む。「マクタフは、ほんとうはあんなふうじゃないのよ。でも近ご ニルジリはニッコリ笑ってうなずく。・フランディはためらって ろどこかがおかしくて、機嫌が悪くなるの。サナラレタに着いたらる。 調べてもらわなくちゃ」 「今夜はマクタフと残ったほうがいいような気がするの、もしまだ 「危険じゃないの ? 」 とりみたしているのなら。彼女は明日の出発の準備もしなければな 「危険たとは思わない じっさいには。ただ彼女自身、特別な問らないし」罪悪感めいたものが、かたい決意を面に浮かばせてい 題をかかえているのよ。彼女はほかにどうしようもないからここにる。 いるの、戦争を基盤とする文化が彼女の船を殺してしまったの。彼「そうね : : : あたしもいてもいいわよ、もしあなたが・。ーー・」ニルジ 女はとても若くて、残されていたのはその船だけだったのに」 リはつまらなそうな顔をする。 「高度のテクノロジー」しかめ面。記憶が眼にうつろう。 、え。彼女がこんなふうになったのはあたしのせいだもの。あ 「彼らは弁明これっとめたわ、最善をつくして」 たしが残るわ。それにきようは外ですばらしい一日をすごしたか 「彼らはどうなった ? 」 ら、今晩また出かけていくのはしんどいわ。あなた、行ってらっし 「こちらから接触を断ったわ : : : 規則第一条によって。われわれはやい。ありがとう、マリス ! こんなに早くおわってしまって残念 ます、身の安全をはかるべし」 だわ」彼女は背を向けて髪を編みはじめる、水銀色の輝き。 彼はうなすいて、目をそらした。「彼らは戻ってこないだろうか 「すっかり愉しませてもらった」痛いような喪失感は、なごやかに 消えさる。「こんなに愉しかったことはないよ : : こんなに昻奮し 「さあね。たぶんいっかはね」彼女は戸口によりかかった。「それたことも , ーー」と顔をゆがめる。 でマクタフは男を憎むようになったの。男、と戦争ーーそれに古い 彼女はほほえんで手をとる。ニルジリは二人をこもごもに見る。 「エア・ロックまで送っていくわ」 タブーを結びつけて : : : 記憶抑制装置がちゃんとしていなかったの ニルジリは白熱光の中を通って、待ちかまえているフライヤーへ ニルジリがふたたびやってきた。「だいぶよくなった」手は。ヒンおりたった。マリスは一番上の段で体をかたくして振りかえり、プ ク色に光っている。「もうなんでもやれるわ ! 」 ランディの顔を見る。奇妙な表情をして、ふりかかる髪のあいだか 「マクタフはどうしている ? 」 ら見おろしている。「さよなら、マリス」 「たいそう気にしているわ。まだかなりとりみだしているようよ」 「さよなら、・フランディ」 壁や天井や床の、曲面の接合部に明りがまたたいた。マリスは上「短い二週間だったわね ? 」 を見あげた。「おや、外は暗くなってしまった。おいとましたほう「うん」 がよさそうだ。そろそろ店を開ける時間だし。街で最後の夜を ? 」 パイリアスがどこよりもいちばん好き。なぜだかわから 幻 4
川口の質問で私は女の表情を思い出すことができないのに気が付知っていますか ? 」 いた。魅力的な女というイメージが白い布をまとっていたようなも「いや : : : 」 のた。私は苦笑した。 「これが何と H20 らしいんですよね。ひとつひとつの分子の形を 「どうしたんですフ 見極めるのには成功してないらしいんですが、全体の元素構成を調 「いや、女はわずらわしいと思って、いってみればそれから逃げるべてみると他に考えられないという話らしいんです」 ようなつもりでここに来たのに、もう女の幻を見ている自分がおか様々なことが〈水〉というひとつの言葉にからんでいるようだと しくなってね」 いう印象を私は受けた。