言う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1979年5月号
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1. SFマガジン 1979年5月号

「ぐう ! 押すな。アンコが出る」 「チキショ 1 、 もう勝手にしろⅡ」 「アンコ出すな。アイデア出せ」 破れかぶれの開き直り。トイレの火事だ、ヤケのクソー 「アイデアが出るまで俺は増え続けるそ。もう百人はとっくに超え と、観念したその時 ているんだ」 「はあっ 2: 」 「大変だ。床が抜ける」 瞬時にひらめくこの頭脳。ーー何てことだい、簡単じゃないか ! 「床どころか、この調子で増えていったら、遠からず俺の体重だけ同時にひらめく俺達全員。 で日本沈没だ」 「そうか ! 」 「そんな生易しい問題じゃない。俺達の全体重が、いつの日か、地「わかったそ」 球のそれを上回る可能性だって充分に : : : 」 さてそれでは、みんな一緒に 「ジョ、冗談じゃない ! 」 「このことを書けばいいんだ ! 」 「俺は嘘は言わない」 「ホラは吹く」 1 トⅡ 「俺というたった一人の物書きが、ちょっとアイデアに詰まっただ けで、どうして地球がぶつつぶれなきゃならないんだよ」 真夜中ーー 「みんなおまえが悪い」 ぐっすり眠っていると、 「そう言うおまえも悪い」 「どんどんどん ! どんどんどん ! 」 「やめろ ! 言い合うヒマに、何とか解決策を考えるんだ」 と、激しくドアを叩く音に起こされた。 : こんな時間に」 「アイデアさえ出せば、俺達はすぐさま元の世界に帰ることができ「何事だ ? : ・ る」 寝不足の眼をこすりながら、布団を脱け出し、戸口に行ってドア 「そうだそうだ。アイデアだ」 を開けるとーー外こよ、、 冫ーしつも愛想の良い管理人のおばさんが立っ 「アイデア、アイデア、ワワワワ・ーー」 ていた。 「やあ , ・ーー」 俺達の大合唱。いや、この場合には大独唱。悲痛極まるアイデア 今晩は、と言いかけて、言葉が途中でつかえてしまった。おばさ 「さあ、どうする ? 」 んの丸々とした顔からは微笑が消え失せ、かわりにこれまで見せた どうする、どうする、どうする ? こともない怒りの形相がその全面を占領していたのだ。 思考空転、呼吸困難、圧死寸前。 おばさんは、節くれ立った太い指を僕に向けてずいと突き出し 6 5

2. SFマガジン 1979年5月号

出動しなくなり、日本中は恐怖で、ひっそりと静まりかえっていた。づいた。俺はエネルギ 1 をそのまま吸収することすら出来たのた。 おそらく今の俺には、国一つ、いや人類そのものすら破壊するこ 「さて、どうしたものか : : : 」 とも可能であろう。 俺達は考えた。 俺達の力は、絶大だ。これ以上人々と合体してもしようがないか俺は世界中あらゆるところに飛翔した。 もしれない。これ以上の能力を持っても、もてあますだけだ。 そして、そのうち世界の人々が、俺に対する見かたを変えてきた のに気づいた。 俺達は何物もかなわない超生物と化していたのである。 もはや俺達というよりも俺と一人称で言った方が、より正確かも「神だ ! あれは神なのだ ! 」 などと言い、地に平伏するようになってしまったのだ。 しれない。 どんなに攻撃を加えても及びもっかない想像を絶した能力を持っ 俺は平目大介であると同時に五十嵐や仁さんや諸子ちゃんや、そ の他合体した何十万もの人々でもあったのだ。いや、まったく逆にた存在。それは神か悪魔のどちらかしかいないたろう。 「そうなのか : : : 。俺は彼らの言うとおり神に等しい存在になって 俺はその誰でもないと言うことも出来る。 「そうだ。俺は単なる人間の集合体ではなく、全く別の新たな一個しまったのかもしれないな」 の超生物になってしまったのだ ! 」 俺は空を飛びながら思った。 いくつもの細胞が一つに集まって一個の生物を形作っているよう ふと、 いったいなぜ俺はこんなになってしまったのだろうかと考 に、何十万もの人間ひとりびとりが人間細胞となって一つに集合 えた。俺という超生物が生れた原因は何だったのだろうか ? し、全く新たな生物として誕生したのだ ! 考えてみたがもう思い出すことが出来なかった。一つに集合した 俺はもう怖い物知らずであった。 何十万もの脳のうち、たった一つの脳に、酒とか冗談とか、おっちょ 「よし、日本を脱出して世界中を見てやろう」 こちょいなどという単語がちらと浮かんだが、それつきりだった。 俺は恐怖に静まりかえった日本列島を後にし、すさまじいス。ヒー 「まあいい。こうして俺は存在するのだからしようがない」 トで七つの海を渡り、世界中を見て回った。 「しかし、これからどうしたらよいのだろう」 むろん各国の軍隊は攻撃をしてきたが、・ とうということもない。 俺にとって、すでに地球のことなど毛筋ほどの興味もなくなって 何か騒いでいるな、ぐらいにしか感じられない。 いたのた。今さらこれ以上人間と合体して巨大化したって始まらな 太平洋上を飛んでいるとき、やけくそになったある大国が、原爆 ミサイルを打ち込んできたが、俺は何ともなかった。むしろその爆「よし、こうなったら俺は、こんな狭い地球など飛び出てやろう ! 」 発エネルギーはシャワーのようで気持ちよく感じられたものだ。た そして俺は意を決して地球を脱し、大いなる宇宙へ . と冒険の旅に・ めしにその ) 一ネルギーを食ってみると、とてもおいしいことにも気飛び立って行ったのであった。

