み、握りしめたこぶしがなやみやたらと宙をたたいていた。次の瞬「だれかきたのかと思ったの」今やヴェスタの姿は薄れだして、部 のそ・よこ わたしは赤ん坊と一緒にべッド ( 冫いた。暗がりのなか屋全体がボウル一杯の煙のようにゆれ動いていた。そしてわたしは で、目の下の若い顔は・ほんやりと白くにじんでいた。若い肩の薄いそのなかを引き戻されながら、ハティの声を聞いていた、「ここに 丸みに赤ん坊のこぶしがあたった。 いるのはわたしだけーーー」 「見えないわ ! 」青白いやつれた顔がペッドのある暗がりのなかで赤ん坊のやかましい泣き声が雨音と渦まく煙とハティの声を切り いらだった。「暗すぎるのよ」 わけた。ヴェスタがやさしくあやしているのが聞こえた。「よしょ 赤ん坊をとりに行ったハティがからっ・ほのテー・フルから勢いよくし、ゲイラ、よしよし」 やがて身体がゆっくり後退しはじめ、わたしはやっと目をつぶる ふりかえった。かかげたランプがかしいで、ほやの片面を黒煙が這 手のなかで激しくゆれた。それをまっすぐにすると、ハティは ことができた。アドービ煉瓦の窓枠から車の窓までの遠い距離、過 怯えた目をすばやく肩ごしに走らせた。ぐっと結んだロのせいで落去から現在への不可能なへだたりを、わたしは徐々に戻っていっ 着いて見えたものの、隙間風をさえぎるために片手をほやの上で丸た。ひつばられて身体が細くびんと張っているような気がする。そ めて、ペッドのところへランプを持ってきたとき、ハティの顔は血のせいか、急に落ちてきた強い雨が楽器の弦でもつまびくような音 の気がなかった。彼女はラン・フを高くかかげた。 をたてた。わたしは大声をあげたらしい。そのときものすごいカで ヴェスタは片肘をついて赤ん坊の上へ弱々しく身を起こすと、しひつばられて、何かが引きはがされるような気がした。気がつく と、車の窓から半身をのり出して地面を見ており、執拗な雨の濡れ わくちゃの顔となすりつけたような黒髪をじっと見おろした。 た手が髪に分け目をつけていた。・ヒーターの怒った、呆気にとられ 「女の子だわ」彼女はかすかにほほえんだ。「名前はゲイラよ、 「この雨のなかへ出ていこうなんて気でも ティ。幸せな名前でしよう。もしかしたら将来はーー」ヴェスタのたような声が聞こえた。 顔が白くなり、肘で支えていた身体がゆっくりく ずれた。「ああ、狂ったのか ! 」 心残りだわ」彼女はささやいた。「この子が大きくなったところを わたしがずっとそここ 冫いたことを。ヒーターに確信させるまでには 見たかった ! 」 ずいぶん時間がかかった。わたしの濡れた髪をかわかすのにも、か それにつづく沈黙を雨の音が満たした。わたしのガウンをひつばなりの時間を要した。そしてガウンの袖に泥のよごれがついていな いことを信じるのにも。何が起きたかについて。ヒーターにくわしく っているのはもう警告ではなく、強要であり、命令だった。ガウン がうしろへビンと張っているので、まるで自分が船の船首像になっ話すのには、もっと長くて支離減裂な時間がかかった。 たような気がした。わたしはしぶしぶあとずさった。 起きたことに関して、。ヒーターは彼なりの観点から多くを語らな 「だれかきたの ? 」ヴェスタの消えいりそうな声は眼たげだった。 かった。「感心なフランネルに幸いあれだ ! 」とつぶやきながら、 「ここにいるのはわたしだけよ」ハティの声がひきつった。 ・ヒーターはちくちくする毛布と両腕のぬくもりのなかにわたしをく 8