何かひとっ鍵が見つかれば、その鍵ですべ てがうまく解きほぐされるのではないかと思うが、それがどこにあ 「しかし砂嵐の中に女がいるという話が出るということは、誰か砂るのか、分かりそうになかった。 嵐にまきこまれた人間がいるんだね ? 」 私達は半時間あまりで目指す渓谷に着いた。 「ええ、一人。正木という作業員ですけど、一週間程嵐の中で行方なたらかな傾斜が段々急になり、最後は垂直に近い断崖となって 不明だったらしいんです」 いる。谷底までの距離は四千メートルもあるという。 「一週間も : : : よく生きて帰れたものだな」 日ロはうっとりしたような目で渓谷を見渡しながら言った。 「それが、その間すっとマージオンの坑道の中に避難していたとい 「この谷にはまだ誰も降りたことはないんです。クルーザーでは勿 うんです」 論だめだし、ロケットでも降りられない。ものすごく浮力の大きな 「飲まず食わずで ? 」 気球か何かを用意しないと無理でしようね」 「ええ」 「じゃあ、この下に何があるのか全く分かってないのか ? 」 「大変だったろうな : : : 」 「ええ。おそらく今掘っているマージオンの鉱脈が露出している筈 私は助けられた後最初にロに含んだあの水のまずさを思い出しですけど : : : でも、こういうのを見ていると火星人が我々の知らな い所で暮らしているかもしれないという気がしますね」 た。そしてそのことを川口に話した。 私は川口の幼い考えに徴笑した。これまでの所、下等な植物以外 「へえ、そんなふうだったんですか」 の生物の存在は否定されているのだ。 「これが作業員達のかかっている病気と何か関係があるんじゃない 私達は砂嵐に遭うこともなく、無事宿舎に帰り着いた。 かと思うんたが、君はどう思う ? 」 「それは何かありそうですね」 Ⅱロはうなすきながら何事か考えているようだった。 砂嵐に遭ったことがあるという男ーー正木は色の黒い小男だっ 「ところで弘田さん、マージオンを化学記号で表すとどうなるのか た。皮膚はかなり干からびていて、張り出しの大きな頗骨の上にさ 2 7
しいところ。ナカなら″健康 たのところにあってーーかなり : 食品、夜は冷凍食品なんだ。料理はきらいでね」 的。というかもしれない、たとえ : : : 宇宙みたいに、空間はたくさ 彼女は顔をしかめた。 「ああ、半世紀もたてば、それもかなり時代おくれだね : : : オロじんあるから、都合がいいの。寒いし、それほど豊かじゃないけれ ど、みんなけっこうやっている。母と父はいつも仕事を分担しあっ や、半世紀ももったかな。少しも進歩がなくてね , 彼女はなにかをオー・フンにつつこんだ。「そういうことにうとくてたわ : : : 農場をもっていて」彼女はまたパンをちぎる。 「きみが宇宙士になったことを、お母さんたちはどう思っただろう てごめんなさい」 「どういうこと ? ・」 「どういうって : : : 百年という歳月。なんだか怖いわ。あたし、ま「決して止めなかったわ。でもなってもらいたくなかったでしよう るで・ハカ女みたいに振舞っちゃって」 ね。あのひとたちは大地にしつかり縛りつけられているから、そん 「いや、そんなことはないよ」 なに自由になりたいという気持は想像もっかなかったんじゃないか しいえ、そうよ ! わかってるの」彼女は眉をひそめる。 しら : : : あたしを失うことはあのひとたちを悲しませたし、あのひ 「じゃあ、そうだ : : : 許してあげよう。いっ食えるの ! 」 とたちを失うのはあたしを悲しませたわ、でもあたしは行かなくち 二人は、並んで食べた。 