3. SFマガジン 1979年5月号

いるようなので、ゆっくりとひきずるように歩いた。ギャラリー の落ちついていくことだろう。 扉はよく磨かれていて、古めかしい家具のワックスの匂いがした。 「ようこそ、ポール、元気そうじゃないか : : : 来てくれて嬉しい 向うのはしにある扉は開いている。階段が一段みえるが、そこからよ。きみに見せるために新しい部屋をつくった。新しいソナタも完 先は闇だ。そこまでくると、執事は壁についている小さなベル・ポ成したしーーおっと、それから、あとで特にきみにも引きあわせた タンを押した。明りがともり、もう一段上に第二の扉があることをい人も来るだろう」 示した。その扉のとりつけられている壁は、約三フ ィートほど奥に大きな腕がポールの肩に、暖かく庇護するようにまわされた。 あり、それとギャラリーの壁との間の通廊が両側から煌々と照らさ「いい旅だったかね、ここまで ? きっと、車で来たんだろう ? れているのだ。見るとその壁とギャラリーの床とのあいだにもすきわしら老人には、電車というのはな」 こう言うのは、ポールに対する好意からだ。ポールは気にしなか 間があり、明るく照らされている。見たところ、この壁面は宙づり となっているらしく、近づいてみると、上方の壁ともとの部屋の天った。お互いに、もう六十年以上の知りあいなのだ。お互いを知り いまはもうすべて死に絶えてしまっ 井との間にも間隙があることがわかった。執事が正しいのだ。改築すぎ、場所も時間も感情も、 されている。 た。一一人の友情の初期には、ポールは音楽よりもこの男のほうがず 内側の扉が開いた。ジョセフが戸口に立ったが、しばらく相手が っと好きだった。最近は、その判定が完全に覆っている。だが、彼 だれだかわからなかったらしい。ポールは、執事が唇をなめる音をとジョセフはまだお互いのために骨はおしまない。古くからの友情 は公的と同じく私的な面でも一種のならわしとなっていたのであ る。 「あなた様のお待ちになっておられたカッサヴィ 1 ッ氏です」 ジョセフはポ 1 ルを歓迎するために下りてきた。彼の両手が差し「また会えて嬉しいよ、ジョセフ。ヒルダから愛をこめて。それ だされる。声が大きく、肩幅は広く、自信満々だ。大男であり、そに、猫たちからもよろしくとのことだ」 「ヒルダーー・そう、彼女はどうしてる ? それに、きみはどうなん のキビキビしてスマートな活力は彼の存在を強く印象づけた。ここ どうなん だ ? このごろは、めったにコンサートを開かないが 数年のうちにーー手術以来だーー彼のものごしはますます若く、ハ ( ワーになっていく。だが、それは模造品であり、完全に成功だ ? 」 しているとは言い難かった。ポールは自分がジョセフの最悪の点を「ヒルダは、草木にかかりきりさ。それに、もちろん猫たちにも。 ・ほくらは、よく本を読む。わたしは、ビアノをひいて、お呼びがあ ついているという気になったーー・年齢では、彼の方がジョセフより 五十四日だけ年下になるということを、こうした外見が逆に強調しればという次第さ」 ているのである。だから、ジョセフは彼に誇示しなければならなか「きみは、本当のところを言わなくちゃいけないぜ : : : まあ、それ 6 ったのだ。もっとも、午後も時間がたてば、こうしたことはすべてはともかく、きみにぼくの新しい部屋を見てもらおう」

