話しがあるんだけどねえ」 「あらら、むきになってるよ」 「なんでしよう ? 」 美津の先刻とはうって変わった軽い口調に、龍一郎はちょっと首美津がぶっと吹きたし、操縦席の若い者も、こらえきれすに笑い をかしげて答えた。 「弱っちゃったなあ」 「お前、そろそろ、世帯をもっ気はないかい ? 」 龍一郎も、頭をかきながら笑いだす。龍一郎と美津にとって、そ なんです ? 」 「だめだよ、とぼけても。聞こえてるに決まってるんだからね。でれは三週間ぶりの笑顔たった。 も、聞こえないっていうんなら、もう一度いってやろうね。そ「つそ ろ、世帯をもったらどうなんだい」 寺島組の跡目相続会議は、葬儀の後かたづけもすっかり終った十 照れて、おと・ほけ作戦をとろうとした龍一郎を、美津は容赦なく一月の十六日、すなわち、善次郎が藤原剛造の手にかかって倒れて 追撃した。 から、ちょうど一と月目に、小惑星イレーネの料亭〈天の川〉で開 。あの : つまり、 「 : : : その、世帯といっても、あっしは : かれた。 どうも・ : ・ : 」 集まったのは、生前善次郎と親交の深かった四人の叔父貴衆と美 「兄貴、なにしゃべってるのか、さつばりわからないですぜ」 津、代貸の北村、北村と同格の橘、そして龍一郎、若頭の城喬介の 九人だった。 操縦帯の若い者が、茶々を入れた。 「ばかやろう ! お前はよけいなことをいうんじゃねえリ」 この日の会議の主旨を説明し終えた美津は、火星茶でのどをうる

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一策は、今度は子分たちに目を向けようとせす、吐き捨てるよう 合会に加入して欲しいと相談を受けていたという。 . ぐしュ / 「なぜ、その話しを姐さんにしねえんだ」 その日、福永彦次の宇宙船を襲撃するように指示したのは、野村福永がいう。 一策たった。 「まだ、正式に決まったわけじゃねえ。連合会なる組織がいっ発足 龍一郎や美津の説得もあって、ケレスに帰ったら筋ちがいの三代するのかもわかってねえんたから、いまはまた時機じゃないと思っ 目襲名を決めた一策に談判すると勢いこんでいた福永は、さすがに たんだ」 いまは亡き親分の兄貴分の叔父貴である一策のところへ出向いてい 橘が答えた。 くことは差しひかえた。 「たが、 ほかの人間は別として、姐さんにだけは」 が、決して心底から非難をやめたわけではなく、折りに触れ、一 「待ってくれ、兄貴。兄貴は俺の襲名にしてからが、た、ぶ不満の 策に批判的な言動と態度をとり続けていた。 ようだが、ともかく、いま寺島組の三代目は俺た。いちいち姐さん 福永が開いた賭場に、遊びにきた一策の子分衆を、福永組の若い しいだろうが : にきかねえでも、俺の裁量で決めることがあっても、 者が拒否するという事件が起こったのは、かれがケレスにもどって 三週間ばかり後のことたった。 橘はぶ然とした表情で、福永の顔をにらみつけた。 もちろん、若い者どおしのいざこざであったから、両組の使いが「いや、すまなかった。おめえの顔に泥塗るようなこといっちまっ 走って、騒ぎは表面的には大きくはならなかった。しかし、一策とて、かんべんしてもらいてえ。だがな橘、このケレス一帯の鉱山採 福永のあいだの感情は、それまでにも増して悪化した。 掘の権利は、ほとんど善次郎親分が、裸一貫で汗流して手に入れた そうこうするうちに、福永は、仕事ででかけた小惑星開発局で妙ものだ。それを、ここでかんたんに連合会とやらに渡してあがりの なうわさを聞いた。近い将来、小惑星帯鉱山採掘権のすべては野村分配を受けるというやりかたは、俺は反対だ。姐さんや龍はなんと 一策を長とする、新右翼団体小惑星連合会の手に収まることになる いうか知れねえが、俺は一度野村の叔父貴に真意を聞いてみてえと だろうと、一策自身が自慢気に話していたというのだ。 思う」 福永にとってこの話しは、寝耳に水たった。もし、事実そんな右福永は三日後、小惑星ベスタを単身訪問するといい残して部屋を 翼団体の構想が進んでいれば、当然、美津や龍一郎たちが知ってい でた。 なければならないはすた。 橘文吾から、この知らせを聞いた一策は激怒し、そして焦った。 ケレスにもどった福永は、それとなく、美津に事情を聞いた。美叔父貴である自分に跡目決定をはじめとして、数々の批判を公然と 津はなにも知らなかった。龍一郎も知らない。たた、三代目を継い行なってはばからない福永彦次の存在は、そうでなくとも目ざわり 3 だ橘文吾たけが、この話しを聞いており、実現の暁には寺島組も連だった。そこにもってきて、若い者どうしの小竸りあいと、連合会

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「しかし : : : 」 り座りなおすと、コンビュータで宇宙船の進路をベスタにセットし 「福永さん、わたしも いいだしたら、きかない種類の人間なんですた。 「目標小惑星ベスタ。発進準備せよ」 梅原が、笑いながらいった。 「了解 ! 」 「了解 ! 」 「ありがとう、梅原さん」 龍一郎は、目を閉じたまま、頭を下げた。 龍一郎の号令に、ふたつの声が続く。 「ところで、ベスタまでは ? 」 三隻の宇宙船は、船首を小惑星ベスタに定めると、 いっせいにロ 梅原がいう。 ケット・ニンジンを噴射した。 「中速で飛んで、一時間ちょっとってところですね」 二匹の龍は、怒る天女を両脇からだきかかえるようにし、静寂の 龍一郎が答える。 宇宙を泳ぎだした。小さな太陽が、じっと三つの機影を見送る。 二匹の龍も天女も、もうケレスの大地を踏むことはできないかも 「向こうも、指くわえて待っててくれやしないだろう」 知れなかった。ふたたび、その小さな太陽を見ることはないかも知 細、水が 「野村組百八十人か。どう少なく見積っても船は五十隻は越えますれなかった。 ね。この梅原が十五隻は引き受けましよう」 それでも、かれらはいかなければならなかった。それが、渡世の 道に生きる男たちの運命だったから 「よし、俺も十五隻はたたっ斬ってみせる」 み↑ノカ・刀一強ノ、いう。 「すると、残りは二十隻。ちょいと不公平だな」 「橘くん。きみは大きくなったら、どんな人になりたいですか ? 」 龍一郎が笑った。 ケレス中央小学校一年五組の教室で、先生がたずねた。 「ふだんから、寺島組一の宇宙戦の達人とうそぶいている龍だ。五「はし 、。ぼくは父さんのような、やさしくて、立派な鉱山労働者に 隻ほど多くて、ちょうどいいと思ってな」 なりたいです」 福永が、からかう。 正雄は、しつかりした口調で答えた。 「それで足りなけりや、わたしのほうのをあと十隻もまわします 警察からのヴィジホンで、橘文吾が宇宙船事故を起こして死亡し 梅原も、おどけていう。 たことを知った校長が、椅子からたちあがった時、正雄は胸を張っ 「ひでえ、兄弟ばっかりだ」 て、父親のような立派な人間になりたいと答えているところだっ 9 龍一郎は、宇宙帽の上から頭をかいた。そして、操縦席にしつか