合図でわたしがトロッコを引き上げるモーターのスイッチを入れ「 : : コム、フェイがおまえの弁当を作るのはいやだといいたし る。それが上がってくると、わたしはトロッコの土をベルトコンべ た」 アにうっし、空になったトロッコをまた下におろす。ジョイは全部わたしは汗をぬぐう。「いいですよ。自分で調達しますから」 一人でやっていたのだった。まるで刑罰たとわたしは思った。 「異常た。異常だよ、コム。おまえはなぜ穴掘りにこんなに熱中す ジョイとわたしは、疲れると土の山に腰をおろして水をのみ、弁る」 当を食べた。弁当はフェイが作ってくれた。手についた土のせいで わたしは笑った。「わたしが異常なら、あなたはどうなんです、 サンドイッチは黒っぽくなり、汗のために塩からかった。 ジョイ」 フェイはわたしがジョイの手伝いをすることに反対した。彼女よ 「わしが掘るのには目的がある。しかしおまえはそうじゃない」 「目的 ? どんな目的です。サーラントからの出口がこの下にある 「コム、あなたなにをしているの。よく考えなさい。あなたはそうと本気で思っているんですかー しているうちにも年をとってゆくのよ。なぜサラを放っておくの」 ジョイはため息をついた。「本気さ。必ず見つけてみせる」 「いいんだ、フ = イ。あれは夢だったんだ。・ほくは夢を愛したんだ「では、はじめましようか。わたしが下りましようか」 わたしは水筒からコーヒーをひとくちのんで、ズボンの土をはら 「コム : : : やめて。見ていられないわ。穴を掘るなんて危ないし。 っこ。ジョイは立たなかった。 ジョイはいいわよ、好きなように生きてきたのだもの。でもあなた「もう、やめてくれコム。わし一人でやる」 はそうじゃない。お願いよ、コム。自分の心に忠実になって。サラ 「どうしてです。二人でやればーーー」 は手のとどくところにいるじゃないの。ほんとにじれったいわね。 「コム、もうおまえには時間が残り少ない。時間を無駄にしている わたしにはあなたがわからない」 おまえなど見るのもいやだ」 わたしにも自分がよくわからない。自分だけでなく、この世界の 「ジョイ、フェイからふきこまれましたね」 ことが。夢と現実が境目なしで共存している異様な世界。 「あれは関係ない。 フェイはわしにも穴掘りなどやめてくれといっ しかし穴はたしかにそこにあって、それはだんだん深くなってい ている。コム、あと三十年、いや二十年でわしと同じになってしま った。わたしはそれが延びること、ただそれだけのことによろこびうんだそ。長い時間じゃない。六百何十年からくらべたら、あっと を感ずるようになった。わたしは憑かれたように掘った。ジョイと いうまだ」 交代で底におりて汗を流した。そうやって、時間をつぶした。 「わたしは : : こわいんですよ、ジョイ。サラはいまのほうがしあ 二カ月もつづけただろうか。ある日、いつものように休んでいるわせかもしれない。わたしに彼女のしあわせを奪う権利があるでし とジョイがわたしの顔を見つめていった。」 ようか」 8 6
のカウンターに案内した。だあれもいなかった。だれかいたら逃げ「なるほど。学年というのは数字だからね、強く頭に刻みこまれる 出していたかもしれないけど、男の人は親切そうだ「たし、女の人んだろうな。これが会社づとめなら、去年と今年を比べる指標のよ うなものはない。似たようなことをやっているわけだから」 からもらったコーヒーのお金もはらわなくちゃいけないしな、と・ほ 「ママはね、おつばいはでないんだって」 くは思って、高い椅子にの・ほって、足をぶらっかせた。 「わたしはジョイ。こちらはフェイ。ほんとに危ないところ、助か「それはそうよ。この世界、サーラントにはお乳のでる女などいな りましたよ」 「あの、なんで、そんなにていねいにしゃべるの ? ・ほくは子供な「東にはね。