4. SFマガジン 1979年5月号

真白な視界。落下。 また店の床だった。 「馬鹿野郎 ! 平目のあわてものおお ! 」 また気づくと、五十嵐の声が聞こえた。しかし、こんどは俺のす ぐ左の耳もとでだ。 「あたし : : : きゃああ ! 」 「仁さんなんとかしてくれ」 右からは諸子ちゃんの声。二人の声がステレオで俺の耳にガンガ 五十嵐が悲痛な声音で言う。 「な、なんとかしてくれって言ったって、どうしたらいいんだ。 上を見ると仁さんが俺の方を指さし、ロをパクパクやっていた。 い、いやだ。私はもうこんなことにかかわりたくない」 「あ、あんた達、こんどは三人とも体がごちやごちゃになっちまっ ジュークポックスにへばりついたまま、ぶるぶると顔をふる。巨 漢のくせに何とも気の弱い男た。 「平目の馬鹿が ! 何ちゅうことを ! 」 「お願いよマスター。あたしお嫁に行けないわ。マスターのお嫁さ 俺は左に首を捩じ曲げた。目前にすさまじい形相の五十嵐の顔がんになれないわ。ええん」 あった。 「あ、やつばりそうだったのか。どうもあやしいとは思っていたん 「ひ」 「おまえな、もしかするとだな、テレポートをするとき目的地を定「馬鹿 ! こんなときに何があやしいだ ! 」 めなかったんじゃないか ? 」 「そんなに耳もとでどなるなよう」 彼は歯を剥き出す。なぜか笑っているようにも見える。だが目は俺は責任を感じ黙した。 鬼の目のようだった。 何と言ったらいいのだろう。俺達の体はとても文章では書き表わ 「あ、そう言えば・ テレポートすることばかり考えていて・ せないような状態になってしまっていた。三人の胴体が一つになり うはは。そうだ。目的地を定めなかった。うん、そうだ」 その表面に、によきによきと頭や手足が突き出ているとでも言った この野郎 ! 」 「死ねえ ! らいいのか いったい俺達三人の骨や内臓はどうなっているの 「きゃあ、誰かあたしをぶったあ ! 」 だろう。考えただけでも震えがくる。 「あ、そうか、俺の手はどこだ。くそう : : : 」 「おい平目 ! こうなったら俺達の体が離れるまで何度でもテレポ 「ええんええん。あたしお嫁に行けなくなっちゃったあ」 1 トするしかないそっ ! 」 「死ねえ死ねえ」 「ええんええん」 「すまんすまん。ほんとおに、すまん」 0 4

