目 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年11月号
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1. SFマガジン 1983年11月号

の中を見わけられないし、 もう起きなければ。 ほど目を凝らしていなければ、アパート あたしは長いあいだ病気だった。本当に重い病気だった。どんなサウンドトラックはぶつぶっと低い音をたてるだけ。さつばり感覚 病気なのか、どれぐらいの期間、わずらっていたのか、それはどう 、力 / し しても思い出せないが、以前に四十度の熱を出して一週間寝こんだ そんな状態がえんえんとつづくばかり。 ときのような気分だ。あのとき、眠りは休息とならず、夢うつつの もう、たくさんだ。病気で寝こんでいるとか、ひ弱だとかいうの よ、 状態が絶えまなく意味もなくつづき、起きあがって汗にぬれたナイ いかにもロマンティックだが、気力を出して、もう一度世界に トウ = アを清潔なものに替えても、夜明けまでには、またじっとり針を落とし、回転させなければならない。あたしは 湿ってしまったものだ。 なんてこと。ここで挫折、自分の名前すら思い出せない。思い出 それにしても、今度のこのうんざりするような退屈な夢は、・ すいそうとすると、ずきりと胸に痛みが走る。気にせずに、簡単なこと の中を ぶん長いあいだつづいている。夢の中で、あたしはアパート からはじめよう。さあ、手を動かし、カバーの下からゆっくり指を 歩きまわり、ドアを探している。家具はあたしのものではない。人出すの。顔をこすって、目を開けるのよ。 人が出たり入ったりするし、みす・ほらしいソフアが、目のさめるほ 今までは千回やってもうまくいかなかった。どうしても目がさめ どけばけばしい色のものに変わっている。そしてあたしは、イヤリず、一瞬後にはまた、新しいキャストが登場してきて、台本のない ングを片方失くし、それをみつけなければ生きていけないとでもい おかしな夢がはじまってしまい、あたしは失くしたイヤリングの片 うように、ふらふらと、見覚えのない家具のあいだを歩きまわっ方か、あるいは失われたドアを求めて駆けずりまわることになるの た。すべてが非現実的で、掃除道具を入れる物置きの中で撮ったド だろう。ちょっ、ほら。はじまった。また。 キュメンタリ映画のひとこまのように、暗く・ほんやりしている。よ ℃いえ、今度はちがうわ。今度こそ目がさめたと誓ってもいいみ 225

2. SFマガジン 1983年11月号

そして この事態を目の前にしても たいした動揺を感しない それは 自分自身でさえ 問いたいほどだ : なぜ ローアンの目をかすめて ルワナとの恋を 實ることのほガは 何も関がなガった 不思議なほど そのことに無関だった ちゃんと意識は していたのに 我らはみな もろともに落下し いくのてはないの々 何を思いわすらうことがあるのカ むしろ 動揺するには あまりに無力だと感じている ー 3 5