ッつあんに″なんの仕掛けがあるかもしれね工から、俺がいいと言 あたし、・フたれています : ・ うまで絶対に接触するな″ってきびしく言われてるんでじっと我慢 して、その教会の向いの物蔭からじっとその子を見ていた。 やつばり、その子はいた : 地域暖房システムがあるレモンパイ区の金持ち連中ならいざ知ら ( ーミント区の貧民事務所で聞いたその立派な教会へ行ってみず、星涯市の冬って緯度が高いから、貧乏人にはほんとに辛いの ると、門の前に建てられた大きなクリスマスツリーの下の、雪解けよ。雪は降ってもすぐ解ける程度だけど、そんな日に海から吹いて でズ・フズ・フになったぬかるみに立ってその子は悲しい声をはりあげくる北風をもろに喰らってごらん、手なんかほんとにちぎれるんし てた。 ゃないかって思うわよ。 「エネセレよ、 ノ ( しカ・かで亠 9- かアー その子も手袋なんかしてやしないから、手はもう真っ赤に腫れあ エネセルをお買い下さいましー 。せめて手袋だけで がってて、こっちがヒリヒリしちゃうのよ : エネセルいかがですかア ! 」 あア、辛いもの見ちゃった と思った。 もーーと思ったけど、ロケ松のおっかない顔を思い出してやめた。 その声がまたかに - まそくて、とってもきれいな声だもんで余計辛い でも、この教会に金持がたくさんやってくるからったって、こん のよね : なところでエネセルなんか売れる訳ないのよ。みんな、通話機でも プライト 年格好は七つか八つ、まるでポロ屑みたいなプカプカの大人のス発光アクセサリでもエネ切れ起こしたらポイと捨ててあたらしいの エター着て、片ちんばの靴は溶けかかったシャーベットみたいなド買う連中なんだから。といって、盛り場へ行きや、こんな子供から 。星涯って、ほん ・フ泥でズクズク : わかっちゃうのよ、ね工 : : 。だって、あたでも小銭をまきあげる奴がうようよしてるし : いのちっちゃい頃そっくりの姿なんだもの : : : 。飲ンだくれの親父とにどうしようもない町なんだよね。 にぶン撲られて、雪触けのぬかるみをよく酒買いに行かされてさ : その子だって、教会へ来るひとならお金持ちで情け深い人がいる かもしれないって、その子なりに一生懸命考えたのね。きっと : まあ、そんなことはこのさ、 ししいとして、あたいはとにかくエネ セルを十個ばかり買ってやって、近くからよく観察してみた。 でも、そうじゃないんだ、あいつらは。教会へお金がもうかりま 「有難うございます : : : お嬢様 ! 」その子は救われたような表情をすようにつてお祈りにくるのが大部分なんだから : : : 。教会の入口 浮かべた。大きな眼がきれい。お嬢様だって : でか・ほそい声はりあげても無駄なのよ : こりや間違いない、本物たとあたいは思ったから、今すぐ、第二 とはいうものの、次から次へと豪勢な車だの地表艇なんかでやっ 9 一 てくるあったかそうな身なりの連中には、やさしそうなタイ。フの女 2 宇宙港にもやってあるあたい達が乗ってきた刪型のあったかいコッ ク。ヒットにその子を連れて行きたかったんだけど、なにしろロケ松の人や、その子とおんなじ年頃の子もたくさんいたけど、そこでエ
のよ。 ものなんだけど、とにかく豪華な船なのよ。ビーターが揚げよう、 きれいなレーク・・フルウにコスモス 3 揚げようってさわぐ訳よ : 2 あたいは、この錨地をしきってるお富姐御に言われて、ネンネと色のストライ。フが入っててね : : : 。炎陽船籍で、金持ちのお遊び用 はしけ だったらしいんだけど : 一緒に豆宇宙艇で迎えに出た。このネンネっていう子は、あたいと それで、あたいが何故びッくらこいちゃったのかっていうと、 同じ頃、おネジッ子で入った娘で、あたいといちばん仲良しなの。 慣性航法シンテムの修理・調整の腕にかけちゃ、まあ、〈乞食軍〈雲呼〉が曳いてるその〈クリスクラフト〉の沈船が、まるで斧で 団〉ビカ一ね。くやしいけどあたいよりも美人でね。大きな白兎みぶった切ったみたいに、いや、丸鋸できれいに切断したように、ほ たいな子だって言った奴がいるけど、まア、そんな感じなのよ。のんとに船首部と船尾部と真ッ二つになってるのよ : 「ね工 ! 