ュッカ - みる会図書館


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1. SFマガジン 1980年10月号

えっきているのだ。もし先に雨が降ったとしても、幹についた乾い ロツ。フを買った。ウォッカは適当な量をジュースにまぜれば、まっ たく気づかれすにすむのだ。 た葉には、雨はかからない」 家に帰ると、ダーケンは明るくスミスに言った。 「どうして燃えるんです ? ュッカの木の内部は繊維質でしよう。 「新しい食餌療法をはじめましよう。メアリイがここに来たとき湿気を含んでいるんですよ」 に、あんたには元気になっていてほしいですからね。トマト・ジュ 「なぜかはしらんが、燃えるんだよ。ュッカの木には他にも不思議 ースをあげましよう。それにペ ーコン風味の豆スー。フ。そして、大なことがある。わたしは、稲妻がヤシの木を引き裂き、枝を・ハラ。ハ きなグラス一杯のチョコレート・ミルク」 ラにするのを見たことがあるが、ユッカの木ではそんなことは起こ 彼は台所に入り、どのくらいウォッカを入れても味や香りがそこらない。稲妻はその内部を焼きつくすだけで、引き裂いたりはしな なわれないかをテストした。 いんだ」 スミスは義務的にすべてを飲み干し、どんなにメアリイに会いた スミスが本当のことを言っているのが、ダーケンにもわかった。 く思っているか、と話した。 「おかしなことですねーーーそれにしても、なんて恐ろしい死に方な 時がのろのろと過ぎていき、ダーケンには、スミスはあと四日もんでしよう」 生きられはしないのだと考えて気持ちを落ち着かせる以外、なにも「いまのわたしのように、老衰と病気でゆっくりと、痛がりながら することはなかった。 じゃないか。稲妻に打たれるのは、痛くないの 死ぬのよりはいい その午後おそく、ダーケンはユッカの森の方に雷鳴を聞いた。黒 雲があり、ときおり、稲妻に照らされた。二分前にはなかった雲で「なるほど」 ある。 もっともだ、というように、ダーケンは言った。台所に入り、ア 「死にたがっているのだ」スミスが言った。 ルコール入りのフル 1 ツ・ジュ 1 スを作った。 「なにが、ですって ? 」 日も沈まぬうちに、スミスは疲れたと言いだした。ダーケンはス 「ユッカの木の一本が、だよ。ュッカの木は望んだ時に、雷を呼び ミスを寝室に運び、自分も寝室に入った。そして、旅行。ハンフレッ よせることができるのだ」 トに眼をとおした。 ハワイ・ーー全部に行くことに決め リやリヴィエラ、ローマ、 「そんな・ハカーーー」ダーケンは、自分の声がいらだっているのに気 づいた。「そんなことができるのですか ? それにしても、な・せュ ッカの木は雷を呼びよせたいなんて思うんです ? 」・ 翌朝には、スミスは一時間も起きていないうちに、・ヘッドにつれ 「死ぬためさ。年老いて、死が近いと知った木がね。雷に打たれたていってくれと頼むしまつだった。ダーケンは一日中、アルコール 7 ュッカの木を見たことがないかね ? 内側が洞になって、完全に燃入りジュースを与え続けた。 うろ