ゃならなかった : : : 」 「料理なんて宇宙士の奇妙な趣味みたいに思えるね」マリスはあり 唇が不意にわななきはじめる。「もう二度とあのひとたちには会 がたそうに皿のものをすくった。「船ではいっ料理をするの ? 」 えないんだわね、時間がないもの、旅は長い年月がかかるから、あ 「するもんですか。みんなあらかじめ加工してあるの。だから食べのひとたちは年をとって死んでしまう : : : 」涙が皿の上にボタボタ 語尾はすすり すぎってことができないの。だから港にいるときにガッガッ食べた なっかしくて こ。ほれる。「ふ、ふるさとが り飲んだりしたがるのよ。でもいまはお料理もできないーーすると なきに変って、彼女はおびえたように彼にしがみつく ころがないもの。だからもうほんとうは趣味ともいえないわね。お彼はとほうにくれたように言葉もなく彼女の背中をなでてやる 料理の仕方は父からならったの、お料理が好きたったわ : : : 」息を が、百年という歳月、彼はただひとり孤独と、なにをするすべもな 吸って眼をとじる。 くつきあわされてきたのだ。 「お母さんは死んだの ? 」 、つも、いっ 「マ、マリス、い つでもあなたに会いにきてもいい、し 「ううん・・ー・ー」驚いたような顔をした。「母はただお料理がきら、 しもあなたはここにいてくれるわね、あなたに会いたいときには、そ うしていつまでもお友だちでいてくれるわね ? 」 なの」 「グラットもきらいだろうね」と曲った鼻をかく。 「いつまでも : : : 」彼女をやさしくゆすってやる。「来たいときに いつでもおいで、いたいだけいていいんだよ、料理がしたければし 「キャリコーがあたしの故郷。この長方形区域の隅から七光年かな
いくぶん軽率な口調で言うと、 少年は予備校生である。かれは、わたしの方を見もしないでわたし 「いや、まあ、今後どうするかはゆっくり考えることにして」 と擦れちがった。「アッ」とその時わたしのなかで混乱が生じた。 と恋人はさらりとわたしのことばをかわして、 もう美少年は部屋のなかに消えていた。 「でも、どうもやつばり変な感じだなあ」 わたしはかれを異性として見たのだろうか、あるいは同性として 服を着ながら呟いている。 見たのだろうか。わたしの混乱はそこにあった。 「わたしだって変な感じよ。いざこんなものが自分の股のあいだに美少年は街のなかで会ってもアパート の廊下で会っても、いつも ついてみると、ほんとに変なきもち」 うつむきがちに歩いていた。かれは自分が美しい少年であることを わたしも呟いて服を着た。 否定したいみたいだった。 「でも、『忍耐』こそ大事よ ! 」 ああいう少年たちをずらりと並ばせて全裸にして、ふっと息をふ わたしはごく生真面目に、断定的に言った。 きかけてみんなアンドロギュヌスにしてしまいたい、とわたしは切 「デモ、コンナフゥニナッタ場合、コレカラドウャッテヒトツニナ実に思った。 レ・ハイイノカシラ、シッテル ? 」 外は初夏の風が吹いている。その風のなかには、萠え出ようとす 「サア・ : : ・」 るあらゆる生命の皮膚の、生ぐさいような匂いがこもっている。サ 恋人は、熱心にわたしの髪を撫でたり、軅を撫ではじめた。 ンダルを穿いた素足に、そんな匂いのする風がからみついて、足が 「ヘンネ工、チットモモエテコナイワ : : : 」 もつれるような気がする。ふしぎなの変化のあとなので、わたし 困ッタ、と呟いて恋人を見ると、 は犯罪者のように外界のあらゆるものに対しておびえているのだ。 「それより腹がへった。