」ネンネが真面目な顔であたいに言うじゃないの。「あの え ? あたい ? ン気で、ちょッとドジでね、ほれッぼくて : クルーザー、前と後をメタル・ポンドでくつつけたらそのまま飛ぶ そうなのよ : : : 実は : そいつが一一一口うにはさ、チェッー ンじゃないかしら ? 」 狸なんだって : とっさにそんなタワ言を口走れるからあの娘は大物だと思うんだ まあ、そんなことはどうでもいいから、錨地のとばくちにある沖 って言いそうになったわ ノ帆掛岩と天応通信所がある岩礁を見通すあたりで、あたいたちはけど、ほんとにあたいも一瞬、ウン よ。とても難破船とは思えないんだ。宇宙空間って、なにが起きる 、もうレーダー ・スコー。フに現われてる〈雲呼〉を待ってたの。 かほんとに想像もっかないところなのよね、あたい、しみしみ思う 「見えたよ ! 」双眼の望遠スコー。フをのそいてたネンネが言った。 あたいは別に、そんな難破船なんか見たってどうってこともないか それで、のしかかるように迫ってくる〈雲呼〉の船首でパ ら、白沙の三〇ギガ・ O をアクセスして、〈プルー ー〉かなんか聞いてた。そしたらあの子が素ッ頓狂な声をあげるじと一瞬青い制動噴射が起こって、向うの行き足はぐ】っと目に見え ゃないの。 て落ちた。 「まアー なあに ! あれは ? 」 ″おう ! お出迎え、ありがとよ″ 五郎八よ。はしゃぎやがって、あの、ヘポガキがー それがあンまり大きな声だもんで、あたいは思わず外を見て、そ ちょっくら危険な仕事にとつついたからって、スビーカーから出 れで、びッくらこいちゃッたね。あんなものは見たことない。 てくる声はもう大物気取りなんだから頭にきちゃう。所詮は白沙の 〈雲呼〉が曳いてきたのは〈クリスクラフト〉の三〇〇ってい チン。ヒラ上りよ。あたいたちみたいな星涯育ちには考えられない う惑星間用クルーザーで、廐 ( 光速 ) の〇・〇〇一まで加速が利くわ、このダサイモ ! なんとかきつく一発返してやろうと思ったと って船でね、サイズはうちにも何隻かある軍払い下げの网型艇位のたんに、同じ波で、迎えのタグに乗ってる椋十がトランスフアの手
の上を横ぎったのかしら ? 物理的な位置づけができなかった。 った。彼女がもう一度絶望的に言うのが聞こえた。「ヴェスター 子供の上にかがみこんで、その小さな物言わぬ顔を傾けて、また わたしどうしたらいいの ? 血がーー」 赤ん坊は今も喘いでいた。顔色がくすんで、灰色つぼい青に変わ戻した。一瞬のうちに、わたしはロ移しの蘇生法について聞くか、 ってきている。わたしは腕をのばした。指先がテーブルまで届かな読むかしたすべてを思いだし、次の瞬間には、最初の息と一緒に熱 、。幅広の窓枠のそった板がおなかの下にくるまで、わたしは身を 烈な嘆願の祈りを子供の肺に送りこんだ。 のりだした。片手が赤ん坊の上でためらった。 以前にそれを試みたことはいっぺんもなかったが、わたしは息を どこかずっとうしろのほうで、。ヒーターが眠たげに叫ぶのが聞こ吹きこんだーーーカ一杯するのは禁物だった ! 相手は赤ん坊なのだ え、フランネルのガウンがっかまれて、引き戻されるのを感じた。 休んでは吹きこみ、休んでは吹きこみ、わたしはそのリズムに ナ前へつんのめりそうになりな埋没した。つぶるのを恐れて目はあけていたが、近すぎてかえって だが、わたしも負けじとひつばっこ。」 がらも、時間がまた先へ進んでしまうのがこわくて、まばたきもせ・ほやけて見えた。 息をするのよ。くつくと そうこうするうち、赤ん坊が動いた , ずに目を大きく開いていた。やっとのことで、薄い小さな、静かな 息をして。頭が横を向く ! 息をして。かすかな泣き声 喘いだ , ・ 胸に手がふれた。 それが手の届くぎりぎりの線たった。わたしの片手の指は能力のが強く、高くなって、部屋を満たした。 