クジラはかまわずつづけた。 ら、ね。毎年、ちがう歌を歌ったんだ。自分で作曲したすてきな歌 を、ね」 「いちばん愛しているって、五年間毎日かかさず手紙を送っていた 8 。ヒンク よ、彼は。いつも同じコースを、電波がとんでゆくんだ 「クジラも歌うの ? 」 トをいつばいひきずりながらさ ! もうひとり彼女を愛す クジラはゆっくりと目を閉じ、そしてまたひらいた。 色のハ る男がいたらし 「ああ」 い。だが、きみのお父さんはとうとう駆けおちして 「歌ってよ ! 」と・ほく。 駆けおち ! 「あたしも歌うのよ」とリガルデ・モア。 「おお、知っているよ」 ・ほくは一瞬、頭がくらっとした。およそ父のイメージからはほど 「あら、なぜ ? [ 遠いことばじゃないかー 声がはずむ。 リガルデ・モアが、はじけるように笑いだした。彼女は・ほくの鈍 「電波にのって、ときどき聞こえていたからね。いい歌だー 重な父親をよく知っていた。ぼくはもうどうしていいかわからず、 リガルデ・モアはほめられて赤くなった。 ただただ恥ずかしかった。穴があったらきっととびこんでいただろ 「すごい クジラって、なんでも聞いちゃうんだなあ」 う。クジラが憎らしかった。 「ジョシュア : ぼくらは、ますますクジラを尊敬するようになった。 クジラはそんなぼくを見て、やさしくいった。 / リネスミ クジラは実にいろんなことを知っていて、たとえば、、 自分の三倍も年上の男のことを、・せんぶわかってるだなんて思わな と山あらしの見わけかただとか、なぜ戦争がおこったかとか、ダル いだろう ? どうだい ? 」 リガル一ア マの理論についてとか、ほんものとニセモノはどこがちがうのかと ・ほくは、しばらく考えてから、ゆっくりうなずいた か、満月と集団自殺の関係とか、さまざまなことを話してくれた。 ・モアの反応を盗み見ながら。 かれは歴史学者であり、すべての科学者であり、そして哲学者であ なにしろ、彼女の父への憎しみときたら、並たいていのものでは っこ 0 なかった。・ほくらは、父親への軽蔑という点で、絆をつよめていた だが最も得意とした分野は、″恋愛事件んの項目で、クジラは実のだ。 にいろんなサン。フルをたくわえていた。 「リガルデ、きみのお父さんのことも知ってるよ」 ある日、クジラは何気なく・ほくにこういっこ。 クジラがしオ 「いろんな恋を知ってるがねえ。きみのお父さんの場合は、とりわ リガルデ・モアのかわいい顔がゆがんだ。 けすばらしかったねえ、ジョ 「ああ、あのエ リートコースを歩みつづけてきたヒキガエル ! 」 ・ま ~ 、よンヨッ クで蒼ざめた。 「彼も苦労したときがあったようだよ」
だけど、がっかりするんじゃない。残りがちゃんとあるんだから ね、坊や」 なぜ九十七。 ( ーセントでもなく、九十九パーセントでもなく、九それからというもの、・ほくらはほとんど毎日、クジラのところへ 十、。ハーセントなのかよくわからなかったが、きっと人生のクズでかよった。 ーセントでもなく、きっかり二。ハ ーセントでも三。ハ クジラは一躍スターで、取材やインタビュウなんかが毎日たいへ ない部分が一バ んだった。 ーセントだからなんだろう。 十二の・ほくは、そのとき、坊やといわれたことで機嫌をそこね ぼくはクジラの一番めの友だちだと自負していて、クジラの記事 をぜんぶ集めた。それによると、クジラは減びゆく種族の生き残り なのだという。銀河じゅうに散らばっているうえに、すごく数が少 ないので、一生のうちに他の仲間の姿を見る確率もゼロに近いと か。クジラの長寿をもってしても、である。 海獣は、自分のことをクジラと呼んでくれといった。 ・ほくはとたんにクジラがかわいそうになった。