3. SFマガジン 1983年11月号

・レンは泣いていた。このせちがらい世の中で、あたしのために泣 「すまないわ、・ヒル」 いてくれた、ただひとりの人。寂しい牧羊大の目にあふれる苦しみ 「ハニー」ビルはため息をついた。「きみってひとは」 と、怒りと、失望。ビルを抱きしめ、いっしょにいてあげられるも あたしはなんとしてもビルの祝福が必要な気がして、心が揺れてのならーーーあ、待って、画面が変わっていく。あたしはアパートの いた。「お願いよ。あたしの幸運を祈ってくれない ? 」 中にいる。〈その男を追い出して、ニック : : : 〉 ビルはグラスをあげたが、目は伏せたままだった。「いいとも、 だめ、変化が早すぎる。それとも、あたしは意志的に変化させて ゲイ。ニックが相手なら、きみには幸運が必要になるだろうから」 いるのか。まだ心の痛みがひどすぎるために、思い出せないし、思 「どういう意味 ? 」 い出したくないのだ。そのくせ、子供のように手をさしのべ、つね に信頼できるただひとつのものがほしいと泣き叫んでいるのた。 「なんでもない、忘れてくれ」 ・ビレ 0 、え、あなたは意味のないことは言わないひとだわ」 「すまん、わたしはやさしくないんだ」 これは叫びではなく、音の記憶にすぎない。 ローエンがけげんな顔で、本から目をあげた。「アル、呼んだ 「あたしに幸運が必要になるって、どういう意味なの ? 」 ビルは飲みものを口に含み、一拍、間を置いた。「いいかね、ゲ イ、きみにも目があるはずだ」 返事はない。夜もふけ、アルは眠っている。 「他の女 ? そういうことね」 またローエンは例の耳をすますしぐさをして、空気と静寂を感じ 「他の誰か、だ」 とり、五感でその肌ざわりを識別しようとしている。サーチライト 「まあ、あなたったらーー」 のような探りかた。やがて、ローエンは本に目をもどしたが、本気 「ニックは両刀使いだよ」 で読もうとはしていない。 「うそよ ! 」 あたしの声が聞こえたのだ。あたしの声が。ローエンに手が届き 「役がつく助けになるなら、やつはライトのソケットにでもねじこそう。 むだろう」 遅かれ早かれ、あたしがここにいると、ローエンにわかるだろ ビルが他人にこれほど汚らわしい批評をくだしたのは、初めてのう。いちかばちか、やってみよう。なんとかして。あたしは生きな ことだった。あたしは怒りを感じると同時に、むかっ腹をたてて出くちゃならないのよ、べイビ ー。たとえ死んでいたって、あたしは ていきやすくしてくれたのを、ありがたく思った。 生きることしか知らないの。 「さようなら、ビル」 ビルは隠されていた一面をさらけだし、あたしを見あげた。ビル最低のことをしてしまった。ローエンとアルが愛しあっていると よ」 235

4. SFマガジン 1983年11月号

そう言って、手をつないでいた幼い娘をうながした。少女は父親 り大きくのびをした。かれの脇には苦心のすえ図書館から借り出し てきた装置が、どっかりと据えてある。すでにセキの自室のコン。ヒのセータ - ーの裾をつかんでセキを見上げていた。長い髪につやはな 、ータに接続されてはいたが、電力供給の時刻までにはまだ間があく、それがセキの胸を痛めたが、まるい、すてきな目をしていた。 セキはしやがんで、その子の頭をなでた。 ったので、操作パネルの発光素子は暗く沈黙したままだった。 「や、こんばんわ : : : あー」 「五十年か : : : 」 セキは述懐するように、そうひとりごちた。その口調はすこしも「キャサリン。キャシーでいいのよ」 年寄りくさくなかったが、古風な細いフレームのメガネの奥に、か「ーーーキャシー。ブルーの目がいいね」 すかに翳がしのび寄っているように見えなくもない。 「ありがとう。あたしも好きなの。ね、おじさんがパパの先生だっ トノ : たひと ? 」 その音にセキが顔をあけると、リフトの扉が開き階下の住人たち「おじさんとは嬉しいね。そうだとも」 が姿を見せたところだった。四、五人足らずだ。かれの顔見知りも「そう ? 」キャシーは目をみはると、父親の方をちらと見て、ひそ いた。セキの招待した客たちだ。もっとも、案内状は手あたりしだめたつもりの小さな声でこう言った。 いに。ハラまいてあったのだが。 「ね、 パパのできはどうだったのかしら ? 」 「フは ! おいスティーヴ、こりやどう答えたもんかな」 「あん、だめだったら」 かくしやくと呼ぶのもためらわれるほど若々しい声をあげて、セ しいかげんにしないか。すみません、先生。こいっ誰に似 キはにやっと笑った。愛敬のある皺で顔がくしやくしやになる。手「こら、 をひとつ、大きく振ると、大またですたすたと知人の方へ歩み寄たのかロだけは達者で」 、握手を求めた。 「ハ、君のロべたな分を補ってくれているわけか。頼もしいね」笑 いながらセキは立ちあがった。のつぼのセキは、スティーヴより優 「ありがとう、よく来てくれた。嬉しいな」 に頭ひとつぶん高い。「確かこの子は六世代目だったね」 「え、をずいぶん増えてきましたよ、六世代目も。・ほくらじやどう まだ若いその男は、セキのはつらっとした喜びように、 かえって やら役不足らしいけど、この子たちならなんとかイケるんじゃない びつくりしたらしかった。頬にちょっぴり赤味がさす。 「いや、なんか、そんなふうに言われると参っちまいますよ・ : : ・えかってーーーたぶん親・ハ力なんでしようけど」 「そのかれらを育ててやるのが君らの役目さ。頼むよ」 えと」言葉に詰まってかれは自分の足元を見たりしていたが、ふい にホッとしたように笑い われながら歯の浮くようなセリフだなと思いつつ、それでもセキ はそう言った。言わねばならないことだったからた。たが、やはり 「ほら、ごあいさっしなさい」 2 ロ

