俺 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1980年11月臨時増刊号
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1. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

俺の呼吸が止まった。呼吸だけではない。動きも思考も、すべて 止まった。 枯枝の火が、消えかけていた。長さが足りないのだ。もし消えた 女も、俺の腕の中で硬直していた。 ら、セネクが一斉に襲ってくる。闇の中でセネクの必殺の攻撃をか 俺は何もかも忘れた。セネクのことも、アーンのことも、五人のわすことは不可能だ。 男のことも、そして俺の率いるゾクのことも 俺はミーナを連れ、たき火のあった場所に戻ろうとしていた。俺 女の目が大きく見開かれ、そこにみるみる涙がたまった。涙は目の時間感覚が正しければ、アーンは五人の死体を運ぶために、とう からあふれ、を伝った。 に巣の中に帰っているはずだ。 「アキラ ! 」 いかにも頼りなくなった枯枝の火を大事に掲げ、俺たちは斜面を 女は俺の胸に顔を伏せ、俺の名を呼んだ。 登った。セネクは諦めず、一定の距離を保って尾をカラカラと鳴ら ようやく自分を取り戻しつつあった俺は、ぎこちなく女の背中にしながら追ってくる。 手をやり、それから掠れた声で、万感の思いをこめて、女の名を呼俺の足が何かにぶつかった。 び返した。 見ると、それは俺のだった。はひっくり返っていた。金属が 酸でポロポロに腐蝕し、サイドスタンドが折れたのだ。タイヤもや られていた。もうは走らない。 彼女を抱く俺の手に力がこもった。 俺は崩れた枯枝を手早く積み上げ、そこに火を移した。火はしば ありったけの声で叫んだ。 らくちょろちょろと燃えてから、いきなり大きくなった。 俺はほっとため息をついた。 ーナは、俺の腕の中で泣きじゃくっている。俺はそおっとミー ナの背中を押した。泣きながら、ミー ナは俺の動きに合わせて歩き それはミ 1 ナも同じだった。 はしめた。俺はまた現実の世界に戻っていた。俺の頭には、迫って俺たちは火を前にして肩を抱き合い、坐りこんだ。もう安心だっ くるセネクがあり、ゾクがあり、愛用の N があった。ーーーすべてをた。五人の男の姿も、アーンの影もない。セネクも失せた。ミーナ 忘れたとき、俺の心はどこに行っていたのだろう。たしかそこに は、東ねた黒髪の頭を、俺の肩にそっと預けた。 は、俺とミーナしかいなかった。 ーナが徴笑んでいて、そのうし俺たちは溶けこむように、過去へと戻っていった。 1 いン . リ . ーー ろには青い湖があって、すぐ脇には大きなパー があって : 翌朝、陽が昇ると同時に、俺たちは手近なハイウェイに向かって いかんー 歩きだした。 俺は首を振った。今は過去の思い出にひたっているときではな 一時間ほどで、パ。ハ ・ドーネンと呼ばれるハイウェイにでた。 407

2. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

俺はを投げ捨て、テッドを追った。テッドは >< 6 5 0 に乗 >< がすっ飛んだ。 同時にプロンコ・ビリーが丸太のように太い腕と、重さ二〇ャロろうとしていた。 これでやつを真っ二つに 俺は短槍を引き抜いた。銃はいらない はありそうな巨大な剣を振り回して、突進した。 斬り裂く。 俺の回りにいた何人かも、ライアットガンを乱射する。 俺はスラロームにはいった。俺の前に立ち阻かるやつは、剣に両俺の目にはテッドしかなかった。・ハイクは敵味方とも何台もいた 断されるか、ライアットガンに吹き飛ばされる。俺はそいつらを避が、俺の目に映っているのは、テッドとやつの X だけだった。俺 はがむしやらにを進めた。 けて進むのだ。 俺を先頭にした集団は、血まみれになって前進した。その血の大「アタマ、危ねえ ! 」 だしぬけに、一台の ><i-a が俺の前に飛び出してきた。俺はギリギ 部分が返り血だった。 リでそれを回避した。そのに銃弾が雨あられと撃ちこまれた。 親衛隊を抜けた。俺は少し拍子抜けした。あれほど堅固に思えた 俺の髪の毛が逆立った。 防壁だったのにこれほどあっさりと抜けられるとは 本陣が見えた。テントがある。野営の名残りだ。そこに四、五台飛び出してきたのライダーはカービイだった。カービイは散 のビッグ・パイクが停めてあり、その前をうろうろとうろついてい弾にズタズタに裂かれて、朱に染まった。 ごと転倒した。カービイはまわりも見すに突き進むバカな俺 るやつが、ひとりいた。赤いつなぎを着ている。 「テッド の身代わりになったのだ。俺は全身が震えた。カービイから目が離 俺は怒鳴っこ。 「てめえはおわりた ! 」 「何をしている、、ハ力やろう ! 」 テッドは俺を見た。顔が恐怖にひきつっていた。同じだ。あのと いきなり怒鳴りつけられた。ビリー の声だった。ビリーとジェ きと同じだ。あの顔は、記憶を取り戻した俺と目が合ったときの顔フ、それに = ックが、俺に襲いかかろうとする連中を一手に引き受 だ。あのときもテッドは顔を恐布にひきつらせていた。 けている。 「早く行け、が逃げるぞ」 テッドが何ごとか喫いた。手を振り、周囲にサインを送った。 俺は我に返った。言われるまでもなかった。俺はテッドだけを見 けたたましい爆音とともに、〈アイアンホース〉の・ ( イクが集まるのだ。それが俺の役割だ。カービイはそのために、喜んで自分の ってきた。俺は肩からストラツ。フをはすし、左手に引を構えた。義務を果たしたのだ。 乱射した。 俺は倒れたイクを蹴散らし、ジャン。フして >•< を追った。 >•< 装弾が尽き、道が開けた。 との距離は約一〇〇メートル。障害がやたらと多いので、。ハワーの 438

3. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

しかし、死んだのはジェ・フルひとりではなかった。転がっていた俺は惰性でを走らせていた。気力というものが完全に萎えてい ライダーのほとんどは、息絶えていたのだ。ゲール、ハヤト、デル ナしっそショットガンでぶち抜かれれば気も楽になったろうが、 ポポ : : : 俺の仲間たちが、みんな鮮血にまみれて死んでいた。 誰も俺を標的にしてはくれなかった。 俺はもう発狂寸前だった。記憶は不完全で、どういういきさつで背後から単気筒特有の歯切れのよいリズムが近づいてきて、俺を 俺が村人を射殺したのかはわからなかったが、それでもとにかく、追い抜いていった。 SR500 だ。伝令を務めるツェルゲフが乗っ 俺が殺したことたけはたしかだったのだ。その感触は、俺の記憶だている。ツェルゲフの着るつなぎの背中には、撤退を意味する記号 が貼りつけてあった。 けでなく、俺の皮膚全体にはっきりと残っている。 俺はを走らせながら、村を見た。屋根にあがった村人が、ショ アタマが、これ以上の戦いを断念したのだ。俺たちはガロナ・モ ットガンで俺の仲間を撃ちまくっている。 レサの村に敗れたのである。イオッタにつづいての屈辱だった。 「こっちを撃て ! 」 この日、一五人の仲間が死んだ。 俺は怒鳴った。 俺には、ゾクの掟が待っていた。 「仲間を撃つな ! 俺を撃て ! 」 4 だが、運命の皮肉というやつはあるものだ。村の連中は、誰ひと りとして俺を狙おうとしなかった。俺はを駟り、わざと村に接近 してみたが、だめだった。連中は、まるで俺の姿が見えないかのよ キャン。フに戻った。 うに、俺を無視している。 ハイウェイをこれほど鬱々と走ったのは、はじめてだった。アタ 俺はゾク全体の流れにのり、外周広場を右回りに回りはじめた。 マの乗る X 7 5 0 スペシャルを先頭に一二八台の・ハイクが、二列 すこしすつだが、状況がわかってきた。本隊は、中央広場に突入でになってキャンプへと帰っていく。アタマにつづく一五台のタンデ きなかったのだ。俺が村人を殺ったため、村が武器のすべてを繰りムシートは物言わぬ俺たちの仲間一五人が、ロー。フでくくりつけら 出し、戦争になってしまったのだ。だから、アタマは一四〇台を越れて座っている。 える・ハイクをすべて外周広場に配置した。村を包囲し、装弾を使い 俺達は、その後ろ姿を見ながら走るのだ。 切らせようというわけだ。多少の犠牲をはらってでも : ・ 何度、俺は逃げようと思ったことだろう。 しかし、アタマの狙いは、完全にはずれていた。この村は、予想俺の横には、きよう一緒にトップを務めたテッドがいた。テッド よりもはるかに武装を強化していた。村人をフルに動員して神殿詣もまた、落ち着きを失っていた。キョロキョロと周囲を見回し、ほ をしたのだろう。装弾はこちらの期待をよそに、 いっかな尽きようんのわずかではあったが、しばしば隊列を乱して走る。 とはしなかった。 俺たちは帰還を前にして一二八台が隊列を組む間に、数言だった 330

4. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

穀物倉の中から、わらわらと村人が飛び出してきた。手に手に n ″穀物倉をめざせ″ の一〇〇〇を持っている。完全な待ち伏せた。こんなことは 他に用はない。つつかかってくる村人たちも相手にしない。とに かってなかったことである。 かく穀物倉を開けるのだ。それだけが、この襲撃を成功に導く方法誰かが、引を空に向けて撃った。威嚇のつもりらしい。だが、 ・こっこ 0 それを俺は止めるべきだった。 いささか冒険ではあるが、俺たちは中央広場のさらに中央を突破俺たちの発砲に、村人はいっそう昻奮した。 した。一足先に家並を抜けた・ハイクが先行グルー ' フとなった。俺を何ごとか奐き、一〇〇〇を構えて、こちらへと向かってきた。 ふくめて一二、 三台いる。ちらとメン・ ( ーを見ると、俺の左手に、俺たちは突っこめない。やむなく左右に分かれる。村人のひとりが びたりとジ = フがついていた。・ ( イクはだ。やるじゃ一〇〇〇を撃った。その散弾が、俺の足もとで撥ねた。それが、 ないか、と俺は心の中で快哉を叫んだ。坊やから昇格したばかりに俺の額をかすめた。 しては、見事なテクニックである。やはり、俺の目に狂いはなかっ ムチ打たれるような衝撃があった。 俺はのけぞり、 ・ハランスを崩した。激痛が走る。しかし転倒だけ 穀物倉は、広場の南側にあ「た。これは誰にもすぐわかる。大きはできない。必死で・ ( イクを支えた。生暖いものが、額からゴーグ いからだ。穀物倉はどの家よりも大きく、それでいて造りが単純たルを伝い、首へと流れていく。 「アタマっ ! 」 俺はまたサインをだした。穀物倉の扉をぶち破れという合図だ。 一台の・ハイクがよってきた。・ >< 。ジェフだ。 フックの付いたロー・フを引っ掛け、引きはがすのだ。 「俺に構うな ! 」 俺たちは猛烈な速度で穀物倉に迫った。家の屋根にのぼ「た村人手信号ができず、俺は怒鳴った。 が、盛んに発砲してくる。ぐずぐずしていたら、あれの餌食だ。あ「隊を逃がせ ! 外にでるんだ ! 」 と少しで到達する。 ジェフが俺にかわって、仲間にサインを送った。ターンがはじ と、そのとき。 まった。 いきなり、穀物倉の扉が、パタリと開いた。いや、開いたのでは 俺は遅れた。・ハイクを立て直すのに手まどり、スビードがなかっ こちらに倒れてきたのた。俺はあわてて車体を右に倒した。 た。俺は気負った村人にとって、絶好の目標だった。 このまま進んだら、扉に押しつぶされる。 ひとりの村人が、俺の前に飛び出した。むろん一〇〇〇を手に けたたましい金属音が響き渡った。俺の蔔こ 目冫いた三台がよけきれしている。その銃口が、正面から俺を捉えた。 ず、下敷になったのだ。俺は大きく弧を描いて、進路を戻した。 俺の目に、俺を狙う村人の顔と、そして横から割りこんできたジ 390

5. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

のが俺にくつついていたら、俺は確実にその防壁をぶち抜いて いただろう。たが、俺には限られた兵隊しかなく、向こうには四〇 〇〇人近い兵隊がいた。 時間がない。敵が機動力を取り戻す。 地面が急速に乾いていく。 俺は反転した。やり直しだ。またも防壁に弾ね返された。五挺の 銃は、あと一丁となった。 砂塵が舞うのが見えた。俺は愕然とした。白い砂塵。大地が完全 に水を呑みこんだのだ。 あっという間に、俺の周囲はパイクであふれた。俺はできる限り 軽快に動いて乱戦をあおった。敵が多ければ多いほど、俺は撃たれ よい。しかし、いっかは追いつめられ、俺の頭か胸が朱に染まるの 軍団の外側が騒がしくなった。何が起こったのかははっきりして いたいったん退いていた村人たちが、また戦いに加わったのた。 俺たちがテッドを仕留めていれば、やらなくてもいい段取りだっ 「ちくしよう ! 」 俺は喚いた。またまだ俺は諦めん。 銃のストラツ。フを肩に掛け、俺は左手に短槍を握った。こうなる と飛び道具よりも、刃物の方が威力を持つ。 短槍を振りかざして、俺は手あたり次第に斬りかかった 何人かが血しぶきをあげた。しかし、あまり斬り倒すわけには、 かない。へタをすると、楯がなくなってしまい、銃の餌食にされる からだ。 俺は ><*-) を縦横無尽に駆けめぐらせた。銃弾が一、二発、肩や頭 部をかすめたが、こんなのは傷のうちにはいらない。出血している 「テッド 俺は怒鳴った。 「テッドでてこい ! 俺と勝負しろ ! 」 気がつくと、俺の周囲はほとんど敵たった。味方は数えるほどし かいなかった。もうどのくらい残っているのだろうかと思った。た ぶん五〇〇人を切っているだろう。全減に近い。やはり、〈アイア ンホース〉は俺たちには歯が立たない相手だったのた。 「ちくしようー 俺は喚いた。テッドを引きずりださすに死ぬわけこよ、 俺はもう一度、あの防壁に挑もうとした。 •-2 をターンさせ、進路を変える。 異変が起きたのは、そのときだった。 〈アイアンホース〉の軍勢が、大きく揺らいだのだ。それはまる で、うろたえきったディーのような反応だった。 「敵だっ ! 」 誰かが叫んた。 「ゾクだそっ ! 」 それに呼応する声があがった。 「ゾクだと ? 」 俺にはその意味がわからない。 いきなり、〈アイアンホース〉の群れが割 , オ 一群 2 ハイクが、 妻まじい勢いで飛び出してきた。いや、突っこんできたのだ。 その、、ハイクの連中は、巨大な剣を楽々と振り回している。剣は、 その刃先に触れたものを首たろうが腕だろうが構わず両断してい く。恐るべき錏さた。 436

6. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

実と少し違っていた。決意はしていたんだが、実はまだ迷っていた俺たちはひとつになった。 のです。理想は理想として、まず村の人間を生き伸びさせるべきで はないのかと思いましてね。 しかし、あなたが来て、その迷い 翌、未明 は吹きとんた。わたしたちは戦うことにした。何、いいじゃないで俺たちはキャン。フを捨てた。俺の率いる一隊はで南 すか、死んたって。わたしたちには、わたしたちの心を受け継ぐ子へと向かい、女と子供たちの集団は、荷物を満載したで西へと 供も、その子供を産んでくれる女たちもいる。それよりも人間とし移動した。 ての尊厳を失ったら、すべてがおしまいです。子供たちに、そんな 一時間とかからすに、″美神のヘソ″に着いた。俺たちは先遣隊 精神は受け継ぎさせたくはない。そう思ったとき、わたしはあなたを迎え撃っ五隊の総隊長バンスと会い、かれを激励したのちに、西 を選択していたのです、ーー」 の丘へ登った。 ーナはまだ俺の胸に顔を押しつけ、泣きじゃくっていた。 丘の頂上では、ロコフとリリーが、テントを張って俺を待ってい 俺はそんなミーナの肩を抱き、耳もとでそっと囁いた。 た。ロコフはー 丿丿ーの操縦する N 4 0 0 で、昨夜のうちにここ 「ミーナ : : : 。俺の子供を生んでくれ。 に来ていたのだ。 「ニックはどうした ? 」 ーナの肩がびくんと動いた。 俺はロコフに説いた。一番隊の指揮をとるのは俺ではなく、ニッ 俺はゆっくりとミーナの顔を俺の胸から離した。 ーナは、まだ クだ。俺は全部隊の作戦指揮をとるのた。 震えていた。 「ニックは、谷の連中の面倒をみに行っている」ロコフは言った。 俺はミーナのからだを仰向けに寝袋の上に置いた。 ミーナの目「さっき到着したので上から眺めていたのだが、。 とうも歩哨のたて が、じっと俺を見つめている。 方がますかったらしい。あれでは見つかると叫んで、ふっとんでい 「今からおまえのからだに俺の子を宿す」俺は言った。「必す宿った」 す。生んで育ててくれ。その子は俺だ。俺はいつも、お前といる。 「あいつらしいな : : : 」 俺はもう決してお前と別れることはない」 俺は笑った。 「アキラ : 「斥候が来たのも、今しがたた」ロコフは言葉を継いだ。「まもな ーナの両の手が、俺の頭をやさしく包んた。 、先遣隊が″美神のヘソ″にさしかかる。その数二〇〇〇は変わ 俺はミーナの唇に、唇を重ねた。 らずという報告だ」 額から爪先まで、全身にキスを贈った。 「本隊の方は ? 」 ーナのからだを開いた。 「八時間ほど差がついている。しかし、攻撃がはじまれば、じきに 430

7. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

「どういうわけか、すべてがき生ぎとさせてまで〈アイアンホ 1 ス〉の時代を懐しむのは、なぜ を思い出してしまった〉俺は言った。 だと思う。ーー水があったからか ? それもある。ーーーー強いゾクた しい思い出で、なんだかひどく懐しい気分た : : : 」 ったからか ? それも正しい。しかし、本当の理由は、俺が一介の 「〈アイアンホース〉の話をするアキラは、表情が違うわ。 三下で、何の責任もなくアタマの命令をハイハイと聞いていれば良 リリーが一一一口った。 かったからなんだ。そんなやつが、なんでかけがえのないアタマに 「どんな風に ? 」 「そうね : : : 」 リリーは小首を傾げた。「なんていうか、生き生きなれる ? 」 としてるわ」 「なったじゃよ、 「生き生きとねえ : : : 」俺は苦笑した。「するといつもは死んだ表「おためごかしはやめよう」 「おためごかしたと思うか ? 」 情をしているんたな」 「思う」 「そういえば、そうだ」 「やれやれ : : : 」 ロコフは手を打った。 「ひどいやつらだ : : : 」 ロコフはうっ向き、またかぶりを振った。 俺たちは笑った。 「 : : : 俺はきよう、激しい自己嫌悪を感じたんだ : : : 」 すこし間を置いて、俺は静かに言った。 ひとしきり笑ってから、俺は真顔に戻った。 「ジェフはアタマになる素質を秘めた最高の逸材たった。それだけ 「もしかしたら、俺はアタマの器ではないのかもしれん : : : 」 の男を、俺は俺のドジのせいでゾクから追い出しちまった。本来な 俺は言った。 ・。く力な話じゃない ら、特別扱いにしてでも育てるべき男をた : 「いきなり、何を言う : ・・ : 」 か。ムレオクリにされるのは、やつではなく、俺たったんた : : : 」 ロコフが無然となった。 「俺のやっていることは〈アイアンホース〉のまね事だ」俺はつづ「無理矢理、自分を責めるんしゃない」 けた。「俺が考えだしたことなんそ、ひとつもない。だから、きの「無理矢理なものか : : : 」 うのような失態も見せる。村の連中の気質は、あきらかに昔と違っ俺はジ = ースを一息にあおった。デポンのジ = ースには、ビリリ こんなとした苦みがあった。 てきている。なのに俺には旧態依然のやり方しかできない。 「さっき、あんたは村の連中の気質が、昔とは違ってきたと言っ アタマは、・ とこのゾクにもいないそ : : : 」 「いるかいないかは知らんが : : : 」ロコフはかぶりを振った。「あた」 ロコフが課題を変えた。 んたはかけがえのない俺たちのアタマだ」 「違うね」俺はロコフの意見を否定した。「あんた、俺が表情を生「ああ : : : 」 393

8. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

た。ゾクでは、ケガをしたやつも病気になったやつも、みな仲間だ 「驚いたかね ? 」男は言った。「俺は病気で足が使えないんだ」 った。ゾク全体で面倒をみたのだ。けっして捨てるようなことはし 「病気 ? 」 「ある朝のことだ。目が醒めて、立とうとしたら立てないんだ。完なかった。死ねなどとは言わなかった。 「ーーで、あんたは黙って、それに従ったのか ? 」 全に麻痺していてね。さっききみも味わっただろう。あれだ。俺の 場合はそれが両足で、原因不明だったんだ」 「従った」男はうなずいた。「村には村の掟がある。逆らっても無 駄だ。一と月前、俺はこの箱車に乗って村をでた。曠野はちょっと 「そいつは、ひどい : きついが、ハイウェイならまあまあのペースで進めた」 俺には、その恐ろしさがしみじみとわかった。 「腰から下が、まるで自分のものじゃないみたいでね。俺は泣き喚「運が良かったんだな : : : 」 おさ 「ところで、あんたは、どうし いたよ。村の長が診てくれたんだが、結局は首を振って手に負えな「運が良かった」男はまた笑った。 てこんなところでひっくり返っていたんだ ? 」 と言った」 「俺も掟にひっかかったのさ : : : 」 「それで、そんな箱をつくったのか : : : 」 俺は箱車を指さした。 俺はこれまでのことをす・ヘて、男に語った。男はニコニコと興味 「棒で漕いで進むんだが、慣れればけっこう速く動ける」 深そうに、俺の話を聞いた。途中で俺の腹が盛大に鳴った。男は俺 男はアハハハと笑った。 にデ・ホンの実をひとっくれた。俺はそいつをかじりながら、しゃべ 「しかし : : : 」俺は説いた。「そんなからだで、なぜ今ごろハイウりつづけた。 ェイをうろついているんだ ? 夜はキマイラの時間だ。五体満足な「 : : : どこへ行こうというあてはないが、俺はどこかに行くつもり だ」俺は言った。「スタチオンはハイウェイ沿いなら必ずあるし、 村人でも夜は家にこもっているそ」 の調子も悪くない。ちょっと傷だらけになったがね」 「俺はもう村人ではない」 「なるほど : : : 」 男は真顔に戻り、かぶりを振った。 「なんだって ? 」 「あんた、俺と一緒に行かないか ? 」俺はふと思ったことを言って 「村を追われたのだ。働けない者は村にはおられない。俺はいくばみた。「タンデムシートが空いてるんだ。箱車よりは楽な旅ができ る・せ」 くかの食糧と小物を与えられ、村からでるように言われた : : : 」 「そんな無茶な ! 」俺は目を剥いた。「それじゃ、死ねと言ってる「そうだな : : : 」男は一瞬考えこみ、そして答えた。「そうしょ のと同じだ ! 」 「そう言ってるのさ : : : 」 「決まったぜ」 ゾクでは考えられない話だった。俺は背筋が寒くなるのをおぼえ俺は男の肩を借りて、よろよろと立ち上がった。男の薬の効き目 う」 343

9. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

俺は悲鳴をあげた。 「通りすがり : 俺は顔が動かないので、目玉だけをぐるぐると回した。男の背景「暴れるな ! 」 男が俺の尻をひつばたいた。 に広がる空は真っ暗だった。星たけがしきりとまたたいている。こ 俺は歯を喰いしばった。 んな夜中に通りすがり : 「とにかく、起き上がらんか : : : 」男は人なっこそうな笑みを浮か「たつぶり塗っとこう。俺の村だけで使われている特製の傷薬だ。 効き目がすごいそ」 「ハイウェイで寝ていては、ロクなことにならんそ。 べて言った。 さらに薬がかけられた。痛みが倍になった。脂汗が噴き出し、そ それも毛布ではなく、・ハイクにくるまっていたんではなーーー」 「からたが動かないんた」俺は言った。「足にケガをしていて出血れが目の中に流れこんだ。踏んだり蹴ったりだ。 ビリビリと布を引き裂く音がした。布は、俺の太ももに巻かれた。 が止まらない。ほっておいたら、全身が麻痺した」 「ムチャクチャをやる : : : 」 「ようし、これで大丈夫だ」 またガラガラという音とともに、男が戻ってきた。 男は俺の視野から消えた。俺は腕を額の下に置き、左の頬をハイ ウェイの路面にあてているので視野がふつうの三分の一しかない。 「さて、上体を起こしてやろう」 三分の二は路面を見ているのだ。 男はまず、俺を仰向けにした。そして俺の背中に両腕をつつこ 男は、俺の足の様子を調べに行ったようだった。何の音たかわかみ、俺を押し上げた。俺も腹筋に力をこめ、それに協力した。 らないが、ガラガラというやけにけたたましい音がした。 勢いよく、上体が起きた。 「右足だな : : : 」 「うまくいった : : : 」 田刀、刀ノ、ノ、 、ノ。、ノと手を打った。 声がして、俺の右足がパイクから引きだされた。 「こいつはひどい」男は驚いたようだった。「腫れあがって熱を持俺は首をめぐらし、男を見た。俺の正面に男の顔があった。見上 っている。このままにしといたら腐っちまうそ」 げたのではない。真ん前た。俺は男がしやがんでいるのかと思っ 「クスリがない」 た。しかし、そうではなかった。 俺は言った。 男は木でできた箱の中にいた。車輪がついている浅い箱た。その 「待ってろ。今、俺が手当てしてやる」 なかに座りこんでいるのだ。男は真っ黒な布に身を包み、左手にち ろちろと炎の燃える火繩、右手に片方を尖がらせた長い棒を持って 男はゴソゴソと何かを探りはじめた。 「少ししみるが、我慢しろよ」 「あんた、いたし : 何か冷たいドロッとしたものが俺の太ももにかけられた。 俺は、男の姿をいぶかしんだ。 「うあっち ! 」 342