2. SFマガジン 1980年10月号

閉まってしまう。 スミスの孫娘の、若く、訴えるような声である。 耳を聾せんばかりの雷鳴が轟き、稲妻が少しはなれたところにあ ″どうそ、お手紙をください、おじいさま。あなたを心から愛して 8 るなにかを直撃した。 : ホッリポツリと雨が彼を打ちはじめた。 います。わたしに残されたのは、おじいさまだけなのです : 銀行が何時に閉まろうが、もうどうでもいいということに、彼は スミスのしわがれた声 気づいた。 ″死ぬ前にひと目、メアリイに会いたし : おれは死ぬのだ。 死にかけているときの、スミスの嘲笑するような声 自分がどんな死にかたをするのか、なぜュッカの木が感情を殺し ″君はおびえているのだ : ・ て自分を見つめていたのか、ダーケンにもよくわかった。 ″いやな死に方じゃないかね、それは ? / 彼はためされ、有罪と決まったのだ。判決がくだされた。 べつの音がした。言葉をともなっていない音。死にかけている子 木々はいまや、彼の処刑を見るのを待ち設けている。 供の苦痛に満ちた叫び声のような。 足元に紫のルビナスや金色のケシを従えて、木々は黙「て、彼が百フィートほど離れたところに、雷がおちた。繰り返しおちた。 死ぬのを見ようと、待っている はずすことのない標的を狙って、またやってくることが、ダーケン 彼の不安は恐怖に変わった。彼は、自分の殺したユッカの幼木をにもわかっていた。 見た。その葉は黄色く変色し、根は陽光にさらされてひからびてい 彼は、稲妻をかわそうというかのように、両手を高くあげた。彼 た。恐怖が喉元までこみあげた。 は悲鳴をあげた。恐怖に息のつまった悲鳴だった。また悲鳴をあ ュッカの木は彼の心に話しかけた げ、意識のある最後の瞬間に、きわめつけの恐怖がやってきた。稲 ″わたしは年老いて、死の時が迫っていた。子供がおり、かっての妻が彼を巻きこみ、木も車も激しく燃えた。 わたしのように、背が高く強い木になるはずだったーーその子をお 稲妻がやみ、あとに、そうなることを望んだュッカの木と、裂け 前は殺したーーわたしの最後の、唯一の子を″ たなにか、そしてその下のなんとも判別しがたいものが残った。 ダーケンはカラーを引き裂き、あえいだ。死にかけていた。もっ 雷鳴も消えた。黒雲はすみやかに薄い色になり、ふいに消えた。 と生きたかった 砂漠の風がやさしくささやいた。太陽が、青くはれわたった空に再 ュッカの木はまた、冷酷な声を彼の心に送りこんだ び輝いた。 ″お前は、わたしの最後の、唯一の子を殺した″ 紫のルビナスと金色のケシは、暖い陽光に首をうなだれ、ユッカ ダーケンはありったけの力をふりし・ほって、脚を自由にしようとの木は遠い昔の夢に戻った。木々のどこかで、鳥が歌っている。 した。砂を掻き、獣のようにめそめそ泣いた。声が聞こえた。恐ろ そして、モンタナから遠くはなれた空を、びとりの娘がラス・ヴ しいほどに明瞭な、生々しい声だった。 工ガスめざしてジェット機に乗っていた。

3. SFマガジン 1980年10月号

ダーケンは郵便袋を手に、駐車場から歩きだした。見慣れた光景とをスミスは許しはしないだろう。一本の木に五十万ドルがかかっ を一瞥するーー・遠く紫にかすむ山々、ユッカの木が茂る水のない峡ているのだ。 いつでも、枝 これまで何回、この枝の下を通ったことだろう ? 谷、森にそぐわないモダンな彼の家。 ュッカの木はどこか枝のたくさんついたヤシの木に似ていた。そが下がってくるのはいったいなぜなのか ? とげ ダーケンは家に着いた。ガラスのドアに映った自分の姿を見、満 の短剣型の緑の葉の先端には鋭い棘がついている。ダーケンの眼に は、ユッカの木はこの世のものでない存在に見えるのだ。死を超越足した。染めた髪ときれいにかりこんだ髭のせいで、四十八歳より 若く見える。彼は女たちにとって、魅力ある存在のようであった。 して生き残っている存在のようだった。 ュッカの木は美しい、とスミスは考えている。ュッカには霊的なスミスの財産が手に入ったら、さそかし ものがあるとさえ思っているのだ。迷信深い愚か者は、かって、夜スミスの咳こむ声が聞こえ、ダーケンはドアを開けた。仕事に戻 になると柳は歩くことができた、と信じているが、それと同じようるときだった。 なあんばいである。 スミスは居間の椅子に坐っていた。骨と皮ばかりの老人で、痩せ こけた顔。眠はうつろだ。髪は雪のようにまっ白た。彼はダーケン ダーケンは家に向かって歩きながら、また郵便袋を見て、メアリ イ・ウ = ストンからの手紙がないことを確かめた。ガス料金の請求の手の郵便袋を見た。最後の希望にすがりつき、その希望が無駄で あることを知っている者の眼つきである。 書と、半分に折りたたまれたタ・フロイド版のチラシだけだ。 まもなく、スミスの孫娘を捜すという仕事のことは心配しなくて「わたしあての手紙はないかね、ジ = イク ? 」すでに答を知 0 てい もよくなるだろう。スミスは酒をあびるほど飲み、いつも悲嘆にくるかのように、彼は説ねた。 「ありませんね」あわれみの口調でダーケンは答えた。「永遠にな れている。妻と娘が死に、孫娘も死んだと思っているからだ。 いんじゃありませんかね」 ここ数カ月ずっとそうなのだが、酒を飲みすぎたときのスミスは 「わかっている」スミスの声にはあきらめがあった。「メアリイは 気が弱くなり、涙もろくなっている。彼をあやつるのはやさしいこ 生きているとずっと希望を抱いてきたが、それも無駄だったな」 とだ ダーケンの額にユッカの棘が。ヒシリとあたり、物思いは破られ「運命を直視しなけりやいけませんよ。メアリイといっしょにいた 人達が証言したでしようーー・彼女は、お嬢さんが死んだ自動車事故 またしても、駐車場と家のあいだに立っュッカの木のいちばん下でひどい重傷を負って、医者もさじを投げたって。もしお孫さんが 生きているなら、とっくの昔に手紙をよこしていますよ」 の枝の下を歩いてしまったのだ。 スミスはうなずくと、テー・フルにおかれた一クオートのウイスキ 9 彼は毒づき、落ち着きをとりもどそうとして大きく息を吸った。 この木をぶん殴り、めちゃくちゃにしたかった。しかし、そんなこイ瓶から一杯ついだ。ダーケンはテー・フルをはさんた椅子に坐り、

