「肥乃国日報」文化部の日常がどういうものであるか具体的なことた時、俺にはどうしても、即座にその事実を信じることができなか は知らない。俺が知っているのは、土曜日の夕刻の閑散とした部室った。だって、そうじゃないか。現代国語の試験「次の作品群にふ 3 だけなのである。だから、例えば真昼間、そこで実は乱交パー りがなをつけよ」の設問の一つ″墨東綺譚″を ( ひょっこりひょう や拷問がおこなわれているのだと聞かされれば、俺はそれを信じるたん ) と読んだ男が新聞記者なんて信じられるか ? しかないわけだ。まあ、それはよいとして、その時刻、俺は「肥乃まあ、そんなことはどうでもいいのだ。 報 , の文化部へ、火曜日の夕刊の文化欄に載せる「今週のオロイカそれに、もう一つ。彼は三カ月前いやらしくも、ケ・ケ・ケ・結 」という六百字程度のコラム原稿を届けにいく。「オロイカ」婚しやがった。俺のような美形の好男子が数十回も肘鉄を食い、失 というのは熊本弁で品質の劣ったものを指している。とにかく、そ恋し、挫折感に陥いっているというのに。う、う、う、う、う、 の週に発行された本の書評なのだが、特徴としては悪意と偏見う、許せない。そ、それだけじゃない。結婚と同時に見切り応募し をもって、何等建設的な批評を行うことなく、徹底的に罵倒するこていた公団住宅の抽選に当りやがった、ば、罰当り者なのだ。先月 とにある。俺のコラムの中では絶対、名作なそ登場しない。俺末の土曜日だったかな。・せひ、そのうち自宅に招待したいという猪 の手にかかれま、、、 。し力に高邁な哲学的主題を持っていようが、スト部の儀礼的案内に、嫉妬と好奇心の権化と化した俺は、その日のう 丿ー・テリングが優れていようが、科学考証が緻密であろうが、一ちに、強引に彼の帰宅時にくつついて行き、愛の巣を攻撃した。容 言「くだらない」で締めくくられることになる。というのが、俺自貌では、猪部に劣るはずよよ、。・ 。オしとう転んでも猪部より俺が醜男で 身も趣味でを書いているが、その傑作群の一つも中央では認めあることはないであろう。そう踏んだのだ。彼の連れ合いを見て、 られておらず、その嫉妬と怨念がこんな文章となってしまうのだ。 婚期を急ぐ必要はないと、自分に納得させておくのもいいじゃない 当初、土曜日の四時が〆切ということになっていたのだが、人後かと思ったからだ。 に落ちぬ俺のズボラで屈折した性格が、自主的に〆切を七時という 焦ってしまった。何ということだ。猪部の女房は、び、び、美人 ことに変更してしまった。待たされる担当の猪部記者こそ、いい面だったのだ。 の皮である。俺は文章で飯を食 0 ている人間じゃないし、本職は他俺は、くやしさのあまり、彼の洋酒棚から封を切ってなかったシ にある。アマチュアのふてぶてしさというか、開き直りというか ・リーガルのロイヤル・サルートを勝手にとりだし、一本飲み 「この「ラム、来週から降りさせて貰います」という特効的呪文を干して午前三時迄クダを巻いてやったのだ。 知「ているから、担当の猪部記者も強いことは言えないのだ。猪部今日の猪部も、俺の計算でいけば、焦立ちのために、そろそろ眼 記者は二十七歳、俺と同い年だ。な・せ同い年かというと、彼は俺の球を充血させている頃たろう。土曜日、公団住宅の密室における猪 高校時代のクラスメートで、その時、お互い留年なそしてないこと部のプライヴェートなスケジールが狂うことを考えると、俺の胸 を確認しあっているからだ。だが、猪部が新聞記者になったと聞い中でサディスティックな快感が渦巻いた。猪部が俺に報復を考えた
