ザルアー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年5月号
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1. SFマガジン 1979年5月号

土のうえにゴロンところがった。 にもかかわらず、キッチ、キッチ、キッチという音はきこえつづ しかし、これまで懸命になってラクダを追いつづけてきたジロー けている。 とチャクラには、相手の様子がおかしいと感じるだけの、心のゆと ジロ 1 はうなじの毛がゾッと逆立つのをお・ほえた。ジローの戦士 りがなかったようだ。喜びいさんで、ラクダのもとに駆け寄ろうととしてとぎすまされた感覚は、たしかに″敵″の接近をつたえてい する。 るのだ。それなのに、どこにも″敵〃の姿などみえないではないか 「待って」 ジローは剣の柄に手をかけたまま、なすすべもなく、ただ呆然 ザルアーがそんなふたりを呼びとめた。「なんだかおかしいわ」と立ちすくんでいた。呆然と立ちすくみ、いまや恐怖の様相もあら いななき、必死にもがきつづけているラクダの姿 わに、首をふり、 ジローとチャクラは足をとめ、ザルアーをふりかえり、ラクダにをみつめていた。 キッチ、キッチ、キッチ : : : 音はますますかんたかく、はっきり 視線をもどし、そしてまたザルアーをみつめた。かって女呪術師と して名をはせていたザルアーは、呪力をうしなったいまもなお、そしたものになっていく。 の優れた超感覚のようなものをなくしてはいなかった。ふたりの男 どうしてラクダは逃げださないのだろう : : : ジローはフッとそん は、ときに応じて発揮されるザルアーの第六感とでもいうべきものなことを考えた。あんなにもおびえて、もがいているのに、どうし を、全面的に信用しているのである。 てここから逃けださないのだろう。決まっているじゃないか。なに か逃げ出せない理由があるからだ。 「きこえるわ」 はっきりと意識したうえでの行動ではなかった。ほとんど戦士の ザルアーは宙の一点に視線をすえ、ロのなかでつぶやくようにい った。「なにかきこえてくるわ」 本能のようなものにみちびかれて、ジローは剣を抜きはらいざま、 ジローとチャクラは顔をみあわせ、あわてて自分たちも耳をすま揮身の力をこめて、足元の地面にふかぶかとっきさした。 なにかしら弾力のある、たとえていえば、絹の織物を刺したとき したーーしばらくは、塩の荒野をつたわり、吹きすぎていく風の音 がきこえてくるだけだった。やがて、その風音に、なんだかたがねのような手ごたえがかえってきた。断じて、地面に剣をさしたとき をこすりあわせているみたいな奇妙な音が、とぎれがちに、しかしの手ごたえではなかった。 しだいにはっきりと混じるようになった。 ジローは刃 0 先端をはねあげるようにして、剣を地面からひき抜 いた。刀身には、なにか細くて、キラキラとひかるものがからみつ キッチ、キッチ、キッチ : : : ジローはマントをはねのけ、腰の剣 いていた。糸 ? そう、たしかに糸にちがいない。たが、これは : に手をやり、すばやくあたりをみまわした。だが、ひびわれ、かわ ききった灰色の沙漠が、ただ茫漠とひろがっているたけで、どこに ラクダの恐怖にふるえた鳴き声がきこえてきた。それにかさなる も怪しいものの姿はみえなかった。 7 7