とにかく何か食べなくちゃ、それから考え いつもアパート の近くにいる犬が、・ほんやりこちらを見ているので よう」 さえ気になって、咬みつかれはしないかとびくびくして歩いてい 恋人が言ったので、わたしも自分がひどく空腹であることに気づる。犬でさえこうなのだから、他の人間にまともに見つめられたら どうなるのだろうか。道路では誰にも会わなかった。天変地異が起 「そうだわ、何か食べたい。食パンがきれていたから買ってきましる前に、住人たちがぜんぶどこかへ避難してしまった街みたいに静 よう、待っていてね」 かだった。 わたしは部屋を出ると恋人に気づかれないよう外から鍵をかけ パン屋に入ると、店の人はテレビジョンの竸馬中継を見ていた。 た。カチリと手ごたえがあると、わたしは溜息をついた。 わたしはガラスケースの上に並んでいる食。 ( ンの包みをひとつつか ( アア、コレデモウカレハ、 ワタシノモノ ) んだ。食。 ( ンは柔らかくて、ぐにやりとわたしの掌のなかでゆがん 階段を降りる時、同じアパートに住んでいる美少年に会った。美だ。店の人は耳の上に赤エンピッを挾んで、くいいるようにテレビ 3
を迎えることになる。ナムアミダ・フツ。熱力学第二法則からすぐわら、『ふうてん効果』の無免許運転ということたい。精神力の原理 もわからんで、八紘一宇に存在するエネルギーば弄んどる。危険き かることじゃ。 ええか。ところが、宇宙の熱死を救う唯一の方法がある。それがわまりなか」 『ふうてん効果』なのじゃ。周囲の混沌とした熱的エネルギーを変「でもユリ・ゲラーはしばしばを発見したりするそうです が。どういう関連性があるんでしようか」 換させて、位置エネルギーや運動エネルギ 1 として利用するのだ。 「だってそぎゃんたい。超常能力者と称する連中と観 エントロビーの減少じゃ」 狂人だ。やはりそうなのだ。俺は直観した。だが、老人を見守る測者がしばしば一致するのは、『熱的エネルギー』が精神にコンデ 鮫野と安田次長の眼球にはファナティクさえ伴った尊敬の炎さえ浮ンスされ、それが無意識のうちに制御されんままで空間に光 = ネル ギーとして発現したに過ぎん。それも、偶然、周囲の環境が『ふう かんでいたのた。 てん効果』の条件と一致した場合にだ」 「で、その方法は」 ま、言ってることはよくわかる。しかし、この部屋の臭気はたま 「まて、ゆっくり話す。ここの問題じゃ」 らないのだ。ここと比較したら豚小屋は、まだかぐわしさを感じる 機敷埜老人は親指の腹で、頭を押えてみせた。 「精神力じゃ。精神力だけが熱的エネルギーをコンデンスし、温度に違いない 差を生じさせることができるのだ。それをいかなる形で発現させる「で、単刀直入に申しあげます。機敷埜さんを中心にして特別番組 かが『ふうてん効果』のツボともいえるものでな。コントロールにを設けるわけですが、お願いできますか」 鮫野に老人はうんうんと何度も頷いていた。 はいろんな条件的制約が要求されるわけじゃよ」 つまりこういうことになる。この老人はマックスウ = ルの悪魔を「あくまで、その『ふうてん効果』が真実である証明を見せていた 頭の中に飼っていることになるのだ。その悪魔を使って熱力学の第だいたうえでの話なんですがね」 そういうと鮫野は葉巻きをとりだした。もうたまらない。臭気だ 二法則の拘東を一挙に離れてしまおうというわけだ。安モノの 宇宙歌劇でこんな名称を覚えてたわけだが、その応用がこんなとこけで目がちかちかしてくるというのに葉巻をくゆらせられたら、俺 にとって眼前で催涙ガスを爆発させたのと同じことになる。 ろで聞けるとは思っていなかった。 「で、ユリ・ゲラーなんて超能力者の話なんてどう思われます」安「ちょっと失礼します」 俺はそう言って、部屋の外へ飛びだした。とりあえず大きく深呼 田次長がしかつめらしく聞いた。老人は歯を剥いてみせた。 「外道もんたい。今の超能力者と呼ばれちよるマスコミの浮かれ者吸した。世の中が正常に復帰していくのが、まざまざと実感として たちは、その理論も知らずに、偶然その技術ば習得したにすぎない捉えられ、浮遊感さえ現出した。 ハアーフともう一度、深呼吸したときだった。俺の立っているこ んじゃ。どぎゃん有名でも、ありや虚名ば売ったにすぎん。だか ヒートデス 5