儀礼的挨拶をおこなうと猪部は大きくかぶりを振った。何か心配へ歩いていった。 猪部は、恐る恐る軸丸教授に声をかけている様子だ。しかし、完 ごとができたというふうだ。 全に無視されている。頭も下げる、揉み手もする。全然効果はない 「ほら、このあいだ、肥乃報の文化部で、ちょっと話してたろう。 ようす。挙句の果に何やら一喝されて、ひっくり返っている有様。 軸丸教授。覚えてるか」 「ああ、呼ぶか、呼ばないかでちょっと揉めてた人かな」と合槌を処置なしだ。 打っと、猪部があらぬ方角めがけて目配せするもので、それにつら猪部がほうほうの体で逃げ返ってきた。 「だめだ。逆効果だった。一層まずい。教授は熊本城に朝の散策に れて振返ったら、アツ。軸丸教授。 俺が知っている軸丸教授というのは肥乃国日報の文化欄で、やにやってきたのであって俺たちのやってることなそ、関わり知らんっ てさ」 さがった眼付で中央のウーマン・リブの指導者あたりと対談してい る好々爺たった。ところが、今の教授はどうだ。二の丸の石垣の影しかし、まだこちらの様子を双眼鏡でうかがっているのは事実 : センポ あたりから、双眼鏡をぶらさげ正三角形の血走った眼でこちらを伺だ。売名欲に燃えた意地つばりだ。うらやましそうに。・ っている。あの眼は悪意と敵意に満ちた眼た。嫉妬のためか、時々ウ鏡だ。 頬がひくひくと蠢いている。どおりでさっきから背中をがりがり弓 まあ、気にせずいこうやと猪部をなだめたところへ、紋付き袴で 掻かれる気がすると思っていたら、ありゃあ、軸丸教授の視線だっ機敷埜老人がやってきた。肥乃国券番のキレイどころ六人を従えて たにちがいない。 である。しかしながら、キレイどころといっても、二十年前はそう だったに違いないと想像できる類の面々で、今や散りなんとする彼 「で、まあコメントだけでも貰っとけばいいじゃないかということ 岸桜を思わせる。 で、電話いれたら、スネちゃってね」 「揃ったなあ。そろそろいこうかア」 「で、どうするの」 「どうしようもない」 鮫野のところへ集合すると、すぐに録画撮り本番という。 猪部はハアと溜息をついた。 「まず、ヤング・レポーターの乙呂木くん。昨日の打合せどおりい 「しかし、教授は録画撮りを妨害にきたわけではないかもしれな ってみようよ」 。そっと軸丸教授のところへ行ってきて、さりげなく御一緒しま ャング・レポーターの乙呂木増江というのはのティー しようと呼んできたらどうだ」 イム・ショー女性ニュース・キャスターである。テレビで拝見する 「しかし、あの先生、俺には印象が悪いらしいんだよな。一度″地ときは顔中ロという感じでしゃべくりまくっているが、実物を見る のはこれが初めて。寝起きが悪いのか、不貞腐れたような様子だ。 呆文化人の代表 . と誤植やってるんだ」 こういう顔をテレビに出すのは一種 そう言いつつ気のりしない様子で猪部記者は二の丸の石垣のほうお世辞にも美人とは言えない。 ロ 7
ばなんなく催眠術にかかってしまう可能性もでてくるではないか。 化粧を施してはあるものの、胡椒の霊験あらたかで鼻水と涙に、 だまされまいぞ。 芸者衆は今や、人一化九という有様。 「風力二・五になりました。今です」 らあクシュンさんがツくしゃん。があ、こお : : : こおクショ ン。ろおんたあ。ハックション。 猪部が遂に義務は果たしたという声で興奮気味に叫んだ。 何とも締まらない。 機敷埜老人の指示で、すなおに猪部は円陣の中へ持っていく。 らあかんさんが、こおろんだ。