2. SFマガジン 1979年5月号

チャクラはわびしげに笑った。「ほんとうにうらやましいぜ」 るかよみとろうとした。 そして、ふたりもまたジローたちのあとを追って歩きはじめた。 よみとれなかった。 「ついてくるがええ」 ダフリンはまったくみじめな町たった。 グラハは背中を向けると、スタスタと歩きだした。ジローが、つ 泥でつくられている家は、風と砂に浸食され、壁があばたのよう いでダフームが、ためらわすそのあとにしたがう。 あとには、チャクラとザルアーが残された。チャクラはなにか道になっている。岩塩が露出している道と、ほとんどみわけがっかな しほとた。 に迷った子供みたいなとまどった表情で、ジローたちのうしろ姿を ミナレット この町が貧困のどん底にあることを如実にしめしているのは尖塔 みおくっていた。 だった。尖塔はいうならば沙漠の灯台の役割りをはたしており、町 「どうかしたの ? 」 の上空にたかくそびえ、陽光をきらびやかに反射しているべきもの ザルアーがしずかな声できいた。 のはすだ , ーーそれが、このダフリンにおいては、たんなる日乾煉瓦 「うん ? 」 チャクラはザルアーの顔をみた。しばらく呆けたような眠を向けの積みかさねにすぎないのだ。泥のかたまりだ 0 た。 しかも、眼をあらい、ロをそそぎ、体を清浄にたもっための泉水 ていたが、やがて掌で・フルンと顔をこすると、いった。 : だけさえ、ほとんどひあがっていて、底に泥水をよどませているありさ 「俺はジローに会ったのはまったくの偶然だと考えていた : ~ しまなのである。いかにこの町の人心が荒廃しているか、端的にしめ ど、そうしゃないんだとよ。狂人は″甲虫の戦士″といっしょこ、 ることに決ま「てるんだ「てよ。れが、そんなことを決めやがっしている例といえたろう。 その泥のかたまりにすぎない尖塔の下あたりに、人垣ができてい たんだ」 こ。ほとんどが子供たちばかりで、この町ではめすらしく、笑い声 「考えないことよ」 ザルアーの声は、いつものチャクラに接するときのそれとはことがときおりきこえていた。 ジローとダフームは顔をみあわせた。その人垣からきこえてくる 「この世の中には考えても仕方 なって、ひどく優しいものたった。 音ーーー風を切る、するどいうなりと、肉を裂くにぶいひびき : : : そ がないことがいくつもあるわ」 れはだれかが鞭うたれている音にちがいなかった。あろうことか、 「考えないではいられない」 「どうしたら、ジローたちみたいに考えうめき声がきこえてくるたびに、子供たちはドッと笑いくすれてい チャクラは首をふった。 るのたった。 ないでいられるんた」 「罪人か」 「あの人たちは戦士だから : : : 考える必要のない戦士だから」 ダフームがグラハをふりかえって、きいた 「うらやましい」 7

3. SFマガジン 1979年5月号

うずくまっているひとりの女の姿が映った。頭からかぶっているシ言葉をキツ。 ( リと無視して、女乞食に乾し肉をてわたした。 女乞食は乾し肉をひったくるようにしてとり、マントのなかにね ヨール・マントは灰いろによごれ、ズタズタに破れていた。わすか にのそいている腕は、枯れ枝のようにほそく、その顔はゲッソリとじこむと、礼もいわないで、走り去っていった。あまりにながくっ やつれ、眼だけがギラギラとひかって、はっきりと飢えの兆候をしづきすぎた悲惨な境遇が、彼女から人間らしい反応をうばってしま めしていた。胸に痩せた赤ん坊を抱いていたが、その子はもう泣くったようだった。 だけの元気も残っていないらしく、グッタリと死んだように眠って ザルアーはなんだかうるんだような眼で、女乞食のうしろ姿をみ おくっていた。 女は哀れつぼい声でなにごとかをいい、 ジローたちに向かって手「しよせんはよそものじやからの」 しナ「沙漠の掟をわかれというほう 老人はため息をついて、、つこ。 をさしのべていた。あきらかに物乞いだった。 がむりだったかもしれんて」 ザルアーの表情が歪んだ。上着から乾し肉のかたまりをとりだ 「そうだ、爺さん : : : 」 し、それを女乞食の手ににぎらせようとする。 ダフームがおだやかな声でいった。「俺たちには俺たちのやりか 「やめたほうがええよ」 かたわらから声がかかった。なまりのない、きれいなタウライ語たがある。たしかに、よけいなことだったよ」 ! 」っこ。 「わしは人がよすぎるんじゃ」 四対の視線が声の主にそそがれた。厚地のフ 1 ド・マントを着こ老人は狡つからい眼つきになって、マントの下からちいさな袋を んだ、小柄な老人たった。その顔はサルのようにシワクチャで、剽とりだした。「いつもよけいなおせつかいをやいて、人から憎まれ 軽者の印象がつよかったが、それでいてどこか冷笑的な感じをたたる。損な性分じゃて : : : ところで、この可哀相な年寄りにも善行を ( 註 4 ) よわせていた。 ほどこしてはどうかな。沙冫のお守りに、カンガルーネズミのフン 「やめたほうがええよ」 はいらんかね」 老人はくりかえした。「この土地じゃ、自分で生きられない者を「 : ジローたちは苦笑をかわしあった。要するに、この爺さんもほど 養う余裕などありやせんのしゃ。沙漠ではほどこしは罪悪とされと るんじやからの」 こしを乞うという点では、さきの女乞食となんらかわりがないでは ないか。カンガルーネズミのフンなど、沙漠をちょっと歩けば、、 くらでも手に入る品物なのである。 ザルアーはしばらく老人の顔を凝視していた。相手を射殺すよう こんな場合には、まっさきに軽口をたたくはすのチャクラが、ど な、軽蔑しきった視線たった。そして、ツンと顔をそらし、老人の 5 8

