言う - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1983年12月号
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1. SFマガジン 1983年12月号

を作成するだけで、面白いことは、なんにもない」 んでしようね」 中年すぎの男がなだめた。 「まあまあ、まだ若いんだし、そのうち変った目にも会いますよ。 つぎの日の夜の八時ごろ、中年すぎの男と、四十歳ぐらいの男と わたしなんか、その若さがうらやましい」 が、またもこ 2 ハーで顔を合わせた。ますは昨夜のことを話題にし 「おざなりですね。この平凡はつづきそうですよ。そうにきまってようとした時 : ・ ドアから、その青年が入ってきた。マスターも加えて三人、目を いる。ああ、みなさんが、うらやましい」 酔っているので、声が大きくなった。 丸くした。青年は手を振って言う。 「どうしたんです。みなさん、妙な目で見ないで下さいよ。なにか それから数秒たって、ドアが勢いよくあけられ、二人のサングラ スの男が入ってきた。青年をつかまえ、どなりつける。 あったんですか」 「ついに見つけたぞ。われわれ組織の暗号解読のキーワードを、商「なにかって、あなた、きのうの晩、二人の男にナイフで刺された 業文をよそおって、対立国に知らせている。もう、これ以上はほっじゃありませんか。よく無事で : : : 」 ておけない」 「そんなこと、知りませんよ。かなり酔って、帰りの歩き方はおか もうひとりの男は、無言でナイフを青年の胸に突き刺した。鈍いしかったかもしれませんが」 音。青年は血のにじみはじめたその部分を手で押さえながら、すば「いや、たしかに、ス。 ( イ組織と称するサングラスの二人の男に : やく逃げていった二人を追いかけ、ふらっく足どりで店を出ていっ 「冗談じゃありませんよ。ぼくが、そんなのに関係してるわけがな 残った三人は、あまりのことに黙ったままだったが、やがて中年いでしよう。たくらんで演出するんだ 0 たら、スパイだなんて、そ んな単純な手は使いませんよ。・ほくをからかってるんじゃなかった すぎの男が言った。 ら、きっと、なにかの錯覚ですよ」 「ほっとくわけにも : : : 」 三人のうちの、だれかが言った。 「しかし、ス・ハイ関係となると、警察も動きにくいのですよ」 「そうですなあ。あるいは、人生も社会も、錯覚の連続の上に存在 とマスターは顔をしかめる。四十歳の男は、つぶやくように言っ こ 0 しているのかもしれませんな。そうじゃないと断言できる人が、た 「だろうな。へたに通報して、巻きぞえになるのもかなわない。それかいますかね」 れより、あの青年、命は助かるかな」 「かなり深く、ナイフが刺さりましたよ。あれでは、とても長くは もたないでしよう。気の毒にな。死体は、巧妙に処理されてしまう こ 0 2