らあかんさんが、こおろん「一 ) éュⅵー 4 み挈」 「でも・ : ・ : 」 「•—畔 > ) ) 。コ 9 「一ョ 9 イみ瀞朝ツ」 猪部は機敷埜老人の唐突な指示にあきらかにとまどっているよう 「胡椒をふりかけるんですか」 に見えた。 老人は肯定した。ここで、何故とか理屈をこねてみたところで、 「ⅵ導匂 40 、澱。ッé一 0 ーイエ乙導車象イ「一 9 4 どうにも仕方がないのだ。 「わかりました」 猪部は、瓶から胡椒を出すと手のひらに握り、きれいどころへエ事コ申矗 9 年」年ッ導日 イヤと撒き始めた。こういう刺激物を与えられれば生理現象としてュイ「一 0 \ 藝、澱コ 9 みッ「一。ュ。 97q くしやみが発生する。 年艸」 「くしゃん」 覚悟を決めたらしく猪部はプライヤーを老人の尻にあてがい、エ 「はくしょん」 イヤツ、肉もちぎれよとカ一杯ひねつくった。 「クチュン」 次長だろうが、鮫野たろうがお構いなしである。生理現象に、天老人は余りの痛みに叫び声をあげ、その声音の大きさに、びたと は上下の区別を創り給わす。 御囃子が止り、全員、踊りの姿勢のまま静止した。 「〉濃イ象。。 9 ) ⅵÖ。 7 コ聯彭。 9 永い永い時間が流れたような気がしたのである。 09 。コ事ーシ、 = 譯イ、ー * 一 ~ 譯全員の視線が逆立ちした機敷埜老人に注がれていた。 閉じられていた老人の眼がくわっと見開かれた。眼鏡をとおして 「はつくしょん」 みる老人の眼玉は異様なほど巨大に見えた。その眼玉は真赤に充血 「くちゅん、くちゅん」 していた。 9
ところで、九州の小都市で (-nv-k のコラムを毎週書こうという物好きう自尊心の強さが、屈折した眼差しから感じられる。顔は正面を向 いているが視線は俺を見ているのだ。この男も、猪部たちから与え は金のワラジをはいて、鐘、太妓で探してもなかなか見つかるもの られた俺に関する情報と、俺の外見からうける印象から比較検討す ではない。きっとそうだ。そうに違いな、。 るために脳味噌に潜ませたカシオ・ミニを大車輪で活動させている 俺はさりげなく部室の扉を開いた。 にちがいない。もちろん、俺の商品価値の原価計算というところた 「やあ、ちょうどよかった。加塩くん、蕁してたんだぜ、 猪部の怒気を含んだ声を想像していたのだが、意に反して猫撫でろう。 声がとんできた。見ると、次長の安田と、見知らぬ色眼鏡をかけた猪部の勧めに従ってソファ 1 の一つに腰をおろし、とりあえず俺 は原稿を手渡した。それから、先ほど、俺に向けられた質問の確認 髭面の男が猪部と応接テープルを囲んでいた。 「加塩さんは、だけですか。超能力は興味ありませんかね」 安田次長の唐突な質問に一瞬途惑ってしまい、即座に反応を示す「超能力とか話しておられましたが何のことでしよう。念力とかテ レバシイのアレですか」 ことを差し控えた。 「いつもの、コラムの原稿を届けにきたんですよ。お揃いで何の御安田次長が顔面笑みくずれて「そうです。アレなのです」と手を 相談ですか」 ひらっかせた。 そう答えておいて、ぬかりなく見知らぬ男と次長の安田に会釈を「私は不勉強ながらね、ユリ・ゲラーとかしかしらんのです。で、 という俺の第一印象は、こ スプーン曲げたりとかね。そんな超能力。信じますか」 ふりまいた。″一見、人あたりのいい〃 こいらが勝負なのた。 信じるか信じないかと言われても俺は困ってしまう。面白いこと ・が俺の生活信条ではあるが、その″面白いこ は善いことなり・ 猪部が、そそくさと立ちあがった。 