そのことをリガル かれの表面は、最初舞台で見たときのように、ぬるぬるしてい メドウサの魔力で。 デ・モアにいうと、彼女はふふんと鼻でわらっていったものだ。 た。さっきはあんなに固くなったのに 「で、めぐりあった相手が鼻もちならないャツだったらどうすんの 「二つの形態をとるんだよ」 よ ? 」 クジラがしナ 低周波が、・ほくらの立っている・ヘニヤを震わせた。 リガルデ・モアとぼくのことについて、噂にならないはすがなか 「どんなとき、岩みたいになるの ? 」 った。猟大みたいな芸能レポーターが、さっそくぼくの家にのりこ リガルデ・モアがきびしい調子で質問した。 んできて、父を仰天させた。 横っ腹にあいている鼻孔から、熱い風が吹きだした レポーターが嵐のように去ったあと、父は・ほくをこっぴどく叱っ こたえた。 た。流行歌手など、人間のうちにもはいってやしないというのだ。 もちろん、リガルデ・モアとぼくは、ますます親しくなった。 「宇宙を、翔ぶときにねー や ・ほくらはみんな、重力を感じなくなった。これは文字どおりの意彼女のとりまき連はひどく嫉つかんで、・ほくを待ちぶせたり、三 味ではなくて、つまり、みんなそのときから、クジラが大好きにな流誌に告げロしたり、畑を荒らしていったりした。父は怒り狂っ こ。・まくらは平気だった。 ってしまったということなのだ。もっともクジラには、鼻息で人間ナー 二週間もすると、クジラもようやく取材陣から解放されて、・ほく を吹きとばすという、すごい特技のあることがあとでわかったのだ らといっしょにいる時間が長くなった。 けれども。 リアイアサ / クジラは 2 8
「クジラ、行く ? 」 白い手の感触だけ。 高貴な淫婦というものが、この世に存在することを知るのは、も「 : : : 行くよ」 クジラが答えた。ペニヤの壁がビリビリと震えた。 っとずっとあとのことだった。 クジラをテントの外に出してやるのは、まったく至難のわざだっ た。それでもなんとか外へ出たが、それからがまたたいへんだっ そうこうするうちに、どんどん時が流れていった。興行期間はた リガルデ・モアの専用宇宙船は第七宇宙港にあり、それは海辺の ったの二カ月だった。その日はもう目前にせまっていた。 町から五キロのところだった。クジラは重いからだをひきずり、石 いいだしたのはリガルデ・モアだった。 だたみの坂を這いながら進んだ。 ・ほくは二の足をふんだ。そのころ・ほくは、きわめつけの臆病だっ クジラはもともと大きな重力の下で生活するような生き物ではな たーーーもちろんリガルデ・モアはぼくを面罵した。まったくひどい 、。・ほくらはハラハラしながら、クジラの両脇にくつついて歩い ものだった。しかたなく、ぼくは彼女の計画に同意した。 ぼくらは真夜中に、それそれの宿からぬけ出して、クジラのとこた。夜明けまでにたどりつくかと不安だった。 出発は早朝で、それまでになんとかかれをどこかへ隠さねばなら ろへ走った。 「クジラはこの計画が気にいるかしら ? 」 クイーン・モア号の流線形の一部が見えたときには、正直ほっと 「わかんない。でもぼくなら、行く」 した。ところが荷物用のエレ・ヘーターにクジラを押しこむのがまた ぼくらは手をつないで走った。 テントは黒い怪物のようにうずくまっていた。猛獣の唸り声がしひと苦労で、ぼくらはびっしより汗をかいた。 「どうする ? 」 リガルデ・モアがテントのすそをまくってもぐりこむ。ぼくもす格納庫にクジラをいれてから、ぼくはたずねた。 べりこんだ。 リガルデ・モアはきつばりいっこ。 まっ暗闇のなかで、クジラのまばたきしない大きな目が二つ、ら「あたしはコンビューターをごまかしてくる。