4. SFマガジン 1979年5月号

寄っていた。三人はラクダを中心にして、いわば二等辺三角形をか 「あんまり、ゾッとしないな」 たちづくっていた。たがいにめくばせをかわし、指で合図しなが チャクラがウンザリとした声でいった。「死骸から水をぬすむな んて : : : 俺の一族の長老がこの話をきいたら、きっと怒りだすだろら、しだいにその三角形をちいさなものにしていく。 だが、ようやく危険に気づいたのか、ラクダは歯をむきだし、プ うな」 ルルと鳴くと、ふいに走りだした。ラクダが走るにつれ、背中の死 「それじゃ、どうするの」 ザルアーがとがった声でいった。「まだダフリンの町まではかな骸がガクンガクンとつんのめり、手足をゆらした。 ジローは脇へとびすさり、かろうじてラクダに蹴とばされること りあるのよ。水なしでは、とてもいけないわ」 「そういうことだ」 から逃がれた。ラクダのどちらかというとユーモラスな風貌にだま ラクダは″沙漠の船″であり、その図体も大き チャクラが頬をさすりながら、情けなさそうにいった。「これもされてはいけない。 く、蹴とばされたら冗談事ではすまないのだ。 いい加減な地図を信用したのがいけなかったんだ。あの地 あれも、 ラクダはなかばとび跳ねるようにして、数十メートルさきまで走 図によれば、たしかにこの辺に井戸のはねつるべがあるはずだった っていき、そこで足をとめた。あいかわらずノンキそうな顔で、ポ んだが」 「泣き言はもうたくさん」 ンヤリと空をみており、自分をとらえようとやっきになっている人 ラクダが走ったひ ザルアーがチャクラの言葉をビシャリとはねのけた。「しかし間たちのことなど気にもとめていないらしい ようしに、背中の死骸はズルズルとずりおち、ほとんどうつ伏せに たら、水がひあがっちゃったのかもしれないわ。いまはそんなこと なってしまう。みたところ、そのたくましい体のどこにも怪我はし をせんさくするより、とにかく水を手に入れることたわ」 ていないようだが、なにか熱病でもわずらって、果てることになっ 「そういうことだ」 たのか。 ジローがうなすき、いった。「三方にわかれて、あのラクダをは さみうちにしよう」 ジローたち三人はしばらくその場に立ちつくして、たがい冫 それから、なかば四つんばいになり、マントの裾をひきずりながザリとした視線をかわしあっていたが、やがてあきらめたように、 ら、丘の斜面を駆けおりていった。さすがに″甲虫の戦士″だけあラクダに向かって歩きはじめた。 って、ジローの動きはすばやく、まったくむだがなかった。 彼らがこの沙漠に足をふみ入れてから、すでに十日以上がすぎて いる。あらかじめ地図でしらべ、ダフリンにいたる隊商道を、でき とっぜん眼のまえにとびだしてきた人間の姿におどろいたのか、 ラクダはその足をとめた。そして、眠たげな眼であたりをみまわるかぎり外れないように進んできたのだが、いや、その途中のオア シスときたら、どれもこれもお話にならないぐらいひどいものだっ 5 し、なんだか口をモゴモゴさせていた。 ラクダの背後からは、チャクラとザルアーのふたりがソッと忍びた。泥水とか、塩水は、まあ、それでも布で漉せば、なんとか飲め こウン