トラス 「コラムを担当している加塩さんです。ええ、こちらは九肥放と″が、真実であるか嘘っパチであるかなそ、マア、どうでもいし ゃ。 送のディレクター鮫野譲二さん。 OÄのほら、″奥さまティ 「興味はないこともないわけでして」 タイム・ショ ″というローカル番組を担当している、あのほら、 あの有名な」と言いながら片眼を何度もばちばちさせる。 この程度が偽りない線たろう。猪部と安田次長はしてやったり、 俺はステロタイ。フに、や、それは、こりやまた、あ、あの有名やったそべイビーという表情で目配せしあった。今にも膝を叩いて セッセッセでも始めそうだ。鮫野という男も、急に目を細め乱杙歯 な、どもどもども、と頭を下げながら鮫野という男を値踏みした。 皮ジャンパ 1 に皮ズボンという芸術家くずれを意識したスタイルを剥出した。笑ったのだ。 俺の脳裏で、半纒をつけた消防姿の俺の天使が点減する赤ランプ の髭男は、粋というよりマンガである。これでブーツでもはいてい を指して「警告 ! 警告 ! 」と叫んでいた。こいっ等、「はめる」 れば草競馬の馬主という風体。これでもマスコミ族の端くれだとい
の雑居ビル自体が小刻みにぶるぶると震えはじめたのだ。 「スワ、地震」と俺は近くの鉄枠にしがみついた。 震動は二、三分間続いた。 それから嘘のような静寂にもどった。 開きつばなしの扉から老人が顔をだすと、俺の顔をみて三回指を 俺が呆然としていると、研究所の扉がばたんと開き、肥乃報と O ニギニギし、びしやりと扉を閉じてしまった。 の三人組が転げ出てきたのだ。 三人とも歯の根も合わぬ様子だ。恐怖のためだろうか、驚愕のた俺の勤務先に猪部から電話がかかってぎたのは、それから三日後 ! 」っこ 0 めだろうか。 鮫野をみて驚いた。右半身は髪の毛といし 「録画撮りは次の日曜日だ。場所は熊本城の城内。朝の九時集合。 霜で覆われているのだ。真ッ白の右半身と対照的に左半身は湯立っ たのむよ」 たように真ッ赤ッカなのである。 いったい何が超ったのだ。 このあいだの結末がまだひっかかっていたのだが、こちらがその 「本物だ。正真正銘の本物た」 話題に触れるまえにさっさと電話を切ってしまった。 遙か遠方を見つめながら呟いていたのは、猪部だった。 というわけで、何がなにやらわからないうちに俺は熊本城へやっ 「あっ、ちょうちょ。ちょうちよさんがとんでる」 てきたというわけなのた。 安田次長は完全に錯乱状態だった。 日曜といえば、どこから湧き出すのか知らないが熊本城の観光客 俺は放心状態の猪部が一枚の紙きれを握っているのに気がつい がやたらと多くなる。それに輪をかけ、奇妙奇天烈な実験をやると た。ひったくったその紙きれにはこう書かれていた。老人の書体た なると、どうしても野次馬がたかってくることになる。馬を殺して ろう。 も殺人にならないが、野次馬を殺せば殺人になるのだ。だから追っ 払うにも気をつかうわけで、あまり無茶な方法もとれない。それ 準備品目 で、検討のうえ、まだ観光客の少ない午前九時を集合時間にしたの 胡椒 だろう。どうなることやら。 肥之国券番芸者六人 すでにの中継車が止まっており、近くに鮫野、安田次長の 。フライヤー ジャケットを着こんでドブネズミス 顔も見えた。猪部はサファリ・ 球磨焼酎″鬼倒″一 タイルからイメージ・チェンジ。俺の姿を見つけて手を振りかけ寄 ってきた。 風向計 湿度計各一 「やあ。遅れたかい」 ロ 6