5. SFマガジン 1979年5月号

立ち上がろうとせずに、手足をうまく動かせば這い回ることだけらないと思うのだがねえ : は何とか可能である。俺は涙をポロポロ床にこにしながら床の上を「それもそうだなあ。・こ、、 ナししち、テレポートでこうなりましたなん 3 ガサガサと這い回った。 て言ったって信じねえだろうなあ。しかし、よくあんなむちゃくち 「平目 ! 落ち着け ! 」 ゃな体になっても生きてるなあ。内部はいったいどういう風になっ 五十嵐が叫ぶ。 ているんだろう ? 」 俺は、ひいひい泣きながらゴキ・フリのように這い回るだけだっ 二人はかってなことを言っている。 た。もう絶望である。こんな姿で一生過ごさねばならないのだろう俺はどうしたらいいのか ? カウンターを行ったり来たりするだ けだ。上着が体から外れると、あわてて諸子ちゃんがかけてくれ る。 泣き疲れた俺は上着をひっかけ、カウンターの上に乗っていた。 「うう、うう : : : 」 手足を器用に動かしてカウンター上を巨大な虫のように行「たり米「き「と直るわよ。もと通りの体に戻れるわ、平目さん」 たりする。 きれいな ( ンケチで、涙でびしよびしょになっている俺の目もと 今まで黙「ていた諸子ちゃんも、気をとり直したらしく、しきりを拭いてくれる。あまり涙を流したので、俺の目もとはヒリヒリと に慰めてくれるが、彼女の声は俺の耳の穴を素通りするばかり。 痛んた。 店は誰も入って来ないように、すでに閉めてある。 いつもはつつけんどんで冷たい諸子ちゃんも優しくしてくれる。 五十嵐と仁さんは店の奥のスツールに並んで座り、何かぼそ・ほそしかし、こんな姿になってしまったのだから俺はもうおしまいだ。 また涙が出て来た。 と議論していた。ときおり彼らの話し声が俺の所まで聞こえてく る。 五十嵐が、ふいにカウンターを・ ( ンと叩いこ。 「つまりだ。四次元空間か何かを抜けたため、ああいう風にな「ち「よし ! とにかくやらせてみるか。だめでもともとだ」 ま 0 たらしいのだから、もう一度テレポートをさせてみれば直るん俺はぎくりと五十嵐と仁さんを見た。 じゃないかな」 「な、なんたよ。何がだめでもともとなんだよ」 仁さんが俺の方をちらちらと見ながら言う。 、や。つまりだな。もう一度テレポートをしたら直るかもし 「しかし直れ・よ、 。ししが、も「とひどいことにな 0 ちま 0 たらどうすれない、ということで、俺と仁さんの意見が一致したんだ」 る ? 俺は医者につれて行った方がいいと思うがなあ : : : 」 「もう一度テレポートお : 出来るだろうか ? さっきたってま 五十嵐は煙草をくわえ、腕組みをしながら首をひねる。 ったくの冗談でやったというのに・ 「たが、医者につれて行ったとしても、現代の医学ではどうこもよ ーオ「たがやるしかないよ平目 ! 」

6. SFマガジン 1979年5月号

間のカガミ』と名付けたアイデアだった。鑑と鏡を引掛けて、心理緒に持って別世界に逃避してしまうというアイデア 『勘当の 劇調の & を狙ってみたものだが、僕の力不足のせいか、どう書時』。 いても陰々減々たる重苦しい話になってしまうため、仕方なく没に 「つまりですね。あなたはですね。我々に対して、そのような態度 したものである。当時、かなり熱中して取組んだアイデアだけに、 で接してはいけないのです。何故かと言いますとーーあ、その前 その図体の大きさには納得がいくし、割と高尚なテー「だけに尊大に、そのような態度とは、どのような態度であるかと言うとです な態度であるのも頷けるが ね。今、あなたが取られた態度でありまして、つまり、そのような 「おい、その言葉づかいは何だ。おまえ達から見れば、僕は母親ー態度のことを指しているわけですから、ええ早い話が : : : 」 いや、父親同然の存在じゃないか。少しは礼儀をわきまえたらど と、やたらと説明したがる奴は、職務に忠実な非行少年善導員が うだ ! 」 「ああしてはいけない、こうしてはいけない」と、手取り足取り指 驚愕と疑問をいったん脇にどかしておいて、僕は腹が立つままに導した挙句に「こんな具合に最終兵器を造ったりしてはいけない」 アイデアどもを睨みつけてやった。 と論すつもりで、逆に兵器の造り方を教えてしまう『熱心な男』。 ところが、アイデアどもは一向にひるまなかった。いや、それど「ウーウー ワンワン、ガッガッ、ムシャムシャ、キャーキャー ころか 「へえん、何をのたまいくさるのさ。一人前の言の葉の草など使い と、うるさいのは、地上の物質すべてを片っ端から食いちらかす たまいしが。そげん空威張りなんざあ、おれっちにゃあ通用せんば犬そっくりのに対抗するため、仲の良くない夫婦を総動員す 0 てん、いささかなりとも感じねえでありんすわいなあ。いぎすがるという『夫婦ゲンカは犬も食わない』。 ねえごど、やめどげー エトセトラ、エトセトラである。 古今東西、すべての日本語がごちゃまぜになったら、と考えた ( まったくもう : ・ 『大方言』という支離減裂なアイデアが、斜に構えてそう言い返し僕は完全にウンザリした。どいつもこいつも安 0 ぼさの見本のよ てきたのを皮切りに、他のアイデアどもも揃って好き勝手なことを うなアイデアばかり。それだけでも充分不愉快になるが、それに加 しゃべり始めたのである。 えて、そいつらが勝手放題なごたくを並べたてるのだから、これは 「ええい、青二才が生意気な口を叩きお 0 て。おのれのようなフャもう精神衛生上まことによろしくない。 ケた奴輩が横行しおるから、美しく伝統あるわが祖国が堕落してし「とにかく、だーー」 まうのじゃ。恥を知れ、恥を ! 」 ひと通りごたくを並べ終ったところで、『人間のカガミ』が、ま と、額に青筋を走らせてわめいているのは、若者文化の氾濫に業たもや思い入れたっぷりに言い始めた。 を煮やした老人達が、日本古来の風俗や習慣、そして記億までも一 「・ー・ー我々は、作者であるおまえに対して、不当かっ無責任な扱い 5