限界をこえて伸ばされていたし、もう片手は、のりだしたわたしのずっと見開いていたせいで目が痛んだ。わたしは息をきらしてい ハランスをとる努力をしていた。 身体が窓枠から落ちないように、 た。うれし涙で部屋が灰色にゆらめいた。わたしは思った、 それでもわたしはやわらかい冷えた肌を、めくれた毛布の薄っぺらター ああ、ビーター ! 〃するとガウンの裾がツンツンとひつば い生地を、弱々しい赤ん坊の身体を掌の下に感じた。 られるのを感した。それがわたしの意識を呼び戻そうとしているの がわかった。ラン。フの向こうで人が動いた。 わたしは一種の片手式人工呼吸をやってみた。両手を使ったら、 ちっちゃな肋骨を砕いてしまっただろう。押してーーーはなして 「わたしの赤ちゃんは」その声はほとんど聞きとれなかった。「 ( 押してーー , はなして。髪の生えぎわと鼻の下に汗が吹きだすのがわティ、わたしが死なないうちに赤ちゃんを見せて」 かった。ガウンの衿をうしろへぐいとひつばられて、息がつまっ 「ヴェスタ ! 」ハティの声は不安でとがっていた。「死ぬだなんて こ 0 こと言っちゃだめよ ! それに今あんたのそばを離れるわけにはい 「。ヒーター ! 」わたしはロをばくばくさせた。「放して ! 」やっと かないわ。いくらーーー」 の思いで窓をこえると、背後からひつばる力に徹頭徹尾さからっ 「わたしの赤ちゃんを見たいのよー弱々しい声がせがんだ。 、お願いーーー」 て、子供のほうへ手をのばした。急にひつばるものがなくなって、 わたしはまだ泣いている子供を見おろした。その顏は生気で赤ら わたしはつんのめってテー・フルにぶつかった。それとも、テーブル 7
のストーヴが正面の小さな雲母の窓を通して弱々しいビンク色に燃痛の叫びになった。 わたしは目をつぶったーー・・すると光景とともに音が消えた。あわ えていて、その上にのせたほうろうのやかんの口から湯気がたちの ・ほっている。例の光はテー・フルの上にあった。それは灯油ラン。フだてて目をあけた。部屋はまだそこにあったが、ドアのわきのしめり っこ 0 、 つ、こ出した高すぎる黄色のぎざぎざした炎が、ときど気は今や水たまりとなって、ラン。フの光のなかでゆっくりと膨張し きガラスのほやの側面を黒くいぶしていた。それがごく近くにあるていた。隅の雨もりはならのないしたたりとなって穴からあふれ、 小さな埃まみれのヘビのような流れとなって、床のもっとも低い場 ので、かすかにゆらめく炎でテー・フルの向こうの薄暗い部屋がよく 所を求めながらさまよっている。 見える。 べッド上の人物がまた叫びをあげた。すると、その叫びともつれ 「またあの周辺視力だわ」と思いながら、わたしはまっすぐラン。フ を見つめた。だがそれは消えなかった ! 消えたのは車のほうだって、生まれたての、聞きちがえようのないか・ほそい泣き声が起き た ! わたしはびつくり仰天して、目をばちくりさせた。これは周た。赤ん坊たわ ! わたしは組んだ腕を支えにもっとのびあがっ まるまるちゃんと見てるんだわ ! わたしは組た。無意識にしたまばたきが小さな部屋のなかの時間を、また先へ 辺視力しゃない んだ腕を見おろした。湿ったアドービ煉瓦の窓枠のせいで袖が泥た進めた。わたしは青ざめた光のなかをのそきこんた。 らけだった。 一人の女がテー。フルの上で赤ん坊の世話に追われている。手を動 かしながらも、女は何度も心配そうにヘ ・ツドのほうへ目を走らせ 動きがわたしの注意をとらえたーー動き、そして物音。わたしは た。赤ん坊の衣類に手をのばしたとき、べッドから物音と人の動く 。ッド台が 薄暗い部屋の内部に意識を集中した。向こうの隅に鉄のヘ ある。そしてだれかがそこに寝ている , ーー苦しそうだ。その横に人気配がして、女はすぐさまテーブルを離れた。