の 5 。一人の男が無言でその 5 を自分のハンカチに包み入れ「なに ? 」 「無断でサナトリウムから出ていったんだ。外でどれだけ生きられ 0 て、部屋を出ていった。残った一人は切札を取りあげて椅子にどっ たぶんどこかで死んでるよ。自殺だろうな。きのうの かりと腰かけ、まだ状況がどれほど深刻か理解できないでつっ立つると思う ? ことだ」 ている雄也に座れと命じた。 「もうあんたは主管じゃない。罪人だ。この書類を持っているのが「部長と話がしたい」 なによりの証拠さ」 「いいとも」あっさり男は言った。「供述書に署名したらな」 「ばかなことを」雄也はゆっくりと腰をおろした。「その書類が自「いやだ」 分に不利なものなら、どうしてわたしが持ってなくてはならないん「そうか、テー・フルの上の電話が鳴った。男がとった。雄也は立っ た。「部長に会ってくる」 「理屈はなんとでもつけられる。言い訳は。そうさな、たとえば、 「待てよ」男は雄也をとめ、受話器に向ってそうか、ふん、やつば これは北見部長の工作したコン。ヒュータ・メモリ内容たとも」 りなと言った。「待てよ、おもしろい話を教えてやるからさ」 雄也は男の正体を知る。部長の仲間だ、まるで魔女裁判、まさに 「そんなでたらめな供述書にサインはしないぞ、なにがあっても」 理屈などどうにでもつけられるのた。 「まあゆっくり考えろよ。いいか、おまえの持っていた 5 は偽物だ 「ここから出せ ! おまえには司法権などないはずだ。警察を呼よ。正確には偽ではないが、現在の 5 とは違う。あれは成分調整 のなされる前の、効果成分が三分の一のやつだ。おまえが盗みだし 信じられん 「階へ落ちたいのか。部長の好意がわからんとはあんたもマヌケ た 5 は現在の人間には偽品といってもいいのさ。 な男だ」 か。まあ、そうだろう、の成分調整は極秘だからな。人間の胃 「階へ行くのは部長のほうだ。いいか、おれは階人だ、階かはますますしぶとくなっている。少々のでは抑えきれんのさ。 ら追い出されることはしていない。それ以外話すことはない」 あの 5 をだれに渡したかしらんが、そいつの胃は長くは持つま 階を追われるということは、すなわち麗子を失うことだ。絶対 。気の毒に」 に屈するわけにはゆかなかった。ここでひきさがったらすべてが崩「麗子 : : : 電話だ、かけさせてくれ ! 」 壊してしまう。 「罪を認める供述書に署名だ」 「警察でなら勝てるというのか」 「きたないそ ! くそう、部長め、はじめからこうする気で : : : 階か : : : 麗子と別れろというのか。とにかくここから出せー 「部長の不正を証明する人間がいる。美沙だ」 「サインだ」冷酷な声だった。「夫婦間のことは我々には関係ない 「身内の者が不利な証言をするものか。それを別にしても不可能だ が、愛する夫の後を追う貞節な妻、という演出をしてやってもいい ね。彼女は , ーー・死んだよ」