4. SFマガジン 1980年10月号

「どんな感情だね ? 」 「憎悪とか復讐とか」 「もっていると思うよ 「誰かが故意にユッカの幼木を殺したら、ユッカは復讐をしたいと 思いますかねえ ? 」 スミスはキッとダーケンを見つめ、 「そんなことをしたのか ? 」 「もちろん違いますとも。ただ、あなたの意見が聞きたいだけで 「復讐をしたいと思うことだろうね、きっと」 ダーケンはビールを飲みながら、な・せスミスの奇想天外な意見な ど説こうとしているのか不思議に思った。しかし、知らねばなら 「ユッカはどうやって人を傷つけることができるのでしよう ? 」 「植物の世界は動物の世界とはまったく違うのだ。植物には植物の やり方があるのだよ」 「でも、根が地中にはっているのですから、動くことはできないで しように」 「思いもよらぬ、巧妙な方法があるのだろう。人間が、自分の身に 起こっていることを悟ったときには、もう遅いのだ」 ダーケンは陽気な口調で、 「ユッカに興味をもっていらっしやるように聞こえますね」 「ユッカの木には不思議なところがある。な・せここに存在するのだ ろう ? なぜ一定の地域でしか生長しないのだろう ? ュッカはか ってカのあった生物のなれのはてではないのか ? ュッカが年を経 て、その魔力が自分たちを守るほどに強くなくなったら、いったい マガジン間月臨時増刊号予告・ 4 大長篇一挙掲載 ! 〈スタ 1 ・トレック》 ☆カラー・ピンナップーー安彦良和 ☆コ、、、ツク 萩尾望都 、☆密着取材・野田大元帥の一日 ☆新鋭ショート・ショート肌作 ☆ペリ ー・ローダンの世界 10 月 11 日発売 / ・ ・表紙依光