この西区にはいるかもしれん」 「・ほく、もう帰るよ」 「あ、そうだ、猫用の電池だったわね。あるわ。少し古いけど大丈 「子供 ? そうかな」 ジョイは笑った。 夫だと思う。このへんじゃ猫を飼っている人なんかいないもの。猫 「そうだよ。四年生なんだ。猫の電池とミルクを買いにきたの」 用のミルクはおいてないけど」 「あなたは東区の人間でしよう ? 」とフェイ。 「ありがとう。じゃあ、電池をください」 「そうだよ。おじさんはなぜおまわりさんに追いかけられたの ? 」 「わたしが払いますよ」とジョイ。 「西の人間だからさ。きみ、なにか飲むかい」 「いいんです。ママにしかられるから」 「うん。・まく、ミルク」 「そうか。残念だな」ジョイはほんとに残念そうな顔をした。それ 「あったかいのにする ? 」 から、思いついたように、「そうだ、ではこれをやろう。魔法の霧 「うん」ぼくはうつむく。「赤ちゃんがのむミルクがいい」 さ。きみがママのおつばいに求めていることがこのス。フレーで実現 「そんなもの、あるわけないじゃないの」 するかもしれない」 「どうしてさ。ぼくが赤ちゃんのころ、のんでいたのをのみたいん「ジョイ、やめたほうがーーこ だ。大きくなれるように」 「いいから。疲れたときなんかよく効くよ」 フェイとジョイは顔をみあわせた。・ほくはとてもはずかしくて、 「これ、人間用のミルクなの ? 」 もう帰ろうと思った。 ジョイはおおらかに笑った。「そうだな。うん、そんなものだ」 「ちょっと待て」とジョイがとめた。 「あなた、四年生くん、そんなもの持っていかないほうがよくて 「大きくなりたいんですって ? 」 ・カンをもてあそびながら首 フェイがきいた。・ほくは、いつまでも四年生でいるような気がす「どうして ? 」・ほくは小さなス。フレー をかしげた。「ミルクじゃないの ? 」 るってことを話した。」
だ。うん、少し大人っ。ほくなったものな」 てくれる。ジョイはそれをのみながらいった。 ス。フレーか。ママ : : : そうだ、なにか大切なことを忘れているよ 「おれはきみのように警官にやられたみんなの目をさまさせる仕事 5 うだ。ぼくは男の人をみつめる。この人、どこかでみたような気がをしているんだ。強制しているわけじゃないよ。前に一度 0 を するんだけど : : : 思い出せない。 使って、不死からのがれようと決心した人々に、もう一度 0 を 「コム、警官にやられたね。フォグに。あいつは〈知性虫〉なん使うことを思い出させているんだ」 だ。〈知性〉の番大さ 。、いだろう、思い出させてやるよ。夢から「不死 ? 」・ほくはくびをかしげる。「不死って、なに ? 」 さめさせてやる」 「死なないことさ」 ・カンを出して、周りに人がいないの 男はポケットからス。フレー 「死なないって ? 」 をたしかめてから、シッと・ほくにス。フレーした。・ほくはさけよう「死ぬことがないってことさ」 としたのだけれど、吸いこんでしまう。心臓がどきどきする : 「死ぬってどういうこと ? 」 ョイ、ジョイだね。 「錆びついて動かなくなるんだ」 「電池が切れたように ? 」 「気がついたかい ? 新年祭はどうだった、コム。なにかかわった「まあね。似たようなものだ。だれとも話せなくなる。話すきみ自 身がいなくなるのさ。消えてしまう。身体は腐ってやがて土にな ことに気がついたろう ? 」 る」 ・ほくは頭をふって、思い出そうとする。 「うん : : : ママが、ちがっているんだ。・ほくが好きだったママとは 「よくわからないな : : : でもジョイはどうしてそんなことを知って いるの」 ちがう気がする」 「そうさ。