5. SFマガジン 1979年5月号

ないことはない。きれいな水が望めないのは、沙漠に足をふみいれ ジローはあらためてラクダのうしろ姿をみおくった。なるほど、 たときから覚悟している。しかし、きれいもなにも、その水が完全そういわれてみれば、たんにジローたちから逃げようとしているの 7 にひあがってしまっているオアシスが、三つにひとつはあることをではなく、ラクダはかっことした目的を持って、走っているようだ 知ったときには、さすがにジローたちもろうばいせざるをえなかっ った。そして、沙漠で生きる動物たちにとって、水を飲むこと以上 に重要な目的は、ますありえないのだ。 それがどうにかこうにかここまでやって来られたのは、ジロ 1 の 一瞬、ジローたちは顔をみあわせ、つぎには懸命になって、ラク 頑強な肉体、チャクラの機知、ザルアーの勘、そしてダフリンに行ダのあとを追いはじめた。死骸から水をぬすまずにすめば、これほ フェーン・フェー / けば″空なる螺旋″にいたる道をみいだすことができるという、三ど喜ばしいことはないのである。 人に共通した大きな希望があったからだった。 奇妙な光景だった。 だが、希望にばかりすがっていては、人は生きていけない。いま荒涼とひろがる、塩におおわれた沙漠を、死骸をのせた一頭のラ はとりあえす、水を手に入れることが必要なのだ。なんとしてでクダが嬉々として走り抜けていく。そして、そのあとから三人の人 も、ラクダをとらえなければならないのだ。 間が、やはりこれも嬉しげに、走りつづけているーーー彼らのほか ジローは足を地にするようにして、ゆっくりとラクダに忍び寄っに、沙漠で生きて動いているものはなにもなく、それだけになおさ ていく。両手をわずかに前にだし、指を鉤みたいに曲げている。あら、世界の果てで子供たちが遊んでいるような、なんとも現実感を る程度まで接近したら、一気にラクダにとびかかり、圧さえこんで欠いた光景にみえるのだった。 いただき しまおうというはらにちがいなかった。 沙漠はしだいに盛りあがっていき、そして頂に達すると、こん しかし、いまいましくも、はらだたしいことに、ラクダはまたしどはなだらかに下っていった。ジローたちは気づいてはいなかった が、どうやらラクダはすりばちみたいな窪地に向かっているよう ても顔をあげると、ジローたちとは逆の方向に駆けだしたのた。 ジローはむなしく立ちつくすほかはなかった。 だ。ラクダの、そして三人の人間の足が、斜面の土くれをくずし、 「ちくしよう」 いくつかの石が音をたてて、すりばちの底におちていった。 そして、いかにも情けなさそうにいう。「これじゃ、ラクダをと「フルルル : つつかまえられつこないよ」 ふいに悲しげな鳴き声をあげると、ラクダは足をとめた。いや、 「そうでもないわよ」 好んで足をとめたわけではなく、なにか立ちどまらざるをえない事 ザルア , ーがはずんだ声でいった。「ラクダをみてよ。なんだか水情があったのかもしれない そうでなければ、ラクダがそんなに のあるところをみつけたみたいじゃないの」 も激しく首をふり、 いやでたまらないというように、足ずりをくり かえすわけがなかった。ラクダの背中からついに死骸がずり落ち、