5. SFマガジン 1983年11月号

卩」あえぎながら彼はいった。 中に消えてしまう。しかしあ奴は俺の姿を紙人形の群れの中に目ざ「僕に、何を、したのだ : とく見付けて邪悪なにたにた笑いをうかべる。 ( あの顔には憶えが落ち着きはらって女はレモンをみた。 「なにも。これが私のあなたへの最後の鍵だ。判らなければ、私の ある。たしかに * * * 劇場の支配人だ : : : ) もう、説明はない。そのための時 きしみ音を立てて棺の蓋が開く。俺は叫ぶ。群衆がどよめく。棺話はなかったことにしてもいい。 間もないのだ。あなたは自由だよ、レモン」 の中には青ざめた若い男が目を閉したなり眠っている。男が 「判らない ! 」 立ったまま眠っている。 ( 眠り男だ : : : ) その男を目覚めさせて レモ あなたはあなたの擾乱を準備したがいい。 はならん。俺は紙細工の人ごみをかきわけ怒声を発しけんめいに拳「それでもいい。 銃を引き抜こうとする。水の中のように動作が重くだるく俺は一歩ン、あなたがロ。フロプであらんことを私は希う。しかしそのことと を進むのに疲労し銃の重さに腕は抜けそうになる。あ奴は大仰な身関わりなく、私は百頭の女。騒乱、それ自体なのだ。また会おう」 幻想の揺り返しのような悪寒におそわれ、レモンは思わず目をつ 振りで杖を振り眠る青年の名をよぶ。彼はゆっくり目を 開いた。黄金の猫の眼差し。黄いろい市街の背後から突如としてぶった。めまいを払うように再び眼を開くと、女の姿はどこにもな 巨大な満月がのそいたような不気味な色と光りだ。ゆがんだ街の大かった。 道具は屏風のように・ハタ・ハタと折りたたまれてしまう。俺は絶望的ただ、うす闇の中、紫煙のひとすじが疑問符のように青い光に反 な悲鳴をあげ手にした銃をあげて 射して、流れた。 ぎん 発砲する。銃弾は世界の意味を変えるべく飛ぶ。黄金いろの眸の しばらく後、隠れんぼを中断したオランジュが彼を探し、来たと まん中を熱い呪詛とともに射ち抜く。怪獣の咆哮が俺のありったけき、まだレモンはその場に凝然と佇ちつくしてローズ・セラヴィが の気力を殺いで鳴き叫ぶ。世界そのものが暗い降幕の瀬戸際にあ消えた空間をみつめていた。 る。俺は気づく。俺は ( 俺はあ奴の夢だったのだ。世界はあ奴の眠りだったのだ。あ奴は DEPARTURE 。ー・おわりそしてつづき 目醒めてしまった。眠りはさめてゆく。夢は巨大な引き潮のように 現実の荒い磯をのこして退いてゆく。ああ、俺は幻想のように消え てゆく。おお、世界は見忘れた夢のように溶けてゆく : ・ かって、スエ・、 ・ヨルクという都市でレモンは擾乱を指揮した。 その街は野心的な市長の、後先を考えない革新市政によって財政 気がつけば、水族館に、レモンはいこ : 的に破産しかけていた。そしてレモンたち辺境工作隊は活動のため セラヴィはもとの場所にすらりと立ち、指にはさんだ一本のシガの資金を調達する必要に迫られていた。 ォルグ レットを美味そうに吸っていた。ほんの、数瞬の幻想であった。 レモンは市警察を組織した。彼らは福利厚生の徹底を要求してス 5