うがなかった。どぎゃんなるとだろうか。あれだけの熱エネルギー人、負傷者一〇万三七三三人行方不明四万三四七六人。マグニチュ ば秩序だててしもうたけん。そして今度は時間軸を下ってぶり返し 1 ド 7 、エネルギ 1 にしてエルグ : : : 」 のくる。今から十七万五千時間後に、 「おい。待てよ。そして老人の計算ではぶり返しが、十七万五千時 それだけ言うと、老人は白眼を剥いて失神してしまった。 間後に、来るって言ってたな。何年後になるんだ」 「ちょっと待て、計算してみるよ」 二、三日経ったあと、電話がかかってきた。猪部からだった。何俺は受話器を持つ手が震えだしたのに気づいていた。 「いいよ。計算しなくとも。それがわかったところでどうしようと かやましいことでも、やった後みたいに声をひそめていた。 いうんだ」 「このあいだ、すまんな」 俺の質問に猪部はとまどったようすだった。暫くして受話器のむ 「いや、それでどうしたの」 「機敷埜さんは命はとりとめたけれど、記憶喪失なんだって。鮫野こうで事の重大さに気づいたようで : それから猪部はややかん高い声で言った。 さん、警察でサンザ絞・ほられたらしい」 「おれ、しいらない」 「で、放映は」 俺もあわてて言った。 「番組はお流れね」 「じゃ、ふうてん効果も、科学的に実証できる可能性もなくなっち「おれも、しいらない」受話器を置いたのは二人とも多分、同時だ ったに違いない。 やったわけだな」 ノストラダムスの大予言のことを思いだしたのは、電卓で老人の 「そういうこと」 言った数字を換算してみたときだった。千九百九十九年、七の月と 「で、今日は、また何かあったの ? 」 いうアルマゲドンの予言を。 「ん、いや、この間、失神寸前に機敷埜老人が呟いてたろう。北緯 三十五度二分、東経百三十九度 = 一分、イナス五十万時間プラスマ今から十七万五千時間後にふうてん効果、発現。 イナス二千時間にふうてん効果の影響が発現するって言ったじゃな 。気になってて、今日の昼休みに調べてみたんだ。場所は相模湾 の北西部になるんたよな。で、マイナス五十万時間で、大正十二年 の夏ごろになるんだよ」 「それで」 「偶然と思うか。その年に関東大震災があってるんだ。プラス二千 時間の範囲になるんた。九月一日だからいいか、死者九万九三三一 3
「いやね。あの部屋で、加塩が出ていった後、べッドの上で機敷埜朝、天気予報で確認しておいた。そこの若いの。風力計と湿度計ば 老人が妙な姿勢をとったんだよな。それから、何か、奇妙な音楽を見ておいてくれ」 つけて、何が何やらわからないのだけれど、部屋中がものすごく暑そう言うと機敷埜老人、ヤッと声をかけて円陣の中で逆立をはじ めた。袴から、老いさらばえたご・ほうのような二本の足がにゆっと くなってきたような気がして飛びだしたんだ」 突きでる。猪部、老人の御指名とあってはいたしかたなく、風力計 その猪都の話に加えて、俺が体験したことも、彼に話してやっ と湿度計の測定に必死の形相で取組み始めた。 た。あの局所的な地震のこと。鮫野の半身が純白の霜に覆われてい たこともである。いずれにしろ常識で想像できないような結果では「また、雰囲気、盛上ってないのよ。増江クンも踊りに加わって ある。早い話が、具体的に何があの老人の部屋で起ったのか、猪部よ」 鮫野も、さっきから不貞腐れつばなしの増江に言う。 は理解できてないのである。 「この前、訪問したときも言ってたけれど、屋外で実演するのは仲「何故よ。あんなにまで言われて何故やらなきゃいけないのよ」 、じゃない。仕事なんだから」 仲むずかしいようだぜ。