実際ちがっているんだ。新年祭では各人が望みの未来を「のせいだ。活性薬だよ。ス。フレー ・タイ。フや錠剤や、嗅ぎ 選ぶのさ。フォグがそれをかなえてくれる」 薬とか、いろいろな形のものがある。これは不死人の身体に活をい 「なんでそんなことをするのさ」 れる。不死状態から抜け出させるのさ。を使うとその人間は 「来ないか、コム。ここでは話ができない。 フェイの店へ行こう」成長しはじめ、やがてその身は錆びて、死ぬ。しかし死ぬまではと フェイの店。ドラッグストアだ。夢のなかの店。でもそれはちゃ にかく生きるわけだ。不死人は死よよ、・、、 オオし力しかし生きているとは んと西街区の入口のあたりにあった。 いえん。同じことのくり返しだからな。進歩がない。死んでいるも 「あらジョイ」とフェイがいた。「いらっしや、 ・ほうや。たし同然なんだ」 か、コムだったわね」 ぼくはコーヒーをすすった。ママにしかられるな、と思った。ぼ いまのママは、じゃ カウンターに腰かけて・ほくはうなずく。コーヒーをフェイがいれくのママは茶色の髪で、すごいポインで・
「その女の人にスプレーしなかったのね、コム。よほどうれしかつのだがーーおおっているだけで、その下は土だった。鉱山跡には土 たんだわ。あなた、彼女が昔のことを忘れているってことに気がつの山がこぶのようにもられていて、白砂とは対照的な赭い色がめだ 6 かなかったの」 って異様だった。坑道入口の周囲の砂は広くとりのそかれていて、 わたしはコ 1 ヒーを一息にのんで気をしずめた。一 巨大な蟻地獄を思わせた。昔はもっと平坦だったのかもしれない。 「わかっていましたよ、フ = イ。でもサラにスプレーして、なんに坑道から掘られた土の山もいまはなかば埋もれて頂上を出している なるんです ? 彼女が思い出すのは、四年生だったわたしだ。意味だけだった。 ・、よい : : : 遠い、遠い昔だ。わたしはもとにはもどれない」 蟻地獄の底に立っと、まさに捕われた気分になる。周りの砂はい 「なにをいってるのよ、コム。ちょうどっりあう年になったんじゃまにも崩れてきそうだった。都市はすぐそこなのだがビルは見えな ないの。さあ、勇気をだして。あなたはサラを愛したのよ。ママじ 。空だけだ。曇ることのない空だった。雨は正確に都市の上にだ ゃなくて、サラを」 け降った。 「わからない : ・ : わからなくなってきた。わたしはもどりたい : 坑道入口は黒い穴で、トンネルのように外側はコンクリートで守 昔の自分に」 られている。穴の対面に鉄筋の建物があって、空を上下するトロッ フェイはなにもいわなかった。フェイの瞳はうるんでいた : コをつなぐワイヤロープを巻く大きな鉄輪を支えている。ベルトコ 「フェイ : : : すまない。きようのわたしはどうかしているんだ」 ン・ヘアが新しい色の土の山にかけられている。ジョイはこれらの道 「いいのよ、コム。食事は ? 」 具を動かすために、どこからか電源車をかつばらってきていた。穴 「なにも食べたくない」 を掘るだけでなく、発電用燃料アルコールも都市から運ばなければ 「そう。じゃあ、サンドイッチを作ってあげるわ。食べるのよ、ちならない。気の長い仕事だった。 ゃんと」 坑道は傾斜四十五度ほどのおそろしく急な角度で一直線に下に延 「ありがとう」 びていた。ジョイは一人でこっこっと掘りつづけ、穴の長さは二百 わたしはフェイの作ってくれたサンドイッチの包みをもって、砂 メートルに達しようとしていた。はるか下でジョイがライトをふる 漠に近い家へ歩いた。家には行かなかった。ジョイの顔が見たかっと、それがとても小さくたよりなく見えた。 た。わたしは砂漠に出て、鉱山跡へ行った。 宝が埋まっているわけではなかった。わたしは穴を掘ることには そこでジョイといっしょに食事した。 なんの意味も見いだせなかった。サーラントから出られるかもしれ ないと考えているジョイがあわれで、あわれな老人につきあってい わたしは仕事をサポって、ジョイの手伝いをするようになった。 る自分もまたあわれんた。 砂漠の砂は表面を薄くーー薄いとはいえ何十メートルもの厚さな 能率のわるい仕事だ。穴の底でジョイが掘り、トランシー