6. SFマガジン 1983年11月号

けれども、その一方で、構成に関してい らしさは濃厚であり、しかもいくっ えば、どうも弱いのである。おしまいまでもの、これだけで長篇になりそうなアイデ 考えないで書きはじめたものは減ったもの アもあるが、小説としては成立していると の、途中で息が切れたり走ってしまったり しいがたい。これは大河小説なのに、こう という例が目についた。枚数制限のせしてひとつにまとめようとしたのに、無理 いもあるのだろうが、せつかく快調に展開があるのではないか。それに、組織と個人 眉村卓して来たものが、ばたばたと筋だけしるしの位置づけにやや安易な面があるように思 て収束してしまうのでは、読むほうに欲求った。その他にも難点はいくつかあるもの 今回最終候補に残った作品は、いずれも不満が残る。 ( かくいう筆者も、過去に何度の、それらを克服すれば、将来期待出来る それなりの面白さを持っていた。が、どれかそういう指摘をされたもので : : : 大きな かも知れない。 をとっても、ひとつの作品として世に出すことはいえないのであるが ) 妙な表現だけ◎岬の餅切り ( 我妻路夫氏 ) には、今一歩の感じだったのは否めない。 れども、これからクライマックスというと なかなか書き馴れていて読みやすいし、 全体として昨年なみ、あるいは昨年よりやきには、さあと舌なめずりをする気分で、 ついても行ける。この筆力は捨てがたい。 や落ちるというところだろうか。 しかしとしてはタイムスリツ。フのみが ぐんぐんとのびやかに書いて行ってもらい 最終候補作品で見る限り、文章力は向上 たい。そして、そのぶんをあらかじめ計算強く出ていて、そのほかにはないことと、 している。昨今の、小論文ずれしたためのした上で、序盤、中盤と枚数・内容を考慮となって行くのが全体の半分をとうに 型にはまった毒にも薬にもならない文章しつつ進めて欲しいものである。 過ぎてからであるというのが、いかにも弱 や、用語はむつかしいけれども首尾一貫し というようなことを書くと、技術的 い気がする。太平洋戦争末期の事柄はよく ない文章がやたらに目につく中にあって な問題ばかりあげつらっているみたいだが調べているようだが、ときに、その時期の は、さすがに水準は高いというべきだろ : そこはマガジンのコンテストなの将校がサーベルを吊っていたりという、な まじ調べているがための調べ落としが目に だから、今ここであらためて性がどう のこうのとよ 。いいたくない。それは書き手ついて、逆効果になっていたりしたのは、 自身の意識にかかわるので、むしろこちら残念だった。 としては、目をみはらせてくれるほどの◎次なるものヘ ( 石原陽子氏 ) 氏 形式としては面白い。また観念をこれほ 卓つぼさを、応募作に期待しているのであ 村 ど先行させているのも新鮮といえる。ただ 個々の作品について、簡単に印象と感想正直にいってぼくには、こういう作品は苦 をしるすとしよう。 手なのだ。全体の展望がきかないことや、 9 視点がやたらに変わるのもさることなが ◎複眼の怒り ( 生成順次氏 ) 選評