熱的エネルギーを仕事エネルギーに変換す「まあ、いし らあかんさんが転んだあ。 るときの集東の具合とかが : : : 」 「ふうん」と俺がなま返事をした時、城内一杯、拡声器をとおして 熊本城見物の観光客連中が、遠巻きに俺達を一体何事の最中かと 割れんばかりの三味線の音が響き渡った。どちらかといえば、単調眺めているのを、俺は意識しはじめていた。はたから見れば、これ はたしかに気ちがい沙汰だ。 なメロディの繰返しである。 「風力が落ちてます。今、二・六。湿度は六十四 % で OX です」 羅漢さんが転んだ。らあかんさんがこおろんだ。羅漢さんが 猪部がほっとしたように叫ぶ。 転んだ。らあかんさんがこおろんだ。 見れば広場の中央で、肥乃国券番の芸者衆がぐるりと輪を作り、 ゲーテのいまわの際の言葉よろしく真赤に顔を充血させて老人は 三味線に合わせて踊り狂っていた。その中央で機敷埜老人が風向 計、風力計、湿度計を測定中。まさに宗教の原初的な光景を思わせ言った。 る。 安田次長や、鮫野も踊りに加わっていたが観光客の外人も浮かれ でて、踊りに加わり、何やら意味不明の唄を口ずさんでいる。 いよいよ本番が初まったわけだ。 Luck 一 And Sun got C00 一 on day 一 「湿度六十七 % 、風力三、南南西の風。若干、条件が揃わんよう た。風力が二・五。湿度が六十四 % まで下がれば発現できるが」 盛りあがってるのである。やや、待てよ。これは集団催眠を利用 らあかんさんがこおろんだ。 した一種のペテンかもしれないぞ。そんな考えが思い浮かんだ。こロ んな形で観客の精神を高揚させておいて、ほいと暗示をかけてやれ 「なあに大丈夫じゃ。日が昇れば、大体、条件にそうようだけん。
も考えていたのだが、とてもこの小男の老人にカリスマ的才能はな まわした俺は皮肉つぼく呟いた。 「気のせいですかね。雑然とした雰囲気のなかに、そこはかとないさそうだ。 臭気で目がチカチカと痛みはしめた。 超能力の息吹きが感じられますなあ」 長椅子の上に腰をかけようとしたが、埃がひどい。指でなそった 鮫野が口をへの字に曲げ、撫然とした表情になった。 らイニシャルが書けたほどだ。ためらっていたら、老人は気をつか 「ごめんください」 猪部が扉を叩くと、待ちかねたように中から貧相な老人が顔を突って薄団を長椅子の上に伸ばしてくれたが、それでも腰かける気に はなれない。煮しめたような海老色に変色したシーツには、点々と きだした。存在感が薄いというのか、なんとも形而上的顔つきだ。 カビが繁殖していた。湿度、栄養ともにもうしぶんないのだろう。 「あ、あ、の」 牛乳ビンの底を利用して作ったのではないかと思えるど厚い眼鏡俺はそっと猪部に耳うちした。 「この部屋の雰囲気から察するに、超能力爺さんは、とんだ荒行者 をかけている。太陽を直視すれば即座にメダマ焼きができあがるに ちがいない。右側のツルは糸で吊られていた。老人はその眼鏡に手というところだな」 猪部はロをへの字に曲げると、べェロで舐めた人差指で両眉をし をあて、ニコニコ顔でわれわれを招きいれた。 きりにこすってみせた。 「電話で連絡を頂きましたパイ。さ、さ、どそ、どおそ。いやあ、 仕方なく立ちん・ほうで話を進めるしかない。 あの歌手の桜ロすずめが婚約したそうですな。あ、あ、それから、 グループ・サウンドのヴィ・ハリー・ ヒルズのチョン坊は覚醒剤で捕話が本題に入った途端、老人の態度は急変した。 われたとか聞いた・ハッテン。マスコミの人は大変ですな。マ、どお「じゃあ、何だ。