ジュリアの赤ん坊がむずかりだす。わたしはあやそうとしたが、 のかもしれない : ベビーシッターの足音が近づいてくる。ドアのわきに身をよせる。 「サラ、捜しつづけたんだ・・ーーきてくれ、いっしょに」 ドアがひらく。 「はなして」 「あらあら、もうおめざめなの。ゃんなっちゃうわねえ」 その男を捕まえてーーーベビーシッタ 1 の娘が駆けてくる。しかし 娘が赤ん坊のベビーベッドに近よる。わたしはそのすきに寝室をわたしは動けなかった。わたしは錯乱する。 出る。そのとき、ス。フレーがドアにあたって床におちた。しつかり ママは、ぼくを捨てたあの新年祭の夜に別れたままの顔で立って と。ホケットにおしこんでおけばよかったのだが、あとのまつりだっ いる。ママ、どうしてぼくを捨てたのさ。 た。娘がふりむいた。 あの子ったらおかしいのよ、わたしのおつばいをのみたいなんて いいだして : ちょっとのあいだ、わたしと娘はにらみあっていた。娘は膨張す る風船のように表情を変化させて、そして爆発した。 金切声。「どろぼう」声をかぎりに叫ぶ。「だれかきて」 「なにをいってるの。はなして」 わたしは逃げ出す。娘が追ってくる。廊下に出て駆ける。サイレ わたしはサラともみあった。玄関ホールにたおれこむ。背後で物 ンのような娘の声も追いかけてくる。とんだドジをふんだものだ。 音がした。わたしは。ヒンクの霧に包みこまれた。とっさにス。フレー しかし捕まるはずがない。わたしは駆ける。捕まってたまるか。こ ・カンを探した。それはポケットにあった。・ヘビーシッターに追わ んなことはきようにはじまったことではない。逃げきれる自信はあれる前に拾いあげていたのだ。自分の顔に向けてス。フレーし、立 った。一人の女が、その玄関ドアから顔をのそかせるまでは。 ち、ビンクの霧から逃がれる。サラ。気を失っている姿をちらりと 夢の女。わたしは駆ける足をとめ、女をみつめる。女はあわてて見て、わたしはドアからとびだした。 ドアをしめようとした。わたしは足先をとっさに出す。 警官はわたしを捕まえることはできなかった。わたしは汗だくで 「サラ : : こんなところにいたのか」 フェイの店に帰りついた。心臓がやぶれそうだった : わたしはサラの腕をとる。夢ではなかった。その女はたしかな手わたしはカウンターに顔をふせて、泣いた。 」たえとともに、そこにいオ 「サラ : : : サラに会った : : : あんなところにいたなんて 「はなしてください。だれなの」 は、わたしを知らないといった : : : どうしてだ : : : 」 「わたしがーーーわからないのか」 フェイがわたしの髪を子供にするようになでた。 「あなたなんか知りません」 「コム : : : あなたはもう子供じゃないわ。さあ、元気を出して。お ひと ママがママでないような気がする : : : 好きだよ、ママ、ぼくを捨ちつきなさい。愛する女がみつかったのね」 てないで : : : 遠い昔にわたしはこの瞬間のサラの顔を予感していた フェイはのみかけのコーヒーをわたしにくれた。 5 を 0