5. SFマガジン 1980年10月号

) した。何度かダイヤルをまわし、何度か「もしもし」と呼びか彼は頭を振って、その理屈に合わぬ考えを払いのけ、額の血をぬ 、やがて、受話器をおいた。 ぐった。枝は、つけ根のところが弱っていたので、下がったのだ。 。ラス・ヴェガスから電話します」 「まだ調子が悪い おれが枝にぶつかったのは、考えごとをしていたので枝に気づかな かっただけの話なのだ。 スミスは二千ドルの小切手を切り、短い手紙を書いた。おまえが 亠きていることを知って、どんなに驚き、うれしく思ったか。でき しかし、腰をかがめて、枝の下をくぐりぬけるとき、うなじに棘 だけはやく再会したい、といった内容だ。 の一撃をうけるのではなかろうか、と待ち設けていないわけでもな スミスは手紙を書き終えると、彼女の手紙に同封してあった住所かった。 ) 記された封筒に便箋を入れた。 ダーケンは車に近づき、値踏みするように見た。二年前のシポレ ーすぐに手元に届くよう、金は電報為替で送ってくれ」 ーだ。まもなく、キャデラックの新車を買えるぐらいの金が入って ダーケンは手紙と小切手をとりあげた。 くるだろう。彼がつくりあげた自分のイメージーーー金持ちの、引退 「じゃあ、行ってきます」 した大都会のビジネス・マン に合った車だ。 彼はホッとして、駐車場への道を歩いていった。最初に考えたほ彼は車にのりこみ、レッド・ロック経由の遠まわりの道でなく、 、事態は悪くなかった。彼がやらなければならないのは、あと数ュッカの森をつつきる近道を通っていくことに決めた。 事態の進行がおくれているフリをすることだけだ。そうすれ車で森の奥へ入っていくと、いつものあの感覚がよみがえった。 、あの老い・ほれは死に 暗く、闇に隠された過去につながっているような、かけ離れた、冷 棘が額を切った。さっきよりひどい。ダーケンはよろよろとあとたい感覚。 ) さった。ロぎたなくののしり、怒りに我を忘れそうになった。 たぶん、それが、彼がユッカを憎む理由のひとつなのだろう。 なぜこいつが眼に入らなかったのか ? なぜこいつは毎度毎度、 道は、たくさんのユッカの木を避けるため、いやになるほどカー ~ シンとぶつかるのか ? ・フを繰り返した。ダーケンはクルクルとハンドルをあやつりなが 彼はあることに思い至った。おかしなことに、なるほどと感心しら、人間の使いやすさよりもユッカのことを考えたセンチでマヌケ なこの州の道路局の連中を呪った。 ュッカの木には感情がある、とスミスは主張した。スミスはユッ 金をたしたのが西部生まれの、砂漠の好きな妻のほうでなかった ~ を愛している。ュッカもお返しにスミスを愛しているのだろうら、こんなへんびな荒れ果てた土地に家を建てたりはしなかったこ とだろう。 また次のカー・が迫ってきた。そのカー・フは一本の大きなユッカ ダーケンの計画が成功に近づくにつれ、ユッカの反応が荒々しく ( ってくる。 を避けるため、く曲がりこんでいる。木は年を経ていた。枝の多 2

6. SFマガジン 1980年10月号

アリイ・ウエストンから祖父にあてた手紙だ。予感がして、彼は手車した。 紙をあけた。 まず家に帰らねばならない。銀行は、彼がスミスの遺産管理者だ 8 共同口座だけでは充分ではない という証拠を要求するだろう。 メアリイはいつものとおり、祖父が気がかりだと書いていたが、 かもしれない。 最後の一文が、まるで物理的な一撃のように彼を打ちのめした。 / とママが残してくれた保険金を貯金してあり 家で、必要なものをそろえるには、ほんの数秒でよかった。彼は ました。もし数日中におじいさまから連絡がなかったら、コロラド また車にのりこんだ。ュッカの森をつつきるつもりだった の私立探偵をやとって、保養所からずっと調べてもらうつもりでド・ロック経由の遠まわりをしている時間的余裕はない。銀行の閉 まる数分前にラス・ヴェガスに入らねばならない。 「やあ、ジェイク」 金が手に入ったら、いちばんに出る東行きのジェット機に乗ろ ギャビイ・ゴーマンだった・ う。行先はスイスだ。五十万ドルをスイス銀行に無事あずけたら、 「スミスの友達ってのが訪ねていったかね ? 」 メアリイ・ウエストンも一セントだって手をふれることはできない。 ダーケンは心臓がたかなるのを感じた。彼はふいに乾いたロで、 先日ひきかえした所をとうにすぎていた。そのとき、もはやユッ 説ねた。 力の森に脅威を感じなくなっているのに彼は気づいた。ュッカの木 「スミスの友達 ? 」 はユッカの木にすぎないのだ。動くこともできず、害をなすことも 「ああ。そいつが店に来て、スミスについて根ほり葉ほり訓ねるのできないのだ。 さ。おれは、スミスは死ぬまでずっとあんたのところにいた、と答ずっとそうだったのだ、ということにダーケンは気づいた。不思 えといた。スミスがあんたに残した金を渡す肉親が見つからんよう議なところなど、どこにもないのだ。車の上に倒れたユッカの木だ だとも言っておいたよ」 ってそうだーー年老いた木だったし、もともと南に傾いていたのだ 「そいつはーー」ダーケンは額の冷汗をぬぐった。「そいつは、自もの。突風が吹いて、木を倒してしまったのだ。 分のことをなにかしゃべったかね ? 」 恐怖はことごとく、・想像力がうみだしたものだった。スミスが死 「いいや。だが、そいつの車のナイハ ・。フレートはコラド州のぬのを待っていた神経の緊張のせいなのだ。 ものだったな」 心配ごとはひとつだけだったーースミスの孫娘が手をうつ前に、 コロラド ーーー私立探偵 ! 金を銀行からひきだすこと。 そいつはすでにメアリイに電話をかけて、知りえたことをすべて道は曲がりくねっていたが、彼はできるだけ速く走った。単純で 話したかもしれない 論理的な説明がついたので、うれしかった。と、そのとき、車の騒 ダーケンは車に駆け戻った。タイヤが金切り声をあげて、車は発音を圧して、雷鳴がとどろいた。