あわてたせいで、赤 ・、、こーーー恐れと悲しみにくれて。 ん坊をくるんだ毛布の隅がゆるんで、小さな胸があらわになった。 「痛、 痛い ! 」ふるえをおびたささやき声は、苦痛のために中赤ん坊の顔がむやみに左右にふれて、音のない叫びにロが開いた。 頭が向こうを向いたとき、やわらかなラン。フの光がその湿った黒髪 「ジムはどこ ? 」 性的で若いのか年寄りなのかもわからない。 「一言ったでしよう。助けを求められるかどうか出かけたのよ。近所を斜めに照らした。 「どうしても止まらないのよ ! 」自分の聞いたのが喘ぐような言葉 に住むおばあちゃんかお医者さまがきてくださるかもしれないわ」 なのか、思考なのか、わたしにはわからない。 「血が止められない その声は忍耐強かった。「ジムが帰ってこられないのは嵐のせい のよ , ここへきて ! わたしを助けて ! 」 よ。耳をすましてごらん ! 」 わたしたち三人はとどろく濁流のような音や雨のドラム、屋根か 「戻って ! 」わたしは叫んだ 心の中で ? 声に出してかし ら漏る雨が床にはね返る音に聞きいった。 ら ? 「戻ってきて ! 早く ! 赤ちゃんが死んじゃうわ ! 」 「ジムにいてほしーー」言葉を失った声がつぶれ、消耗しきった苦光の向こうで動いている・ほんやりした人影は、ふり向きもしなか に 6
第四号は私の少年時代の記念碑のようにそこに立っていた。そし骨格の腕を突き出し、フックやマグネットがぶらさがって揺れてい て、私はターミナル・ビルの方にゆっくりと歩いていきながら、こた。それらの極めて能率の良い反重力ュニットはほとんど音を立て こに来たのは正しかったと、自分に言い聞かせた。私は衝動に従っなかった。ごくかすかな唸りが、雪とともに舞い降りてきた。それ た。そしてーー、・予想していたようにーー物事は昔のままではいないらのクレーンは冷たく、物を思わず、すべての反重力船と同様にロ ・ホット的であり、魂がなかった。そして、私はこの場を離れたかっ と知ったのだ。そして、今私は立ち去ろうとしている。 た。この作業に立ち会うのは耐えられない。進化上の祖先にたいす しかし、ここでほかの物を見ることは期待していなかった。 この時タ 1 ミナル・ビルから、ホ・ ( ークラフトがふわふわと = ンる彼等の究極の勝利を見ることは、私の少年時代が美しく保存して いたあらゆる物をこうして破壊するのを見ることは、私には耐えら トの原を横切って、私の方に急速に進んできた。胃袋の中で 不安が疼いた。たぶん、あれも思い出の一つなのたろう。しかし、れない。 二人の男は向きを変えて、私の方にやってきた。彼等はそこに立 それにもかかわらず、私は実際に不法侵入をしている。ニースポ ケットによると、州刑務所の囚人が不足した結果、近頃は不法行為っている私を見たが、ちょっと頭を下げただけだった。疑いなく、 の処罰が増えているということだ。彼等がどうやって私を見つけた彼等は解体作業をぼんやり見物する野次馬に慣れているのだ。小柄 だれかが双眼鏡で発着場を見張っていたなな方の男が喋っていた。その声は荒々しく自信に満ちている権威者 か、わからなかった の声だった。彼は顔を上げた。灰色の空を背景に、鋭い目鼻立ちの ら話は別だが。 それから、南の空に四つの黒い形があるのに気づき、私はほ「と横顔が見えた。その唇にはかすかな薄笑いが浮かび , ーーそして、歳 した。ホ・ ( ークラフトは下見にきた解体屋の先発隊にすぎなかっ月がいっぺんに滑り落ちた : 一番手前のクレーンが宇宙空港の上でゆっくりと回転した。そし た。彼等が観光客を警察に報告することはまずないだろう。しか し、何はともあれ、私はトンネルの入口に隠れた。君子危うきに近て、大きな白い文字が見えた。『チャールズワース組』と。もっと 寄らずだ。