あんた、クジラのロ んらんと輝いていた。 の中へはいれないこと ? 」 「クジラさん、起きてたの ? 」とリガルデ・モア。 ぼくはひきつった顔で彼女のうしろ姿を見おくった。 クジラはおっとりとわらった。 リガルデ・モアの母親がコンビューター技師だったことは話した 「十キロもむこうから、きみたちが相談してるのがきこえたよ」 だろうか。そうなのだ。だからリガルデ・モアには O 級知性をたふ ・ほくは意を決して口をひらいた。 らかすことくらい朝メシ前だった。 こ 0 8 8
モアはなにかのポスターの写真どりで、・ほくの村へやってきたの ぼくは学校をさぼって、終日彼女のそばをうろついていた。そう して、仕事のあいまをぬっては、声をかけた。いわく、「退屈じゃ ないの ? 」「ここはいいとこだろ ? 」「新曲はどんな歌 ? 」 ちょっとでも他のファンに差をつけようとしたのだが、われなが リガルデ・モアとぼくの出会いについて、すこし語ろうと思う。 らあきれるような愚問しか思いっかなかった。 リガルデ・モアはみごとに無視した。 リガルデ・モアの父親は政治家だった。六年ごとに選挙がある。 ・ほくは頭をひねり、やっとことばをおしだした。 ・ほくが十五、彼女 だから彼女はその年、選挙運動をやっていた 「ママは、好き ? 」 十四の年である。 リガルデ・モアは白いはち巻きをして、声をはりあげながらビラ次の瞬間、魔法がとけたように、リガルデ・モアの表情が赤くな ぼくは平手打ちをくらうんじゃないかと思った。対立候補 配りをしていた。ぼくはそのビラを受けとり、彼女が父の対立候補った を応援しているのを知ってびつくりした。 の選挙運動をやってたときみたいに、彼女は熱つぼい目でぼくをに 選挙がおわってからも、たびたびリガルデ・モアの姿は目につい らみつけた。 「ましめに考えると死にたくなるから、考えないことにしたのよ」 第一宇宙港のある首都では、彼女はちょっと有名なタレントだっ 途中から涙声になった。語尾がせつなげにふるえた。ぼくは度肝 た。十四にしては少しおとなびた歌を歌っていた。いまから思えをぬかれ、ことばを失った。 ば、どうしようもない辺境のローカルスターだったわけだが、それそれから何週間かのうちに、彼女の両親の離婚騒動を、芸能ニュ でも・ほくはのなかの彼女をくいいるように見つめたもの 1 スで知った。芸能歌手、ローカルスター、リガルデ・モアは、も みくしやになり、 しいさらし者だった。 リガルデ・モアはたいがいつつばっていたが、ときおり幼い表情 ばくは、全世界を、殺したくなった。 を見せた。ばくは、そんな彼女がいちばん好きだった。 十五歳の少年というのは、そういえばよく、全世界を敵にまわし ぼくが初めて彼女に声をかけたのは、ぼくの村に彼女がやってきて闘っている。 たときのことだ。 前にもいったように、・ほくの住んでいた村ーー第二 ( マナ・。 ( レ・ 1 は、そのまま芸術といってもいいくらい美しかった。リガルデ・ り返り、氷のような青い目で・ほくをつき刺した。 「おひさしぶりね」 とりまき連中は、その言葉でようやくぼくを数多いライ・ハルのひ とりとして認めたらしい。不機嫌そうにおし黙った。 こ 0 二百ばかりの席は三分の一もうまっていない。それでも神話劇は 9 7