7. SFマガジン 1979年5月号

ぶるんぶるんと水を切って豹頭を振りたてると、手をのべて、双児 グインは云って、マントをし・ほり、水を灰の上にしたたらせた。 たちを泉からひきすりあけてやる。両手にすがってひきあげられた「でないと、追手を切りぬける前にこちらがぶつ倒れてしまう。幸 ハロスの双児は、ぬれそ・ほち、しおたれ、歯をガチガチ鳴らしていた 食い物なら、でかい料理かまどが好みのものをローストしてく が、まず互いに見つめあうなり、手をさしのべてひしと抱きあった。れている筈だそ」 黒くこげた木々の向うに、青く夢幻的な連山の姿がうかんでい 「まあ」 る。その上に。ほっかりとーーおお、何ものにもかえがたい、朝のま 恐しいことを云う、と憤慨してリンダはにらみつけたが、朝の光 冫いよいよ伝説の半獣神シレノスさながら ぶしさをふり澪す太陽が、太古からみればいくぶん冷えたのたとはの中ではいよいよ異形こ、 いえ、かぐわしいぬくもりと光の恵みを満たして輝いているのだ。 に見える豹頭の戦士は、もうかれらには何も注意を払わずに、灰と 生きていたのね、わたしたち」 がれきのあいだから、焼け死んだ小禽をさがし出す仕事に熱中して いるのだった。その豹のロがまもなく見つけ出したえものをひきさ それがふしぎでたまらぬ、というようすで、弟ときつく抱きあっ たままリンダがささやいた。 き、うまそうな汁のしたたりおちる肉をかみくたくのをみている と、双児もたまらなくなって腹ごしらえにかかった 「空気が甘いわーー・ああ、なんて明るいんだろうー 「嵐を呼 ' ほうとしていた風が我々の助けになった、二重にな」 これから、どうするの ? 」 ようやくそのことばがリンダのロを出たのは、かれらが昨日来の グインが吠えるような声で云った。 「風にのって火は燃えひろがり、我々をルード の森の屍食らいども空腹と寒気をやっと解決し、みちたりて指をぬぐったときたった。 から永久に救ってくれた。その同じ火がまたもや風をよび、雨をふ「そうだな」 グインは豹頭を振って答える。 らせて、泉が乾あがって我々もグールどもや騎士どものように焼け ぼっくいになってしまう前に、ちょうどよい按配に火を消しとめて「俺はとりあえず自分を捜しに行く。自分が何者で、この仮面は何 くれたというわけだ。たいそうな幸運だったと云っていいな、これゆえで、そしてアウラとは何なのかっきとめねばならん」 「わたしたちは : : : 」 からもまたこのようにうまくいくとは限らないが」 リンダとレムスは顔を見あわせた。だがそのとき、豹頭の戦士は 「あーーーあの火をスタフォロスの砦のだれかが見なかったかしら」 「もちろん、見ただろう。これだけの大火で、しかも二個の騎士隊大声で笑い出してかれらをさえぎったのだった。 がたぶんその火難にあっている。 「どうする気にせよそれにはますここを生き永らえることだぞ。何 火が消えるのを待って砦の奴らは調査の人員をくりだすつもりた十ものひづめの音がきこえてくる。砦の奴らだろう。どのみち、俺 ろうーー長居は無用だな。だが、その前に腹ごしらえをし、それとたちは考えているいとまはなさそうだぞ」 服をかわかしておけ、子どもたち」 ( 以下次号 ) 2 引