ホパークラフトは近づいてくると、そばの地面に沈下しも成功しそうもない人間をも成功に押しやることのできる、ひたす た。二人の男が降りてきて、不格好な空中クレーンの接近を見守っら目的に向かって突き進む力の陰に、どんな秘密が潜んでいるのだ ろうと、私はよく考える。チャールズワースはどうやら自力で見事 た。彼等の喋っていることは、遠すぎて聞こえなかった。しかし、 彼等の一人はあたりに立ち並んでいる無用の宇宙船を指さして、明に成功したらしい 私は思わず進み出そうになった。彼に声を掛けて旧交を温めたか らかに指示を与えていた。 今やクレーンはずっとそばまでやってきた。私の偏見に満ちた目った。しかし、思い止まって、ターミナル・ビルの方に向かった。 はげわし 我々にはもはや共通点がほとんどないと感じたからで には、宇宙空港の空に浮いているその黒い不吉な姿は、巨大な禿鷲 のように見えた。それらは機能的な形をしていた。あらゆる角度にある。 ー 08
四十秒がすぎ、五十秒がすぎ・ : 、ほんとですねえ」 「九、八、七、六、五、四 : : : 」 みのりとサトルの明るい歓声が聞こえた。 トカゲたちは、全員目をとじて、己れの残り寿命を数えた。 副官は、そっちの方へ首を回し、そして心の底から恐怖の悲鳴を あげた。 みのりの手の中で、反陽子爆弾が、今まさに・ ( ラ・ ( ラにされんと「二 ! 」 していた。 「終ったわ。ね ? 簡単なもんでしょ ? 」 「ほら、これがね : : : 」 あっけらかんとした、みのりの声が響いた。 みのりは、爆弾のケースの中から、たくさんのコードでつながっ 「いやあ、見事なもんですねえ」 たひとかたまりの装置を引きずり出しながら言った。 サトルが、感嘆の声をはりあげた。 「爆発の制御装置なの」 山下だけが、そっと額ににじんだ汗を、手の甲でぬぐった。 「やめろ ! それを外すと : 床に集団でヘたりこんでいるトカゲたちに、みのりはにつこりと 副官は絶叫した。 微笑んだ。 しかし、その叫びも空しかった。 「とーっても、おもしろかったわ。ありがと」 ぶちつ。非情な音が、実験室にこだました。 まさに、この瞬間である。 みのりは、制御装置をひきちぎった。 アンドロメダ星人たちの心に地球人類に対する、絶対的な敗北感 もう、だめだ。 これでもう信管の活が決定づけられたのは。 副官トカゲは、へたへたと座りこんだ。 動を停める手段はなくなった。反陽子爆弾は一分後に暴発する。こ の星も、我々も、道連れだ。こなごなだ。 一方みのりは、トカゲたちの恐怖など、どこ吹く風。平気な顔みのりが、いとも簡単に直してしま 0 た船で、トカゲたちがアン ドロメダ星雲へ帰っていったのは、その三日後。 で、どんどん爆弾を分解した。 やがて、アンドロメダ帝国は、一方的に無条件降伏し、服従のし 「ほらね、で、これとこれを外して、これをこうすると」 るしとして、三十兆のアンドロメダ人が、終生、サトルの姿ですご 十秒がすぎ、二十秒がすぎ、三十秒がすぎた。 すことになった。 「ここんとこが、ポイントなのよ」 山下は、アンドロメダ星雲にだけは、頼まれても行きたくない みのりは、眉の間にしわをよせ、爆弾の先に、手をつつこんで、 と思った。 米をとぐみたいな格好で、内部をかきま・せた。 227
が校了したんだ。それに、今日はいい天気だし。まあ、そんなわけ 突然、真うしろで、みのりの声がした。 これ」 「や、やあ、みのりさん」 と、花束とケーキの箱を差し出す。 山下は、あわててふり返った。 「わーい。ありがと、山下さんワ」 みのりは、腰に両手をあて、頬をふくらませて、山下とアレック みのりが無邪気に山下に抱きっき、山下は真っ赤になった。 スを睨んでいる。 「えーと、つまり、その : 、あれですよ。あれ。そうだよな、ア 「アレックスー。お茶と花瓶の用意をしてちょうだい。アレック ス、どこにいるの。