『自分の歌よ』 『はは : : : それじゃ、お好きた動物は ? 』 『そうね、もちろんクジラ : そのとき、・ほくらは、スタジオのドアを吹っとばして中へなだれ こんだ。 リガルデ・モアは・ほくらを見て、わざとらしく驚いてみせた。『ま結末。すべての物語には結末がある。 あ、お友だちがきてくれたみたいー うれしいわ、見てちょうだい クジラは生まれて初めて、自分の仲間に出会うことになった よ、かれを ! 』 しかもそれは女性で、とてもチャ ーミングだったらしい。彼女はク 銀河ネットワークを中断するわけこよ、 冫。しかなかった。なにしろ、 ジラが歌うのをきいていたのだ。そして幸いにもすぐ近くを翔んで 千億のテレビに映像を送っているのだ。 いた。どうやらクジラが歌ったのは愛の歌だったらしい。とにかく クジラの姿がアツ。フになってうつった。 クジラは、銀河ネットワークのつんだ巨額の契約金に見むきもせ 司会の男はうつらないところで、リガルデ・モアの耳をひつばつず、宇宙空間をすばらしい低音でポンポンふるわせながら、彼女を た。まったく、なんてガキなんだ ! 彼はそうわめいた舌の根がかもとめて泳いでいってしまった。 わかぬうちに、さわやかにいった。 リガルデ・モアはひとしきり騒がれて、一時は多忙で死ぬんじゃ 『すばらしいお友だちですねえ、紹介してくださいよ、リガルデ ないかと思ったくらいだ。とにかく、彼女は中央でもスターにな 銀河ネットワークのドル箱になった。 リガルデ・モアはにつこりした。 そしてぼくは十年後、彼女の首に母の形見の金鎖をかけたーーー例 『ええ、もちろん。かれ、クジラなの。とっても歌がうまいの。わの、山のじいさんの陶器の破片のくつついたやつだ。彼女は大声で たしのかわりにかれが歌うわ、きいてね』 泣いた。 再びカメラがクジラを大うっしにした。 ・ほくはその十年の間に、高貴な淫婦にふりまわされたり、金がな そのとたん司会の男はリガルデ・モアをひつばたいた。ぼくはヤくて物乞いしたり、いろんなことを経験した。リガルデ・モアにし ツの足にかみついた。リガルデ・モアもャツの顔をひっかいた ても同じことだったんだろう。 クジラは歌を歌った。 こうして、・ほくらは結婚したんだ。 波のような、心臓のような、歌だった。 たまにクジラのことを思い出すときもある。 低く、豊かで、その震動はスタジオ全体を静かに揺さぶった きっとクジラはぼくらのことを″恋愛事件の項目に保管してく そして銀河ネットワークの千億のテレビを通じて全銀河を・ーー静かれたんじゃないかなって思う。 に、静かに震わせていった。 銀河ネットワークにつながるすべての電話回線が。ハンクした。深 9 い感動が、千億のテレビを通して全銀河にひろがっていった。
びかせはじめた。乾燥して、かすれた音色だった。「三人の王子の そのとき、テントのたれ幕が、するするとまきあがった。人々が 行進」だった。 わっと殺到した。 ひなびた軍楽の旋律が、アゴラじゅうにひびきわたった。 ・ほくは意を決して、リガルデ・モアのすぐあとにつづいた。彼女 ・ほくはなっかしさに胸がうずいた。四年前にきいたメロディと同のとりまきが、ちょっとうさんくさそうな顔をした。 大きなテントのなかは、し じだった。たぶん八年前も十二年前も同じだったのだろう。ガード 、くつかの・フロックに分けられており、 くールにテント ウス・ショウは、・ほくが生まれる ~ 間から、フルフト マジックや。ハントマイム、サーカス、見せ物、曲芸、そして笑劇や をはっていた。 神話劇などがくりひろげられるのだ。 ぼくらは好きなものを選んで、金を払ってなかへはいる。 ・ほくは、まとまりのない群集のなかに、知った顔をさがした。 リガルデ・モアはひざのところでちょん切ったジーンズをつけて 兄や姉に手をひかれた子供たち、もう少し年長の悪童ども、吠え ている犬、少年たち、青年たち。ざわっき、走りまわり、とりとめ いた。色の白い、カモシカみたいな二本の足が、暗いテントのなか もなくしゃべりながら、ガードウスのテントのたれ幕がひらくのの通り道を踏みしめていたのを、・ほくは一生忘れることができない を、今か今かと待っている顔、顔、顔。 