2. SFマガジン 1983年12月号

のよ。 ものなんだけど、とにかく豪華な船なのよ。ビーターが揚げよう、 きれいなレーク・・フルウにコスモス 3 揚げようってさわぐ訳よ : 2 あたいは、この錨地をしきってるお富姐御に言われて、ネンネと色のストライ。フが入っててね : : : 。炎陽船籍で、金持ちのお遊び用 はしけ だったらしいんだけど : 一緒に豆宇宙艇で迎えに出た。このネンネっていう子は、あたいと それで、あたいが何故びッくらこいちゃったのかっていうと、 同じ頃、おネジッ子で入った娘で、あたいといちばん仲良しなの。 慣性航法シンテムの修理・調整の腕にかけちゃ、まあ、〈乞食軍〈雲呼〉が曳いてるその〈クリスクラフト〉の沈船が、まるで斧で 団〉ビカ一ね。くやしいけどあたいよりも美人でね。大きな白兎みぶった切ったみたいに、いや、丸鋸できれいに切断したように、ほ たいな子だって言った奴がいるけど、まア、そんな感じなのよ。のんとに船首部と船尾部と真ッ二つになってるのよ : 「ね工 ! 」ネンネが真面目な顔であたいに言うじゃないの。「あの え ? あたい ? ン気で、ちょッとドジでね、ほれッぼくて : クルーザー、前と後をメタル・ポンドでくつつけたらそのまま飛ぶ そうなのよ : : : 実は : そいつが一一一口うにはさ、チェッー ンじゃないかしら ? 」 狸なんだって : とっさにそんなタワ言を口走れるからあの娘は大物だと思うんだ まあ、そんなことはどうでもいいから、錨地のとばくちにある沖 って言いそうになったわ ノ帆掛岩と天応通信所がある岩礁を見通すあたりで、あたいたちはけど、ほんとにあたいも一瞬、ウン よ。とても難破船とは思えないんだ。宇宙空間って、なにが起きる 、もうレーダー ・スコー。フに現われてる〈雲呼〉を待ってたの。 かほんとに想像もっかないところなのよね、あたい、しみしみ思う 「見えたよ ! 」双眼の望遠スコー。フをのそいてたネンネが言った。 あたいは別に、そんな難破船なんか見たってどうってこともないか それで、のしかかるように迫ってくる〈雲呼〉の船首でパ ら、白沙の三〇ギガ・ O をアクセスして、〈プルー ー〉かなんか聞いてた。そしたらあの子が素ッ頓狂な声をあげるじと一瞬青い制動噴射が起こって、向うの行き足はぐ】っと目に見え ゃないの。 て落ちた。 「まアー なあに ! あれは ? 」 ″おう ! お出迎え、ありがとよ″ 五郎八よ。はしゃぎやがって、あの、ヘポガキがー それがあンまり大きな声だもんで、あたいは思わず外を見て、そ ちょっくら危険な仕事にとつついたからって、スビーカーから出 れで、びッくらこいちゃッたね。あんなものは見たことない。 てくる声はもう大物気取りなんだから頭にきちゃう。所詮は白沙の 〈雲呼〉が曳いてきたのは〈クリスクラフト〉の三〇〇ってい チン。ヒラ上りよ。あたいたちみたいな星涯育ちには考えられない う惑星間用クルーザーで、廐 ( 光速 ) の〇・〇〇一まで加速が利くわ、このダサイモ ! なんとかきつく一発返してやろうと思ったと って船でね、サイズはうちにも何隻かある軍払い下げの网型艇位のたんに、同じ波で、迎えのタグに乗ってる椋十がトランスフアの手