風天効果が信用でけんというのか」 ぞ、どそ」 「いや、そういうわけじゃありません。ただ番組構成のうえで、現 ま、どうもと、挨拶したが、俺たち全員がマスコミ関係と信して実的にどの程度の能力かを把握させて頂きたいということでして」 いるのだろうか。老人のセンスがどうしても理解できない。 「誤解しとる。超常能力という表現がだいたいまちごうとる。ええ 「で、出演料の御相談ですかな。きようは」 か、素人のあんたたちにわかりやすう説明するとだな。この宇宙に このくそ暑いのに老人はドテラを着込んでいた。 は、いたるところエネルギーが形を変えて存在しておる。位置エネ この部屋に寝泊りをしているのだろう。六畳ほどの広さの中に蒲ルギー、光エネルギー、運動エネルギ 1 、電気工ネルギ 1 、熱エネ ルギーえとせとらえとせとら。しかしながら、エネルギーの全体量 団と奇っ怪な装置群とシビンとヌード・ポスターと下着の山と、カ ップヌードルの喰いかけと、テープデッキとステレオとカラーテレは、その形態は変化しても常に一定なのだ。これを『エネルギー不 ビ、週刊誌が渦巻いていた。ず・ほらを具象化するとこの部屋にな減の法則』といって熱力学の第一法則じゃ。 る。すえたような一種異様な臭気が充満している。新興宗教的な線しかし、総てのエネルギーは無秩序化を続け、宇宙はいっか熱死 ロ 4
つもりじゃないだろうな。 ネルギーに変えるという″ふうてん効果″なる超能力を使うそうで テレキネシス 三日月のような口で猪部が言った。 す。一種の念カみたいなものなのでしようか。見事なものらしい 3 「実はね。この熊本に超能力者らしき人がいるんだってさ。それでですよ。土地を売って生活してるらしいですね。身寄りは一人もな 鮫野さんが、ローカル制作の全国番組用にトク番を組むんだそう いようですが」 『大東亜超常科学研究所』だって。ア。いかにもうさんくさい。 テレキネシス で、一種の念力だって。またまたまた : : : 信じられないよ。まて 「で、加塩くんはファンの立場として、超能力についてだな よ、それが、ほんとうなら、それはそれでたいしたものだ。 あ、いろいろ話してもらいたいわけで」 「で、『肥乃報』としては、どんなとりあげかたをするんですか。 鮫野と安田次長が話に合槌をうつように、張り子の虎も顔まけでこの能力とやらが、ペテンだった場合のリスクも考えてあるんです 首を振っていた。 「で、構成は″肥乃報″文化部が担当します。お願いできますか」 安田次長が、もっともだと首を振りながら答える。 こいつらにとって味噌と糞が同義語であるようにも超能力も「もち論です。これは新聞報道とは別個にとりあげるわけです。 同レベルの問題なのだ。しかし、それ以上に、俺はこの九州の片田わゆるテレビ特番のショーとしてです。真実性が確認されれば、そ 舎に超能力なそという突拍子もない才能を持った人がいるという事の時点で一大キャンペーンに移りますがね。でないとその記事は 実を聞かされ驚いてしまった。同時に持ちまえの好奇心が勃起して『肥乃報』の汚点として永遠に残りますから」 きたのだ。 鮫野が醒めた口調で言う。 「ほんとうの超能力者ですか」 「放映したら、きっとたいへんな反響ですよ。熊本だけではこのニ こんなのは愚問といえるだろう。だけど、超能力者にもいろいろュース止まりませんそ。明治の頃の千里眼女性、御船千鶴子以来、 あって、本物と偽物が厳として存在するはずなのだ。 熊本の産んだ超弩級超能力者の誕生ということになりますなア。 