10. SFマガジン 1980年11月臨時増刊号

たのだ」 俺のテントに戻った。 ーナはいなかった。いま、このキャン。フには、のうのうと自分 「俺はひと眠りしよう」背筋を伸ばし、俺は大きなあくびをした。 のテントで休んでいられる者はいない。みな四六時中、立ち働いて 「一昨日からほとんど寝ていない。伝令が帰ってきたら、起こして ナもそうだ。おそらく食糧の手配にあたっているのだろ くれ。俺のテントにいる」 俺が帰ってきたことも知らないに違いない。 「わかった」 俺は寝袋の上にぶつ倒れた。服もブーツも脱がなかった。吸いこ 俺は緩慢な動きで本営を出た。疲労が澱のように溜まっていた。 まれるように倒れ、そのまま意識が闇の中に消えた。 いきなり揺すぶられた。 全身が重く気たるかった。疲れは旅の疲れではない。肉体の疲労 は、もっと爽やかな心地よさを伴っている。これは村の長やゾクの寝入った直後だった。俺は寝袋にしがみついた。起こしに来たの アタマとやり合ったための精神的な疲労だ。 だとはわかったが、あまりにも早すぎた。感覚的には、寝てから一 ふと、俺はな・せこんなにムキになっているのだろうと思った。俺分と経っていない。俺はあらがった。 ひとりではなく、多くの人間までをも巻きこんでいる。俺にそんな「アタマ、起きて下さい。軍議の時間です。マタマっ ! 」 ことのできる資格があったのたろうか。俺は自問した。かれらは戦声が聞こえた。強い力が俺の肩を擱み、有無を言わさず引き起こ いを避け、逃げるべきではなかったのか ? 俺は、とんでもない道した。 を、かれらに選ばせてしまったのではないだろうか ? 目が醒めた。 俺の眼前に、坊やがひとりいた。坊やは、俺の顔を覗きこんでい 俺の意識の奥で、何かが反論した。そうではない。 〈アイアンホた。 「ロコフが呼んでくるようにと : : : 」 ース〉だけが、〈アイアンホース〉ではないのだ。〈アイアンホー ス〉はひとつの象徴だ。これからも生まれでるであろう多くの暴力照れくさそうに、ポソボソと言った。 的支配者の嚆矢なのだ。俺たちは、これを叩きつぶす。つぶせない 俺はポンヤリとうなずき、手を振って坊やをテントの外に出し た。頭の中に薄い膜がかかっている。 までも、打撃を与える。でなければ、第二第三の〈アイアンホー となりの寝袋を見た。空つぼだっこ。 ス〉が次々と生まれ、やがては世界をかれらが埋め尽くす。 ーナはまだ戻っていな 逃げても無駄だ。逃げてもかれらは追ってくる。それどころか、 逃げる者の前に忽然とあらわれ、立ちふさがる。かれらはそういう 俺は立ち上がった。汲み置きの水で顔を洗い、意識を少しはっき 存在なのだ。俺たちには、戦うほかに道はな、。 俺は、常にムりさせて、テントから出た。 キにならねばならなかった。 空はもうとつぶりと暮れていた。深夜ではないが、早い時間でも おり 425