8. SFマガジン 1979年5月号

さなくてもいいじゃよ、 ナしか。ええ面憎い、口惜しい これが本「へ 当の自己嫌悪。 「ひい、ふう、み : : : よ、四人いるリ」 「なんて・フープー言ってる場合じゃないんだよな。とにもかくに 「いや、俺は五人目。四人目は台所の方に出ているよ」 も、さしあたっての大問題、翌朝までにアイデアをひねり出さない 「どうなってるんだ卩」 と、鬼の編集長に串刺しにされかねないそ」 「簡単な話だ。俺の属する世界の研究によれば、平行世界は無数に 「そういうこと、そういうこと」 存在することになっている。だから無数の俺がいることになるし、 「で、何かないか ? 」 そのうちの一人が、他の世界の俺のところに行ってみようかと考え 「あるわけないだろ」 れば、それに同調する俺もまた無数に : : : 」 「そんなつれないことを言わずに」 「そ、そ、それじゃあーー」 と、俺があんぐりと口を開けた途端に、 他カ本願、付和雷同ーーー俺の欠点を見せつけられて、あな恥ずか 「はい、お待たせ。六人目でござい」 しや、情けなや。 「七、八、九、十。まとめて参上」 「こっちばっかり責めないで、そっちこそ何か出したらどうだ ? 」 「十一人いる ! どこかで聞いたなあ」 「アイデアがあれば、こんな汚い部屋に来るもんか」 「味気ないな。これだけ集って、女の俺が一人もいない」 「嘘つけ。さっきのそいたらここよりひどかった」 「あ、住居侵入。変態のそき魔」 「ごめんよ。ちょっと通してくれ」 「黙れ、不潔男」 「いててつ、足を踏んでるよ」 「自分同士でけなしあっている場合かよ」 もう目茶苦茶。大混乱。 「俺という人間は、ここまで程度が低かったのか。あーあ、絶望狭いながらも楽しいわが家は、。ハンク寸前、俺の山。ちょっと崩 れりや人雪崩。わが家変じて雪崩の家す。これは駄洒落。 「ちょっと待て ! 」 一体何人出てくりや気が済むんだあ」 「車は急に」 「知るかよお」 「違う ! ーー気がっかないか ? 」 ギシギシきしむ四畳半。 「何だ ? 」 スシ詰、タコ部屋、ネズミ算。 「おい : : 二番目に出てきた俺」 「ひらめいたのか」 「何だ、土着の俺」 「言ってくれ ! 」 「このあと : いてつ : : : どうなるんだ ? 」 「 : : : 今、俺は何人いる ? 」 5 5

9. SFマガジン 1979年5月号

「ちっとも離れないじゃないのよう」 俺達は黎明の空へ、ぐんぐん上昇した。 「ああ、何かさっきより合体が強くなったような気もするなあ」 四人の体温で大して寒くはない。 五十嵐が首をひねる。 地上百メートルほどの空中に位置した。 「とにかくもう一度やってみよう」 眼下の町を見おろしても、まだ住民は寝ているらしく人っこ一人 それから俺達は人気のない朝またき路上で、何回もテレポートを 試みた。 「ほら見て、自転車に乗った新聞配達が通るわ」 だが無駄であった。離れるどころか、ますます合体は強固になっ 「どこだ ? 」 てしまった。胴から凸凹がなくなり、つるつるの丸い肉ポールのよ 五十嵐が訊く。 うになってしまった。手足はまだ突き出ているが。 「あそこよ。あたしの指差すところ」 「だめだこりや」 「指ったって、どれが諸子ちゃんの腕か : : : 」 五十嵐が溜息をつく。 「あそこよ」 「どうしよう」 彼女は顎をしやくった。俺もそちらを見る。 「ああ、私の人生もこれまでか : : : 」 「あ、ほんとだ。いたいた。よし、かわいそうだがまず一人めのタ 「いやよいやよ。あたしはいやよ。 1 ゲットはあの少年だ」 こうなったらやけくそ よ ! あたし達だけがこんな姿になっているなんて許せないわ。他俺達は上空から音もなく降り、自転車をこいでいる新聞配達の少 の人達とも合体しちゃいましようよ ! 」 年の後をついて行く。まさか彼も、背後に俺達がいるとは思いもし 「そ、それはむちゃだよ諸子ちゃん。なあ五十嵐」 ないだろう。 が、五十嵐の目は狂気の色に光っていた。 「よし、やるぞ、あの新聞配達少年と合体だ」 「うんそうだ。このままでは俺達は笑い物にされるだけだ。諸子ち「でも自転車がじゃまだなあ」 ゃんの言う通りだ。そうしよう。いひひひ」 「うむそうだな。それじゃあ、こうしたらどうだ。念力とテレポー 「私も賛成だぞう。もうやぶれかぶれだあ」 トを同時に使うんだ」 下の方から仁さんの声もする。 「ええいめんどうた。だんだん俺もやけくそになってきた。諸子ち「つまり、俺達があの少年の所へ移動するのではなく、あの少年を ゃんの言う通りにしちまおう」 俺達の所へテレポートさせちまうのさ」 俺も結局同意してしまった。 「できるかなあ」 「よし、きまった ! 」 「ためしにやってみよう。四人でやれば何たってできるさ。それが