一つ小さな咳ばらいをしたうえで、鮫野はとっとっと話し始めのディレクタ】の私の名前も不動のものとなりますなあ。肥乃 た。まくしたてるでもなく、話術の効果を計算しつくした香具師の報もぐんとシェアがアツ。フしますそ。読売だろうが熊日だろうが朝 日、毎日、西日本みな蹴散らしちゃいましよう。わはははは」・ それを思い出してしまう。 熊本における新聞シェアは殆んどこの五紙が占めており、肥乃報 「″奥様ティー ″のモニターの一人からの情報だ 。、ツト・シェアなのだ。 ったんですよ。横手町に『大東亜超常科学研究所』というのがあるなんての顕徴鏡的リ丿 そうでして、超能力者というのが、そこの八十一歳の所長さんで そのあたりの状況はちゃんとわきまえているために苦笑いといっ ぎしきの す。名前を機敷埜風天さんといわれまして、熱エネルギーを運動工た反応に終始していた猪部が、急に心配そうな表情になった。 ・タイム・ショ
「しかし、一度、その信憑性を確認しておく必要がありますよ。単″茶番劇″じゃないか。 に特番の構成を組むだけにしても、内容が内容だけに、褌を締めて猪部と安田次長が囁き合っているのが聞こえた。よく会話の意味 かからないとシッペ返しを受けることになります。そうでしよう」するところは解せなかったが : 猪部の筋の通った提案だった。 「で、軸丸教授はどうします」 「まあ、企画の段階というんで、私もまだ本人とは会ってないん「いいじゃないか。加塩が一人でときや」 「あとで、何かゴネてもしりませんよ」 鮫野が自嘲的に言う。 。いいって」 「一度、会っておきましようかね。皆で一緒に下見に行っておけで、それから、早速、その足で『大東亜超常科学研究所』に出向 くことになった。 ば、構成もやりやすい」 加塩さんも一緒に。いや、それは。まあ、 しいんじゃないです か。わは。行きましよう。と、もう俺の協力を全面的に得られると横手町にやってきた。鮫野の車から降りると、そこはコンビニエ ンス・ストア「スーパー ・ウーマン」だった。雑居ビルの一階であ 確信しているようす。 ・ウ】マン」の横の階段を る。俺たちは、鮫野について「スー 俺は慌ててちょっとおどけて見せた。 「で、で、で、ちょっと待ってください。私はどんなことを話すわ昇って行った。『大東亜超常科学研究所』はこのビルの三階にある けですか。ええ、その①これでのアイデアの一つが現実化してのた。 目的の三階の、『肥後不動産リサーチ・プロモーション』という しまった。事実は小説より奇なり。ええ、その②体制の超常能力に 於ける魔女狩り的権威主義的弾圧に挫けず現象的把握を客観的解明怪し気な札を下げた部屋の左隣が、問題の場所だった。 の手法の一つとして・ : ええ、その③こういうですねえ、超常現ケント紙にマジックで書かれて貼りだしてあったのだ。 象を社会状況から見た場合ですねえ不確実性の時代背景の中でえ、 大東亜超常科学研究所 インフレも高進しい、生活環境も悪化しい、人間は何もお信じられ なくなっている。こんな社会の奇型児が出現してもお : : : その④中 所長機敷埜風天 央でしたら、駄目ですワア。地方文化の延長として、この事実を促 ( 押売リ、セ 1 ルスマン、保険外交員、入室ヲ禁ズル所 えること。これですワ。これ。 長 ) 鮫野は動じるふうでもなく葉巻をふかし始めた。気障なことおび ただしい。 扉の横には埃をかぶった球磨焼酎の空びんや、古新聞の束、来珍 ・タイム・ショ 1 』だって ? 何を偉そうに。直訳すれば軒と書かれた双喜模様のチャンポン皿が置かれていた。それらを見