だろう。その瞬間、・ほくは、彼女に抱きついて、キスをしたいと思 ったのだーーっまり、女王さまとして崇拝するのではなく、ほんと そのなかから、やがて・ほくは知っている顔を見つけだしたーー声 の恋におちたというわけだ。 をかけるのが、ちょっとためらわれた。胸がキュンと熱くなった。 リガルデ それは蒼白い、つめたい表情をしたひとりの少女 リガルデ・モアはさんざ歩きまわったあげく、神話劇の戸をくぐ モアだった。 った。ポーイフレンドのひとりが従者よろしく金を出そうとした 彼女はぼくよりひとっ年下だったが、・ ほくよりうんと年上に見えが、彼女はそれを払いのけた。なぜか・ほくはほっとしーーー二分の一 たものだ。 クレジットを払った。 リガルデ・モアは男どもにかこまれて、気のない返事をしてい かなり大きな舞台がしつらえてあった。木のイスが二百ばかり並 こ。・ほくは嫉妬で熱くなった。ばくは悲しいような思いで、じっとべられていた。 少女を見つめたーーー こっちを見てくれ、リガルデ・モアー ・ほくはなんとかリガルデ・モアの隣りにすわろうとしたが、やっ 少女は ( ッとしてぼくのほうを見た。表情はあいかわらず冷ややばりだめだった。しかたなく、・ほくは彼女のまうしろの席にすわっ かだが、少なくとも、ばくの存在には気づいたらしい た。道化から買ったとうもろこしを食べた。 ぼくは気おくれしながらも近づいていった。 「おまえ、だれなんだよ ? あんまり近よるんじゃないぜ」 リガルデ・モアは、ツンと上向きの魅力的な鼻をばくの方にむけとりまきのひとりがぼくの肩をつついて脅した。 て、犬っころでも見る目つきで見た。ぼくらの視線があった。 リガルデ・モアの長い金髪がぼくのひざ小僧を撫でた。彼女はふ 7
と思ったものを保管するのがわたしたちの仕事なんだ」 ぼくはクジラのロのなかをのそきこんだ。不気味な空間が黒々と ひろがっていた。 「わたしの胃袋のなかにいれば、宇宙空間にいてもだいじようぶ 船は予定どおりの時刻に、第三十六中継ステーションに着い さ」 クジラがしナ リガルデ・モアは、生まれて初めて銀河 その日、辺境のスター リガルデ・モアが懐中電灯と罐づめをいくつか持ってもどってき ネットワークにのって銀河中で有名になるはずだったのだ。 0 Z ー 「は、 灯りと食料。文化的生活がいとなめるわよ」 『銀河中のみなさん、ごきげんいかがですか ? 私は司会のビンセ 「冗談よせよ ! 」 ント・クラック・ゴールドです。さてきようはお約東どおり、フル 「冗談ですって ? 」 ト・、ール出身の歌手、リガルデ・モアさんをご紹介しましようー 「で死んじまうよー リガルデ・モアさん ! 』 「死にやしないよ。実際シートのなかよりも快適だって、まえに 千億のテレビの画面のなかで、リガルデ・モアは微笑した。 乗せてやった人間が言ってたし」とクジラ。 そのときぼくらは放送局のまぶしい廊下をのたのたと進んでいる ・ほくは蒼い顔をしたまま、あんぐり口をあけた。 ところだった。 結局ぼくはクジラの胃袋の中にはいることになった。なかはけっ クジラはぼくらをじゃまする連中を、つぎつぎと鼻息で吹っとば 、つばいつま こう広くて驚いた。おまけに、いろいろなガラクタがし 「ていたのだーー動物の化石、墓石のような岩、飾りのついた鏡、してしま「た。ぼくらは王様みたいにゆ 0 くりと歩いていった。 『さあて、リガルデさん ! あなたのお好きな花は ? 