もう怒ってないから、出てらっしゃい」 レックス ? 」 『ソ、ソウ。あれデゴザイマストモ。工工』 カチンコチンになっている山下をその場に残して、みのりは家の 二人は、真面目くさって、こくこくとうなずいてみせた。】 中へかけこんでいった。 「ふーん」 そのあとを、山下がぎくしやくと続いた。右手と右足が同時に出 みのりは、思いっきり疑わしそうな声を出して、二人を横目で見ていた。 つめた。 『エー、私ハ台所ノ片付ケモノガ、残ッテオリマスカラ : そそくさと、アレックスが逃げ出す。 「そういえば、今日はサトルさんいないのね ? 」 「あっ。ちょっ、ちょっと : : : 」 いつもの応接室で、ケーキと紅茶を前にして、みのりが言った。 「ああ。サトルですか ? 」 「山下さん ? 」 アレックスのあとを追おうとした山下の前に、みのりがずいと立山下は、顔をしかめた。紅茶をひとロすすって、 「いないんですよ」 ちはだかった。 「いないってどういうこと ? 」 「あわわ」 山下が、心持ちのけぞる。 「さっきも言ったように、昨日、雑誌の校了で」 みのりが、不意に、につこりと笑った。 「猫又ジャーナル」 「お久しぶりね、山下さん。元気してたー ? 」 「そう。それでまア、帰りにみんなで酒飲みに行きましてね、三軒 くらい回ったのかなあ。別れたのは、もう十二時回ってましたね。 「あ、ああ、はい」 ようやく息のできるようになった山下が、ほっとした表情で言っで、そのあと、どこへ消えたのか : : : 」 こ 0 山下は、右手をパッと開いてみせた。 「へーえ」 「ここんとこ、仕事がメチメチャ忙しくってね。昨日、やっと雑誌
りするのか ? わたしたちは、その患者の怒りを正当に表現する助 けになるべきです」 「そうかもしれん」 「メアリーさんが、もし本当にあなたに怒りをぶつけられたのな 「けがはしてないか ? 」 ら、あなたはそれで十分役に立っているのですわ」 ラヴランドは斜面にへばりつきながら、ジャックに声をかけた。 「これから彼女はどうなるのだろう ? 」 「オーライ。今そっちへ行くよ」 「それはむずかしい質問です。しかし、そんなことを問うより、彼「ここは不安定た。おれが動こう」 女が安らかに眠れることを祈りたいではありませんか」 ラヴランドは、両手両足を少しずっ引きずりながら、斜め下方へ : 。ぼくはあまり祈りたくないのだ」 「わからない : 降りていった。自分たちは今、巨大なアリ地獄の斜面にいるんしゃ 「早く死ぬことを祈るのではありません。患者が最後の生を楽に生ないかという疑念はなかなか捨てられなかった。 きることを祈るのです。わたしたちは、死にゆく人を、家族や親近 ジャックの声がすぐ近くになった。 0 、 0 、、 者が残酷に引きとどめているのをときどき目にします。他の段階の ライターを持っている ? 」 患者はともかく、死を″受容〃した患者の扱いには慎重を期すべき「え、ああ、ポケットに入っている」 「・ほくの方は火の消えた松明を持っているんだ。火をつけるよ」 「メアリーは、まだ受容していないね」 それはまさに幸運と言うべきであった。明かりがなければ、彼ら 「その通りです。しかし、患者には死の予感を持っことがままあっは絶望を抱えたまま一生を終えていたかもしれない。松明をつけて て、それを表現したがります。しかしまた、それが罪悪感や何かへみると、斜面の終わりはすぐ目の前だったのだ。 の執着のせいで、まったく逆の表現になることもあるのです」 目の前には複雑にというより手当たり次第に掘り抜かれた穴が無 「ーーちょっと訓きたいんだが : : : 」 数にあいた壁があった。 「ここから地質が違うな。時代も違うようだ。断層が隆起したかど 「今、彼女の息子を連れてくるというのは適当でないだろうか うかしたんだろうな」 長いこと行方不明だった」 ラヴランドは岩の表面をなぜてみながら言った。 「居場所がおわかりですの ? 」 突如、ジャックが横の方で大声を上げる。 「これから捜しに行くんだ」 「どうした」 いことたと思いますわ」 「見てごらんよ、 「そうだろうね」 彼の手の松明に照らされた壁面には、白っぽい棒のようなもの 4 8