すか」 「ほんとにそう思ってくれるといいんだけど」 ジョイは自殺する気なのかもしれないとわたしはうたがった。ジ とフェイは朝食のコーヒーをいれてくれる。 ョイは笑った。 「ほんとですよ」 「わしは後悔はしとらん。死ぬのはこわいが、それがあたりまえな コーヒーがうまい。わたしはコーヒーが好きだ。そしてミルク んだ。しかしこの都市はあたりまえじゃない。わしはそれを確認し も。フ = イはミルクも用意してくれる。わたしはそれをのむとき、 たいんだ」 なっかしい想いを味わった。 「それは知性の声でしよう。死人の敵の」 「不死人でいたらこんな気持にはならなか「たろう。不死を実現さ「フ = イ、ほんとですよ。わたしはいまの仕事に満足している。き ようはジ、リアの赤ん坊を育てにいく。きのうみつけたんです」 せた知性は自らの本来の欲求を殺してしまった。この都市にはもは 「そう。気をつけてね」 や知性などない。かっての知性が設計した。フログラムに操られた、 無意味な自己保存機構にすぎん。変化の可能性のない自己保存など「わか 0 てますよ」わたしは腰をあげる。「ママ・フ = イ」 わたしは老けたフ = イの手を握って、店を出る。 知性にも自然にも反する。それは存在していないことと同じだ。わ ジュリアの赤ん坊は東区中央の高級住宅街の夫婦のものになって しはここにいる。だから穴を掘る」 の階段をあ いた。わたしはス。フレーをたしかめ、高級高層アパート 「わかりました」とわたしはいった。「あなたの心のままに。暇が がって、二十三階の廊下に出る。人気はなかった。 あったら手伝いにいきますよ」 二三〇六号室のドアに耳をよせる。夫婦は出ているはずだ。調べ 「コム : : : おまえもわしの年になったらわかるかもしれんな」 はついてる。ベビーシッターの女の子が赤ん坊をみている。ドアの 「そうですね」 そんなに先のことではないだろう。わたしはジ「イといっしょに鍵はおりていない。左右を見やり、だれも見ていないのをたしかめ て、ドアを薄くひらき、身をすべりこます。居間でベビーシッター 下におり、路上で別れた。 の若い娘がテレビを見ながらせっせと肥っているーー、・・よくあんなに ジ ' イの穴掘りは順調にすすんでいるようだった。わたしは仕事甘い菓子を食うのに熱中できるものだ。足音をしのばせ、息を殺し て、寝室へ行く。ジ = リアの娘は安らかにねむっていた。わたしは にでかける前によるフェイの店でそれをきいた。 ・カンをとりだし、そっとジ、リアの赤ん坊にむけて噴霧 わたしは、かって自分の母親だった女を捜しあてることはもうほスプレー とんどあきらめていた。フ = イは同情してくれたがそれ以上のことする。少しずつ。赤ん坊が目を覚ます。泣かれてはまずい。きよう はできなかった。わたしは反対にフ = イをなぐさめた。わたしは自はこのへんでいいだろう。丈夫に育てよ。ジ、リアの行方はわから ないカ、いっかきっと捜しだして、いっしょにさせてやろう。 分の意志でこちらの現実を選んだのだ。フェイやジョイの責任では 4 6
の目には、不死の都市が異様にうつった。不死人たちは永遠に夢のを拒否しなかった。彼女たちは自力でわが子をとりもどそう 世界で笑い、悲しみ、苦しみ、それから解放されることがない。地とした。ぼくはできるかぎりのことをした。そしてサラを捜しつづ 6 だ。・ほくは身ぶるいする。 けた。しかしめぐりあえなかった : しかし : : : それでも・ほくは不死を失ったことを不安に感じること あれは夢だったのだろうか ? がよくあった。自分が消えてしまうことへのおそれ。ぼくはあせつ た。あせって、一人の女を強姦した。不死人だった。その女は最初西街区のはずれ、砂漠が見える捨てられたビルの一室で、わたし 抵抗したが、ぼくがむなしい思いで身をはなすと、抱きついてきは髭をそる。水は雨をためれば一人分くらいは不自由しない。食事 こ。・ほくはそっとして、女を殴りつけた。彼女は失神した。しかしはなんとでもなった。