3. SFマガジン 1983年12月号

ことを話した。 今、二台めの馬車がわたしの前を通過していた。″、 カわいそうな 「あそこだよ ! 」ビーターが左のほうを示した。夜ふった雨のため子ーーああ、かわいそうに こんなにいやがられて帰ってくるな に固くひきしまった砂の低地へ一気におり、その反対側の急な斜面んて。神様、どうか彼女のすべての罪をお清めください この馬車には女が二人に男が一人乗っていた。 を登って、わたしたちは小さな平地の上に出た。二つの有刺鉄線の ″いい雨だ。いい ときにふったもんだ。家に帰って用を片づけちま 柵がぶつかる一角に、六つのわびしいへこんだ塚があった。風雪に さらされて天色になった物一言わぬ木の板のうち二枚は、頭の部分がおう。死んだ淫売のあとについていくのはごめんだ。一年の今どき ひびわれていた。小さな石ころがもう一つの墓標を半端にひきたてにしちゃ、けっこうな雨だよ″ ている。 金属のタイヤがきしみながら、わたしの前を通っていった。 わたしは高くそびえるサンタ・カタリナ山を見あげてからビータ″次はあたしがここへ運ばれるんだわ。あたしは死にかけてるー ーに目をやった。「どいて、ビーター。あなたったらお墓を踏んで死にかけてるんだ ! わかってる。わかってるのよ。ママも同じこ るわ。お墓がいつばいあるのよ」 とで死んだわ。話すのがこわい。彼らにできるのは、今度ここへく 「どこに立てばいいんだ ? 」ビーターが訊いた。 るのはおまえだって、あたしに言うことだけよ。こわい わ ! 彼女のために泣いているんじゃない、自分のためよー 「柵のすみよ。そこには柵はないのーー・大きな石があるだけだわ。 こぎれいなびかびか あ、行列がやってくる」 次の馬車は女が一人だけで走らせていた 行列は有刺鉄線の柵を通りぬけているところだった。わたしはその馬車だった。落着きのない馬を女は苦もなくあやつっていた。 っちへ移動し、そこに立って、ふいに聞こえてきたうねるような人″それが良かったか、悪かったかはともかく、少なくとも彼女には 声に耳をすました。 愛してくれた人がいたんだわ。どんなに大勢の男が彼女を欲しが り、意のままにしたとしても、今の彼女にはどうでもいいことよ。 一台めの馬車 ″下品なーー下品だわ ! 棺のなかでまで紅をつけてるなんて。出だれかが彼女のふるまいに心を痛め、彼女のようすに惹かれたんだ 発するときに拭きとっておけばよかった。はしたないー こんなふわ。だれかが彼女を愛したのよ″ そのころには男たちは馬車からおりていてーーー老人以外は一人残 うに帰ってくることでどうしてあの娘はわたしに恥をかかせなくち ゃならなかったんだろう ? あの娘みたいな女たちの墓地が町にはらず 、わたしは彼らがまぐさ台から棺をギィッとひきずりおろ あるっていうのに。真面目な人間にとっちゃあの娘はずっと前に死す音を聞いた。荒れ地の泥や石ころ、カリチェ地層、丘の側面の砂 んだも同じだったんだ。どうして帰ってきたのだろう ? / ふさまな角度でどすんと落ちた棺 まじりのやせた土から成る塚に、・・ 女は黒い・ヘールの陰でいちだんと唇を固く結びあわせ、感情的に カカえこまれて、さっさと、乱暴に、墓穴へおろされた。男た 4 考えた。″あの娘を罰して ! 罰してください ! 罪の報いです ! ちが馬車からスコツ。フを持ちだしてきた。上着をぬぎ、袖をガータ

4. SFマガジン 1983年12月号

「悪液質を発していて、顔も変わっている筈です。結婚されていた「先生 : : : 少しだけ、時間をください」 ころの面影はありますまい。冷静でいられますか、ということで「いいでしよう。しかし、今あなたは、われわれの時間ではなく 6 て、メアリーさんの時間を使っているんだということをよく考えて くたさい」 「苦しんでいますか、彼女は ? 」 「どうしてこんなことになったのだろう ? 」 「苦しいと思いますよ。ペイン・クリニックを始めてはいますがー 「病気はいつだってなる可能性のあるものです」 「そうではなく : ・ : な。せ彼女は・症でなく、癌などになったの 「誰かを必要としているでしようか、彼女は ? 」 でしよう ? 」 「わたしはそう思いますよ、ラヴランドさん」 「わたしに : : : その資格があると思いますか ? 彼女を苦しめたわ「ラヴランドさん。お気持ちはわかりますが、それはしてはならな い質問です。われわれの状況はまだ死の形を選べるほどの買い手市 たしに ? 」 「ラヴランドさん、あなたは生の苦しみと死の苦しみを一緒になさ場じゃないのですよ。五〇億の人間がいれば、五〇億の死の需要が るのですか ? 人は苦しみなしに生きることはできません。それはあるのです。しかも、その配給は神に委ねられています」 生の証しなのです。しかし、死の苦しみは、そうした生の努力を無「癌は治せないのですか ? 」 にするものです。それはなんとしても取りのそかねばなりません。 「今の医学をもってすれば、病巣の転移がないか、あっても一、二 わたしが、どうして今はあの人にとって赤の他人のあなたに病状をか所ならば完治させることができます。もちろん臓器はほとんど人 教えたと思います ? 」 工物の助けを借りることになりますが : : : 」 「ああ : : : メアリ】」 「メアリーの状態は、もうそんな段階ではないと 「あの人の : : : 奥さんの手を取って、そう言ってあげなさい」 「ご存じのように、癌の主犯は患者自身の遺伝子です。からたの中 「こんなことなら、来るのではなかった」 で癌細胞の方が支配的になってしまった患者の場合、″助ける″と いうのはどういう意味を持ちますか ? 個体を救おうとすればする 「何を言ってるんです。一体、今苦しんでいるのは誰か、考えてご ほど、それは癌細胞群を救うことになります。癌細胞を特定的に殺 らんなさい」 す方法もありますが、そうするとからたの大半を失うことになりま 「会わなくたってかまわない。それはあなたの義務ではない。しかす」 し、あの人に会わすに、あなたはこれからの人生をどう生きるつも「 : ・ りです ? そんなことが考えられますか ? 一生を後悔で埋めつく「お考えになってください。あの人はいまや身よりのない哀れな身 の上なのです」 すような人生が ? 」