「しかし、どうしたのかしら、わたしたち」 「こういう日はわたし、胎内で失くしたウォルフ管についておもい 「ふむ、わたしたちというところをみると、きみもやつばり : ・ めぐらさすにいられないわ。輸精管になるはすであった、わたしの ちょっと失礼」 ウォルフ管について : : : 」 ーパンをぬがして、 「ほくもだ、・ほくもミ、ラー管について思いめぐらさすにはいられ言って、するするとわたしのジ ない。非常な親しみをこめて、・ほくは、母親の胎内で失くしてしま「あっ ! 」 ・ほっかり口をあけている。 たミュラー管のことを思っていたんだ。輸卵管になるはずであっ 「驚くことないでしよう、自分だってそうなんだから」 た・ほくのミュラー管についてね : : : 」 ハンのチャックをあけ、 そこでわたしたちはお互いにあっけにとられたようにまじまじとわたしは恋人のジー 「みせてごらん」 お互いの眼を見つめあったのである。 「へんねえ、今朝のあなたって、どこか変だわ」 裸にしてのそいた。ついでに二人で全裸になって手と手を握り、 「アンドロギュヌス」 よく見ると、木綿のワイシャツの胸が少しふくらんでいるのだ。 わたしはそのワイシャツのボタンをゆっくりあけて、なかをのそい 低い声で言って頷きあった。 「しばらくこのままでいよう。同じなんだし、はずかしくないでし よう」 「どう思う ? 」 「しかし困った。朝、これに気づいた時、あわててしまって朝食も 恋人は照れたようにだらしなく笑っている。 とらずに家を出て、気がついたらここに来ていたんた。なんだかき 「どうともいえないわ」 みのほうもぼくと同じめにあっているような気がしてね」 「ああ、そうするとあなたはもうどこにも帰れないわけよ、わたし 言ってからわたしは掌を口にあてて笑ってしまった。 「しかしね、どう見てもこれは君の乳房と同形だよ、君のがモデルのところ以外。アハハハ」 わたしは、軽く笑って、 になっているんだよ、だってこんなに小さいし、おまけに乳首はひ 「シカシ、ヨカッタ、コレデワタシハアナタノ妻ニナラナクテモス っこんでいるしさ」 ムワ」 言うので、 「ボクモダ、ボクダッテキミ / 夫ニナラナクテモスムモノネ。シ 「わるかったわね」 カシ : と言って、ぎゅっとその乳房をつかんでやった。 「あら、あなたの奥さんのことならだいじようぶよ、あなたには子 「どんなきもち ? 」 供はいないのだし、彼女はびとりでやっていけるんだわ」 「いいきもちさ」
儀礼的挨拶をおこなうと猪部は大きくかぶりを振った。何か心配へ歩いていった。 猪部は、恐る恐る軸丸教授に声をかけている様子だ。しかし、完 ごとができたというふうだ。 全に無視されている。頭も下げる、揉み手もする。全然効果はない 「ほら、このあいだ、肥乃報の文化部で、ちょっと話してたろう。 ようす。挙句の果に何やら一喝されて、ひっくり返っている有様。 軸丸教授。覚えてるか」 「ああ、呼ぶか、呼ばないかでちょっと揉めてた人かな」と合槌を処置なしだ。 打っと、猪部があらぬ方角めがけて目配せするもので、それにつら猪部がほうほうの体で逃げ返ってきた。 「だめだ。逆効果だった。一層まずい。教授は熊本城に朝の散策に れて振返ったら、アツ。軸丸教授。 俺が知っている軸丸教授というのは肥乃国日報の文化欄で、やにやってきたのであって俺たちのやってることなそ、関わり知らんっ てさ」 さがった眼付で中央のウーマン・リブの指導者あたりと対談してい る好々爺たった。ところが、今の教授はどうだ。二の丸の石垣の影しかし、まだこちらの様子を双眼鏡でうかがっているのは事実 : センポ あたりから、双眼鏡をぶらさげ正三角形の血走った眼でこちらを伺だ。売名欲に燃えた意地つばりだ。うらやましそうに。・ っている。あの眼は悪意と敵意に満ちた眼た。嫉妬のためか、時々ウ鏡だ。 頬がひくひくと蠢いている。