6. SFマガジン 1979年5月号

( 註 1 ) ていた。 そして、その時計のまえにひとりの男が立っていた。 上半身はだかの、たくましい男たった。汚れた布を頭にまいて、 その端をマスクみたいにロにかけていた。布のあいだからのそいて いる眼はするどく、よこ オ冫かにとり憑かれているような光をたたえて 男は時計の回転する台座をみつめていた。いや、台座をみつめて いるようで、そのじつ、どこかとおくにあるべつのものをみている ようでもあった。 音がきこえてきた。金属のふれあうみたいな、かすかな音たっ 男は顔をあげ、しばらく耳をすましていたが、やがてなんだか疲 れたような足どりで、書棚のかげまで歩いていった。そして、腰か らナイフを抜き、ヒッソリとそこに身をひそめた。 音楽がきこえてきた。陽気な、それでいて奇妙にもの悲しい、雑 音の多い音楽だった。 男の顔にいぶかしげな表情が浮かんだ。それは男の知らない、か ってきいたこともない言葉で歌われている歌だったのだ。 この 時代の人間の例にもれす、男はおのれの部族語とタウライ語しか話 せなかった。男がもし減びた言語、英語を知っていたなら、こんな 歌詞がききとれたにちがいないのたが。 0 教えてあげよう きみはわかってくれると思う ・ほくがきみに言いたいのは きみの手をとりたい ・前回までのあらすじ・ 戦士ジローはいとこのランに恋をした。だが、近親相姦は彼の生 きる世界では犯すべからざるタブーだ。しかし、彼女への思慕を断 ちきれぬ彼は、放浪者チャクラ、呪術師ザルアーとともにランのい る神殿に忍びこむ。だが、 , 。 彼よ神殿の主″稲魂″に、ランを欲しく ば失われた宝石 " 月″をとってこいと命じられる。 チャクラ、ザルアーらとともに旅に出たジローは、まず県圃の里 をめざした。その街は、盤古と呼ばれるコンビータが作りだした 人間のユ ート。ヒアだった。人々は人己増殖たんばく質の視肉を喰 い、やるべきことと言えば県圃の里に侵人しようとする″鬼。とい う有害植物を駆除することだけだった。だがそうした秩序もやがて 崩れることになった。そして、県圃の支配者たちの権力争いもまた 減亡に手を貸すこととなった。火に包まれた県圃の一隅で、盤古と 対面したジローは、 " 月。への手がかり " 空なる螺旋。が憎しみの 沙漠にあると聞き、新たな旅に出るのだった。 きみの手をとりたい、ということ O おねがいだ、言ってほしいよ ・ほくをきみの恋人にしてくれると そして、おねがい、言ってほしい ・ほくにきみの手をとらせてくれると さあ、きみの手をとらせてほしい きみの手を握りたい 男はジッとその歌にききいっていた。歌詞の意味がわからなくて も、なにかしらその歌には男の心を打つものがあ 0 たにちがいなか った。男の眼は心なしかうるんでいるようにみえた。 0 7