5. SFマガジン 1983年12月号

が、幾筋も浮き出ていた。 「・からさ」 「骨た ! 」 ジャックは細く息を吐き出した。 「そう、それも霊長類のようだね」 「逃けるって、どうやって ? 」 「人骨 ? 」 「わからない。連中も、・ほくも。彼らには、何から逃げているのか 「ぼくも当然そう思ったんたけど、ここの地層は見たところ、数千もわからなかったたろうな。ぼくらも死からは逃げたいけど、どう 年レベルのものしゃない。これは現生人類が出現するより前の地層やって逃げていいか、わからないでしょ ? 」 じゃないかな。この骨も、頭がないからなんとも言えないけど、脚「この奥に、何かがあったんだな」 の格好 , ・ーーあれはどうも現生人類のものじゃないな」 「きっとそうだと思うよ」 「ゴリラじゃないのか ? 」 ラヴランドは、乾ききった唇をちょっとなめた。 「そうかもしれない。でも類人猿よりは、すんなりと伸びて、直立「ごらん、。ハバ ジャックが自分たちの足元を指さして叫んた。それはすぐ、手の 歩行に適しそうな感じだな」 届きそうなところだった。 「大変なもんを見つけちまったな」 「そうだね。こうなったら、なんとしてもここから先に進まなき壁面の一部に、もうひとっ骨のかたまりがあった。石や岩に埋も れた下の方を、這うようにする骨が一体ある。そして、ジャックが 指さしたその脚の骨には、もうひとっ別の手がからみついていた。 ラヴランドは、息子の言葉を聞いて仰天した。 「どういうことたろう ? 」 「ここを掘り進なのか ? 」 ラヴランドは首をかしげた。 「人が通れるくらいの穴を探すのさ」 「足首をつかまれているんだよ。逃けようとする男の足首をつかん ラヴランドは壁をすっと目で追った。端は暗くてとても見えなか でいるんだ」 ったが、骨の折れる仕事なのは、一見してわかった。 ジャックの声は、のどの奥でかすれた。 「ひと休みしてからにしよう。おれの腕もちょっと様子を見たい」 ラヴランドはそう言ってその場に腰をおろした。ジャックも了承手しか見えていないその骨は、指が何本かあらぬ方向にねじ曲が して、石の上に体重をのせた。 、原型をとどめていなかったが、逃走する男の足首にくいこんで いるように見えた。 「こいつらが何にせよ、一体穴を掘って何をしてたんだろうな ? 」 「逃げようとしていたんだよ」 「・症の患者なのかもしれないね」 ラヴランドは、息子の横顔を眺めた。 ジャックは骨から目をそらさずに言った。 「何から ? 」 「なぜおれなのかーーー・おまえじゃなく、おれなのか、と叫んでいる 5 8