10. SFマガジン 1979年5月号

「あ、そうか。しかし鏡の上に落下して危くないかなあ。俺達のテんとふくれた物は、あきらかに諸子ちゃんの乳房の一つである。 ' フ レポートは今のところ肉体だけしかまざりあっていないけれど。他リンのようにぶるぶると揺れていた。まさか、こんな状態であこが の物とまざりあったら大変なことになっちまう」 れの諸子ちゃんの胸を見ようとは・ もう一つは下の方にあっ しかし、何と言っても醜悪なのは男三人の性器だ。幸いに 「じゃあ、あそこまで、ためしに床の上を歩いてみるか」 も諸子ちゃんの頭の傍にないだけ助かったといえよう。 俺達はなかばころがるようにして床の上を移動しようとした。 が、どうたろう。何と俺達の体がふわりと浮いたではないか。 俺の頭を真中にして左右に五十嵐と諸子ちゃんの頭があった。仁 「う、ういたぞ平目 ! 」 さんの頭だけは胴の真下にくつついてしまっている。と言っても逆 になれば俺達三人の頭が下になってしまうのだが。 手足はもう 「ほんとた。そうか、これはきっと念力というやつだな。四人がい っしょになっちまったんで集中力が増して、こんなことも出来るよどれが誰のやら、動かしてみなければさつばりわからない。動かし てみても、とんでもない所についているので役に立ちそうもない。 うになったに違いない」 四人の手足合計十六本が、丸い胴の表面に、まんべんなく針のよう 「そうかもしれないな」 に突き出ていた。 俺達は店の中の空中をふわふわと浮かび、カウンターに置いてあ 内臓など内部は、もう想像を絶した状態に違いない。 る鏡の上に移動した。 仁さんはさすがに泣きやみ、ぐすぐすと鼻をすすっていた。諸子「ああいやだいやた。私はもう見ていられない。おおぶ、 「こらまた吐くな ! 」 ちゃんはじっと黙っている。 「これからどうする五十嵐」 鏡の上に浮かんだ。 「むろんテレポ】トだ。さっきも言っただろう。とりあえず、こん 「いやああん ! これがあたし ! 」 な狭い店の中でごちやごちややっていないで外へ出よう。やれ、平 口を切ったのは諸子ちゃん。 目」 「うわああ。おおぶ」 「こら ! 仁さん吐くな ! 」 「わかった。皆も手伝ってくれ」 「ああ、これはみんな俺のせいなのだ、ああ」 三人のときよりもっとひどくなっていた。四人の胴体は完全に一 一瞬後、俺達はスナック「ボコボコ」の外の路上に浮かんでい つになってしまって、球に近づいている。その表面に四人の頭や手た。四人の力はかなりなものらしく、もう真白の視界や、落下感覚 足が生えていた。 も起きな、。 胴の表面はかなり凸凹が激しく、よく見ると、そのでつ。はりやヘ 外はすでに、うっすらと夜が明け始めているしまつだった。朝の 3 こみが、もと誰の何だった物かわかる。俺の顔の真下にある、ぶく空気が冷たく、雀の囀りがチュンチ = ンとかまびすしい