7. SFマガジン 1979年5月号

さながら苦行につとめ、みずから食べるのを拒否し、骨と皮だけ黒人の、たくましい男だった。槍をせおっているその背中にも、 になりながらも、かろうじて命をつないでいる老いた行者のようだ厚く筋肉が盛りあがり、腕なども丸太のようにふとかった。だが、 。ヒクリとも動こうとしなかった。 った。そういえば、一面に塩をふいているその地表は、なんとなく 悪性の栄養失調におちいっている人間の肌を連想させないでもなか ラクダはなかばあきらめ、達観したように、ただ黙々と歩を進め ていく。その背にゆられている男の体が、つよい陽光を反射して、 くろびかりしているようにみえた。 沙漠はみわたすかぎり、岩屑におおわれていた。その岩屑には、 地下水の枯渇によって、しろく塩がにじみだし、なんだか一面に骨 五十メ】トルほどはなれた丘のかげから、そのラクダをみつめて 粉がばら撒かれているみたいだった。ここでは、風が砂沙漠のうえ いる男がいた。みつめているばかりか、その男はラクダが歩いてい にえがく、あのやさしいひだをみることすら望めないのだった。 くにつれ、自分も背をまるめて、移動をつづけていた。 激しい、じつに激しい陽光が、カッと沙漠を射っている。まるで 田刀はター / 、 、ノをまき、その端を口にかけ、マントのようなものを 太陽はすべてを灼きつくし、うばいつくさすにはおかないという執はおっていた。どれをとっても、文句なく十分に汚れており、まる 念につき動かされているようだった。そして、その執念のまえに沙でポロ切れのかたまりが動いているようだったーー男は足をとめる 漠は息もたえだえで、ほとんど死にかけていた。 と、なにごとかさけんだ。そして、いらだたしげに首をふると、タ 要するに、 この沙漠はただもうやりきれないほどひろく、単調 、、ハンの端を口からはなし、こんどははっきりとした声でいった。 すいのう で、まったくの不毛の地でしかなかったのだ。 「あの死体はゲレ・、 ノ / ( ャギ皮の水嚢 ) を持っているかもしれない その不毛の沙漠を、一頭のラクダがトボトボと、なんだかとそ」 ほうにくれたように歩んでいた。 それは、しろく砂がこびりつき、渇いた唇がはれあがってはいる ラクダはまっしろに埃をかぶり、疲れきっているようだった。よが、たしかにジローの顔だった。 ほどながい距離を歩いてきたものらしく、毛皮はみじめに汗でぬれ ジローのうしろから、チャクラとザルア 1 が顔をだした。チャク ラは、うす茶いろの毛織物でつくられたフードつきマントをはおっ そ・ほち、その体もたしかになみのラクダよりひとまわりはちいさく なっていた。 て、やはり口元に布を巻いている。ザルアーは男たちよりだいぶま ラクダの背にはひとりの男が乗っていた。いや、もしかしたら、 しな服装で、膝まである上着をきて、どこで手に入れたのか、たっ 乗っているというより、運ばれていると形容したほうが正確であるぶりとしたズボン、いわゆるハレム・スカートを履いていた。 かもしれなかったーー・・その男はラクダの首に顔を埋め、両手をダラ たたし、ましといっても、しよせん程度の差で、彼らの服装がみ ンとたらし、ゆられるままになっていた。つまり、生きているようすぼらしく埃をかぶり、汚れに汚れていることにはかわりなかっ にはみえなかった。 カフダン 4 7