7. SFマガジン 1980年10月号

すぐに次の番組がはじまり、その声をのみこんでしまった。 「君の計画はよくできていた。しかし、わたしを殺してまで手に入 暗くなってから、彼はスミスの寝室をのそいた。生きているとはれようとしたものが、手に入ったときには、君も死ぬのた。身も凍 8 思わなかった。 る恐怖につつまれて死ぬのだ。 しかし、生きていた。灰のような顔に、眼だけが異常に輝いてい いやな死に方じゃないかね、それは ? 」 る。息づかいははやく、あさく、あえいでいた。 スミスの眼には、嘲りの色があった。 「一生の終わりだ」スミスは微笑をうかべようとした。微笑の真似「いやな死に方じゃないかね ? 」 にしかならなかった。「成功したようだな、ジェイク」 その言葉を口にしたことで、活力をすべて使いはたしたというか 「なんのことですーーー」 のように、スミスはぐったりとなった。眼が閉じられ、ダーケンが 「数時間前、わたしはあることに思い至ったのさーー遅すぎたが話しかけても、聞いているようにはみえなかった。 ね。日に日に身体が弱っていく。 なにが起こっているのか、気彼はスミスの脈をさぐった。脈はなかった。 づくべきだったのだ。しかし、君を信用するとは、わたしも。ハ力だ ダーケンは保安官補に電話をかけた。 翌日、スミスの葬儀のてはずをととのえた。スミスの弁護士に会 わたしに何を飲ませていたんだね ? 」 って、遺言状の効力についてね、自分がスミスの財産の管理者に わたしがあなたを助けてどんなにがんばったかーーー」なれることを確認した。 「どんなにがんばったか、よくわかっているよ。メアリイに一度も家に戻ると、駐車場ではなく、家の脇に車を駐めた。彼に嫌悪を 電話しなかったことも、救急車を呼ばなかったこともわかって い示したユッカの木から離れた場所である。 る。それに、わたしやメアリイが書いた手紙もーー君はいったい何南に少しかたむいた古いユッカの木の南側に車を駐めねばならな 通の手紙を破り捨てたね ? 」 かった。ュッカの木はほとんどが南に向かってかたむいている。た いていは南に少しかたむき、枝の大部分も南側についているのだ。 「新しい遺言状は、メアリイが死んでいるという事実ではなく、仮常に南であって、それ以外の方向を向くことはない。スミスはそ 定のうえに作られている。覚えているね」 の理由を知っていただろうか、とダーケンは思った。 「わたしはーーーわたしはーーー」 居間に寒気が満ちているのに気づいたのは、暗くなってからのこ 「覚えているね。それが君の気になっていたのだ。五十万ドルがとだった。ダーケンは旅行雑誌を読んでいたのたが、窓を見たとた ね。君が最近、神経質になったのはなぜだろうと思っていたのだん、雜誌が手からすべり落ちた。外の闇になにか黒いものがうごめ が、いま、わかったよ。君はおびえているのだ。こわがっているのだ」 いていた。それが何たかわかった。 「どうしてそんなことがーーー」 ュッカの木が窓のすぐ外にあつまって、彼を見つめているのた。