どおりでさっきから背中をがりがり弓 まあ、気にせずいこうやと猪部をなだめたところへ、紋付き袴で 掻かれる気がすると思っていたら、ありゃあ、軸丸教授の視線だっ機敷埜老人がやってきた。肥乃国券番のキレイどころ六人を従えて たにちがいない。 である。しかしながら、キレイどころといっても、二十年前はそう だったに違いないと想像できる類の面々で、今や散りなんとする彼 「で、まあコメントだけでも貰っとけばいいじゃないかということ 岸桜を思わせる。 で、電話いれたら、スネちゃってね」 「揃ったなあ。そろそろいこうかア」 「で、どうするの」 「どうしようもない」 鮫野のところへ集合すると、すぐに録画撮り本番という。 猪部はハアと溜息をついた。 「まず、ヤング・レポーターの乙呂木くん。昨日の打合せどおりい 「しかし、教授は録画撮りを妨害にきたわけではないかもしれな ってみようよ」 。そっと軸丸教授のところへ行ってきて、さりげなく御一緒しま ャング・レポーターの乙呂木増江というのはのティー しようと呼んできたらどうだ」 イム・ショー女性ニュース・キャスターである。テレビで拝見する 「しかし、あの先生、俺には印象が悪いらしいんだよな。一度″地ときは顔中ロという感じでしゃべくりまくっているが、実物を見る のはこれが初めて。寝起きが悪いのか、不貞腐れたような様子だ。 呆文化人の代表 . と誤植やってるんだ」 こういう顔をテレビに出すのは一種 そう言いつつ気のりしない様子で猪部記者は二の丸の石垣のほうお世辞にも美人とは言えない。 ロ 7
その時、エレクトーンの音がきこえてきた。このアパートにエレ ジョンの画面を見ている。顎をぐっと突きだして、眉をしかめてい クトーンを教えている老人がいるのだ。老人は廊下などで会うと、 る横顔は、高校の教科書で見た「ネアンデルタール人」そっくりだ いつもわたしを勧誘する。 「あなたもエレクトーン習ってみませんか」 ( 競馬中継ヲ見ティルネアンデルタール人 ) ずいぶんかん高い声でそういうのだ。マーケットの紙袋を抱え、 わたしは呟いて、別のガラスケースの上に置いてあるリンゴジャ 片手はステッキを持って、よく街を歩いている。わたしが仕事から ムを手に取った。 ( フタリノアンドロギュヌスハ コレカラ食。 ( ント、リンゴジャム帰る途中、街で会った時にも大きな、かん高い声でそう言うので閉 ロしてしまう。 ヲ食べルノョ、ワカッタ ? ネアンデルタール人ノオジサン ) 「ええ、でもわたし、そういう余裕がなくて」 わたしはガラスケースの上に黙って五百円札を置き、 言って、わたしは忙しいのだ、というふうに足早やに歩く。ほん ( オッリハイラナイワ ) 呟いて店を出た。「ネアンデルタール人」はわたしの方を一度もとうにわたしには、「夫の家」を出て以来、余裕がなくなっている ようだ。 見なかった。 老人はいつも火色の、きちんとアイロンをあてたズボンを穿き、 ( ョカッタ、見ラレズニスンデ ) わたしは急いでアパート の部屋に帰ってきた。息を切らせて部屋ぶかぶかのワイシャツに蝶ネクタイをしている。 「あの曲、『哀愁の夜』じゃなかった ? 」 に入ったので、恋人は、 「どうしたの」 「『哀愁ノ朝』ダワ、ムシロ : と怪訝な顔をしている。 「いたのよ、街に。大とネアンデルタール人が」 わたしはその時、食。 ( ンにリンゴジャムを塗りながら、もうひと 「何いっているんだい。早く食べよう。なぜかひどく空腹だ、こんつ見た夢を思いだしたのだ。 な空腹は高校のとき以来だ」 「アッ、沼ノ夢ヲ見タンダワ」 「そうね、わたしも空腹で死にそうよ。お茶をいれるわ、日本茶、 「沼 ? 」 コーヒー、紅茶、何にする ? ローズ・ティーというのもあるの 「ソウ、沼ノ夢ョ」 よ、ばらの香りのする」 「・ホクモ見タョ」 「リンゴジャム付き食パンには、そのローズ・ティーとやらがあい 「ダッタラ、沼へ行カナクチャ ! 」 そうな気がする」 わたしは大あわてで、本の上に立てかけてある鏡にむかい髪をと訂 恋人はいささか気どって呟いた。