6. SFマガジン 1983年12月号

えない。ド ・ハーストウの言うとおり楽しもう」 ーでたくしあげて、彼らは墓を埋めはじめた。 「たれもお祈りをしないの ? 」ショッ クを受けた叫びが、一人の女「彼らはどこからゲイラを運んできたんだと思う ? 」 だれかが彼女 からあがった。「だれもお祈りをしないの ? 」 「ゲイラだって ? どこでその名前を知ったんだ ? をそう呼んだのかい ? 」 一瞬気まずい間があいた。 わたしは鳥肌が肩から肘へかけおりるのを感じた。「ううん」っ 「もう牧師が祈ったんだ。こんな女にやそれで充分さ」男たちの一 人が言った。 い先程の出来事を思い返しながら言った。「だれもどんな名前も言 女は半分埋まった墓によろめき寄って膝をついた。女の言葉を聞わなかったわ、でもーーーでも、彼女の名前はゲイラなのーーーだった いたのは、もしかするとわたしだけだったかもしれない。″彼女はのーーゲイラなのよ ! 」 わたしたちは顔を見合わせ、わたしはまたまくしたてた。 精一杯愛したのですーーー多分のお許しをお与えください〃 「フェニックスからかもね。昔はあそこはどちらかというと歓楽地 ・マグを包みこむようにして掌を温だったから」 。ヒーターとわたしはコーヒー 「それともトウームストーンかな ? 」。ヒーターがほのめかした。 めながら坐っていた。わたしたちは家へ帰る途中で小さなハイハー 「あそこのほうがずっとさかんだったんだ」 ・ショップにはいった。外では車軸を流すような雨がふりそそ いで、表面の黒い道を水浸しにし、どこか裏のほうでしつこく金属「トウームストーンに鉄道はあった ? 」わたしはカツ。フを持ちあげ をたたいている。それぞれの考えにせわしなく頭を働かせながら、 ながら訊いた。「現在ですらあそこに駅を見た記憶がないのよ。一 わたしたちは雨が砂の路肩にすじをつけるのを眺めていた。この時番近いのはべンソンだったんじゃない」 期にしては確かに普通でない雨だった。 「鉄道で運んだのじゃないってこともある。船かもしれない。そ 「さて : : : 」わたしの声に。ヒーターはコーヒーから視線をあげた。 ら、大きな馬車数台だったんだろう」 「もうすっかり話したわ」と先をつづけ、「あなたの御意見は ? 」 「鉄道よ」わたしは冷めたコーヒーの味に顔をしかめた。ビーター 「興味深いね。こんなにおもしろい異常を持った尋常ならぬ奥さん が笑った。 「たって、ぬるくなったコーヒーって好きじゃないの がいる男はそういないよ」 よ」 「そのことしゃないんだ」。ヒーターは言った。「彼女の名前がゲイ 「ちがうの、わたしが言うのは」ーーーわたしは人さし指の上で注意 どうしてラで、鉄道で帰ってきたことは信じて疑わないくせに、トウームス 深く小さなス。フーンの・ハランスをとったーーー「なにが トーンに駅があったかどうかも憶えていないからさ。われわれは先 「説明をつけようとするのはよそうや」ビーターは言った。「第週あそこを通ってきたんだよ ! 」 「ピーター」わたしは新しいコーヒーからたちのぼる湯気を通して 一、ぼくに説明できないのはわかっているし、きみもできるとは思