8. SFマガジン 1979年5月号

ういう加減かさっきからロをつぐんでいた。口をつぐんで、老人を「 : くいいるようにみつめていた。 ジローとダフームは顔をみあわせた。ジローはしんそこびつくり 8 「兄弟 ! 」 し、ダフームの表情にもー・ー・・あるかなしかではあったがーー・おどろ そして、とっぜんすっとんきような声でさけんだ。「あんた、兄きの色のようなものが浮かんでいた。 弟しゃないのか。狂人の一族じゃないのか」 「どうして、俺たちのことを″甲虫の戦士″だと思うのかね」 やがて、ダフームがいつにかわらぬおだやかな声できいた。 老人は眼をほそくして、チャクラの顔をみかえした。なんだか相「狂人は″甲虫の戦士といっしょにいるものと決まっておるから 手の品さだめをしているような視線だった。 「そうじゃよ」 「すると、あんたも″甲虫の戦士″といっしょにいるのかね」 ややあって、老人はポソリとつぶやくみたいにいった。「わしは「 : ・ 狂人のグラハじゃ」 どうしてかグラハは沈黙し、ちょっとためらったのちに、うなず ジローとザルアーは唖然としている。ダフームは、といえば、し 「ああ」 つもながらに平然とかまえている。ダフームはめったに表情をかえ ない男た たしかに、狂人どうしが偶然にめぐりあったとして若いだけに、ジローは悠長な話の運びに我慢できなくなったよう だ。ダフームを押しのけるみたいにして、まえにでると、なかばさ も、さほどおどろく必要はなかったかもしれない。チャクラの言に よれば、凍ったらんしとれいとうせいえきから生まれる狂人はかそけぶようにいった。 「その″甲虫の戦士〃は″空なる螺旋″ ~ こ足をふみいれたことのあ えきれないほど多く、その全員があちこちを放浪しているというこ る人じゃないのか」 とだからだ。 それに、年齢こそちがえ、グラ ( と名のった老人とチャクラと「そうじゃよ」 「どこにいるんた」 は、どことなく人をくったようなところが共通しているといえない と、 「会いたいのかね」 こともなかった。なるほど、たしかに同じ一族にちがいない、 うなずかせるところがなきにしもあらずだったのである。 「そのために、俺たちははるばる沙漠をわたってきたんだ」 だが、グラハがつぎにいった一 = ロ葉には、こんどこそほんとうにジ 「そうか」 ローたちは仰天させられることになった。グラハはジローとダフー グラハはジローの肩ごしに、チャクラに視線を送ってきた。なん ムを等分にみつめ、こういったのだ。 だか悲しげな、それでいてあざ笑っているような視線だった。チャ かぶとむし 「すると、あんたがたは″甲虫の戦士″でよよ、 。オし力な」 クラはグラハの眼をみかえし、懸命にその視線がなにを意味してい

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それが″タフリン・こっこ。 「ひでえ町だ : : : 」 ジロ 1 、チャクラ、ザルアー、それに″甲虫の戦士″である チャクラがうめくようこ、つこ。 ダフームが加わった四人は、ダフリンの入り口で呆然と立ちつくしねえ」 彼らのうちだれひとりとして、こんなにもみじめな町はいまだか だれしも同じ気持ちであったろう。ながい、苛酷な沙漠の族を経 ってみたことがなかった。まるでこのダフリンという町は、人間がて、ようやくたどりついた目的地であったたけに、なおさら彼らの どこまでかっかつに生きていけるものか、それをためすための場所失望の念はつよかったにちがいないのだ。 のようだった。 あたい いや、だいたい、このダフリンが、町という名に値するかどう ジローはおそろしい疑惑が胸にきざすのをお・ほえた。 か、それさえ疑問といわねばならなかった。たしかに、多くの家が 県圃の″盤古″は″憎しみの沙漠″に向かえといった。″憎しみ ジロ ならんではいる。しかし、それは泥と塩をこねたものにすぎず、あの沙漠″には″空なる螺旋″があるはずだ、といったのだ からさまにいえば、土のかたまりとなんらかわらなかった。じっさ ーたちはいわれるままに″憎しみの沙漠″に向かった。そして、そ いに、多くの家はくすれ、泥の堆積と化しているのたが、それを修の途上で出会った旅人のひとりから、ダフリンの町に " 空なる螺 復しようとする覇気さえなくしているらしく、ほとんどがそのまま定。に足をふみいれた男がいる、という崢をきいのだった。 になっていた。 ジローはその噂をきいたときにはおどりあがって喜んだものた。 老人たちが地べたにじかに腰をおろし、ポンヤリとうつろな眼しかし、こうしてじっさいにダフリンの町を目のあたりにしている を、空に向けていた。しんそこ疲れきった、すべてに興味をうしなと、はたしてそのがほんとうであったかどうか疑わしく思えてく った眼だった。老人たちは、生きながらすでに死んでいるも同じだる。″空なる螺旋″に足をふみいれるという栄誉を得た男が住むに は、この町はあまりにもみじめで、不釣合にすぎるのではないだろ 男も、女も、そしてほんとうなら生命力にあふれているはずの子うか。 供さえも、ここではカなくうなたれ、ヨロヨロと町をさまよってい 俺たちはなにかまちがいを犯したのではないだろうか : : : ジロー るのたった。彼らはひとりの例外もなく痩せさらばえ、眼窩が無残はそう自問せざるをえなかった。とんでもないまちがいを犯したの におちくぼんでいた。 ではないだろうか ここでは、たんに生きるということが、それだけですでに難事業「 なのだ。人はだれでも、命をつなぐためたけに、持てる力のすべて背後から女の声がきこえてきた。 を燃焼させなければならないのた。 ふりかえったジローの眼に、 いっからそこにいるのか、地べたに 冫しナ「こんなひでえ町はみたことが 6