ことなんだ」厚手のカフタンを着たがっしりした体格の男が彼らを 「病気になったことはないの ? 」 「ほとんどない。泥酔したこともない。きっといっか目がさめてみ押しのけるようにして通りすぎた。その冷やかな眼にマリスは異国 の浮気男、怒りに燃えた彼女のお供を見た。 ると、体じゅう。フラスチックになっているかもしれない」 「それでもとっても丈夫でしよ」二人はまた歩きだす。「あのひ「あのひとたち、横眼で見たり、非難がましい眼で見たりするの ね」彼女の爪が肉にくいこんでくる。「どうしてああなの ? 」 と、なんていったの ? 」 「こういった、「ああ、兵隊さん、ご婦人のお友だちができたんだ「嫉妬 : : : 死ぬべき運命。きみたち宇宙士は彼らを脅かす。そんな こと考えたことがあるかい ? 自由で美しい不死の人々ーー・」 ねよろこんでくれたようだよ」 「あたしたちが不死でないことは知っているはずよ。だれより長生 「あなたはなんていったの ? 」 「こういったんだ、「ああそうだ」」彼はほほえんだが、彼女の体きするわけじゃないわ」 に腕をまわしはしない。指が空をかいた。 「きみたちが二十五年の旅をおえて帰ってきても、出ていったとき 「よろこんでくれてよかった : : たいていのひとがよろこんでくれとほとんど変らない顔をしていることも知っているんだ。きみたと るとは限らないから」 いうことはわからないかもしれないが、でも彼らは知っている。そ 「あのひとたちを見ちゃいけない。あっちをごらん」彼は、平屋根して彼らのほうは二十五も年をとっている : : : な・せ彼らがずた袋に がひしめく象牙色の街並みの下の柔らかなグリインと・フルウの海を入っていると思う ? 」 指さす。南北にまたがる、くしやくしやにした布のような山が浜辺「醜く見せるために。あのひとたち、ひどく抑圧されているんじゃ にせりだしている。 ないかしら」不機嫌そうに頭を振りあげる。 「ああ、海ーー・・昔から海が好きなの。故郷は海にかこまれていた「そうさ。だがそのためじゃない。変化を隠したがっているんだ の、島だから。宇宙は海のようね、果しなくて、不変で、そしてたよ。そうして彼らなりの方法できみらの真似をしているんだ、いっ えず変わっている : : : 」 も同じ顔をしているきみらの真似を。・ほくの記憶にあるかぎり、あ 「 , ーー宇宙士 ! 」二人の少女がクスクス笑いながら、彼らのまわりあしている。きみらは、彼らの羨望の的なんだ」 を大きな輪をかいてまわる、黒いスカートが彼らのふくらはぎをか彼女は吐息をついた。「肌に模様を描いて変化を隠すという老人 すめる。 の話は聞いたことがあるけれど。ナカは彼らを″若さの固着″と呼 プランディは顔を赤らめ、眉をよせ、また海のほうを見た。「なんでいるんしゃなかったかしら ? 」怒りは消え、眼がグレイ・グリ インの海のように涼やかになる。「ええ、考えるわ : : : ことに、う もう十分に見たと思うけど」 んだか , ーー疲れたみたい。 3 「新しいものを別とすれば、あまり見るものもないからね」彼女のすのろたちのことを笑い、彼らの短い一生のことを笑うときに。そ 0 手をとり、くだりはじめる。「ぼくらはここでは希有な存在というしてビクビクしながら、恋いこがれているあの哀れなお供たち、彼