いろいろな店でアル・ ( イトしたし、フェイや 死なない。新年祭をすぎれば、この女はぼくのことなど忘れてしまジョイも助けてくれた。フ = イはまだ店をやっていた。彼女は警官 うだろう。ばかげてる。 に捕まらなかった。幸運なのか、あるいは人口減少を食い止めるた ぼくは、ジョイがぼくを助けてくれたように、不死人のなかで生めに警官がわざと一部の死人を見逃がしているのか、よくわからな きている死人を助けた。生活するには都市に頼らざるをえないか フェイは四人の子を生んだ。いろばん上の子は、男の子だった ら、ほとんどの死人が不死人をあざむいて暮らしていた。 が、好きな女をみつけて結婚し、不死人の生活に入っていった。そ いちばん悲痛なのは、わが子を警官にとられてしまう場面だつれなりにしあわせだろう。二番目の男の子はの魔力に酔っ た。警官は母親から子をうばいとり、記億を消した。赤ん坊は、そた。不死人ののろい動きをかいくぐり、ありとあらゆる不良を働い れを望んでいる夫婦のもとへやられ、その子は永遠に育っことがな た。母親のフェイは、あまりわるさをするとフォグにやられても助 かった。サーラントに赤ん坊が出現したのはごく最近のことだ。死けてやらないといいわたし、あるときそれが本当になった。次男は しじん 、ーし、力 / 、刀 人があらわれてからだから。死人は死んでいったが、子を残した。帰ってこなくなった。、フ = イは悲しんだが、捜しこよ それでサーラントの人口は減ることはなかった。ぼくは警官の眼に た。長女は幼く、末の三男はまだ赤ん坊たった。 はーー知性にはーーー悪魔のようにうつったろう。 「やあ、コム、元気そうだな」 死人の生んだ赤ん坊をみつけだし、スプレーした。赤ん坊が育っ ふりかえるとジョイが立っている。手にスコツ・フをもち、水筒や て、憎まれ口をたたくようになり、かわいげがなくなると、たいてらハンデイライトをぶらさげている。 いの不死人夫婦はそれを手ばなした。母親と子が両方ともみつかれ「どうしたんです、ジョイ。そのかっこうは」 ば、むろんぼくはその赤ん坊を母の手にもどした。でも大都会のこ わたしはかみそりを洗い、タオルであごをふく。 と、そういう幸運はあまりなかった。で記憶をとりもどした「いわなかったかな。わしはサーラントを出るつもりさ」 母親は泣いた。みるに耐えなかった。それでもたいていの母親は、 「サーラントを ? どうやって ? 」
見たのか。穴をのそき見る。まっくらだった。絶望た。人を集めて寝室には鍵はかかっていなかった。わたしはノ・フを回す。 全力で救助にかかっても、圧死したジョイを生き返らせることはで 「だれ」とサラの声がした。「トムなの ? 」 きまい。ジョイは死人だ。死んだらもうかえらない。 わたしはドアを開放する。・ヘッド の男と女が身をおこしてわたし それでもわたしは掘った。疲れきって、あきらめたとき、外は夜を見つめる。 だった。 「わたしはコム。トムじゃない」 「 : : : あの人はしあわせだったわ」 「あなたはーー」 フェイはそういって、涙を流した : 「おまえはだれだ」 「わたしのせいだ : : : やめさせればよかった」 と男がいった。スタンドの灯に浮かびあがった男は、かって四年 「あなたはやめなかったわ、コム」 生だったときの、わたしの父親たった。 わたしにはこたえることができない。 フェイに見つめられ、その 視線にたえられなくなって目を伏せた。わたしは店を出る。行き先「なにをいっているんだ。おまえ はひとっしかなかった。 わたしは父親にとびかかった。首をしめながら、片手でス。フレー する。 0 の霧が寝室のなかに充満する。 そのドアの前に立ったとき、わたしの胸はなっかしさでいつばい 「わたしはコムだ。