8. SFマガジン 1980年10月号

くが枯れて、地面に垂れさがっているほどだ。 な幻想を抱いた。足は空を切り、彼は頭から倒れて、傷ついた肩を 彼は車を停め、外にでると、スミスの書いた手紙を燃やそうとしうち、片手を棘のはえた枝についてしまった。 た。シャツのポケットから手紙といっしょに小切手がでてきて、風彼は立ちあがった。その心は怒りに赤く燃えあがっている。 にまきあげられた。小切手はヒラヒラととんでいって、ユッカの木「こいつめーーこいつめ ! 」 の下に落ちた。 彼は何度も何度も蹴りつけ、ユッカの若木を砂地に踏みつけた。 ダーケンはそれを拾いあげた。スミスはメアリイ・ウエストン宛その木を地面からグイと引き抜くと、脇に投げ捨てた。地面に叩き てに小切手を切ったから、彼には何の役にもたたない。しかし、こつけられたあとも、若木は動こうとしているように、逃げようとし せんさく れを詮索好きな連中に見つけられて、レッド・ロックあたりで触れているように見えた。やがて、若木はおとなしくなった。その幼 まわられてはかなわない。 、触手のような根は、熱い太陽にさらされていた。 ダーケンは手紙と小切手をいっしょにくしやくしやに握りつぶすダーケンは年老いたユッカの木に語りかけた。 「お前の子供を殺したぜ」彼は、自分が笑っているのに気づいた。 と、火をつけて、地面に投げすてた。彼はユッカの木を見つめた。 かん高い、正気とはいえぬ笑い声だった。「あんたの赤ん坊を殺し ュッカの木を愛する者にとって、いま自分のしたことは憤慨するに たぜーーーどんな気分だね ? 」 足ることである、とスミスは考えるだろうかーーーそう思った。 答は静寂ーー砂漠の風さえ凪いでいた。やがて彼は、寒気を感し なにも起こらなかった。ダーケンは自分の幻想を笑いとばした。 たーー寒くはない寒気たった。太陽は雲ひとつない空に輝いている 彼は車に戻ろうと、向きを変えた。と、なにかが肩先に強くぶつか というのに。 、彼は膝をついた。乾いた棘がささったのを感じた。 しかし、なにかがあった なにかは彼の体内にさむけをひきお 枯れた枝が肩をころがって、ドスンと地面に落ちた。彼は立ちあ こし、鼓動をはやめさせた。 がり、肩に触れて、その痛みにたじろいだ。 なにかが彼を殺したがっている : 彼は枯枝を見て、それに無力な怒りがみなぎっているのを感じ た。彼はなにもできなかった。この次は、ガソリンをもってきて、 ダーケンはあたりを見まわした。周囲のユッカの木々を見た。木 枝と木とを燃してやろう。 木は音もたてず、ビクとも動かずに立っているが、その枝は、声な 彼は再び車に向かった。十五フィートばかりすすむと、小さなユき非難の叫びをあげて、彼をさしているように思えた。 ッカの木があった。背丈は十インチもない。葉は稚いため、明るい なにが自分を殺したいと思っているか、ダーケンにもわかった。 緑色だった。親木のまきちらした種から生えてきたのだろう。 ュッカの木だ ! このままにしておいたら、生長を続けて : 彼は車に駆け戻った。恐かった 一生でこれほど恐い思いをし 3 ダーケンは若木を蹴った。蹴ったとき、若木が身をかわしたよう たことはなかった。 おさな

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ふいに黒い雲があらわれた。雲は背後からあっという間に近づ八フィートで折れており、花はついていなかったーーそれがなぜ重 要なのか、彼自身、不思議に思った。その木は二度と子供をつくる き、頭上を覆った。ほぼ定期的に稲妻がはしる。 論理のおかげで得た安楽が、揺らぎはじめた。彼はスピードをあことができないのだ。彼はその最後の子を殺したのである : げ、次のカーブでは道からとびだしてしまうところだった。 彼は、右の前輪が路肩にのりあげたのを感じた。車は急に道をそ 雲は、これまで見たことのあるどんな雲よりもはやく接近してきれ、ハンドルが彼の手をはなれてクルクル回転した。路肩にもう一 方の車輪もひっかかった。車が転覆しつつあるのがわかった。 た。一、二分前には吹いていなかった強風に流されているのだ。 なにかがおかしかった : 大地と空とが回転し、地面をひっかく感じがしたと思うと、ドア がパタンと開いて、ダーケンは外に放り出された。地面にぶつかる スミスの声が聞こえたような気がした。 と、ショックがあった。なにかが背中に強くあたり、なにかが彼の ュッカの木は望んだ時に、雷を呼びよせることができるのた。 脚を押しつぶした。 ダーケンは心からこんな疑念を追い払った それで終わりだった。彼は、背をユッカの木におしつけ、脚を転 雷雲、ユッカの木の命令に従って、急速に拡がりつつあるのだ 覆した車におしつぶされて、地面に坐っていた。 砂がクッションがわりになったの 急カー・フが近づいた。古いユッカの木が立っているところだ。そ脚は怪我していなかった だ。しかし、両脚とも車にしつかり押されている。砂を掘って逃げ の光景が、べつの疑問をうんだ だすのには、時間がかかりそうだった。 雷を呼んだのは、このユッカの木なのか ? 時間ーー銀行はまもなく閉店だ。 そうだということが、ダーケンにもわかった。 彼は催眠術をかけられた男のように、その木をみつめた。高さは彼は脚の下の砂を無我夢中で掘りだしはじめた。銀行はもうじき 横田頂爾 ). リ積田順彌 一六〇〇円 明治、大正、昭和の大衆文化・文芸史を新たな視点より再構成 した、小松左京氏絶賛の画期的な日本史。ファン必読の書 4 6 上 製 史にる字塔ー 。←〉早川書房 3