7. SFマガジン 1983年12月号

。その方の御仕事をご存じでしたかな ? 」 「ほう : 前方にうっすらと山の形が見える。 「知っています」 ラヴランドは車をゆっくりと道の端に寄せ、エンジンを切った。 車の外に立ち、ドアによりかかって、眼前の山の影をにらみながら「お教えいただけませんか ? 」 「その : : : 連合軍の、ハンターでした」 タ・ハコに火をつける。 道から十メートルほど離れたところに犬が死んでいた。四肢をき「 : ・ 「つまり、出撃して、帰還していないのです」 ちんと折り曲げ、静かに、全然苦しんだ様子もなく横たわってい 。そうでしたか」 た。最初は眠っているのかと思ったほどだ。ラヴランドは、そのあ「なるほど : いや、メアリーは : : : つまり : : : 」 まりの安らかな死顔を見て、病院では死にたくないと言った男のこ「先生、家内は : : ということですか ? 」 とを思い出した。 「・症なのかどうか : 「ええ : : : そうです」 犬の死骸のあたりには、わずかに低い草が生え、それが生き物た ったものの影をやわらかく・ほかしていた。ラヴランドは、土に横た「今そのことをうかがったので、念のために検査をしてみますが : みたて ・ : わたしの診断では、九九。 ( 】セントその可能性はありません」 わるものが何であれ、花をたむけるよりもずっとふさわしい姿のよ 「はあ、そうですか」 うに思えた。 「一緒にお暮らしになっていたころから、気づきませんでしたか 彼はタ・ハコを吸い終わると、それをほぐして葉の部分を土にまい ルターと紙の部分は手で握りつぶして、運転席の灰皿に放 ? 」 った。そしてエンジンをかける。ガソリン残量を示す針が中央付近「 : ・ 「あるいは、最近でもお会いになることがあれば、お気づきになら にとまったのを見てから、彼はゆっくりとクラッチをつないた。 れたと思うが・ : : ・」 「あの方は癌です。しかもかなり病状の進行した : : : 」 「なんですって ? 」 「どうやら胖臓が原病巣らしいのですが、全身に転移しています。 はっきり申し上げて、びと月もちますまい」 「お会いになる気がありますか ? 」 「失礼ですが、今はあの方の御主人ではありませんね ? 」 。三年前に離婚しています」 「すると・ーー今は、おふたりともお独身 ? 」 「いや、家内の方は : : : メアリーの方は再婚しています」 「そちらの御主人は ? 」 「行方不明と聞いています」 ひとり 5

8. SFマガジン 1983年12月号

さらという気分でしたがね。すると、ぜんぜんお・ほえていないんで「まさか、会社がなくなってたなんて言うんじゃないでしようね」 「ところが、まさにそうだったんですよ。そのビルのなかは、まる すね」 で別の会社になっている。入ってみたが、知った人はいない。ずつ 「おや、まあ」 「まじめな口調でしたよ。いやけがさしてある男性との交際をやめと以前からそうだったように、みな平然と仕事をしている。なにを トの屋上で男の人に声をかけたことなん聞いても、なっとくのゆく返事はない。わけがわからない」 たことはあるけど、デパ と首をかしげる。中年の男が口をはさんだ。 て、ないって言うんですよ。とすると、別人ってことになりますよ 。オい、なんて説もありますからね。なにか 「企業にとって不可能よよ ね。そんなはすはないって、断言できるんですけど : : : 」 トリックじゃなかったのでしようか」 「そうでしたか。しかし、どうだっていいんじゃありませんか。現必要があっての、 「しかし、なんのためにです。とにかく、大金が気になってならな 在は平穏であり、とにかく、あなたが青春のいい思い出を持ってい 。集金先へ連絡したが、うちでは払うべきものを払ったまでで、 ることだけは、たしかなんですから」 あとのことは知りませんです。退職金がわりといった程度の額じゃ 「それはそうですね」 ないんです」 ひと区切りの、酒のおかわりとなった。少しの時間が流れ、さっ 「ふうん」 きから話し相手になっていた右どなりの席の四十歳ぐらいの男が、 それに触発されたように話しはじめた。 「よし、会社がその気ならこっちもと、わたしはその金を使い、友 「わたしにたって、おかしな思い出がありますよ。これも、だいぶ人と事業をはじめました。友人が、新しい防犯装置で特許を取って いたのです。中小企業ですが、けっこう順調でね、なんとか生活し 昔のことになりますね。あれは、わたしが新興の成長産業の支店に っとめていた時のことです。ある日、得意先から集金して会社へ戻ているわけです。いま、あの会社がどこかに復活しても、すぐに返 ったわけです。ビルの入口あたりで、社内がざわっいているのを知済はできます。しかし、いまだに消息は耳にしないのです」 りました。労働組合がストに突入したというんです。組合の委員に 「お気にさわるかもしれませんが、横領したことを、そんな話にす りかえたのでは : : : 」 言われました。みな自宅で待機しろ、会社が要求をのんたら連絡す るって」 「それだったら、だまっているか、もっとましな話を作るかします こんなふうに、会社が消えたなん 「ひとつの事件ですね。でも、べつに珍しくはないでしよう」 よ。宝くじに当った、でもいし 「まあね。そこで自宅へ帰りましたよ。現金の入ったカ・ハンを持って、頭がおかしいと思われてしまうかもしれませんな」 つぶやきに変りかけたのに対して、グラスをみがいていたマスタ てです。大金なので、気になって落ち着きません。会社へ電話をし ーが言った。 たが、出ない。そこで、どうなったのかと、ようすを見に行ったん 「信じますよ。こうなってくると、わたしも話しやすい。この店は です」 9