』 フラスチックの扇風機のはね、銀のさじ、ボタン ( クジラ はこのボタンにまつわる悲恋物語をとうとうと語「てくれた ) 、自銀河中の千億のテレビの画面のなかで、彼女はう「とりとわらっ 動車のタイヤ、籐カゴ : : : ちょっと見ただけではなんだかわからな 『白いラですわ』 いものもたくさんころがっていた。 その後十年間というもの、白いパラが彼女のもとへ届かない日は 「重くないの ? どうしてこんなもの持ってるの ? 」 クジラはちょっと考えてからこたえた。腹の中できくかれの声は一日もなかった。 『それでは、あなたのお好きな色は ? 』 また格別だった。 『 : : : そうね、青味のある、、ハイオレットかしら』 「わたしたちをつくった者はね。ーーわたしたちのことを文明の保管 『お好きな音楽は ? 』 人と呼んでいたーーー自分が美しいと思ったこと、自分がとどめたい こ。 0 ・ 8
0 リガルデ・モアとぼくの仲を嫉つかむ連中はい くらでもいた。 彼女のとりまきのひとり、通称・ O はとくに ひどかった。彼は年のわりに筋骨たくましい少年 で、よくぼくに決闘を申しこんだ。 「狂犬を相手にすることなんかないわ」 リガルデ・モアのことばで、・ほくは、・ O に 立ちむかわない自分を正当化していた。 ()5 ・ O は、・ほくの目のまえで、父が手塩にかけ て育てた作物を踏みにじった。 「おまえ、それでも男かよオ ! 」 そういって、二、三人の仲間といっしょになっ て、ぼくを嗤った。それでもぼくは黙っていたー ーこわいのと、めんどうなことにまきこまれたミ ない気持ちが半々くらいだった。 ・ O が・ほくのえり首をつかんで揺すぶったと きも、・ほくはつららみたいにかちかちだった。 Q5 ・ O のかたくかみしめた兇暴そうな歯が目のまえ にあった。 ()5 ・ O はその歯のすきまから押しだす っこ 0 ように、しナ 「おまえの母親はルストの星で働いてたんだそ なそんなもんさ。どんなえらいお方たろうともな や 6 8
ぼくらは息をのんだ。 クジラはいろんなことを話してくれた。 ガードウスがいいかけて、とうてい語りきれないので、いうのを「それがなぜ、ガードウス・ショウの楽屋の床の上でゴロゴロして いるの ? 」 やめてしまった長い長い旅のこと クジラはゴオオと息を吸いこんだ。安普譜の壁がガタ - ガタ震え 「戦争でね、溶けてしまった星もあったよ。わたしたちがそこへ着 いたときには、もう、なくなってた。大きな大きないたみが、とまた。 どいながら、茫洋とした宇宙空間をただよっていたよ」 「宇宙を翔ぶことになったからさ」 「それ、まえにもきいたわ。宇宙船を使わないで翔ぶの ? 」 「いたみって ? 」 「そうだね。死んだ人たちの残していったこころのようなものだ「そういうふうに改造されたんだよ、大昔に、ね . 「どうやって皮を固くするの ? 」 「たましいみたいな ? 」 「特殊な化学反応でね。薬品を分泌する管が全身にあってね」 「ああ。わたしはとてもその場にいたたまれなかった。わたしは悲「どうやって星からとびだすの ? 」 「宇宙船で、さ」 しくて泣いてしまったんだ」 ばくらはさざ波のようにわらった。 「あなた、泣いたりするの ? 」 クジラもっくりものの尾ヒレをうち揺らした。 リガルデ・モアが、青い目を見はってたずねた。 クジラはゆっくりと一度だけ、まばたきをした。十センチもある「わたしらはね、岩を食べて生きる。大きな星へはふつう降りない んだ」 黄色い目だった。 「おかしいかし ・ほくらは顔を見あわせた。その日から、・ほくらはクジラのところ リガルデ ? 」 へせっせと石を運びこんだ。海辺の石、町の石、川の石、山の石、 え」リガルデ・モアはきつばりいった。「人間として当然の 湖の底の石。 