7. SFマガジン 1983年11月号

いつの間に集まったのか、今や三百人をこえる屋上の人間はすば チュエーションの中で、この桜は「一度限り」をたつぶりと蓄積し てきたのだ。全くあつばれなセキの執着ぶりだった。 らしいひたむきさで一心に桜を見つめていた。その無言の熱気がっ くりあげたものなのか、そこには濃密な生の匂いが渦まいていた。 ああ、もしそうなら、そしてそれがあの思いつめたような視線に わずかな時間は夢のように過ぎて、そろそろこの宴にも終わりの 刻がやってこようとしていた。電力を絶たれれば、ホログラムは。フ支えられているのなら、ひょっとすれば ツリと途切れるように消えてしまう。セキにとって、それは耐え難そして、そのときそれが起こった。 いというより、むしろ許しがたいことだった。 こもわからなかった。桜の突然の はじめ、何がどうなったのか誰冫 フェイド・アウト。 変化に一人としてついていけなかったのだ。気づいたときに、すで に桜の丈は三倍に伸び、ふくれあがっていた。力強い枝や幹の力感 セキはそれを望んだ。すでに残された時間はほとんどなかった。 現実時間に変換して投影されているかれの桜、丹精こめたその桜にが人びとを圧倒し、叩き伏せた。そこに感じとれるエネルギーは桁 最後の一瞥をくれると、セキはそっと人垣をぬけた。次にこの桜をちがいに大きくなっていた。 見ることができるのは、 いつになるのか。そんな感傷を抱きなが そして大きくなりつつある。 ら、投影機に歩みよる。 パネルはすでに光を失っていた。 セキは無言であえいだ。口をばくばくさせるだけだった。言葉ひ やれやれ、やつばり早目に電源カットをしおったか ! セキは管とつ、息ひとつままにならない。足も動かない。 理官の顔を思い出し、にが笑いして頭を掻き、 どこかから光が噴き出した。光圧を、ほとんど肌で感じとれそテ なんだと ? そっと振りかえった。 な、目もくらな光。それは風のように吹き荒れて、だだっぴろい屋 桜は、そこにあった。 上をくまなく照らしだした。誰かが悲鳴をあげ、人びとは総立ちに かれの桜は、さっきと寸分たがわぬ姿でそこに、人びとのつくる なった。桜の変貌に尋常でないなにかーー決してセキの演出効果な 円陣の中央に立っていた。寒風をはらんだ夜空とむかいあうように どではないなにかを感じとって。そして、光の源へ、苦労して目を して、その豊麗きわまりない花を誇らしげにひろげている。セキのやった。 見開きつばなしの目が乾いてキリキリ痛んだ。夢ではなかった。 ホログラムの花が燃えていた。界面のゆらぎがほむらのように見 「根づいたのか ? 」 えるのだ。そしてさくら色に輝く雲泡は、炎のように刻々とその相 かすれた声でセキはつぶやいた。 を変化させながら、周囲の空間に滲透しようとでもいうように、ひ この、息の詰まりそうな都市に。氷のように冷たく岩のようにゴろがりつつあった。その表面から、ちぎれ飛んだコロナのごとく光 ッゴッした都市に、桜が根づいたのか 2 の帯が分離し、あたりを滑空する。 幻 9

8. SFマガジン 1983年11月号

わく感覚で、これが現実の構築なのだと知った。 のかげんでレモンは自分の肌が蒼白になっているのを見下した。床 淡い桃色の砂底を小さな魚が、すばやく影を落して泳ぎまわってのすみで暗い水がひかっている。 いる。周囲の海もトキ色に光っていた。 レモンは危うい予感を感じた。それは、誘惑に近かった。二人は オランジ、はプランコに乗って身体をゆらしながら、彼を見上げときどき足をとめ、目的のない足取りで曲りくねったこの水の館の こ 0 中を歩いた。複合した巻貝の腔内のような、広さも構造も見当がっ 「いいところでしよう ? わたしのお気に人りなの。サンキストは かない迷宮的建築だった。やがて、オランジュがねだるような声で、 / 冫いった。 「すてきだね。ずっとこんな場所に住んでいられたら、どんなに素「ここは何度きても道が判らないの。サンキスト、隠れん・ほしな とお 晴らしいだろう」 。あなたが鬼よ。目を両手で掩って、十、かそえて ! 」 どうせ今日は休業だった。レモンは冷たい壁に顔をよせて目をと レモンは少女の背後にまわってプランコを漕いでやった。厖大な 夏の光りは満ち、肌は灼けて熱く、水はおどろくほど冷たい。波にじた。小さな足音が遠ざかってゆくのを聞きながら、ゆっくり数を 浮ぶ小公園はひっそりと静かで、夢の中の情景のようだった。あらかそえた。振り向くと、目の前の水槽を背に、ローズ・セラヴィが 立ってこちらを見ていた。 ゆる物の形とりんかくが明瞭であるのが、夢とはちがっている。 オランジュが勢いをつけて跳びおりた。・フランコの台が、レモン の手の中で魚のように踊りくねった。 「ごきげんいかが、署長さん ? 」 「水族館に降りてみない ? 」そういうと返事もきかずに浅い水の中女は、金の細い縁どりをした黒い = ナメルのスーツにタイツをは を歩きだしていた。 いていた。胸もとをざっくり割って、そこに大輪の赤い薔薇のスカ クロゼットのように見えた、砂色の巻貝の形をした建物にオラン 1 フがのそいている。背後からの水を通した照明の・フルーが逆光に ジュはずんずん入っていった。レモンが並んで立っと床が沈んだ。 なり、女のからだを宙に浮かんで見せていた。近づく気配は察知さ リフトは軽い浮揚感とともに二人を海の底へと運んだ。 せなかった。 人工のものでない、、、 田、ひんやりした空気がじっと動かない。 「あなたはあの娘を」レモンは冷やかな怒りをこめていった。「ス 化粧していない石の壁が、巨大な水槽の窓から差す青と緑の光線をム 1 ルに売ったそうだな。何を買ったんだ、セラヴィ。この光り輝 あびて鈍く光っている。床と壁にゆらゆら揺れる光りの照り返しがく腐敗の街ュマジニートで社交の女王の座かね」 天井に淡く反射している。 「オランジュは」大して興味のなさそうな声で女はぼつんといっ 緑の水の中を、とても大きな魚が近づき、ガラス面のすぐ手前 た。「あの子は私の愛した男の、遺伝子的な娘よ」 で、なめらかな身体をひるがえして泳ぐ。なんの音もしない。光線レモンはセラヴィをみつめた。女は、どこか遠い何かをみる目 サロ /