9. SFマガジン 1983年12月号

私鉄の駅から少しはなれたところに、小さなバーがあった。三十い出せないんです。とにかく、そうなっていたんですな。その時、 五歳ぐらいのマスター兼・ハーテンが、ひとりでやっていた。カウン声をかけられました。女の人からです。考えなおして、しつかりす ター席だけなので、それ以上の人手はいらない。近所の人、都心かるのよ、って。飛び下り自殺でもしそうに見えたんですかね」 らの帰りに寄る人とさまざまだが、ほとんど常連の客。 「たぶんね」 「そのとたんですよ。殺気だっていた気分が、さっと消えたので ある日、夜の九時半ごろ。 す。危険物を持ち歩いているのにも気づいた。わたしは、にが笑い 中年すぎの背広の男が、何杯かグラスを重ねてから言った。 「な・せか、今夜はいい酔い心地だ。やっかいな仕事が一段落したせをしていました。目が合った彼女はにつこりとし、なんともいえぬ いかもしれない。ついでに、このごろの心のもやもやを話してしま好ましい印象を残して歩き去っていきました」 いたくなった。お聞きになっても、いやな気分になるようなことは右どなりの客は、うなずいて言った。 「めでたしですな。しかし、ことはそれで終りではないんでしょ ないと思うんですがね : : : 」 「どうそ、どうそ」 マスターにすすめられ、男は話した。 「そうなんです。その面影が忘れられない。また会いたい。さがさ 「すっと昔、若かったころ、ある女性に恋をしたことがありましてなければ。大変な作業とはわかっていながら、やらずにはいられな な。半年ほど楽しくつき合っていたんですけど、突然、女がわたしかった」 に言ったんです。お会いするのは、もうやめましようって。なぜか「でしような」 と聞いても、要領をえない。ただ、そうくりかえすだけなんです」 「なんとか時間を作り、そのデ・ハートを中心に、あちこちと歩き回 「恋の終りって、そういうものですよ。しかし、がっかりなさった りましたよ。四方に注意をしながらね。意気ごみもすごかった。わ でしような」 れながら、よくあきらめなかった。若かったせいもあったでしよう 「もちろんですよ。しばらくは、頭が・ほんやりです。そのうち、不ね。そして、半年ほどして : : : 」 愉快、不満、立腹、やけのやんばちと、心の乱れが激しくなった。 「うまくいったんですね、なにもかも。わかりますよ。その女性に 自分も世の中も、めちやめちゃにしてしまいたいと、思いつめた。 ついて、顔つきはどうのと、特徴めいたことの説明をおっしやらな そして気がつくと、ダイナマイトと刃物を入れたバッグを下げ、デかった。つまり、いまの奥さんというわけでしよう」 トの屋上に立っていました」 右どなりの客が推察した。 そこまで聞いて、右どなりの席の男の客が口をはさんだ。 「そうなんです。結婚し、わたしは地味だが堅実な企業につとめ、 「なにをはじめようと、そこに行ったのですか」 子供もでき、この年になりました。で、このあいだ、なにげなく奕 「どんなつもりでか、どうしてか、そこまでの経過は、ぜんぜん思に言ったんです。おかげで、人生をあやまらずにすんだよと。いま う」 8