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の顔はいかにもつわものの戦士らしく、傷だらけだったが、おだや「俺にはあんたたちを救けなければならない理由があったのさ」 かな光をたたえた、澄んだ眼が、彼の印象をよほどちがったものに ダフームはニャリと笑うと、チャクラをみつめた。「俺の死んだ 8 していた。一言でいえば、なんとも優しげな感しがするのだ。その友人というのは、あんたと同じ人だったんだ」 優しさに加えて、たれにもこびず、たた槍だけを友にしてきた、男それから、その視線をジロ 1 にうっして、い 小ぶとむし の威厳のようなものがそなわっていた。 「それに俺はあんたと同じ″甲虫の戦士だしな」 ダフームの説明によれば、彼はつい三日ほどまえに友人をうしな ったばかりということだった。そしてダフームは一族の掟にしたが 3 、友の魂が地上をはなれるまでの三日二晩、自分も死んでいたの 夜の沙漠に風が吹いている。 「自分も死んでいた ? 」 昼間の猛暑とはうってかわった寒さだ。フードの襟をあわせる手 チャクラがあきれたような声でいった。「それはどういうことかもかじかみ、吐く息もしろく凍っていた。 まったくなんという土地た、と、チャクラは思わないではいられ ジローたち三人は大グモの巣穴から脱出し、ダフームに水をわけよ、。 ナしこの土地においては、″自然の恵み″などという言葉がなん てもらい、ようやく人心地のついた気分になったところだった。 とそらそらしくひびくことか。この土地は人間にたいし、徹底して 「一族の掟なんだ」 吝嗇であり、徹底して残酷なのであった。 ダフームが淡々とした声でいう。「死人がさびしい思いをしない マンドールの緑濃いジャングルが思いだされる。あの人間をやさ でもすむように、生前もっとも親しかった人間が三日二晩、つきそしく包みこみ、ほどよく調和したやおろずが、なんともなっかしい ってやるしきたりになっているんだ : : : そのあいだ、飲まず食わすものとして思いだされるのだ。 で、ビクとも動いちゃいけないんたよ。さすがに ′ミルメコレオ″ しかし、彼らの旅はやおろずの頂点に位置する″稲魂″に反逆し の巣穴にころげおちたときには、困ったことになったな、と思ったけたことから、はじまったのだ。いまから考えれば、あのまろやかに ど、ちょうど死者送りの時間が終わりになって、運がよかったよ」統一された″やおろず″にたいして、なんという恩知らずな真似を 三人は顔をみあわせた。彼らには、ダフームの一族の掟はなんとしでかしたことか。あんなにも人間にやさしい自然は、マンド 1 ル も奇怪なものに思えたにちがいない。 をのそいて、この地上のどこにも存在しないというのに : 「おかげで救かったわ」 どうしてか、マンドールにはもう永遠に帰れないような気がす それでも、ザルア 1 が気をとりなおしたようにいった。「ありがる。ジローが″月″をとりかえして、マンドールにもどり、ランと とう」 結ばれることなど絶対にありえないような気がするのた。