ら俺が悲鳴を上げて先生のところに泣きついたならーーーその場合るのもかまわずに、眺めていた。猫もどきは彼女の手を無理やり振 に、俺は臆病者ということになるんだ」 り払って、尻尾を巻いて陰部を隠すようにしながら、トンネルに逃 8 「自分のしたことに言訳をする人が、必ずいるのよ」彼女はリタにげこんだ。脈打っ排気が超音波で堅いコンクリートを叩き、今や大 った。リタは小賢しくうなずいた。驚いたことに、そして、腹立地が震えていた。 たしいことに、チャールズワースが面白そうにくすくす笑う声が聞巨大な脚がしぶしぶ我々の方に伸びてきて、排気。ヒットの丸い空 こえた。まるで、女どもの言葉が図星だとでもいうように。 間をまたごうとした。そして、私はいつものように、オービター 号が脚を置き損ねた時のことを思い出した。あの時、あの船は二本 私の一人相撲は、降りてきた宇宙船の遠い轟音に遮られた。まだ の上にしつかりと置いたのに、もう一本の脚を 目に見えない宇宙船が、自分自身の排気の中を降下してくるにつれの脚をコンクリート ふらさげてしま て、小さな白雲が生じ、それが漂うのを私は見つめた。私は今でもビットの上の空間にぎごちなく、しかも神経質に、・ ったのだった。そして、私はエンジンの加速の音を聞いて、ジャイ なお、あれらの着地の時のスリルをなまなましく思い出すことがで きる。推測の思索的な喜びの伴った、ガを見る活動的な喜び。あれロスコー。フの狂ったような唸りを想像した。・ ( イロットは失敗に気 は何処からやってきたのだろう ? あれは何の船で、どの会社のもづき、必死にパランスをとり、そしてもう一度やり直すために、苦 のだろう ? そして、チャールズワースの場合には、あれを前に見労して上昇しーー私たち若い食屍鬼のがっかりしたことに、今度は 成功したのだった・ : : これらの出来事が幼年時代の記憶の土台のゾ たことがあったろうか ? という疑問が続く。 ロックになっている。 噴出する炎が、真直ぐに・ほくらに向かって損みかかってくるよう しかし、今のこの場合の接地は、そのような興奮はまったく与え に思われた。そして、轟音と飛び散る砂粒が地獄のようにあたりに てくれなかった。チャールズワースは、それが古いレヴァイアサン 渦巻いた。それは三本脚の、投げ矢型の、大きな船だった。という ことはかなり古い船だということである。噴炎がだんだん近づいて号だとわかり、その排気がじかにビットに吹き込まれ、。ヒットと発 くるにつれて、これはたぶん局地シャトルの一隻だろうと思った。着場のはずれの通風孔とをつなぐ排気トンネルの消音装置に導かれ それからちらりとアンネットを見て、私の心は不浄な喜びに高鳴って轟音が消え、遠くに煙たけが立ち昇るようになると、たちまち興 た。彼女は我々の上に真直ぐ降りてくるマシンを目のあたりにし味を失った。 て、恐怖で目を見開き、ロをあけて声にならない悲鳴を上げていた 少年の日の私は、それらの排気トンネルの中から抜け出せなくな のだ。そして、猫もどきにしがみついていた。猫もどきは耳を後ろって、接近してくる宇宙船の轟音を聞くという悪夢を繰り返し見た ものだった : ・ に伏せ、上唇を巻き上げて恐怖の唸り声を立てていた。 レヴァイアサン号は脚の上でぐらぐら揺れ、やがて静止した。チ チャールズワースと私はゴーグルを掛けて、吹き飛ばされた砂 塵、小石、紙屑が頭の上で渦巻き、女の子たちがスカートを押さえ ャールズワ 1 スと私はゴーグルをはずした。聴力が回復するにつれ