ことだわ」 クジラはいっこ。 クジラはまた、自分の種族について語った。 「わたしらはねーー地球の海で泳いでいたんだ。その昔にね。わた「先住民が減びるまえに、いちどきてみるべきだった」 クジラは十世紀も前から生きていたらしい。ぼくらはますますか しの先祖はザトウクジラとよばれていたね。二十メートルもあっ て、ひろい冷たい海の深いところを、悠然と泳ぎまわっていたんだれを尊敬した。 またある時、クジラはいっこ。 「海を ! 」 「わたしはね。歌が好きなんだ。先祖のザトウクジラは、毎年ちが 「そうたよ、海だ ! 」 う歌を歌ったんだよーー海の底、豊かな低音をポン求ン響かせなが
山のしいさんはときおり・ほくにカップや大きな皿をくれた。じい どうせ順おくり 「ええ、少しは苦労して、早く死ねばいいのにー であたしより早く死ぬでしようけど、一日も早くきれいな空気を吸さんの釜は泥をかためてつくった登り釜で、まきを何週間も燃やし つづけて、やっとやきものが完成するのである。そこらのパ いたいもんだわ ! 」 のものとは風格がまるでちがうのだ。 リガルデ・モアと父親は、孫と祖父くらいの年の差があった。 手ろくろなので、少しゆがんでいたり、かけたり、釜のぐあいで クジラはため息らしきものをついた。 「きみが生まれるず「と前のことだがねーー・彼は職を失「て、きみ火だすきがかか「ていたりした。・ほくはそれを子供心にもきれいだ のおじさんに無心の手紙を書いたよ。三度の食事を一度ですませてと思 0 た。ところがじいさんは、そんな苦労してつく「た作品を、 すぐにたたきこわしてしまうのだ。 いるって」 ・ほくには、こわしたやきもののどこが悪いのかまるで見当もっか リガルデ・モアのサファイヤのような瞳が、クジラを見つめたま なかった。それである日、思いきってたずねてみた。 ま凍った。彼女がなにもいわないので、かわりにぼくがたずねた。 「ねえ、どうして、こわすの ? 」 「それで、返事はどうだったの ? 」 山のじいさんは、しわの中にうずもれた顔をこちらに向けた。に それからリガルデ・モアは、少なくとも父親を罵倒することだけご「た細い目だけが、異様に光 0 ていた。わっと泣き出して家〈逃 げもどらなかったのが不思議なくらいだ。実のところ、足がすくん たまに悪口はいったけれども。 はやめた クジラは、・ほくが首にかけている細い金鎖に目でしまって、・ほくは一歩も動けなかったのだ。 また、ある日 をとめた。金鎖はぼくの母の唯一の形見だった。そしてそれに通し人間は一生に一度だけ、ものすごく大切なことをいうらしい ているのは、山のじいさんのところでひろってきた陶器の破片だっと前にもいった。山のじいさんの場合は、その時がそうたったんし やよ、 オしカ A 」田 5 、つ。 つくっては 「いつもおまえにくれてやるのは、みんなクズじゃー こわし、つくってはこわし : : : おまえにわかるか ! 完璧なものな んざ、この世にあるはずないのに ! わしはずっとそんなふうに生 山のじいさんについて語ろう。 ぼくはよほど変わった子供だったとみえて、よく山のじいさんのきてきたらしいわ。じゃが、いっかこわれるから美しいもんだって ところへ遊びにいった。じいさんは子供がだいっきらいだったのあるーーーたとえばこれ」じいさんはそこらにいつばい落ちている陶 器の破片をひとつひろった。「このこわれたやきもののかけら、長い に、である。 もっとも、じいさんのほうも、・ほくがあまりなっくせいか、他の年月がたってから、ばっかり地上にあらわれることもあるじやろ、 5 化石の骨みたいにな。人間が一生のあいだにやれることなんそ、み 子供よりは親しみをおぼえていたようだ。