コム。思い出したか ? あなたはこうなるのを になった。四年生の自分にかえったような気がした。 予感していたはずだ。だからわたしを捨てたんだろう」 だがドアのノ・フに伸ばす自分の手は子供のものではなかったし、一 「やめろ : : : コムだって ? 」 ドアには鍵がかかっていた。わたしはポケットから七つ道具を出し眼をむいて、男はうめいた。 て、万能鍵を鍵穴に差しこみ、探った。やがてカチリと手ごたえが「そうとも。サラをあなたから奪いにきたんだ。長い時間だった。 あり、ドアがひらいた。 あなたはいい父親だったよーーしかしあなたが父親ではわたしが困 間取りはわかっていた。四年生のときの家ではなかったが、家のるんだ」 雰囲気はまったく同じだった。装飾の趣味も、匂いも。ここにはわ「やめて」 たしの母親だった女、サラがたしかに暮らしているのだ。 サラがわたしを男から引きはなそうとする。わたしは男の首をし わたしは足音をしのばせて寝室に近づいた。その前でポケットのめる手の力をゆるめはしなかった。男の眼はとびだしそうにふく 0 ス。フレー ・カンを握りしめる。夫婦はまだおきている。ひそれ、顔は紫色になった。腕がしびれて手の力がぬけたとき、男は息 やかな会話。わたしは子供のころを思い出す。こうして寝室の前にをしていなかった。わたしは尻もちをつき、肩で大きく息をつい 立っていたことがあった : て、サラに服を着るようにいナ 0 7
女の人は若くて、やせている。黒い髪は短い。細い目だな。こい 「走る男をみたか」 アイラインは青い螢光色で、ママはこんな化粧はしたことがない。 口を動かさずに警官がきいた。くぐもった声だな。それに、いや「なんだか騒いでいたようだけど、なんだったの、ぼうや」 な眼だ。・ほくの心をのそきみているよう。 女の人はぼくから紙コツ。フをとって、路地のほうへ放った。 「ううん」 「うん、そっちに男の人が駆けてったよ。飛んでるみたいに速く走 ぼくは首を横にふる。なぜだかわからないけど。ぼくはこんな警ってた」 官に追いかけられている鬼が少しかわいそうになったのかもしれな女の人は紙コツ。フを投けたほうをみて、そいで悲鳴をあげた 9 警官は味方だというのに。このおまわりさんに助けて、といえ どうしたの」 ばすぐに家に無事に帰れるだろうに。それなのに、ううん、と首を警官に追いかけられた男の人が、紫色の顔でゴミの山からはい出 ふってしまう。 てきていて、それはまるで電池の切れたトカゲみたいな格好だっ 「こちらには来なかったのか」 警官の服からビンクの煙が噴き出す。おまわりさんはまた輝く霧「 : ・ : フェイ、あれを、早く。死にそうだ。まだ死にたくないぜ。 になって、来た道をもどっていった。 フェイ、たのむよ」 ぼくはしばらく歩道でふるえていた。うしろからいきなり肩をつ ・ほくにはなんのことかわからなかったけど、女の人はわかったん かまれる。・ほくは悲鳴をあげて逃げ出す。でも足が出ないんだ。 だな。はじかれたようにドラッグストアへもどって、すぐに、路地 「なにをじたばたとあわてているの」 に通ずる裏口から出てきた。女の人はドラッグストアの人らしかっ と鬼がいった。」 た。手にスプレー ・カンを持っている。それを男の人の顔に近づけ 「はなしてよ」 ると、カンのボタンをおした。白い霧が男の人を包んだ。男の人 「いいわよ」 は、その霧をいっしようけんめいに吸った。ス。フレーするのをやめ 鬼しゃなかった。魔女かな。女の人だ。みたところふつうの人間たとき、男の人の顔は紫からふつうにもどっていた。 だ。病気にはみえない。 「どうもありがとう」と男の人は身をおこしていった。・ほくに。 「ほら、コーヒーをあげる。のみかけだけど。のんで、おちつきな「助かりました。フォグを追いはらっていただいて、ほんとに命び さいな」 ろいしましたよ」 紙コップのコーヒーはあたたかい。・ フォグというのは、あのおまわりさんのことをいっているらしか ほくはほっとして、すする。一 毒が入ってるのかもしれないな、と思ったのはぜんぶのんでからだ った。ここではことばもちがうんだな。 った。でも、おいしかった。ぼくはコーヒーがすきた。」 お礼になにかおごりますよ、と男の人はいって、ドラッグストア、 5