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どうなるのだろう ? 」 やめましよう」 6 「魔カ ? 」 とうとう夜がやってきた。ダーケンはスミスを助けて、ペッドに ・ツドに入った。 スミスがつくりあげた夢の世界がどれほどのものか、ダーケンは就かせ、自分もへ これまで理解していなかった。 彼は落ち着かなく寝返りをうった。昼間のユッカの森での出来事 「ユッカの林を歩いていると、魔力を感じとることができる。魅惑と、スミスの言ったユッカの復讐のことが頭にこびりついていた。 的な力だよーーー過去へ過去へと歩いていき、もうちょっと進めば、 ダーケンは起きあがって、窓の外を見た。外は満月で、ユッカの 呪文をかけられた城やドラゴンや、吸血鬼や狼男、黄金の杖をもっ木は金緑色の光とインクのような影の中に立っていた。木々を見つ た妖精のお姫様といったものがいる、そんな気持ちなのだ。現代めているうちに、人をあやまらせる月光の中、木々が、この世のも が、神話や伝説としてしか知らない存在に近づく感覚なのた。 のならぬ寒気をまつわりつかせて近づいてくるように見えるのだっ ずっと過去へと歩いていけば、そんな感覚をもっことだろう」スた。 ミスはダーケンにかすかに笑いかけ、「柳が歩いていたような昔へ ダーケンは妄想なのだ、とつぶやき、カーテンを引いた。しか し、べッドに戻ってみると、カーテンはきちんと閉まっていなかっ ダーケンは言外の意味に気づいて、立ちあがった。 た。まだュッカの木々が見えるような気がした。ゆっくり、忍びや かに這いよってくる木々が。 「台所でやることがありますので」 彼はステ 1 キが焼けるのを落ち着かなく待ち、食べた。うまくな彼はまた立ちあがり、窓の・フラインドをおろした。しかし、なか かった。スミスの言葉を心から追い払うことができなかった。 なか眠れなかった。やっと眠れたと思ったら、悪夢をみた。その悪 彼は居間に戻ると、スミスのそばに坐った。 夢の中で、彼はユッカの木々が計画している彼の処刑の方法を知ろ うとしているのだった。 「君のしてくれたことに感謝しているよ。悲しみや孤独はとぎに は、肉体的な苦痛より激しいことがある。わたしが酒をあびるよう 翌朝、レッド・ロックへ行く準備をしていると、スミスが言っ に飲んだのも、そのせいだと思うーーーそのせいだとわかっている」た。 「いや : : : 」ダ 1 ケンは、、、 しんですよ、といった身振りをした。 「新しい遺言状をつくらねばいけないな メアリイが生きている 「酒を飲みすぎていると、わたしが考えたら、そう言いましたよ」んだからね。その件を忘れないでくれよ」 「もうウイスキイは飲まん。ある人物のために長生きをせねばなら「できるだけはやく、つくりましようーーあなたを町に連れていけ るくらい元気になったらすぐに、ね。メアリイのために」 ダーケンは反対しかけ、やがて、完璧な解決法を見つけた。 レッド・ロックで、ダーケンはウォッカの四クオ 1 ト瓶、トマト 「あなたのおっしやるとおりかもしれませんね。もうウイスキイは ジュース、いろいろな果物のジュース、それにチョコレート・シ ん」