10. SFマガジン 1983年12月号

特別対談 眉村コンビュータの始動ボタン押したと 眉村この間、連載書いてて困ったのは、 差点に描いてある縞馬模様のやつですか、 という。 ( 笑 ) 正しくは都電の乗り場のこ立体電話を切ったらどうなるか、というこ書いてますけど、絵描きさんは全部描かな とで。ふつうの電話はかけたほうが切らなければいけませんからね。ボタンだけ描い とですがね。 眉村ポケットに入るような精巧なテー。フいかぎり切れないですね。映像電話の場合て、押したというわけにはいかないから。 レコーダーと書いても昔は通ったけれどはどうなるのか : : : 結局、向こうがスイツ星一時期、コンビ = ータ・ルームでテー も、いま書いたら・ ( 力にされますね。 ( 笑 ) チを切り、こっちも切ったことによって画。フが回っているというのがありましたな。 星ぼくらのころは、カラーテレビと書い面が暗くなることにしたんですけど。いまそう書いたら、技術者から手紙がきて、 こ、それじまはああいうのはない、ディスクかドラム ただけで未来になった時期があるんですのところ、なにげなくおたがい冫 : こうなるとディスクも よ。 やといってヴィジ・フォーンを切ったと書なんかを使うと : いているけれども、向こうが切らなかった古くなりそうだから、短篇集に入れる時、 眉村テレビがあるようになっただけで、 すでに未来だったでしよう。あの時分、カらどうするかということがないと、・せんぜそのほうも・ほやかさなきゃならなか 0 た。 眉村機能で書かなきやしようがないん ラーテレビがあると金持なんですね。 ( 笑 ) んリアリティがないわけです。 星電話でも、へたにダイヤル回したなん星そういうものが、いっ現実のものになで、「私は万年筆を握り直した」というの て、いまは書けない。名前を言うだけでつるとも限らない。ぼくはいい時代に短篇書は書いていいのかどうか : : : ( 笑 ) そうす ると、どんどん名詞が機能だけ残るように いたという気がしますよ。 ながるかもしれない。 眉村未来を示す小道具がたくさんありまなっていきますね。 星そうなると、ますますアイデアとか、 したものね。しかも未来社会に近いアメリ 力というものがあって、実在したわけですストーリイ性が重要になってきますな。 ね。いまは、そういう未来社会というのは眉村ところで、これも星さんにお聞きし ロディと伝記の問題 たかったんですが、パ 存在しない。下手に書いたら違うものにな るし。 ですね。「なりそこない王子」とかいう童 星は、特に短篇は書きにくくなった話をいかにひん曲げていくか。「なりそこ ない王子」とか「その後のシンデレラ」と んじゃないかな。手塚さんが、作家はいし なあ、最新式のコンビュータと書けばそれいうのは、ふつうの意味ではパロデイだけ ですむけれども、われわれはちゃんと絵でれども、星さんのはパロディじゃないわけ でしよう。 描かなければならない、と言っていたが。」