あ、だれなんだろう。 「この都市もフォグも知性が生み出したのよ。あくまでも自然と闘 「人間はもともと死すべきものだった。個体が死ぬのは自然界では うつもりなんだわ。まるで蛇が自分の尾をのみこんでいるみたいた 必然なんだ。変化しながら環境に適応した新しい種を生むことを自と思わない ? 」 然は求めている。それで役目をおえた個体は自ら壊れるように。フロ 「知性の方針は、やれるとわかったことはすべてやれ、ということ グラムされているんだ。親がいつまでも生きていたら新しい世代のらしい。しかしこの都市を造ったのは失敗のようだな。知性は退屈 能力が発揮できないからね。生や死の徒なり、死や生のはじめなしはじめて、進歩することをやめてしまった。閉鎖的なのがいけな り、さ。死が遺伝子に。フログラムされたものか、熱力学的な法則に いんだ。しかし解放すると不死状態は破れる。これはジレンマだ」 よるものかはわからないが、自然の意志にはまちがいない」 「知性って、なんなの ? 」 ジョイはひといきついてコーヒ 1 をすすった。・ほくはきいた。 ・ほくはぬるくなったコーヒーをのむ。 「よくわからないけどジョイ、どうしてママがかわるの ? 」 「きみにそう尋ねさせるものさ。きみが自分の過去ゃいまの立場を 「知性のせいなんだ。知性が自然に挑戦した結果が、この都市サー知りたいと感じるのはきみの知性が働いているからだ。 ()n O は知 ラントなんだよ。知性は自らを永久に保存しようと試みたんだ。自性に反する物質だ。それはきみを育てて、殺そうとする。知性は、 分の意識、存在を失いたくないという願いがこの都市を実現させた死にたくないと思わせる。 0 は、死ねという。どちらも甘い誘 んだ。この都市に入った時点で、人間は年をとらなくなった。きみ惑だ」 は六百歳ってとこだぜ。しかし知性は不死を手に入れたかわりに、 「コム、あなたにはわからないかもしれないわね。子供だもの。六 退屈に耐えなければならなくなった。それで新年祭を作ったんだ。」百歳の子供。その肉体では永遠に経験できないことがたくさんある 毎年新しい人生を選択できるように」 の」 「そうさ」ジョイはフェイをみてほほえんだ。「おつばいのことと 「ここから出ていけたらねえ」フェイが自分にもコーヒーを注い で、 いった。「でも、だめなの。サーラントは隔離空間よ。都市のかね。性欲っていうのは死への衝動といわれたけど、たしかにそう 外は砂漠なの。まっすぐ歩いていくと似たような街があってね、そだな。性的欲求は同時に死のタイムスイッチをオンにするんだ。子 こはなんと、ここなのよ。サーラント。どっちへ行っても、ここにを残し、同時に自己崩壊させるべく」 もどっちゃうのよ」 「不死人の性生理機能は働いていないの。やつばり死と関係がある 「ここは閉鎖空間だ。エントロ。ヒー的に死んでいるよ。ここでの不のね。そのために、性的な快楽もさほど得られない」 死は死と同じことだ。夢のようなものさ。新年祭を境にしてまた別「きみが育ちたいっていうのは、自然の声だよ、コム。きみはママ の夢がはじまる。フォグがやるんだ。一種の催眠だ。東区の連中はを愛しているんだ。前のママを」 集団催眠状態にある」 「ほんとの母親かしら。たぶんちがうわね」 9 5