9. SFマガジン 1983年11月号

しのびあう 図は もはや 凡百の 不義密通の 戯画てしか なガったが ますます 荒れて 虐的に なっていく ローアンの 目を ぬすんて まもなく ルワナは 懐妊した 我が腕の中でのみ 玉 , 燃えあがる ルワナ・エラスは 背徳そのものよりも 甘美だ ロ 0

10. SFマガジン 1983年11月号

目をひらいた。波がよせて、顔にかぶる。立ち泳ぎをしながら見 とても捜査のリターンマッチをやる元気はなかった。 うす暗いままの室で、竜舌蘭のスープだけの遅いプランチをとつまわすと、数十メートル先に少女が小さい手を振っていた。 水面の高さに、太陽のかがやきがしぶくように、少女は笑ってい た。寝椅子に横になり、ロに残る苦みを数本のエフレットで忘れよ うとする。自律神経の・ハイオフィード・ハック訓練をうけた人間なのる。レモンは腕をあげて、泳ぎだした。すぐに二人は波の間に並ん ◆ - 」 0 だ。目をつむり自己暗示で体調を整える。 「今日は、サンキスト。お仕事はお休み ? 」 三十分後、ゆらりと起き上ったレモンは、光学力ーテンを消し、 窓を開けた。鮮烈な光りと空気を全身にうける。肉体だけはまだ彼「うん」レモンはただ肯いた。 オランジュは真紅の水着に水泳帽で髪を押えている。季節は深く を裏切っていなかった。 澄んで、光りは透明だった。「仕事」なんかどこか他の世界の出来 事の気がした。一日、この赤い髪の少女とっき合っていたかった。一 午後の陽光が降りそそぐ白い街を、レモンは海辺まで歩いた。 波が大きくうねり、輝きながらくだけていた。砂が熱い。潮の匂「海の公園にいかない、サンキスト ? 」 「どこだって ? 」 いを風が運んで、ふいにレモンは泳ぎたくなった。 手近かのプライヴェート・カプセルで着替え、裸足に灼けた砂の「美しい場所よ。近いわ、あっちよ」 感触をたのしみつつ、波打際へ向う。子供たちの騒ぐ声を耳にし 可愛らしい足で水をかいて、オランジュはもっと沖へ泳ぎはじめ て、レモンはなんだか懐しい記億がよみがえるのを感じた。 た。レモンは、ゆるやかな。ヒッチで後に従った。 なめらかなフォームで沖合へ泳ぎ出た。あおのいて厖大な青をな海の公園は、蜃気楼のように存在していた。 がめる。水は、冷やかな優しさで皮膚を愛撫する。人々の声が遠の ( この水に浮んでいる道路は、どうやって造ったのだろう ) き、生活は忘れ去られる。 まるで舞台の画割りか装置だった。青い空と海の間に、街の中か 〈思い出した ら切り抜いてきた風景をそっくり嵌めこんだようであった。 ーーー何を ? いかにも小さな公園らしく、何でも設備があった。波の寄せるべ 永遠 ンチがあり、くつきりと陰をつくる木立ちがあり、水飲み台があ それは、行ってしまった海さ り、・フランコまであるのだった。 太陽といっしょに〉 レモンは半信半疑でその公園に「上陸」した。足をつければ砂の レモンは目をとじた。気のせいだろう。オランジュの声がきこえように崩れるのではないかという不安な爪先きで。 たようだった。 潮水はくるぶしの浅さにたたえられていた。加工された瑚礁のテ 「サンキスト ラスだろうか。足の間の海水に陽が反射している。レモンは肌がか 0